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新たな仲間

次の投稿は今日の二十一時にします。

 叱責事件から一か月が経った。

 ここに滞在できる日数はあと三か月だ。


 僕とフィノはこのひと月の間に中級の迷宮を一つ踏破した。

 迷宮の名前は饗宴の迷宮という名前だ。

 この迷宮は三つの中級迷宮の内もっとも簡単なところで階層は四十層だった。迷宮の内容はモンスタートラップ系の罠が多く、罠とモンスターでもてなすといった迷宮だった。


 そう訊くと難しいのではないかと思うが出てくる魔物が鈍かったり、攻撃力の乏しい魔物が多いため中級の下となるのだ。

 集められるアイテムも他の中級迷宮と比べて質が一歩劣る。

 だが、その迷宮を一週間ほどで踏破したのだ。

 時間もだけど、十歳にも満たない子供の僕とフィノが二人で踏破したため一躍有名となったんだ。


 そして、遂に僕とフィノのパーティー名が決まった。名前は『白狐(ハッコ)』という。

 僕が白狐をもじっただけの名前を言った時にフィノが、これがいいと言ったのでこれに決まったのだ。

 響きもいいし覚えやすいから僕も気にいっているんだ。


 残りの三週間ほどは迷宮の中でフィノの魔法の修行をした。

 そのおかげでフィノは火、水、風、地、闇、回復の六属性の魔法を使えるようになり、それぞれ最低でも中級まで扱えるようになった。相性のいい火と闇と回復は上級と言われる魔法まで使えるようになった。


 今度は派生魔法を教えていきたいと思う。

 派生魔法は時間が掛かると思うけどここのいる間に使えるようになってほしいと思う。

 派生魔法は結構便利になるからね。

 僕がよく使う雷とか、相手を痺れさせることが出来るからだ。




 僕とフィノはクィードさんのお店に中級迷宮のアイテムを持って訪れていた。

 

「もう中級の迷宮を踏破したんだって? 凄いじゃないか」


 クィードさんは僕達が拾ってきたアイテムを鑑定しながらそう言った。


「一番簡単な迷宮ですけどね。所々危ないところもありましたからまだまだですよ」

「私はシュン君が居なかったら踏破出来なかったと思うよ。出てきた魔物はCランクだったから」

「あの迷宮を踏破するには冒険者ランクCが平均だぞ。しかもパーティーでだ。それを二人で踏破したんだから胸を張ってもいいんだぞ」


 クィードさんが顔を上げて謙遜するなと言ってきた。僕は参ったなぁ、と思いながら頭を掻いて誤魔化した。


「よし、鑑定終了だ。こっちの分は残念だが買い取れない。他の店かギルドに買い取ってもらってくれ」

「わかりました」


 僕はそう言って買い取れないものを収納袋に入れていく。

 鑑定の結果、拾ってきたアイテムは中金貨五枚になった。

 買い取ってもらったものは中級の回復薬や状態異常の薬、下層で手に入れた素材や食材、ボス討伐で手に入れた魔石と宝箱の中身である武具、迷宮踏破で手に入れた火の球が出せる魔剣だ。


 買い取ったものは店で売るか、適した他のお店に売っていく。

 素材や武具なら整備や製造のできる鍛冶屋に、薬などの道具類は薬屋か道具屋に、魔道具なら魔道具屋に、食材なら料理屋や宿屋に、といった感じだ。


「次はどっちの迷宮にするんだ? やっぱり一ランク上げたおぼろげの迷宮にしておくか?」


 おぼろげの迷宮とは中級の迷宮で二番目に簡単な迷宮で全四十層からなる。この迷宮は十層ごとに地形が変わり、上から森林、荒野、雪原、墓場となっている。

 また、地形も階層によって条件が変わる。

 例えば、森林でも植物系が多く住む樹海層や獣系が多く住む山森層。荒野なら丘陵や荒地。雪原なら雪山や雪原。墓場なら廃墟や沈没船となる。


 踏破推定ランクはパーティーランクBぐらいだ。当然踏破しないのであれば、Dランク程でいい稼ぎとなれる迷宮だ。それも運次第だけど。


「はい、そのつもりです」

「ほ、本当に行くの?」


 フィノが僕の服を引っ張りながら、震える声で言ってきた。

 おぼろげの迷宮に下層に出てくるアンデット系の魔物が怖いのだ。

 女の子なのだからというより、男でもアンデット系が怖いのはよくわかる。好き好んで戦おうとは思わないだろう。思ったらその人は変人だよ。

 地面からいきなり足を掴んで来たり、骨がカタカタと音を立てて動き、目が空洞な腐った人間が迫って来る。

 これがどんなに恐怖を与えるものなのかを。想像しただけでも鳥肌が立つよ。


 でも、アンデット系を倒せるようになっていたほうがいいと思う。迷宮外にも存在する魔物で数が多いのだから。

 そういった魔物に対する耐性と攻撃手段を持っていたほうが、万が一の事態に陥っても対処がスムーズにできるからだ。


「フィノ、その気持ちは痛いほど分かるけどこれから先絶対に会う魔物なんだよ。耐性や攻撃手段を持っていたほうがいいよ」

「で、でも……」

「フィノには絶対に近づけさせないからさ。というより、突然現れないように対処はするから、それで勘弁してくれないかな?」


 魔力感知と空間把握でそれは防げるだろうし、光魔法の『ホーリーライト』を使えばどうにかなるだろう。

 『ホーリーライト』は聖なる光りの魔法で、アンデットを近づけさせないようにするために結界のようなものを張る魔法で、アンデットにあたると聖なる光が浄化させていくことになる。攻撃手段ともなる魔法だ。


「……わかった。これは試練なんだね」

「え? ま、まあ、言われてみればそうかもしれないけど……」


 まあ、それで迷宮に行ってくれるのなら僕としてはいいのだけど……。

 試練か……言いえてその通りかもしれない。

 苦手なものを克服するとか挑むっていうのは試練だよね。そう考えればフィノが言ったことは正しいのかも。


「じゃ、おぼろげの迷宮でいいんだな?」


 クィードさんが再度確認をしてきた。

 僕はフィノの手を握り頷いて了承する。


「地図代は中金貨一枚だ」

「中金貨一枚ですね」


 僕は先ほど受け取った買い取り額から中金貨一枚抜き取りお金を払った。

 地形ゾーンの地図は大まかな地形と魔物の生息地、採取場所、ルート、階段場所、罠の有無が描かれている。

 迷路層とは地図の書き方も正確性も違う。上から見ることが出来ればまた変わるけどね。誰もそんなことに力を使おうとは思わないから。


「ところで、お前達はこれから先も二人で迷宮に挑むつもりか? 人を雇ったりしないのか?」


 お金を受け取ったクィードさんが真剣な目でそう言ってきた。


「え、ええ、そうですけど……。何かまずいですか?」

「シュンの実力なら上級の迷宮も踏破出来るだろうが、迷宮は何が起きるかわからないんだ。シュンが倒れてしまえばそれだけで全滅してしまうかもしれない。それにお前にはフィノがいるだろう? 彼女が強くなっていっているのは分かるが、これからは迷宮の強さに努力が追いつかなくなってくるだろうよ。お前は彼女を守りながら迷宮を踏破するのか?」


 違う。

 フィノと一緒に踏破するんだ。お互いに助け合わなければ意味がない。僕が守りながら迷宮を進むのなら、それはいなくても同じということになってしまう。

 そんなの僕は嫌だ。フィノも嫌なはずだ……。

 そうか、だから人を雇わないかといったのか。

 だけど、僕達には秘密が多い。英雄に王族、婚約とか……。


「そんなの一人で踏破しても変わらんぞ。その迷宮二人で行けば、フィノには少々きついだろう。だから、人数を増やさないのか、と聞いているんだが」


 クィードさんは言い淀んだ。

 クィードさんには僕達のことを伝えてある。全てを伝えているわけじゃないけど、大体の事情とこれからのことを伝えてはいる。

 だから、言い淀んだのだろう。

 だから僕も悩んでいるんだ。方法がないわけではないけど……フィノが何て思うか……。


 僕が悩んでいるとフィノは僕が考えていた方法を口にした。


「シュン君、私は人を増やすことに賛成だよ。このままでは辛いのが分かっているし、二人で居たいけど仕方がないんじゃないかな?」

「フィノはそれでいいんだね? 僕としてはフィノがいいのならいいんだけど」

「うん、いいよ。私達の秘密やこれからのことを考えているのなら奴隷を買えばいいんだよ。奴隷なら契約で縛ることが出来るし、あそこにはお父様に聞かないとわからないけど、侍女や従者としておくことは出来るよ?」


 フィノは僕が懸念していた奴隷に対する忌避感がないようだった。

 まあ、その気持ちがあるのは極一部の人だよね。僕の場合はいない世界から来たわけだし。

 王城にはもしかしたら奴隷がいるのかもしれない。


「奴隷を買うの?」

「シュン君は嫌なの? 私は普通の人を雇うより安全だし、費用も掛からないからいいと思ったのだけど……。シュン君が嫌なのなら違う方法を考えるよ?」

「いや、嫌なわけじゃないよ。僕の故郷には奴隷というものがいなかったからね」


 僕はクィードさんに聞こえないように付け足した。

 フィノはそれを聞いて納得と言った顔をした。


「だから、奴隷を買うのが嫌だっていうっているわけじゃないよ。買うのは別に構わないし、一度買いに行ったこともあるから大体のことは解っているから」

「シュン君は奴隷を買ったことがあるの?」


 フィノは僕の腕を抓ると目を光らせてそう言った。

 い、痛い痛い痛い!


「違うよ! 僕は付き添いで行っただけだよ。『ラ・エール』の従業員はその時に買った奴隷なんだよ」

「あ、そうなんだ。ララスさん達は奴隷だったんだね。抓ってごめんね」

「い、いや、僕もちゃんと言わなかったからね」


 フィノは僕の腕を擦りながら謝り、僕も説明不足を感じて謝った。


「それじゃあお前達は奴隷を買うんだな?」


 クィードさんが再度聞いてきた。


「はい、この後買いに行きます」

「そうか。なら、この店の右側にあるヤーデロイスという奴隷商店に行くといい。最近できた奴隷商店だが質がいいと評判だ」

「……? 分かりました」


 ヤーデロイスってどっかで聞いたことのある名前だけど、この前セドリックさんと行った奴隷商会がそんな名前だったっけ?


 僕とフィノはクィードさんにお礼を言ってそのヤーデロイスというお店に向かうことにした。




 大通りを歩いている間に僕とフィノは奴隷の条件を決めることにする。


「奴隷はどんなのにしようか。迷宮に行くんだから戦闘力はいるよね」

「あと、私とシュン君に出来ないことが出来る人がいいと思う。罠の解除とか中衛の人?」


 僕とフィノは二人で作ったアイスキャンディーを食べながら言い合う。

 僕はブドウ味で、フィノはアプル味だ。


「中衛の人か。そうなると、弓とか飛び道具を扱える人がいいよね。職業は斥候か盗賊?」

「そうだね。それと、魔法も使えるといいかも」

「種族は人族、獣人族、エルフ族ぐらいかな? 獣人族は猫人族がいいかもね」

「あとは年齢と性別ね。年齢は年を取っていなければいいと思う。性別は……シュン君? 女の子でもいいけど、私がいるのを忘れないでね」


 フィノがニッコリと暗い怖い顔でそう言った。


「もちろんだよ。僕はフィノしか見ていないから。今もこれからも、未来永劫フィノしか好きにならないし、愛さないよ。僕はそこまで器用な人間じゃないから」


 これは僕の本心だ。

 僕自身が僕の限界を分かっている。僕に複数の女の子を喜ばせることも、愛していくこともできない。

 僕はフィノが居ればそれでいい。

 それだけで満足だから。


 フィノはそれを聞いて顔を真っ赤にさせて、嬉しそうに僕の手を握っている。


「私もだよ。シュン君しか愛さない。私もシュン君が居てくれればそれでいいんだよ」

「ははは(ふふふ)」


 僕とフィノはお互いの通じ合っていた気持ちを再確認して、ヤーデロイスという奴隷商会のお店に入って行った。




 奴隷商店は二階建てで恐らく地下が存在するのだろう。仲間を求める冒険者や上質な服を着た貴族等多くの人で賑わっている。中にはにやけ面の人や満足して奴隷を引き連れて出てくる人がいた。

 聞いていた通り繁盛しているようだ。


 僕とフィノはカウンターの人に購入予定の奴隷の条件を言った。

 カウンターの人に言われた一番と書かれた部屋に入って商会の人を待つことにした。


「いやー、シュン様こんなところで会えるとは思っていませんでした。覚えておりますでしょうか? 私はシュダリア王国の王都支部でお会いしたシルギリースです」


 部屋に入ってきた男性は小太りな中年の男だった。

 僕はその顔と名前を聞いて思い出した。


「覚えていますよ、シルさん。お久しぶりです」

「こちらこそお久しぶりです。こちらの御嬢さんは初めましてですかな?」


 シルさんはフィノに頭を下げて挨拶をした。

 よく分かっていないフィノも慌てず立ち上がって優雅に挨拶をした。

 その人動作を見てフィノも王族だなと思ってしまう。日頃が僕に対してフレンドリーだからつい忘れちゃうんだよね。


「初めまして。私はシュン君と旅をしているフィノと言います。よろしくお願いします。シルギリースさん」


 シルさんはフィノの挨拶を見て目を見開いた。

 すぐに取り直すとフィノを椅子に座るよう促した。


「どうぞシル、とお呼び下さい」


 フィノは僕の隣に座ると僕とシルさんの関係を聞いてきた。


「シュン君、この人と知り合いなの?」

「うん。シルさんが言ったように王都にあるお店で奴隷を買ったんだ。その時の担当がシルさんだったんだよ」

「シュン様には多くの奴隷を買ってもらいました。商会としても大変助かっております」

「そうだったんだ」


 フィノは納得してソファーに背中を埋めた。

 シルさんが資料をめくりながら、僕達が必要としている奴隷の詳細を決めていく。


「シュン様とフィノ様が必要とされている奴隷は戦闘が出来、斥候や盗賊といった中衛職であり魔法が使えれば尚良く、性別・種族は問わず年齢は若い方がいい、ということですね」

「あと、僕達は三か月後にシュタットベルン魔法学園に行くことになっています。ひと月前の試験で合格すればの話ですが、そこで侍女か従者として傍にいてほしいと思っています」


 フィノと先ほど決めていたことを伝えた。


「わかりました。シュン様方は有名な学校に行かれるのですね。それはご両親に言われたからですか?」

「まあ、そんな感じです。どのくらいの金額になってもいいので性格のいい人を連れてきてください」

「はい、わかっております。それでは、奴隷を連れてきますので、少々お待ちください」

「この前のようなことはしないで下さいよ?」

「ええ、はい、わかっております」


 僕は前回の忠告をした。

 前回は異分子を裁くのに当てられたからな。あんなことはもうしたくない。面倒だから。

 シルさんはへこへことわかっております、と言ってこの部屋をにこやかな顔で出て行った。

 フィノは僕とシルさんのやり取りの意味が分からず可愛くちょこんと首を傾げていた。




 に十分ほど待っているとシルさんが三人の奴隷を連れて帰ってきた。

 連れて来られた奴隷は女性二人と男性一人で十代後半から二十代前半といった感じだ。

 三人の目は死んでいなかったけど僕達の姿を見て嫌そうに顔を顰めた人がいた。右から二番目の人で艶やかな赤銅色の短髪のいかにも盗賊のような女性いのことだ。

 この人はダメだな。

 契約で縛っていても何をするかわかったものじゃないし、僕はともかくフィノは王族だ。後顧の憂いを残してはいけない。


「お待たせしました。この三人が条件に合った者達となります。……お前達、こちらはシュン様とフィノ様だ。この方々にご挨拶をしろ」


 シルさんはそう言って奴隷達の傍に立った。


 一歩前に出てきたのは僕達と同じ人族の女性だ。年齢二十ほどの身長百六十後半で、サラッと肩まで伸ばした黒髪ストレートヘアーと小振りな顔にプックリとした桜色の唇。肌はフィノより濃いが十分白い。十人が十人とも綺麗だと答えるだろう。


 この女は僕とフィノをそれぞれ見るとニッコリ笑って、へそあたりに両手を当てて一礼をしてきた。僕達もつられて頭を下げた。

 この人は出来る人だな。

 僕の第一印象はそんな感じだ。


「私の名前はミッツェルと申します。シュリアル王国元上級貴族の筆頭戦闘メイドとして働いておりました。お館様がとある事件で爵位を剥奪されたため、私は仕事を失い家族を養うために身売りをしました。また、奴隷になる前はAランクの冒険者資格を持っていました。なので、戦闘と家事についてはできます」


 そう言ってミッツェルさんは一礼をして下がった。

 この人あの事件の被害者じゃあないだろうな。

 だとしたら僕のせいでもあるな。

 あとで聞いてみようかな?

 とりあえず候補に入れてフィノと要相談だな。


「彼女は黒髪ですが闇魔法の使い手というわけではありません。彼女の適性属性は風と地、補助となります。戦闘の援護と侍女として任せるのであれば問題がないかと思われます。彼女の得意武器は投げナイフ等の投擲武器となります」


 シルさんが補足説明でそう言った。

 家事も戦闘も援護もできるメイドさんということか。

 僕達が求めていた人材に近いな。

 フィノも頷いているから第一印象はいいみたいだな。


 次に出てきたのは先ほどの顰めた女性だ。


「あたいの名はメーメル。Cランク冒険者だったんだが依頼中にヘマしちまって借金の返済が出来ずに奴隷となった。職業は盗賊。パーティーでは炊事と斥候をしていた。こう見えても料理をするのは得意だ」


 明るくそう言ったメーメルさん。


「彼女は見て分かる通り火魔法の使い手となります。戦闘に関しては大丈夫です。また、迷宮に何度も入っているので地理や知識も豊富でしょう。武器は短剣と投げナイフとなります」


 シルさんの補足説明が入った。

 にこやかなミッツェルさんと違い、メーメルさんは僕とフィノを値定めるようにじっくりと見ている。

 嫌悪感はないけどやられて気分は良くない。


 最後の男性は十代後半で僕達に最も近い感じだ。

 空のようなスカイブルー色の髪を左右に分け、後髪を斜めに切り揃えた執事のような髪型をしている。身長は百七十ほど。目は優しそうな少し垂れた目をしている。服装はしょうがないがこの男性は執事の格好をさせればかっこいい執事になるだろう。

 ……ガチガチと歯を鳴らし、挙動不審におどおどびくびくしていなければ。


「ひっ」


 男性が一歩前に出てきて僕とフィノの視線が合うと仰け反って悲鳴を上げた。

 失礼な。


「フォロン、目が合っただけで悲鳴を上げるな。失礼だぞ。それではまた買ってもらえない。しっかり挨拶ぐらいしろ」


 シルさんが呆れたように目を手で覆い、フォロンというこの男性に言った。

 フォロンという人は極度の人見知りか恐怖症の持ち主なのだろう。


 フォロンさんは生唾を飲み込むと僕達と視線を合わせずに上を向いて自己紹介を始めた。


「ぼ、ぼぼ、ぼ僕はフォロンリートといいます! き、貴族様の館で執事見習いをしていましたがこの性格のためクビになり、せせ生活費が稼げなくなったため奴隷となってしまいました! と、とと得意なことは……紅茶を入れることです! それだけは褒められました! 水魔法で索敵をすることもできます!」


 フォロンさんはつまりながらも最後まで言い切った。

 僕とフィノはそれがおかしくて自然と笑みが浮かんだ。


「はぁ、彼は極度の人見知りのため目を合わせることが出来ません。ですが、私の見立てではそれなりに執事としての能力を備えていると思っております。戦闘能力はそれほどありませんが彼は水魔法を拡散させ索敵を行えます。また、回復魔法も使えるため迷宮では重宝できるでしょう。この性格が治ればですが……」

「すみません……」


 シルさんの呆れを含んだ補足説明に目を泳がせながら謝るフォロンさん。

 一応スペックの高い人みたいだけど性格のせいで駄目になっているんだな。

 僕とフィノはこの人が嫌いにはならなかった。


 水魔法で索敵か。恐らく、水を極薄濃度の霧状に拡散させてその水が当たったところを感知しているのだろう。

 それは恐ろしいほどの感知能力と制御能力を秘めているということだ。

 僕は思いつかなかった。

 多分フォロンさんしか使えない魔法だろうな。しかもオリジナル魔法だ。

 他にも風魔法で同じことが出来るかもしれない。今度試してみようかな。


「以上となります。私どもは部屋の外で待っておりますのでご相談をなさってください。十分後にまた入らせてもらいます」


 シルさんはそう言って奴隷を連れて部屋の外に出て行った。

 僕はフィノと顔を合わせて思ったことを言い合う。


「私は最初のミッツェルさんと最後のフォロンさがいいと思ったんだけど……ミッツェルさんはあの事件の貴族のメイドだよね?」


 開口一番にフィノがそう言った。


「僕もそう思う。もしかしたら僕達のことを知っているかもしれない。今思えばあの笑みはそんな感じだった」

「そう、だね。私もそう思う。それならちょっと可愛そうなことをしたのかな?」

「そうかもしれないけど、そこまでは国も僕達も確認できないでしょ? でも、ミッツェルさんは僕達の条件にぴったりだと思うんだけど……どうかな?」


 僕はフィノに確認を取る。


「私もいいと思うよ。家事とか戦闘とかは私達でできるけど、中衛の人がいてくれるだけで助かるかもしれない。大人っていうのもいいし、元メイドなら学校に連れていけるね」

「僕もそれを思った」


 彼女は本当に僕達にぴったりの人だ。

 後は僕達に恨みが無ければいいんだけど。間接的とはいえ、僕のせいでミッツェルさんを奴隷にしたようなものだからな。


「フォロンさんはなんだかいい人っていう感じかな? 傍にいてくれると和む? みたいな感じで、王宮にはいない執事だったよ」


 それはそうだろう。

 行って悪いけど、フォロンさんみたいな性格の執事が王族のお世話をしていたら皆困ってしまうだろうし、目を見て話せないというのは不敬だろうからね。逆にお世話をさせてしまうかもしれない。


「僕は面白い人だと思ったよ。僕達に必要なのは執事じゃなくて彼の魔法だね。あの魔法は僕も驚いたよ」

「シュン君も知らなかったの?」

「大体のやり方は分かるけど、自信を持って使えるかって言われたら自信がないね。僕には思いつかなかったやり方だからね」

「ミッツェルさんは聞いてみて決定するとして、フォロンさんはどうする? 私は買ってもいいと思う。丁度パーティーも四人になるし」

「そうだなー……ミッツェルさんに関しては僕もそれでいいと思う。フォロンさんは……本人に執事になりたいか聞いてみるっていうのはどう?」

「ん? どういうこと?」

「えっとね、未だに執事になりたいって言うんなら僕達の学校に連れていけるわけだ。まあ、執事じゃなくてもいいんだけど、折角だから執事になりたいって言ってくれた方が僕達も気持ちがいいじゃないのかな? 無理やりお願いするよりも」


 なりたくない執事の格好をさせて執事の真似事をさせる学校に連れていくより、心から執事になりたいって言ってくれた方がこちらも心苦しくないって言うことだ。

 それに夢が叶うのだから僕達にとってもフォロンさにとってもいいことだと思う。それが王族の執事だったら尚更じゃないかな?


「そういうことね。うん、私はそれでいいと思う」

「じゃあ、二人とも質問をするということで買うか決定しよう」

「うん」


 僕達が話し合いを終わらせるとシルさん達が再び入ってきた。

 何も気づいていないということは部屋の中は完全に遮音させているみたいだ。


「それでは購入前に何か質問がおありでしょうか」


 シルさんが僕達にそう言ってきた。

 僕はフィノとの打ち合わせ通りミッツェルさんとフォロンさんに質問をする。


「ミッツェルさんは元貴族の方をどう思っていましたか? また、その事件を恨んでいますか?」


 僕がそう言うとミッツェルさんは一瞬、驚きに目を見開いてにっこりと微笑んだ。


「私はどうも思っていませんが、()いて言えば嫌いでした。メイドを道具のように使い、性欲のはけ口と見ているような人だったもので。その事件に関しては何も思っておりません。私が奴隷になったのも働く場所がなかったからですから」

「そうですか。わかりました」


 ミッツェルさんは恨んではいないようだな。隠していないのならね。

 まあ、その貴族が誰か知らないけど、あんな事件を起こす人達なんだから好きになる人はいないよね。


 ミッツェルさんは下がった。

 次はフィノがフォロンさんに聞く番だ。


「では、フォロンさんに質問をします」

「ひゃ、ひゃい! ななな、何でしょうか!」


 突然名前を呼ばれたフォロンさんはピシっ、と効果音が聞こえそうなぐらい気を付けをして直立不動となった。

 それを見た僕とフィノは声を出して笑う。


「ふふふ、そんなに緊張しなくていいですよ? あなたに聞きたいことは一つです」

「な、何でしょうか!」


 まだ裏返り引き攣った声を出しているが先ほどよりも落ち着いた感じで受け答えをするフォロンさん。


「あなたはまだ執事を続ける気があるのですか?」

「そ、それは……執事を続けてはいけないということですか?」

「ふふふ、どうでしょう。あなたは執事になりたいのですか?」


 フィノは優雅に微笑んで質問の本質を捉えさせないようにしていた。

 僕はそれを本気で尊敬します。


 フォロンさんは戸惑っているけど、奥歯を噛み締めると意を決して答えた。


「ぼ、僕はまだ執事を諦めていません! 自分は絶対に執事になります!」

「そうですか。わかりました」


 フォロンさんは毒気が抜けたようにどっと肩を落として消沈した。

 隣のメーメルさんがフォロンさんに何か言っている。

 それを聞いて少し青褪めたような顔色になるフォロンさん。多分、受け答えのことか買われないみたいなことを言われたのだろう。

 全く違うというのに……。


「それで以上ですか? ……では、この三人の中でお目にかなった奴隷はおりますか?」


 シルさんがそう訊ねてきた。

 僕とフィノは顔を見合わせて頷き合うと声を揃えて名前を呼んだ。


「「ミッツェルさんとフォロンさんでお願いします」」


 それを聞いてガバッと顔を上げるフォロンさんと笑みが深くなるミッツェルさん。

 メーメルさんがなぜ! というような顔と態度をしていたけど、シルさんが合図をすると部屋に入ってきた男の人に首根っこを掴まれて部屋の外に連れていかれた。

 呆気にとられているのはフィノだけだ。

 僕は前にこのようなことを見ているから呆気には取られない。気の毒だとは思うけど……。


「では、代金の確認に移らせてもらいます。ミッツェルは元上級貴族の筆頭戦闘メイドで家事も腕も立ちます。魔法も使え、万能なメイドであります。処女のため大金貨一枚と中金貨三枚と言いたいところですが、シュン様とはこれからも良い関係を気づいていきたいと思っているため勉強させてもらい、大金貨一枚にしましょう。

 フォロンはこの性格のためそれほど高くありませんが魔法と秘めた能力を持っているため中金貨三枚となります。合計で大金貨一枚と中金貨三枚となります」


 僕は値引くことをせずに収納袋から大金貨一枚と中金貨三枚を取り出して渡した。

 シルさんを除いた二人が驚いて目を見開く。

 即決で払うとは思っていなかったのだろう。

 分割があるわけではないけど、予約・売却済みとして置いておくことが出来る。それに機関というものがあるけど。


「丁度ですね。それでは契約に移りましょう。契約方法はどうしますか?」


 シルさんがそれぞれの道具を持って聞いてきた。

 前は知らなかったけど奴隷の証は首輪、腕輪、足枷の三つがあり、これを体に付けると手の甲に奴隷紋が浮かび上がる仕組みとなっている。

 この紋章が奴隷の証となる。


「どうする? 僕は腕輪がいいと思うけど」

「私も腕輪でいいと思う。他のは邪魔になると思うから」

「じゃあ、腕輪でお願いします」

「わかりました」


 シルさんは二人の腕に銀色の輪っかを嵌めて、詠唱を唱えた。


「では、こちらに触って認証させてください。どちらが持ち主となりますか?」


 シルさんが眉を上げてそう言った。


「では、僕にフォロンさんを、ミッツェルさんをフィノにお願いします。フィノもそれでいい?」

「うん、それでいいよ」


 さすがに僕がミッツェルさんを、と言ったらフィノの機嫌が悪くなるから言えない。言う気もないけど。


「では、この腕輪に触ってください。持ち主として承認されます」


 僕とフィノは揃って彼らに付けられた腕輪に触った。

 赤いスパークが起きて魔力の回線が繋がり、彼らの手に奴隷紋が浮かんだ。

 これで契約終了だ。


「これで終了となります。またのご利用をお待ちしております」


 僕達はシルさんを背にして奴隷商店から出た。




 次に向かった場所は服屋さんだ。

 さすがにこの二人をこの格好のままにしているわけにはいかないからだ。

 古びた簡易なワンピースと上下の服と下着だからね。


 迷宮で手に入った食材を調理した迷宮饅頭や迷宮蕎麦、迷宮水等の昼食を買いながら、大通りの服屋さんを探す。


「シュン様、失礼ながら一つ質問をしてよろしいでしょうか?」


 ミッツェルさんが僕の耳に顔を近づけて声をかけてきた。


「うん、いいですよ」

「フィノ様はシュリアル王国第三王女でしょうか」


 ミッツェルさんは確認を取るような感じで聞いてきた。

 確信めいている言い方だからどこかで見たことでもあるのだろうか。

 シュリアル王国の上級貴族のメイドだったっていうから、魔闘技大会や城で見たことがあるのかも。


「正解です」

「では、あなた様は何者ですか? 私の自己紹介で何かを知っているようでしたが……」

「うーん、それは帰ってから話します。どこで聞かれているかわかりませんから」


 僕は辺りに聞き耳を立てている人がいなかったか確認を取った。

 声も小さかったみたいだから誰にも聞こえていなかったようだ。


「わかりました。……それと、我々は奴隷です。敬語は不要です。私のことはツェルとお呼び下さい」

「……わかり、ったよ。ツェル」

「はい、それでよろしいです」


 僕達は服屋に急ぐ。




 服屋は大通りの端の方にあった。多分飲食店、武具店、衣類店と区域に分かれているのだろう。

 この辺りに布屋や服屋やランジェリーショップが多くあるから。


 その中でも店先に出してある服にメイド服や執事服がある店に入った。

 僕達が求めている服がそういった服だからだ。


「いらっしゃいませ」


 三十代ぐらいの女性が僕達を出迎えた。

 僕は探すのも面倒だし、メイド服や執事服の良しあしが分からないから店員さんとツェルとフォロンに任せることにした。


「執事服とメイド服を探しに来ました。この二人が着るものです」

「執事服とメイド服ですね。メイド服はこちら、執事服はあちらの通路となります」


 女性は手を差し出しながら場所を教えてくれた。


「フィノ、僕はフォロンと執事服を見に行くよ」

「わかった。私はツェルと一緒に行けばいいんだね」

「うん、決まったら会計のところで待つということで」

「うん。ツェル、行こ」

「はい、フィノ様」


 フィノはツェルを連れて左側の通路に入って行った。

 僕もガチガチのフォロンに声をかけて右側の通路に入って行くことにする。


「フォロン、僕達も行こうか」

「は、はい!」

「たかが服を買うだけだからそんなに緊張しなくていいよ」

「そ、そう言われましても……」

「これから要特訓だね」



         ◇◆◇



 人生初の奴隷買いをしました。

 新鮮だと言ってはいけませんが、初めての行為はやっぱり新鮮でワクワクするものですね。


 私はシュン君と別れてツェルのメイド服を選びに来ています。

 ここには十数種類のメイド服が飾ってあります。

 半袖のものに長袖のもの、スカートが長いものに短いもの、フリルをあしらった可愛いものにシンプルなもの、チェック等の柄が入ったものもあります。


 基本は黒い生地に白い生地を使ったものが主流ですが、シュン君が作ったという『ラ・エール』ではカラフルなメイド服を着ていました。

 最初に見た時は派手だなぁ、と思っていましたが、見ている内にこんなものもいいなぁ、と思うようになりました。

 だって、派手でちょっと過激ですが、かわいいんですもの。


 あれもシュン君がデザインしたものらしいですが、シュン君はあのような服が好きなのでしょうか?

 そうだとすれば私も……。


「フィノ様、どうされましたか? 顔が赤いのですが……」

「え? い、いえ、何でもないよ? ちょっと暑いだけだから」


 焦りました。

 妄想で顔が真っ赤になっていたのでしょうね。

 今はツェルがいるのでした。気を付けないといけませんね。


「ツェルはどのようなメイド服を着ていたの? 戦闘メイドということは普通のメイド服ではないのよね」


 王城にいたメイド部隊もそう言った感じの服を着ていたと思います。

 ナイフ等を隠すためにスカートが長かったり、服が特殊な素材で作られて物理・魔法耐性が高かったりというようにです。


「はい、私が来ていたメイド服も通常の服とは違ったものです。私は投擲具と暗器を使いますので、長袖のスカート丈が少し長いものを着ていました。特殊な素材で作られていたため、破れにくかったはずです」

「そういうものはここで手に入るの? このお店で帰るものなのかな?」


 私はメイド服の生地を触りながら質問しました


「いえ、このようなお店では普通は買えないですね」

「普通は?」

「はい、私が来ていたメイド服は予め店に頼むのです。戦闘で破れにくい素材の布で作ってほしい、といった感じです。その後に魔法を織り込んでもらいます」

「魔法を織り込む?」

「魔法を織り込むというのは、服を作っている間に魔力や魔法を使って織り込んでいくことです。そうすることで魔力が宿り耐性が付くのです。織り込むには専門の知識と魔法技術がいるそうなので、私にはよくわかりません」


 ツェルがすまなさそうに頭を少し下げて言いました。

 シュン君なら何か知っているかもしれませんね。

 後で聞いてみましょう。

 迷宮に行くのならいい素材で破れにくいほうがいいでしょうし。


「わかった。とりあえず、どのメイド服がいいか決めておこう。そのメイド服に魔法陣を描いてもらおう?」

「わかりました。……では、このメイド服がいいのですが……」


 ツェルさんは目を動かして壁に飾ってあるメイド服を選びました。

 ですが、ツェルは私とシュン君が居る方を見て何かを言い淀みました。


「どうしたの?」

「い、いえ、金額が……。先ほど私達も購入されたので……」

「あ、そのこと? お金の心配はしなくていいよ。結構稼いでいるし、シュン君は驚くほど持っているから」


 私もよく知らないけど、きっと聞いたら固まってしまうほど持っているのでしょうね。


「そうなのですか? ですが、魔力を織り込んでもらうと……」

「あ、フィノここにいたんだね。ちょっといいかな? ツェルも」


 ツェルがまだ遠慮しているとシュン君がこちらにやってきました。

 何か用事があるみたいですね。

 後ろにはオドオドとしたフォロンがいます。

 シュン君の手には執事服があります。あれがフォロンの執事服なのでしょう。


「なに? シュン君」

「フォロンに聞いたんだけど、戦闘用の執事服やメイド服があるみたいだね。それでその服を買うことになって探したんだけど、ここにはないみたいだから僕が作ろうと思うんだ」


 シュン君は執事服を持ち上げながら、そう言いました。

 シュン君は魔法を織り込めるみたいですね。


「やっぱり作れるんだ」

「ん? いや、同じものを作ることは出来ないよ。聞いた話では魔力を織り込むと聞いたけど僕には無理だから。服なんて作ったことないし」

「では、どうやって作るの?」

「それは直接魔力で魔方陣を描き込むんだ。織り込むのと違ってこの方法なら服が完成していても作れるからね。まあ、扱いが魔防具になっちゃうんだけどね」


 織り込むと描き込む、ですか。

 違いは分かりますがどう違うのでしょうか?

 ツェルもよくわかっていないみたいですが、フォロンは説明を受けていたのでしょう。先ほどから変わっていないですから。

 私とツェルが理解していないのに気付いたシュン君は詳しい説明をしてくれました。


「織り込むとは魔力や魔法を製作過程で行使して完成させる方法で、完成品は丈夫で耐性の高いものとなるんだ。逆に描き込むというのは魔力を使って直接魔法を描き込む方法で、服に自己修復能力や身体強化、あらゆる耐性、魔法なんかも描き込めるものなんだ。義父さん達に上げた通信魔道具もその一種だよ」


 ということは服が丈夫になるのが織り込むで、魔法を付与するのが描き込むということですね。

 分かるような感じですが、それをシュン君は使えるんですね。


「だから、ここでメイド服を決めていいよ。そちらは戦闘用のメイド服を買う気だったんでしょ?」

「うん、そうだよ」

「なら、そういうことだから。あと、お金のことは気にしないで。高くても中金貨一枚みたいだし。三着ぐらい買っておきなよ」


 シュン君はそう言うとあちらの方に戻って行きました。

 ツェルさんはシュン君を見て固まっています。

 私も初めて服屋に来た時はそんな感じに驚きました。

 お金に糸目を付けないシュン君ですが、無駄遣いをしているわけではないので何も言うことはないですが、もうちょっと気を使ってほしいと思います。

 本当に彼の総資産はいくらなのでしょうか。


「ツェル。そう言うことみたいだから好きなのを三着買っておきなさい」

「……はい」


 ツェルと一緒にメイド服を三着選びました。

 二着は先ほどの壁に掛かっていたもので、長袖でスカートが長いものです。首元にはチョーカーのようなもの、背中に白色のリボンがあり、腰回りは締め付けるようにボタンが六つ付いています。ボディーラインを強調する作りですね。下はガーターベルトというのでしょうか、それと歩きやすいようなブーツです。

 このメイド服は正しく戦闘メイド服ですね。


 残りの一着は戦闘も仕事も出来るような作りのもので、スカート丈が短く半袖のものです。作りは大体同じですが、素材が少し違うようで肌触りがとてもいいです。


「決まったね。じゃあ、会計に行こう」

「はい、フィノ様」



         ◇◆◇



 執事服を選び終えた僕とフォロンは会計に行く。

 二人は既に選び終え、僕達を待っていたようだ。


「ごめん、遅くなっちゃって」

「うんん、私達もさっき来たところだから気にしないで」

「ありがとう。じゃあ、会計を済ませて私服を買いに行こうか」


 会計は中金貨七枚と小金貨三枚となった。


 僕達は店を出て向かいの私服屋さんに向かった。

 店先の服はラフなものが多くさっきの店とは違い、庶民が行く店なのだろう。


 中に入って先ほどと同じように分かれると僕とフォロンは私服を選んだ。

 厚いものは選ばず、ラフでちょっと派手な服を選んだ。

 一々フォロンが畏まるからやりづらい。

 少し待っているとフィノ達も選びを終えて、次はランジェリーショップに向かって行った。

 僕とフォロンは行くわけにはいかないから会計と一緒にこの店にあった下着を買った。


 外の大通りで焼いたウィンナーを買って食べながら待つことにした。

 少ししてランジェリーショップから二人が出てきた。その頃にはウィンナーも食べ終えていた。


「じゃあ、一度宿に戻ろうか。部屋にはベッドがまだあったから同じ部屋でいいよね」


 僕は三人に振り返りながらそう言った。


「私達は奴隷です。同じ部屋のベッドで寝るわけにはいきません」


 だけど、ちょっと堅いツェルさんが断った。


「そうだけど、僕達は仲間を探しに行ったんだよ。奴隷が欲しかったわけじゃないんだ。だから、一緒の部屋にいてほしいし、ベッドで寝てほしいんだけど……。フィノもいいよね?」

「うん、いいよ。私はそう言うことにあまりこだわらないから」

「と、いうことで二人は同じ部屋で寝泊まりしてね」

「「はい」」


 再び僕達は宿屋を目指して歩く。




「まず、僕とフィノのことを教えようと思う」


 僕とフィノは交互にこれまでの経緯を言っていく。

 僕がシュダリア王国の大英雄であること。フィノがその王国の第三王女であること。婚約していること。いろんなことを言った。

 聞いていた二人は驚きを通り越して茫然としている。


 ツェルは聞いている間眉が上がったりして驚きを表し、フォロンは小さな叫びや悲鳴を上げ、今は僕とフィノのことをチラチラと見ている。


「でででは、シュン様は『幻影の白狐』本人で、フィノ様はシュダリア王国の王女様ということですか! そしてこ、婚約されているのですか!?」


 フォロンさんは悲鳴に近い声を上げて僕達が言ったことを復唱した。

 僕達はその声に耳を塞ぎながら顔を顰めた。


「そうなるね。このことは誰にも言ってはいけない。というより僕達に関係することをむやみやたらに言わないこと。これは命令だ」

『はい、わかりました』


 二人は綺麗なお辞儀と返事をした。

 とりあえずこれで安心だろう。

 奴隷の契約は奴隷が守らなかったら奴隷紋が輝き、苦しみを与えると言っていたはずだ。

 どんな苦しみかわからないけど想像を絶するものだろう。


「それでなぜ我々を買われたのでしょうか?」


 フォロンさんが目線を彷徨わせながらそう言った。

 あれ? シルさんから聞いていないのかな?

 まあ、いいや。説明しよう。


「理由はいろいろあるけど一番の理由は僕達の冒険者パーティーに入って中衛の役割をこなしてほしいからだ。中級の迷宮に挑むのにも二人では限界がくるからね。そのために僕とフィノは君達を探したんだ」

「買ってもらったのにこの言い方はないと思いますが、それは他の人ではダメなのですか? 私達と一緒にいたメーメルさんであれば迷宮について詳しいはずですし、斥候であるらしいので適任だと思うのですが……」

「ぼ、僕も同意見です。僕に関しては戦闘技術を持っていませんよ?」


 二人は少し困惑してそう言った。

 二人が捨て駒にされるとでも思う前にしっかりと言うか。


「ツェルを買ったのは元がAランクであり戦闘が出来、家事もできるからなんだ。フォロンはその水の索敵が使えると思って買ったんだ」

「そして、もう一つの理由が関係している」


 フィノが僕に続いて言った。


「もう一つの理由ですか?」

「もう一つは私達が三か月後にシュタットベルン魔法学園に入学するから、その付き人も兼ねている。メーメルさんはメイドとして使えないと思ったから選ばなかったの」

「二人はこれから三か月間僕とフィノと一緒に迷宮に入り、四か月後の入学試験を受ける。合格するだろうからその後は僕とフィノの従者として来てほしんだ」


 あらかじめ決めていたことを簡潔に述べる。

 ツェルは何か考えている。言ったことを纏めているのだろう。

 フォロンも同じようだ。有用だというのは確かだな。

 顎に手を当てていたツェルが一つ大きく頷くと僕達に復唱してきた。


「では、私達は従者兼冒険者仲間として選ばれたのですね?」

「うん、そういうこと。学校に着くまでは普通に冒険者仲間として認識してね。学校に着けば僕はシュン・フォン・ロードベル、伯爵の地位となる。フォロン、よろしくね」

「私は王族ということになる。ツェル、よろしく」

「「かしこまりました。よろしくお願いします、シュン様(フィノ様)」」


 僕達はその他にもいろいろと決めた。

 パーティー内の役割やこの三か月をどうするか等だ。

 その後は二人の装備品を揃えに行った。


 ツェルは投げナイフを十本ほどと細身の女性用長剣を買い、他にも投擲具や暗器を買った。

 フォロンはしっくりくる武器がなかったため杖を買うことにした。杖は魔力消費を抑えられるから丁度いいだろう。

 防具は僕が『刻印』で描き込むものとは別に、靴や小手、魔道具等を買って防御面を補った。

 また、二人にも収納袋を買い、中に僕が作った回復薬を数種類入れておく。

他にも食べ物を基本フォロンが持つことになり、他の三人は戦闘に専念することに決まった。


 宿に帰った僕達は夕食を食べると部屋に戻りすぐに寝る準備を行った。

 僕はメイド服と執事服一着ずつに『刻印』を施していく。

 能力は身体強化と魔力回復、自己回復、防御耐性だ。これ以上は服が耐えられそうにないためやめた。


 フィノ達は僕がしていることを隣で見て、僕が魔法の説明をするという感じだ。

 三人とも魔法を使えるためすぐに理解してくれたけど、同じことをしようとしても魔力量が足りず上手く出来ないだろう。

 僕のギルドカードを見せると二人は石のようにピシリと固まり、質問をいろいろしてきた。

 もちろんこのことも口止めした。


 明日は実力の確認と連携がうまく取れるかおぼろげの迷宮で試すことになった。


奴隷を従者にしようと思っていましたが、指摘をされたため奴隷のままで行こうと思います。

その代わり、しっかりと成長させていくつもりです。

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