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正体と大会開始

「よし、今日は苦手な水魔法を覚えてみよう。水魔法が使えれば、いろんなところで苦労しないからね」


 水魔法が使えれば遠征や野宿、水道代といろんな場面で節約できる。日本と違って水はタダではないのだ。


「うん、わかった。水のイメージをしっかりすればいいんだよね?」

「いや、それだけでは無理だね」

「え?」

「それ以上に苦手な魔法は魔力が必要となる」


 まず、なぜ苦手な魔法というものが存在するのか。

 使える、使えないならまだしも、使いにくいとはどういうことなのか。

 それは魔力の属性変化に関係している。

 元の魔力は属性に関わっている。水が適性のものは水に近い魔力を持っているということだ。だから、そう反する魔力が使いにくいのだ。


 ファノス君の場合元が赤、火魔法だから水魔法の青色にするのが難しい。

 それをさせるためにはイメージと大量の魔力を注ぐことで補うのだ。


「――ということだよ。だから、いつもより多めに魔力を込めてね」

「わかった」


 ファノス君は僕から一歩離れて、いつものように精神を落ち着かせて魔法を放とうとするが、これは……。


「ファノス君!」

「え? キャアァァァーッ!」


バッシャアアアァァァァァァン


 ファノス君は甲高い悲鳴を上げて荒れ狂う水に流されていってしまった。僕は慌てて魔力で水の流れを制御する。

 水だけを空中に持ち上げ纏める。

 辺りには濡れた草花と気を失ったファノス君。

 僕は水を前に撃ち出して無くすと、ファノス君の元へ急いで駆け寄った。


「だ、大丈夫!? ファノス君!」


 僕はぐったりとしているファノス君が頭を打っていないか確かめて、頭を動かさないように息をしているか確かめる。


「――っ!? 息をしてない! えっと、えっと……そうだ、人工呼吸を」




 私は水魔法の特訓中魔力制御をミスらせてしまい、魔法が暴発してしまいました。

 これが火や風だと取り返しのできない大怪我を負っていたでしょう。


 私は私が創り出した大水に巻き込まれ、水をお腹いっぱいに飲んでしまい肺にまで溜まってしまいました。

 私が気を失う直前に覚えているのはシュン君が青い顔で私のことを心配しているところでした。苦しい中覚えているのはそんな彼が私にキスをしてきたところです。


 私が目を覚ますと彼は私に抱き付いてきました。


「ああ、目が覚めたんだね。よかったよ」


 私に腰に抱き付いてきたシュン君はよかったよかった、と何度も言っています。

 私はどのくらいの時間眠っていたのでしょうか?

すでに陽が真上まで来ているということは三時間ほどでしょうか。

 彼には心配をかけてしまったみたいです。


「シュン君、心配をかけた。ごめんなさい」

「いや、謝らないで。悪いのは僕だから。最初に魔力制御がしっかりできているか確かめればよかったよ」


 やっぱり魔力の制御が出来ていなかったのですね。

 彼が言うには私は魔力を増やしただけで制御をしていなかったみたいです。制御をしていなかったため込められた魔力が膨れ上がり、魔法の威力を上げてしまったそうなのです。

 他にも精神を上達させたため魔法の質や純度が上がり、余計に威力が増え、少量の魔力でできたものを大量の魔力で行ったかららしい。


 私は自分ではわからないほど上達していたみたいです。

 彼が言うにはそれを伝え忘れていたみたいですが、本当なら私自身が気が付かないといけないことですね。


「だから、シュン君が悪いわけじゃない。お互いに悪いんだ。お相子だよ。……それに……」


 そうです。

 それに、彼は私にキスをしました。

 私のファーストキスは彼、シュン君でした。

 嬉しいのは嬉しいのですが、もうちょっとロマンティックな方がよかったです。


「そう? ありがとう」


 彼はホッとしたようです。


 でも、どうしてキスなんてしたのでしょうか?

 私がおぼれている時になんてことを、と思いますがシュン君が理由もなしにこんなことをするとは思えません。

 とりあえず聞いてみますか。


「あ、あの、シュン君? どうして僕にキスをしたの? もしかして、僕が好き……だとか」


 ああ、つい聞いてしまいました!

 自分は男だと言っていたのに……。


「え? あ、いや、キスをしたのは人工呼吸のためだよ。ファノスさんは肺に水が入り込んでいたからその水を吐き出させるためと、息をしていない肺に空気を送り込むためだよ。決して疚しい気持ちがあったわけじゃないよ……」


 あ、そうだったのですか。

 でも、本当にそんな方法があるのでしょうか? 私は聞いたことがありません。

 ですが、シュン君がすることなら納得が出来ます。彼は何でも知ってますから。

 ん? 今私のことを何と呼びました?

 ファノスさんといいませんでしたか?


 シュン君は顔を逸らしていますが目が私の方に向いています。その視線の先を見てみると私の胸にあたりました。


「……キャ」

「いや、ごめんね。わざとじゃないんだ。肺から水を出すには圧迫しないといけないんだ。だから、その……」

「服を脱がしたと」

「はい……ごめんなさい。ファノスく、さんが女の子だとは知らなくて」


 私は慌てて胸元を隠しました。元々私の上にタオルがかけられていたようです。それを私が起き上がった時に除けてしまったようですね。

 これは私も悪いのでしょうか。

 、ああ。シュン君は心の底から謝っているようですし、隠していた私も悪いのでこれはなかったことにしましょう。


「シュン君」

「は、はい! 何でしょう」

「ふふふ、いえ、怒っていませんよ。隠していた私が悪いのですし」

「い、いえ、僕も、その……勝手に見て悪かったです」


 彼は何が言いたいのでしょうか? いえ、謝ってくれているのは分かります。

が、そこまで私は怒っていませんから、もう謝らなくていいのです。


「それで、その、着替えますので、ちょっと顔を背けていてくれますか?」

「は、はい!」


 彼は慌てて木の裏へ隠れました。

 彼のしぐさ一つ一つが微笑ましいです。

 私は収納袋からあの時に買ってもらった下着と服を取り出して着替えます。

 裸になった時見られていないとはいえ、さすがに彼が近くにいると思うと恥ずかしいですね。頬が上気してしまいます。

 後ろに結いでいた髪を解いて流します。口調も元に戻しましょう。


 私はすぐに着替えるとシュン君が隠れた気に声をかけます。


「シュン君、もういいですよ」

「本当?」


 木の陰からひょっこり顔を出した彼は両手で眼を隠していました。

 その仕草は小動物のようでとても愛くるしいです。


「ふふふ、大丈夫ですよ」

「(ビクビク)あ、本当だ」


 彼は胸を撫で下ろして言います。


「どうして男の子のふりをしていたの?」


 彼は私に近づきながら率直な疑問を口にしました。

 当然の疑問ですね。


 彼は近づくと椅子を作り私に勧めます。

 私は椅子に座って話をするか考えます。いえ、話はしますがどこから離せばいいか迷っているのです。

 シュン君に全てを話せば必ず力になると言ってくれます。ですが、それはいいのでしょうか?

 私の問題は国家問題です。それにシュン君を巻き込んでしまうと考えると自分が許せないかも、です。


「話せないのは君の問題と関係があるんだよね?」


 沈黙を破ったのは彼でした。


「はい、関係しています」

「それは僕に話せないことなの?」

「それは……話せますが……」

「なら、話してよ」

「ですが、この問題は国の問題、もっと言えば私の問題なのです」

「そうなの? 僕は君の力になりたいよ。僕の初めての友達なんだから。友達が悲しんでいたら、苦しそうにしていたら分かち合うものでしょ? それに、言うと楽になるよ? きつかったんでしょ?」


 彼には気付かれていたのですね。

 仕方ありませんか。

 初めての友達というのは私もですしね。


「わかりました。全てをお話します」

「え? いいの?」

「ええ。私もシュン君が初めての友達ですから」


 私がそういうと彼は一瞬呆けてその後嬉しそうにしました。彼は本当に友達という間柄がうれしいのでしょう。

 私としてはもう少し上に行きたいのですが……。


「私の名前はフィノリア・ローゼライ・ハンドラ・シュダリアと言います。この国シュリアル王国の第三王女です」

「え? 王女様だったの?」


 彼は軽く驚きました。

 って、反応はそれだけですか? もっとこうあわわわーとかひゃあーとかならないんでしょうか。普通は平伏するとまでは言いませんが目が飛び出るほど驚くものですよ。


「あまり驚かないのですね」

「え、まあ、僕が特殊……だから、かな?」

「特殊、ですか? ……まあ、今はいいでしょう」

「僕はもう少し敬った方がいいのかな?」

「いえ、そのままの口調でお願いします。私にはシュン君みたいに気に合う友達がいないものですから」

「そうなんだ。あ、友達が初めてって言っていたもんね」


 シュン君は納得してくれました。


「それで、私の問題なのですが半分以上は終わっています」

「そうなの?」

「ええ、私の問題は魔法が使えないためというのが大きかったですから。シュン君のおかげである程度の実力を持つことが出来ました。これぐらいあれば大丈夫だと思います」


 魔法さえ使えればあの話をなかったことにできると思います。後はお父様にこのことを話せばどうにかしてくれるでしょう。


「魔法が使えなかったらどうなっていたの? 売られるっていうのは嘘だよね? フィノリアさんは……」

「フィノでいいです」

「そう? フィノは王族だもんね。王族だからこそありえない。多分国家問題か国際問題といったところじゃないかな?」


 正解です。

 どうしてわかったのでしょうか。


「合っています。私は魔法が使えないため今回の魔闘技大会で婚約者を決める、優勝者がよその国に逃げないようにするための繋ぎ、道具として扱われていました。仮に優勝者が女の方であった場合私は帝国の皇子と政略結婚をすることになります」

「酷い……」

「お父様はどうにかしてそれを阻止しようとしましたが、どうにもすることが出来ませんでした。私の味方はお父様とお母様、実のお兄様、団長ぐらいです。逆に敵は多く義母であるセネリアンヌ第二王妃、その息子娘であるレーレダレック第二王子、キャラリネット第一王女、キューティカラ第二王女を筆頭に有力貴族なのです」

「それはフィノの家族以外は皆敵ということ?」

「いえ、第三王子シリウリード君だけは私の味方です。義母の息子なのですがなぜか私になついてくれるのです」


 あの子はかわいいです。まあ、シュン君も可愛いですが。

 でも、可愛いの基準が違います。シュン君はかっこいいの中に母性がくる可愛いで、シルはそのまま可愛いといった感じです。


「どうしてフィノはそんなに嫌がらせを受けているの?」

「それは私が王位継承権第二位を持っているからです。この国では女でも王に就くことが出来ます。それが疎ましいのでしょう。私は第一王妃である私のお母様の娘ですから。前に言いましたが魔法の恐怖は彼らからきています。何度も来る暗殺です」

「わかっているのにどうにもすることは出来なかったの?」


 当然の疑問ですね。

 たとえ王族だったとしても殺人未遂と手招きとして捌くことが出来るでしょう。


「ですが、義母は帝国の人間なのです。それも王族です。我が国は帝国に勝てませんから。出来るだけ不感を買わないようにしているのです」

「それなら仕方がないのかな? 僕には政治関係は分からないからねぇ」


 シュン君にもわからないことがあったのですね。


「それで、魔法が使えないからそんなことになるのであれば、魔法を使えるようになろうということになったのですが、シュン君に会うまでの数か月間ずっと使えるようになりませんでした。宮廷魔法使い、その伝手等に頼みました。果てには『幻影の白狐』様にも頼みましたが前に言った通りです」

「偽物だったと……」

「はいそうです」

「まあ、本物は表に出たくないようだからね。仕方がないと思うよ」

「そうなのですか? なら、仕方がありませんね。会いたかったのですが……」


 なぜシュン君がそんなことを知っているのでしょうか?

 冒険者ギルドで聞いた話なのでしょうね。シュン君はギルドマスターのアイネさんと仲がいいようですし……。腹が立ちます。


「まあ、会えませんでしたがシュン君に会えたのでいいとします」

「え? あ、ありがとう」


 ふふふ、彼の顔が真っ赤です。とい私の顔も真っ赤でしょうが。


「だから、フィノは冒険者ギルドに依頼をしに来たということなんだね? そして僕が受けたと」

「はい、あとはシュン君の知っている通りとなります」

「そうなのか……」


 彼はやっぱり私のように悲しんでくれます。

 嬉しいですね。その反面巻き込みたくないのですが。



         ◇◆◇



 僕はフィノに何と言っていいのかわからない。

 でも、これで確定した。ミクトさんが言っていた子はフィノのことだ。

 他に問題を抱えている黒髪なんていないだろう。


「今度は僕の話を聞いてよ」

「はい? いいですよ」

「僕はこの世界の人間じゃないんだ」

「え?」

「僕はこことは違う世界で死んだ。そして神様が救ってくれた」


 僕は簡単に僕がこの世界に来たことを話す。

 地球のこと、僕がどういう状況だったか、神のこと、この世界に来たこと等たくさんのことを話した。




「そうだったのですか」

「え? 信じてくれるの?」

「え、ええ。シュン君には大分驚かされましたから。魔法の知識はこの世界から逸脱していますし、料理とかの知識だってこの年で知っているというのは些かおかしいです」


 やっぱりそうだったか。

 僕が気が付いていると同時にフィノも気が付いていたようだね。


「ありがとう」

「ですが、神様とあったというのは本当なのですか? 信じていないわけではないのですが、信じがたいといいますか何と言いますか……。何か証拠になりそうなものはありませんか? 私がシュン君のことを信じられる証として」


 フィノも不安なのかな? 友達に嘘が疲れること、裏切られることが……。

 それなら、あれを聞いてみるのがいいだろう。それで確実な証拠が得られるし。


「そうだなぁ。……率直に言うけどフィノは加護持ちだよね?」

「なっ、なぜそれを! い、いえ! どこで知ったのですか。これは私の家族にしか知らされていない事柄なのですが……」


 フィノは驚愕に目を開くがそれを力でねじ伏せ、僕にどこで知ったのか聞いてきた。


「僕はそのことをその加護の神から直接聞いたんだ。『自分が与えた加護持ちの人物が問題を抱えている。その問題を取り除いてくれ』ってね」

「え? それじゃあ、私が加護持ちと知って私の依頼を受けてくれたの?」

「いや、知ったのは今さっきだよ。最初にあった時に感覚的には分かっていたんだけどね。会えば分かると言われていたからその直感を信じたんだ」


 僕はフィノはどうだった? と聞いてみた。

 するとフィノも感じたと言ってくれた。


「問題がどこまでなのか知らないけど多分この騒動が解決するまでは僕が関わらないといけないと思うんだ。だから、何かあったら僕に言ってね」

「う、うん、わかった」


 僕とフィノは改めて新しい関係を築くことになった。前よりも強固になったのは言うまでもない。






 僕とフィノが自分が抱えていた問題を話して一週間、依頼を受けて一か月が経った。

 今日はフィノの試験当日だ。


 試験内容は使える属性の魔法の中で強力な魔法を属性ごとに二つ使うことだ。試験の合否はその魔法が戦闘レベルに達しているかどうかとなる。


「フィノちゃん、準備はいいかしら」

「はい、大丈夫です」


 フィノは身分を隠してはいるが女の子として過ごすことにした。宿については身分のことで心配するということで同じ部屋で寝ている。

 初めにフィノが女である発言をした時の周りの反応はみんな同じでやっぱり、といった感じだった。皆もなんとなく気が付いていたみたい。


 服も新しく女性用の服を買いに行き、買い物などを気が済むまで行った。やっぱり女性の買い物は長いのはどの世界でも同じようだ。


「では、試験を始めます。それでは、フィノは魔法を使ってください」

「はい。『燃え盛る炎よ、赤き波と為りて、敵を飲み込め! ファイアーウェーブ』」


 まず使ったのは火魔法だ。赤い炎の絨毯が広がり、波となって周囲を包み込んだ。

 設置されていた人形が跡形もなく溶かされた。温度の方もすごいみたいだ。

 僕は水魔法で覆って熱さを凌ぐ。


「……すごいわね。シュンくん、彼女は本当に魔法が使えなかったの?」

「はい、そうですよ。僕が依頼を受けて一週間ほどで使えるようになりましたよ」


 アイネさんは唖然として僕の方を見た。僕の返答はアイネさんを疲れさせただけのようだった。


 その後も風、地、水、闇、無、回復、と魔法を使っていった。風は『ハリケーン』水は『ウォーターストーム』地は『ロックレイン』闇は『影移動』無は『部分強化』回復は『ハイヒール』だ。

 どの魔法も一つ上のランクを示していた。これも僕の修行(精神統一)のおかげだ。


 どの魔法も気合が十分にのり、いい結果を出しているようだ。

 ここまでやれて失格はないだろう。


「アイネさん」


 全ての魔法を使い終わったところで僕は呆けているアイネさんに声をかける。

 我に返ったアイネさんは慌てながら、フィノに合否を発表する。


「フィノちゃん、合格です。おめでとう」

「は、はい、ありがとうございます」


 フィノはヒョコッと頭を下げてお礼を言った。


「では、依頼達成とします。シュン君、これが報酬の中金貨五枚ね」


 僕はアイネさんからお金を受け取って収納袋へ入れる。また溜まってきたお金は肥やしゾーンへと回す。


「二人はこの後どうするの? 二人でパティーでも組む?」


 僕はいとどフィノの方を向いて頷いてから答える。


「いえ、フィノはすぐに帰るそうです。帰ってご両親に報告して売れることをないことにしてもらうそうです」

「ああ、そういえばそうだったわね。フィノちゃん、売られそうになったら逃げなさい」

「いいんですか?」

「あら、いいに決まっているじゃない。どうせ身売りじゃないのでしょう? なら、逃げてもいいじゃない」


 まあ、そうなんですがね。

 売られるよりは売られない方が何倍もいいしね。

 これでフィノの抱えている問題も解決できるだろう。後は僕は報告を待つだけだ。

 何かあった場合すぐに僕が対処をしないといけない。これもミクトさんのお願いだと思えばどうといったこともない。


 僕は冒険者ギルドでフィノと別れた。

 別れた後僕はあっちの依頼の件でアイネさんと話し合うことになった。

 訓練賞を後にしてギルマス室へ向かった。


「『地獄の三つ首番犬』は大貴族からの依頼を受けていたみたい。前に言っていた魔石がそうね。その魔石はどこから持ってきたのか知らないから前に言った通りシュンくんのものとしていいわ。裏取引で買い付けたか天然ものか盗んだのどれかでしょう」


 盗まれた物を使うのは気が引くけど、返すにも返せないから貰っておこう。

 黙っていればわからないっと。


「わかりました」

「その貴族はどうなりますか?」

「さすがに貴族を取り調べることは出来ないわ。国の重鎮である大貴族が裏ギルドに依頼をしてもおかしくないのよ。貴族ともなれば疚しいことの一つや二つはしているものだしね。そもそもその依頼が合法なのよ。ただ単に空の魔石が欲しいということで、報酬もきっちり払っていたみたいだから」

「そうなんですか。まあ、その貴族はどうでもいいです」


 貴族には取り調べが出来なかったけど忠告染みたことは出来たみたいだ。


 僕はその貴族よりも裏ギルドの方に腹を立てていただけだからね。裏ギルドも悪いことばかりではないということか。

 まあ、その貴族が何か企んでいるのは確かだな。今度ちょっかいをかけてきたら、徹底的に叩きのめしてやる。


「ほとんどの者が気絶しているところを捕まって死刑になったわ。これは当然ね」


 死刑になったか。

 まあ、当然だね。

 これで死刑じゃなかったら異議ありだよ。


「報酬は大金貨五枚と白金貨二枚となります」

「多くないですか?」

「いえ、それでも少ないですよ? あなたは一つの裏ギルドを壊滅させたのですから。それによって第二区画の治安が良くなりました。その代金も入っています」

「そうなのですか。では、ありがたく貰い受けます」


 僕は報酬を受け取ってギルマス室を後にした。

 今日はこれで冒険者ギルドを出て宿に帰って休むことにした。


 それから落ち着いた日々が戻ってきた。

 毎日低い依頼を受けてロロと狩りに出かける。ロロを一日中出しているのは何日振りだろうか。

 ロロも楽しいのかいつも以上に狩りを楽しみ、僕に甘えてくる。

 そろそろ僕が乗っても大丈夫なくらい大きくなった。


 フィノと別れて二週間が経ったある日。


「シュ、シュン君!」


 僕が止まっている宿に夜遅くフィノがやってきた。

 フィノの様子は何かおかしく怯えている。問題が解決したようには見えない。


「ど、どうしたの?」


 僕は彼女の身体をさせながら言った。

 彼女の身体は小刻みに揺れ、冷たい。


「ゆっくり僕に話してくれる?」

「う、うん」


 僕は精神を安定させる『鎮静化』の魔法を唱える。


「えっと、あの後お城に帰ってお父様に伝えたんだ」


 フィノが言うには父親に伝えた時にはすでに遅かったらしい。フィノが城から出られたのも父親の手引きがあったようなのだ。

 まあ、手引きがないとフィノが一人で出られるわけもないか……。


 なんでもフィノが魔闘技大会までに戻ってきた場合、その大会の優勝者の婚約者となることが決定していたのだ。

 父親はフィノが家出をしたと思い込み、それなら自分も娘がしたいようにさせようと考えたらしい。


 そんなところにフィノが帰ってきたから父親は混乱し、フィノを隠そうとしたが義母に見付かってしまった。義母はほくそ笑み大貴族たちにファノが帰ってきたことを言ったらしい。


 そこからは想像できる。

 結婚か嫁ぐか決まっていなかったものが自分が帰ったせいで決まってしまったのだ。逃げられなくなってしまったのだ。

 フィノはそれが嫌で僕に助けを頼みに来たのだろう。


「ど、どうしよう、シュン君」


 フィノは最悪の状況に恐れているようだ。

 とにかく今はフィノを落ち着かせるのが先決だ。


「落ち着いてフィノ。僕がどうにかする」

「どうにかってどうやって? 魔闘技大会で優勝しないといけないんだよ? シュン君がいくら強くても無理だよ。今回の大会は帝国のSランク冒険者が出てくるんだよ? 私としてはシュン君が出て優勝してくれたらすごくうれしいけど……」


 どうにかできるけど今、僕があの英雄だって言うことは言わない方がいいだろう。

 もしかしたら僕が負けるかもしれない。そうなれば絶望ものだ。

 僕ならって……。


「僕ならいいってどういう意味?」

「え? それは私がシュン君のことが好きっていう意味だよ?」

「え?」

「え? あ、いやあああぁぁぁぁぁぁッ! 今のは聞かなかったことにしてぇぇぇぇ!」


 フィノは自分が思っていたことをそのまま口にしてしまったようだ。フィノは僕から離れるとシーツに顔を埋めて悶えている。


 そういえばフレアという神様が僕に何か言っていたな? 確か運命の出会いがある、だたっけ?

 そう思うと顔が赤くなるのが分かった。

 僕もフィノのことは嫌いじゃないから僕が出場してどうにかしようかな? だけど……。


「僕もフィノのことが好きだよ」


 僕は前世を合わせて初めての出会いをして、初めての恋をして、初めての告白をした。

 フィノがさっき好きと言ってくれたけど自分から言うとまた緊張するものだな。心臓が今にも爆発しそうだ。


 フィノは僕の言葉を聞くと埋めていた顔を上げてキョトンとした。

 だから、僕はもう一度言うことにした。


「僕もフィノのことが大好きだよ。いや、愛している」

「(ボッ)そ、そそそそんな! そんなそんなそんなそんなことありえない! シュン君が私のことが好きだなんて」

「いや、嘘じゃないよ。一目ぼれっていうのがただしいかな? 会った時に感じたんだ」

「ほ、本当?」


 僕はしゃべらずに赤い顔のまま静かに頷いた。


「わ、私もシュン君のことが好きです」


 フィノも改めて告白してくれた。


「だけど、僕が出場して優勝できるかわからない」


 僕がそういうとフィノは目に見えて落ち込んでしまった。

 僕も告白してOKを貰えたのにやっぱり無理と言われたら悲しんでしまうだろうな。


「だから、僕が英雄に頼んで、その話を無くしてもらうよ。黙っていたけどその英雄と顔見知りなんだ。多分僕の言うことなら聞いてくれるはずだから、フィノは安心して待っていて」

「ほ、本当なの?」

「うん、本当だよ? 僕がフィノに嘘を付いたことがある? 短い間だったけど一度もないはずだよ?」

「うん、うん! 待ってるよ」


 フィノはそれだけを言うとすぐに部屋を出て行った。

 僕はどうやら魔闘技大会に出場しなければならなくなったようだ。

 そして勝ち上がることでフィノを手に入れ、問題を解決してやる。


 そう決まると僕はいてもたってもいられなくなり、魔法の修行をすることにした。




 次の日、僕は早く起きると冒険者ギルドへ向かった。魔闘技大会の出場を伝えるためだ。


「ミルファさん、大会の受付はまだ間に合いますか?」


 僕はギルドの中に走り込むとミルファさんに突っ込むように聞いた。


「え、ええ、今日までだからまだ間に合うわよ。……もしかして出場してくれるの?」

「はい」

「本当! 私、応援しに行くね」

「あ、ありがとうございます」

「ふふふ。魔闘技大会の規定は知っている?」

「はい、知っています」

「なら、これをどうぞ。これは魔闘技大会の出場者の証となります。これを当日に受付に見せてください」


 貰ったものは金貨サイズのメダルだ。メダルには千四百二十二と番号が振ってあった。多分人数なのだろう。

 千人規模で出場するのか……。


「わかりました。場所はどこであるのですか?」

「場所は第一区画の国立闘技場であります。看板が出るのでわかると思いますよ」


 第一区画か……。初めて行く場所だな。


「はい、ありがとうございました」


 僕はそう言って冒険者ギルドを後にした。






 それから一か月が経った。

 僕は魔闘技大会に出場するため第一区画の闘技場まで来ていた。

 格好は白い狐のコートと仮面の英雄の格好だ。


「失礼」

「はい、何でしょうか?」


 僕は受付の人に話しかけた。


「大会に出場するものだが……」


 僕はそう言いながら貰ったメダルを見せる。


「はい、名前は……シロですね。あなたが本物なのですか?」


 受付の人が確認を取ってきた。

 やっぱり名前が被った人が続出したようだ。特に僕の名前であるシロは本人が出場するため、僕に優先権が発生したようだ。


「それは分からない。見てからのお楽しみだ」

「ふふふ、では楽しみにしておきます。予選の説明に移らせてもらいます」


 今日は出場者千六百六十人がA~Jの百六十六人ずつに分かれバトルロワイヤルを行う。その中で勝ち残った一人が本選に出場できる。

 予選も特別な結界で覆うため怪我をすることはないらしい。

 明日からの本選は一対一のトーナメント戦となる。


 賞品は優勝者が白金貨一枚と第三王女との婚約、準優勝者は王金貨一枚と収納袋、第三位は大金貨一枚となる。また、優勝者は国王との謁見があるとのこと。


「あとは、係りに指示に従って控室に向かってください」


 僕は一礼をして闘技場の中に入って行く。

 あと一時間ほどで大会が始まる。

 第三王女のお披露目は明日の本選が始まってからということになっているらしい。


 僕が中に入って行くと係りの男性が現れた。僕はこの男性の後を付いて行き、控室に向かった。


 歩いて行くとIと書かれた扉の前で止まった。どうやらここが僕の控室となるらしい。

 僕は扉を開けて中に入って行く。中には多くの人がいてギュウギュウ詰めだった。武器や防具の手入れをしているものや威嚇をしているもの、誇示している物などいろいろいる。全員が選手なのだろう。


 僕が入るとみんなの視線が僕に向いた。

 僕のことを嘲笑う者、最初に仕留めると意気込む者、僕に一度やられている冒険者を発見したりした。

 だが、ここは僕につっか掛かってくる人はいなかった。

 さすが腕に自信のある者達が集まっただけのことはある。自分に自信がありまくりだ。


『わあああぁぁぁぁぁ!』


 どうやら大会が始まったようだ。

 大会の内容は壁に掛けられている映像の魔道具で見ることが出来る。


 会場には多くの観戦者が集まっている。煌びやか服を着た人からぼろを着た人までいろんな人が見に来ている。




『さ~て、始まります。紳士淑女の皆様方、ただいまよりファノリア王国主催の魔闘技大会を開催します』


 音拡声魔道具を持った実況役の男性が宣言した。すると観戦客の熱狂がここまで聞こえてきた。

 観戦客はおよそ四万人だ。

 魔闘技大会は民衆にとっていい娯楽であり、賭け事の対象となる。


 僕はこの感染に驚きながら目の前で始まろうとしている戦闘を見ている。

 戦闘は一度に二つ行われる。


『私は実況のお馴染みのマイクです。こちらは解説の元宮廷武術指南役のゴリアルさん』

『はい、御紹介に預かったゴリアルですこれから一週間よろしくお願いします』


 禿頭の厳つい男が画面に映り頭を下げた。


『そして、魔法の解説は現筆頭宮廷魔法使いであるシュバリアさんです』

『どうも、シュバリアです。新しい独自の魔法を私に見せてください』


 この男性は瞑目した。

 再び歓声が起きる。


『このままじらすと早く始めろ、とヤジが飛ぶので、さっくりと行きましょう。

 まずは今大会の要項を確認します。

 今大会に集まった腕自慢の挑戦者は、なんと千六百六十人集まりました! A~Jの十グループに分けて、各百六十六人ずつで戦ってもらいます! 一度に第一闘技場と第二闘技場を使い同時に行います! 今日の午前中に二試合、午後から三試合とバトルロワイヤルを行ってもらいます! それぞれのグループの本選に行けるものは最後まで立っていた者ただ一人となります!』


 聞いていた通りの内容だ。

 予選は混戦になりやすく時間が掛かりやすいのだろう。一試合一時間弱と考えれば二試合を行うのは合理的だな。


『一度に百六十六人ですか……すごい人数ですね』

『はい、今大会に集まった人数は例年の一・五倍となりますからね』


 例年の一・五倍も集まったんだ。例年は千百人ほどということになるのか。

 これも優勝者の賞品のせいかな?


『それもこれも優勝者の賞品のせいでしょう』

『そうなんです! 四日目に行われる予定となっている第三王女様のお披露目! 優勝者はその第三王女と婚約できるのですから!』


 そうだ。この賞品がこの人数を誘き寄せたのだろう。中には国とのつながりを持って、よからぬことを考えている存在もいるかもしれない。


『その賞品もですが、その他の賞品・賞金も戦いを盛り上げる要素となります! 明日の本選はくじ引きで分け、トーナメントを行います! 明日が準々決勝の五試合を第一闘技場で行います! 三日目は準々決勝と準決勝を、四日目は決勝と三位決定戦と表彰式を執り行います!』


 優勝するにはこの試合と本選の四試合か……。

 師匠並みに強い人が出て来ない限り僕が負けることはないだろう。

 帝国から来たという人はSランクみたいだし。


『フィールドは特殊な結界が張られています! 詳しい説明をシュバリアさん、頼みます』

『はい、この結界はフィールド内のダメージは結界を出ることで精神ダメージとなります。結界内で死んだとしても結界を出れば死ぬことはありません』

『と、言うことなので挑戦者の皆さんは死に物狂いで安心して戦ってください。観客の皆さんは流血沙汰になりますがそのあたりはご愛嬌ということで』


 もう少し補足すると怪我を精神に移転させるのは結界の使用で気絶したり、戦闘不能な怪我、降参した者は『影移動』で医務室に送られる。


『回復薬等の服用ですが基本休み中のみOKとなっており、試合中に使用した場合は即時失格となります』

『うむ、魔力や体力の配分を考えなくてはなりません』


 そうだな、僕は魔力の方はいいけど体力の方がないからな。

 気を付けていかないといけないな。


『それでは、第一試合と第二試合を執り行いたいと思います。選手の皆さんは闘技場へ入場してください』

『ワァアアアアァァァァァァ!』


 入場の宣言をすると三百人もの挑戦者が画面に映ってきた。

 それに合わせて観客の歓声が闘技場を揺り動かすように錯覚する。


『全ての人が入場したみたいなので、そろそろ始めたいと思います。予選A・Bグループバトルロワイヤルゥウ、かぁいしいぃぃぃぃぃ!』


 実況のマイクさんの開始の合図に合わせて挑戦者たちは近くの人に襲い掛かり始めた。



         ◇◆◇



 野太い声が闘技場の木霊する。声は途切れることなく響き渡り、金属の打ち合う音、擦れる音が聞こえる。


 手の持つ剣を横薙ぎに振い敵に斬り付ける力任せに素手で殴り付ける獣人族はその身体能力をフルに使い闘技場を動き回る。


 魔法に長けたエルフは高い魔力を自在に扱い敵を殲滅していく。火が飛び、水がぶつかり、風が巻き起こり、地が揺れる。光や闇も時折発生している。


 ドワーフの力は凄まじく恐ろしい威力を秘めていた。地を陥没させる巨大なハンマーは人に当たれば骨を砕き、肉を爆ぜさせる。


 人族は他の種族と違いそれほど突出した能力を持っていない代わりにいろんな戦い方をしている。知恵を回し魔法を巧妙に使う。剣技を力任せに使わず細かに動かして斬る。


 それぞれの種族が自身の能力を十分に発揮して戦っている。


『おおおぉぉぉぉーッと! 白熱した戦いをしているのはエルフのセネリーノさんだ!』

『彼女の魔法は私から見てもすごいと言わざる負えません!』


 シュバリアさんが興奮したように言った。


「あらぁぁぁーッ」

「くたばれぇぇぇぇっ」

「はぁー……『タイダルウェーブ』」

『うわぁぁぁ』


 第一闘技場では野太い叫びが響く中、可憐に舞いながら綺麗な声の詠唱をするエルフがいた。

 水の津波が十数人を巻き込んで場外に押し出していく。押し出された人は救護班に安否を確認され気絶した人はタンカで運ばれていく。


 剣が、斧が、槍が、弓が、魔法が飛び交い、壮絶な戦いを繰り広げている。


「ぐ、ガアアアアァ」

「よっしゃあ、ってぐあぁぁぁ」


 第二闘技場では斧で斬り付けた人がかち上げを上げると後ろから高速の剣が振るわれ失格となった。


『おおぉぉっと、第二闘技場では狼の獣人族のAランク剣士ボーディ選手が勝者となりました』


 勝ち上がったのはセネリーノさんとボーディさんだ。


 次に第三試合と第四試合が行われた。


 魔法は一見有利に見えるが有利なのは詠唱を唱えた後であり、唱えるまでに距離を詰められてしまうと不利になってしまう。

 また、魔法のスピードは技量に相当するため、技量のない人は遅く躱されてしまうことが多くなっていた。


 僕は放った魔法を少しだけ操作が出来るからどうといったこともないけど、それでも避けられてしまうだろう。


『おーっと決まりました。やはり強い。第三試合の勝者帝国からやってきたSランク冒険者『瞬撃』ロンダーク・ラーラスぅー!』

『第四試合も終了したみたいですよ。第四試合の勝者はAランク冒険者『貴公子』ロベルクです』


 ゴリアルさんが勝者宣言をした。

 ロンダークさんの『瞬撃』は両手の持った長剣を高速で動かすことでついた名だ。ロベルクさんの『貴公子』は身なりと口調、レイピアをフェンサーのように使うことから名づけられた。


 第五試合の勝者は魔弓使いデロリンス選手。第六試合は四属性魔法使いクィットン選手だ。


 デロリンスさんの魔弓は追尾の効果がある。必中とまではいかないが狙われた相手の魔力に反応して向いて行くのだ。

 その魔弓を自在に使い背後から近付いてきた相手は腰の収めている短剣で応戦する。短剣の使い方も一流だ。


 四属性使いクィットンさんは派手ではない赤色のローブを着た人で両手で違う属性を操るひとだ。火と風が舞い、光と雷が貫く。

 その魔法に当てられた人は一発で退場していた。

 威力が大きいがコントロールが出来ていない。二属性を同時に使えるのは凄いけど、もっとコントロールが出来なければ意味がない。


『それでは第七試合と第八試合を行います。選手の皆さんは入場してください。…………集まったようなのでそろそろ開始します。はじめぇぇぇぇぇ!』


 ズガガガアアアァァァァン


『うわあぁぁぁぁぁ』

「お、おい、あいつから仕留めろ!」

『オオオオオオォォォォォォォォォ』


 開始の合図とともに地を爆ぜさせて進んだ剣圧は数人を吹き飛ばした。吹き飛んだ人は空高く舞い上がり場外に結界を抜けて落ちる。幸い死んではいないようだ。


 この剣技は見たことがあるぞ。

 そう思って剣圧を放った人物を見ると竜の角と竜の尾を持った竜人? だった。

 あいつがこの剣圧を放ったのか。多分実力は先ほどのロンダークさんと同じ実力といった感じだ。

 その剣技はバリアルが使った技に似ていた。竜人系の種族の得意技なのだろうか?


 第七試合はすぐに決着が付き勝者は先ほどの竜人、バーガルだった。


『やっと第八試合の決着がつきました。勝者はスーシャガー選手!』


 第八試合は言ってはいけない気がするけど泥仕合だった。

 混戦に混戦が続き最後まで立っていた二人は同時に気絶して先に復帰したのがスーシャガーさんだったということだ。


 これで僕の試合、第九試合がくる。

 僕は椅子から立ち上がって体を動かす。軽く飛んで調子を確かめ魔力の通しを良くしておく。

 バッチリだ。


『それでは今日最後の試合を始めます。第九試合と第十試合を行います。選手入場ぅ!』


 僕はゆっくり歩み始め闘技場の中央まで行く。

 作戦は魔圧。

 一瞬でこの試合を終わらせて僕に実力を見せないでおく。これで僕のことを過剰に見てくれるとありがたい。


「けっけっけっ、このガキから狙うぜ」

「おうよ、身の程ってもんを、よ」


 周りにいる選手は僕のことを狙うようだ。

 全員が僕から離れ距離を取っている。


「けっ、俺とかぶってんじゃねぇ。俺が本物の英雄様なんだよ」

「いや、俺だよ。お前は弱いんだから俺にたてつくな」


 僕の格好が気に食わないようだ。他の試合にもちらほらと見えていた僕の偽者達。互いに牽制をしあっている。

 自分が偽物だとわかっているから周りに本物がいるかも、と内心ビクビクしてそれを表に出さないためにしているのだろう。


『それでは始めたいと思います。本日、最後の試合……かいしいぃぃぃぃぃ』

『ウオオオオオオ……ガグ……』


 僕に襲い掛かろうとして来た挑戦者達は奇声を上げることも出来ずに白目をむいて百五十人強の挑戦者が倒れた。

 結界で死ぬことがないから全力でできた魔圧。


『…………えー、何が起きたのでしょうか? 解説のお二方は分かっておりますか?』

『私から見たところ武術ではありません。が、殺気のような物を感じました』

『殺気、ですか?』


 ゴリアルさんは僕の魔圧、魔力の殺気に気が付いたようだ。結界があるからといって力を抜き過ぎた……ということはないだろう。その人の実力が僕に近いのだろう。

 

『私も膨大な魔力を感知しました。彼の魔力を何らかの魔道具か何かで測ることは出来ませんが、感じた魔力はこの場にいる誰よりも濃密で清い魔力でした。恐らくゴリアルさんが感じた殺気は魔力の噴出による魔力の圧力でしょう』


 正解だ。

 フィノはあまり実力がないと言っていたけど。これが分かるのなら結構な実力があると思うけど。


『そ、そうなのですか? そ、それはすごぉぉぉーい! えー、彼の名前は……シロ選手です。な、な、なんと今大会に出場した選手の中で唯一彼の大英雄の名を、冒険者ギルドのギルドマスターおよびガラリアとソドムの街のギルドマスターより許された選手なのです!』

『ワアアアアアァァァァァァ!』


 「ほ、本物かよ」「実在していたのか」等の声が観客の中から聞こえてきた。

 やっぱり王都では僕の噂が半信半疑だったようだ。だけど、僕が現れたことで噂が本当だと信憑性が出てきたわけだ。


『彼が本物かどうかはまだわかりませんが、彼はギルドマスター達が認めた人物です! 本物である可能性が十分に高いです! それに噂と合致しています! 白い狐の姿、子供の容姿、持つは銀色の剣……なのか? 抜いていないのでわかりませんが、その実力は英雄と言っても過言ではありません!』

『ワアアアアアアアァァァァァァァ』


 歓声が大きくなった。

 僕はこれで姿を隠せなくなった。だけど、僕とシュンを結びつけることはなかなかできないだろう。


『彼の英雄が退場します。彼の英雄に盛大な拍手をお願いします』

『オオオオオオォォォォォォォ(パチパチパチパチ)』


 僕は唸るような歓声と拍手を背後にして闘技場を去った。


 第十試合の勝者は僕の格好をした人物らしいが僕が現れて実力を示したしまったため白い目で見られていた。

 多分僕と当たると喧嘩を売ってくるだろう。



         ◇◆◇



 わああ、すごい歓声です。

 私は王宮にある映像の魔道具で魔闘技大会の試合を観戦しています。隣にはお父様とお兄様、お母様、シリウリード君がいます。

 嫌いな義母達はこの部屋にいません。いつもならお父様から離れないようにしているのに、何か企んでいるに違いありません。


「フィノ、どうだい? 君の魔法の師匠はいるかい?」


 お兄様が感染をしながら訊いてきました。


「……いえ、彼は試合に出ません」

「そうなのかい? フィノから聞いた話では相当強いと思うのだが。それに彼のことが……」

「ああああああああ、違うんです!」

「違うのかい? フィノの話を聞いていたらひょっとして、と考えていたんだが」

「違わないですけど……違うんです」

「そうなのか」


 もう! お兄様は意地悪です。

 そのニヤニヤ顔に覚えたての魔法をあてたい気分です。あてるとすっきりできるはずです。


「私もフィノが望むのならそれでいいと思うけどね」

「私のもですよ? フィノ」

「お父様もお母様も! もう知りません! シル君は分かってくれんすよね?」

「うん、お姉様はそんなことないよね」


 お父様とお母様は許してくれるみたいですが年頃の女の子の前で言うものではありませんよ。

 その辺シル君は分かってくれています。


『ワアアアアアァァァァァァ』


 音量を調整してあるのにもかかわらず歓声がこの部屋をビリビリとさせました。


「一体何……この方が大英雄『幻影の白狐』ですか?」


 私がそっぽを向いている間に白い狐の格好をした人物が現れてきました。これまでに何人もの偽物が現れてきましたがこの人物は他の人と違います。

 子供ですし、纏っている空気もなんだか違います。


『ウオオオオオオ……ガグ……』


 私が彼のことを考えていると試合に決着がついたみたいです。

 って早すぎでしょ!

 彼は何をしたのですか?


「彼は一体何を……」

「今説明をするみたいだよ」


 …………。

 彼は手を使わずに魔力だけで倒したのですか。

 確か、シュン君が似たようなことをしていましたね。


 あれは私が薬草を詰んでいる時のことです。私の不注意で森の中に入って行ってしまったのです。

 彼には絶対に入ってはいけないと忠告を受けていたのに、魔力判別を使えるようになってうれしくなっていたのです。

 夢中に薬草を詰んでいると周りから唸り声のような物が聞こえてきました。

 気づいた時にはすでに遅く私は数匹の狼、ウルフに囲まれていました。


 慎重に近づいてくるウルフは私が怯えていることに気が付き猛烈な勢いで私に駆けて来ました。私はもう終わりだと思いました。

 私は目を瞑り痛いのを覚悟していましたが、その痛みというのが来ませんでした。それ以前に周りからウルフの気配がなくなっていたのです。


 恐る恐る目を開けるとウルフがいなくなっていました。私が茫然としていると前からシュン君がやってきました。


 彼に抱き付き話を聞いてもらうとウルフが居なくなったのは彼が魔力で感知して魔力で威圧をしてくれたかららしいのです。


 多分これと同じ方法なのでしょう。


『彼の名はシロ、先日の大規模魔物侵攻の立役者、S、SSランクの魔物の討伐、魔族の撃退をした張本人、『幻影の白狐』本人なのです』


 実況の人が叫ぶような声で彼のことを説明していきます。

 やっぱり思った通り本物なのですね。

 シュン君が言っていたことは本当なのですね。

 彼が優勝したら、どうにかしてくれる約束になっているはずですね。


 私は待っています。その時が来るのを……。


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