魔法と物語と英雄
「……んっ……あ、んん…………ま、まだなの?」
「あと少しだよ。もう少し待って」
僕はファノス君の手を握って魔力を通す。違う波長の魔力を通すと拒絶反応が出てしまうから、僕は分量を調整して送る。
ファノス君は艶やかな声を漏らす。その声に僕は顔を赤らめ、ドキッとしてしまう。
僕は気持ちを落ち着かせながら一息つくと、もう一度魔力を流してファノス君がなぜ魔法を使えないのか確かめる。
僕がファノス君の師匠になってから四日が経った。
僕が現在しているのはファノス君の体内魔力を確かめているんだ。僕の魔力を右手からファノス君の身体に通して左手に戻す。
こうやってファノス君の魔力がどこかで止まっていないかを調べているんだ。だけど、何処にも異常はないようだ。
「んっあ……ど、どうだった?」
「いや、何処にも異常は見当たらなかったよ」
「そう。……はぁー」
ファノス君は肩を落として落ち込んでしまった。
魔力の通り道に異常が見当たらないと言うことはあの可能性が高いな。とりあえず、ファノス君に魔法を使ってもらおう。そうすれば確証が得られるかもしれない。
「ファノス君、とりあえず一回魔法を使ってみてよ。何かわかるかもしれないから。火魔法でお願い」
「ん? よくわからないけどやってみる」
「うん、お願い」
ファノス君は嫌がることなく僕のお願いを聞いてくれた。
ファノス君は僕から少し離れて右手を持ち上げる。魔力を体から吸い上げ練り込む。右手に魔力が込められていくと徐々に属性に変換されていく。
ファノス君は練習の成果が出ているようだな。
さっき調べた通り魔力には異常がないな。
そうすると、やっぱり感情と気持ちに関係があるのか。それか……。
「……くっ……」
属性に変わった魔力が魔法へと変換されそうになると、ファノス君は歯を食いしばって苦痛の声を漏らした。
ん? 何が起きたんだ。今、属性に変わった魔力が元に戻らなかったか?
ファノス君が苦痛の声を漏らすと同時に煉り高められた属性魔力が元に戻ってしまった。これでは魔法が不発で終わってしまう。
「く……『火よ!』」
ファノス君が声を漏らしながら魔法を唱えたけど、やっぱり魔法は発動しなかった。火がポンッと音を立てて現れたけど一秒後ぐらい経つと掻き消えてしまった。
魔力が巻き戻っているところを見るとイメージか気持ちに問題があるんだろうな。
「はぁ―、やっぱりできなかった。だけど、いつもよりはしやすかったかな」
「それ本当?」
「え、うん。いつもはもっと魔力を込めてこんな感じなんだ。だけど今日は違った。なんかこう、魔力が少なくて済むし、込めやすかった。それに一秒も持ったよ。これも練習の成果かな」
まあ、それもあるだろうけど、ファノス君はこの四日間で印象が変わったよ。なんだか明るくなったし、笑顔が増えてきた。
気持ちが良くなって魔法に対する悪い意識が薄れたんだろう。最初の頃は魔法を使いたいと言いながら、何かに怯えていた感じが伝わってきていた。今もその気持ちが伝わってくるから、完全に払拭はできていないのだろう。
「練習の成果がしっかり出ているみたいだね」
「うん、だけど発動はしなかった」
「それなんだけど……多分、発動しなかったのはファノス君自身に原因があると思っている」
「え? それ、どういうこと……」
ファノス君は戸惑うような表情だ。
自分がいけないと言われた、僕に裏切られた、やっぱり自分が、諦められた、という気持ちが渦巻いているからだろう。
早めに誤解は解いておこう。
「いや、ファノス君が悪いのではないから安心して」
「あ、そうなんだ。なら、どういう意味?」
「えっとね、単刀直入に言うけどファノス君は魔法に対して怯えていない? さっき魔力が属性に変わった、魔法に変換されるときに魔力が元に戻ったんだ。だから、魔法に変換されなかった。魔法を使おうとしたときの魔力から怯えや戸惑いを感じた。それが関係しているもっともな原因だと思う。……何か心当たりはないかな?」
ファノス君は目を少し見開いた。そして何かを考える仕草をした。
何か心当たりがあるんだろう。
例えば、過去に魔法で大怪我をした。精神攻撃を受けた。悪意の魔法を感じた・目撃した。
と、魔法に関して嫌な感情を持ち続けるとファノス君みたいな状態になる。
これが熟練の魔法使いならどうといったこともない。魔法に対しての危険性と利便性を分かっているからだ。分かっているからその状態に至ったとしても立ち直ることが出来るし、その状態に陥ることが稀となる。
だが、これが初心者となると話が変わってくる。その人の性格によるけど恐らくほとんどの人が陥ってしまうだろう。それは熟練の魔法使いと比べると魔法の危険性、利便性、知識、性能……と、あらゆる面に関して劣っているからだ。
それに魔法を習いたて、練習中の者が魔法で片腕を消失する等のことになれば怖くなっても仕方がなく、魔法を無意識に避けてしまうのだ。
多分ファノス君は過去にそういう目に遭っていると思う。
しばらく待っているとファノス君は苦笑いのような笑みを浮かべて、ポツポツと過去のことを話してくれた。
「僕は魔法に怯えていると思う。過去に魔法で命を狙われたことがあるんだ。火魔法で寝ている部屋を焼かれた。その時の火傷や怪我を直そうとした回復魔法が偽りで命を奪おうとして来た。闇魔法で精神操作を掛けられそうになった。何度も暗殺されそうになった……」
簡単言っているけど、実際はもっと酷かったんだろう。
火傷と怪我だから火魔法は焼くのではなく、爆破系の火魔法だな。しかも寝ている時か、恐怖を抱くな。それを回復しようとしたのも偽り。闇で精神を操ろうとされ、心に傷を付けられた。それに暗殺か……。
しかも、その属性はファノス君の適性属性じゃないか。恐怖や不信感を抱いてもおかしくないな。
それと、ファノス君が抱えている問題とで板挟みの最中なのか。
どうしたらファノス君に魔法を使わせられるようになるか。
普通にやっては意味がないな。
じっくりやっている時間もない。このままでいると僕のギルドカードもだけど、ファノス君の問題も迫ってくる。
どうすればいい。
…………そういえば、ファノス君はどうして魔力が込めやすくなったんだ? その練習は魔力が込めやすくなるものじゃないぞ。それは魔力の質と純度をあげるものだ。込めやすくなったということは少しだけ魔法に対する印象が良くなったということだ。
それはなぜだ?
多分、僕の魔法のおかげだ。己惚れるわけではないけど、僕とずっと一緒にいて可能性があるのはそれしかない。
幾百の水の弾丸。燃え盛る炎でできた火竜。風で空を飛ぶ。土の騎士団。夜に輝く星々の幻想郷。
目を輝かせていたし、とても嬉しそうだった。
だとすると、この方法しかない。
僕が魔法でその気持ちを払拭させるしか……。
「わかった。まずはその気持ちを無くそうか」
僕は立ち上がってファノス君に手を差し出す。
ファノス君は落ち込んで暗くなっていた顔を上げて僕の手を見て顔を見た。おずおずと手を伸ばし、僕の手を取った。
僕は手を引っ張ってファノス君を立たせる。
「さあ、魔法の神秘を見ようか」
「うん」
僕はファノス君の手を引いて体全体を風で覆い、空へ飛び上がって、上空数百メートルまで浮かぶ。
「怖くないから、目を開いて周りを見てみて」
僕の右手を両手で掴んで目を強く瞑っているファノス君は、恐る恐る目を開けていく。
しっかりと風魔法で補助をしているから、手を離さない限り不安定になることはないし落ちることもない。
「……ん、わあぁぁー! す、すごいよ、シュン君! すごいすごいすごい! こんな綺麗な景色初めて見たよ!」
「ハハハ……。ね、綺麗でしょ」
ファノス君は景色がかろうじて見えるぐらいの薄目まで開けると一気に目を見開き歓喜の大絶叫を上げた。
僕はその光景が面白くて自然と笑いが零れる。
「あ! あれは王都だ。あんなにちっちゃい。あそこはレーヌ湖だ」
手のひらサイズとなった王都はフィギュアみたいだ。王都を上から見ると聞いていた通り円形の構造だ。四つの道がそれぞれの町に続いている。東側に見える遥か遠くにはガラリアの町が、西側には茶色い荒野とソドムの街が見えた。
レーヌ湖は直径数百メートル、水深百メートルほどの大きな湖でその周りは森と平原に囲まれている。王都から東南へ馬車で半日といったところにある。
「よし、湖に行ってみようか」
僕は空を滑るように飛行して湖を目指す。
◇◆◇
キラキラと太陽の光を反射する湖の水は神秘という言葉がお似合いです。浅瀬の水は足首までの深さで、澄渡る水は底の石の細部まで見えます。
森の方にはシカやウサギ等の動物が水を飲んだり、寝そべって昼寝をしています。
この湖は淡水魚や低級の魔物しか存在しません。だから、比較的安全な場所なのです。
私は初めて空を飛んでここへ来ました。それは私が魔法を使えるようになるため、私がすっきりするためです。
シュン君は私が気付いていない気持ちを気づいたようです。
私は魔法を怖がっていたのですね。それが原因で使えなかったということですか。
初めて空を飛んだ時は淑女あるまじき声を出してしまいました。気付いたのはさっきですよ。
今は平原に座って昼食を食べています。彼が作ってくれた料理なのです。
縁に茶色い焦げ目が付き白色でふわっとした三角形のパンに、茹でた卵を潰し、胡椒とマヨネーズという調味料と一緒に混ぜたものを挟んだものやレタスとトマトの輪切りハム、マヨネーズを挟んだもの、レタスと違うマヨネーズ、カツを挟んで火魔法で焼いた物等です。サンドイッチというらしいです。
他にも野菜と根菜のスープ、ミルクに果物の果実を風魔法で細切れにして入れたジュースです。
どれも王宮で食べる食事よりもおいしい気がします。シンプルなのですがそこがいいのです。
ごてごてといろんな食材を混ぜたものや油の多い物はあまり好きではありません。ですが、この料理は具を作って挟んだだけ、という料理なのです。
特にこのマヨネーズはおいしいですね。
料理をしたことのない私でも作れそうです。
「こういうものは僕でも作れるのかな?」
「ん? 作れるよ。教えようか?」
「いや、今はいい。魔法が使えるようになったらお願いする」
「そう。わかった。それじゃあ、食べ終わったみたいだから綺麗な魔法を見せてあげよう」
シュン君は食べ物と机や椅子を片付けると手をパンパン、と払って私に笑いかけてくれます。
綺麗な魔法ですか……いったいどんな魔法なのでしょうか? 楽しみです。
空の旅に土人形、動く影、星々の神秘。
「それ!」
シュン君の掛け声に合わせて水が浮かび上がりました。水が空高く舞い上がると綺麗だけど化粧の濃い女性の姿になりました。フヨフヨと動いていますが、何と色付きなんです。一体どうやって色を付けているのでしょうか。
水は地形も変えていきます。王室のような部屋でその女性が鏡を見ているのでしょうか?
「シュン劇場のはじまりはじまりー。題目は『白雪姫』」
白雪姫、ですか? そんな題の物語なんてありましたっけ? これでも王女なのである程度の物語は知っているはずなのですが……そんな題の話は知りません。
庶民の間で広がっている物語なのでしょうか?
「昔々、とっても美しいけれど、心が醜いお妃様が居ました。
お妃様は意志を持つ鏡の魔道具を持っていて、いつものようにその鏡に問います。
『カガミよカガミよ、この世で一番美しいのだ~れ?』
お妃様は、鏡の魔道具がいつものように、
『それはあなた様でございます』
と、答えるのを待ちました。
しかし、鏡は、
『あなたの娘、白雪姫でございます』
と、答えたのです。
お妃様は白雪姫の義母です。
お妃様は腹を立て、白雪姫を家臣に頼んで殺させようとしました。
でも、その心優しい家臣は白雪姫をそっと森の中へ隠し、お妃様には白雪姫を殺したと嘘の報告をしました」
シュン君が話し始めた物語は私の知らないものでした。
私は次第に興味を引き出されてきました。
シュン君の話に合わせて鏡にお妃さま以外の顔が浮かんだり、お妃様が白雪姫の姿に怒り狂ったり、新しい水人形の家臣が現れたり、場面が変わって白雪姫が森の家の中に入ったりしました。
「こうして白雪姫は、その森に住む七人の妖精達と暮らすことになりました。
そして、妖精達が山や森に食べ物を取りに行っている間、掃除や洗濯や針仕事等をしたり、ご飯を作ったりして毎日楽しく過ごしました。
『白雪姫、私達が出かけている間、誰も家に入れちゃいけないよ。『いけないよ』あの怖いお妃に、ここが知られてしまうからね』
と、いつも笑いながら言うのでした。
ところがある日、
『カガミよカガミよ、この世で一番美しいのだ~れ?』
と、お妃様が鏡に聞くと、
『山を越えたその向こう側にある森の中、七人の妖精の家にいる白雪姫でございます』
と、こたえたのです。
『な、何ですってー! あの家臣、裏切ったのね! よし、こうなれば』
自分で白雪姫を殺そうと考えたお妃様は、姿を変える魔道具で物売りのばあさんに化けると、毒アプルの実を手に山を越えて森の中の妖精の家まで行きました。
そして、窓を叩いてこう言いました。
『美しいお嬢さんに、贈り物だよ』
『まあ、なんてきれいなアプル。おばあさん、ありがとうございます』」
ああ、なんて厭らしいお妃なのでしょうか。まるであの義母のようです。
白雪姫はそのアプルの実を食べてしまうのでしょうか。食べないでほしいです。
「けれど、そのアプルの実を一口齧るなり白雪姫はバタリと倒れて、二度と目を開きませんでした。
『……よし、息をしていない。これで白雪は死んだ。妖精達も助けられまい。あはははははははははは』
急いでお城に帰ったお妃様は、早速鏡に訊ねます。
『カガミよカガミよ、この世で一番美しいのだ~れ?』
するとようやく、鏡はお妃様の望むことを言いました。
『お妃様が、この世界で一番お美しくございます』
夕方になって帰ってきた妖精達は、白雪姫が倒れているのを見て吃驚しました。
妖精達は件名に白雪姫を介抱しますが、白雪姫は息をしておらず、体も冷たくなっていました。
『諦めるな! 体に傷はないから、毒にやられたに違いない!』
妖精達はいろんな場所を調べますが、白雪姫が蘇ることはありませんでした。
『こんなきれいな白雪姫を、土に埋めるなんてできない』
白雪姫が死んだことを知った妖精達は三日三晩嘆き悲しみ、せめて美しい白雪姫がいつでも見られるようにと、ガラス製の保存の魔道具の中に白雪姫を寝かせて森の中に置きました。魔道具に白雪姫と書き、白雪姫が王様のお姫様であることを書き添えておきました」
し、死んでしまいました。
白雪姫は私に似ています。だから、余計に悲しいです。
私もいずれはこうなってしまうのでしょうか……。
「妖精達が森へ運ぶと、鳥や動物達がやってきてお別れを告げました。
白雪姫は長い長い間、横たわっていました。
でも、いつまで経ってもその体は生きている時と変わらず、まるで眠っているようにしか見えませんでした。
そんなある日、一人の王子が森に迷い込み、妖精達の家で一晩泊まりました。
次の朝、森の中を歩いていた王子は保存の魔道具を見つけました。
近寄ってみると、中には美しい少女が横たわっています。
しばらく我を忘れて見とれていた王子は、魔道具に書かれていた文字を読むと妖精達のこう言いました。
『この棺を、私に譲ってくれませんか? その代わり私は、あなた方の欲しいものを何でもご用意しましょう』
けれども妖精達は、静かに首を横に振りました。
『たとえ正解中のお金を貰っても、これだけは差し上げられません』
『確かにそうですね。これはお金や宝物で変えることは出来ません。
だけどわたしは、白雪姫なしには、もう生きていられません。わたしは白雪姫に、恋をしてしまったのです。
わたしは生きている間、白雪姫を敬い続けます。
だから白雪姫を、わたしに譲ってほしいのですが』
王子は妖精達に何度もお願いしましたが、妖精達は首を横に振るばかりです。
『白雪姫が生きていれば、喜んであなたにお渡ししたでしょう。あなたなら、白雪姫を女王から守ってくれるでしょうから。
でも白雪姫は、もう死んでしまったのです。どうか、諦めてください』
『・・・わかしました。確かにあなた方の言う通りです。諦めましょう。ですが、生まれて初めて恋をした白雪姫に、どうか別れの口づけをさせてくれませんか?』
『はい。あなたなら、白雪姫も口づけを許してくれるでしょう』
妖精達がそう言ってくれたので、王子は棺を開くと、まるで眠っている様な白雪姫に口づけをしました。
すると白雪姫の目がパッチリと開いて、白雪姫が起き上がったではありませんか。
『まあ、私は、どこにいるのでしょう?』
不思議そうに辺りを見回す白雪姫に、王子は大喜びで言いました。
『白雪姫、あなたは私の傍にいるのですよ』
それから王子は、白雪姫に今までの事を話して聞かせました。
『あなたの事は、この私が一生お守りします。
どうかわたしの城へ来て、私のお嫁さんになってくださいませんか?』
白雪姫が妖精達を見ると、うれし涙を流しながら、王子と一緒にいる方が良いと言っています。
『はい。あなたの国へ連れて行ってください』」
生き返りました。よかったです。
私の王子様はシュン君、あなたですよ。(ポッ)
頬を両手で触ると熱くなっていました。
シュン君はよくこんな話を知ってますね。自分で作ったのでしょうか?
「こうして白雪姫は王子と一緒に王子の国へ行くと、世界中の王や王女を招待して、立派な結婚式を挙げる事になったのです。
その結婚式には、義母であるお妃様も招待する事になりました。
お妃様は結婚式に出席するために美しいドレスに着替えると、鏡に訊ねました。
『カガミよカガミよ、結婚式には世界中から多くの后が来ているが、その后の中で一番美しいのはだ~れ?』
すると鏡が、こう答えました。
『お妃様が、もっとも美しい后です。
ですが、この結婚式でお妃となるお方が、世界でもっとも美しい后となるでしょう』
これを聞いたお妃様は頭を掻き蟲って、鏡を壊してしまいました。
『この私よりも美しい后が誕生するなんて!』
腹が立ったお妃様は、出席するのを辞めて自国に帰ろうかと思いましたが、自分よりも千倍も美しい若い后を見ないでは、とても帰る気になりません。
『まあいい。本当に私より美しい后であれば……』
お妃様は気を取り直すと、会場へ入りました。
そして自分より美しく若い后が、白雪姫であることを知ったのです。
『くっ、そっ、そんな。あなたが・・・』
お妃様はその場に立ち竦み、しばらく動く事が出来ませんでした。
お妃様に気付いた王子は、屈強な家来達に命じて后を取り囲みました。
(こ、殺される!)
そう思ったお妃様は、恐怖でその場に座り込んでしまいました。
そこへ王子がやって来て、に言いました。
『あなたが今までにやった事は、全て知っています。
新しく后となる姫を何度も殺そうとした罪は、その命で償わなければなりません。
ですが心優しい姫は、あなたをそのまま帰してほしいと言いました。
ですが、覚えておいてください。
再び姫に手を出す事があれば、わたしが、あなたを許しておかないと』
王子の言葉に、お妃様は自国へ帰っていきました。
おしまいおしまい」
ああ、白雪姫は幸せになったのですね。
憎い后はどうなったのでしょうか? 多分、何か降懸ったに違いありません。
そう思うと、ちょっとすっきりします。
「シュン君、面白かった。魔法の劇もすごい。僕もそのぐらいできるようになるかな?」
「出来ると思うよ。しっかり練習をしていけば絶対にできるようになる。僕も最初は魔法が使えなかったんだから。それからここまで来るのに六年以上毎日特訓したんだよ」
「そうだったんだ」
シュン君の子の強さは自分で高めたものだったんだ。
なら、私だってやればできるかも……。
まずは魔法に対する気持ちを克服しよう。
◇◆◇
ファノス君にもう一度魔法を使ってもらう。
目を閉じて集中しているファノス君は凛としてきれいだ。高められていく魔力も清らかだ。
苦痛の声も漏らさず、魔力がしっかりと練り込まれていた。
先ほどよりも魔力の収束がいいし、変換率が高くなっている。でも、まだ変換が半分も言っていないな。これだと魔法が発動しない。
「…………『火よ!』」
先ほどと同じようにポンッ、と軽い音を立てて火が出てきた。が、五秒ほどしか持たなかった。
どうして消えるのかというと火魔法に大切なのは魔力の火属性魔力だ。魔石で言うと火魔石のことになる。
で、この火属性魔力が火へと変わるんだけど、この魔力が普通の魔力だと意味がない。
「シュン君、やったよ! 持続時間が五倍になった」
「うんうん、よくやったね。今度からこういうのをしようか」
魔法で作った演劇で払拭できるみたいだな。思った通りだ。
あと三回ほどすればどうにかなるだろう。
あとは魔力の持続だけか。
それは僕が手伝えばいいか。
僕とファノス君は依頼品を集めると僕の魔法で空を飛び王都へ帰った。
それから三日間ほどこのような練習と演劇を見せた。
徐々に持続時間を延ばしていくファノス君を見ていると僕を見ているようだった。
僕も最初の頃は持続が出来なかったりしたからな。
まあ、僕の場合は魔力すらない状態の人だったっていうのが原因だったんだけどね。
物語は白雪姫をはじめとするグリム童話と日本の物語を一つにした。赤ずきんちゃんとヘンゼルとグレーテル、かぐや姫だ。
どの話しも好評みたいだったから僕もうれしい。
翌日。
僕とファノス君はいつものように王都を出ると、今日は湖まで行かずに近くの木陰に向かった。
「昨日の段階で恐怖心が大分薄まったと思うから、今日は実際に戦闘級の魔法を使ってみようと思う」
僕は顎に手を当ててファノス君を見ながら言った。
「魔法は火魔法の『ファイアーボール』ね。詠唱は自分に合ったものを唱えること。イメージと詠唱の順序さえ合っていれば魔法は発動するからね」
「わかった。じゃあやるよ。……『燃え盛る炎よ、赤き火球と為りて、敵を撃て!』」
ファノス君の手から魔力が迸り、火属性の魔力となっていく。噴き出た魔力は球体状になり始め火の球の素体が出来上がった。
ここまでは予想通りだな。
後は鍵を唱えて魔法に変換するだけ。
「『……ファイアーボール』」
鍵を唱えた瞬間、魔力の球体が火球へと変わった。
ゴォーッ、と空気を燃やす音を鳴らしながら、火球はファノス君の手から真っ直ぐに放たれた……が、数メートル先で消えてしまった。
「シュン君、できたけどなんかしょぼいね。こんなもんだったっけ?」
確かにしょぼい。
ふむ、これでは戦闘で使えないな。
多分、魔力がまだ完全に変換されていないんだろう。それか温度だな。
「うーん、これだと戦闘級じゃないね。何度も使えば自分でコツが掴めるかもしれないけど、今は時間がないから僕が手伝うよ」
僕はファノス君が魔法を放った手を取って方から一直線になるように掲げた。
ファノス君は握られた手を見て顔を赤らめた。
「え? え、あ……」
「さ、詠唱して。僕もするから」
僕はファノス君の魔力に波長を合わせて混じっても大丈夫なようにする。
これで魔法を放つとファノス君の魔法に干渉することが出来る。
名づけるなら代理魔法かな?
「う、うん。じゃあ始めるね」
ファノス君の呼吸と魔力の動きに合わせて僕も詠唱を始める。
まあ、僕は詠唱を必要としないからいつも適当なんだよね。
「「『燃え盛る炎よ、赤き火球と為りて、敵を撃て!』」」
ん? ファノス君の魔力が戻りは始めている。
僕はそれを感じ取るとファノス君の魔力に干渉して全てが変換するように押さえにかかる。
ファノス君は何かが違うことに気が付き、「ぁ……」と小さく声を漏らした。
ファノス君は感じ取ると目をキッ、と変えて鍵を唱える。
「「『……ファイアーボール』」」
ゴオォォォーッ、という音を立てているが先ほどよりも温度が高いようで音が大きい。
放たれた魔法も数十メートル先の岩を砕くまで止まらなかった。
「感覚はつかめた?」
「うん」
「じゃあ次は一人でやってみて」
僕がそう言うとファノス君は少し残念そうな顔をした。
「ん? 分からなかった?」
「あ、うん。もう一回やって」
僕はその後三回ほどやった。
少しづつコツを掴んだのかファノス君は大分できるようになった。これなら一人でできるだろう。
「もういいだろうね。さあ、やってみて」
「えー、あ、いや、やるね。『燃え盛る炎よ、赤き火球と為りて、敵を撃て! ファイアーボール』」
放たれた『ファイアーボール』は見事に数十―メートル先の木へぶつかり、木を派手に燃やし尽くした。
僕は火が周りに燃え移らないように水魔法で消化して、木魔法で木を再生させた。
「(パチパチパチパチ)ファノス君、おめでとう。これでファノス君は初級魔法使いだね」
「う、うん! できたー! ありがとうシュン君! これも全部シュン君のおかげ。シュン君が居なかったらこんなに早く出来な……いや、一生魔法が使えなかったと思うよ」
「大袈裟だよ。僕じゃなくても気が付いた人がいると思うよ。僕の師匠だったら分かると思うから」
「うんん、シュン君だからだよ。シュン君だからこんなに早くできるようになったんだよ。もっと自信をもって。それに、シュン君の師匠はあの人なんでしょ? なら世界でも十人ぐらいしかいないことになるよ」
「あ、う、うん、そうだったね」
そういえばそうだったな。
僕もSSランク冒険者だったんだっけ。
僕はその気がないからつい忘れてしまうんだよね。
魔力同調は出来なくても、ファノス君の問題を指摘することはAランク以上の実力があれば出来ると思うけど……。
あ、でも、僕の場合はいろいろと違うのか。魔力は一般の人よりもいいだろうからね。
火魔法が使えるようになると他の属性、回復と火も使えるようになった。
一回でも魔法が使えれば後は大体同じだから、イメージさえしっかりできればすぐに発動させることが出来る。
これほど上達が早いと楽でいいし楽しいや。
「どうしたの? 何か変だった?」
僕が笑っていることに気が付いたファノス君。
「いや、教えるのが楽しいなぁって思っていただけだよ」
「そうなんだ」
ファノス君も納得したみたいで、太陽のような微笑みを浮かべた。
「じゃあ、次は魔力が切れるまで魔法を使ってみよう。魔力切れを起こすと魔力量が増えるのは知っているよね?」
「うん、知ってる。魔力枯渇を起こすと回復するときに少しだけ広がるんだよね」
「そうだよ。でも、他に魔力枯渇になれることで魔力が減っても普通に使えるようになるし、精神力が鍛えられて魔法の威力も上がるんだ。寝る前に魔力枯渇をさせて寝るといいよ。今は枯渇すれすれまでやって」
僕もそうやって練習してきたんだよね。でも、最近は魔力量が増えてしにくいし、僕の魔力は周りに影響を与えてしまうからなかなかできないことなんだ。
「魔力はあって困るものじゃないし、成人するまでに限界量に達していたほうが絶対にいいよ。僕はまだ伸びるしね」
「シュン君はどのくらいあるの? 魔力量は。……あ、聞いたらいけないんだっけ? ごめん」
「いや、いいよ、答えてあげる。だけど誰にも言わないでね。知っているのはギルドのギルマス達だけだから」
そういえば今の魔力量はどのくらいなんだろう。
最後に見たのは……大規模魔物侵攻時の時だっけ。
僕はそう思いながら、収納袋からギルドカードを取り出して隠蔽している部分を見えるようにする。
名前;シュン
性別;男
年齢;十一
種族;人間
メイン;魔法 (火、風)
魔力量;七十三万
力;C+
魔力;SSS
防御;B
運;A (神の加護)
属性魔法;火、水、風、地、焔、氷、雷、木、光、
闇、無、回復、召喚
加護;
加護魔法;
称号;
うわあー、十万以上増えているよ。
力に+っていうのが付いている。こんな機能があったんだ。
僕は確認するとファノス君に見せた。
「……え? え? シュン君って何者なの? 僕も多い方だと思っていたけど、まだまだだよ」
尊敬するような化物を見る様な視線が僕に刺さった。
うっ、ファノス君にそんな目で見られると悲しいよ。やるなら尊敬の目だけでお願いするよ。
「しかも、全部の属性が使えるんだ。……この召喚ってシュン君は何か使役しているの?」
「ああ、しているよ。僕がしているのは森で見つけたシルバーウルフだよ。見たい?」
「え? いいの? 見る! 見たい! 見せて!」
ファノス君は僕に見せてと詰め寄ってきた。
僕は笑いながら手で制してロロを呼ぶことにした。
「『ロロ』」
僕が名前を呼ぶと足元が揺らぎ白色のような銀色の毛をした二メートルほどの体躯の狼が出てきた。
僕は首に手を回して首や頭を撫でる。
「ウォン」
「ああ。ファノス君、この子の名前はロロっていうんだ。――ロロ、この子はファノス君っていうんだ」
「くぅ~ん」
「あ、よ、よろしく、ロロ」
ロロはファノス君に近づいて頭を足にすり付ける。
ファノス君は戸惑いながら、その頭を撫でている。
「召喚は誰でも使えるようになるよ。相手に認めさせるか、相手がすり寄ってくるのを待つ。そして、相手と契りを結ぶんだ。『我、汝と契りを結ぶ者。汝、我が呼び声に応え、その力を我が為に振え。 契約』……みたいな。これは対等である、心と心が繋がる契約だよ。他にも無理やり従える、自分が従うというのもあるから気を付けてね。それは奴隷契約がいい例だね」
ファノス君はロロと遊んでいた。僕の話を聞いているのか分からないな。
まあいいや。
「シュン君、ありがとう。ロロもありがとう。今度は僕のも見せるね」
僕はファノス君からギルドカードを貰い見る。
名前;ファノ
性別;
年齢;十一
種族;人間
メイン;魔法 (火、闇、回復)
魔力量;二十万
力;D
魔力;C
防御;C
運;A (神の加護)
属性魔法;火、闇、回復
加護;
加護魔法;
称号;
「シュン君のおかげで魔力がDからCに上がったんだよ」
本当に嬉しそうに笑うファノス君。
一週間ほどで一ランク上がったのか。僕もそんなものだから人のことは言えないな。
まあ、上がって悪いことは何もないからいいか。
「感じていた通り魔力量は凄いね。あと運は僕と同じだね」
「え? あ、うん(ポッ)」
僕はファノス君にギルドカードを返した。
「じゃあ、あと一週間ほど僕が中級魔法まで伝授するね。少しきついかもしれないけど頑張って付いて来てね」
「うん、頑張る」
一週間後。
ファノス君は僕の修行に耐えた。そして中級(一般の)魔法を教えることが出来た。
僕のオリジナルは高度なものばかりだから、魔法の応用だけを教えることにした。
今は最終試験として僕が教えた魔法を全て使ってもらっている最中だ。
「最後は闇魔法『ダークトルネード』ね。これは中級魔法の中でも扱いは上級と言ってもいいぐらいだから気を付けてね」
「うん、分かってる。……『暗き闇よ、禍根の渦となりて、敵を飲み込め! ダークトルネード』」
黒い闇が数メートル先から現れ激しい渦を巻き始めた。
この渦は普通のダメージと状態異常を負わせる魔法だ。麻痺や毒が基本となり、即死まではいかない。結果死ぬことはあるけど……。
「うん、成功だね。今日はここまで。昼からは新しいことを教えるから『ラ・エール』まで昼食を食べに行こうか」
「わかった」
僕とファノス君は空へ飛び上がり、王都に戻った。
戻るとすぐに昼食を食べにセドリックさんのお店へ向かう。
今日はお休みの日だから裏手にある従業員が住んでいる家の方に行く。
家は結構大きくて十人ほどが住めるところだ。ここもセドリックさんのお店の一部として入っていたそうだ。
僕は何か都合がよすぎないかなぁと思っていたりする。まあ、地下にあんなものがあったんだからこんなものが付いていておかしくないな。
家を売っている人は下調べをしなかったのかな?
裏手まで行くとノックをしてララスさんを呼び出す。
「ララスさん、いますか?」
十秒ほど待っているとガチャ、とドアが開く音がして僕がノックをしたドアが開いてララスさんが出てきた。
「シュン様、お久しぶりです」
「久しぶりですね。今日は前に言った氷魔法の特訓をしようと思っているんですが大丈夫ですか?」
「はい、いいですよ。……ですが、本当に私に氷魔法が使えるようになるのでしょうか……」
「それは、ララスさんの努力次第です。が、水魔法が使えるので大丈夫だと思いますよ」
「そうですか……」
僕は厨房の方へ入って行く。
ララスさんはいつもの調理服に着替え、ファノス君は僕の調理服を貸した。僕は前の奴を着ている。
「まず、氷魔法などの派生魔法について教えます」
「うん(はい)」
「派生魔法というのは固有の魔法ではありません」
「え? どういうこと?」
うん、意味わかんないよね。
「えっとね。火や水の魔法は一般魔法という。一般というのは誰もが使える、特別ではない事を示すんだ。それに比べて焔や氷の魔法は派生魔法と呼ばれている。この場合、上級魔法や固有魔法と呼ばれた方がいいでしょう? 派生というのは元があるんだから」
「それもそうですね」
二人は僕の説明に頷く。
「だから、派生魔法というんだ。今回の氷魔法は水魔法の延長線上にある魔法なんだ。――氷というのは水が冷え固まったものなんだ。火が高くなって焔、風が擦り合って雷、地から木が生えるから木。だから派生なんだ」
「なら、どうしてその派生魔法は使えない人が多いのですか?」
「それはイメージがしっかりできていないからなんだ」
「イメージですか?」
二人とも首を捻って考えている。
僕はボールに水を入れながら、続きを話す。
「そうイメージです。派生魔法のイメージは普通の魔法よりも精密にしないといけない。先天的に使える人は別なんだけどね」
「どう別なの?」
「そうだねー……魔力がそれに近かったりする。魔力が冷たければ氷、ビリビリとくれば雷といった感じにね」
僕はそう言って氷の魔力を二人が分かるように噴き出させる。
この調整は結構難しい。
「ほ、本当ですね……」
「うん、ひんやりとするよ」
二人は分かってくれたようだ。
僕は魔力を消して、続きの説明をする。
「この魔力から放たれる魔法が氷魔法になりやすいんだ」
「では、私のように変哲のない魔力では出来ないのでは?」
「いえ、だからイメージなんです」
「あ、そういうこと」
「ファノス様は何かに気が付いたのですか」
ファノス君が顔を上げて手を打った。
ファノス君は僕の修行を初めから受けていたからイメージで意味が分かったんだろう。
「水が氷になぜ変わるのかを気が付けば使えるようになる?」
「そうだよ。もっと言えば凍る過程まで分かることだね。水がなぜ凍るのか、どうやって凍るのか、凍るとはどういう意味か、ね」
「それが分かれば使えるようになると言うことですか?」
「まあ、理論上はですけど……。使えない人は使えませんが、二人は使えると思います。あとは性格によりますからね」
「まずはこの水を凍らせて見せます。凍るとどうなるかしっかり見ていてください」
僕はボウルの横を挟むように持ち、徐々に凍らせていく。
ボウルの表面から徐々に脆い牙のように固まりは始めた。次第に表面まで固まり、完全に固まった。固まったところで手を離して二人に何に気が付いたか聞いてみる。
「二人は何かに気が付きましたか? このボウルを触ってもいいですよ」
二人はボウルの氷を触って「冷たい」等としゃべったり、二人で話し合ったりしている。
水分子はお互いに引き合う引力を持ち、細かに動いている。この動きが激しく引力を振り切る状態のものを気体といい、振り切れなくなると液体、引力に囚われると固体となる。この細かな動き・運動が個体の温度となる。
気体になると拡散し、固体になると凝縮する。
これが分かれば多分使えるようになるはず。
でも、それをどうやって説明しようか……。
「シュン様、よろしいですか?」
二人の話し合いが終わったようだ。
「うん、いいよ」
「では、私から。まず見て思ったことですが、冷えないと固まることはありません。時間が経つと表面から溶けていきました」
「そうだね。水はある温度になると気体と固体になる。熱すれば気体、冷やせば固体とね。それは絶対に変わらない。で、時間が経つと元に戻る、周りの温度に戻ろうとするんだ。前に作ったアイスクリームがいい例だね。ファノス君は何かある?」
「僕は触って気が付いたんだけど、固くなった。あと、表面が盛り上がってる」
「うん、それも正解。詳しい説明は難しいから出来ないけど、氷っていうのは細かい粒が集まってできたものなんだ。気体の時はその粒が広がって、液体はその粒が一カ所に集まる。で、固体になるとその粒が規則正しく並ぶから隙間ができるようになるんだ。だから、表面が盛り上がるんだよ。わかり難いから簡単に言うと何かの入れ物に液体を入れると隅々まで入るけど、固体を入れると隙間ができるっていう感じだと思ってくれればいいよ」
二人が分かるように水を火魔法で蒸発させて、その蒸発した水を氷魔法で冷やして氷にするというのを何回も繰り返す。
これで少しは分かって貰えたかな?
「だから、氷魔法を使うためのイメージは小さな粒が一か所に集まって固まると考えるんだ。とりあえずそれでやってみてよ。詠唱は『凍える氷よ、アイス』ね」
ララスさんは少し離れるとボウルに手を向けて詠唱を始める。
僕はララスさんに魔力感知を向けてララスさんの魔力の属性に交じりがないか確かめている。ララスさんは元から水魔法しか使えないから魔力に交じりがない。
これなら放っておいてもすぐに出来るようになるだろう。
「次はファノス君の番ね。ファノス君は風魔法を使えるようになろうか」
「え? 出来るようになるの?」
「うん。前に言ったけど魔法の属性、一般魔法は誰でも使えるんだ。ただ、難易度が上がるだけなんだよ。ファノス君は風魔法に適性があると思うよ。僕が浮かせたときに干渉が少なかったからね」
「わかった。僕に風魔法を教えて」
「お安い御用だよ」
僕はファノス君に風魔法を教える。
適性の属性として示されなかった魔法は適性の魔法と比べて扱い辛くなる。特に相反する属性がそうなる。
夕方になる頃にはララスさんが少しだけ凍らせることに成功した。後は自分で魔力の調整とイメージをしっかりするだけだ。
ファノス君もそよ風を吹かせることが出来るようになって大はしゃぎだった。
「二人ともあとはしっかりと練習すれば使えるようになるね。ララスさんは一か月後までに使えるようになってね。出来るようになったところで僕が新しいデザートを教えるから」
「はい、わかりました。使えるようになってみせます」
ララスさんは拳を固めて決意を決めた。
これでファノス君の依頼はクリアしたな。後はいろんなことを教えてあげよう。
僕はファノス君の手を引いて外に出ようとすると店の表の方から人が入ってくるのを感知した。それと同時に物騒な声が聞こえてきた。
「本当にこの店か? 聞いていたのと違うんだが」
「間違いないだろう。Aランクの冒険者が改修したらしいぞ。このクリスタルの明かりなんて貴族に売ればどんな金額になるやら。ぐひぇひぇひぇ」
「おいお前ら、しっかりしろ。俺達はこの地下にある例のブツを取りに来たんだろうが」
「それと、見せしめにここの従業員を捕まえて来い、だろう?」
「ああ、そうだ。おら、早くやるぞ」
僕は不思議に思い、厨房からお店の方へ出て行くことにした。
「二人はここで待っていて。僕が様子を見に行ってくる」
僕は二人に隠れて待ってもらうと収納袋から剣を取り出して厨房の外へ行く。
そして、何か危害が出る前に話しかける。
「おい、お前達は誰だ?」
そこにいたのはガタイのいい破落戸と黒い服を着た人物だった。
やっと来たようだな。
「ちっ、気づかれたか」
「相手はガキ一人だ。お前達、殺してしまえ!」
『オオオォォォ』
黒服が後ろに下がりながら、破落戸たちに命令を下した。
向かって来る破落戸は七人。前に倒した破落戸たちよりも動きが精錬している。Bランクといったところだろう。
だが、僕にはあまり変わりはない。
僕は剣で迎え撃つ。
「おりゃー、ぐあ……ガッ」
僕は斧で襲い掛かってきた男の左脇に入り込み、左腕を下から叩き上げる。そのまま右脚を軸に左脚の廻し蹴りで蹴り飛ばし、後ろの三人を巻き添えにする。
その現象に固まった破落戸全員を影で縛り上げて足や腕の骨を圧し折る。
『ギャアァーッ』
「お、お前達。くっ、くそっ」
破落戸は呻き声を上げながら体の力を抜き崩れ落ちた。
それを見た黒服は引き攣った悲鳴を上げて背中を向けて逃げようとした。
僕はすぐに陰で縛り上げて身動きを封じる。
「お前達は『地獄の三つ首番犬』だな」
僕は黒服がしゃべられるように縛っていた影を緩める。
黒服は怯えていたが、僕がそういうと顔色を真っ青にした。
どうやら僕の考えは正しいようだ。
「まあ、それはどうでもいい。お前達の頭は僕の忠告を無視した。だから……潰してやる」
「ひっ」
「さあ、逃げて頭に伝えるがいい。ほら、行け」
「ひ、ひゃ、ひゃあああぁぁぁー」
黒服は何度も頷くと諸手を挙げて逃げ帰って行った。僕は気絶した破落戸を店の外に放り出して、壊れた店の備品を魔法で軽く修理しておく。
「シュン君、怪我はない?」
修理をしていると奥から騒ぎが終了したのに気が付いた二人が出てきた。
「怪我はないよ。そっちは誰も行かなかったよね?」
「うん、誰も来なかったよ。……さっきの人達は何なの?」
「ああ、ファノス君は知らなかったんだっけ? あの人達はこの店に難癖をつける人達だよ。このお店が始まる前からいちゃもんをつけてきていたんだ」
僕はララスさんに目配せをして真実を隠した。
ファノス君は知らなくていいことだ。
「そういう人はどこにでもいるの?」
「まあ、どこにでもはいないけど、大概繁盛する店には出てくるものなのかな?」
「はい、そうですね。前々からしてくる人はいましたね。今日みたいなものは初めてですが」
修理を終わらせてララスさんに今日のことをセドリックさんに伝えてもらい、僕はお店と裏にある住居に結界を張って宿に戻った。
宿に帰った後いつも通り夕食を食べ、魔力の底上げと日課の精神統一をする。
僕はファノス君が寝入った後、『白尾の狐』コートを収納袋から取り出して着ると窓から空へ飛び上がり、この前黒服に聞いた『地獄の三つ首番犬』のアジトに向かう。
場所は第二区画スラム街の西地区にある唯一の酒場の地下にある。
(もしもし? アイネさん。今いいですか?)
僕は約束通りアイネさんに依頼出発の報告を念話で行う。
(え? あ、シュ、シュンくん! ど、どこにいるの? 声が頭の中から……)
(僕はそこにはいませんよ。これは念話です)
アイネさんの声から大変慌てているのが分かった。
(あ、そういえばそうだったわね。本当に念話なんだ……。そ、それで、何かしら? 魔法を教えることで何か不具合でもあった?)
(いえ、そちらは何も困っていません。順調に進んでいます。今日連絡を取ったのは今からあっちの依頼に行くからです)
(――っ!? わ、わかったわ。私もすぐに応援を引き連れてそちらに向かいます。)
(はい、わかりました。場所は第二区画のスラム街です。終了時に空へ光弾を撃ち上げます)
(了解しました。SSランク冒険者シロは直ちに『地獄の三つ首番犬』の殲滅をお願いします。撃ち損ねた者はこちらに任せてください)
(お願いします)
僕は念話を切ってスラム街を目指す。
スラム街には初めて入ったけど思った以上に廃れている。
荒廃した民家、焼失した家屋、罅割れた地面や壁、ゴミの吹き溜まりとなっている道端、路地にはゴミを漁る煤汚れた服の住人。どこを見てもスラムと言わざる負えない。日本では考えられない場所だ。
僕が歩く足音に気が付いた住人が僕の格好が余程豪華に見えたのか突っかかってくるが、僕はそれを無視して酒場を目指す。
酒場に近付くにつれ、付いて来ていた住人が怯えて逃げて行くのが分かった。こちらの方に酒場があるのだろう。
少し行くと明かりが見えてきた。恐らくあそこが酒場であり、アジトなのだろう。店前には二人の大男が門番のように突っ立っている。
酒場がある場所は穴や隙間から光が零れ、辺りを照らしている。中からは騒ぎ声が聞こえる。
「おい、小僧。ここはお前が来るような場所ではない。立ち去れ」
門番は近づいてきた僕に気が付き威嚇してきた。
僕はそれを無視して中に入ろうとすると、門番が体を入れ込んで阻止しようとして来た。
「おい! ガ……カハッ」
僕は一瞥して右手の掌底で魔力を通して黙らせた。
店の中にいた破落戸が外の騒ぎに気が付き、僕の方を向いて怒鳴り声を上げた。が、騒ぎ始める前に魔力を全開にして気絶させる。
バタバタと倒れていく破落戸達。僕は全ての破落戸が崩れたのを魔力感知で感知すると同時に地下への入り口を探す。
(そこか……)
酒場の右上、カウンターにある酒棚の隅に置いてある樽の下に階段があるみたいだ。
僕は『魔力弾』で樽を吹き飛ばす。
中には何も入っておらず、下には四角枠があった。あそこが地下への入り口だ。
僕は地下へ降りていく。
すぐに上の騒ぎに気が付いた破落戸や黒服が部屋の中から出てきて僕に剣や魔法を飛ばしてくる。
僕は手に魔力を纏わせて魔法をはじき、剣が降られる前に『魔力弾』で吹き飛ばす。近くで襲ってきた者には剣を抜きは立って剣を封じ、魔力掌底で昏倒させる。
二十人ほど倒すと僕のことを普通にしては倒せないと気が付き、遠距離からの攻撃に切り替えてきた。
僕はそれを好機と取り、一気に距離を詰めて風の弾丸で部屋ごと吹き飛ばす。
「『エアリアルバースト』」
ズガガガガアアアアァァァン
と、けたたましい音を立てて土の壁と部屋削り取り、人を巻き込んで数十メートル先まで消し飛ばした。
「な、お、お前は……げ、幻影の……白、狐……ギャアアアアァァァァ」
「頭はどこだ?」
黒服が僕の名前を言ったのを皮切りに周りにいた下っ端と思しき者達は皆恐慌状態に陥った。
「や、やべええよおぉぉぉぉ!」
「こ、殺されるぅーッ!」
「答えろ!」
『ガアアアアアァァァァ』
僕は風魔法で腕や脚を斬り付けていく。
「な、何事だ!」
奥の部屋から出てきたのはG他の男よりも強そうな男達だった。盗賊風の男に長剣を片手に持った男、魔法使いのようなローブの男。
「き、貴様がやったのか!」
「頭は誰だ?」
僕はそう言いながら『魔力弾』を放ったが、隣にいた長剣の男が剣で弾き防いだ。
「ほう、これを防ぐのか。……ひょっとしてお前が頭か?」
僕は魔法使いが放った魔法を打ち消しながらそう言った。
聞かれた長剣の男は薄ら笑いを浮かべると、
「フン」
「そうか。……体に聞くしかないようだな」
鼻を鳴らした。
僕は剣を構えてそう言った。
「フンッ」
「はぁッ……『風よ、纏え』」
上段から打ち下ろされた剣戟を風を纏わせた剣で打ち上げ流れで斬り付ける。
キンッ、ガンッ、と甲高い音を立てる。徐々に僕が長剣の男を押していく中、魔法使いの男が魔法を完成させて放ち、僕の背後から盗賊が投げナイフを飛ばしてきた。
「くらえ! 『ファイアーブレット』」
「シュッ」
「チッ。『ウォーターウォール』」
僕は火の弾丸を水の壁で防ぎ、投げナイフを剣で撃ち落とすと左手の『魔力弾』で盗賊を昏倒させる。
「ぐっ、おりゃあぁぁぁ」
「はああぁぁ、ああッ」
魔法使いの男が魔法の詠唱をしている志田に長剣の男が高速の斬撃を食らわせてきた。上下、左右のコンビネーション、受けと払いの受け流し。技量はAランク冒険者並だ。
恐らく、こいつらが幹部なのだろう。
剣を上に払い上げて懐に入るが、俊敏な動きをする長剣の男は背後に躱して掌底をから逃れる。逃れた瞬間に魔法が飛んでくるから僕はそれを無詠唱で相殺する。
(いつまでたっても終わらない。こうなったら……)
僕は剣を切り上げると懐に潜り込みながら一歩さらに踏み込み、後ろにいる魔法使いの男に肉薄した。
「なっ、く、くそっ! 『ファイアーボール』」
「ハっ、(シュッ)」
魔法使いの男は思わず声を上げ詠唱破棄をした火球を飛ばしてきたが、僕は風を纏わせた剣で斬り付け破壊する。二つに分かれた火球は僕の背後で爆散し、僕はスピードに乗って魔法使いの男を切り伏せた。
「後はお前だけだ」
「……みたいだな」
僕は剣を右上段に構えて長剣の男に斬り付ける。長剣は打ち払い、僕は剣を腕ごと後ろに飛ばされる。僕は後ろに飛び去り風の弾丸をいくつも飛ばす。
「くっ、あ、ガッ」
不可視の弾丸を気配を読むだけで防いでいたが、数に押されて何発かあたり動きを止めさせた。
僕はそれを捉えた瞬間に懐へ飛び込み、邪魔な剣を撃ち落として懐に入って掌底を食らわせる。
「く、しまっガアアァ……」
長剣は背後の壁まで吹っ飛び止まった。
僕は右側に見えるこの三人が扉を開けて出てきた扉を開けて奥の行く。
扉の奥はびっしりとコンクリートのような物で舗装されていた。この先に頭がいるのだろう。
魔力感知で調べてみるとまだ幹部級が五人ほどいる。その途中に百人規模の手下がいる。その先にいる奴が頭だろう。
僕は走りながら向かって来る手下を剣や魔法で潰していく。
八十……六十……三十五……。と、数を減らしていく手下に幹部級が焦り始め、僕に無謀な突っ込みをかけてきた。
僕は大きな手斧の男を雷魔法『ライトニング』で感電させ、火魔法使いの女を風魔法で吹き飛ばす。
「この、ガキがあぁぁ!」
巨大なメイスの男が僕を潰しにかかって来たのを右に避け、剣を下から回転させて右腕の肘から先を斬り飛ばす。そのまま掌底を顎に食らわせて崩す。
逃げようとした二人を影で縛り上げ、骨を折って首を絞めて気絶させる。
僕はその後も残党を消して、残るは頭ともう一つの反応のみだ。
扉を潜りついに頭がいるであろう扉の前に到着した。
ガアアァァァン
僕は扉を蹴破って中に入る。
「き、貴様は何者だ!」
「お前達を殲滅しに来た者だ」
「ハッ」
後ろに控えていた男が懐から手を取り出して何かを投げてきたから、僕は剣で弾き飛ばして魔力の弾丸をお見舞いする。
男は横に躱して『魔力弾』を躱した。
感知しているところから見て魔力感知を使えるほどの手練れだな。と、なると『魔力弾』は使えないな。
「くらえやぁぁぁッ!」
大男が手の持ったサーベルで斬撃を加えてくる。、僕は後ろに跳んだりして躱すが、大男はその巨体に見合わないほどの動きで追撃を加えてくる。
こいつが頭だな。さすがはギルドの長だ。
「『エアリアルカッター』」
風の斬撃を飛ばすが、後ろに控えている男が打ち消す。魔力の底上げをする魔道具を付けているみたいだ。
僕は向かって来る頭に氷魔法を食らわせて足元を拘束すると、後ろの男に肉薄する。
「き、貴様ぁぁ! くっ、ぐっ」
頭が氷を砕き動こうとするが、魔力を含んだ氷は固く砕けない。僕はその間に男の間合いに入り、剣で斬り付ける。
「くっ、あなたはもしや『幻影の白狐』ですか?」
「ああ、そうだ。お前達は俺の怒りを買った。俺の忠告を無視したのがこの惨状だ」
僕は剣で斬り付けながら言う。男は短剣で受け流しているが、魔力強化した僕の斬撃は重いみたいだ。
「そう、ですかッ。どうすれば許してくれますか?」
「許す? 俺が親しいものを傷つけられて許すとでも? お前達は既に詰んでいるんだ」
「詰んでいる、んですね……」
「ハアッ」
男の短剣が折れ懐から新たに取り出そうとするが、僕はその隙に風魔法で吹き飛ばして剣の腹で気絶させる。
残すは頭のみ。
頭は未だに氷を砕こうとしている。
僕は頭に近付きながら、剣に付いた血を吹きとり話しかける。
「おい、貴様がこの組織の長だな?」
「ぐっ、ああ、そうだよ! 貴様、貴様のせいで……ガッ」
「知るか」
僕はわめき散らす頭に向けて拳の柄を振り落し気絶させた。気絶したのを確認すると氷を縛るように溶かして、頭を外に連れ出す。それと、傍にいた男も同じように縛って外に連れていく。
恐らくこいつも頭のような存在なのだろう。技量が高かったからな。
「ん? これは……」
僕は机の上に置いてあった紙を取り収納袋の中に入れた。
(アイネさん、今どこですか?)
僕は一応終わったから、アイネさんに終了の念話を送った。
(あ、シュンくん? 今酒場の前に到着したところよ。この辺りに転がっている人は全部、組織の連中と考えてもいいのかしら)
(はい、それでいいと思います。中には違う人がいるかもしれませんが……)
(まあ、それは後の取り調べで判明するから大丈夫よ。それで、どうなったの?)
(あ、はい。今頭を連れていきます。なので、そこで待っていてください)
(了解よ)
僕は念話を切って天井を光弾で撃ち抜き、頭と男を背負って空に飛び上がる。
突如として光弾がスラム街の地面から放たれた。
そこから現れたのは今、大規模魔物侵攻から街と王都を護り切った大英雄『幻影の白狐』だった。
皆がその姿に見惚れ本物かどうか真偽を確かめようとすると、英雄が背中に背負っていた男二人をこちらに放ってきた。
「そいつらが『地獄の三つ首番犬』の頭と参謀だ。氷が溶ける前にしっかりと捕縛した方がいい」
英雄が空を飛んで飛び去るのを誰もが唖然として声をかけられない中、誰かが早く我に返り、声をかけてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! あ、あんたは何者だ?」
英雄はそれを一瞥すると、この場から早くいなくなりたそうな顔をして答えてくれた。
「俺の名はシロ。不本意ながら『幻影の白狐』と呼ばれるものだ」
「ほ、本物か?」
「い、いやわからんぞ」
「偽物かもしれんがこの裏ギルドを一人で壊滅させたんだ」
「そう考えると本物みたいだな」
「だが、この王都には千人規模でいるんだぞ? このぐらいの強さを持つものならたくさんいるだろう」
英雄の言葉を聞いた冒険者達は無意味な憶測を話していた。
英雄はそれに取り合わず、その中でも一番強い人に話しかけた。
「ギルドマスター」
「何かしら」
「後日報酬を貰いに行く。今日のところはこれで。後始末は任せました」
英雄はそういうと空へ飛び上がってこの場からいなくなってしまった。
英雄を追って行く者がいたが英雄は姿を途中で消してしまい、追うことが出来なくなった。




