救援
おぼろげの迷宮。
その迷宮は命を失いし者達が多く住む迷宮だ。
初級の迷宮にも同じような困惑の迷宮というのがあるが、難易度が全く違う。
死んだ人の身体に魔素が入り込み擬似的な生命を受けたゾンビ、魔素が核となり動く骨スケルトン、精神体のゴースト、魔力生命体のレイス等のことだ。
このような魔物をアンデットと呼び、生命力がかなり高く、痛みに鈍いため怯むことが少ない。だが、全体的に動きが遅いものが多く、単調的な攻撃をするものが多い。
中には血を吸う吸血鬼、首なしの鎧デュラハン、姿や能力全てをコピーするドッペルゲンガー、腐肉を食らう植物フレッシュイーター、死を呼ぶ神の化身死神等はそれに当てはまらない。
知能持つアンデットは人と変わらない動きをする。そして、アンデットとしての動きはそのままで厄介なことこの上ない。
全四十層からなるこの迷宮は踏破した者は数知れずいるが、死んだ者も数知れずいる。
どの迷宮にもそれなりに死者というが出てくるが、アンデット系の迷宮は魔物の完治が出来ないと即座に攻撃を食らい、奴らの仲間入りをしてしまうのだ。
アンデットに有効なものは教会が出している聖水や銀製の武具、光や聖属性の武具、火と光魔法だけだ。
もちろんその他の魔物も出てくるから警戒は十二分に必要となる。
ボスは十層がDランクスケルトンナイトとスケルトンの群、二十層はDランクイビルプラント、三十層はネクロマンサーと擬似生命体、四十層はBランクデュラハンとなる。
落とすアイテムは武具や道具類が多く、食材は少ない。好き好んで腐った魔物が落とした食材を使いたい、食べたいとは思わないだろう。気分が悪くなるからな。
そしてこういった迷宮には必ずと言っていいほど盗賊が潜んでいる。暗く、静かで、人が少ないところによく潜んでいるのだ。
特に中級の迷宮は人の出入りが普通で狙いやすく、初球の冒険者よりも装備品の質が良く、盗賊にとっては涎が出るほどのお宝を持っている可能性があるのだ。
そしてこの迷宮は地形ゾーンが多いがすべてが地形ゾーンというわけではない。全体の三分の一は迷路型の迷宮となっている。
迷路型の迷宮は通路と小部屋、大部屋で成り立っている。
盗賊は退路を断つように行き止まりの小部屋に狙いの冒険者を連れていく傾向が強い。そのため地図は必須で、ない場合は細心の注意が必要だ。
目の前の地面の土から煙が上がったと思ったら、青白い肉が腐り落ちて真っ白な骨が見える腕がズボッ、と生えた。
「ひいぃっ」
フィノが悲鳴を上げて僕の後ろに隠れて、見えるように頭だけを出す。
フォロンもダラダラと冷汗を掻き、倒れるんじゃないのかと思ってしまう。
ツェルさんは至って普通にその光景を見ている。
這い出てきた魔物の名前はグール。ゾンビが大量に魔素を吸収して進化した魔物だ。ランクはDだ。
ざっと十体はいるようだ。
「うぅ、あー、あ、う……ああああぁぁ」
グールは僕達の魔力を感知すると、土まみれの顔をこちらに向けて心の底から恐怖と不快感で震える声を出して向かってきた。
「作戦はゾンビの時と同じく。火魔法と光魔法で倒すこと。ツェルは遠くのグールの足を切り離して。フォロンは他に出て来ないか感知を」
『了解』
僕達四人は僕を先頭にして三列に散開した。
フィノ、僕、ツェル、僕の後ろにフォロンという感じだ。このフォーメーションはフォロンに攻撃をさせないようにすることと僕に敵の意識を向けさせるためだ。
タンクが居れば僕が自由に動けるけど、まだタンクが必要だと思わないし、これ以上仲間を増やすこともできない。
僕達の事情を考えれば臨時で雇うわけにもいかない。
僕達が有名になった時は初心者パーティーから結構有名なパーティーまで勧誘が来ていた。
組んでも良かったけど、セーブして戦わないといけないと思うといざという時に困ってしまうから組んでいない。
今は奴隷のツェルとフォロンがパーティーに入って活躍してくれているため、二人で挑んでいた時よりも体力的に、精神的に楽になっている。
「『ファイアーボール』」
グールに対するフィノの攻撃方法は頭に火球をぶつけること。そうすることで頭を粉砕して噛み付かれないようにするんだ。
その後は近づいてきたグールを僕が斬り付けて倒す。
「『切り裂け! ウィンドカッター』」
僕の後ろをツェルの風の刃が通過して、後ろの方でじっとこちらを見ていたグールの足を切断した。グールはそのまま頭からダイブするように崩れ落ちた。
僕は剣で斬り付けながら反対側にいるグールに火の矢を食らわせて焼失させる。
僕の魔法はフィノよりも威力が高いため、ある程度魔力を乗せるとグールぐらいなら一瞬で燃やし尽くすことが出来る。
「――っ!? 背後から魔物の反応が多数!」
フォロンは上擦った声で報告をする。その後戦闘の終了間近の僕達の方へ近づき警戒態勢をとる。
フォロンは戦闘能力が低いため戦闘には参加させていない。その代り、回復や補助などの援護を行ってもらっている。
フォロンは魔力の籠った水を細かな霧状に噴出させて、辺りの索敵を行っている。その水にあたるとフォロンが勘付き僕達に報告する手筈になっている。
「了解! 『ライト』」
僕は手のひらに光の球を作り出すと背後の方に移動させて魔物を確かめる。
視認できたのはマッドイーター。
頭部が頭大の種の様な大きさのマッドイーターは泥で腐った植物で、髭根が無数の足のように動き嗄れた葉をペタリ、ペタリと地面について移動する魔物だ。攻撃方法はヘドロの息や飛び掛かって毒状態にさせるなど状態異常にさせるものが多い。当然嗄れているから本人の攻撃力はない。
「視認三、マッドイーターと思われる! 未だに遠いため先にグールの殲滅を優先」
僕がそう言うとフィノが火球をいくつも投げつけ、ツェルが暗器で細切れにしていく。フォロンさんも水魔法で援護をしている。
ツェルさんの投擲具と暗器は対アンデット用に銀製で僕の光魔法で『刻印』が施してある。そのため効果は銀製の武器の数倍だ。
グールを片付けた後、背後に迫りつつあったマッドイーターに火魔法をあてて倒す。
マッドイーターは少量の火でも倒すことのできるFランクの魔物だ。
「確認を」
僕がそう言うとフォロンが目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。僕も空間支配で地面の下を探る。
何もいないことを確認すると目を開けて一息つく。
「ふぅー、何もいないみたいだ」
「こちらもです。半径二十メートルの範囲には何もいません」
僕とフォロンの報告に二人は安堵の息をつく。
僕は皆の元に戻り、次の階層に行くために階段がある場所を目指す。
僕達がいた階層は第四階層の森林ゾーン沼地地帯だ。
湿原のように生温い風が吹き、生い茂った鋭い草や木が辺りを薄暗くする。全他の半分が池となり、三分の二が深さ二メートルの沼地、残りの三分の一が道となっている。
歩く場所を確認しないと、あっという間に沼に嵌って身動きが取れなくなってしまう。
グールが出てくる前に煙を出していたのは僕が全体に使っている『ホーリーライト』のおかげだ。
第五階層
この階層は迷路型の階層となっていた。
地面に生えている光苔が黄緑色のような光を放ち、暗い紫色の壁を照らしている。苔のおかげで辺りは明るいけど不気味なのは先ほどと変わらない。
魔法で感知できるとはいえ、いつ魔物が出てくるかわからないというのは心臓に悪い。
フィノなんか可愛く僕の服の裾を握って付いて来ているんだ。こういうのを見たら守ってあげたくなるよね。
「今日はこの階層までにしよう。そろそろ陽が沈むころだからね」
僕は辺りを警戒しながら言った。
三人は僕の言ったことに頷き、視線を元に戻す。
今日は四人の連携を確かめに来ただけだ。
ツェルとフォロンの実力の確認と僕とフィノの実力を見せる。そして、昨日決めた役割に加えることがないかを確認する。
僕は引き付け兼司令塔、フィノは火力、ツェルは遠距離の攻撃兼補助、フォロンは回復兼援護となっている。
「階段の位置は右側の通路のみたいだね。左側からでも行けるけど、大型の魔物が落ちてくる罠があるみたい」
僕は地図を見ながら三人に言った。
この罠は大部屋や小部屋に設置される罠で、部屋に入ると侵入者の魔力を感知して大型の魔物が召喚される仕組みとなっている。
その代わり、倒すことが出来れば宝箱が現れ、一つ上のランクの迷宮の武具が手に入る。
それを手に入れるために危険を冒してまでその罠がある部屋まで行く者もいるみたい。
「現れる魔物は何でしょうか? それ次第で決めればよろしいかと」
ツェルさんが意見を言った。
僕は地図を裏返して、裏に書いてある罠の詳細を見る。
「えー、出てくるのはドラゴンゾンビ、スケアクロウリー、ヴァンプリズリー、ヘルクラッシャー、アトラスビートルだね。どれもAランクに分類されている魔物みたい」
ドラゴンゾンビは聞いて分かるように死んだドラゴンが魔素を吸収して擬似的な生命を受けたゾンビのことだ。生きているドラゴンとは違い目が見えず動きが鈍く、翼が脆くなり飛ぶことが出来ない。ブレスも火ではなく腐食の息となる。当たればダメージがデカいけど、拡散もしなければ効果範囲も狭い。避けやすいほうのブレスとなる。
スケアクロウリーは人型の魔物で身長二メートルの巨漢だ。全身を毒を思わせる紫緑色の鱗で覆われ、両手は鋭く伸びた鉤爪のような爪がある。その鱗は物理耐性が高く、強靭で鋭利な爪は鋼をも切り裂く恐怖の武器となっている。湿気と光りに弱く魔法で倒すことが推奨されている。
ヴァンプリズリーは地獄の刑務所に捕まった極悪の吸血鬼のことで、吸血鬼の成れの果てと言われる魔物だ。手枷と足枷をして青と白の縞々の服を着ている。攻撃手段や有効攻撃は通常のヴァンパイアと変わらないけど、枷が邪魔で攻撃範囲が狭く鈍い。
ヘルクラッシャーは六つの腕を持つ機械人形のような魔物だ。長剣、槍、戦斧、クロスボウ、マッシャー、魔手の六つで、マッシャーはトゲトゲの丸いハンマーみたいなもので、魔手は魔法行使するための構造で初級の一般属性四つを放ってくる。器用に武器にも纏わせて使うが、長時間使うと武器が耐えられなくなるところから見て完全には使いこなせていないようだ。
アトラスビートルは巨大なカブト虫で、空を飛んで体から卵を飛ばしてスモールビートルを産み出す厄介な魔物だ。昆虫の甲殻はどれも厄介で硬く魔法に弱い。攻撃手段もそれほど強くはなく、上空からの角による突進と噛み付きや三つの攻撃に気を付ければいいだけだ。火魔法の使い手が居ればどうといったことはない。
ということは、ヘルクラッシャー以外は魔法で対処が可能だということだ。
火と光だから僕が光でフィノが火、ツェルとフォロンは援護をしてくれれば倒すことが出来るだろうし、最悪僕が倒せばどうにかなるな。
だけど、態々危険を冒してまで武具を手に入れたいとは思わないからなぁ、皆の意見を聞いて決めるか。
「私はどちらでもいいけど、連携を確かめに来たのだから危ないと思う」
フィノが少し考えてそう言った。
なるほど、僕達は昨日組んだわけだし、戦闘は今日が初めてなわけだ。
まだまだ、甘いところだらけということだね。
「ぼ、僕もフィノ様の意見と同じですが、何の魔物が出るのか確認をしてからでもいいかと思われます。その罠は閉じ込められるわけではないので、見極めてからでも遅くはないかと」
フォロンが言うことにも一理あるな。
迷宮の罠で閉じ込めるというのが出てくるのは上級以上の迷宮からだ。この迷宮は中級だから閉じ込められないだろう。地図にもそんなことは書かれていないからな。
現れた魔物は一時間すれば元の場所に戻るわけだし、この道を通らなければ魔物を出しても迷惑にならなくて、出ていても倒しに来た人だけだろうからどちらにしろ、迷惑にはならないということか。
「私もフォロンと同じ意見です。確認に行くこともできますので、魔物によって倒せばよろしいかと」
ツェルさんもフォロンと同じ意見ね。
残ったのは僕か……。
「そうだな……とりあえず、罠を起動させてみよう。ヴァンプリズリーとアトラスビートルの場合だけ戦うことにしよう。他の三体はまだきついだろうからね」
「わかった。私もそれでいいよ」
「了解です」
「わかりました」
僕が行ったことに三人は了承の返事をした。
「じゃあ、左の通路に……」
ピィィー。
左側の通路に行こうとすると僕の懐から電子音が聞こえた。フィノも同じくポケットから聞こえている。
懐から音のするものを取り出して確認する。この音はギルドカードから発していて右上の印が赤く光警戒音を発しているみたいだ。
「それは救援の合図ですね。どこかで窮地に陥った人がいるのかもしれません。ですが、罠の可能性もあります。どうされますか?」
ツェルさんが警戒しながらそう言った。
僕はギルドカードを戻しながら考える。
どこから聞こえているのか分からないけど、ここは第五階層で浅い階層だ。盗賊という線が高い。
だけど、盗賊が潜んでいるという情報を聞かなかったからな。どうするべきか。
探すにしてもどこにいるのか分からなければ意味がないか……。
「フォロン」
「は、はい!」
「索敵を拡散して近くで誰か闘っているのか確認してみて。僕も僕で確かめてみるから」
「わかりました! 『水よ、粒子となりて、我の手足となれ! 拡散水』」
フォロンが水を拡散させてどこで戦っているのが確認してもらう。これが近くなのなら助けに行くことが出来る。
戦っているということは盗賊という線が小さくなるだろう。
僕も空間把握でどこにいるのか確かめる。
徐々に広がっていく立体の映像。
壁や魔物の位置、探索中の冒険者等が手に取るようにわかる。
百数十メートル広げたところで二パーティーぐらいの冒険者八人の内二人が壁の方に横倒しに倒れているのを感知した。
少し広げると倒れている人数が二人から四人に変わり、二人はしゃがんで治療を受け、二人は戦っているが避けているだけのようだ。
魔物は大きな体躯の魔物だ。体の中心と一つの腕から魔力を感じるからこいつはヘルクラッシャーのようだ。
となると、救援は確かで場所は左の通路を行った先の僕達が行こうとした罠の部屋だ。
僕が確認を終了したのと同時にフォロンも目を開けて僕と目を合わせた。
「この先で戦闘をしている模様です。敵の数は一、大型の魔物。そばでは何人も倒れています」
「敵は恐らくヘルクラッシャーだと思う。僕は助けに行ってもいいけど、皆はどうする? 相手は物理も魔法もそんなに効かない。倒すには関節部分と雷魔法を使うしかないだろう」
僕は剣を片手にそう言う。
フィノ達は顔を強張らせるとすぐに自分達も行くと言ってくれた。
「私も行きます。私は闇魔法で縛って援護をします」
「ぼ、僕はシュン様の執事です。どこまでもついて行きます。援護はお任せを」
「私もです。補助は任せてください」
三人の決意を聞いて僕は左の通路に向かいながら、
「そうか……では行くぞ!」
『はい!(うん)』
と、高らかに宣言した。
三人も武器を片手に僕の後を追って来る。
曲がりくねった通路を右へ左へ行きながら、目的の部屋を目指す。
「敵はヘルクラッシャーと仮定。敵は五つの腕に持つ武器を自在に使い、残った手で魔法を放ってくる。ある程度傷付けると武器に魔法を乗せて攻撃してくるだろう。そうなる前に六つの腕を全部破壊する」
「ということは、私は補助をします」
「私は遠くから敵の動きを奪えばいいのね」
「僕は倒れている人の回復を行っていきます」
走りながら役割を決める。
「フォロンは回復が終了次第、フィノの援護を頼む。水で牽制をしながらフィノに注意がいかないようにしてくれ」
「わかりました」
「フィノもヘイトに注意をしながら魔法を使ってね」
「うん、わかった」
先の方から戦闘音が聞こえてきた。
地面に何かがぶつかり破壊する音、金属がぶつかったような甲高い音がする。
僕は全体に身体能力向上の魔法を掛け、最後の忠告をする。
「『アビリティアライズ』。この先を曲がると見えてくるはずだ。危なくなったら声を出すんだ。いいね?」
『はい!(うん)』
僕は走るスピードを上げて曲がり角を右に曲がると敵を視認した。仮定した通りヘルクラッシャーだ。
剣士と戦士の二人が敵を挟むように向かっている。剣士と戦士は攻撃を加えようとしているけど、近づくと体を回転させて攻撃されないようにしているみたいだ。
あ! 拙い! 間に合うか……。
今の攻撃で剣士の人が避け遅れ腿を斬り付けられ倒れてしまった。それを見逃さずにヘルクラッシャーは棘のハンマーを振り上げ叩き潰す準備を始めた。
僕は魔力を右手に練り上げて右手をヘルクラッシャーに向けて魔法を放つ。
「『ライジングボルト』」
僕の右手からズバンッ、と空気を震わせて伝わるけたたましい音を立てて、一条の雷がヘルマッシャーに向かって突き進んだ。
バシイイィィィィィィッン!
ヘルクラッシャーの機械の身体を全て包み込む一条の雷は後ろの壁に大きな穴を開けて消え、ヘルクラッシャーの身体に電流が纏わり付き激しい火花とスパークを起こして止まっている。
「逃げろ!」
僕は部屋の中で倒れて尻餅をついていた剣士に大声で逃げるように言うと、剣士は体を起こして這うように後ろの方へ下がった。その瞬間、剣士がいた場所に大きなハンマーが落とされ、巨大な穴を穿った。
どうにか間に合ったようだ。
後ろのフィノ達に目配せをして頷き合うと部屋の中に侵入する。
ツェルが僕に補助魔法を掛ける。
「『彼の者に更なる力を! アーム』」
「加勢する! 『雷よ! 纏え』……はあああぁッ!」
僕は部屋の中に突入して剣に魔力を纏わせると同時に雷も纏わせてハンマーを持った腕を根元から叩っ切った。
硬い感触が両腕に伝わり弾かれそうになったが、剣を手前に引くように切り替えると火花を散らしてスパッッと切れた。
腕が切られた反動で軽く持ち上がり地面に落ちた。
「フッ、フゥー、フシュゥゥゥゥゥッ」
ヘルクラッシャーは頭にある汽笛から煙を出して怒りを露わにする。僕の方を顔に付いている青いランプが見ると、大きな血濡れの剣を僕に向かって振り下ろしてきた。
「任せて! 『闇よ、縛り上げろ! シャドーバインド』」
その声と同時に振り下ろされそうになっていた剣を持つ腕に影が纏わり付き、その動きを止めさせた。
ギチギチと音を鳴らせて振り下ろそうとしてくる剣の横に飛び上がり、その腕を先ほどと同じように切り落とす。
「フィノ、ありがとう」
「うん。腕は任せて」
「わかった」
フィノはそう言うと最後の右腕を影で縛り上げた。
僕はヘルクラッシャーの後ろを通り、戦士が応戦しているクロスボウの腕を切り落とす。
これで有利になった戦士が僕と同じよう飛び上がり、身体強化を施すと戦斧を持つ腕を力任せに斬り付けた。切り落とせなかったけど腕の半分以上が切れ、動かすことが出来なくなった。
残るは槍と魔法の腕のみ。
「助かった」
「いや、まだ倒し終わっていないです。気を付けて」
「――ッ!? あ、ああ!」
戦士と軽い会話を交わしている間にヘルクラッシャーの魔法が飛んできた。僕は同属性の魔法で相殺して戦士に注意をした。
先ほどまで魔法の腕はツェルとフィノを攻撃していた。
どうやら標的を僕に絞ったようだ。
「フッシャアァァァァッ! ピィィィィィ」
この部屋に反響する電子音がヘルクラッシャーの頭から鳴り響いたようだ。
僕と戦士は大きく後ろに下がって様子を見るが先ほどと変わらない。
まさか、仲間を呼ぶのか……。
いや、違うみたいだな。では、この音は何だ?
……ん? 目に色が赤色に変わった?
「シュン君!」
フィノが押さえ込んでいた影が破られそうになっていた。
僕はすぐに反対側に移動しようとするが魔法が先ほどの倍のスピードと数で飛んできて間に合いそうにない。
影はほとんど束縛から逃れ、下にだらりと下げていた。そして、ヘルクラッシャーは腰を落として回転の準備に入った。
僕は全員に退避の声をかける。
「魔法を解いて皆後ろに飛べ!」
次の瞬間、ブウゥゥンと風切り音を鳴らして槍が振るわれた。
僕の声で退避が間に合ったようだ。
「フィノ、あいつの足を止めて」
「わかった。『深き闇よ、彼の者を縛り上げ、動きを封じろ! 影縛り』」
先ほどよりも強力で範囲の大きい闇魔法が発動して、回転が止まり掛けたヘルクラッシャーの四つの足を、影が地面に縫い付けるように縛り上げた。
僕はツェルの援護を受けながら、槍と魔法を避けて魔法の腕を斬り落とす。
「はああぁッ」
僕が切り落とすと反対側の魔法の腕を戦士と復活した剣士の二人で切り落としていた。
最後は本体を倒すのみとなった。
「皆、退け! 大技を使う!」
『はい!(うん)』
僕の指示にフィノ達はすんなりと聞き入れ、剣士は訝しんでいたところを戦士に首根っこを掴まれて連れていかれた。
フィノの闇魔法も焚かれ近くにいる僕を標的とした。
僕は皆が退避したのを確認すると手に持つデモンインセクトの黒剣に大量の魔力を流し、青白く揺らめく光りの魔力の刀身を作り出し、僕を踏み付けようと近づいてくるヘルクラッシャーに対して剣を上段に構えて振り下ろす。
「『雷鳴剣、雷衝撃』」
高速で振り下ろされた剣から雷を纏った魔力衝撃波がヘルクラッシャーに正面からぶつかった。
鬩ぎ合っていたのは数秒の時間、その時間が経つと『雷衝撃』はヘルクラッシャーを真っ二つにして奥の壁を粉砕して消えた。
余波が僕達に襲いかかるがフィノとツェルの魔法が防いだ。
バチ、バチバチ、バチン……ドカン
更に動こうとしていたヘルクラッシャーだけど、さすがに真っ二つにされた反動でエネルギーが暴走し、そのエネルギーに雷が加わり大爆発を起こした。
今度は僕がヘルクラッシャーに結界を張って外に余波が出るのを防いだ。
結界の中では爆発音が轟き、結界を壊さんと揺さぶる。だけど、僕が作った結界は壊れることなく音が止むまで張り続けられた。
結界を消すと辺りに土煙が巻き起こり、視界を隠す。
土煙が消えるとヘルクラッシャーは大きな宝箱に変化していて、その下の地面は正円にクレーターが出来ていた。
「ふぅー、終わったみたいだね」
僕はフィノ達の方に戻りながら一息ついた。
フィノも終わったことを確認して僕と合流する。
「皆、お疲れ。誰も怪我していないよね?」
「うん、私は大丈夫」
「私もです。シュン様は大丈夫ですか?」
「うん、僕も大丈夫だよ。余波でちょっと傷付いたけど鎧に付けた自己回復で治ってるから。フォロンは怪我してない?」
僕は戦闘の間ずっと治療をしていたフォロンに怪我がないか聞く。
フォロンは治療を終えてこちらに帰ってきた。
「はい、僕に怪我はないです。治療も無事に済みました。誰も後遺症なく無事です」
「よかった」
誰も手傷を負っていないようだ。
Aランクを相手にこれほどの戦いが出来れば明日からはもっと下に進んでもいいかもしれないな。
ここのボスはBランクだから一週間ほど踏破できると思う。
人数も増えて、作戦のバリエーションも増えてクィードさんが言っていたように迷宮の攻略が簡単になったかもしれないな。
「すまん、ちょっといいか」
僕達が話し合っていると背後から聞き覚えのない声が話しかけてきた。
振り返るとそこには剣士と戦士の二人と大きな弓を持った黒いマントを着た男が立っていた。
「はい、なんですか?」
一応リーダーの僕が受け答えをする。
「先ほどは救援に応じて、助けてくれたみたいだな。ありがとうな、助けてくれて。俺はBランクパーティー“疾風の牙”のリーダーガインという」
ガインの名乗った男は僕に手を出してきた。
僕はその手を握って名乗る。
「僕は“白狐”を率いるシュンという者です。こちらも間に合ってよかったです。怪我は一応治しましたが、大丈夫ですか?」
「ああ、おかげさまでこの通り完治している。シュンのところには言い治癒師がいるみたいだな」
ガインさんはそう言って怪我をしていた腕を見せてくれた。そこには薄らと細くピンク色の線が出来ていた。
結構ぱっくりと切られていたみたいだ。
他にも骨折とかしていたんだろうな
「仲間の方も治療してくれたおかげで誰も死んでいない。聞いたところによると遠くから救援に応じてヘルクラッシャーを倒してくれたみたいだが、良く救援する気になったな。普通は来ないものだぞ? 知らないのか?」
ガインさんは忠告を含んだ声でそう言った。
まあ、フォロンの魔法と僕の空間把握が無かったら助けに来なかっただろうな。
「それは知っていますよ。僕達には特殊な魔法があるんです。それであなた達が盗賊ではなく、巨大な魔物と闘っているとわかったんです。周りには数人倒れていましたから」
僕はどんな魔法かぼかして伝えた。
ガインさん達は眉をピクリと動かして関心を向けた。
そりゃあそんないい魔法があったら知りたいよね。だけど、僕の魔法は僕しか使えないし、フォロンさんの水魔法は感知・制御能力が高くないと使えないだろうし無理だと思うんだよね。
「そんな方法があるのか。俺は十数年迷宮に入っているが聞いたこともないぞ。教えてはくれないよな」
やっぱり知りたいのか。
後ろの二人以外にこちらを見ている人の中に、聞き耳を立てている人もいる。
「教えてもいいですけど、すごく難しいと思いますよ? 魔法を遠隔操作するぐらいに」
「魔法の遠隔操作か。俺にはよくわからん分野だな。――レーネ、遠隔操作という奴はできるか? どうせ聞いていたんだろ?」
ガインさんが振り返って聞いた人は、聞き耳を立てていたうちの一人黄緑髪の女性だ。
「ばれちゃってたのか。そうねー、遠隔操作がどのくらいの熟練度なのかわ知らないけど、手の上でちょっと動かすぐらいなら出来るわよ」
レーネさんは手のひらの上に石を作り出してふよふよと動かして見せた。
瞬き一つしない顔の表情は真剣で、額には戦闘のものではない玉のような汗が浮かんでいた。
遠隔操作とはそれほど高度な技なのだ。
それを見て僕は僕と比べても意味がないことに気が付き、フォロンがどのくらい出来るか聞いてみることにした。
「フォロンはどのくらい出来る?」
「ぼ、僕ですか? ちょっとやってみます」
フォロンは手のひらの上に水玉を作り出し、真剣な表情でゆっくりと動かし始めた。
レーネさんのものより早く、精密な動きをしている。表情も真剣なのは同じだけど、額に汗は浮かんでいない。
フォロンが百ならレーネさんは七十ぐらいといったところかな?
このぐらいの制御能力があれば出来るかも。後は感知能力だな。
「そのぐらいの制御能力があれば出来るかもしれません」
「本当?」
「あとは感知能力がどのくらいなのかという問題になりますが、それほど問題ではないのでやり方だけ教えましょう。フォロン、頼める?」
僕はフォロンを向きながら、勝手に話を進めたことを謝ってそう言った。
フォロンはいいですよ、と了承して緊張しながら説明を始めた。
「僕は水魔法が使えます。僕が使っているのは魔力の籠った水を霧状に発生させて何がどうなっているのか、何がいるのか、何があるのかを簡単にですが索敵することが出来る魔法です。欠点として遠くなればなるほど精度が落ちることと、常時魔力を使うことです」
フォロンは細かに説明した。
やり方としては魔力感知と同じだ。
違うところはより精度が上がり、魔力感知と比べて表面上を捉えることで動作まで確認できるということだろう。その分相手の状態を知ることが出来なけどね。
「水を霧状にして索敵しているのね。簡単に言っているけど結構難しいわよ、これ」
レーネさんは全身を纏うように砂のようなものを出している。
地魔法でやるより風の方がいい気もするけど、感知でいうと砂の方が感知しやすいかもしれない。物質としてある方がいいと思うし。
「まあ、あとは練習あるのみですね」
「ありがとうね。頑張ってみるわ」
「シュン、教えてもらったのは大いに助かるが、良かったのか? 普通は対価を貰って教えるか、黙っているものだぞ」
ガインさんが嬉しさ反面、怪しさ反面の顔でそう言った。
「これぐらいなら別に構いません。他にも使える人がいると思いますから。思いつかないだけでやり方は魔力感知と同じですからね」
「そうなのか? よく分からんが何から何まで助かる」
ガインさんはそう言って頭を下げてきた。
「それにしても凄いわね。格好から見て執事だと思うけど戦闘もこなせるっていうわけ? 後ろのメイドさんも」
レーネさんがフォロンの格好を見てそう言った。
合っているような合っていないような気がする質問だな。
「い、いえ、僕は戦闘はできません。僕は主に回復と援護をしています」
「私は戦闘をおもにこなします。と、言っても補助となりますが」
二人が簡単に答えた。
「そうなの? この子二人が主な戦闘を行っているの? まだ小さいのに」
レーネさんは僕達を見た目で判断したみたいだけど、侮っているわけではないようだ。
まだ子供っていうのが信じられないだけで、実力は勘付いているみたいだ。もしかしたら僕とフィノのことを知っているのかもしれない。
「それはそうだろう。こいつらは『奇術師』のパーティーなんだからな」
ガインさんは僕達のことを知っていたみたいだ。
気絶をしていない人は全員驚き、何人かは勘付いていたみたいで納得と頷いていた。
「あなたが『奇術師』だったのね。なら、驚くようなことが出来てもおかしくないわね」
なにか僕も知らないような噂が広がっているような気がヒシヒシと感じる。
あまり尾ひれがついていなければいいのだけど。
「それで、分配の方だがどのくらい払えばいい」
ん? 分配?
あ、そうか、救援に応じて助けに行った場合、助けられたものは対価を支払わなければならないんだっけ。
「そうですねー……治療費中金貨一枚分でいいですよ。フィノ達もそれでいいよね?」
「うん、私はそれでいいよ」
「私はシュン様に従います」
「僕もです」
フィノは僕と同じ意見のようで、ツェルとフォロンは僕に従うようだ。
二人はこういったことに口を出さないようにしてくれている。度が過ぎれば注意をしてくれるようにお願いしているけど。
「と、いうことです」
「それだけでいいのか? 宝箱の中身もいらないのか?」
「ええ、先に戦っていたのはガインさん達ですし、僕達は今武具を必要としませんから」
僕達の装備は一級品を越えていると思う。
Sランクの素材を使った装備品だからね。
中級で手に入る様な武具だと質が下がってしまうと思うんだ。
売ってもいいけどお金にも困っていないからね。
「そうか。有難くそうさせてもらう。俺達にはこの後装備品を買わないといけなくなるだろうからな」
ガインさんはそう言って気絶している面々を見た。
それにしてもどうしてこんなに壊滅するまで戦っていたのだろうか?
この通路に逃げればヘルクラッシャーは追ってこなくなるのに。
「ガインさん達はどうして逃げなかったのですか?」
「ああ、もう一つのパーティー“熱風の勇者”のリーダーがな、逃げようとしなかったんだ。それで、俺達も巻き込まれてしまったんだ」
「そうだったんですか」
「ああ、もうあいつとは組まない。命がいくつあっても足りんからな。今回のようなことが何度もあったんだぜ」
ガインさんはそう言って憎々しげにもう一つのパーティーリーダーを睨み付けた。
この人達はレイドを組んでいたのか。
レイドっていうのはボス戦に複数のパーティーで挑むことを言う。この場合はボス戦じゃないけど。この中級迷宮ではボスのような強さを持っているから同じようなものだろう。
仲間を危険にさらすようなリーダーは失格だと思う。しかも違う人まで巻き込んで。
僕はそうはならないように気を付けよう。
「ガインさん、僕達はこれで失礼しますね」
「おう、また今度な。何かあったら気軽に声をかけてくれ」
「はい、それでは」
僕達はこの通路を通って階段のある先の方へ向かった。
「ここが第六階層に行く階段だね。今日はここまでにして帰ろうか」
「うん、帰ってベッドに横になりたい」
僕とフィノはギルドカードを翳して迷宮から脱出した。
ツェルとフォロンは僕達と同じように脱出する。
奴隷はギルドカード持つことが出来ない。迷宮から脱出するには主人のギルドカードに名前を記載すればいいだけだ。
そうすることで同じように機能を使うことが出来る。
離れていれば効果が及ばないのは仕方がないことだ。
宿の帰って夕飯を食べた僕達は部屋に戻って明日何をするか決める。
「明日はどこまで行くつもりなの?」
「そうだなー、今日は連携を試してみたけどAランクのヘルクラッシャーを倒せたからなぁ。どうしよっか」
もっと下の階まで行ってもいいけど、おぼろげの迷宮は地面から出てくる奴が多いから時間が掛かるだろうな。
行けるところまで行ってみるか。
「とりあえず、行けるところまで行ってみよう。少なくとも十層のボスを倒そうか」
「十層のボスって何だっけ?」
「十層はDランクのマリモットだったはず」
「マリモットってマリモのデカい奴よね? 緑色の苔みたいな」
「そうだよ。マリモットは水と火に強く、地や雷に弱い魔物だね。攻撃手段は水切りや体当たりとなる。よく見て見極めれば僕達ならすぐに倒せるだろう」
僕は地図の裏側に書いてある情報を見ながら、僕が資料室で得た情報を話した。
マリモットはマリモを数メートルほどの大きさにしたもので半円型の大きな口と歯が生えているのが特徴的だ。その口にバクリと食べられた者は一貫の終わりとも書いてあった気が……。
まあ、基本丸いから飛び上がって攻撃か転がって攻撃のドレかしかないんだよね。
「では、明日は朝から迷宮に潜るということでよろしいですね」
「うん、ツェルは明日の準備をして。僕達は明日の昼食を作るから」
「わかりました」
僕とフィノは魔法を使って明日の昼食を作っていく。フォロンは僕が頼んで作って貰ったポットに紅茶や薬湯等の飲物を補充してもらう。
シルさんが言っていたようにフォロンが入れてくれた飲み物はおいしい。料理も出来て執事としてなら完璧だと思う。あの上がり症がなければ。
準備を終えるとお風呂に入ってベッドに横になって明日に備える。
第十階層 ボス部屋前。
いよいよ第十層のボス、マリモットと戦う。
ここまで来るのに半日が掛かった。
今はボス部屋の前で昼食を食べているところだ。メニューはパンにカツを挟んだカツサンドと普通のサンドイッチだ。
「シュン君の料理はいつ食べてもおいしい」
「僕は料理には詳しい方ですが、シュン様には負けますね」
「私は料理が出来ないので申し訳ないです」
フィノは両手にサンドイッチを持っておいしそうに頬を膨らませて食べている。
フォロンはサンドイッチに使われているソースなどをしっかりと吟味して味を覚えようとしている。
ツェルは戦闘が主のメイドだったから料理は得意ではないそうだ。
食べ終えると後片付けをして収納袋に入れると、武器を手に取って苔のようなものが描かれた扉を開けて中に入る。
中には高さ四メートル、幅七メートすほどのマリモが鎮座していた。僕達が中に入るとあのマリモの口が大きく開き、白い歯とピンク色の口内が見えた。
「キョオオオオオオォォォォォォ」
マリモットは体を沈ませると体をゴム玉のように飛ばして僕達に落ちてきた。
「散れ!」
僕の掛け声を合図にマリモットを囲むように四方に散り、それぞれの役割をこなす。
僕は剣に魔力を通して強化するとマリモットに近づいて斬り付ける。マリモットは意外に硬く表面の苔と内側の皮膚の感触が手に伝わってきた。
マリモットは口を突き出すと水の球を吐き出してきた。
「ふっ、はっ」
高速で撃ち出される水の球を避けながら、僕に注意が向くように攻撃をする。避けながら近づき表面の苔を切り払う。
その間にフィノの魔法が完成して放たれた。
「『――! ファイアーランス』」
それと同時にツェルの魔法も完成して放たれた。
「『――! ウィンドランス』」
二つの槍がマリモットの背中にあたり、大きな爆発音を轟かせる。火が風に煽られて威力が上がる。
燃えた苔は次第に全身へと回り、そのあたりに転げ回って火を消そうとするマリモット。
僕は火が消える前に近づいて剣を突き出す。剣は硬い感触を伝えるとズブリ、と音を立てて中の肉まで突き進んだ。
「ギョオオオ、ギョギョ、オオオオオオオ」
マリモットは痛みの叫びを上げると口を上にして水を大量に吹き火を消した。
ぶすぶすと音を立てるマリモットの身体は深緑色から真っ黒の焦げ臭い色に変わった。
植物が焦げた匂いが鼻を刺すが気にしている場合ではない。
「はあッ……フッ」
僕はマリモットの後ろに回り込み、気合の声を出して思いっきり斬り付けた。焼けた皮膚は先ほどよりもすんなりと切れ、柔らかくなっているようだった。
マリモットは僕に向き直って大口を開ける。
僕が後ろに飛んで回避すると同時にフィノの魔法が放たれる。
「『ファイアーボール』」
フィノから放たれた火球がマリモットの口の中に入り、体を膨らませるほどの爆発を起こした。マリモットの口の端から黒い煙がもうもうと立ち上っている。
「ギュアァ、ギュギュアァ」
マリモットの声は瀕死を伝えてくる。
あと少しで倒せるだろう。
マリモットはのろのろと体を回転させると頬を膨らませた。
「皆集まれ! 水切りがくる」
集まってきたフィノ達を囲むように結界を張る。
その直後マリモットが高速回転をして自分を中心とした水の刃を全方向に飛ばしてきた。
バシイィィィィン
と、何かを強い勢いで叩いたような音が結界内に響いた。結界はビリビリと揺れるがビクともしない。
マリモモットの回転の勢いが止まり出すと水の勢いもなくなりだした。
僕が結界を解くと同時にフィノとツェルの魔法がマリモットに飛んでいく。
「『ファイアートルネード』」
「『ウィンドトルネード』」
火と風が合わさり、強力となった火の竜巻がマリモットを飲み込んだ。
先ほどと同じように火は風を受けてその威力を増大させる。強すぎる風は火を消してしまうけど、適度な風は火を業火の如く燃え盛らせることが出来る。
「ギョアアアァァォォォオオオオォォ……」
マリモットは最期の断末魔を上げ、完全に黙り込んだ。火が消えるとマリモットの姿が消え去り、複数のアイテムと宝箱が出現した。
アイテムは海苔苔と石ころ大の魔石だった。
「お疲れ様」
僕はアイテムを回収して皆の元へ向かう。
「ヘルクラッシャーよりすごく楽だった。これがAランクとDランクの差なのかな?」
フィノは昨日の戦闘と比べて呆気の無さに戸惑っているようだ。
「シュン様、お疲れ様です。お怪我はありませんね?」
「うん、ないよ」
フォロンは僕の身を心配してくれる。
完全に僕のイメージ通りの執事みたいだ。
ツェルはしゃべらずに投げたナイフ等を回収している。僕が知らない内にマリモモットに投げつけていたみたいだ。
「では、宝箱を開けようか」
「うん(はい)」
僕達は宝箱が出現した台座まで歩く。
宝箱の中は使用者の魔力に応じて水が出てくる魔剣だった。形状はダガーナイフのようなもので投げナイフとしても使えそうだ。
「水が出てくるみたいだね。僕達に入らないものだけど、一応持っておこうか」
僕はそう言って収納袋に入れた。
「まだお昼過ぎだから次の階層に行こうか」
「うん。私はまだやれるよ」
フィノが心強い返事をして僕達は隣の階段を下りて次の階層に行った。
第十七階層。
ここまで来るのに時間が掛かってしまい、今日はここまでとすることになった。
十七階層は荒野ゾーンの夕暮れ砂漠地帯だった。
何時間たっても夕暮れ時だから砂漠にして暑くもなく寒くもない丁度いい気候だ。だけど、脚が砂にとられたり、砂地獄が怒ったりしているのは同じだから気を付けないといけない。
魔物はサンドスコーピオンやサンドスネーク等の火と地の耐性がある魔物が多く、マミーやスケルトンナイト等のアンデットも出てきた。
また、この階層にはピラミッドがあり、その中には守護魔物がいてそいつを倒すと上級のアイテムが手に入るらしい。
僕達は時間もなかったし、興味もなかったから行かなかった。救援も来なかったから誰もいないのだろう。
「ここが砂漠なんだね。本当に何もないんだ」
フィノが砂を手で掬いながらそう言った。
僕も砂漠を来たのは初めてだ。砂漠らしき砂浜なら言ったことがあるけど。
「この階層の砂漠は大丈夫だけど、本当の砂漠は暑さと寒さが酷いから気を付けないといけないよ」
「昼間は暑くて、夜間は寒いんだっけ?」
「そうだよ。砂漠は湿度が低くて温度を吸収しやすく放出しやすいんだ」
湿度が低いと空気中の水蒸気が太陽の熱を反射してくれなくなる。だから砂漠は暑いのだ。逆に夜間は熱が反射されなくなり逃げて行くばかりだから、寒くなるんだ。
「でも、なんで長袖を着るの? もっと熱くなるよ?」
「それはね、太陽の熱で火傷をしてしまうからなんだ。砂漠の温度は約四十五度。その温度で太陽の熱を当たり続けると皮膚が焼かれて水ぶくれを起こすよ。で、長袖と言っても通気性のいい薄手でゆったりとしたものがいいね。そっちの方が涼しいから」
僕は地球の知識を少しだけわかりやすく伝えた。
本当はもっと難解なんだけど僕もよくわかっていないから説明が出来ないな。
それでもフィノには何となく伝わったみたいだ。
「へえー、シュン君はよくそんなことを知ってるね。故郷では常識だったの?」
「シュン様の故郷ですか?」
「シュン様はいろいろなことを知っておられますが、どのような故郷におられたのですか?」
フィノの言葉にツェルとフォロンが食いついてきた。
僕はどうしようか迷って、結局僕のことを言うことにした。
まあ、数年もすればほとんどばれることだし、僕が言ったことを誰かに言っても信じてもらえないだろうから。
「僕はこの世界の住人ではないんだ」
僕は地球のことと僕の生い立ちを混ぜて簡単に説明した。
二人は驚愕と困惑の二つの感情が渦巻いているようだった。フィノは僕の話を聞いて思い出したのか悲しんでくれる。
僕は、僕のために悲しんでくれるフィノのことが大好きで、それがうれしい。
「黙っていて悪かったね」
僕は極めつけのギルドカードの隠蔽部分を消して見せて納得させた。
僕が謝ると二人はすごい勢いで僕の頭を上げさせて、自分達も謝ってきた。
「こ、こちらこそ申し訳ありませんでした。シュン様の事情を軽々しく踏み入ってしまい……」
「はははい、僕も申し訳ありません! このことは誰にも口外しません!」
「いや、謝らなくていいよ。何時かは言おうと思っていたしね。それが速かっただけだから。気にしないで」
僕はそう言ってギルドカードを懐に戻した。
「まあ、だから僕はいろんな知識にある程度詳しいし、力もあるんだ。全部、僕をここに送ってくれた人たちのおかげだね」
僕はメディさん達にいつまでも感謝をしている。
彼女たちが居なければ僕はここにいなかったのだから。
「でも、少しは気付いていたんでしょ? 僕が普通の子ともじゃないって」
僕がそう言うと二人は小さく頷いた。
僕は二人に笑ってこの話を切り上げた。
それから一時間後十八階層の階段に着き、今日はここまでということになった。
宿に帰った後は僕の故郷の話をして、フィノにも話したことがなかった日本の話やお伽噺を話してあげた。
夕飯を食べ、お風呂に入った僕達は明日の準備を終えて寝ようとしていた。そんなところに義父さん達から念話が届いた。
『シュンにフィノ、聞こえているか』
義父さんの声はいつもと変わらない威厳のある若々しい声だ。
「はい、聞こえてますよ。フィノも隣にいます」
「お父様」
『二人は元気なようだな。何よりだ』
「お父様達も元気ですか?」
『ああ、元気だ。シュンが教えてくれた魔法や技術のおかげで、我が国の兵の質が上がったからな。そのおかげで少し寝不足といったところかな』
「しっかり寝てくださいね」
フィノはメッ、といない義父さんに言った。
それを聞いていた義母さん達が声を上げて笑った。
『ふふふ、フィノは明るくなったようね。これもシュン君のおかげね』
『ははは、出来のいい義弟が出来て俺も鼻が高い。シュンよ、今度帰ってきた時は試合をしような』
「はい、いいですよ、義兄さん」
僕とフィノは照れくさく笑って受け答えをする。
この後、最近のこととヘルクラッシャーを倒したことなどを話して盛り上がった。
今王都ではいろいろな催しが開かれているそうだ。
僕が教えた料理を振る舞う『ラ・エール』の昼食会、僕の魔法技術を一般向けにして冒険者に教えたり、僕が話した技術を簡単に再現したりしているという。
さすがに僕も世界に関わる様なことは話していない。僕が話したのは家事のことが多く、それ向けの道具をたくさん作って貰ったぐらいだからね。
農地改革として肥料を取り入れたり、農具の作成によって効率が上がったことや、簡単な計算方式など勉強法ぐらいだ。
『二人が元気そうでよかった。そろそろ魔力が切れるころだ、また今度な』
『フィノもシュン君も健康には気を付けるのよ』
『またな。フィノ、シュン』
「「お元気で。また今度」」
そう言うとプツリ、と音を立てて念話が切れた。
僕とフィノは久しぶりに会話が出来たことを喜んで二人で笑い合う。
「今のは父君からの連絡でしょうか?」
ツェルがベッドから体を起こしてそう言った。
フォロンも気になっている様子だ。
「ええ、今のが私とシュン君のお父様とお母様とお兄様です」
「まだ結婚もしていないのに義父さんと呼ばせてくれるんだ。とてもいい人達だよ」
「け、結婚……」
フィノが顔を真っ赤にさせてベッドの上で悶絶している。
僕も自分が言ったことを思い出して頬が熱くなるのが分かる。
「ふふふ、お二人を見ていると初々しくてこちらも恥ずかしくなりますね」
ツェルは僕とフィノを軽く弄る。
そんなこんなで今日はこの辺りで寝ることにして明日に備えることにした。
明日は二十層のボスを倒すことになるだろう。




