新装備と旅立ち
大規模魔物侵攻から二か月、ミクトさんの頼み事を引き受けて、およそ三か月ちょっと経つ。
街の復興が終わり、ガラリアには以前のような活気が戻ってきていた。
街をぐるりと囲んでいた外壁は、今回のように壊れないような分厚く堅牢な造りとなっている。大通りも簡単にだが舗装され、馬車や人の往来が出来易いようになった。それら以外にも民家や防衛手段等、今回の侵攻で考え直すことが多かったそうだ。今まで大丈夫だと思っていた外壁でさえも、破壊され街に侵入を許してしまったからだ。
解決策というわけではないが、今回の事を踏まえて王国から騎士が駐屯することになった。これにより、街の入り口である城門二か所に大きな詰所と馬小屋が出来上がり、検問が厳しくなった。だが、街の風紀が良くなったので、これはこれでよかったと思う。
二か月の内に復興が終わり、改築・改良が出来たのは魔法あってのことだ。魔法がなければ、未だに復興の最中だろう。科学では出来ないことが一瞬でできるのだから。
あれから、僕はこの街で一度も『シロ』となっていない。
なぜなら、騎士団の団長であるレオンシオ・スコールスがガラリアに残って、しつこくシロのことを探すんだもん。
レオさんは赤みがかった尖った短髪で百八十センチの身長と引き締まった強靭な肉体を持っている。剣術だけでなく、火魔法と光魔法を使うことが出来る。その腕前を師匠の連れとして、少し見せてもらったが、Sランク以上はあると思う。
救援として来た騎士団は総勢千人ほど。討伐には多い人数のような気がするが、この人数では足りなかっただろう。この五倍は欲しかったところだ。一人一人が一騎当千との実力者、だと言いたいが、そうはいかない。一番低い者の実力でDランク程度、よくてもSランクが数人といったところだった。
この人数では全員が死んでしまうだろうと言われていたそうだ。国の上層部でもてんやわんやで、打開策が出ないでいた。時間稼ぎのためということだ。最悪、王都の国民と王族だけでも逃がせればと……。
その騎士団が決死の覚悟を決め、緊張の糸を張りつめながら救援に向かっている最中に、服が重くなるほどの大汗を掻いた伝令が向かってきた。
その伝令係の焦りように戸惑いながら、騎士団はより一層に緊張し、重い空気が漂ったらしいが、伝令を聞いて皆一様に口を半開きにした。
その後、復活した騎士団はガラリアヘ真偽を確かめに猛スピードで向かった。
街の状態は半壊といった感じだったが、中は人々の歓喜と安堵の声が響き渡り、泣き崩れる者もいた。到着した頃には、魔物の残党狩りをする冒険者や手当てを受ける者達が目に入る。中には、酒を飲む者や復興を始める者までいる。
困惑に色に染まった騎士団達は、訳が分からないまま住民達の手伝いに入る。
その後、ギルドと連携をとることで事態を飲み込むことが出来た。
その時にレオさんの興味を引いてしまったみたいだ。
騎士団は大きく分けて三つに分けられる。過半数を占める剣や槍を持ち、騎馬や歩兵である騎兵師団。魔法や弓を使う魔法師団。人数が一番少ない補助や回復をする支援師団。
師団は旅団、連隊、大隊、中隊、小隊、部隊の順に人数が下がっていく。師団は分野、連隊・大隊は属性やメイン武器、中隊は二十から三十人、小隊は中隊の半分、部隊は四、五人だ。部隊は、この世界のパーティー人数のことでもある。ダンジョン等に入った時に、お互いに邪魔なく戦える人数のこと。
現在この街に滞留している人数は百人程度。その中の五十人が街に残り警備をしてくれる。その他はレオさんのお供という感じだ。
僕の亜空間は二種類ある。
それは、食料や道具を入れている保存庫とロロのいる小規模世界だ。
保存庫は収納袋と同じ能力となっている。収納袋よりも許容量が大きく、生きた生物を収納することが出来ない。
この魔法は『ボックス』という魔法だ。
ロロの世界は『ワールド』という魔法で作った。
この魔法で作った世界には、生きた生物を入れることが出来る。この世界は外の世界(使用者のいる場所)と時間が繋がっていて、太陽や月が存在しないのに昼夜が存在する。
どちらの魔法も一度作ってしまえば、微量の魔力と開閉できる。
その代わり、固定するまでに膨大な魔力を必要とする。使用魔力が広さに相当し、それから安定・固定するまでに魔力をさらに必要とする。
ロロがこの二か月で随分と成長した。見た目はウルフより一回り大きいぐらいだ。大体僕と同じぐらい。
体が大きくなったことで力が上がり、狩りや支援をしやすくなったみたいだ。その分、食欲も上がったけど。
あと三か月もすれば、背に乗ることもできるようになる。シルバーウルフの成体はキングウルフより大きくなり、全長三メートルは余裕に超える。毛並みも白色から、光り輝く銀色の毛に生え変わる。
僕はこの二か月の間に魔法薬や魔道具を買ったりしている。食糧等の日用品も忘れずに買っている。
あと、資料室に何度か訪れ、新魔法と魔道具等の作り方を学んだ。
新魔法は攻撃用ではなく、日常用や遊び用だ。
この世界にはゲームのようなウィンドウ(レベルやステータス、スキル等)や神のお知らせ(~を手に入れた。~を覚えた等)が存在しない。
そのため、よく聞く鑑定といったスキル・魔法がない。物の名前、説明・効果、状態、使用法等を知るには、人や本等に頼るしかない。
そこで考えた魔法が『サーチ』という魔法だ。
この魔法は探索や捜索といった人や物、場所を調べる又は探すことが出来る。
物には固有の魔力がある。その魔力と物を思い浮かべながらこの魔法を使用することで、効果範囲に存在している場合に限り、その場所が分かるようになる。当然、なければ反応がないだけだ。
逆に言えば、知らない物を調べることが出来ない。あくまで、知っている物がどこにある・いるかを知る魔法だ。
伝わってくるのは主に魔力だ。魔力の強弱や純度は状態・効果、色は属性、感じる魔力は説明となる。感じる魔力とは食用や呪い等の有無といった大雑把なことしかわからない。名前やきちんとした効果等、そこら辺は自分で調べて覚えるしかない。魔法はそこまで便利なものではないのだ。
例えば、下級の回復薬にこの魔法を使うと微量な魔力と濁ったような魔力を感じる。これは、状態があまり良くなく、効果が薄いことを示す。色は回復属性である半透明な白だ。他にも癒しの魔力や飲める、呪いに罹っていないことが分かる。
魔力感知と同じように感じるがほとんど違う。
まず、魔力感知と違うところは一種類しか調べられないこと。同じものなら複数調べられるが、違うものを同時に調べることはできない。
次に、先ほども言ったとおり、知らない物は調べられないし、調べようと思う者以外は感知できない。そして、魔力感知は知らない物や人でも調べられるが、感知なだけで情報が限られる。
こう考えると別物と捉えられる。
他にも『魔力弾』魔力を飛ばす、『幻影』幻を見せる、『同調』念話の改造版で相手の表面上の意思を読む等の魔法を創った。
魔道具は魔道具自体の作り方は載っていなかったが、武器や防具などの付与『刻印』、特定の魔力を煉り込みながら作る薬や道具『魔調律』等である。
『刻印』は文字通り、物に付与させる魔法を刻み込むこと。道具で刻むのではなく、魔力で刻んでいく。これは一般的な魔武器や魔防具となる。
なら、誰でもできるのではないかと思い、師匠に聞いてみたところ、この方法は莫大な魔力と操作、質がいるらしい。
莫大な魔力は刻み込むための魔力、刻み込む時間の維持魔力、効果が発動するための魔力、と普通の人には無理なほど魔力を必要とする。
仮に、僕が短剣からファイアーボールが出る刻印をしようとすると、普通に(丁寧にしようと思うともっとかかる)刻む魔力十、この場合の維持時間三十秒に付き一(この場合十分だから二十)、ファイアーボールの魔力十五。これを足すのではなく、掛けることになる。
十×二十×十五=三千
丁寧にすると、能力の向上や使用魔力の減少、壊れる確率の低下に繋がる。
実際に丁寧にした場合、
二十(乱れ、重なり、均一等)×六十(三十分)×十五=一万八千
となる。一流の冒険者の魔力量がおよそ五万。そう考えると、『刻印』は使う者を選び、種族を選ぶだろう。魔力が多く、神経も使う、デメリットが強そうに見えるけど、そうでもない。
きちんとメリットもある。
『刻印』には、丁寧にする以外にいろんなことが出来る。
まず、『刻印』を使う者が覚えている魔法なら何でも付与することが出来るし、作りやすい。
普通の魔道具の作り方は知らないが、同じものを作るのに一週間はかかるらしい。端的に言うと時間短縮が出来る。
ただ単に火が出るだけの短剣の魔剣を作るのに、三十分と一週間とでは雲泥の差がある。
『魔調律』とは、普通に作る物よりも性能が上がる。
この方法を編み出したのは、資料室で『誰でもわかる調薬講座』という本を見つけた時だ。
調薬とは、特定の材料を刻む、砕く、混ぜる、煮る、浸す等あらゆる工程を施して行うこと。こう聞くと魔力が関わっていないことが分かる。
僕も最初はそのようなものだと思い考え付かなかった。だけど、この時点で『刻印』の魔法を覚えていて、面白半分に回復薬に回復魔法を付与しながら作ってみたんだ。そしたらなんと、能力が飛躍的に上がり、未知の薬を作り出すことが出来た。
効果は中級の回復薬(重症が治る程度)になり、味が少しだけ良くなった。
この現象に驚いた僕は、興奮して作業に没頭した。
そのおかげで、とんでもない回復薬を作り出してしまった。
その効果はなんと、軽度の欠損が治ってしまう。
例えば、切断されてもその部位がなくなっていなければ、くっ付けることが出来る。あとは、指の一つや酷い火傷等。
どうやって確かめたかというと、魔物に使用して確かめたのだ。
誰かに売ったり、使用してもらえばいいと思うが、失敗していて悪化させてしまうと思うとやっぱり、罪悪感でいっぱいになるからね。
だから魔物に使ったんだけど、振りかけた時に欠損まで治った時は吃驚して、魔物に反撃されそうになったよ。
まあ、その時はロロに助けてもらったから、無傷で済んだよ。
現在、その薬は亜空間に死蔵してある。
魔力を用いることで、材料の幅が広がり、少々違う物を混ぜても効果を維持することが出来るようになった。これにより、アプル味やバナバ味を作ることに成功。しかも、魔力による能力アップをしている。
回復する以外に状態異常を治す、身体・耐性能力を上げる等の効果があるものを作ってしまった。
因みに、これも死蔵済み。
気が付いた時には既に遅く、誰にも見せることが出来なくなってしまっていた。
結果わかったことは、僕の魔力は万能であることだ。これらのことがばれてしまうと世界レベルで、大変なことになる。
このようにいろんなことがあった。
僕は現在、頼んでいた装備品を受け取りにドリムさんの鍛冶工房に来ている。
「これが頼まれていた剣と防具だ」
奥の工房から黒と銀の二振りの剣と白を基調にしたレザーアーマーを持った、ドリムさんと使用人が出て来た。
「まず、剣からな」
ドリムさんは僕に二振りの剣の内、艶光する漆黒の鞘に入った細身のロングソードを渡してきた。
僕は受け取り、剣を鞘から抜いてみる。
剣が鞘から抜ける、凛とした音が鳴る。
漆黒の鞘の中から出てきた剣は、鞘と同じく漆黒で向きを変えれば、刀身に僕が映り込む。溢れ出す魔力は絶大で、思わず唾を飲み込んでしまった。
「その剣はデモンインセクトの鎌から作ったものだ。切れ味、強度共に一級品だ。その辺の素人が振るっただけでも石が切れるだろうよ。ミスリル同様魔力伝導率がいい。それ以上と言ってもいいかもしれんな」
ドリムさんは片方の口角を吊り上げた。
「そこまで、すごいんですか……」
僕は心臓をキュッと絞められるような戦慄を感じながら、剣を鞘に戻す。
管理扱いをしっかりしないといけないな。
「それだけじゃねえ。分かっているだろうが、その剣は魔剣だ。能力は『魔法吸収』だ。その剣で切り裂いた魔法は全て魔力に変換され、持ち主の魔力となる。他にも、魔力を通せば、切れ味が数段と上がる。斬撃も飛ばせる。デモンインセクトの能力とほぼ同じだな。その剣は硬い魔物専用だ」
凄い剣を作ってもらってしまったようだ。
さすがはSランク級の魔物の素材で作った剣だ。
今持っている鋼鉄の剣なんて目じゃないな。
「次はこの剣だな。その剣はベヒーモスの角とヒュドラの核からできている。その剣は魔力伝導率と変換率が並じゃねえ。通した魔力はヒュドラの核を通って全体へ渡る。魔力属性に応じた核が反応して、増幅させる。その剣は魔法剣専用だな」
渡された剣は先ほどの剣と同じロングソードだが、少し太い。
持ってみたところ、思った以上にずっしりとした重みが両手に伝わってくる。新しい剣なのに手にしっくりと馴染み長年使ってきたような感覚がする。
「さらに、ヒュドラの能力である自己回復能力が備わっている。魔力を通せば、勝手に自己修復し、持ち主も微々たるものだが回復してくれる」
ドリムさんが鍔を指さしながら言う。
刀身は銀一色で鍔に七色の極々小さな宝石のようなものが、刀身を囲むように付いている。これが、ヒュドラの核だろう。
試しに魔力を通すと一瞬で強化された。今までの半分も流していない状態でだ。
「俺は長く生きたが、ヒュドラに核があるのを初めて知ったぞ」
そうなのだ。
ヒュドラはその驚異的な回復力と凶暴さにより、今まで撃退はされど、討伐はされたことがなかった。
核はそれぞれの頭にあるのではと思うが、あった場所は体の中心部、心臓の中にあった。
幸い、バリアルの一撃は体を爆ぜさせただけで心臓は丸々無事だった。その心臓を解体したところ、中から大人の頭大の魔石が出てきたのだ。
「その核を有効利用するのには骨が折れたぞ。加工までは上手くいったが、組み込むことがなかなかできなくてな、今までかかったんだ。だが、配置とベヒーモスの角によって何とか組み込むことに成功した」
ドリムさんは顔を盛大に綻ばせて満足そうに笑った。
配置は心臓に入っていた配置であり、首の順番である。上から時計回りに、回復、火、風、光、闇、地、水となっている。これは、回復を頂点に七芒星となり、相反する属性が刀身を挟んで横になる配置。これはヒュドラの首の配置と同じだ。
そして、ベヒーモスの角は魔法発動体だ。この角がなければ、ベヒーモスは魔法を使い辛くなるそうだ。
角の刀身が核を通って増幅された魔力を上手く吸収・変換してくれるらしい。
「ありがとうございます」
僕は銀色の剣を背中に背負い、漆黒の剣を収納袋に入れた。漆黒の剣はどうしても目立ってしまう。それに比べて、こっちの銀色の剣は普通の剣よりも光沢があるだけで、それほど目立つような剣ではない。
「お礼はまだ早いぜ。最後に硬い、デモンインセクトの甲殻とヒュドラの鱗で作ったレザーアーマーだ。それだけでなく、内側はベヒーモスの鉱物皮膚とオルトロスの柔軟な皮を使い、動きやすいようにしてある。そして、関節にはキングウルフの毛皮を使っている」
肩や腰回りについている白い毛皮がキングウルフの毛だろう。
持ってみると以外に軽く、とても硬い。
「とりあえず、試着してみろ。微調整が必要だろうからな」
ドリムさんに言われた様に現在着ている軽装を脱ぎ、紫と黒の鎧に白い毛が生える鎧を着こむ。少し胸や腰を圧迫するが、見た目と違い柔軟で関節部分がゴムのように広がり、そこが見えないように白い毛が巧妙に隠しているようだ。
小手は甲を守るように肘近くまであり、指先に穴の開いているグローブが付いていた。手首や肘を曲げても邪魔にならず、グローブは肌に吸い付くように腕まで覆う。
腰回りに白い毛皮がふんだんに使われているベルトが上下に二帯。上にあるのは太長く、杖を差す場所や収納袋を括り付けられるように穴が開いている。
脚は浅黒いズボンと白い紐と先端の尖った膝下までのブーツ。
最後に背中に見えない魔方陣が組み込まれ、黒と白を基調にしたフード付きコート。この魔法陣は自動修復の陣だ。この陣は僕が書いた。
僕が試着してドリムさんの前に行くとあちこち触られ、着たまま調整されていく。
ベルトの長さや締り具合等、次々に僕の身体にフィットしていく。
最後に強く背中を叩かれて終了した。
「よし! どうだ? 何か邪魔になったりするか?」
圧迫感がなくなり、剣を掴もうと腕を上げても引っかからなくなった。
腕も動くし、きつくない。
うん、これなら動きに支障はないかな。
「大丈夫です。すごく、体に馴染みます」
「それはよかった。もっと時間が掛かるはずだったんだが、シュンの頼みだからな。急ピッチで取り組ませてもらった」
ドリムさんは少し安堵したように気を抜きながら、腰を叩いた。
褐色の肌が焼けて分かりにくいけど、なんだか疲れているように見えるな。
街の修復もあったのに無理をさせちゃったかな?
「そうだったんですか? それは……すみません」
「いいってことよ! 珍しい素材をお目に掛かれたし、久しぶりの大仕事で満足いく仕上がりになったからな」
俺もいい思いをさせてもらった、と豪快に笑った。
「わかりました。……それで、金額の方はどのくらいになりましたか?」
「そうだな……。剣が二本で……。オーダーメイドの鎧一式が……。素材の持ち込みと提供を差っ引いて……。新しい技術も知ったからな……。……五十万三千ガルってところか。中金貨五枚と小金貨三枚だな」
ドリムさんは虚空を見上げながら、ぶつぶつと少し考える仕草をして金額の計算をした。
五十万三千ガル、ね…………ん?
「それって、なんだか安くないですか?」
僕は収納袋の財布からお金を取り出そうとしてそう考えた。
僕が使っている鋼鉄の剣一本が一万ガルだった。これは小金貨一枚、十万円だ。
店の中で一番高い、壁に飾ってあるミスリルの大剣の値段が三十三万ガルとある。そして、一番高いBランク級であるサーベルタイガーのレザーアーマーが二十五万ガルとある。
合計で五十八万ガルだ。
僕の剣二本と鎧一式(鞘、ブーツなど付き)の方が安い。これは、誰がどう考えてもおかしいと思う。
「これでいい。お前から貰った素材は、同じものがもう一つずつ作れるほど余った。まあ、作らんが。だから、この代金は製作費とオプションの費用だけだ」
なら、この金額で妥当か。
僕は納得して、中金貨五枚と小金貨三枚を渡した。
「うし! 丁度だな」
「それでは、僕はこれで失礼しますね」
「ちょっと待ってくれ! これを渡しておこう」
僕が出て行こうとするとドリムさんに引き留められた。
差し出されたのは白い封筒だ。
「お前はこれから王都に行くんだろ? それは前に言ったと思うが、王都にいる鍛冶師宛の手紙だ。それを出せば、その鎧や剣を調整してくれるだろうよ。その剣や鎧は普通の鍛冶師には整備出来んだろうからな。そのことも書いてある」
確かそんなことを言っていたはず。
確か、王都にいるガンドさんの弟子だったな。
「ありがとうございます」
「そいつの名前はローギスという。王都では有名だから、人に聞けばすぐにわかるだろうよ」
「ローギスさんですね。わかりました」
「おう。それじゃあな」
手紙を収納袋に入れ、僕はドリムさんの店を後にした。
因みに、難癖ハムスは裏の方で掃除や素材の準備をさせられている。あの一件を境に、表には出て来なくなった。
僕はロロを伴って大通りに出ると、昼食を買った。
大広場でロロに肉を出し、僕は買った昼食を食べる。今日買ったのは野菜肉まんとトロピカルジュースだ。どちらもおいしくて何度も買っている。いつでも食べられるように、僕の保存庫にたくさん入っている。
食べ終わるとギルドへ王都行きの護衛がないか確かめに行く。
そろそろ、王都に向かおうと思うからだ。
まあ、なかったらロロと走って行こうと思うから、それはそれでいいんだけど。
街中は落ち着いて見えるが、ギルド内は今日も忙しそうにしている。
あの時ほどではないけど、冒険者が引っ切り無しに受付へ向かい、買取窓口で換金する。
未だに、魔物の脅威が去っていないからだ。
強力な個体は自分の巣や遠方まで逃げたが、低ランクの魔物や群れがそのまま残った魔物は、未だに草原や森の中に潜んでいる。
僕も何度かギルドからの指名依頼として、森の奥や荒野の果てに討伐や採取に行った。
採取はおかしいと思うかもしれないが、これは効果の高い回復薬等の素材を取りに行くためだ。
今回の侵攻で個人の持ち物や店の売り物、街やギルドに備蓄していた回復薬や治療薬がなくなった。
その辺に生えているヒルルク草では低品質の回復薬は作れても、高品質・高効果の回復薬や治療薬が作れない。
素材は荒野の奥地に生えていたり、森の奥にあるBランクが徘徊する湖に生えていたりするから、ほとんどの冒険者が取りに行けずギルドは拱いていたとか。だけど、僕にターニャさんを通して指名依頼することで、大量に持ち込むことが出来たようだ。
その分、僕は疲れたけど……。
まあ、そのおかげで回復薬作りに興味が出て、資料室で『魔調律』を考え付いたんだから結果オーライだな。
そう思いながらロロを傍らに、ギルドの中へ入った。
想像通り、今日もギルド内は血気盛んな冒険者達でいっぱいだ。
冒険者で思い出したけど、ダンさん達はひと月ほど前にガラリアヘ帰ってきている。
レオさんのせいでシロとして会ったのは、ランクアップ試験の結果報告の時だけだ。その時に、ある程度の事情を説明したから、大丈夫だと思う。
それと、無事に皆試験に合格してCランクとなった。僕はAランクだけど、先に貰ったということにしてある。SSランクであることはギルドの極秘扱いとなり、表向きはシュンのAランクと言ってある。
それを聞いた皆は納得、と何度も頷いていた。
ギルドの中をいつものように入り、ターニャさんの列の最後尾に並ぶ。前に並んでいた若い低ランクの剣士が僕に気が付き挨拶してきた。
「やあ、シュン君。久しぶりだね」
「うん、こんにちは。エクセルさんは今日も採取依頼?」
「そうだよ。これで、八個目だ。僕もシュン君みたいに早く魔物の討伐に行きたいよ」
エクセルさんはEランクの冒険者だ。
Eランクは街の外に出られるけど基本採取等になり、魔物の討伐の依頼はない。
僕がAランクとなったことがひと月ほどで広まり、小さな騒動は起きたけど何事もなかった。
絡まれたり、嘘つき呼ばわりされるかと思ったけど、ロンジスタさんが伝えたため何も起きず、なんだか拍子抜けだった。
小さい騒動とは、『本当かどうか、俺が確かめてやる』とかなんとか言って、いきなり殴りかかってきたごつい冒険者をバリアル戦で使った魔力の掌底でのした時だ。
不意のことで込める魔力を間違えちゃって、天井に減り込んじゃったんだよね。
嘲笑や心配をしていた冒険者達は皆口を開けてポカーンとしてたよ。ただ、知っているロンジスタさんや上層のギルド員は笑っていた。
それっきり、皆僕のことを認めてくれたんだ。
目立つかなと思ったけど、こんなことが出来るAランク冒険者は多くてそれほどではないらしい。子供が、というのもあったけど、『シロ』も子供の外見だというのがあってそっちの方が、インパクトがデカくてうまく隠れ蓑の効果が出てくれてホッとした。
それから、勧誘が始まって困っちゃった。
だから、何度か低ランクの冒険者と一緒に依頼を受けたりしたよ。
何で高ランクじゃないかというと、比較的安全だった草原や森の入り口に中ランクの魔物が出始め、低ランク冒険者の受ける依頼が危険になったからだ。だから、護衛を兼ねて僕は同じ依頼を受けたんだ。
まあ、他にも焼けた草原や木々を密かに木魔法で治したりした。
エクセルさんは一緒に受けた一人でもあるんだ。
その時に剣の相手や魔法の講義をしたりした。
魔法の講義は、火魔法が使えるみたいだから簡単な単体用のボールやアローを教え、僕が考えたショットガンやボムを面白半分で教えちゃった。
飲み込みがいいみたいで、最初の内は一発で疲労が見えていたのに、コントロールを教えたらすぐに魔量の消費が少なくなった。
だから、ついついやり過ぎちゃったんだろうね。
……今度から気を付けよっと。
エクセルさんと話している間にエクセルさんの依頼の受理が終わり、僕の番となった。
「こんにちは、シュン君。今日も依頼を受けに来たの?」
いつものように気持ちのいい笑顔と雰囲気を振り撒き、ギルド員専用の薄い翡翠色のキャップから猫耳の見えるターニャさん。
「はい、そうです。明日王都に向かおうと思うので、王都に向かう護衛依頼はないか探しに来たんです」
「そうなの? 寂しくなるね。……ちょっと待てて」
王都に行くことは三か月前に伝えてあるから、そこまで悲しそうではない。約束通り、行く前に伝えにきたんだし。
「お待たせ。一応護衛依頼はあるのだけれど、どれも受理されているわ。人数が空いているところもあるけど、日付がまだ先ね」
「わかりました。依頼は受けないで行くことにします」
「そう? ごめんなさいね」
「いえ、あれば引き受けようかと思っただけなので、気にしないでください」
「わかったわ。シュン君、気を付けてね」
「はい、気を付けます。ロンジスタさんにも伝えておいてください。それでは、これで失礼します」
僕はそういうと、ロロを伴ってギルドを後にする。
今日はすることもなくなったので宿へ帰り、明日の準備等をして過ごした。
翌日。
僕は現在ガラリアに入ってきた門とは逆方向にある、王都方面の門の入り口に立っていた。
僕のそばにはロロが待機し、早く行こうと僕を催促するかのように、鼻で後ろから押す。
「それでは師匠、行ってきます」
僕は街の中から見送っている師匠に一時のお別れの挨拶を言った。
「元気でな」
僕は師匠に手を振り、王都に向けて旅立った。




