金貸し
サブタイトルを考えるのに時間が掛かるのは普通なんですかね?
朝早く起きて朝食を食べると、すぐにセドリックさんのお店に向かった。
お店の中に入ると、セドリックさんはオムレツの皿達に囲まれて爆睡していた。どうやら、セドリックさんは昨日買った卵が全てなくなるまでプレーンオムレツを作っていたようだ。
昨日僕が付きっきりで教えた数は五個ほどだ。それから、卵がなくなるまで作るとおよそ四十個は作ったと言うことだろう。
セドリックさんを起こさないように近くにあるオムレツを見ると少し焦げ目があるが、それはいい感じについているキツネ色なので問題ないだろう。
それと同じようなオムレツが五皿ほどあった。
これなら、次のステップに移っても大丈夫だろう。
僕はそう思いながら、セドリックさんの肩を叩いて揺すり起こす。
「セドリックさん、起きてください。セドリックさん」
「……ん……。あ、ああ、シュン君か。おはよう」
「はい、おはようございます」
セドリックさんは寝ぼけ眼で大きな欠伸をすると、両手を上に伸ばして伸びをした。
僅かに椅子が、軋む音が聞こえたけど大丈夫そうだ。
「今日は買い物に行きます。調理器具や食材、雑貨を買おうと思っています」
「うん、わかったよ……ふあ~っ」
「まずは、顔を洗いましょうか。『ウォータ』」
「ありがとう。バシャ……あ~、すっきりした」
セドリックさんは僕が出した直径三十センチの水玉に顔と手を突っ込み洗った。
僕は飛び散った水や水玉を綺麗に消す。
「あ、これはどうしようか?」
「う~ん、そこは考えていませんでした。どうしましょうか」
「とりあえず、このままだと腐ってしまうから、申し訳ないけど収納袋の中に入れてもらえるかな? 入らないのなら別の方法を考えるけど……」
「いえ、大丈夫です」
僕はセドリックさんの提案を聞き、収納袋の中に次々と入れていく。中には食べられなさそうなのがあったから、その部分だけを取り除いて収納しておいた。
「よし、それでは行きましょう」
「うん」
お店から出た僕達は、セドリックさんが昨日食材を買ったというお店がある方へ進んでいる。
場所は大通りからそれた商店街のような場所だ。
大通りは冒険者が買うものが多く、こちらの方に住民が買う物が売られているようだった。
「そう言えば、セドリックさん」
「ん? なんだい」
「知り合いの商人に借金をしているって言っていましたよね? その取り立てもおかしいって」
あまり覚えていないけど、確かゴロツキが取り立てに来るって言っていたはず。
「あー、確かに言ったね。昨日もシュン君が帰った後に十人ほどの集団が来たよ。こっちは料理練習で忙しいっていうのに」
あの後来たのか……。
もう少し待っていればよかったか。そしたら、何かわかったかもしれないし。
「どうおかしいんですか? お金はちゃんと返しているんでしたっけ?」
「うん、返しているよ。借りた額が大体中金貨五枚。月に小金貨一枚っていう約束だからしっかり返しているよ」
「えっと、失礼ですけど、どのようにして稼いでいるんですか? お客が来ないのなら稼げませんよね」
「ははは、そうだね。僕は一応冒険者ギルドに登録しているんだ。戦闘はあまりできないEランクだけど、Fランクの魔物だったり薬草集めはできるからね。それで稼いで返しているんだ」
冒険者ギルドに登録していたのか。
戦闘が出来ないのは本当なのだろう。初めて見た時も一般人の魔力量と同じだったし、気配も強そうじゃなかったからね。
それでも、月に小金貨一枚と食費と維持費を稼いでいるのか。
F、Eランクの依頼は一日に銀貨一枚稼げればいい方だろう。
一般の月収入が大体小金貨三枚弱。四人家族の家庭が月に使う額が小金貨二枚前後だ。
そうするとセドリックさんの使っている額は、返済額の小金貨一枚と食費の銀貨三枚、維持費はよくわからないがあの大きさだと小金貨一枚だろう。
合計で小金貨二枚と銀貨三枚になるのか。
ギリギリの計算だな。
セドリックさんは毎日、依頼を受けているわけではないだろうし、力仕事が出来るわけでもなさそうだからな。
「返済額が小金貨一枚っていうのは結構高いですね」
「そうなんだよね。昨日の朝までは切羽詰っていたんだ。まあ、シュン君が来てくれたおかげで先が明るくなったっていう感じかな。僕が料理を覚えて繁盛するまでは、切羽詰っているのは変わらないけどね」
セドリックさんは朗らかに笑いながら、やれやれと言った感じで言った。
僕がお金を払ってもいいんだけど、それはやり過ぎだと思うからな。
「でも、最初はこの額じゃなかったんだよ」
「え? どういう意味ですか?」
セドリックさんは左手で右肘を下から支え立てた右手で僕を指さした。
「最初は銀貨一枚ちょっとだったんだ。それでも、もう少し低くても、とか思っていたけど、今に比べればどうってことなかったね」
銀貨一枚ちょっと?
それがどうして十倍の小金貨一枚に?
「どうしてそこまで増えたんですか? 返済していたんですよね?」
「僕もわからないんだ。借りてから二か月経った頃から急に増え始めたんだ。理由を聞いても『信用できなくなった』とか、『料理人じゃないだろう』とかで意味が分からないよ」
う~ん……ん?
前世で似たような手口の詐欺があったような気がするけど、あれはなんだったっけ?
第三者がいるはずだったと思う。
「直接その商人の人に言われたのですか?」
「いや、その人に雇われている人だよ。やたら高そうな黒い服を着た偉丈夫が二人、荒くれ者の冒険者のような人を数人引き連れて言ってきたんだ」
セドリックさんは少し顔を蒼くして言った。
それほど怖かったのか。
いや、怖いだろうな。
黒帽子、サングラスを掛け黒い服を着た人が黒光するアタッシュケースを片手に、ポケットから拳銃の柄が見えていたらちびるだろう。おまけに背後にはタバコを咥えた剃り込みを入れたヤクザや鉄バット、メリケンサックを付けているマッチョがいたら失神してしまうと思う。
「商人の人に直接言われたわけではないのか……」
「いや、言われてはいないけど訊きに入ったよ」
僕の呟きが聞こえたみたいで、セドリックさんは答えてくれた。
「最初は納得できなくてこっそり目を盗んで訊きに行ったんだ。だけど、『早く返してください』、『料理作っていないじゃないですか』とか言われてね、要領が掴めなかったんだ。押し問答している間にあいつたちが帰って来て、すごく怖かったよ。恐喝に脅迫、暴力……いろんなことをされたよ」
む、それは本当か。
それが本当なら、僕は、そいつらを許さない。
「暴力といっても痣まで残る様な事はされなかったけどね。精々ど突かれたり店の中まで押しかけてきたりといった感じだよ。店を壊すということもしなかったなぁ」
どこにでもこういう奴等はいるんだな。
僕はこういう奴等が大っ嫌いだ。前世でも同じような目に遭っていたからなおさら嫌いだ。
それに、何かがおかしい。
どう考えても、毎月小金貨一枚は払えないだろう。
この世界には金融というのはないんだぞ。
これではまるで奴隷になれと言っているようなものじゃないか。
「最近は払えないのならこの店を返せとか、利子もあるんだぞとか言って来るんだ。そんな話聞いていないよ」
はあ? どういうこと? 何でそんなことになるの?
それをしたら詐欺じゃないか。
一体何を考えているんだ。
「セドリックさん、行き先を変えましょう」
「どこに行くんだい?」
「その商人のところへ行きます。おかしいっていうもんじゃないですよ、それ。ゴロツキと商人さんがグルなのか、商人も騙されているかのどちらかだと思いますよ」
思い出した。これは、信用貸し詐欺だ。
控えの書類があるのかは知らないけど、手口が似ている。
恐らく、その黒服二人が商人にセドリックさんの悪評でも流したのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ! シュン君は何を言っているの? その商人がグルだって? そんなことないよ。あの人は優しい人だし、騙されるような人ではないと思うよ」
「騙されると言うのは単に騙されているわけではなくて、セドリックさんの情報に騙されているという意味です」
「どういう意味?」
「セドリックさんが真面目ではない、お金を返さずに逃げるつもりだ、と伝えていた場合です」
「そんなことしないよ! それにあの人もそれを信じるような人じゃないよ!」
小声で話していたのに、セドリックさんが急に大きな声を出すから、周りにいた人達が足を止め吃驚してこちらを向いた。
セドリックさんは顔を赤らめているが、僕の方を睨むように怒っている。
「伝えている人は恐らく、黒服の二人だと思います。どのようにして信用を得たのか分かりませんが、普通信用を得た人は信頼されます。いつもは訝しむ情報でも、信頼した人からの情報だと安易に信じてしまうものなんです。
それに、情報を捻じ曲げられたものが伝えられていたりしたらどうします? その商人さんが見に来ていたとしても、セドリックさんが出かけているときや引きこもっているときだったら? その情報がゴロツキ達や商人さんにとって都合のいい方だと余計に信じます」
話を聞く度にセドリックさんは段々顔色を蒼くし、口をパクパクさせる。頭の中は最悪のイメージが出来上がっているのだろう。
「だから、その商人さんのところへ行こうと思います。もし、違っていたらちゃんと理由を聞いておきましょう。それでもダメというのなら、僕が一括で払います」
「そ、それはダメだよ。さすがに、そこまでしてもらうわけには……」
そういうと思ったよ。
だけどね、やっぱり借金なんてしない方がいいよ。
したら、嵌っていく一方だからね。
返せる算段が付いているのならいいけど、セドリックさんはそうじゃないからね。
それにたかが中金貨五枚。たったの五百万だ。僕からすれば微々たるもの。僕の総資産は二十五億だよ。二十五億以上だよ。五百分の一にも満たない。
わっはっはっはー……はぁー。
「いえ、これも料理のためです。借金とゴロツキ共に時間を割かれるぐらいなら、その時間を料理の特訓に当てます。お金は稼ぎだしてから、無理ない返済をしてくれればいいです」
「で、でも……。それに、強そうな人達もいるんだよ? 勝てるわけないよ……」
セドリックさんはとうとうしゃがみこんでしまった。最悪の展開になるかもしれないという妄想とその展開が真実でどうにもならないという絶望に苛まれてのこと。
だけど、そんな展開にはさせない。
僕はそんじゃそこらの破落戸に負けるとは思えない。
僕は、これでも噂の英雄だからね。僕より強い人は国中を探しても百人もいないと思う。
思うだけでそこまで自分に自信はないけど……。
「まあ、なんとかなります。僕はこれでもそれなりに強いですから。お金に関しては心配しなくていいです。五百万ぐらいなら大丈夫ですから。それよりも早く行きましょう」
「シュン君がいくら強いといっても……」
セドリックさんは未だに思い悩んでいる。
仕方がないギルドカードを見せるか? でもなぁ、こんなところで騒ぎを起こしたくないし、もしかしたら誰か見張っているかもしれない。
僕のランクがばれると動きにくくなる可能性があるからな。
「僕の魔法を見ていないかもしれませんが、あれはAランクの冒険者でもできません。できたとしても魔力が枯渇して倒れますね。だから、僕のことを信じてください」
僕は頭を下げて懇願する。
これで駄目なら、結界でも張って隠蔽してからギルドカードを見せてやる。
「……はぁー。わかったよ、シュン君。商人のところまで行こう。それに、あいつらがいるとは限らないしね」
セドリックさんは立ち上がって大きな息を吐くと、腹を括り笑顔になって言った。
「はい」
僕とセドリックさんは商店街から出ると、商人さんがいる商店へと向かった。
今はその商店がある大通りに来ている。
「シュン君、ここだよ。この店の店長が僕にお金を貸してくれた人なんだ。最近、王都に帰って来たって聞いたからいるはずだよ」
ほほう。ここなのか……。
お店の中は、どこかで見たようなお店だった。
冒険者の必需品や野営道具、料理の調味料に香辛料、簡易魔道具なども置いてある。
ここ数か月の間に見た覚えがあるんだけど……どこだったっけ? あまりこういったお店に入らないから限られているんだけどな?
「すみません、店長、ヒュードさんはいますか?」
「店長ですか? 少々お待ちください」
中で商品の確認をしていた人族の女性に、セドリックさんが用件を言った。
それにしてもヒュードか……ガラリアにもいたよね。僕が初めての護衛をした人だったはず。
ヒュードっていう名前は普通に使われているからなぁ、違う人かもしれない。
同じ人だったら知り合いだし、話が聞きやすいな。
女性が入って行った奥の方から人が近づいてくる足音が聞こえて来た。
「いやー、待たせちゃった? 久しぶりだね、セド」
「うん、久しぶり、ヒュー」
出てきた人は僕も知っているヒュードさんだった。
僕がガラリアを立つ数週間前に出て行った行き先は王都だったのか。
数人の護衛を付けてガラリアを出たからどこに行くのか少し興味があったんだよね。
「ヒュードさん、お久しぶりです」
「おや、シュン君じゃないか。久しぶりだね。一か月ぶりぐらいかな」
「大体そのぐらいですね」
「二人は知り合いだったのか?」
セドリックさんが僕とヒュードさんが親しそうにしているのを疑問に思い聞いてきた。
「知り合いだね。僕がガラリアへ向かっている時に盗賊に襲われたところを助けてくれた子だよ。確か、前に話したよね。その後は何度か僕の店に買いに来てくれたよ」
「ああ、あの話の子がシュン君だったのか」
「セドは、シュン君とどういった関係なんだい?」
「僕とシュン君は依頼主冒険者、師弟関係だね。ああ、僕が弟子で、シュン君が師匠ね」
「へぇー、そういう関係なんだ。遂に自分の料理の不味さが分かったんだね。シュン君に任せておけば上手くなるだろうな。――シュン君、こんな料理下手な奴だけど、料理にかける情熱は本物だから最後までよろしくね」
ヒュードさんはセドリックさんをからかいながら、僕に料理を教えてあげて、とお願いしてきた。
ヒュードさんは僕の料理がおいしいことを知っているからな。
それに、頼まれるまでもないこと。
「はい、最後までビシバシ鍛えるつもりです」
「ははは、そうか。それなら安心だ。セドもよかったな」
「くそー、二人して僕をいじめる」
セドリックさんは泣き真似をしながら、しくしくと声に出している。
それを見て僕とヒュードさんは笑いが大きくなった。
「ははは、要件はわかっているから、奥の方に行こうか」
「うん、頼むよ」
ヒュードさんは満足するまで笑うと、店の奥の方へ案内してくれた。
僕は二人の後について行く。
あ、二人は同じ村の出身らしい。
着いた場所は休憩室のような場所だ。大きい机と数脚の椅子が置かれ、机の上には飲み物が設置されている。
「まあ、座りなよ」
「すまないな」
「失礼します」
僕とセドリックさんは一言断りを入れて座った。
ついでに秘密話になるから、隠蔽結界を張っておく。
「それで話って何だい? 違っているかもしれないから、話を聞こうか」
「あー、うん、前にも聞いたお金の事なんだけど、どうして、返済額が増えたんだ?」
「前にも言ったけど、セドは料理を作っているのかい? 今は特訓しているからわかるんだけどね。聞いた話だと作っていないようじゃないか。前に見に行ったとき、セドは中にいなかったんだけどどこにいたんだい?」
ヒュードさんは問いかけるように訊ねる。
「それなんだけど、僕がいなかったのはヒューに返済するお金を稼いでいたからなんだ。冒険者ギルドで依頼を受けて薬草を取りに行ったり、ラビーとかの毛皮を集めたりして稼いでいたんだ」
「それはどういうことだい? いくらセドの料理がおいしくないといっても食べれる・作れる料理ぐらいあっただろう?」
ん? セドリックさんって料理、作れたの?
食べられる料理っていうけど、腐っているのを除けてもあまり食べられたものじゃなかった気がするんだけど……。
「シュン君は疑問に思っているね。僕は少しだけだけど料理を作ることが出来るんだ。パンに挟んだり、生野菜サラダみたいに素人でもできることだけど」
それもそうか。
それで失敗するとか、考えられない。
何も工夫をしなければ絶対に成功する。
あの時のサラダも酸化していただけで、食べられないわけではなかったからね。
「なら、なぜなんだい? 危険を冒してまで外に?」
「よくわからないんだけど、料理の味がおかしいとか、異物が入っているとか、腐っているとか言われてお客が寄り付かなくなったんだ。それで仕方なく……。シュン君に出した料理も買ったばかりの魚だったはずなのに、いつの間にか腐っていた。塩と砂糖を間違えたのは本当かもしれないけど……」
そうだったのか。
ちょっときつく言い過ぎたかな?
魚が半日で腐るとかおかしくないか?
王都がいくら海から遠いといっても魔法を使えば、生きたまま連れてくることも可能なはずだ。
「そうだったのか。それじゃあ、君が踏み倒そうとしているとか、遊んでいるとかいう話はどういうことだい?」
「僕はそんなこと考えていないよ。考えていたらギルドに依頼を出さないし、シュン君に料理を習おうとは思わないよ」
「それもそうか。僕も君がそんなことをする人間じゃないことわかっていたはずなんだけどな? どうしてだろうか」
セドリックさんの話を聞いて、ヒュードさんが頭を抱え始めた。
んー、何か様子がおかしい気がする。
「ヒュードさん、どうしてセドリックさんが戻るまで待たなかったり、黒い服を着た人? に返済のことを頼んだりしたんですか?」
「んー、どうしてだ? どうして僕はそんなことをしたんだろうか? ……わからない」
「それに、月の返済が小金貨一枚というのは高くないですか?」
ヒュードさんは捻っていた頭を戻し、僕の方を向いて言う。
「ん? それはどういうことだい? 僕はセドが遊んでいるようなら、月銀貨二、三枚にすると言ったはずなんだけど……」
「ヒュー、ちょっと待ってくれ! それは、本当なのか! 僕は二か月前から小金貨一枚返済しているんだけど……」
「え!? 僕のところには銀貨二枚しか来ないよ? セド、嘘をついているんじゃないよね?」
「ついているもんか! 確かに小金貨一枚払っているんだ。そのせいで料理を作る時間もない。シュン君が来てくれて久しぶりに長時間料理を作っていたんだよ? 返済のお金、依頼料、食費、店の維持費、いろんなことにお金がかかって切羽詰っているんだけど。ヒューの方も嘘じゃないんだよね?」
二人の主張が食い違っている。
これは完全に騙されているな。
しかも、ヒュードさんはさっきまでセドリックさんのことを信用していたはずのことで悩んでいたはずなのに、急に雰囲気が変わりセドリックさんを怪しんでいるようになった。
やっぱり、ヒュードさんの様子がおかしい。
「ヒュードさんはその黒服に『払えないのなら店を売れ』とか、『利子もある』といいましたか? セドリックさんは利子の話すら知らないようですが」
「はい? どういう意味? 僕はそんなこと一言も伝えてないし、言ってもいないよ。利子なんてかける方がおかしいと思うよ」
これではっきりした。完全に騙されている。
それにヒュードさんは魔法にかかっていると思う。
利子に関しては掛けないのが普通なのか。
まあ、金融というものがないし、貸して逃げられてしまうと捕まえることもできない。地球と違って情報と規制が低いからなぁ、この世界は。
だから、利子をかけても払わないのなら意味がない、という意味だろう。
「ヒュー、どういうことだ。僕は毎日黒服達に店を囲まれて恐怖でいっぱいなんだ」
「そんなこと知らないよ。セドが何かしたんじゃないのか?」
二人の言い合いはヒートアップしてきた。
掴み殴り合いに発展する前に、僕は止めることにする。
「ちょっと待ってください」
「「なに!」」
二人の声が揃い、同時に僕の方へ顔だけ向けた。
「まずは落ち着いてください。――ヒュードさん、あなたは精神魔法がかけられていると思います」
「そ、それは本当かい?」
「可能性があるだけなので、ちょっと待ってください。今から確認します」
「僕はかかっているような気がしないんだけどな……」
セドリックさんは目を見開くほど驚き、ヒュードさんは驚いているようだけど否定してきた。
これは精神魔法にかけられている可能性を上げる。
高位の精神魔法の痕跡や症状を見破ることは難しい。ヒュドラが使った精神魔法は『傀儡』や『傀儡』と呼ばれる魔法だ。
今回のような魔法は『感情操作』や『洗脳』だと思う。この魔法は暗示に似た魔法のことで、少しずつ命令等を刷り込んでいく魔法だ。徐々に変わっていくため、中々気づくことが出来ない。
魔力感知で魔力の歪や使用者の魔力残滓を確認することが出来るが、高位の術者となるとそれは難しいかもしれない。
とりあえず、今は魔力感知で確かめてみよう。
…………っ、見つけた。
やっぱり、精神魔法にかけられていた。
「やはり、精神魔法にかけられています」
「シュン君、嘘はいけないよ?」
「ヒュー、何を言っているんだ! 嘘なわけないだろう!」
「まあまあ、セドリックさん、落ち着いてください。恐らく、そう言うようにかけられているのだと思います。それほど強い術者ではないようなので、一瞬で解くことが出来ます」
「本当かい! すぐにやってくれ」
「はい、『清白なる光よ、彼の者に取り憑きし、悪しき闇を取り払え! 正常化』」
セドリックさんが嫌がるヒュードさんを羽交い絞めにして、僕は椅子の上に乗って右手をヒュードさんの額に当てると魔法を唱えた。
僕の手から流れる清き光は鎮静効果と精神汚染を払う効果がある。疲れている時や頭に血が上った時に使うと血の気が下がり、癒される。
精神魔法を払う一般的な光魔法となる。
光が消えていく頃には、暴れていたヒュードさんは目を閉じて眠っていた。
羽交い絞めにしたセドリックさんはヒュードさんが寝たことが分かると椅子に座らせて、机に突っ伏させるように置いた。
「ふぅー。今は魔法の反動で寝ていますが、目を覚ませば元の状態に戻っていると思います」
「それはよかった。ありがとう、シュン君」
「いえいえ、僕もヒュードさんを助けられてよかったです。僕はこういうのが大っ嫌いなので、放置しておくのは良心が痛みます」
僕は大袈裟に心臓の位置を抑え、体を仰け反らせた。
セドリックさんはそれを見て笑う。張りつめていた空気が緩和されていく気がした。
「……っ……ん」
「お、起きたみたいです。ヒュードさん、僕の声が聞こえますか?」
「ん、うん、聞こえるよ。なんだか、頭の中がすっきりしているよ。おまけに体の疲れまで取れている」
目を覚ましたヒュードさんに声をかけると、目をぱちくりさせた後に大きく伸びをして言った。
どうやら、精神魔法は解けたようだな。
ひとまずこれで一安心。
残すは黒服とゴロツキ共だな。
……僕はそいつらを許さない。地獄を見せてやる。
「ヒュー……」
「セド、今まですまなかった。魔法にかかっていたとはいえ、お前に負担をかけてしまったようだな」
「いや、いいんだ。ヒュー、君が悪いわけじゃないんだ。ヒューも被害者だろう? だから、気にしないでくれ。これからは普通に月銀貨一枚にしてくれるとうれしいけどな」
「そうだな、それがいいだろうね」
いい感じに仲直りが出来たみたいだ。
元は魔法のせいとはいえ、仲のいい友人と仲違いしてしまうのは辛いことだろう。
しかもそれが、第三者の思惑のせいだとしたら尚更。
「それでヒュードさん、その黒服とはどこで知り合ったんですか?」
「ヒュー、それは僕も気になるんだけど……。あと、冒険者崩れのゴロツキもね」
迫られたヒュードさんはその時のことを思い出すように両腕を組んで思い出そうとする。
「確か、最初に知り合ったのは冒険者達の方なんだ。知り合ったのは、大体一年程前だったかな? その時、集団の商隊で王都に向かっている時の護衛の人達だったと思う。で、王都に着いて一週間経った頃に、セドから商売のためのお金を貸してくれと頼まれたはずだ。
それから、ひと月経った頃にまた移動することになって、護衛にきたのが同じ冒険者だったんだ。丁度その時、セドに貸したお金をどうしようか悩んでいたところだったんだけど……多分、その時に僕は魔法にかけられたんだと思う」
「どうしてですか?」
「その冒険者達に『それなら、いい知り合いがいるから一度会ってみないか』と言われたんだ。その冒険者達は、素行がそれほど悪かったわけじゃないから無下にもできなくてね、一度会ってみることにしたんだ」
「それで紹介された人が黒服の二人、ですか……」
「そうだよ。二人とも、見た目はすらっとした細身の体型で、水色の髪と茶色の髪を総髪にしていたよ。ニコニコと笑っていて、物腰も柔らかい人っていうのが印象強いね。最初は何言っているのか分からなかったんだけど、話している内になんだか言っていることが理解できるというか、僕よりも黒服の人達が言っていることの方が正しいような気がしてきたんだ。多分、その時だね。魔法をかけられたのは」
「それで合っていると思います」
多分話している間に魔法を使って催眠か洗脳を行い、自分達の方が正しい、信じなさい、みたいな刷り込みを行ったのだろう。その後もお金を渡すという名目で魔法を強めていったと思う。
そうだな……髪の色からして水と火だから、闇魔法を使ったというわけではないな。二属性使えるっていうのも考えられるけど、それはないだろう。
恐らく、魔道具の類だ。
「その黒服達がここへ来るのが何時になるか分かりますか?」
「そうだね……月初めには返済額を持って必ず来るけど、まだ二週間以上あるからなぁ。他はバラつきがあってよくわからないんだ」
二週間か……。長いな。
せめて数日が理想だけどな……。
これ以上長いと料理の特訓にも支障が来そうだ。
「そうですね……用件があるから来てくれと言ったら、来ると思いますか?」
「う~ん……それなら、来てくれるだろうね」
ヒュードさんは少しの間悩んで答えた。
「なら、『返済額を変える』と伝えてください」
「来たところを捕まえて、白状させるつもりかい?」
「はい、そうです」
「危なくないのか? いくらシュン君が強いといっても、さすがに十数人もの人数を一度に相手にするのは無理なんじゃ……。衛兵に連絡して捕まえてもらった方がいいんじゃないのか?」
傍で聞いていたセドリックさんが僕を心配して言ってくれた。
まあ、普通は衛兵に連絡するんだろうけど、今回は証拠もないからな。捕まってしまうと口を開かない場合も考えられるし、撒かれる可能性もある。
だから、相手が侮っていたりして口が饒舌になっている間に聞いておきたい。
それに、こちらも精神魔法とまではいかないけど、『同調』で確かめることもできる。
この魔法を考えておいてよかった思うよ。
「シュン君、セドに伝えていないのかい?」
「ああ、伝えていませんでした。僕が受けた依頼はFランクで、店と店主のアドバイスだけでしたから。言わなくてもいいかなと思ったんで……」
伝えておこうとは思ったんだけど、思っただけでやめたからな。
ここまで発展するとは思っていなかったし。
「ははは、シュン君らしいね。――セド、シュン君に任せておけば大丈夫だから、そこまで心配しなくてもいい」
「そういうこと?」
「シュン君はこう見えてもAランクの冒険者なんだ。そこらにいる冒険者じゃ太刀打ちできないだろうね」
「え、ええ、Aランクうぅぅ~ッ!!」
セドリックさんは昨日と同じくらいの驚愕を味わった。昨日の改修には声を出ていなかったけど、今日は両手を頬に当て大絶叫している。
狭い室内にセドリックさんの叫びが響き渡り、何事かと思った店員さんがドアをノックする音が聞こえた。
「店長? 何か起きましたか?」
「ははは、い、いや、何でもないよ。気にしないでくれ」
「は、はぁ、失礼します」
今一よく分かっていなかったみたいだけど、店員さんはドアを閉めて店の方へ行った。
「しゅ、シュシュシュシュン君! それは本当なのかい!」
「はい、本当ですよ。これが証拠です」
僕は毎度のことながら、収納袋から銀色のギルドカードを取り出してセドリックさんに見せる。
この作業は何度目だっけ?
結構似ているような作業をしている気がする。
「ほ、本当だ……」
「ね、これなら安心でしょ。相手の冒険者は強くてDランクのはずだよ。Aランクの実力があるのなら、負けるわけがないからね。……そうでしょ? 大英雄、『幻影の白狐』さん」
最後の方はセドリックさんに聞かれないように、僕の方を向き小声で言ってきた。
あああぁぁぁぁぁーっ! 滅茶苦茶恥ずかしい!
何でこんな二つ名が付いたんだ!
それにいつの間にか、『大』英雄になっているんですけど……。この一日の間に何があった……。
補足として、幻影は幻が使えるという意味ではなく、いつの間にかソドムからガラリアにいる、している行動が夢でも見ているようだ、というのが幻影に値する。
「これなら、信じるしかないね。でも、無理はしないでね、シュン君」
「それぐらいはわかっています。無理ない範囲でしようと思っていますから」
「そうか、安心したよ」
無理ない範囲と言ったら、大変なことになるけどね。
遊ぶぐらいでちょうどいいような気がするけど。
「日時はいつにする?」
「セドリックさんはいつがいいですか?」
「そうだね……五日以内に頼める?」
セドリックさんは少し悩んだ後に言った。
僕も五日ぐらいが妥当だと思う。
このお店の周りに手練れの魔力反応が確認できたから、何か接触があるかもしれないし。
「わかったよ。連絡はどうしたらいい?」
「僕の店には来ない方がいいだろうね」
「それなら、僕の宿に連絡してください。名前は“安らぎの旨味亭”です」
「シュン君はやっぱりそこか。ガラリアでもその系列に泊まっていたよね。まあ、僕が紹介したんだけどね」
「シュン君はすごいんだな。旨味亭系列はなかなか泊まれるものじゃないし、あそこの料理は絶品だって聞くし羨ましい限りだよ」
ヒュードさんが納得っと頷き、セドリックさんが羨望の眼差しで僕を見る。
から、僕は一つ提案してみようと思う。
「セドリックさんも食べに来ますか? 僕が一緒だと食べさせてくれると思いますよ」
「本当かい!」
「はい、僕は旨味亭系列の師匠と懇意にしていますから。なにやら、僕のことを触れ撒くっているそうなんです」
「では、ぜひそうさせてもらう」
セドリックさんは切れ長の目をさらにキリリとさせた。
こうなる時はセドリックさん、かっこいいんだよね。
「これで用件は終わりでいいんだね?」
「うん、これでいいよ」
「わかった。……一つだけ言わせてくれ」
「ん? なんだ? ヒュー」
外に出ようと立ち上がった時にヒュードさんが待ったをかけた。
「お前はまだ、商業ギルドに登録していないだろう? シュン君に料理を習うのなら、商業ギルドで登録しておいた方がいいと思う」
「なんでだ?」
「前までのセドの料理だったら、あまりおいしくなくてお客も少ないだろうから放っておいたんだけど……」
「さすがに怒るよ。本当のことだとしても」
「いやぁ、ごめん。……コホン、前までだったらよかったんだけど、さすがにシュン君が教えるとなるとすごく繁盛するだろうからね。これは、商人としてからの勘でもあるよ」
ヒュードさんの目つきが商人のあれとなり、見透かされるような気になる。
買いかぶり過ぎだと思うけどなぁ。
少し違う雰囲気のお店を作ろうとはしているけど、そこまで行くかな?
「ああー、それは、僕も感じた。ヒューは中を見たことあったよね?」
「外見はいいのに内装がボロボロだったね。今度はしっかり見てから買いなよ」
ヒュードさんは内装が改修されたことを知らないから、苦笑して慰めるように言った。
「ヒュー、それがな、シュン君のおかげで改修されたんだ。今は、外見の方に落胆するよ」
「そんなになのかい?」
「うん。あれは、僕も驚いた。貴族の屋敷としても通用するレベルだよ。まあ、ヒューには開店するまでお預け、ということで」
「あああー、くそぅ。僕も早く見たいよ」
セドリックさんが勝ち誇ったような顔でヒュードさんを見下ろし、ヒュードさんは悔しそうに顔を歪めて地団駄を踏んだ。
先ほどと立場が逆になった。
商人としては内装が気になるのだろう。良ければ、貴族に売れるからね。
「まあ、一段落するまで待っていてくれ」
「仕方がないか……。セド、料理頑張れよ」
「ああ」
僕とセドリックさんはヒュードさんと別れて、商店街の方へ戻っていく。
戻る前にヒュードさんから目当てのお店を聞いておく。その時にきらりと目が光ったから、恐らくお金が絡むと睨んだのだろう。
商店街に戻ると既に昼前となっており、商店街は結構賑わっていた。
声を張り上げて今日の一番の食材を知らせるガタイのいい親父、可愛い女の子が店番をしている果物屋、主婦が争うように買い求めている激安セールの食べ物、調理済みの食べ物や現物を捌き・調理しながら宣伝している二人組の男女。
喋っている言語に違いはあれ、どこの世界でも同じようなことをしてお客さんを集めているみたいだ。
「ここが、僕が野菜類を買った八百屋だよ」
店先に置いてある食材は昨日買ってきてもらった食材よりも種類が多い。
トマトやレタス、トウモロコシにかぼちゃ。唐辛子やホウレン草のようなもの、キノコ類も置いてある。
これなら期待できそうだ。
「お、赤髪の兄ちゃん昨日ぶりだな。今日も何か買うのか?」
「ええ、今日は連れの子が選びます」
「そいつぁ、この子のことか?」
艶もいいし、ずっしりとした感覚もある。新鮮な証拠だ。
「おにいさん、これとこれ。……あ、それとあれ、あとあれも。一つずつ持って来てくれる?」
「ガハハ、おにいさんか、わかっているじゃねえか。ちょっと待ってろ。すぐに取ってきてやる」
僕が指差したのは麺類関連と季節関連の食材だ。
マッシュルームやシメジ、パセリや玉ねぎ等のパスタの具。他にもうどんやラーメン、そうめんなどの具もあった。
季節関連は僕が見たことのない食材が当てはまる。
花のような薄い青色でレタスとキャベツの中間のような野菜や二段重ねのキノコ(ツワットダケ)等だ。
店主の親父さんは一つ一つ丁寧に説明してくれた。
セドリックさんは僕が言ったことを守ってくれたようだ。
僕は指差したものを全て買い、他にも昨日使った材料や良さそうな食材を買っていく。
「おにいさん、ありがとうございました」
「おう、また来いよ」
僕は背後に手を振って別れた。
金額は小金貨三枚といったところだ。やっぱり、季節の食材や入手困難な食材は高い。
次に訪れたところは果物屋。
そこも同じように横と器の大きい女将さんが親切に対応してくれた。
買ったものはデザート類や季節の物。
その後も卵や乳製品が置いてあるお店、調味料や香辛料の多いお店、雑貨屋、魚介類屋を二軒、怪しい異国の食材店にも寄った。そこで米を見つけたから何種類か買って、予約をしておいた。よその国から取り寄せているらしくて、たくさん注文する人は予約することになっているらしい。
昼食を適当に露店で済ませて、次の目的の場所へと行く。向かっている場所はローギスさんの鍛冶屋だ。
調理器具や厨房の点検を頼もうと思う。ついでに、掃除道具等の製作も頼んでみよう。
商店街から大通りに抜け、反対側の通路に入って行く。ヒュードさん曰く、この通路を抜けた先に金槌と金属の絵が描かれた看板があるそうだ。そこがローギスさんのお店らしい。
「あ、あそこみたいです」
「ま、待ってよ、シュン君」
通路を抜けて右側を向くと、正面に大きな看板と冒険者達が出入りしているお店を見つけた。
お店はドリムさんのお店の倍はありそうだ。
お店の中には数人の冒険者がおり、武器や防具を手に取って確かめていた。
僕が使っていたミスリル製の剣や魔物素材から作られた武器や防具、魔力を放っている魔武器や魔防具なども置いてある。どれも一級品のようだ。
「ごめんください」
「ん? なんだ? 坊主」
僕は物色している冒険者をつまらなさそうに見ながら、店番をしている筋肉隆々の陽に焼けたおじさんに声をかけた。
おじさんの声はしわがれて威圧感を出していたけど、僕のことを見下してはいなかった。セドリックさんが傍にいるのも関係しているかもしれない。
僕はそう思いながら、収納袋からドリムさんから貰った紹介状を出して手渡す。
「これをローギスさんと言う人に渡してください。ガラリアの鍛冶師ドリムさんから紹介状です」
「わかった、ちょっと待ってろ」
おじさんはすぐに立ち上がり、紹介状を片手に奥の工房がある方へ駆けて行った。
「シュン君、ここで調理器具を作ってもらうんだよね?」
セドリックさんが周りにいる冒険者や縁のない武具の威圧に怯えながら、そわそわと言った。
初めて見る人にはちょっときつかったかもしれないな。
「そうですよ。先ほど渡した手紙は、僕が懇意にしている鍛冶師の紹介状なんです。武具の整備をしてもらうために書いてくれたんです」
「シュン君はいろんな凄い人と知り合いなんだね」
「いえ、僕の知り合いは少ないですよ。王都の知り合いなんて数人しかいません。その前にいたガラリアでも十数人ぐらいです。知り合いが凄い人ばかりというのは合っていますけど……」
ファチナ村を除けた三か所だと、五十人もいないと思う。
一番多いのは一番長くいたガラリアで、一番少ないのはソドムだと思う。いた時間も一番少ないし。
でも、この三か所全ての冒険者ギルドのギルドマスターと知り合いなのは凄いことだと思う。
「おい、お前がシュンという坊主か?」
会計をする冒険者の邪魔にならないようにお店の端でセドリックさんと談笑していると、お店の奥から一人のドワーフが出てきた。
「はい、そうです。僕がシュンです。あなたがローギスさんですか?」
「ああ、俺がローギスだ」
ローギスさんは腹まで伸びたふっさふさの口髭をさすりながら言った。
身体的特徴はガンドさんやドリムさんと特徴は同じだ。筋肉が盛り上がり、ずんぐりとした体つきと肉がこんがり焼けたような褐色の肌だ。魔力量は少ないが、鍛冶や彫金等物作りに使う魔力の扱いはどの種族から見てもピカイチだ。
「こちらにいる男性がセドリックさんと言います」
「は、始めまして、セドリック・ロジスタート言います!」
セドリックさんはぎこちない自己紹介をした。
「それで、何の用だ? 武具の調整に来たわけではないだろう?」
ローギスさんは「最近作ったみたいだからな」と最後に付け足して訊いてきた。
知っているのは、ドリムさんの紹介状に書いてあったからだろう。
「はい、大丈夫です。今日はセドリックさん用の調理器具の製作依頼をしに来ました」
「うむ、それはあれか? 師匠と作ったっていう」
「はい、そうです」
「それなら、手紙と一緒に見本も送られてきたからすぐに作れるぞ」
「わかりました。あと、新しいものも作ってほしいんですが……」
「新しいものだと? それはどんなものだ?」
「えっと……こういうものです」
僕は収納袋から何枚かの紙を取り出した。
紙には、昨日宿で書き起こした道具が書かれている。それはモップや絞り機等の掃除道具、保存庫の母体となる容器、型抜きやカップ等の型や器、計量カップや匙等の量り機。
どれも、詳細とイラスト付きでわかりやすくしているから大丈夫だと思う。
ガンドさんはわかってくれていたし……。
「ほぅ。……これは、掃除用の道具か。こっちは、何か量るための道具だな」
ローギスさんはまだ詳しく説明していないのに、どのような用途で使う物か当てた。
良かった、僕の絵でも理解してくれたようだ。
「それで、お願いできますか?」
「おう、任せろ! 久々に腕が鳴る仕事ができるぞ」
ローギスさんの目が玩具を前にした子供の様に顔を輝かせ生き生きとしだした。
ガンドさんもドリムさんも新しいものや知らない道具の製作を頼むと同じような表情だったなぁ。
「先に調理器具から作ってほしいのですが、どのくらい掛かりそうですか?」
「んーそうだな……調理器具の量と種類にもよるが、それなら複数人で作れるから明日の昼には出来ているだろうな。新作の方は細かい物が結構あるから、五日といったところだな」
ありゃ、そんなにかかるのか……。
それなら厨房の整備は後でもいいか……。仕えないわけじゃないし。
「わかりました。それでは、明後日の朝に調理器具だけ取りに来ます」
「了解だ。それで、あー、セドリックだったか。どの調理器具が欲しんだ?」
「え? あ、あー、その……」
いきなり話を振られたセドリックさんは、自分が何の調理器具を必要としているのか、何の調理器具があるのか分からずしどろもどろになった。
ああ、教えていなかったんだっけ。
「なんだ、兄ちゃん。自分が使う道具なのにわかんねえのか?」
「すみません、ローギスさん。どの器具を使うのか教えていませんでした。――セドリックさんも忘れてました」
僕はローギスさんにフォローをし、セドリックさんの方を向いて謝った。
セドリックさんは気にしていないと言ってきた。
「そうだったのか。それじゃあシュン、どの器具がいるんだ?」
「えー、そうですねー。まず、一般家庭用の調理器具は必ずいります」
頼んだものは結局、僕が頼んで作って貰ったものがほとんどになった。他にも言い合っている間に必要なものが出て来たので、依頼を追加させてもらった。バターナイフやヘラ等のことだ。
「よし、これで全部だな。兄ちゃん、寸法を測るからちょっとこっちに来てくれ」
「あ、はい」
どうやらオーダーメイドで作ってくれるみたいだ。
やっぱり、武具と同じで自分の手に合った器具を使った方が怪我をし難いし、覚えやすいから有難い。
自分専用の、という意識があるだけで何でも大切に扱うしね。
十分ほどお店の中を物色しているとセドリックさんは測り終えたみたいで、二人ともこちらに近づいてきた。
「金額はどのくらいになりますか?」
「調理器具は一万六千二百ガルだが、端数の二百ガルはまけておいてやる。中金貨一枚と小金貨六枚だな。あっちの方は作ってみるまでわからんから、作り終えた後でいいか?」
「はい、それでいいですよ」
僕は中金貨一枚と小金貨六枚を払った。
「では、二日後にまた来ます」
「おう」
僕とセドリックさんは鍛冶屋を後にした。
次は従業員を探しに行く。
普通の広さならセドリックさん一人でもいいけど、さすがにあの広さで外にも展開させると一人では捌き切れないと思うからね。
◇◆◇
カッカッカッ ドンッ ミシ
華やかな廊下を苛立ちの混じった靴音を鳴らせて歩いていた脂ぎった豚のような男は、豪華な装飾の施された扉を乱暴に開けて入った。近くの椅子に勢いよく座ると椅子が引き攣る甲高い悲鳴を上げた。
「おいっ! あいつは英雄に頼み込むようだぞっ! これであいつの娘が魔法を使えるようになったらどうしてくれるんだっ! これでは私の計画に支障が出てしまうじゃないかっ! 貴様があの時止めさせたからこうなったんだぞっ! どう責任を取るつもりだっ!」
豚男が自分一人しかいない部屋の隅を指差しながら、顔を茹蛸のように真っ赤にさせて喚き散らした。辺りに飛び散るのは唾だけでなく、振った指先や顔から垂れる油のような汗も散る。
自分しかいない部屋の隅を差しながら吠える男を知らない人が見れば、妄想癖のある変態さんにしか見えない。
だが、指差された方向から声が聞こえて来た。
「その御心配は無用。なんでも、彼の英雄様は何百人といるようではないか。さすがにこの短時間で絞込み、剰え魔法が使えるようになるまで教えるのは無理があると思われる」
部屋の隅から現れたのは影だった。いや、影が立体となり始め、遂には人の形となっていったものだった。
そいつは黒一色の服装で、顔も黒い布で巻きつけている。どの種族か見当がつかない。
わかることは闇魔法の使い手であることと、相当な手練れであることのみだ。
「だが、本人が出てきたらどうする気だ! その英雄は魔法に長けているというではないか。すぐに使えるようにしてしまうはずだ」
「その可能性は低いだろう」
「それはなぜだ?」
「調査によると英雄様は姿を隠したいみたいだ。どこの誰か知らないが、こうも情報が隠されているところを見るとそう考えていい。それよりも、お前の方の準備はいいのだろうな」
「フンっ、大丈夫に決まっているだろうが。すでに取り寄せ王都に隠してある。お前等と違ってあいつらは金をチラつかせたら、すぐにやってくれたぞ」
豚男は机に上に置いてあった酒瓶を乱暴に取りキャップを開けると、透明なグラスに並々と注いだ。
その酒を口の端から零しながら、一気に飲み干すとタンッ、と軽い音を立てて机に置き二度目を注ごうとした。が、怒りで手が震え零れてしまった。
相当イラついているようだ。
「あいつの娘は私が王になるのに邪魔な存在だ。とっとと諦めて帝国に嫁げばいいものを……。なぜあんな奴に加護なんかついているのだ! 忌々しい」
豚男は近くの布巾で擦るように拭き取ると布巾を投げつけて言った。
「そうイラつくな。イラついていてはなれるものもなれんぞ。加護なんて言うものは神が決めることだ。我々の知る由もないこと。どうせ、神の戯れだろうさ。それに、使えない加護を持っていたとしてもどうといったこともない」
「チッ、使えない加護があるだけでも忌々しいものを、それ以外のことは巧妙に隠してある。余計に忌々しく腹立たしいわ!」
この後も二人の会話は続いた。
少しして消えた黒ずくめの男は、散り一つ痕跡を残さず無音でその姿を闇に取り込み消え去った。




