料理
今日はここまでです。
次回は十一日の午後頃にします。
ギルドを出た後すぐに宿屋へと向かった。
アイネさんに聞いていたから、すぐに着くことが出来た。大通りにある大きな食堂兼宿屋だ。
宿屋の名前は“安らぎの旨味亭”だ。
まさかの『安らぎ』。国の~とか王都の~じゃなかった。裏切られたような気がしなくもない。
宿屋は女将のレーベルさんと料理人のドレブルさんと娘のレンカちゃんの三人で営んでいた。規模もそれなりに大きいみたいだから、その他に従業員が数人いた。
名乗りと共に紹介状を渡すとすぐに親父さんが出てきて握手を求めて来た。
親父さんはまだ三十代後半で、見た目は気弱そうな人だ。それに比べて女将さんは明るくおおらかな人だ。レンカちゃんは六歳で、身長は僕よりも小さい。初めて僕よりも小さい子と話したような気がする。
宿をとるとすぐに依頼主のいるお店へと向かった。
そして現在、僕は憤慨していた。
「ちっがぁーうッ! 一さじは一さじなの! どうして、直接量りもせずに加えるの?」
「ひぃー」
「あああッ! それも違う! 塩と砂糖の区別もつかないの? 砂糖の方が粒が大きいからわかる! それに、砂糖は高価だからあまり使わない!」
「はひぃぃぃー!」
「そこも! しっかりとかき混ぜる! どんな料理も適度に切る、混ぜる、焼くは絶対にいる! その他にもたくさんあるんだから、しっかりして!」
「ふひぃぃぃぃぃぃーッ!」
僕はお店の厨房で一人の男性を相手にあれこれと指を差し、怒号の指示を飛ばしている。
目の前の料理人は二十代前半で、目が痛くならない赤髪を後ろへ編んでコック帽の中に入れている。
僕の指示が飛ぶと同時にその料理人から悲鳴が上がるが、僕は心を鬼にして指示をする。
貰った簡易地図を頼りにして依頼主のお店に行く。
ロロは行くところが料理をするところということで、衛生面を考えてあちらに送ったままにしている。
お店は中央公園を越えた大通りにあった。
白塗りの壁で造られているから清潔感があり、食べに入るのに抵抗がないように見える。表にはオープンカフェが開ける様な場所も確保されている。円形に切り取られた入口にあるのは両開きの扉で、来客を知らせる小さな鈴が取り付けてある。
所々にツタが絡んでいるけど、それはそれで風情があっていいかも。
こんなに綺麗で清潔感の漂う料理屋なのに、どうして食中毒が?
とりあえず、中に入ってみればわかるか……。
チリン、リン
心地よい澄んだ鈴の音を立てながら、店の中に入って愕然とする。
店の中はテーブルが無造作に置かれ、滅茶苦茶になっていた。脇にある窓を見ると埃がこんもりと溜まり、床は食べ物の滓や壊れかけているのか振り板張りの場所もあった。
なぜ? 外は白塗りで清潔感があるのに、中はボロボロでどこかの酒場みたいなんだろうか?
室内の臭いも悪く鼻を悪い意味で刺激する。鼻がおかしくはならないけど、好き好んで匂っていたくはない。
この場でじっと顔を顰めていてもあれだから、声をかけてみることにした。
「すみませーん。冒険者ギルドの依頼できた者ですが、誰かいませんか?」
と、同時に奥の厨房があると思う場所から、物が落ちる甲高い音とドタバタと慌ただしい音が聞こえて来た。
しばらくして、音がなくなり出てきたのは一人の人族の男性だった。
すらりと長い体と切れ長の鋭くも優しげな瞳。肩まで届く軽くウェーブのかかった赤髪は無造作に切られ、切り揃えられていない無精髭は不潔感を漂わせている。着ている服は汚れと焦げ目の付いた黄ばんだ調理服だ。元は白色だったのだろう。
むっ、この人がここの料理人か?
「そ、そそ、そそれは本当か!」
目の前の男性は僕の両肩をグっと掴むと、目を血走らせて唾を撒き散らしながら聞いてきた。
「は、はい。先ほど受けて来ましたけど……」
「や……ったぁぁぁぁーッ!」
僕は耳を塞いで回避。
男性は涙を流しながら歓喜に震え、両手を振り上げ回り始めた。
「いやぁー、よかった、よかった。誰も食べに来てくれないし依頼を受けてくれないから、店を畳まないといけないのかと絶望していたところだったんだ」
「食べに来ても目を剥いて引き返しちゃうし、依頼を引き受けてくれた冒険者達は昼食を食べた後に体調を崩して取りやめちゃうから」
「ここを買うのに知り合いの商人に借金をしたんだけど、取り立てがしつこいんだ。お金は返しているはずなのに、怖い黒服や荒くれ者が恐喝してくるんだよ。意味が分からないぃ。首を吊ろうか考えていたところだったんだ。だけど、君が来てくれた。これから、よろしくね」
見た目よりも明るく社交的なようだ。
僕は頬が引き攣りそうになりながらも、この男性に依頼内容を尋ねる。
「それで依頼の事なんですが、詳しい事を聞かせてくれますか?」
「あ、依頼ね、依頼。依頼は依頼書に書かれているように、この店にお客が寄るようにしてほしんだ。僕ね、ど田舎村にある小さな酒場の息子なんだ。親父の料理が大好きなんだ。将来、自分もおいしい料理を作りたい、って思って店を開いたんだ。それに、食べた人の笑顔も忘れられなくてね。だから、一か八か王都に店を出して一旗揚げてみようと思ったんだけど、全く人が来なくて訳がわかんないよ」
男性は聞いてもいない、自分の身の上話を話していった。
僕は引き攣る笑顔を張り付けながら聞いていた。
「あ、僕の名前はセドリック・ロジスターっていうんだ。苗字があるけど、貴族じゃないからね」
そりゃそうだ。あんたみたいな貴族がいたら、世の中あほばっかだ。
「僕はシュンといいます」
「うん、シュン君ね。わかったよ。では早速、君の意見を聞かせてくれる? あ、その前に昼食は食べた? 食べていないのなら、食べながらでも聞くけど……どうする?」
セドリックさんは厨房の方へ行こうとしながら言った。
う、どうするべきか……。
僕の予感では、すごいものが出てくる気がするんだけど……。
だけど、一度は作ってもらわないといけないと思う。もしかしたら、おいしいかもしれないし……。
「昼食はまだなので、お願いします」
「わかった。適当な席に座って待っててね。すぐに作るから」
男性は早足で厨房の方へかけていった。
あ、おいしかったら食中毒にならないか。
まあ、いいや。食べておかしかったら、すぐにわかることだ。その時はその時で、しっかりと指導をしてあげよう。ふ、ふ、ふ……。
僕は近くにある椅子を引き座ろうとするが、汚くて座る気が失せてしまった。仕方なく、洗浄魔法を開けて椅子に座って待つことにした。
窓や壁、床は酷いがテーブルや椅子はそれほど汚くないし、立て付けも悪くない。
しばらくすると、奥から切る音や焼く音が聞こえて来た。
音は軽快良く聞こえるし、臭いもそれほど悪くない気がする。これなら、期待してもいいのではないかな?
「お待たせ」
十分ほど待つと、料理を両手に持ったセドリックさんが来た。
「今日仕入れた魚の塩煮付けとモロッコと野菜のサラダと手作りパンだよ。とりあえず、食べてみて」
出された料理は黒々と焦げ目の付いた十五センチぐらいの魚が一匹とモロッコ、茹でたトウモロコシの輪切りと生レタスや生玉ねぎのサラダだ。さすがに切ってある。パンは焦げ目の付いた? ような丸いパンだ。
僕はまず、置かれているフォークとナイフで魚を突っついてみる。
魚は鱗がほとんど取られておらず、よく見ると生焼けで中まで火が通っていない。小さくフォークに差して食べてみると、舌に痛みと不快な味が走った。
な、な、なんだこれは……。
魚のくせに甘い。それに、腐っているのか舌に苦いような言い様のない不快な味と痺れがきた。
小さくしていてよかった。一気に食べていたら、僕も他の冒険者達の仲間入りだった。
僕は見えない汗を心の中で拭きながら、次の料理に手を付ける。
サラダは生なのはわかる。だけど、この太さで玉ねぎの生はいけないだろ。レタスは酸化して赤くなっている。モロッコはまだ固く、火が通っていないのかよくわからない。ドレッシングがなく、苦味のみ。
パンは焼けておらず、配分も甘い。
どの料理もはっきり言って、食べられたものじゃない。
カチャン
「ふぅー」
「ん? どうしたんだい? 全然食べていないじゃないか。どこか具合でも悪いのかい?」
僕がそれぞれ小さく一口ずつ食べてフォークとナイフを置くと、テーブルを挟んで座っているセドリックさんが僕のことを心配した。が、僕の心中は怒りに染まり始めていた。
「セドリックさん」
「なんだい?」
「この料理の味見をしましたか? いえ、それ以前に自分の料理を食べたことがありますか?」
僕は怒りを隠して下を向き、平坦な声で言う。
「な、なんだい、いきなり」
「いいですから、答えてください」
「もちろん、食べたことないよ」
「なぜ?」
「そ、それは、お客に出す料理なのに自分が手を付けちゃいけないだろう? 自分の料理を食べないのは、他の料理人の作った料理を食べて研究しているからだよ?」
セドリックさんは僕の不穏な気配に呑まれ、どもってしまうが胸を張って答えた。
僕はその返答を聞き、怒りが呆れに変わっていく気がした。
「はっきり言わせてもらいます」
「……いいよ」
僕は爽やかな笑顔でそう言った。
セドリックさんは一瞬固まった後、冷汗を垂らしながら一言答えた。
「まず、お店から言います。外から見た印象ですが、とても清潔感の漂ういい店だと思います。大通りにあるため人通りもいいですね。場所は他の宿屋や料理屋と離れていますが、民家の密集地帯や冒険者ギルドが近くにあり、客足が遠くなることがありません。冒険者はしっかりと注意をすれば、上がれることもないでしょう」
「そ、それは、ありがとうございます!」
セドリックさんは怒られると思っていたのかビクビクしていたが、僕の話を聞いて頬を綻ばせて喜んだ。
だけど、喜んでいいのは……そこまでだぁ……。
「ですが、それだけです。室内は清潔感どころか、不潔感を漂わせています。窓の汚れに壁や床のシミ。テーブルや椅子等にこびり付いている食べ滓。魔力の切れかかっている電球。厨房はわかりませんが恐らく、油や材料の滓等がこびり付いているはずです。全くもって掃除が行届いていない。料理屋なのだから、清潔面と衛生面は大切であり、絶対に保たなくてはならないことです」
「…………」
「次に、料理ですが……これは兵器です。食べられたものではないですね」
「……え?」
「『え?』じゃないですよ、本当に。まず魚料理なんですが、塩の煮付けなのになぜ甘いのですか? それに生焼けで下処理すら碌に出来ていない。極め付けに腐っている。腐った料理を出す店に客は寄ってきません」
僕は一つずつ懇切丁寧にどこがダメ、何が出来てない、これが甘い、と駄目出しをする。
セドリックさんは聞いているのか分からないが、一つずつ微かに頷いてはいるようだ。
「…………」
「わかりましたか? こんな料理を食べる人はいません。あなたは今まで何をしてきたんですか? お父さんのようにおいしい料理を作りたいのでしょう? この料理をご両親が食べたら怒ると思いますよ? 誰か指摘してくれる人はいなかったのですか?」
「…………」
「セドリックさん? 聞いていますか?」
「は、はい!」
目の焦点が合わず、放心状態になっていたセドリックさんを僕は柏手を打って呼び覚ます。
「し、指摘してくれる人はいたけど、嫉妬しているものだとばかり……。それに、僕が作った料理がまずくないわけがないよ! 親父も『俺の跡を継がずに好きなことをしろ』って言っていた。きっと、親父も嫉妬していたんだ。腐っていたのは偶々……」
「なわけないでしょ? 料理人なら、魚が腐っていればすぐにわかります。魚に限らず、特定の食べ物を除けば色、形、臭い、触感、それらで腐っているかどうかなんてすぐにわかります。魚の場合、目や鰓、体の色がいい物がいいです。他にも鱗や体の弾力も大切です」
僕は煮付けにされている魚の部位をフォークで指しながら、丁寧に教えていく。
料理人を目指しているなら知っておかないと。日本なら知らなくてもよかったかもしれないけど、この世界の料理人は専門で作るところが極端に少ないし、冷凍・加工食品がないから腐る一方だ。料理人数や外食率も日本よりも高いはずだからな。
「はぁー、まだわかっていないようですね。……これを食べてください」
僕は小さく魚を切り取るとフォークで突き刺し、未だに状況を分かっていないセドリックさんの口の中に放り込んだ。
「んぐ……ぶっ、げほっ、ごほごほっ、み、水」
「『水よ』、はい」
「んぐ、んぐ……ぷはぁ」
セドリックさんは少し噛んで、すぐに噴き出した。
僕の方を向いて噴き出しそうになるから、僕はすぐに椅子から飛び降りて回避する。最近こんなのが多いような気が……。
「これでわかりましたね?」
「うん、嫌っていうほど……」
「先ほども言ったように腐っているだけではないんです。『塩』って言っているのに甘い。鱗は付いたまま。中まで火が通っていない。魚の味がしない。どれも料理としては致命的です」
「うっ」
僕が指を折りながら言うと、セドリックさんは見えない攻撃を食らって失神しかけた。
よくこれで料理屋を開こうとしたな。
両親もしっかりと止めろよ。
この料理は兵器だよ。
「それで、これからどうするんですか?」
「これから?」
「そ、これから。まだ続けるの? 続けないの?」
「そ、それは……」
セドリックさんは周知の真実を知り、落ち込む。表情豊かで明るかったセドリックさんは、白くなり今にも消えてなくなりそうだ。
吹けば消える蝋燭のようだ。
「僕は……やめr「もし、続けると言うのなら僕は力になってもいいですし、斡旋もします」……え?」
「料理を教えてもいいと言っているんです。子供である僕でもいいのであれば、ですが。それに、やめて何をするんですか? 失礼ですけど、お金、ないですよね? どこにある村か知りませんが、帰る路銀はあるのですか? 路頭に迷ってスラムや冒険者になるくらいなら、僕の手を取ってください」
僕はそう言って右手を差し出す。
この手を握るも払うもセドリックさん次第だ。払われたとしても、依頼の分はクリアしている。指摘・アドバイスをしてくれ、だったからね。
「子供? そんなの関係ないよ! 料理をするのに子供かなんて関係ないことだよ。あとは僕がプライドを捨てるだけだけど、僕のプライドはそこまで高くないから有難く君の手を取らせてもらうよ」
セドリックさんは迷うことなく、僕の手を包むように両手で握り、上下に激しく振る。
ふむ、いい人のようだ。
普通、十一歳児がこんなことを言ったら正気を疑うか、鼻で笑って追い返すだろう。
僕の経験上そうだ。
「わかりました。僕もやる以上精一杯させてもらいます。血反吐吐く覚悟をしてください。何が起きても逃がしません、よ?」
「う、うん。将来の夢だったし、自分で決めたことだから、絶対に逃げ出さないよ」
僕からは逃げられないよ。
むしろ、逃げようというコマンドすらおこさせない。
「善は急げ、といいますし、早速始めましょう」
「そうだね。それじゃあ、厨房に……」
「何言っているんですか? まずは掃除をします」
僕の手を握ったまま厨房へ連れて行こうとするセドリックさんを引き留める。
「え?」と、不思議そうな声を漏らすが当たり前じゃないか。
「こんな場所で料理が出来ると、食べに来たいと思うとでも?」
「い、いや、でも、おいしい料理を作れるようになってからでも……」
は?
「何言ってんですか。料理はその料理を作った人を表し、その人は店の品位を表し、品位はお店の雰囲気や格を表します。そして、何事も最初が肝心なんです。お店の外見はいいのに、中が汚いと幻滅してお客さんは減る一方です。だから、最初に掃除をします。いいですね」
「はい! 問題ないです!」
それでいいんだよ。
せっかくいい場所にお店があっていい造りをしているのに、中がこんなんじゃあ誰も寄り付かないよ。料理はおいしいだけじゃダメなんだ。家庭ならいいかもしれないけど、ここは料理屋、お店なんだから。
清潔感も大切だし、雰囲気も大切なんだ。そこが分からないと料理人・料理屋を開きたいなんて夢のまた夢だよ。
「では、指示を出します。セドリックさんは僕が言うものを買ってきてください。もちろんお金も出します。いい料理はいい食材を使っていますから。高ければいいというものではないですけど……」
「え? い、いや、それはいいのだけど、シュン君は何をするの? それに掃除をするんじゃ……」
「掃除は僕がしておきます。魔法を使うので一時間もあればすぐに綺麗になります」
「シュン君、魔法使えるんだ」
「言ってませんでしたね。僕はある程度の魔法を使うことが出来ます。僕の持っている魔法の中に汚れを落とせる魔法があるので、それを使います。その間に買い物を済ませてください」
「よくわからないけど、その方がいいんだね? なら、わかったよ。僕は買い物に行って来るよ」
セドリックさんは一つ頷いて了承してくれた。
そう言ったものの、何を作ろうか……。
まず、信じてくれるって言ったけど、僕が料理を作れるところを見せていたほうがいいよね。なら、あれがいいか。
他は、切る・混ぜる・焼く・炒めるがいいだろうな。そのための練習用の料理は……あれとあれがいいだろう。あれなら、この店の雰囲気に合っているだろうし。
…………よし! これでいこう!
僕は思いついた材料を収納袋から取り出した紙に書いていく。
セドリックさんは僕が収納袋を持っていることに驚いているようだ。一々教えるのも面倒臭いから聞かれるまで放っておこう。
「それでは、このメモに書かれている食材・調味料を買ってきてください。場所は特には指定しませんが、鮮度には気を付けてください。あと、値段の確認とお店の信用度も確かめてください」
「ん? どうしてだい? 値段と鮮度はわかったけど、お店の信用度はそこまで気を付けなくてもいいのでは……」
「いえ、信用度は大切です。そのお店が周りのお客から信用されているか、人気があるか、種類が多いか、人当たりのいい人か、何処産か教えてくれるか。どれも、肝心なことなんです」
地球では当たり前の食品の表示が義務付けられている。名称、材料名、添加物、産地、内容量、賞味・消費期限、保存法、製造者などだ。
僕達が欲しいものは原材料だからそこまで詳しくなくてもいい。
まあ、この世界だと名称と産地、使用法、保存法が分かればいい方だろう。
「そうなのか……」
「そうなんです。先ほども言いましたが、高ければいいというものではないです。買うところは大通りにあり、客が多く、店主が気さくな人なほど良く、その周りに違う種類のお店があるほどいいと思います。その方が交友関係も広いですしね。
だから、そう言ったことを聞けるだけ聞いてみてください。渋るところは何かあるかもしれませんから、買わないようにしてください」
「そういうものなんだね。わかった、そうしてくるよ」
「ちょっと待ってください。まだ、お金を渡していません」
僕は銅貨、銀貨、小金貨を中金貨一枚分渡した。
セドリックさんはこれまでのことで驚き過ぎて、何もリアクションをとってくれなかった。
少し寂しい……。
僕はセドリックさんを見送って店の掃除を始める。
まずは、店の中全体に洗浄魔法をかけていく。床やテーブルから窓の隅や壁のシミまで綺麗に出来る所は、全部浮き出させて分解して綺麗にする。
ここまで約三分。
次に魔法をかけ終わると、魔法では取れなかった汚れを火、水、風、地魔法で綺麗にしていく。
まずは、大変珍しい水晶製の窓硝子の曇りを取り除く。水晶は地属性の物体だから地魔法で汚れと水晶に分けて、その後に水魔法で洗って火、風魔法で乾かす。すると、曇りと水晶硝子の中に入っていた微粒子が取れて、透き通るような窓が出来上がった。
僕は簡単に魔法でやったけど、この方法はとても難しい。魔力のコントロールが出来ないと汚れを取れないだろうし、地魔法で水晶を弄るなんて無理だ。少しでも間違えれば割ってしまう。
扉が全部で五つ、窓が大小合わせて二十弱あった。どれも水晶製でとても綺麗になった。
ここまで約二十分。
次に取り掛かったのはテーブルと椅子だ。
立て付けのいい木製のテーブルと椅子だけど、少し傷付き過ぎて座り心地が悪い。印象も悪くなるだろう。
その歪みを直す為に地魔法の上位魔法、木魔法を使う。木魔法は先ほどのように使うことは出来ないけど、木を加工したり操ることが出来る。
収納袋から伐採した木と木片、木屑を取り出して加工していく。普通の背凭れに四角く穴を開けたり、背中にフィットする緩やかなカーブを付けていく。それだけではなく、座る場所も工夫する。このまま座るとお尻が痛くなると思うから、収納袋に余り余っているスネークの皮と鳥形の魔物の毛を取り出して、カバーを作る。背凭れにも横長に取り付けた。
テーブルは少し汚れが残っていたから、風、木魔法で綺麗にする。見ると十台あり、全て同じ大きさだ。そこで、木を加工して同じデザインの二人掛けのテーブルを作った。椅子も量産した。
後は傷を完全に隠すために白い布でも買って机の上に敷けばいいだろう。
全部で椅子四十脚、テーブル十四台。
ここまで約三十分。
次に床だ。床は一から作ったほうがいいのかもしれない。とりあえず隅の方に穴を開けてみると、この木の下はレンガのような石で出来ていることが分かった。
テーブルと椅子を厨房の方へ退けると、床の板を全て剥がした。出てきたのは一枚の薄赤い石のような地面だった。
石と思ったけど、硬い地面のようだ。
これなら地魔法で加工ができるだろう。魔力をたくさん使うが。
僕は地魔法の上位に位置する魔法を使う。さすがに大理石を作ることはまだ出来ないが、フローリングに似た床を作ることはできるだろう。
地魔法で表面を平らにする。平らになった表面に白と茶を基準にして、黒で線引き、赤と青等の色でアクセントを付ける。色の着け方は地魔法を使って塗料に似た土を作り出して固めるだけだ。
それだけだと取れる可能性もあるから、地魔法で表面をコーティングした。
ここまで約四十五分。
最後に壁だ。壁は綺麗にしたため白一色となった。所々にシミや罅があるから、そこを地魔法で覆ったり修復したりする。
白一色というのも目に悪いから、木材を使って下から三分の一位を覆っていく。その木を腐敗しないように、慎重に水魔法で乾燥させて風魔法で磨き艶を出す。
厨房のある方の壁は白だと汚れが目立ってしまうから、レンガのようなつくりに変えておいた。
ついでに、体を浮かせると電球に魔力を補充しておく。
ここまで約五十五分。
まだ帰ってこないから、内装を弄っておく。
厨房の反対側に注文・会計が出来る場所。注文が取りやすいようなテーブルの配置と番号を振る。
後で、このお店のトレードマークを椅子の刻んでもいいかもしれない。
それにしても、魔法って便利すぎるだろ。
一つずつ手作業でしていた作業や工程が一気に進められるし、時間の短縮もできる。
まあ、魔力や技量がないとここまで早くはできないだろうけど。
この作業でおよそ十万の魔力を使ったからな。
チリン、チリンリン
鈴の音がしたから誰かが入ってきたようだ。恐らく、セドリックさんだろう。
ドサッ
「…………」
「あ、お帰りなさい、セドリックさん。掃除は粗方終わりましたよ」
セドリックさんは両手に持っていた大きな買い物袋を床に落として、ポカーンとしている。
両手に持っていた袋は全部で四つ。しかも、地球さんキャベツが八玉は入るであろう袋一杯に、だ。
そういえば、数に指定とかしなかったな。
お金を全部使ったんだろうな。
ま、中金貨一枚ぐらいどうでもいいけど……。
「……いや、これ掃除じゃないよね? 前の面影が全く残っていないような、気が……」
む?
言われてみれば、これは掃除じゃなくて改修だな。
だが、やってしまったことは仕方がない。
「やり過ぎました? 戻せっていうのなら、戻しますけど……」
僕はこっちの方が清潔感も清涼感もあっていいと思うんだけど……嫌ならしょうがない。
面倒だけど、戻すか。
あ、もしかしたら自分で掃除をしたかった?
いや、でもそんなわけないか……。今まで掃除一つしてなかったし……。
やっぱり、戻すか。
「いやいやいやいや、戻さなくっていいよ! とぉーっても有難い! よく見れば、壁とかそのままだし、綺麗になってよかったよ! それに、戻すのは面倒でしょ? このままでお願いします!」
僕が片付けた廃材を収納袋から取り出そうとすると、セドリックさんは瞬間移動したかのようなスピードで僕に近づき、僕の手を抑える。
「でも、掃除じゃないですよ? 勝手に改修しちゃったし……。それに、この内装、嫌じゃないですか?」
「嫌じゃないよ! とってもいい空間だね! 文句なんて付けられないくらい! ぼ、僕もね、そろそろ改修しようかなぁ、って思っていたところだったんだ。助かったよ」
「そうですか。安心しました」
僕は胸に手を当ててふぅー、と息を吐くと心底安心しました、という態度をとった。
まあ、ダメって言われないのはわかっていたけど。
「何かあれば言ってくださいね。ここはセドリックさんのお店なんですから」
「うん、わかったよ」
「それで、材料の方はどうなりましたか?」
僕は入り口に置きっぱなしになっている袋を見ながら言った。
「あ、そうだったね。……よっと、っしょっと。まず、こっちの二つは野菜が中心に入っているよ」
袋の中には真っ赤で瑞々しいトマト。ずっしりとしたレタスやキャベツにかぼちゃ。あとは、緑黄色野菜が多数と根菜、玉ねぎやトウモロコシなどが占めている。
「この袋が肉と魚だね」
肉は各部位が少しずつ買ってある。
魚の名前はわからないけど白身と赤身が半々といった感じだ。
名前はあとで訊こう。
「最後が卵とミルク類、調味料や香辛料だよ」
紙に包まれた卵が五十個以上ある。
この世界の卵はコッコという魔物から取れる。
コッコは鶏のような外見をしているが二回り大きく、温厚な魔物だ。大きい分、卵も大きい。
ミルク類とは言ったけど、所謂乳製品だ。
瓶のような容器に入った牛乳やチーズのような塊ぐらいだな。小麦粉類も入っていた。
調味料は基本を一式。
香辛料も同じだ。
「中には売り切れや在庫の少ない物があったり、僕もお店の人も知らない物があって買えなかったよ。ごめんね」
「いえ、これだけ集まれば、まず大丈夫だと思います」
これだけの量があれば、明日まで練習させられるだろう。
「じゃあ、次は料理だね! では、厨房へ行こう!」
「まだです」
「え? まだなの?」
「はい、まだです」
セドリックさんは又もや、不思議そうな声を出した。
少し怯えているようにも見えるけど、今回は違うから安心してください。
「聞きたいことがあるので、とりあえず座ってくれませんか?」
「……? まあ、いいけど……」
袋を置いたテーブルの横にある椅子を引いて座る。
そういえば、椅子の座り心地を調べてなかったっけ?
……うん、触り心地、座り心地、共に良好。
セドリックさんも椅子の上で感触を確かめるように体を動かしている。
「この椅子は、なんだか、すごいね」
弾みながらしゃべっているから、声が詰まっている。
「魔獣の毛と皮を使っています。どちらの魔物もこの辺りで出没するFランクの魔物ですから、依頼を出せばすぐに集められる材料です」
僕は材料だけを言っておいた。
作り方は職人なら見ればわかるだろう。
「ふ~ん。……それで、聞きたいことって何だい?」
セドリックさんは物珍しい椅子から目を離して訊いてきた。
「それはですね。まず、このお店の種類は何ですか?」
「お店の種類? 料理屋なのだから、食べ物屋だよ」
セドリックさんは何を言っているんだい? といったように首を傾げた。
「いえ、そういう意味ではなく、料理屋の中でも住民や冒険者等が行く大衆食堂、女性のお客の多い喫茶店、お菓子を専門に扱うお店などです。その中でもさらに分かれます」
この世界は圧倒的に大衆食堂が多い。
というよりも、お菓子や喫茶店といったお店に行くお客は貴族が多く、庶民には縁のないものとなる。
「他にもですが、女性向、子供向き等どのお客層を相手にするのか。貴族向けか庶民向けか、将又王族までも狙うのか。決めた後の料理は何を中心にするか。肉中心、野菜中心、デザート中心、あさっり系、こってり系等です」
「うーん、そうだなぁ……」
セドリックさんはどうしたいのか悩んでいる。どうしたいのか漠然としか決まっていなかったようだ。
そうなんだよねぇ。
この世界の料理屋のほとんどが、そう言ったことを考えずに作っている。全てがそうではないけど、そう言ってお店は極少数しかない。
悩んでいるようだし、ヒントを出してあげよう。
「例えばですけど、僕ならこうします。まず、このお店の外見が白塗りの壁ということで爽やかさを醸し出しています。造りも食堂といった感じではなく、どちらかというと喫茶店に近いです。それは冒険者向きというよりは、女性や子供、カップルなど住民が親しみやすく、馴染みやすいです。そのため、内装をこのように落ち着いた感じにしました。
次に料理ですが、あっさりした料理やお手頃な料理を中心とします。他にもジュースやコーヒー等の飲み物やデザートを出します。外にオープンカフェが開けるスペースがあるので、外で食べられるように有効利用します。お持ち帰りさせるのもありでしょう」
僕はセドリックさんに僕の考えを伝えていく。
セドリックさんは時折、相槌を打ったり頷いたりして感慨深いように聞いていた。
「以上です。わかっていると思いますが、これはあくまでも僕の考えです。僕の考えをそのまま使わないようにしてください。でないと、このお店は僕が考えたお店となります。僕の立場は協力者、という立場ですから」
少しやり過ぎてしまった感もあるけど、まだまだ許容範囲いないだろう。お店の改修は、要望を聞いてからした方が良かっただろうか?
まあ、一日もあればすぐに修繕できるからどうでもいいか。
「……そうだなぁ。僕がこの場所を買ったのは安いっていうのもあったけど、何より僕のイメージに合っていたからなんだ。……シュン君も料理人になるだけなら、実家の酒場でもいいんじゃないかと思わないかい?」
そこは少し気になってた。
最初の内は、誰かに修業を付けてもらうのが当たり前だ。
出来ない環境ではなかったと思うし。
「まあ、そうですね。わざわざ、王都まで来て自分の店を開く、なんていう一か八かの賭けに出ようとは思いません。まだ、師匠を探したほうがいいかもしれませんし」
「ははは、辛辣だね。僕も最初の内はそう思っていたよ。特にお客が寄り付かなくなった時とかね」
セドリックさんは苦笑して悲しそうな、辛そうな表情で言った。
「でも、僕はそれをしなかった。僕のイメージはシュン君が言ったような感じだよ。僕は料理は好きだけど、お酒や酔っ払いが駄目なんだ。それに、僕のイメージ通りの料理を作っているお店がなくて、弟子入りするお店がなかったんだ。どこでもいいから弟子入りした方がいいとも思ったけど、意固地になっていたんだよ。僕が僕自身の料理に自信を持っていたことも拍車をかけていたんだろうけどね」
「そうだったんですか」
「うん。さっきも言ったけど、僕のイメージはシュン君が言ったようなお店だよ。だけど、ターゲットは万人受けを目指している。それでも、お客は選ぶけどね」
セドリックさんの目が理想の将来像を思い浮かべて光り輝いている。
そういうお店がいいのか……。
地球で言うハンバーガーチェーンMだったり、ファミレスが理想になると言うことか。
「ここは外見だけで買っちゃって内装を見ていなかったんだ。初めて中を見た時は驚愕ものだったよ。なんで、中を見なかったのか、ってね。少し前も違意味で驚愕したけど、内心これならいける! って思っていたよ」
あの時は、内装の変化に驚いていただけじゃなかったんだな。
喜んでくれていたみたいだし、僕がやったことは間違いじゃなかったということだね。だけど、今度からは聞いてから行おっと……。
「それでお店の方なんだけど、基本はシュン君が言ったようにしようと思う。料理はお手頃な料理を基準にする。他には軽食やデザートなんかがいいね」
「それは、料理を提供すると言うよりはこのお店、雰囲気を売りにして、その合間に軽く食べてもらうっていう感じですか?」
「うん! そうそう、それだね。もちろん、お腹が膨れる料理も作るよ。だけど、お客さんにはこのお店でゆっくりとしてほしんだ」
これはつまり、癒しを売りにするということだね。
貴族層の方には似たような場所があるかもしれないけど、庶民層の方にはないだろう。
ガラリアにもこのような考えのお店はなかったはず。
これは上手くいけば売れるんじゃないかな?
肝心なのは料理とお店の空間・雰囲気だな。
いや、それ以上に貴族や荒くれ者の冒険者等から護らないといけないかもしれない。あとは、商人等の同業者からの横やりもかな?
「基本方針はわかりました。お店の内装などに関しては、僕がセドリックさんの要望を聞きながら、変えていきましょう」
「そこまでしてもらうのは……」
「いえ、依頼の達成はセドリックさんが納得するかお店が軌道に乗るまでですからね。僕としては、軌道に乗って繁盛するまで近くで見ていたいです」
「そう……。ありがとう、シュン君」
「まだお礼は早いですよ、セドリックさん」
「そ、そうだね。最後まで頼らせてもらいます」
「こちらこそ、お願いします」
僕とセドリックさんは改めて強く握手をした。
「では、いよいよ料理指導に入りたいと思いますが、最初に厨房の掃除をしたいと思います。魔法で簡単に掃除はしましたが、中を見ていません。だから、調理器具や厨房の点検をしたいと思います」
「……お手柔らかに頼むよ」
椅子から降りて、厨房の方へ行く。
僕はセドリックさんの後について行こうとして一つし忘れていることに気が付いた。
「ああ、忘れてました。セドリックさん、ちょっとこちらを向いてください」
「ん? なんだい?」
「『クリーン』……はい、もういいですよ」
セドリックさんの黒ずんだ髪や黄ばんだ服が綺麗になる。髪は艶のある赤髪に、服は所々破れや痛みが見えるが真っ白になった。
これで、ほとんど綺麗になっただろう。
最初の内に綺麗にしておけばよかった。
「おお、これは、また……」
「これからは、手洗いうがいに気を付けてください。衛生面は店だけではないですよ」
「うん、そうだね。それじゃあ、改めて厨房へ行こうか」
四つの買い物袋を持って厨房の方へと入って行く。
「…………」
「あはははは……」
厨房の中は、僕の魔法の効果によってある程度の汚れは取れていたけど、まだまだしつこい汚れが取れていなかった。
調理器具の錆び、壁や床の罅、痛みが目立つ。それよりも調理器具の少なさ方が、より目立つかもしれない。
一種類の包丁に二つのフライパン、大小一つの鍋ぐらいしかない。
これじゃあ、一般家庭と同じだよ……。
これは、明日買い物に行かないといけないな。ついでに、ドリムさんに貰った紹介状を見せて作ってもらえばいいか。確か名前は……ローギスさんだったな。
「いやー、なんか、ごめんね」
「はぁー、明日買いに行きましょう。今日のところは簡単な料理を作ります」
「ほんと、ごめんね」
セドリックさんは自分の心構えと管理の無さに罪悪感を感じているようだった。
「今日のところは僕の器具を貸します。それで、作ってみましょう。まずは、僕が作りますから見ていてください」
僕はそう言って、収納袋から調理器具の入っている箱を取り出して、広い台の上に置く。
箱を開けるとセドリックさんが感嘆の声を上げた。
「おおー。見たことのある器具よりも見たことのないものがたくさんあるよ。一体何の料理に使うものなんだろうか……」
前半は感想で、後半は独り言だ。
見た感じ、良い器具の見分けはついているようだ。
これなら、教えがいがありそうだ。
「器具の説明はあとで行います。まずは、僕の技量と手順を見ておいてください。質問はそれを食べながら受け付けます」
「了解」
僕は早速、料理に取り掛かる。
まず作るのはグラタンだ。
この世界の料理は地球の料理と似ている。まあ、食材のほとんどが同じだから、当たり前ではあるんだけど。
そのため、味覚も地球人に近い。
袋の中からパセリ、玉ねぎ、鶏肉、エビ等の海産物、小麦粉、牛乳、塩、胡椒、バターっぽい物、チーズを取り出す。収納袋からはコンソメの元を取り出す。
フライパンに火を当て、油をひく。
熱した所へ、一口大に切った鶏肉を入れ、塩と胡椒を振り掛ける。
次に適度な大きさに切った玉ねぎを加える。
ある程度火が通ったところに小麦粉とバターを加える。小麦粉はすぐにくっ付くから焦げないように混ぜる。
しっかり混ぜながら、牛乳を数回に分けて入る。
混ざり終えると海産物を入れ、コンソメを少量と塩胡椒で味を調えていく。
出来上がったら、収納袋から取り出した陶器の底の深い器に入れ、細かくしたチーズとパセリをふり掛ける。その後、火魔法で焼く。
この世界にはオーブンがあるけど、高くて庶民は買うことが少ない。
焦げないように火魔法で囲み、円形にする。横に空気の逃げ道を作っておく。
火力が今一わからず、何度も見ながら行ったが、何とか完成させることが出来た。
まだ熱いから、布巾の上に冷めるまで置いておく。
二品目はあっさり系のスープだ。
玉ねぎと人参をベースにしたコンソメスープとトウモロコシやかぼちゃのスープ、肉と野菜を混ぜた実だくさんスープだ。
三品目はサラダにしよう。
レタスやトマト等を冷水で洗い、適度な大きさに切り分けて盛り付ける。
酢があるから塩胡椒と食物性油、卵、ピリッとする果実マスカ草を細切れにしてよく混ぜる。
ここで便利な風魔法。飛び散らないように風で蓋をして、中をミキサーのように高速回転させる。
ものの数分で完成した。
四品目はお菓子類だ。
ジャガイモを薄くスライスして揚げた物や棒状にして揚げた物だ。他にもサツマイモに似た黄色い芋を同じようにする。
ポテチの味は塩とコンソメの二種類で、サツマイモスティックは砂糖の粉末とバターを添えた。
味見をすると中まで心が通り、ふっくらと仕上がった。
最後にセドリックさんの練習用料理オムレツ。
オムレツは初歩の初歩プレーンにしよう。恐らく、中に具を入れることはできないだろうから……。
卵を大きめの器に入れてかき混ぜる。そこに牛乳を少し混ぜておく。
熱したフライパンにバターを引き、キツネ色になった所に溶き卵を入れる。
少し待って縁が固まり始めたらフライパンの端に寄せながら、オムレツの形に成していく。卵が焦げ付かないうちに引っ繰り返して形を整える。
中がふわっとろの状態で火を止め、皿に盛り付ける。
トマト、ニンジン、玉ねぎを取り出し、細切れにする。熱したフライパンに入れて、ペースト状になるまで煮詰める。
塩、砂糖、酢、コンソメで味付けをして、ガーリの実を少量入れて味と香りを付けるとケチャップの出来上がりだ。
ケチャップをプレーオムレツに掛けると、全ての料理が出来上がった。
「完成しました。僕が作った料理は海鮮グラタン、四つのスープ、サラダとマヨネースという調味料、ポテトチップスとスティック、最後にセドリックさんにこれから作ってもらうプレーンオムレツです」
「……っんぐ、おいしそうだね」
セドリックさんは溢れ出した涎を飲み込んで一言感想を呟く。
おいしそうじゃなくて、おいしんだよ。
「どうそ、食べてみてください」
「う、うん」
セドリックさんはスプーンを片手にコンソメスープに手を付けた。
僕はグラタンを食べようと思う。
ハフ、ハフ……あー、おいしい。
最後に師匠に作ってから一度も作ってなかったな。
どこかで料理をする場所を作ったほうがいいかも。
と、なると……家だな。
まあ、今はいいや。それよりも、今は食べよう。
セドリックさんは既に半分ほど食べているし。
「あー、満腹、満腹。おいしかったよ、シュン君」
食べ終わったセドリックさんは背凭れに凭れながら、至福の時を過ごしたかのような恍惚とした顔をしてお腹をさすっている。
僕はコーンスープに口を付け飲み干す。
トウモロコシの甘味が口いっぱいに広がる。よく日に当たる場所で育てられたのだろう。
「お粗末様でした。……どうでしたか?」
「う~ん、どれもおいしかったよ。今まで食べてきた中で、一番おいしかったと思う。その感想しか出ないね。特にこのぽてとちっぷす? かな。これはやみつきになるね」
そうだろうな。
なぜかはわからないけど、ついつい手が出てしまう食べ物なんだよね。
前世だと、あまり食べられなかったけど……。
「それとぷれーんおむれつはふっくらしていて女性受けしそうだ。中に何か詰めてもおいしいかもしれない」
おお、気が付いてくれた。
やっぱり中に何か具が入っていたほうが、バリエーションが増えるしオムライスも作れる。
「中に具を入れる料理の方が多いです。入れないとやっぱり単調な味になってしまいますから。まあ、最初の内は卵のみでしてもらいますけどね。それでも、結構難しいので頑張ってください」
「うん、頑張るよ」
「それでは、食器を片付けて練習に入りましょう」
こうして、僕とセドリックさんの料理上達猛特訓が始まった。
腐りやすい食材は僕の収納袋の中に入れてあるから大丈夫だ。
◇◆◇
見るからに高そうな分厚い書籍や歴史書が無数に置かれた豪華な造りの本棚。細かな装飾が施された壁には高級そうな額縁が飾られ、その絵は美男美女が描かれていた。どの人も煌びやかな服を着ている。床に引かれている絨毯は赤ともオレンジともとれる色合いで、縁には金色の細かい刺繍が施されている。その上に置かれた幅広い机には二人の男性が挟んで向かい合っている。しかし、二人の表情には落差が見える。
「――以上となります。陛下、どのようになさるおつもりで」
今話し終わった人物は、深緑色を基調にした金と紺の刺繍の入った貴族服の上に濃い青色のマントを着た男性だ。
金色のさらりとした長髪と整った顔には碧色の目が目立つ。背も高く百八十はあるだろう。部に秀でた様子は見れないので、恐らく文官だろう。手に持っている書類が余計に際立てている。
それに比べて陛下と呼ばれた高級そうな執務椅子に座った男性は、机に両肘をついてこの世の終わりのように頭を抱えている。
羽織っているマントは襟に白い毛と金色の刺繍が入った赤いマントだ。俯いているためそれしかわからないが、身に着けているものはどれも高級そうだ。
二人の年はそれほど離れていなさそうで、三十代か四十代といったところだろう。
「はぁー……。そんなにいるのか。どうにかならないか? 私達はもう、『これ』賭けるしかないのだ」
「これでも、十分の一まで絞ったのですが、これ以上は直に会ってみなければわかりません」
どうやら、この二人は誰かを探しているようだ。
十分の一に絞ってもまだ百人以上いると言うことは、絞る前は千人以上いたことになる。
この二人が探している人物はいったい誰なのだろうか。
「私達に残された時間は三か月しかないのだぞ。探している間に時間が無くなってしまう。探せたとしても本人かの確認、性格、技量等確かめなくてはならん。その後に頼むのだぞ。全くもって時間が足りん。他には何かないのか」
「そう申されましても……。この噂自体が信憑性に欠けるものですから、何とも言えません。いえ、実在しないわけではなく、本人像が全くわからないのです。恐らく、人族ではないのかと思われますが、それだけではこれ以上絞り込めません」
最後に「せめて、背格好だけでもわかればと」言って締め括った。
どうやら、その噂というものはいろんなものが飛び交っているようだ。わかっていることはその人物が人族ではないかということだけらしい。
陛下は大きく溜め息を吐くと椅子から立ち上がり、扉の方へ向かう。
「このままジッとしていても仕方がない。とりあえず、その百名を片っ端から集めるんだ。集まった者から順に確認していく」
「はっ、了解しました」
◇◆◇
コン、コン
「■■■、入ってもいいかい?」
繊細な装飾のされた豪華な扉をノックした男性は、中にいるだろう人物に優しげな声をかけた。
少しして、中から何かが起きる音が聞こえると返事が返ってきた。
「はい、どうぞ」
中にいたのは十歳にも満たない少女だった。
先ほどまで不貞寝していたのか目元に薄らと涙を浮かべ、前髪と可愛いフリルの付いたドレスがクシャっとなっている。
「すまない。どうやら、時間が掛かるそうだ。もう少しだけ待ってくれないか?」
男性は悲痛な表情を浮かべると頭を下げて謝った。
少女は顔に浮かべていた悲しいような、どうにもならなず諦めているような無表情を変えずに聞いていた。
男性が言い終わると、この一室に沈黙が訪れた。聞こえてくるのは鳥の囀りや風の吹き抜ける音のみ。
「……わかった」
沈黙を破ったのは少女だったが、一言返事をするとそのまま中央付近に置かれたベッドにダイブしてしまった。
残された男性は少しの間少女のことを見ていたが、目を伏せて扉を閉めた。
「……もう……いやだよぉ。誰か……たすけて…………」
少女の口から絞り出されるように漏れた声は、掻き消えそうだったが何とも悲しい悲痛に満ちた声だった。
少女は服や髪がぐちゃぐちゃになるのも構わず、寝返りを打った。
うつ伏せから仰向けになった少女は両目を右腕で覆い、小さく嗚咽を漏らす。
「ひっ、く……ズぅ、うっ……『幻影……の白狐』……。ほんとうに、いるんだよね……。早く、会いたい……」
少女は唯一の望みを口にした。
少女もある程度の噂を知っているが、新たにもたらされた情報に少しだけ参っているようだ。
新たにもたらされた情報はその人物が消えた、死んだ、神の使いだ、幻だ、といったその噂がホラ話であるかのような情報だった。
大規模侵攻を一人で止めた大英雄の存在を崇拝し、小さな恋を募らせている十に満たない少女にとって、その情報は残酷なものだった。
少女の中の英雄像は、自分と同じ年同じ身長の男の子だ。
自分には出来ないことが出来る。
神の如き魔法を扱う狐の男の子。
一人で皆の士気を上げ、勝利に導いた王国の大英雄。
しかも、国王の恩賞を撥ね除けた。
曰く、『私に渡す金は街の復興に当てるべきだ』と。
この噂が本当かどうかはわからないが、少女にとって強く惹かれるセリフだった。




