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シュンの指導

 翌日、早く朝食を食べて彼らを探すことから始めた。彼らが昨日集合場所も集合時間も言わずに帰ったからだ。


 魔力感知で彼らの魔力の反応を確かめる。

 念のために彼らの魔力を覚えておいてよかったと思うよ。

 場所は迷宮かギルドだろうと見当をつける。


 やっぱり、予想通り迷宮の前にいた。

 僕とフィノはこれからの気苦労に溜め息をついて、彼らが待っている迷宮口へ急ぐ。




「遅いぞ! 俺達を何分待たせるつもりだ!」

「仕方ないだろう? 君達が僕達に集合場所も時間も言わなかったんだから。聞こうにも君達は帰っちゃったし」

「ふ、ふん! そんなこと知るか。それよりも迷宮の情報は仕入れたんだろうな?」


 燃える様な赤髪で鼻に傷のあるリーダーの少年は自分の落ち度を誤魔化しながら言った。


「ちゃんと仕入れたよ」

「本当だか……」

「ちょっと!「フィノ」……でも……わかった」

「ちっ」


 少年は舌打ちをして二人の元へと行った。


「フィノ、ごめんね。僕のせいでこんなことなって」

「うんん、シュン君のせいじゃないよ。私も賛成したし、彼らが死ぬのも見たくないから」

「ありがとう。フィノは絶対に護るから」


 フィノもわかってくれている。

 このまま何事も起きなければいいけど、何か絶対に起きるだろうな。


「早く来い!」


 僕とフィノは幸先が悪いだろうなと思いながら、歩く速さを上げて彼らの元へと行く。




 迷宮の周りは冒険者と商店で賑わっていた。

 迷宮へ挑もうとする者達が叫んで気合を入れる。迷宮前の商店で買い物をして準備を整える者、腹ごなしと迷宮前に食べる者、パーティーを呼び込む者、迷宮から帰還して歓声を受ける者いろいろいる。


 僕達は彼らの後に付いて歩く。

 迷宮入口前に来ると迷宮の前にある石碑を見た。

 細かい文字がたくさん書いてある。これらすべてが踏破した者達の名前なのだろう。


 迷宮に入るにはギルドカードを特殊な機械に通さなければならない。そうしないと使用料が取られる。

 僕とフィノは彼らに続いてギルドカードを機械に入れる。

 ピー、という信号音がすると、


『Aランク冒険者シュン、承認しました』


 と、帰ってきた。

 この音が聞こえたかと思い彼らを見たが、彼らは迷宮に心を持っていかれていたから耳に入らなかったようだ。

 フィノも終わらせていよいよ戒めの迷宮に挑むことになる。




 第一層。


 地図によれば一層から十層までは土壁の迷路みたいだ。

 一層の魔物はスライムだけだ。


「罠はっけーん!」

「解除解除」


 少年達が壁から矢が飛んでくる仕組みの罠を態々解除にしようしている。

 僕とフィノは辺りを警戒しながら、二人でごちる。


「シュン君、私達はいつになったら第二層に行けるのかな?」

「そうだね。かれこれ三十分はここにいるもんね。まあ、あと少しで第二層の階段があるからもう少しだよ、っと」


 背後から魔物反応があった。

 僕は義父さんから貰った騎士剣で背後から襲ってきたスライムの核を真っ二つに切った。

 スライムが消えて現れたアイテムはスライムの体液だ。この体液は水に混ぜるとゼリーのように固まる性質がある食料品だ。所謂ゼラチンだ。


「解除成功!」

「しっかし、魔物が出ねーな」

「拍子抜け拍子抜け」


 それは僕とフィノが交代で倒しているからだよ。

 この三人は危機感というものが全くない。何度低級のスライムとはいえ襲われそうになったことか。

 三人が三人とも罠の解除に行くから背後ががら空きになるんだ。そこを何度も強襲されているけど僕とフィノが核を潰すことで倒していた。


 少し進んで階段が見えてきた。


「お、階段だ!」

「本当だ、二層へ急げ! いつもより進行速度が速いぞ!」

「急げ急げ!」


 いつもはもっと遅いのか。

 僕とフィノは何度目かの溜め息を吐く。


「シッ!」


 僕は前から飛んできた矢を剣で斬り落とした。


「大丈夫だった?」

「うん、ありがとう」

「どういたしまして」


 階段の前には矢が飛んでくる仕組みの罠が設置されていた。彼らはそれに気づかず罠に引っかかったのだ。

 僕は知っていたので難なく矢を切り落とした。


 はぁ、目の前のことしか見えていないんだな。


 僕とフィノは階段を下りて第二層へ行く。




 第五層。


 ここまで来るのに四時間近くかかった。既に昼を過ぎている。

 僕とフィノは二人で作ったサンドイッチを食べながら三人の初戦闘を見ている。

 というより、見せられている。


 ここまで出てきた魔物はスライム、ボア、ラビー、ウルフ、ゴブリンの五種類だ。どれもFランクだ。

 彼らが相手にしているのはゴブリン一体。それに十分ほど戦っている。


 リーダーの名前はサンという。剣士で、今まさに棍棒が振り下ろされそうになっているのをぎりぎりで躱した。

 二人目の茶髪の短剣使いをモビィ。三人目の紫髪の斧使いをパルという。


「あっぶねー。こいつ普通のゴブリンじゃねえぞ」


 そんなわけがない。

 迷宮に出てくる魔物はほとんど同じ強さだし、そいつが変異種というわけでもない。普通の変哲もないどこにでもいるゴブリンだ。

 それが分かっている僕とフィノは三人に遠い目を向けている。


「シュン君、疲れて来ちゃった」

「僕もだよ。早く終んないかな」

「あ、倒した。これで次の階に行けるね」


 遭遇して二十分経った頃やっと倒した。

 僕とフィノは彼らの奮闘に拍手をしてあげた。


「見たか! 俺達の強さを!」

「変異種のゴブリンなんてこんなものよ!」

「最強最強!」


 いや、だから変異種じゃないって……。

 ゴブリンが消え、小指の先サイズの魔石が残った。

 これだけのために二十分も掛けたのかと思うと、悲しくなってくる。

だって、憐れすぎて笑えないんだ……。


「は? 変異種だろ! 何でこんだけなんだよ!」

「はぁ、変異種のくせにたったこれだけしか出ねえのかよ。他の冒険者達は何を言ってるんだか」

「変異変異!」


 肩で息をしている三人の着ている服は切傷等で破れ、革の鎧はへこみ、武器は刃毀れしている。

 ゴブリン相手にどんだけ時間かかって、どんだけ武具がやられ、どんだけ僕達の怒りを蓄積させるんだ。


「そういえば俺達が戦っている間に何か食っていたな? 俺達にも寄越せ」

「人が死闘を繰り広げている間に昼食とはな」

「寄越せ寄越せ!」


 三人はさらに僕達の怒りを蓄積させる。

 僕は黙って笑顔のまま昼食のサンドイッチを恵んでやった。

 三人は当然といった顔で受け取ると齧り付き、「まあまあだな。これならその辺の店と変わんねえな」と呟いた。


 ふざけているのかこいつらは……。

 料理を侮辱させられた僕が怒ったのを感じたフィノが優しく手を握ってくれた。僕はそれで上った血が下がるのが分かった。


「ありがとう、フィノ」

「うんん、気持ちは同じだから」


 僕のように怒ってくれるフィノが愛おしい。


 それにしてもこいつら何て奴らなんだ……。




 十層のボス部屋前。


 ボス部屋の前は硬い扉で閉ざされている。自然と狼がモチーフのレリーフが刻まれている。この先にウルフリーダーとウルフ三匹がいるはずだ。

 だが、ここを踏破したパーティーがいたから変わっているかもしれない。


「いよいよボス戦か。おい、ここのボスは何だ」


 僕とフィノは既にやる気がなくなっていた。

 幽鬼のように下を向いて意気消沈している姿を見て勘違いしたサン達は僕達に苛立った。


「疲れてんのか! 軟弱者! そんな実力でこの迷宮に挑もうとしていたのか!」

「そうだぞ! お前達にはまだ早かったんだ! ローラさんも見る目がない! 何でこんな奴らに許可を出して俺達は駄目なんだ! こいつらは俺達を見ているだけじゃないか!」

「そうだそうだ!」


 三人は助けられていることに気付かず、僕達に言いたい放題言ってきた。

 隣のフィノの身体が震えている。恐怖故のものではなく、怒りからだ。僕もそろそろ我慢の限界が来ている。

 僕とフィノ二人なら既に二十層以上行っているだろう。ここまで来るのに半日も掛かった。

 外はもう暗いだろうな……。


「仕方がない、ここのボスを倒したら休憩とする。それまでは頑張れ」

「俺も賛成だ。こんなところで倒れられても困るだけだからな」

「だなだな」


 その言葉に僕とフィノは呆気にとられた。

 この三人に人のことを気に掛ける気持ちがあったのか、と。

 迷宮に入る前から自分勝手で目の前のことにしか集中しない。連携のれの字も見当たらない戦闘プレイ。食事はせびるしな!

 そんな奴らが僕達のことを気に掛けると驚いて当然だ。


 僕は思考停止状態から復帰して階層ボスを伝えた。


「ここはウルフリーダーとウルフが三体です。さきほど踏破した人がいるので頭数が変わっているかもしれません」

「わかった。お前達、相手はウルフだ! すばしっこい相手だが隅に追い込めば逃げられないはずだ。こいつらは疲れているから俺達三人でやるぞ! お前達はウルフの足止めをしてくれればいい。その間に俺達三人でウルフリーダーを倒す」


 まあ、普通の作戦だけどそれをやるには人数が足りないけどね。僕とフィノだったら三体のウルフを足止めできるけど、普通八歳にそれを求めるのは酷だと思うよ。

 それに君達がウルフリーダーを倒せるとは思えない。精々死なないように逃げるのが精いっぱいじゃないだろうか。


「作戦は以上だ。他には何もないな。ではいくぞ!」

「「おう!」」


 僕とフィノは三人について行き扉を潜る。


 扉の先にはウルフリーダーが一体とウルフが三体いた。あれから半日が経っているから元に戻っていたようだ。


「「「ウオオオォォォォォン」」」


 ウルフ達の遠吠えにより、撃たれた様に散開する三人。いや、動き出すの遅いからね。


 僕とフィノは指示通りウルフの相手をする。僕が二体、フィノが一体だ。

 僕はこのウルフ達が三人向かって行かないように威圧をする。フィノは陰で足を縛り上げて身動きを封じる。


「おおぉぉぉっ!」


 三人は叫びながらウルフリーダーを近づけさせないように武器を振り回し、ウルフリーダーを隅に追いやろうとしている。

 が、ウルフは頭が良いからその作戦に気付き隅に行くと三人の上を飛んで逆に背後を取った。


「くっ、やるなこいつ」


 サンが汗を拭きながらそう言った。


「作戦を変える! 俺とモビィが囮になる! パリィは背後から攻撃しろ!」

「「おう!」」


 プランAが効かないとわかると作戦を即座に変えプランBに移行した。

 その方法も有効だけど、僕とフィノがウルフの相手をできなかったら実行できない方法だからね。


「おらおら! この犬っころ! こっちに来て見ろ!」

「お前なんて目じゃねえんだよ! かかってこいや!」


 二人はウルフリーダーの目の前でお尻を叩いたり、アッカンベーをしたりしている。

 ウルフリーダーは低く唸ると二人の内サンに飛び掛かった。


「うわあぁぁぁッぶねえ」


 その迫力に怯えたサンが足を縺れさせながら、体を捻って飛んで回避するように横へ倒れた。僕はウルフに体を影で瞬時に縛り上げて絞め殺すと、援護の魔法を放ちそうになったが寸前のところで回避したのを見てやめた。

 フィノも同様にウルフを倒していた。

 これで僕とフィノはまた観戦者となった。


 ウルフリーダーは獲物が横に逃げたのを見ると右脚を上げてサンに振り下ろしてきた。それをサンは体を転がして避ける。


 僕とフィノはその戦いをハラハラして見守っている。


「大丈夫か、サン!」

「あ、ああ、大丈夫だ! パリィ、いまだ!」

「オオオォォ、りゃあああぁぁぁ!」


 パリィは斧を担ぎ助走を付けると斧でウルフの後ろ脚を叩き付けるように斬った。が、切断までは出来ず、血が滲むだけだった。

 ウルフリーダーは自慢の足を傷つけられ、傷付けたパリィを横目で睨み付けた。


「ひっ」


 パリィはその威圧に飲まれ、竦み上がってしまった。

 ウルフリーダーは動かないパリィに狙いを変え、凶悪な牙と強靭な顎を誇る大口を開け齧り付こうとして来た。

 そこを横からモビィが突き飛ばして助ける。


「立ち上がれ!」


 サンがパリィに対して叫ぶ。

 パリィは慌てて起き上がろうとするがウルフリーダーが飛ぶように近づき、その前脚でパリィの身体を地面に抑えつけた。

 パリィは息が詰まり苦しみの声を上げる。そこへウルフリーダーの噛み付きが来た。パリィは手の持っていた斧の柄で口が近づかないようにガードするが、力で負け始め徐々に圧されていく。

 残りのサンとモビィはウルフの身体を引き離そうと斬り付けたり、体当たりをしているがビクともしない。


「アアアァァァァ、た、たすけ……て」

「パリィー!」


 顔をそむけたパリィの肩にウルフリーダーの歯が食い込み始めた時にパリィが救援の声を上げた。僕はそれと同時にパリィに付与魔法をかける。


「『アーム』」


 『アーム』は対象者の力を上げる魔法だ。上昇率はその人自身の耐久度による。


「オオオオオォォォォォォ」


 魔法がかけられたパリィの身体は赤く発行した。これが付与魔法をかけられた状態だ。

 パリィは徐々にウルフリーダーの頭を上に上げ始め、手を伸ばし切ったところで両足を抱えるように胸へ引き寄せ、爪先の標準を定めると思いっ切りウルフリーダーの喉に突き出した。


「キャウン! ガッ、ゴホッ」


 力が何倍にも上がったパリィの蹴りが喉に命中したウルフリーダーは涎を垂らして呻くように咽た。

 ウルフリーダーは完全にキレ、目を血走らせ、低く途切れる唸り声を上げ、四肢に力を込めた。


 僕はそれを確認すると残りの二人にも魔法をかける。


「『ラン』」


 『ラン』は脚の速さを上げる魔法だ。これも上昇率は自身の耐久度で決まる。


「うおおおぉぉ、力が湧いてきたぁ!」

「俺もだぁ!」

「秘めた力が開眼したのかぁ!」


 三人は先ほどとは打って変って俊敏な動きを見せる。

 キレて力の上がったウルフリーダーよりも早く動き翻弄する。二人が追い込み、後ろを取ったパリィの力が上がった斧の一撃で後足を切断した。


 三人はここぞと思い猛追撃を仕掛ける。

 サンとモビィが高速で動き剣を振い、パリィが斧で斬り付けていく。


 五分が経った頃、ウルフリーダーは崩れ落ちて息絶えた。


「よっしゃあー! 十層ボスクリアだぜ!」

「後はウルフだけだ!」

「だけだけ!」


 僕の魔法でウルフリーダーを倒すことに成功した三人は再度気を持ち直してウルフを倒そうとしたが、ウルフは既にこの世にいない。


 やっと倒したよ。

 ゴブリン線よりハラハラさせる戦いだった。


 ウルフの姿がないことに気が付いた三人は辺りを警戒しながら僕に確認をしてきた。

 その警戒を最初からしてくれ。


「ウルフはどうした?」

「ああ、倒しましたよ? ずっと前に」


 僕があっけらかんと言うと三人はポカーンと馬鹿みたいに口を開けた。

 あ、あまり魔力を込めていなかったからそろそろ魔法が切れるころだな。


 そう思った瞬間に三人の発光していたからだがプッツリと消え去った。


「あ、あれ? 体の力が……」

「ぬ、抜けていく~」

「あー、あー」


 そのまま三人は崩れ落ちて眠ってしまった。

 付与魔法は力や素早さを上げる魔法だ。この魔法は身体強化と似たような効果があり、デメリットも同じだがこちらの方が上昇率が高いため魔法が切れた時の疲労感が半端ではない。

 だから、この三人は疲労で眠ってしまったのだ。

 朝から十二時間ほどぶっ通しの強行軍でここまで来た疲労とはしゃいでいた疲労もあるだろう。だけど、本当ならもっと魔物と闘っていたんだぞ。


「フィノ、この子達寝ちゃったね。どうしよっか? 僕達も休む?」

「私も疲れた。ここで休む」

「いいの? ここからなら転移陣で帰れるけど……」

「いえ、彼らを放っていくのはちょっと……。腹が立つ人達だけど、シュン君が言ったようにそこまで悪い人ではないみたいだから。もう組みたくはないけどね」


 フィノは辛辣な評価……ではないか。僕も組みたくはないな。


「わかった。じゃあここで休もうか」

「うん、シュン君」


 僕は三人を安全な場所に運んで毛布を収納袋から取り出してかけてあげた。

 フィノはその間に収納袋から夕食を取り出して準備をしてくれていた。

 メニューは野菜スープとラビーの串焼き、白パンとジャムだ。


「「いただきます」」


 僕とフィノは夕食を食べる。収納袋の中は時間が停止しているからスープは熱い位温かいし、パンは焼き立てだ。


「明日はどうするの?」


 フィノが食べる手を止めて彼らの方を見てそう言った。

 明日か。

 どうしよっか……。


「そうだねー……僕達で攻略してもいいんだけど、それだと彼らが自分の実力に気が付かないんだよね」

「それもあったんだね。じゃあ、もうばらしたらいいんじゃないかな? 自分の実力も諭せばわかるぐらいの負傷を負っているわけだし」

「フィノは早く彼らと離れて魔法の練習がしたいんでしょ?」

「ばれてた? まあ、そうだけど嘘ではないよ? この人達に力を見せつければ納得するだろうし、諭しやすくなると思うんだけど」


 うーん、フィノが言うのも一理ある。

 言わなかったらあと二日はかかると思った方がいいんだな。なら言った方が楽になるか……。


「じゃあ、そうしよっか。信じるかどうかは分からないけど」

「うん、それでいいよ。信じなかったら力を示せばいいんだよ」

「了解。じゃあ寝よっか」

「うん!」


 僕とフィノは皿等を片付けると階段の方へ三人を運び、僕達は体を寄せ合って眠りに就いた。




 次の日。


「……ん、んん、ふあぁ~」


 僕は大きな欠伸をして起きた。

 隣で僕の肩に頭を預けてスヤスヤと寝ているフィノを揺すって起こす。


「フィノ、そろそろ起きて」

「ん……ん? あ、おはよう、シュン君」

「うん、おはよう、フィノ」


 僕は毛布を片付けると朝食を取り出してフィノに渡す。

 疲れ果てて眠っている三人はまだ起きる気配がない。


「この人達はまだ起きないね。どうする?」

「うーん、起こすのも悪い気がするんだけど、起こさないと移動が出来ないよね。……あ」

「うん? どうしたの?」

「この三人を眠ったまま運ぼうかと思って」

「運ぶ? どうやって?」

「こうやってさ。ロロ、おいで」


 僕は空けたところに移動すると手を振って空間に穴を開けた。

 その空間から白銀の体毛の五メートル級の狼が現れた。あれから体が大きくなり 体の毛が透き通るような銀色になったんだ。もうじき成体と言ったところかな?


 フィノは一度見たことがあるからあまり驚いていない。


「ロロちゃんだ」


 フィノがそう言うとロロはフィノに近づき顔を寄せて頬を舐めた。

 ロロもフィノのことを覚えていたようだ。


「ロロちゃんに運んでもらうの?」

「うん、そうだよ。目が覚めた時に丁度実力が分かりそうじゃない?」


 僕は三人をロロの背中に運びながら答える。


「ちょっと腹いせも入っているんだろうけどいい案だと思う。でも、悪質だね」

「ははは、フィノには気付かれちゃったか」


 僕三人をロロの身体の上に跨ぐように乗せ落ちないようにした。

 僕とフィノは朝食を食べ終えるとこの十層の宝箱を開けてカードの入れると階段を下りていった。




 十五層。


 ここまでの五層は四十五分ほどできている。昨日の六倍近くの速さだ。

 と言っても、これが普通のスピードだったりする。

 初めて来た迷宮ならばもっと時間が掛かるけど、今は踏破された迷宮で罠もわかっているからこのぐらいの時間が普通なのだ。この三人がものすごく遅いだけなんだ。


「お、出来た」

「どうしたの?」


 僕が感激の言葉を口に出したのをフィノが聞き取り訊いてきた。

 僕は迷宮に入った時からとある魔法を開発していた。それがやっと完成したのだ。


「えっとね、空間把握という魔法を創ったんだ」

「空間把握? 言葉からして空間が分かるっていうこと?」

「そうだよ。魔力感知は魔力しか感知できないけど、この空間把握はありとあらゆるものを察知できるんだ」


 例えば、落とし穴の位置や矢が飛んでくる方向、魔物の存在や盗賊の存在、隠し部屋の場所、宝箱の有無などすべてを把握できる魔法なんだ。

 この魔法は魔力感知と時空魔法を合わせて使うんだ。合わせるといっても魔力感知の魔力に時空魔法の魔力を加えただけなんだけどね。


 だけど、この魔法が発動するまでに何回も失敗したよ。はじめのうちは魔力感知にしかならないし、上手くできても空間があやふやだったしね。空間を頭の中で正確に表すのに時間が掛かったんだ。

 方法は魔力感知の範囲を狭くして空間を立方体として捉えていくんだ。そうすることで高さがはっきりと分かるようになったということなんだ。


「すごい魔法だね。でもそれを使えるのってシュン君だけだよね?」

「まあ、そうなるね。他に時空魔法や転移魔法を使えるっていうのを聞いたことがないからね」

「やっぱりシュン君は凄いよ。普通は新魔法を創るのに十年は掛けるんだよ? それをたったの一日で作るだなんて」


 フィノが尊敬の目を込めて僕を見る。

 僕はそれがこそばゆくて頬を掻きながら謙遜する。


「そうなのかな? フィノだってやればすぐに出来ると思うよ。僕の知識を与えているわけだし」

「そうなの?」

「そうだよ? 例えば火と水を合わせれば水蒸気爆発というものが起きるんだ。と言ってもいろんな条件が合わなければならないけどね。でも、威力は想像できないほどすごくなると思うよ」

「そうなんだ。じゃあ、その水蒸気爆発っていうのを目標にしてみる」


 フィノは拳を握って次の目標を決めた。

 この仕草が可愛いんだよね。

 僕はその仕草を見てほっこりと笑いながら言う。


「なら、その原理を今度勉強しようか。僕も全部知っているわけじゃないから、そこからはフィノの努力次第だね」

「わかった。頑張る」

「あと、規模の分からない魔法を使うときは広く空けた人のいないところで使ってね。危ないから」

「うん」


 僕とフィノは迷宮の中とは言えない会話をしながら、魔法を使って襲って来る敵を倒しながら進む。




 第二十層。


 遂に三人が目覚めないままに十層のボス部屋に着いた。

 ここに来るまでに遭遇した魔物は小さい蝙蝠のミニバッド、毒属性のスライムであるポイズンスライム、人間ぐらいの大きさの木ウッドウット、一角が生えた兎ホーンラビー、豚の魔物オーク等だ。いずれもDランクまでの魔物だ。


「起きないね」

「うん、このままボス部屋に入ろうか」


 僕が草花と木が描かれた門を開けながら言うと、フィノが何かを決意した目で僕の腕を取った。


「どうしたの?」

「ここは私に任せてほしいの。お願い」

「相手は三体いるよ? 相手にできる?」


 ここのボスはウッドボックだ。

 木の魔物だから火に弱い。フィノにとってみればカモのような魔物だけど、僕の フォローなしでいきなり三体を相手にできるかと言われれば不安になる。

 でも、フィノに任せてみたいという気持ちもあるんだよね。


「大丈夫。信じて」


 ギュッと目を瞑り両手を合わせて懇願するフィノ。僕は仕方がないなと頭を撫でて任せることにした。


「わかったよ。危なくなったら助けに行くからね」

「うん、その時はよろしく」


 僕とフィノは改めてボス部屋の扉を開ける。


 ボス部屋の中は大きな木が三本生えていた。

 いや、根っこが硬い地面から出ているから生えているは適切ではないな。立っていたが正しいだろう。


 僕はレイピアを抜き放つフィノに声をかける。


「気を付けて」

「うん!」


 フィノはウッドボックに向かって駆け出した。



                 ◇◆◇



 腰に帯びた細身の剣、レイピアを抜き放ってウッドボックに詰め寄ります。


 今まではシュン君が一緒に戦ってくれたりアシストをしてくれましたが、今回の戦闘は私の我儘で私一人で倒すことになりました。

 いつまでもシュン君に頼りっきりでいるわけにはいきません。少しずつでいいから前に進んで、彼の傍で胸を張れるようになりたいのです。


 彼は私にとって婚約者以上の存在です。恋人以上の間柄で大好きな者同士。魔法の師匠で知識が豊富な魔法使い。料理に洗濯、掃除、家事一般も私以上です。私のとって彼は雲の上の存在なのです。


 そんな彼ですが弱点も存在します。彼の過去は悲惨なものでした。そのせいで親しい人から自分が嫌われたりするのを極端に悲しみ、私のためならどんなことでもしてくれるところです。

 私が傷を負えば顔を真っ青にして治療します。私が悲しめば彼も悲しみます。


 彼にとって、私は自分の命よりも大切なものなのだと思いました。もし、私が死んだり殺されたりしてしまえば、彼は相手を滅ぼすまで止めないでしょう。私としては嬉しいですがそれはやり過ぎです。

 だから、私は自分が強くなろうと思ったのです。

 この戦闘がまずは最初の一歩です。これくらいをクリアできないと彼を安心させることは出来ません。


 相手はDランクの魔物ウッドボックです。

 空洞に赤い光の目が浮かぶ五メートルほどの高さの木から枝の腕が生えた魔物です。植物系の魔物で火や風に弱い魔物で魔法に対しても耐性が低いですが、物理面は非常に優れ、魔力の通った幹は硬く枝腕はしなやかで鋭い一撃を放ってきます。近づけば体を震わせ葉っぱを飛ばしてきます。この葉も鋭くスパッと切れます。


 私は走りながら彼の教え通り弱点の火魔法を使うことにしました。戦闘において相手の弱点を突くことが大切だと言っていました。


「『燃え盛る炎よ、赤き槍となり、敵を穿て! ファイアースピアー』」

「うおぉぉおおおぉぉぉんんん」


 私の右手に炎の槍が生まれました。その槍を空高く持ち上げ一番近くにいたウッドボックの根元に投げつけました。

 ウッドボックは怨念のような低く轟く様な叫びを上げて、枝腕を頭らしきところに当ててもがき苦しみます。

 木なのに痛みがあるのでしょうか? 苦しんでいるからあるのでしょうね。


「次はこれですッ!」


 私は最近習ったばかりの魔力を通した剣で燃えているウッドボックの幹を斬り付けますが、想像以上に硬くて表面を削っただけでした。


「硬いですね……。それなら……っ!?」


 私は脚となる根をくねくねと動かして近づいてきた二体のウッドボックの鞭攻撃を後ろの飛んで躱しました。鞭は地面を触れて土をごっそりと削り取りました。


 私がその一撃を受けていたらと思うと身震いして背筋に冷たい汗が垂れました。その一撃に戦慄を覚えます。

 彼が心配する気持ちが分かります。彼はこんな魔物よりも強い魔物に平然と挑んでいたのですね。内心は怖いのかもしれません。


 私は体勢を整えます。

 その間に火槍を当てたウッドボックの火が消えていました。下半身は真っ黒に焦げ炭と化していましたが、未だに動いています。恐らく火力が足りなかったのでしょう。


 私が前に出ようとすると、ウッドボックが枝腕を伸ばして遠距離攻撃をしてきました。私は体を捻りながら躱し、魔力強化をした剣でその枝を切っていきます。

 強化された剣は硬い感触が手に伝わりながらもすスパッと切ってくれます。切り落とすと枝腕は目に見える速さで回復していきます。

 私は埒が明かないと思い、詠唱破棄で炎の球を放つことにしました。詠唱破棄はまだ初歩しか使えませんが、最近使えるようになった方法です。


「『ファイアーボール』」


 飛び去り、火球を放ち、身を捻って退き、剣で斬り落とす。私は舞うように、踊りを踊っているような感覚で避け攻撃をし続けました。目標は各個撃破で弱っている魔物からです。


「『ファイアーボール』」

「うお、ぉぉおおおぉぉん……」

「あと二体……」


 真っ赤に燃える火球が最後の一撃となって、焦げたウッドボックが断末魔を上げて倒れました。

 少し疲れてきましたが魔力の枯渇は感じません。私の魔力量はこの一か月で一万ほど増え二十一万となりました。この疲れは体力の疲れです。昨日からほとんど立ちっぱなしでしたから……。

 でも、今はそんな弱音を吐いているわけにはいきません。今は死と隣り合わせの戦闘の最中なのですから。


 二体のウッドボックが呼吸を合わせたかのように鞭攻撃と葉っぱ攻撃をしてきました。


「フィノ!」

「大丈夫です! 『燃え盛る炎よ、我が身を守る壁となれ! ファイアーウォール』」


 シュン君が私に近寄ってこようとしましたが私は彼を片手と言葉で制し、炎の壁を作り出して自分を守りました。

 高温の炎で焼かれボッ、と音を立てて燃える木の葉と悲鳴の声を上げるウッドボックが炎の壁の向こう側から聞こえてきました。

 私は音が止んだのを確認すると炎の壁を貸し去り腕が焦げ付いた方のウッドボックに火球を放ちながら近づきます。


「『ファイアーボール』……ハアッ!」

「うおぉおおぉアァァァ……」


 焦げ付き再生が遅くなったウッドボックは私の火球を身動ぎして避けようとしますが、体の中心に向かって飛ぶので前段命中しています。剣が当たる間合いまで近づくと剣で焦げた場所を思いっきり斬って二体目のウッドボックを倒しました。


 焦げたら再生が遅くなり、脆くなるみたいです。


 私はそのことに気が付くとそれを教訓に三体目のウッドボックを素早く倒しました。

 火球で枝腕を焼き払い、木の葉を火魔法で焼き払います。これで葉っぱ攻撃を使えません。そして、火球を一カ所の幹に当て振り抜く勢いで斬り付けました。それで上半身が崩れ落ちて私の勝利となりました。


「はぁ、はぁ、ふぅー。……シュン君! 私、勝ちました!」


 息を整えて剣を鞘に戻しながら振り向き、シュン君に勝利宣言をしたらシュン君とは違う声が帰ってきました。


「すっげぇぇー。お前そんなに強かったのか! 最初から言えよな!」

「見直したぞ! やればできるんじゃないか! 俺達の昨日の奮闘は何だったんだよ!」

「激強激強!」


 思っていた人と違う声が返ってきたのを不満の思いながら、本当に聞きたかった声の人を見ると苦笑いを浮かべて拍手をしてくれていました。

 とりあえずそれで満足していましょう。


 私はシュン君の元へと行きます。

 途中馴れ馴れしく私の肩を叩いてきた三人が居ましたが、私はこの三日分の怒りがあるので無視を貫きました。


「ちぇ、無視かよ。ま、いいけどな。それよりも宝だ!」

「あんぐらいの強さで威張っちゃってさ! 俺達だって覚醒したんだ。お前なんかに負けねえぜ!」

「宝宝!」


 三人は私に吠えて宝箱のある方へ行きました。

 私はそれを呆れた目で見て、これが本当に私よりも年上なのか、と思いました。シュン君なんてそこらの大人よりも大人らしく、その辺の男性よりもかっこよくて凛々しくてかわいくて健気なんですよ。

 私のナンバーワン・オンリーワンですよ。


 それに比べてこの三人は……はぁ、溜め息しか出ません。

 まあ、お城の婚約を迫って来る貴族達よりかは何倍もマシですが……。


「お疲れ様。ハラハラする場面が何度もあったけど最後の戦い方は上手だったよ。合格点を上げられるよ」


 彼は私の頭を撫で、両手を包み込むように持って先ほどの私の初戦闘を褒めてくれました。

 この言葉だけで私は天にも昇る気持ちになり、先ほどの嫌な気持ちが吹き飛びます。


「ありがとう。シュン君が見ていてくれたおかげだね。だから、諦めずに頑張れたんだ」


 私は顔が熱くなるのを感じながら本心を伝えました。

 シュン君はピクリと眉を動かすと頬をほんのりと染めて極上の笑みを浮かべてくれました。


「怪我はしてない? 膝と腕を少し切ってるね。治療するから出して」


 シュン君はそう言って私の腕を痛まないように手の取り回復魔法をかけてくれました。

 彼の回復魔法はお城の治癒師とは比べ物にならないほど暖かく、心地よく、一瞬で治ってしまいます。

 これは彼が言うには熟練度と体の構造を分かっていないといけないらしいです。


「はい、治療終わり。まだどこか痛むところはある?」

「うんん、ないよ。ありがとう」

「どういたしまして。痛いところがあったらいつでも言ってね」


 シュン君はそう言って立ち上がるとロロちゃんを迎えに行きました。

 そう言えば、彼らはいつ目が覚めたのでしょうか。私の戦闘を知っているということは戦闘中に目が覚めたのでしょうか?


「彼らはいつ目が覚めたのですか?」

「うん? ああ、フィノが戦いに行ってすぐだよ。最初はフィノだけが戦って戦わないでい見ている僕に憤慨していたけど、フィノの魔法や剣術を見て強いのを理解すると歓声を上げ始めたんだ。あとは知っての通りだね」


 シュン君ははロロちゃんの毛を触りながら何でもないというように言いましたが、私はシュン君のことが侮られていい気ではありません。

 ですが、彼は気にしていない様子なので私が怒るわけにもいきません。


「おお、金貨だ! 初めて見たぞ!」

「何金貨かな! 王金貨だったらいいな!」

「王金王金!」


 彼らは宝箱に入っていた小金貨一枚を掲げながら、馬鹿なことを言っていました。

 庶民に縁のない様な金貨類ですが、さすがに小金貨と王金貨の区別ぐらいはつくものです。なのに、この三人は……。


「お、剣も入ってる! これは何の剣だ?」

「魔剣じゃないかな? この迷宮で魔剣を手に入れたっていう人がいたから!」

「魔剣魔剣!」


 それも魔剣ではありません。

 だって、魔力を感じませんから。

 シュン君もわかっているので、苦笑しています。


 分かっている私とシュン君ですが彼らに教える義理もなく、自分達で見つけ鑑定するのもこの迷宮の醍醐味なので黙っているのです。

 ただ単に教えても信じられないとか、面倒だとか、教えない方が楽しいだろうなとは一切思っていませんよ?


「さあ、次にいこうか。今日中に帰りたいからね」

「うん、私も早く帰ってお風呂に入りたい」


 私とシュン君は手を繋ぎ、ロロちゃんを従えて階段を目指します。


「お前が仕切んな! お前は何もしてないじゃないか!」

「そうだ! お前はフィノの戦闘を影で見ていただけだろ! 男として恥を知れ!」

「恥恥!」


 三人は慌てて私達の前に走り込むと、シュン君に指を突き出してそんなことを言い放ちました。

 私は怒りメーターが振り切れ、一歩踏み出して彼らに怒りをぶつけようとしましたが、シュン君が私の手を強く握って止めました。


「フィノ、気にしないで。言わせておけばいいって。相手の実力を知れない奴はそれまでの実力だから。知ろうとしない奴は上達しないんだから。ね、ほっとこ?」


 彼の言葉には棘が見え隠れしていました。

 それを聞いてシュン君も怒っているんだな、と思って怒りを治めました。

 でも、次はないですよ?


「な、なんだと! 俺達が貴様より弱いだと!」

「実力の分からない奴だと! 何様のつもりだ! 女に護られてばかりのこの腰抜け野郎!」

「腰抜け腰抜け!」


 三人に聞こえていたみたいで怒りだしました。

 私はもう許せません。

 シュン君に変わって私が彼らに鉄槌を降します。


「なっ、なんですってーッ!」

「フィ、フィノ? 抑えて」


 シュン君が激怒した私を宥めようとしますがもう我慢できません。

 私のシュン君がコケにされたのですから。


「な、なんだよ!」


 私の怒りに当てられこの三人は怖気付きました。


「解っていないのはあなた達です!」

「ああ! 何に解っていねえって言うんだ!」

「お前が強いのは認めるが、そいつは弱いじゃないか! 女に戦わせて護られてさ!」

「雑魚雑魚!」


 三人は激高して今にも私に掴み掛りそうです。

 ですが、私に引く気はありません。

 あそこまでコケにされて黙っているものですか! きっちり自分の実力というものを理解させてあげます。


『黙りなさい!』

「「「――っ!?」」」

「何を解っていないか、ですか? 何も解っていません。この迷宮のこと。魔物のこと。自分達の力量。戦闘のこと。準備不足。……何よりも彼、シュン君のことを分かっていません」


 私はシュン君を指しながら言いました。

 彼は私の行動に戸惑い苦笑い浮かべながら、私の横に並び立ち固まっている彼らに優しく声をかけました。

 シュン君だって怒っているのに何で優しくするの。


「いいですか? 今フィノが言ったみたいに君達は何も解っていません。僕の実力は置いておいて、君達は迷宮の下調べ、冒険準備、お互いの実力等々解っていないことが多すぎます。このままではあなた達……死んでしまいますよ?」

「お、俺達が死ぬだって! いい加減なことを言ガッ……」


 サンという少年がシュン君に掴み掛りましたが、シュン君はその手を取って地面に叩き付けました。


「この実力で迷宮を踏破するのですか? 笑わせないでください。これでは下級のウルフにも殺されます」

「なっ、俺達は昨日お前の目の前でウルフリーダーを倒しただろうが!」

「僕の補助魔法が掛かった状態で、ですが」


 シュン君は淡々と答えていきます。

 こんな彼を見るのは初めてです。


「補助魔法だ? 違う! 俺達の力だ!」

「俺達は覚醒したんだ! 新たな力に目覚めたんだよ!」

「そうだそうだ!」


 まだ三人は自分達の力だと思っているそうです。


「そんなわけないでしょ? この世界にいきなり力に目覚めて強くなる、なんてことは起きません。竜を倒せば別ですが、あなた達に倒せるとは思えません」

『ぐっ……』

「仮にあなた達が強くなったとしてもあれだけウルフリーダーに苦戦していたんですよ? そんなあなた達がこの迷宮を踏破できるとでも? ウルフリーダーはEランクですよ? この先にはその何倍も強く大きな魔物が徘徊してるんです。あなた達なんてゴミのように吹き飛ばされて終わります」


 シュン君が怖いです。

 私には絶対に怒らないであろうシュン君を怒らせないことを誓いました。


「だ、だが、俺達はここまで来たんだ! その実績がある! この先だって行けるんだ!」

「俺達はついている! ここまでほとんど魔物と遭遇しなかった! これからも遭遇しない!」

「しないしない!」


 この三人の頭の中はきっとお花畑なのでしょう。

 目の前のことしか信じない、そんな人達なのでしょうね。

 シュン君は呆れたように首を振って真実を口にします。


「それは僕とフィノが退治していたからです。罠の解除に夢中になって警戒心の欠片もない君達を護っていたんです。不思議に思わなかったのですか? ここまで来る、というより十層の間に魔物と遭遇したのが一度だけだなんて」

「だから、それは俺達の運が良かったんだ!」

「まだいうのですか? では、この先三人だけで行ってください。僕達はここで待っていますから。この先は全てDランク以上となります。身の丈三メートルのオーガ、二本の凶悪な角を持ったダブルホーン、人を丸飲みにするパックリン、キノコの化け物マシュル、他にもたくさんいます。これらに勝てる、()しくは遭遇しない自信があるのならどうぞ先に行ってください」

「…………」

「行かないのですか? そうですよね。行けないですよね。君達はまだEランク冒険者なのですから。Dランク、ボスのCランクに勝てるわけがない。あなた方は冒険者という職を舐めすぎです」


 三人は下を向いて黙り込みました。

 シュン君は徹底的に言うつもりですね。


「迷宮に行くというのに下準備は人任せ。準備に行ったのにほとんど準備が出来ていない。罠の解除しなくていいものまで解除して体力を削る。解除に夢中で魔物が近づいてきたのにも気付かない警戒心の無さ。新たに加入した者と自身とパーティーの実力の把握をしていない。ボス戦だというのに作戦の杜撰さ。言えばいうほど出て来ます。

 あなた達は迷宮を舐めているとしか言いようがありません。ここまで来れたのだって半分は僕達のおかげでしょう? だって、半分は寝ていたのだから」


 三人は鼻を啜りだしてしまいました。

 シュン君はそれに気も留めず続けます。


「で、でも」

「でももへったくれもありません。あなた達は僕とフィノが居なかったら確実に死んでいました。ボスに会う前にですよ? あなた達にはギルドの訓練場で指導を受けるのをお勧めします。タダなのですから受けなさい。これは命令です」


 シュン君が三人を冷たい目で睨み付けるように見て言いました。

 これが英雄の気迫というものでしょうか。


 黙り込んでいた三人の内サンがぼそりと口にした言葉を聞いてシュン君はターゲットを彼に絞りました。


「……お前だって弱いじゃないか」

「僕が弱いといつ決まったのですか?」

「だって、女に護られてるし一度も戦っていないじゃないか」


 シュン君はその言葉を聞いて溜め息を一つ付きました。

 私もそろそろ彼らに同情してしまいます。


「はぁ。君達はなぜこの迷宮に入るのが許されたと思っているのですか? 君達の実力? パーティーが五人になったから? 迷宮の魔物が弱くなったから? いえ、どれも違います」

「なら、なんだっていうんだ!」

「そんなの決まっているじゃないですか。僕がいるからですよ」


 シュン君は『何言ってんのこいつ?』というよな顔をして言いました。

 私はそれがおかしくて苦笑してしまします。


「は? 意味わかんねえと言ってんじゃねえよ。お前がいるから? 何で俺達よりも弱いお前がいるから迷宮に入れるんだよ!」

「だから、僕がいつ君達より弱くなったのですか? 僕はあなた達に実力を見せましたか? 見せてないですよね? 聞かれませんでしたし。……ゴホン、いいですか? 耳をかっぽじって聞きなさい。僕はAランク冒険者です。『奇術師』と呼ばれる冒険者なんですよ?」


 シュン君はギルドカードを見せつけながら言いました。

 これで信じなかったらこの人達はなんなのでしょうか?


 三人は驚愕の目をしました。体を震わせてシュン君を見ます。


「そんな反応をしなくてもいいです。今すべきことはこの後どうするかです。あなた達はまだこの迷宮を攻略するというのですか? 自分達に不相応のこの迷宮を」

「…………」

「黙っていては分かりません。僕が勝手に決めます。あなた達はついてきなさい」

「「「え?」」」

「え? じゃないですよ? 僕達には時間が欲しいんです。何より帰ってお風呂に入りたいんですよ」


 うんうん、私もだよ。

 魔法で綺麗にしているといってもなんだか気持ち悪いんだよ。

 お風呂に入ってさっぱりすっきりしたい。

 そのために早く帰らせてほしい。


「ではそういうことで。ロロ、こいつらを背中に乗せて運んでやってくれる?」

「ウォン」

「そうか。なら、任せたよ」


 ロロちゃんは一吠えするとノッシリと動いて、ロロちゃんに怯える三人の襟首を咥えて上に放り投げました。


「「「わあああぁぁ」」」


 三人は空中に放り投げられ悲鳴を上げます。

 そのまま重力に従ってロロちゃんの背に落ちました。ロロちゃんの芸は凄いですね。


「よし、いいみたいだね。それではフィノ、行こうか」


 シュン君が手を差し出してきました。

 これは手を繋いで行こうということでしょうか。

 私は彼の手を取って二人で横に並んで階段を下りていきました。



         ◇◆◇



 第二十五層。


 はぁ、面倒なことにやっぱりなったよ。

 何で僕が彼らの説教をしてるんだろう? これはギルドの先輩たちがするものだよね。僕はギルドに加入してまだ一年だよ? 立場が逆だよ。まったくもう。


 僕は心の癒しと思いフィノの手をにぎにぎする。

 フィノの頬がほんのりと朱色に染まるのを見て僕は満足をする。

 後ろにはロロと三人が歩いていた。さすがに暴れる気もなくなったようだから歩かせているんだ。

 僕達には不要なアイテムを回収させているだけだけど。

 まあ、それ以上に目の前の光景に三人はしゃべる気力もないようだ。


「次の層は確か地形ゾーンだったッ、よね?」

「うん、森林地帯だって言っていたよ」

「なら、植物系の魔物が多いんだろうね。不意打ちに気を付けて、魔力感知の範囲と精度を上げようね」

「フッ、わかった」


 僕は目の前から襲ってきたオーガの頭を『魔力弾』で打ち抜いて絶命させる。フィノはオーガの周りにいたケイブバットをレイピアで切り落とした。

 他にもオークを剣で真っ二つにし、ダブルホーンを闇魔法で拘束して滅多刺しにした。

 その一連を見ていた三人は顔を青褪めさせていた。

 後ろから来る魔物は全部ロロに怯えて引き帰って行っていた。




 第二十六層。


 森林地帯は樹海と言った方がしっくり来る感じだ。

 膝まで生い茂る草、育ち過ぎツタが絡みついた木々、どこからか怪奇的な鳴き声が聞こえてきていた。

 だけど、冒険者が通った後なのかよくわからないが数本の道がある。これを通って行けばいいのだろう。


 それにしても空があるのは不思議だな。


「フィノ、ここも速く突破しよう。階段はあっちの方角だね」

「うん」


 フィノはピクニックに行くようなテンションで僕が指差した方角を見た。

 僕が指差した方角は一本の道があった。その道を数キロ歩くと次の層へ続く階段がある。


「キキャキャキャキャッ……」


 歩き始めた瞬間に待ち構えていたかのように、木から猿の魔物スローモンキーが目の前に下りてきてヤシの実のようなものを大振りに構えてきた。

 僕は上段に振り構えた両腕を剣で水平に薙ぎ払って切断し、フィノは詠唱破棄をした闇球で撃ち抜いた。


 僕とフィノは再び歩き出す。後ろでは大人しく落ちたアイテムを回収している三人がいた。




 第三十層。


 地形ゾーンというのは一種の別地域というのが正しいかもしれない。

 同じ地形でも出てくる魔物が違ったし、地形も違ったからね。


 河原地帯はどこからか流れてくる水の川はとても澄んでいて微かに魔力を帯びていたが飲んでも回復はしそうになかった。

 荒野地帯はそのまま荒れ果てた土地と言ったところでほとんど植物が存在せず、森林地帯の真逆なところだった。


 そして、この春地帯は桜の並木道があり、池には鯉の魔物コーが住んでいた。


「シュン君、この木綺麗だね。なんて言う木か知ってる?」


 フィノが桜の花を手の中に収めながらそう言った。

 そう言えば桜の木を見なかったな。

 まあ、気温が高すぎて咲かないんだろうし、木もないんだろうな。


「この木は桜って言う木だよ。シュリアル王国では季節っていうものがないけど、他の地域には寒くなったり暑くなったりするところがあるんだ。その中でも暖かくなる時に咲く花なんだ。僕がいたところではこの花を眺めながら、料理を食べたり騒いだりするお花見っていうものがあるんだよ」

「お花見? このきれいな花を見ながら食べたりするんだ。私もお父さん達と一緒にしてみたいな。もちろんシュン君も一緒だよ」

「そうだね。この木を数本持って帰ろうか」


 僕はロロの空間を開くと、大きめで形のいい桜の木に地魔法を使って移動させた。

 桜の木が並んで歩いて行く姿はシュールで怪奇な現象だった。


「魔法ってこんなこともできるんだね」

「魔法は便利だけど万能ではないからね。死者を生き返らせるとかはできないからね。まあ、禁術魔法を使えば別だけど、普通はしないよ。非人道的すぎて」

「わかってるよ。でも、シュン君の魔法を見ていたら何でもできるように感じるんだもん」


 フィノは口を尖らせてそう言った。

 可愛いなぁ。

 僕とフィノは桜の木を満喫しながらこの迷宮のボス部屋まで来た。


 先ほどの先らの木の移動はアイテム拾いをしていた三人は見ていない。




 この迷宮のボスはブラッドウルフだ。

 普通のウルフの二倍の体躯があり赤黒い体をしている。身体能力も高く闇魔法の『影移動』や『ダークボール』を使ってくる。こいつは精神魔法は使えないけど、背後に移動して攻撃するのが得意でCランクに認定されている魔物だ。


 扉は十層の絵とは違い一匹の狼が吠えている絵が描かれていた。


「フィノ、さすがにブラッドウルフは僕が相手をするね」

「うん、いいよ。私にはまだ早いから」

「じゃあ入ってちょっと待ってね。すぐに倒すから」


 僕達は扉を開けて待ち構えるように立っていたブラッドウルフと相対した。


「ガアアァァァ」

「『ライトニング』」


 ブラッドウルフが吠えて影に潜む前に僕は前に向かって歩きながら、右手を上げて雷魔法を放った。

 一条の雷が僕の右手から放たれブラッドウルフを飲み込むように後ろの壁を破壊した。煙が晴れるとブラッドウルフはアイテムと化し、後ろの壁は大きな穴が開いていた。


「シュン君、無茶苦茶だよ。でも、やっぱりかっこいいね」

「いやー、照れるよ。さ、宝箱を開けて地上に帰ろうか」


 僕とフィノは現れた宝箱を開けて中に入っているものをワクワクしてみた。

 中に入っていた者は中級の回復薬と銀製の片手剣だ。銀製の武器はアンデット系の魔物絶大なダメージを与えることが出来る。防具は防御力を上げる。魔剣ではない武器の中で少ない効果付きのものとなる。

 ブラッドウルフのアイテムは毛皮と拳大の魔石だった。さすがCランクの魔物だ。


 僕とフィノは回収すると後ろの三人を見て地上に帰還した。



                 ◇◆◇



 ここはギルド前。

 その前には意気消沈して肩を落としている少年三人の人影があった。


「はぁ、何だったんだ……」

「夢でも見てんのか? ってそんなわけないか」

「ないない」

「すごかったなー、あいつのあの剣術。自分の三倍はありそうなオーガを真っ二つにしてたもんな」

「いやいや、あの子の方がすごかったでしょ。飛び上がる魚を突き殺していたんだから」

「魔法魔法」


 三人は今日の幻のような出来事を思い出しながら、更けていたようだ。

 彼らの名は左からサン、モビィ、パリィという。

 彼らは身の丈に合わない迷宮に挑み、他人を巻き込んで迷惑をかけ、説教をされて、目が飛び出るほどの実力を見せられ、自分達の実力のなさを痛感したところなのだ。


「いろんなことがあったけどさ、わかったことがある」

「なんだよサン」

「それはな、俺達には実力が足りない。力だけじゃねえぞ。知識も装備も人柄もだ」

「……サンも思ってたのか。あいつが言うように訓練を受けるか」

「受ける受ける」

「そうだな。まずは強くなろう。いつまでもあいつに舐められままじゃあ年上としての威厳がねえからな」

「そうと決まれば早速……」

「訓練場訓練場!」

「の、前に換金だ!」


 そう決意を固めると三人は勢い良くギルドの中に入って行った。




「君たち無事に帰ってきたのね。あの子がいるといっても不安だったのよ? で、どうだった身の丈に合っていない迷宮の味は」


 迷宮受付の受付嬢ローラが二日ぶりに帰ってきた三人を見つけて棘のある言葉をかけた。

 三人はビクリと体を震わせてローラの方を向くと苦笑いを浮かべて感想を口々に言い出した。


「自分の実力を思い知った。年下の子に実力も知識も何もないって怒られたんだ」

「女の子の方は僕達よりも強くて、男の子の方は強すぎてよくわからなかったんだ。動いたと思ったら魔物がアイテムになってるんだもん」

「魔法凄い魔法凄い」


 三人は話している内にまた迷宮でのことを思い出し落ち込んでしまった。

 それを見たローラは想像以上に堪えたようだと思い、任せた彼に心の中で感謝をした。


「ふふふ、やっと自分の力量が分かったようね。あの子が居なかったら君達は死んでいたのよ? それを踏まえてこれからどうするか考えなさい」


 ローラは三人をきつくやんわりと叱責した。


「「「はい!」」」


 三人は元気良く返事をして迷宮で得たアイテムをローラに渡していく。

 カードから出てきたのは山のように積まれたいろいろな魔石と数種類の回復薬や素材だった。


「こんなにあるのね。時間が掛かるからちょっと待ってて」

「うん」


 三人がなぜこんなに持っているのかというとシュンとフィノが得たものを全て彼らに上げたからだった。

 シュンとフィノにとってはこのぐらいで得られる報酬は少ないのだ。

 それに、彼らが更生したみたいだからその準備金という意味も含んでいた。


「君達、換金終ったよ。換金額は小金貨七枚と銀貨三枚」


 ローラはそう言ってお金を少年に手渡した。


「ああ、これが小金貨なのか。ってことはあれも小金貨だったんだな」

「あいつらも教えてくれればよかったのに」

「んだんだ」


 三人はあの時の喜びは何だったのかと思った。

 これで彼らの所持金は百万近くとなったわけだ。

 これからどのように実力を伸ばしていくかは彼らの手腕となってくる。


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