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アンデットと召喚獣

 第三十階層。


 僕達は三つ目のボス部屋の前にいる。

 ここのボスはCランクのスノーマウントという雪男のような魔物だ。三メートルの巨体と盛り上がった筋肉、大きな手足から繰り出される攻撃は岩をも軽く粉砕する。当たれば一溜りもない。また、凍える吹雪や雪玉を投げるという氷魔法を好んで使う。

 弱点はスピードが遅いことと火に弱いことだ。


 部屋に入った瞬間にスノーマウントが吹雪を吹いてくる確率が高いそうだ。次に近づいて殴って来るらしい。だから、作戦は僕とフィノが火魔法を速攻で当てることになった。


 魔物は魔法を使うのに詠唱を必要としていないからすぐに放たれるけど、少しだけ溜めが必要となる。その間にこちらは無詠唱で火魔法をあてようということだ。近づいてくるとしても距離があるから間に合うだろう。

 その後は距離を取りつつ火魔法をあてる。


 動きが鈍いから大丈夫だけど、当たれば致命傷になること間違いなしだから、スノーマウントの行動をしっかり見て目の前にいないようにしないといけない。

 これを踏まえて戦うことが今回のスノーマウント戦の作戦となる。


 因みに、二十階層のボスはCランクのサイロスだった。サイのような体に大きな一本角が生えているのが特徴だ。基本突進かかち上げしか使ってこないから楽に魔法をあてることが出来た。

 正面に居てはいけないというのは今回のスノーマウントとの戦いと同じだから、いい経験になったと思える戦いだった。


「よし、三十層のボス部屋だ。サイロスと同じ作戦だけど、広範囲の攻撃をしてくる。だから、気を引き締めていこうか」

「うん」

「「はい」」


 僕はボス部屋の取っ手に手をかけ、振り返らずに最終確認をした。

 フィノは既に魔力を練り込んで戦闘の準備をしている。ツェルとフォロンは僕とフィノのフォローが出来るようにいつでも駆けつけられるような準備をしていた。

 僕も両手に魔力を込めてボス部屋の扉を開いて中に入る。


 重い扉を開け放つとスノーマウントが予想通り、息を吸い込み極寒の吹雪を吐こうとしていた。

 僕とフィノは火魔法を無詠唱で放つ。


「『ファイアーランス』」

「『ファイアーボール』」


 フィノの火球は腹部にあたり、僕が放った炎の槍は大きく口を開けて息を吸い込んでいたスノーマウントの口の中に入り大爆発を起こした。

 その衝撃で体を仰け反らせて、後ろに吹き飛ばされたスノーマウントに追加攻撃を掛ける。


 先ほどと同じ魔法が飛び、体中に焦げ跡をいくつも作り出す。

 燃え盛る炎の槍が体を焼きながら突き刺さり、赤く丸い火球が着弾して肉を爆ぜさせながら爆発する。


 熱い爆風が僕達の肌を撫で背後に吹き抜けていく。爆炎が上がりスノーマウントの身体を隠している。

 一旦攻撃をやめて様子を見ることにした。だけど、まだ倒しきれてはいないだろう。


「倒した?」


 フィノがポツリと呟いた。

 その声が聞こえたのか、この部屋の中にスノーマウントの怒りの雄叫びが響き渡った。

 何度も鼓膜を揺るがすこの雄叫びは方向感覚を曖昧にさせる『エコーボイス』という技だ。


 その声が自らを隠していた爆炎を吹き飛ばした。現れたスノーマウントの身体は、雪のような白色から土のような焦げ茶色になっていた。

 怒りに黄色い目を見開き、顔色を赤く染め上げていた。


 スノーマウントはそのまま両手を振り上げてこちらに向かって走ってきた。標的は一番ダメージを与えていた僕のようだ。


「シュン君!」

「わかってる! 『ムーブ』」


 僕は脚の風を纏わせて走るスピードを上げる。僕が危なげなくその場から消えると、スノーマウントが両手を組んで叩き落としてきた。僕がいた場所は大きな陥没が出来ている。


「『燃え盛る炎よ、赤き渦となり、敵を飲み込め! ファイアーストーム』」


 振り下ろした直後にフィノの魔法が炸裂した。

 『ファイアーストーム』は『ファイアートルネード』の上級版となる魔法だ。持続時間と威力が上がるだけだけど、魔力消費のわりには結構使える魔法の一つだ。


「グオオオオオオォォォ」


 スノーマウントは肉を焼ける匂いを漂わせながら、自身に魔法を放ったフィノ目掛けて走ってきた。

 筋肉を肥大化させて腕をガッチリと組んだその姿は、ボディービルのように見える。そのまま体当たりをするつもりのようだ。


「『ウォーターウォール』」


 スノーマウントの前に突如水の壁が聳え立ち、スノーマウントの突進を数秒間止めた。これはフォロンの魔法だ。

 フィノはフォロンの援護を受けてスノーマウントの前から横に避ける。

 スノーマウントが水の壁を破って突き進み、目の前に壁に轟音を立てて壁を破壊した。


 スノーマウントは体に着いた石をパラパラと落としながら、突き刺さった体を引き抜こうとしている。スノーマウントが出てくる前に僕とツェルは魔法を唱えて放つ。


「『ファイアーストーム』」

「『アースニードル』」


 焼け爛れて柔らかい肌が露出したスノーマウントの身体に、地面から生えた土の棘が無数に刺さった。そして、炎の渦が棘ごとスノーマウントを飲み込んだ。


「グオオオオオオォォォァァァアアアアァァァ」


 スノーマウントの口から発せられていた苦痛の雄叫びが、命の灯火が消えかけている力なき声に変わった。


「とどめよ。『ファイアーボール』」


 フィノが未だに叫び続けているスノーマウントの身体に火球をぶつけて、スノーマウントを倒した。

 スノーマウントは体を一瞬固めると、光の粒子となって消えていった。その場に残ったのは白い毛皮と直径五センチほどの魔石だった。

 両隣の壁が持ち上がり、古びた木製の宝箱と次の階層へ向かう階段が現れた。


「よし、作戦通りに倒すことが出来たね」

「ええ、シュン様が居なければもっと時間が掛かっていましたが」

「フォロン、あの時はありがとう」

「い、いえ、御主人様を守るのは当然のことですから」


 ツェルが僕のことを褒め、フォロンが顔を真っ赤にしてフィノに返す。

 僕は戦闘後だというのに和んだ空気になるこの雰囲気が大好きだ。


「じゃあ、宝箱を開けて次の階に行こうか」

「うん、次は墓場ゾーンだったよね。怖いなぁ」

「大丈夫です。シュン様が守ってくださいますから」

「そ、そうですよ。シュン様がきっと守ってくださいます」

「あ、そうね。シュン君、しっかり守ってね」

「うん、任せてよ」


 僕は頬をかきながら照れくささを紛らわせてそう言った。微笑んであげることも忘れずに。

 フィノは安心して胸を撫で下ろす。

 宝箱を開けると数枚の中金貨と一本の長剣が入っていた。


「なんだろうこの剣? 微かに魔力を感じるから魔剣だと思う」


 僕は変哲のない長剣を両手で持って眺めながらそう言う。

 フィノ達もその剣を覗き込むように見ている。


「魔剣? どういう効果があるかわかるの?」

「多分、使用者の魔力を吸い取って切れ味を上げたり、修復をする魔剣だと思う。過去に感じたことのある魔力を感じるから」

「自己修復能力ですか。それは凄い魔剣なのではないでしょうか」


 ツェルが剣を触りながらそう言った。


「能力としては凄いけど、元々の剣がそれほど強くないから意味ないかな。魔力を込めれば込めるほど切れ味が上がる見たいだけど、魔力の無駄使いになる。それに、僕達が持っている武器の方が強いね。自己修復能力も掛けたところを直すだけで、折れたら直らないよ、これ」

「そうなのですか。では、売っても二束三文ということですか?」


 フォロンがそう訊いてきた。

 僕はいや、と首を振って答える。


「この剣は僕達にとってはしょぼいだけで、中級の冒険者Cランクぐらいまでだったら有効に使えるかもしれない。魔力が結構いるけどね。だけど、見合った成果は出るだろうね」


 僕は剣を一度振ってから収納袋に戻した。

 フォロンは眉を上げてへー、と言っていた。


「じゃあ、次の階に行こう。シュン君、絶対に守ってね」

「うん、出来るだけ早めに感知するよ」


 それぐらいしか出来ない。

 出てくる前に倒すこともできるけど、倒し損ねたらもっと悲惨なことになるかもしれない。

 肉が腐り落ちたゾンビがさらに焼け爛れていたりするのを見たら、絶対に悲鳴を上げるだろうから。




 第三十五階層。


 ここは拘置所地帯のようだ。

 時が立ち風化して薄汚れたコンクリートのような硬い材質の壁と床に囲まれ、天井には光苔が等間隔で生えていて辺りをぼんやりと照らしていて不気味だ。また、罪人を収容する壊れた檻がいくつもあり、余計に不気味で恐怖をそそる地帯となっていた。


「墓場地帯も怖かったけど、ここもすごく怖いよ」


 フィノが僕の腕に抱き付いて震える声でそう言った。

 後ろを見ればフォロンがビクビクしている。ツェルは普通にしているから怖くないのかな?


「大丈夫。出てきたらすぐに倒すし、墓場地帯と違ってこの硬さの床だと出て来れないと思うから気を付けるのは両隣の檻と前後、あとは天井だね」


 僕はフィノの頭を撫でながらそう言った。

 フィノはキョトンとして首を傾げた。


「どうして天井にも気を付けるの?」

「それはね、こういう奴が落ちてくるからだよッ、と」

「え? ……キャアアアアアアアァ」


 僕が上を向いて魔法を放ちそう言うとベタリ、と上から何かが目に前に落ちてきてもぞもぞと動いて光の粒子となって消えていった。

 それを見たフィノは顔を真っ青にして強烈な悲鳴を上げた。


 上から落ちてきたのはスライムのような魔物だ。通常のスライムは青色だけどこのスライムは紫色に油のような模様が浮かんだ気持ちの悪い体をしている。

 このスライムの名前はロットスライムという。腐敗のスライムだ。

 こいつは鉄等の装備品は溶かせないが、生物を溶かすことが出来る。こいつが吐いてくる液や体に障ってしまうと瞬く間に溶かされてしまうだろう。Dランクの魔物にしては攻撃力がないが、この能力のおかげで苦戦したり、死んでしまう冒険者の後を絶たないのだ。性質として墓場等の暗い場所や生物が死んだところを好む。


 僕は天井にこびり付いていたロットスライムに向かって火球を放ち倒した。僕達が真下を通ったら落ちて腐食させて食べる気だったのだろう。


「こういうふうに天井に魔物が潜んでいるんだ。他にもアメーバ、グールなどが張り付いているかもしれない」

「しゅ、しゅんくーん。グスン……スッ……」

「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ。さっきのスライムは急に現れたから対処できなかったんだ」


 僕はフィノの頭を撫でながら、気づいてやるのが遅かったことを謝る。

 スライムは全身が魔力で出来ているから魔力感知で感知しやすい魔物だ。だけど、今回のように隙間から現れたり、突如その場に現れたりするから感知するのが遅くなる場合がある。


「シュン様、先ほどの悲鳴で魔物が寄ってくる可能性があります。敵がアンデットとはいえ全てが不死族とは限りません。次の階層まで急いだほうがよろしいと思います」


 ツェルさんが辺りを警戒しながらそう言った。

 僕もそれを考えていた。

 早くしないと前後が囲まれてしまい身動きが取れなくなる。

 その前にここから逃げなくては。


 フィノが目じりに涙を浮かべてすまなさそうにしているのを見て、僕は涙を拭いてにっこり微笑んで先を促せる。


「フィノのせいじゃないよ。誰だってさっきのは怖いと思うよ。だからここから早く逃げよう?」

「シュン君……」

「次の階層まであと少しだ。後は走って行こう。僕が先頭を走る。ツェルは背後の敵に気を付けて。フィノとフォロンは撃ち漏らしを倒して」

「わかりました」

「わかった」

「了解です」


 僕達は階段に向かって走る。

 僕を先頭にフィノとフォロンが、最後にツェルの三列で走っている。

 天井から現れるロットスライムを火魔法で焼き払い、両隣の檻からのっそりとあらわれるグールや殺人鬼バイソンを片っ端に剣で斬り付け行動を不能にする。

 フィノとフォロンは僕が斬り付けたグール達に向かって魔法を放ち身動きが完全に出来ないようにする。

 ツェルはそれでも動いてこようとしている魔物の足を風魔法で切断して近づけさせないようにしていた。


 いくつかの路地と檻を壊して飛び越え、戦闘を行っていくと階段の段差が見えてきた。


「あと少しだ。もう少し頑張れ」


 僕は最期の反応の魔物を倒してそう言った。

 後ろからは無数の魔物が倒れている。体を修復して近づいてきている魔物の反応もある。

 このまま誰かほかの冒険者にかち合わせしてしまうと、トレインと呼ばれる悪意ある現象となってしまう。トレインは魔物を違う人になすり付けることだ。

 こういった現象を起こした場合は先に報告するのがマナーとなっている。

 今回は誰もいないようだからこのまま放っておくことにする。一時間もすれば元に戻るからだ。


「怖い怖い怖い怖い怖い~ッ!」

「フィノ様、階段まであと少しです」

「…………」


 フィノが僕に手を引かれながら目を硬く瞑って走る。それを見たツェルが隣で励ましている。フォロンは表情が消え去り、無言で走り続けていた。はっきり言って怖い。


「曲がれーッ」


 僕の掛け声に合わせて雪崩れ込むように階段に向かって行った。その後ろでは魔物達がまっすぐ進んで行き止まりの壁にぶち当たり、潰れたような音が聞こえてきた。


 僕は風で全員の身体を浮かばせてこけないようにする。下の階まで降りたところで魔法を解除して地面に降り立つ。


「はぁー、はぁー、はぁー。……んぐ、はぁー、こ、怖かったよー」

「もう大丈夫だから。大丈夫、大丈夫」


 皆地面にへたり込んで息を荒くしている。

 フィノは僕の胸元に縋りついて息を整えながら、嗚咽を零して恐怖を吐き続ける。僕はその背中を優しく撫で安心するまでジッとする。


「ヒック……スッ、もう大丈夫。ありがとう」

「どういたしまして。いつでも胸を貸すから怖かったら言ってね」


 僕達は立ち上がりながら三十六階層を見渡す。


 三十六階層は夜の森林地帯のようだ。森林と言っても普通の森ではなく魔女が住んでいるような不気味な木や草が生えている。空に浮かんでいる月は見か月だけど目と鼻があり、口が裂けて笑っていた。そして遠くから聞こえてくる、引き攣るような笑いと鳥のような鳴き声は、治まった鼓動を再び早くする。


「ここもまた……」

「もう嫌だ……」

「あと四層です。気を引き締めましょう」

「うっ、あと四層」


 僕達は思い思いに気持ちを吐露して隊列を組んで歩き出す。

 毒を噴き出す天然のキノコを燃やし、伸び放題の草木を切り払い、突如落ちてくる葉やツタを払い除ける。

薄い霧の空気は淀み、地面と草木をしっとりと濡らしている。

 この状態と状況が余計に恐怖をそそっている。


 魔力感知を広げるとこちらに向かってくる魔物を感知した。


「来る!」


 僕の一声で武器を片手に周囲を警戒する三人。

 ガサガサと音を立てながら現れたのは、かわいらしい柄の傘を付けたキノコの魔物マッシュルンだった。

 マッシュルンはEランクの魔物で、大きな傘を被った二等身の人間みたいな魔物だ。妖精のようにも見えるこの魔物は攻撃性がなく飼う人もいるほどだ。また、見た目通りキノコだからおいしく食べることが出来る。それから作られた出汁や料理は絶品だそうだ。

 まあ、ここは迷宮だから倒しても消えてしまうだけだろうけどね。でも、キノコを落す可能性もあるか……。


 マッシュルンは僕達に恐る恐る近づいて大きな頭の傘を左右に揺らして「もきゅもきゅ、きゅきゅきゅぅ~」と言っている。


「ふああぁ、可愛い魔物だぁ」


 フィノは足元に近づいてきたマッシュルンの頭をツンツン突っつきながら、頬を綻ばせて笑っていた。

 先ほどまで怖がっていたけどマッシュルンのおかげで無事に気持ちを入れ替えることが出来たな。


 僕亜マッシュルンにお礼を言いながら、僕も近づいてきたマッシュルンを抱いて頭を撫でる。マッシュルンは気持ちよさそうに目を瞑って喜んでいるようだ。


「ウキュウウゥアアアァァァ」

「もきゅ! もきゅきゅきゅ」


 和んでいると遠くの方からドスの利いた怒りの方向が轟き、僕達が愛でていたマッシュルンはハッとして遠くに逃げて行ってしまった。

 フィノは残念そうにしていたがすぐに状況を確認して身構えた。


 僕の魔力感知によると遠くの方から何か大きな魔物が近づいてこようとしているみたいだ。


「こちらの方角から大きな反応が一体向かって来るみたい。皆戦闘の準備を」

「「「はい(うん)」」」


 しばらくすると気を圧し折る様な音が聞こえてきて、逃げ惑うマッシュルンたちの声がこだまするようになった。


「ウキュウウウゥゥゥゥアアアァ」


 木を圧し折りながら出てきたのは巨大な猿だった。

 猿は片手にマッシュルンを掴みむしゃむしゃと食べていた。

 狙いは僕達ではなく無害のマッシュルンだったようだ。


 この猿の名前はダイナソーモンキーという魔物でAランクに分類されている。  マッドモンキーが数百年生き続けた魔物だと言われていて、風化した皮膚と撓る様な筋肉が特徴だ。手の握力は金属の装備品ごと握り潰すことが出来るほどで、尻尾をうまく使い立体軌道を熟す魔物だ。


「こいつはAランクのダイナソーモンキーという魔物だね。僕が前衛として注意を引くから外から攻撃してくれ」


 僕はそう言うと剣を抜き放ち、くよくよとうねらせている尻尾を斬りに行く。

 フィノ達は僕とダイナソーモンキーから距離を取りそれぞれ詠唱を始めた。


「ムッキャァー、ウキャウキャ」


 ダイナソーモンキーは僕に気が付くと初動を見せない動きで背後に飛び去った。

 やりづらい相手だ。

 とにかく相手の動きを封じよう。


 ダイナソーモンキーは食べ続けていたマッシュルンを一気に口の中に入れて僕を睨み付ける。

 食事の邪魔を、等と思っているのか口の端を開けて唸っている。


 僕は再度肉薄して今度は正面から剣で斬り付ける。

 ダイナソーモンキーは華麗な動きで剣の軌道場所から逃げ去る。僕は剣を糧に持ち替え、剣を突き出して体を反った瞬間に隙を突いて魔力掌底を腹に放つ。


「ウキャッ……ウッ、ウッ、キャアアアアア」

「くっ、煩い!」


 木々を揺らす咆哮がソニックムーブとなって近くにいた僕の鼓膜を破ろうとして来た。僕は耳を風で保護して風魔法の音遮断魔法『サイレント』を唱えた。


「――! ――、――ッ!」

「なんて言っているかわからないよ。フィノ!」

「うん! 『シャドーバインド』」


 僕の声にフィノが声が出せせずに混乱したダイナソーモンキーの動きを封じた。この暗闇ならば闇魔法の効果が倍増するはずだ。

 じたばたと暴れているダイナソーモンキーだけど、体の中心から縫うように全身を縛られほとんど身動きが取れずにいた。


「ツェルにフォロン!」

「はい! 『アースインパクト』」

「『ウォーターゲイズ』」


 次に放たれたのは石の砲弾と間欠泉だった。

 ダイナソーモンキーの上から圧するように放たれた岩のような弾丸は、地面の下から噴き出した高圧の間欠泉とで板挟みするようにダイナソーモンキーを押し潰す。


 ダイナソーモンキーの声は未だに戻らず空気が漏れる音だけが水の音に紛れて聞こえる。


「倒しませましたか」


 ツェルがそう呟く。

 次第に水の勢いがなくなり、岩の弾丸がダイナソーモンキーを地面に叩き付けて下敷きにした。

 ピクリとも動かないダイナソーモンキーだけど、感知はまだ生存を表している。


「『ライトニング』」


 僕は空から降り注ぐ雷をダイナソーモンキーに向けて落すと、ダイナソーモンキーは当たる前に体を起こし横に跳び避けた。

 雷が地面に穿った瞬間にダイナソーモンキーが怒りの形相でツェルを睨み付けた。


 僕はツェルの前に立ち指先から無数の雷を打つ。雷の一発一発が相手を感電させる威力を秘めている。

 ダイナソーモンキーはそれを感知したのか弾いたり当たらないように、俊敏な動きで飛び躱していた。


「チッ、フィノ拘束を頼む」

「わかった」


 僕は雷を放ちながらフィノに足止めを頼む。

 ツェルは僕の後ろからさらに下がり、土の弾丸で援護をしてくれている。

 フォロンも隙を見ては攻撃を加えてくれているけど、雷よりも早く動くダイナサーモンキーには一つも当らない。


 雷を打つのをやめて土を地面から生やしたり、不可視の風の弾丸を撃ったりする。段々避けきれなくなってきたダイナソーモンキーは下から出てきた土を腕で破壊し、不可視の弾丸を手で払いのけ、水の球を叩き落とす。

 僕は魔法を放ちながらダイナソーモンキーに近づき、大きな魔法を放つための魔力を練り込んだ。


「フィノ準備は!」

「大丈夫、いつでもいけるよ!」

「僕の魔法が合図だ! ……『アースホール』」


 僕はある程度近付くとダイナソーモンキーの下を一メートルほど陥没させて腹部まで埋めた。ダイナソーモンキーは暴れてそこから出ようとするが、直後にフィノの『影縛り』が放たれ肩を、腕を、頭を朝つけるように縫い付けられて、先ほどの拘束よりもがっちりとした拘束された。


 僕は一歩下がり高速で詠唱をする。


「『怒り狂う雷よ、天から降り注ぎ裁きを与えよ! 「退避!」 ライトニングボルト』」


 ズガアアアアアアアァァァァン


 極太の雷が放電しながらダイナソーモンキーに降り注いだ。皮を焼き、肉を焦し、骨を砕く。当たりに威圧を撒き散らせる轟音の轟雷は全てを破壊していく。


「ウキャッ、ウキャキャ……ムキュ~」


 ダイナソーモンキーの最後の叫びが微かに聞こえたっきり雷の音も消え辺りに静寂が訪れた。雷が止むと地が焦げ付いた匂いと辺りの気に火が燃え移っていた。ダイナソーモンキーは半分光の粒子となりかけていた。

 どうやら倒すことに成功したようだ。


「凄い魔法だったね。シュン君が詠唱をしたところを見たの初めてかも」


 フィノがそう言いながら近づいてきた。

 そうだったっけ?

 そう言えば説明の時に詠唱は使っていたけどこういう時には使ったことがなかったっけ。魔闘技大会の時にも使っていたけど、あの時は結界を張っていたから聞こえなかったのだろう。


「まあ、詠唱をしたほうが魔法のバランスがとりやすいからね。ここぞ、というときは唱えるようにしているんだ。そんなに変わるものじゃないけどね。心構えかな?」


 僕は燃え移った火を消しながらそう言った。

 フォロンもすぐに手伝ってくれたためすぐに消化をすることが出来た。


「シュン君ぐらいの威力があったら無詠唱でも変わらないね。でも、そんなシュン君でも詠唱をしたほうがいいと思うんだ」

「そうだよ。詠唱はその使う魔法を補助してくれるものだからね。無詠唱はその補助を除けて自分で制御するものだから、制御能力がいるんだ。どんな人でも補助があったほうが他のことに割けるでしょう? そういうことだよ」

「ふーん、無詠唱はメリットばっかりだと思ってたけどそんなメリットがあったんだね」


 僕とフィノはダイナソーモンキーのアイテムを拾いながら詠唱について話した。

 ダイナソーモンキーのアイテムは拳大の魔石と黄金バナバ、爪、毛皮等の素材だった。

 結構アイテムが多いな。


「なんでこんなにアイテムが多いんだ? それにAランクの魔物がなぜこんなところにいたんだ?」


 僕はつい口に出していた。

 それを聞きとどめたツェルが答えてくれた。


「それは恐らくランダムボスだと思われます。ここはアンデットが多くいる場所です。ダイナソーモンキーははぐれにしてはおかしいので間違いないかと思います」

「そういえばそんなことをローラさんが言っていたな。これがランダムボスだったのか」

「でも、倒した後に気付くっておかしいね」

「普通は確認された瞬間に逃げてギルドに報告するものです。今回も討伐しましたが報告は必要なのでここを早く出てギルドに報告するのがいいでしょう」


 ツェルさんがそう言った。

 確かローラさんも言っていたことだな。

 証拠はギルドカードに記載されているはずだからいいとしてこの素材も見せた方がいいかもな。


「よし、ここを早く踏破してギルドに報告しに行こうか」

「うん、ここのボスはダイナソーモンキーよりも弱いんだよね?」

「まあ、ランクは一つ下だからね、弱いのは弱いと思うよ。だけど、油断は大敵だよ。油断せずに行こう」

「「「はい(うん)」」」


 僕達は大物が倒せたことでテンションが上がり速攻で四十階層まで行った。


 四十階層の迷宮ボスはBランクのリッチだ。闇魔法の死霊魔法を使うリッチはゾンビやグール、スケルトンなどの不死族を何体も召還して僕達の行く手を阻んできた。

 が、僕達の火力の前には役に立たなかった。

 フィノの火魔法が腐った魔物を焼き払い、ツェルとフォロンの地魔法と水魔法がスケルトンを埋め、僕の光魔法がリッチごと全てを浄化した。


 こうして僕達はリッチを数分で倒し終え、地上に戻ったのだった。




 地上に戻った後僕達は全身に浄化魔法を掛けてギルドに行く。

 先ほどの報告をするためだ。

 時刻は三時頃で丁度おやつの時間だったため、収納袋からアイスキャンディーを取り出して四人で食べる。遠慮していたツェルとフォロンだったけど、僕達の命令ということで食べさせることに成功した。


 アイスキャンディーは二人にも好評だった。

 『ラ・エール』で作ったアイスクリームの時と同じく、この世界には冷たい食べ物という物がほとんどない。

 だから、『ラ・エール』のアイスクリームは大繁盛して義父さん達も絶賛していた。だけど、作りには専用の魔道具を作るか氷魔法の使い手を探さないといけない。

 僕なら氷魔法の使い手を作り出せるけど、それは一つやってしまうと他にも教えていかないといけなくなるから面倒だ。ララスさんとフィノは別だけどね。


 ギルドの入ってローラさんに報告をする。

 最近は僕達に絡んでくる冒険者がいなくなり、気さくに話しかけてくるものばかりとなった。僕の二つ名と功績のおかげだ。


「いらっしゃい。シュンさん、フィノさん。今日はどのようなご用でしょうか」


 ローラさんが僕ぅたちを見つけて声をかけてきた。


「今日はランダムボスと遭遇したかもしれないのでその確認に来ました」

「ラ、ランダムボスですか! そ、それは早く討伐体を組まなくては!」


 ローラさんは早とちりして討伐体の指示を飛ばそうとして来た。

 僕は慌てて倒したことを伝える。


「大丈夫です。もう倒しましたから。証拠はカードとアイテムです。ここに来たのは本当にランダムボスなのか確認してもらうためです」


 僕はカードと収納袋に入れていた素材と食材を取り出して台の上に置いた。


「へ? た、倒されたのですか! で、では、確認させてもらいます」


 ローラさんは女性あるまじき声を出して、素早く僕のカードを取って機械に入れて確認を行った。

 僕はフィノ達と笑い合って確認を持つ。


 少しするとローラさんは冷静になって慌てていた顔色が真剣味を帯びたものへと変わっていた。


「た、確かにランダムボスです。Aランクのダイナソーモンキーですね。報酬金は大金貨一枚となります。この素材はどうしますか?」


 ローラさんの言葉を聞いて緊張の針が張り詰めていた冒険者の面々はドッと息を吐いて酒を飲み直している。僕達を馬鹿にしていた冒険者は本当に倒していたことに驚愕の目をして、周りの冒険者に僕達のことを言っていた。


「それでは、素材は買い取ってください。食材はこちらで使おうと思います」

「わかりました。今から鑑定をしますので、少々お待ちください」


 そう言ってローラさんは素材を持って奥の方へ鑑定をしに行った。


 僕達は人もいないから雑談をして時間を過ごすことにした。


「やっぱりランダムボスだったね」

「あんなに強かったんだから当たり前だよ。迷宮ボスが通常の敵みたいに感じたもん」

「私達四人で倒せるとは思いませんでしたが、今思えば先日Aランクのヘルクラッシャーを倒しましたね」

「あの時の方が危なかった気がしますよ? 僕は」

「ああ、あの回転はやばかったね。あと少し遅かったら胴が離れていたよ」


 僕達の会話を聞いてさらに盛り上がるものや驚愕を示す者がいる。

 今までならこんな話を聞いて突っかかって来る冒険者の跡が立たなかったけど、Aランクの僕の二つ名の由来と僕達の迷宮踏破スピードが尋常じゃないことが起因しているのだろうね。


「お待たせしました。鑑定の結果ダイナソーモンキーは毛皮大金貨一枚、爪中金貨四枚、尻尾中金貨五枚ということになりました。合計で大金貨一枚と中金貨八枚です。お確かめください」


 ローラさんがお金を手渡してきた。


「……確かに丁度あります。クィードさんのお店に行ってくるのでその後にまた来ます」


 僕はお金を収納袋に入れながらそう言った。


「はい、またの起こしをお待ちしております」


 報告を終えた僕達はギルドを後にした。




 ギルドを出た僕達はクィードさんのお店にアイテムを売りに行った。

 今回手に入れたのは切れ味向上と修復能力の付いた魔剣と最下層で手に入れたリッチの杖、その他に武具が数種類、魔道具が数個、中級と上級の回復薬が十数個、魔物の素材が山ほどある。


「また、(えら)い数を持ってきたな。鑑定にはまた時間が掛かるぞ」


 クィードさんが目を丸くして言う。

 鑑定用の大きな台の上に山のように置かれている僕達の収穫アイテム。


 普通の冒険者はアイテムをこんなに手に入れない。

 出来るだけ魔物と闘うのを避け、自分達がギリギリ倒せる階層の魔物を何度も狩ってアイテムを手に入れて来るのだ。

 最初の魔物を避けるのは体力と魔力、物資に限界があるからだ。上層の魔物で体力や魔力を減らして下層に挑み収穫を減らすより、最初から下層を目当てにしてそこのアイテムをたくさん持って帰ったほうがいいと考えるのだ。


 僕達は収納袋が四つあり物資には困らず、収穫したアイテム量を気にする必要もない。魔力を有限とは言え、フィノでさえBランクの七倍近くになっていて、僕なんか十数倍までに膨れ上がっていた。

 ツェルとフォロンは既に成人しているから魔力量が上昇しないが、それまでに増やせるほど増やしてきていたからそこら辺の冒険者よりも多い分類に入る。


「終わるまでどのくらいかかりそうですか?」

「そうだな、二時間といったところか。長くても三時間だな」


 二時間ぐらいか。

 なら、あそこに行っても大丈夫だろう。


「行きたいところがあるので、二時間後にまた来ます」

「おう、それまでに終わらせるようにしておく」


 そう言って僕達はクィードさんのお店を出た。




 クィードさんのお店を出た後、僕達は大通りから外れた街路に入っていた。

 少し薄暗く治安の悪そうな気配のする街路で、ローブを目深に被った人やぼろを着て(すさ)んだ人が座り込んでいたりするところだ。


「シュン君? こっちに何があるの?」


 隣を歩いているフィノがどこに行くのか訊いてきた。

 僕は前を向いて歩きながら答える。


「こっちには魔物の販売所があるらしいんだ」

「魔物の販売所? 魔物を売っているの? 危ないのに?」

「魔物は危ないものだけじゃないよ。ミルクを出してくれる気質の大人しいモーモー、いくつも卵を産み出す鳥フライチキン、高級な場所を引く竜種のドライドンとかいるからね」

「そっか。じゃあ、この先にはそう言う魔物がいるんだ。でも、私達にはいるものなの?」


 フィノは納得といった顔をしてすぐにまた疑問顔になった。

 僕は顔だけフィノの方に向けてニヤリと笑って答える。


「この先にあるのはそういった魔物じゃなくて戦闘用の魔物だよ。所謂、召喚用の魔物を売っているお店があるんだ」

「召喚用のお店!? シュン君ロロちゃんを捨てるの!?」


 フィノは僕がロロを捨てるのかと憤慨して僕に詰め寄ってきた。

 僕はそれを見てフィノはロロのことが好きだなぁ、と思いながら苦笑して訂正する。


「違うよ。フィノの召喚用の魔物を買いに来たんだ」

「私の?」

「そうだよ。迷宮でマッシュルンに会った時とても嬉しそうだったからね。そろそろ召喚魔法を教えてもいいころかなと思ったんだ。フィノだってロロみたいなペットが欲しいでしょ?」

「ペット……。欲しいかも」

「でしょ? 別にロロみたいに戦闘用の魔物を選ばなくてもいいよ。マッシュルンがいるかわからないけど他にも愛玩用の魔物もたくさんいるから、そっちを選んでもいいよ」

「わかった。シュン君、早く行こ? 早く早く」


 フィノは僕と手を引っ張って先に進んでいこうとする。

 僕は引っ張られながら呆れて声をかける。


「ちょっと待って、場所知らないでしょ! ああ、ツェルとフォロンも選んでいいよ」

「え!? 私達もいいのですか!? ですが……」

「いいよ。このお金は迷宮で稼いだお金を使うから。お金余り余っちゃって使い道に困っているほどだから」


 僕はフィノに連れていかれながら付け足した。

 ツェルは困ったような嬉しそうな顔をしているから迷惑でないようだ。

 後は隣のフォロンがどうにかしてくれるだろう。

 ニコニコしているから。


「そ、それはそうですが……」

「ツェルさん、いいではないですか。シュン様なりの気づかいだと思いますよ? ツェルさんもマッシュルンが欲しいと思っていたのでしょう?」

「な、なぜそれを……。いえ、確かに欲しいですね」

「なら、指示に従いましょう」

「わかりました」


 二人も決心がついたみたいで僕達を追いかけてきた。




「ここだね」


 僕達がやってきたのは大きな牧場のような白い柵と芝生地帯がある農場のようなところだ。

 違うところはそこに牛や馬がいるのではなく、魔物がいる所だ。柵にも不可侵結界が張ってある。


 白い柵を横に道を歩いて十数分が経った頃、前方に見えてきたのは大きな飼育所と一軒家のような二階建ての家だった。

 恐らくあそこが販売所となるのだろう。


 販売所は古い年代物の建物だけど、魔物を飼っているためなのか頑丈な造りとなっていた。

 中に入ると世界が変わったと思えるほど綺麗な白塗りの作りとなっていて、右側には魔物の資料が、左側には魔物の檻と剥製が、中央には実際に触ることが出来る魔物の体験コーナーが置かれていた。


「わあ~、可愛い魔物がたくさんいる。シュン君、触ってもいい?」


 フィノは手を伸ばしたり引っ込めたりしながら、じれったそうに僕に上目使いで言ってきた。

 他にもお客さんがいて触っているところを見て、僕は苦笑を一つしてフィノに頷く。


「行ってきていいよ。僕が呼んだら来てね」

「うん! わかった」


 フィノはパタパタと走って近くのフェアラビットがいる所に行った。

 僕はチラリとツェルを見て言った。


「ツェル、フィノが危なくないように近くにいてあげて」

「え? あ、はい、かしこまりました」


 ツェルは今にもスキップをしそうなぐらい嬉しそうに笑顔でフィノの元に行った。


「嬉しそうですね」

「うん、女の子はやっぱりかわいいものが好きなんだね」

「そうでしょう。私が働いていた以前の職場のメイド達もこんな感じでしたから」


 僕とフォロンは笑い合う。


「フォロンには悪いけど僕と一緒に来て」

「はい、かしこまりました」


 僕とフォロンはこの場から奥の方に行き、魔物を販売しているところに行く。

 開け放たれた扉をくぐって奥の部屋に行くとそこには戦闘用の魔物がわんさかいた。

 鷹のような魔物ファルコ、妖精のような偵察用の魔物フェミリア、二メートル級の翼のない竜トプライ等がいた。他にもウルフやラビーなどもいる。


「いらっしゃいませ。本日はどのような魔物をお探しでしょうか」


 飼育服のようなつなぎの服を着た男性が声をかけてきた。

 畏まって行ったのは僕が執事を連れているからだろう。

 まあ、貴族だっていうのは間違いではないけど……。


「そんなに畏まらなくていいですよ? 見て分かるように冒険者ですから。今日は卵を見せてもらいに来ました」

「冒険者だったんだ。執事を連れているから貴族なのかと思ってしまっていた。卵か? ならこっちに来てくれ」


 僕はこの男性に連れられてもっと奥の作業場の方へ行く。

 こちらに魔物の卵があるのだろう。




「ここが販売用の魔物の卵があるところだ。いろんな種類があるが、ここが戦闘を主にする魔物であっちが補助や援護を目的としている魔物だ。愛玩用の魔物は卵として置いていない。割れやすくて死にやすいからな」


 男性がそう言いながら卵の説明をしてくれた。


「フォロン、二人を呼んで来てくれる?」

「かしこまりました」


 僕がそう言うとフォロンは作業場を出て二人を呼びに行った。

 フォロンの返答を聞いてこの男性は僕のことを訝しむような目で見た。


「やっぱり敬語の方がいいのではないですか?」

「いや、僕は元々冒険者ですから。執事服を着ているのは彼が執事を目指しているからです。他にもメイドがいますが気にしないでください」

「そうなのか? まあ、お客さんがそう言うならそうすよう。後で打ち首じゃぁ、とか言うなよ」


 男性は首をチョンチョンしながらそう言った。

 僕はその動作が面白くて笑いながら否定した。


「しませんよ。もう一人いますがそういう子ではないので大丈夫です」

「信じておこう」


 僕と男性が話しているとフォロンが二人を連れて帰ってきた。

 二人は残念そうな顔しているのはしょうがないことだろう。


「お二人を連れてまいりました」

「うん、ありがとう。――フィノ、ここで召喚用の魔物を選んでね」


 僕は後ろでもの珍しそうに卵を見ているフィノにそう言った。


「ここで? でも、卵だよ?」


 フィノは卵を見ながらそう言った。


「卵の方が魔物は懐きやすいんだ。刷り込み、っていうやつだね。卵から孵化させるには魔力を注がなくてはいけないんだ。空中の魔力を吸収して孵化するけど、僕達が魔力を流しても孵化するよ。で、僕達が魔力を流して孵化させると生まれてきた魔物が魔力を覚えて懐きやすくなるんだ」


 僕はフィノと卵を見ながら説明した。

 隣で男性が頷いているから間違っていないようだ。


「あと、俺から補足すると卵の方が安い。それに長く一緒に居られることだな」


 安いのは保管費と魔物代しかかかっていないからだ。生れてしまった魔物は飼育費も掛かるから当然高くなる。

 長く一緒に居られるのも当然だ。


「じゃあ、フィノはどんな魔物が欲しいの? この人に言ったら教えてくれると思うよ?」


 僕は男性を見ながら言う。

 フィノは男性を見て頭を下げると自分の理想の魔物を言う。


「えっと、可愛くて、それほど大きくなくて、和む魔物がいいです。戦闘用でも何でも構いません」

「小さくて和む魔物か。ちょっと待ってろ」


 男性はそう言って奥の方に消えていった。


「マッシュルンが忘れられないの?」


 僕はあの時のことを思い出してフィノに聞く。


「うん、マッシュルはとても可愛かったから。別にマッシュルンじゃなくてもいいけど、マッシュルンみたいな魔物がいいなと思う」


 僕とフィノが話している間に男性が手のひらサイズの卵を持って帰ってきた。


「待たせたな。この卵は迷宮で手に入った卵だ」


 男性は卵を僕達に見せながらそう言った。

 迷宮でも卵が手に入るのか。


「手に入れた迷宮は最上級の迷宮だ。数十年前とあるパーティーが腕試しにと挑んだらしいのだが酷い返り討ちに遭ってな、その時の唯一の戦利品がこの卵というわけだ」


 卵を撫でながら愛おしそうにしている。

 最上級の迷宮か……。

 まだ僕達の実力だと駄目だろうな。

 それでも、卵が手に入ることが分かっただけでもいいか。


「何の卵かはわかったんだが、孵化させようにも孵化しない。魔力を吸収しないんだな、これが」


 はい? 孵化しない?

 魔力を吸収しないということは死んでいる……いや、魔力の鼓動を感じるから死んではいないようだな。

 ではなぜ……。


「何かを待っているかのように魔力を吸収してくれないんだ。魔力感知の使える魔法使いに頼んだから間違いない」

「そうなのですか。なぜそれを私に?」


 当然の疑問だな。

 そんな卵を僕達に見せたということは何かがあるということか?


「それは、最近この卵が光る時があるんだ。丁度一月前ぐらいからだな。それを疑問に思って魔力を与えても吸収しないから困っていたんだが、お客さんが着た瞬間にこの卵が強烈な光を発してな、この人達を待っていたのか! と思ったわけで持ってきたんだ。まあ、この四人の中で誰が相応しいのかまでは分からないがな」


 男性はそう言って卵をフィノに手渡した。


「とりあえず嬢ちゃんから魔力を与えてみてくれ。掌に魔力を込めるようにすれば勝手に吸収してくれるからよ」

「わかりました」


 僕はフィノと卵を見ながら何か起こるのか、と楽しみに眺めていた。

 ツェルやフォロンも少しワクワクしているのか除おきこんでいた。


「では、送ります」


 フィノがそう言って魔力を手のひらに込めると卵がほんのりと光りだし、魔力を吸収し始めた。


「おお、俺の目に間違いはなかったみたいだ。嬢ちゃんを待っていたみたいだぞ、これは」


 自慢そうに言った男性の声に反応せず、僕達はうめれてくる瞬間を見ようと目を離さずにいた。


 数分が経ちフィノの魔力が枯渇し始めても卵はうんともすんとも言わない。未だに魔力を吸収している。

 何だ、この卵は。

 早くしないとフィノが倒れてしまう。


「この卵は何の卵ですか?」

「ああ、言ってなかったな。この卵はエアロスの卵だ」


 エアロスというのは空の覇者グリフォンに似た魔物で金色の毛が生えた鳥型の魔物だ。グリフォンとは違い気性は大人しく人懐っこいところがあるが、敵と判断した者には一切の容赦がなく、主人を決めると死ぬまで忠誠をする魔物でもある。


 そんな魔物がこの小さい卵から生まれてくるのか。

 でも、小さいという要望に叶っていないけどいいのかな?

 ロロみたいに半年で大きくなると思うけど……。


「シュ、シュン君、もう無理……」

「フィノ!」


 ふらふらとしてきたフィノを後ろから支える。ツェルとフォロンは横から支える。

 僕はフィノから卵を取ろうとすると僕の魔力まで吸収し始めた。


 なっ!


 ものすごい勢いで減っていく僕の魔力。

 僕はこのままでは僕も枯渇してしまうと思い、一気に膨大な魔力を通して満足させることにした。

 とりあえず、フィノの魔力の波長に合わせておくことは忘れないでおく。


「……くっ、フゥー、はあああぁ!」


 僕を中心に巻き起こった魔力の嵐を受けて髪や服が吹き上がるけど、気にせずに魔力を卵に送り続ける。

 それから僕の魔力を七割ほど放出すると吸収する量が減り、残り二割となると吸収しなくなった。

 体にだるみが襲ってきたけど、いつもの練習で鳴れているから倒れることはない。残りの魔力の半分をフィノに渡す。


 家だろう層に僕に寄りかかっていたフィノの顔に赤みが差して枯渇から戻ったようだ。


「あ、んっ、んん……ありがとう、シュン君」

「どういたしまして。もうすぐ孵化すると思うよ」

「本当!?」


 僕が持っていた卵をフィノに手渡して孵化する瞬間を全員で見守る。

 この卵は百万近くの魔力を吸収した魔物の卵だ。

 普通の魔物ではないことが分かる。

 さすがはグリフォンに並ぶ空の支配者エアロスだ。


 パリッ、ピキピキ、ピシ、パリパリ……パリン!


「きゅあああぁ」


 僕が考えている間に卵に罅が入り、卵の頂点から次第に空が内側から黄色い嘴で破かれ、白と黄が混じったような滑らかな色の毛の鳥が顔を出して可愛く鳴いた。


「生まれた! 生まれたよ、シュン君!」

「うん、うん。生れたね。この子は空の覇者グリフォンに並ぶ存在空の支配者エアロスだよ」


 生まれたエアロスはフィノの絶えの中でもぞもぞと動いて可愛く鳴いている。


「早速だが、名前を決めてやるんだ。そのエアロスは嬢ちゃんのものだからな」


 男性が優しそうにほほ笑みながらそう言った。

 フィノはエアロスを除きながら名前を考えている。


「……エアロ、エアリ……うん、この子はエアリ。エアリにする。男の子だったらエアロにするよ」

「きゅあきゅあ、きゅきゅきゅ」


 フィノの名前を気にいったのか飛び跳ねて喜びを体現している。


「その子はメスだ。だから、名前はエアリだな」


 羽はあるみたいだけどまだ飛べないみたいだ。

 あと、数日もすれば飛べるようになるだろう。


 それにしても綺麗な毛並みだ。

 ロロの白銀の毛も綺麗だけど、このクリーム色の毛も滑らかできれいだな。

 フィノはいい魔物と出会えたみたいだな。


「きゅ~、きゅきゅ! きゅっ」

「ん? 僕を呼んでいるの?」


 こちらを向いて叫んでいるエアリに僕は近づいて人差し指で撫でてみた。

 すると気持ちよさそうに、


「きゅきゅ~」


 と、鳴いた。


「可愛い。僕にも懐いているね」

「多分、シュン君も魔力を与えたからじゃないの?」

「そうなのかな?」


 うーん、一応波長を変えて渡したんだけどな?

 まあ、あれだけの放出をして維持するのは少しきつかったのかもしれないな。


 僕は撫でる手を止めて男性に値段を聞く。


「それで、この卵はおいくらですか?」


 多分、大金貨単位だろうな。もしかすると王金貨までいくか?

 僕がそう考えているのとは裏腹に男性はニッコリ笑って言った。


「値段は中金貨五枚だ」

「え? そんなに安くていいのですか? これだけの魔物なのに中金貨五枚と言うのは安すぎません? 大金貨はすると思っていたのですが」

「正直だな。まあ、本当ならそのぐらいの値段がするだろう。だが、この魔物は主を選んでいたみたいだ。そんな魔物に大金を吹っかけても意味がないだろう? それに卵なんだ。安くて当然」


 男性はいいものが見れたからな、と最後に付け足して満足そうにしていた。

 僕はお礼を言って中金貨五枚を手渡した。


 次にツェルとフォロンの魔物を選んで契約に移る。

 ツェルはホワイトラビットという魔物で雪のように白い毛をした愛玩用のウサギの魔物だ。

 フォロンは偵察用のフェアリットという魔物にした。この魔物は二十センチほどの妖精で薄く透明な魔力でできた羽を持っていて、姿を消すことが出来る。また、援護用の魔法も使うことが出来る。




「それじゃ、契約するか。契約するには魔力を与えて『汝、我と契約をせし者自分名、汝、我を受け入れよ! 契約(コンタクト)』と、唱えれば魔物が光りパスが繋がる。それで契約終了だ」


 三人はそれぞれ契約をし始める。

 パスというのは意思疎通ができるものではなく、感情が分かる程度のものだ。だけど、感情が分かることである程度の意思の疎通はできるようになる。

 僕とロロもパスで繋がっている。


「出来たみたいだな。大事にしてくれよ」

「わかっています。ありがとうございました」


 僕達はそう言って魔物販売所から出た。




 クィードさんのお店に行き換金を終えた僕達四人と三体の魔物は宿の部屋に集合していた。

 フィノのエアリが僕とフィノを交互に行き来して、ツェルのホワルが膝の上で心地よさそうに眠り、フォロンのリーチェが肩に座っている。


「えー、この三体は基本自分で管理してね。迷宮にいる間は僕の異空間に入れておいてもいいよ。エアリが大きくなったらロロと一緒の空間に居てもらうことになるけどいいよね」

「うん、しょうがないことだから。シュン君が一緒に居ればいつでも会えるからいいよ」


 フィノはエアリを抱きかかえながらそう言った。


「きゅ~」


 嬉しそうに頬ずりをするエアリ。


「私のホワルは戦闘用ではないので仕方がないですね」

「僕のリーチェもお願いします」


 二人は頭を下げて僕にお願いしてきた。


「うん、任せて。それで明日からなんだけど、一週間ぐらい休みにしようと思うけどいいかな? その後は迷宮でフィノ達の魔法の練習をするからまた潜るけど」

「うん、いいよ。でも、一週間は長いんじゃないの?」

「そう? じゃあ、五日ぐらいでいい? そのぐらいになったらエアリも飛べるようになると思うから」

「そうなの? じゃあ、五日でいいよ」


 フィノはエアリの抱えて抱きしめてそう言った。


「私達はシュン様方について行くだけです」


 二人は頷いて当然だと言っているみたいだけど、休暇というものを取ったほうがいいと思うんだよね。


「一日ぐらいゆっくりしてもいいんだよ? 僕とフィノは迷宮に入るわけじゃないから。それが駄目なら交替で休んだら? お金も渡すから好きなところで休んだらいいよ」

「そこまでされなくても。私達は奴隷なのですから」

「む、ツェル達は奴隷じゃないよ。私達のメイドと執事だよ。わからないのならその奴隷の証を除けてもいいんだけど」


 フィノがムッと口を尖らせてツェルとフォロンに怒った。

 僕も少しだけ二人に怒っている。


「僕も同じ意見だよ。二人を奴隷とは思っていない。二人には僕達と同じように過ごしてほしいし、自分が奴隷だと思ってほしくない。これは僕達の命令じゃなくてお願いだよ」


 僕は二人に直ってそう言う。

 フィノも僕の隣に座って二人に言う。


「……わかりました。休暇を取らせてもらいます。ですが、奴隷の証は消さないでください。これがシュン様とフィノ様との絆であることには変わりませんので」

「僕も同じです。数日しか経っていませんがお二人には良くしてもらっています。これからも精一杯お仕えします」


 薄らと涙を浮かばせた二人の言葉を聞いて僕とフィノは満足した。



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