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合成魔法

 僕以外の冒険者が以来の受理をしている間に、僕はキャリーさんに呼ばれ、会議室へ来ていた。

 会議室にはソドム支部のギルドマスターである、バーグンさんが先に来て椅子に座っていた。


「お待たせしました、バーグンさん」

「いや、まっとりゃあせんよ。……その変わったコートを着ている子がロンジスタの言っていた子か?」

「はい、そうです」


 バーグンさんは僕を覗きながら、キャリーさんに聞いた。

 ロンジスタさんの知り合いか。ギルマス同士だから付き合いもあったのかな。

 遠くで見た時も思ったけど、間近で見るとすごい迫力があるな。オーラもすごいけど、魔力の方も結構高い。


「先ほど聞いたかもしれんが、儂の名前はバーグン・ドラハムじゃ。バーグンと気軽に呼んでくれていいぞい」


 バーグンさんは優しげに微笑みながら名乗った。

 バーグンさんにどこまで話したんだ?


「キャリーさん。どこまで話した?」

「私が知っていることは全部話しました。すまみません。ですが、この方を信用しても大丈夫です。雷光の魔法使いと闘ったこと経歴をお持ちですよ」


 え? バーグンさんが師匠と闘った?


「ずっと昔の話じゃな」

「バーグンさんは師匠と闘ったことがあるのですか?」

「いや、あれは戦いじゃなかったわい。どう考えても一方的なイジメじゃったな。一人の少女を国へ連れて行こうと百人ほどで行ったらのう、空からは雷が降り注いできて、五分もせんうちに全滅したわい。まあ、死者はいなかったがのう」


 バーグンさんが遠い目をしながら当時のことを語ってくれた。


「そうだったんですか」

「そうじゃ。儂はそれなりに腕の立つ魔法使いじゃったんじゃが、あやつと相対した瞬間に負けを認めてしまったのう。強いとかそんなもんじゃなかったわい。自分とは次元が違うと瞬時に思わされたんじゃ」


 僕の知っている師匠と全く違うんですけど……。そこまで無慈悲にする人じゃなかったと思うんだけど。何か気に障る事でもしたんじゃないの?


「それで、僕に何を聞きたかったんですか?」

「シュンくんは時間を稼ぐことが出来ますか?」

「一人で戦えというのではないぞ。皆で戦って応援が駆けつけてくれるまで、この街で魔物共を食い止めることが出来るかと聞いておるんじゃ」


 この街で食い止めるって言っているけど、言い方は街の住人と王都の住人が逃げる時間を稼げるか、と聞いているようだな。

 まあ、僕が使える広範囲の魔法を使えば、ある程度は終わらせられるだろうけど……。終わった後にトラブルに巻き込まれそうだな。……その対処を頼んでおくか。


「できますよ」

「「本当か(ですか)!」」


 二人は目を見開きながら身を乗り出す。


「被害を出さない、というのは無理でしょうけど、魔物を食い止める、あるいは殲滅することはできるでしょう」

「せ、殲滅ですか……」

「いったい何をするんじゃ……」


 信じられないといった表情をしながら、安堵したような表情もしている。


「最初に確認しますが、この街でベヒーモス? を倒すことのできる冒険者はいますか?」

「この街にはおらんじゃろうな。儂が倒しに行ったとしても一人では無理じゃな。もって三十分じゃろう」

「では、そいつは僕が倒しに行きます」

「倒せるのか?」

「はい、少し時間が掛かるでしょうが何とかしましょう。ベヒーモスに何か弱点はありますか?」

「ベヒーモスの皮膚は鋼鉄のように硬いですから、普通の剣では刃が通らないでしょうね」

「魔法もあまり効かんのう。効くとすれば風属性ぐらいじゃな」

「わかりました。その他に倒せないような魔物はいますか?」

「他はBランク以下が多いですね。Aランクパーティーが二組いるので大丈夫でしょう」


 キャリーさんは報告書を見ながら答える。

 あとは僕の実力としてギルドカードでも見せておこう。口止めしておけば、大きな騒ぎにもならないだろうし。


「今から僕のギルドカードを見せます。そのことで僕に関することを誰にも話さないことを誓ってくれますか?」

「もちろんです」

「そうじゃ。個人情報を外部へ漏らすなんぞせんぞ。国王に聞かれようともな」

「僕のギルドカードを見てください」


 僕はそう言って収納袋からギルドカードを取り出す。




名前;シュン

性別;男

年齢;十一

種族;人間

メイン;魔法 (火、風)


魔力量;五十五万

力;C

魔力;SS

防御;B

運;A (神の加護)


属性魔法;火、水、風、地、焔、氷、雷、木、光、

     闇、無、回復、召喚


加護;


加護魔法;

称号;




 お、魔力が五万も増えてる。

 強敵と闘ったりしたから妥当といったところか。


 僕は自分のカードの隠蔽している一部分を解除し、二人へそっと渡す。


「「――っ!」」


 二人は覗き込むように僕のギルドカードを見て、声にならない声を上げる。


「わかっていただけましたね。加護に関して話すわけにはいきません」


 固まっている二人の手からギルドカードを抜き取り、収納袋の中へ戻す。


「僕はこの世界の住人ではありません」

「そ、それは稀人というわけか?」

「マレビト? とはなんでしょうか」

「稀人というのはじゃな、他の世界からの来訪者を意味する言葉じゃ。他にも迷い人とも言うのう」


 僕の場合はちょっと違うかな。

 ……一回死んでるわけだし。


「僕は違うと思いますよ。僕は違う世界から来ましたが、その世界で一度死んでいますから」

「死んでいる? とはどういう意味じゃ?」

「そのままの意味です。理由を話すわけにはいきません。あの方達に聞いてみないと話せませんし……。それに話したとしても、信じられないと思います」


 加護があったとしても信じられるものじゃないだろう。この世界の神の在り方はわかっているつもりだけど、何が起きるかわかったもんじゃないしね。


「だから、あんなに強いのですか……」


 キャリーさんが疲れたように言った。

 本当は違うんだけど、そこは言わなくてもいいだろう。


「そんなところです。話を戻しますが、僕が使える広範囲の魔法を最初にぶつけようと思います。それだけで、よくて半分悪くて千体は倒せるでしょう」

「そんなに倒せるのですか!」

「本当としても、それはどんな魔法なんじゃ?」

「氷と風の合成魔法です。吹雪を起こし、辺り一帯を氷の世界に閉じ込める魔法になります」

「合成魔法ですか……」

「合成魔法でその威力が出せるのか? 魔力の方は多いようじゃが」


 魔法の凄さに戦慄するロンジスタさんに、バーグンさんが説明する。


「この魔法は無差別に襲います。僕がコントロールできないのではなく、コントロール自体が出来ません。なので、僕がこの魔法で最初に一撃加えようと思います。その後、僕は単身でベヒーモスに突っ込みます」

「シュン、できるのじゃな?」

「はい、できます」

「わかった。では、皆にそう伝えよう」

「ガラリアの戦況はどうなっていますか?」

「ガラリアの戦力はおよそ千人。魔物は少なくとも二万はいるじゃろうな。もって五時間といったところかのう」

「五時間って、騎士団は間に合わないじゃないですか!」

「そうじゃ。ガラリアにいる住人は王都に向かっておる。ガラリアで足止めし、ガラリアと王都の中央で戦力戦をするということになっとる」

「それは、ガラリアに残る人達を見殺しにするのと同じではないのですか?」


 僕の声は低くなった。それと同時に魔力が漏れ出す。

 僕はそんなこと許さない。

 どんな人でも、命は何よりも重たいものなんだ。

 決して、無駄にしていいものではない。


「そんなわけないでしょう! 残った者達は皆、義勇兵です! 住民を守り、時間を稼ぐためならガラリアと共に死んでもいいと言ってくれた人達なんです!」

「そうじゃぞ。儂達は『残れ』なぞ言っておらん! 皆、自分で決めたことだぞい!」


 二人は立ち上がり、怒りの籠った声で言った。


「……本当なんですね」

「「ああ!」」

「……わかりました。それでも、僕は無駄死にとわかって死なせるわけにはいきません」

「どうするのですか?」

「僕が向かいます。僕はベヒーモスを倒した後すぐに、ガラリアへと向かいます」

「間に合わないですよ?」

「そうじゃな、ここから急いだとしても二日は掛かるぞ」

「いいえ、僕なら一瞬です」


 僕達はこの後も話し合いを続け、作戦の詳細を煮詰めていく。




 話し合いを終えた僕とバーグンさんは依頼の受理を済ませ、集合場所へと向かっている。

 大通りには松明や無魔法のライトの光が浮かんでいる。まだ夜だというのに、街の大通りは昼間のように明るい。


 門の周りには五百人ほどの冒険者が、複数のグループに分かれていた。

 そう言えば、集まり次第隊分けを行うって言っていたっけ。

 これは急いだ方がいいようだな。早く、ダンさん達を見つけないと。

 ……どこだ? 暗くてよくわからん。

 …………いた!


 僕は門の近くに集まっていたグループの中に、強固な鎧と大盾を持ったダンさんを見つけた。ダンさんは目立つから見つけやすいな。


「あ、シロが来た」

「ん? おーい。シロ、こっちだ」


 フルンさん達も僕達を見つけたようで、手で招きながら呼んできた。


「シロ、遅いわよ。何をしていたの」

「俺はギルマス達と作戦の話し合いをしていたんだ」

「話し合い? どうして、アンタがギルマス達と一緒に作戦を話し合うわけ?」


 意味わからないといったようにセリアが詰問してくる。

 僕は答えようとすると、背後からバーグンさんが声をかける。


「すまんのう、先を急ぐんじゃ。シロ坊を借りていくぞい」


 バーグンさんはそう言って、僕を連れて前へ行く。


「説明されるからよく聞いていてくれ」

「ちょ、ちょっとー」


 セリアが待ったをかけるが、すでに時間が切迫している。あと三十分もすれば、魔物が視界に入って来るだろう。


 冒険者たちの間をすり抜け前へ進んでいくと、ライトアップされている場所へ出た。

 そこには青い鎧を着た青年と女魔法使い、盗賊風な女の人、神官であろう男性の四人が座っていた。


「お主達がこの場を仕切っているのかのう?」


 バーグンさんが問いかける。


「はい、俺達がこの場を仕切っています。今は隊分けがすんだところです」


 声をかけられた四人は振り返って、慌てたように立ち上がって答えてた。

 答えた人は青い鎧を着た人だ。ライトで反射している鎧には、所々傷が出来ている。背中にある剣からは涼しい魔力を感じるから、恐らく水か氷の魔剣の類だろう。全身からも同じような魔力を感じるから、水系統の魔法を使うのだろう。


 その後ろにいる女魔法使いは、紫色の少し豪華なローブを着ている。手に持っている杖の先端には宝石のような赤い石が取り付けてある。杖に着けてある石は魔力の増幅だったり、威力上昇の手助けをしてくれるものだ。色は使う属性を示している。赤色をしているところを見ると、火魔法を使うのだろう。


 その隣にいる盗賊風の人の腰には、短剣が左右にそれぞれ二本着けてある。服装も動きやすさを重視した、身軽そうな格好をしている。黒いシャツの上に赤い質の良さそうなベストを着ている。下は丈の短いズボンとスカーフのように薄い腰巻きを付けている。


 最後に反対側にいる神官は緑と白を基調にした動きやすそうな法衣と帽子を被っている。首からは十字架のネックレスを付けている。手に持っているのは杖のように見えるが、先端には大きな輪っかが付いている。その輪には小さい輪が数個取り付けてある。たぶんだがあれは錫杖だろう。もしかすると、モンクかもしれない


「わかった」

「作戦が決まったのですか?」

「そうじゃ、隊はどのように分けたんじゃ?」

「はい、隊は見て右から民間部隊、兵士・F・E部隊、弓・魔法部隊、回復・補助部隊、精鋭部隊、私達Aランクパーティー二つに分けました」


 魔法使いの人が簡潔に答える。


「わかった」


 キャリーさんは青い人達から目を離し、集まっている皆の方を向き作戦を伝える。


「お主達! よく聞くんじゃ! 今から大規模魔物侵攻の殲滅作戦を伝える!」


 ライトアップされているバーグンさんの方を皆が向く。


 今作戦の役割は民間部隊が補給や物資運び等の後方支援をする。精鋭部隊が魔物へと突っ込み、街に近づけさせないように魔物を討伐をしていく。兵士・F・E部隊が打ち漏らして街に近づいてくる魔物の討伐。高ランクの魔物が来るかもしれないが、どうにか凌ぎきってほしい。魔法使いや弓使いが街の外壁の上や高所から遠距離攻撃を行う。回復魔法や支援・補助魔法が使える魔法使いや神官は危険かもしれないが、すぐに治療が行えるように精鋭部隊の付近に配置される。Aランクパーティーは高ランクの魔物を中心に討伐をしてもらうこととなった。

 今回は時間がなく、土壁や落とし穴などの罠を仕掛けることが出来なかった。


「――部隊の役割は以上じゃ。次に作戦内容を伝えるぞ。今作戦はまず、ここにいるシロが大規模広域殲滅魔法を行使する」


 僕はバーグンさんに背中を押され、数歩前に出てしまった。皆が急に出てきた僕の方を向いている。


「その魔法についてじゃが――」


 バーグンさんが次の話をしようとすると青い人が止めに入った。


「ちょっと待ってください」

「なんじゃ?」

「この子供がそんなことできるのですか?」


 見ていた冒険者達の中からも疑惑の声が上がる。

 ダンさん達の方を見ると心配そうにしていたり、いつもと変わらない感じが伝わって来る。

 信頼されているのかな?


「できるぞい」


 バーグンさんが頷きながら断言する。


「本当なのですか? 私にはこの子がそんな魔法が使えるようには思えません。感じる魔力は少なく、単体魔法が数発撃てるぐらいに思うのですが」


 魔法使いの人がそう言うと、神官の男も頷く。

 この二人は魔力感知が使えるようだな。


「それはじゃな「バーグンさん、俺が説明する」……そうか」


 バーグンさんが下がり、僕が前に出て口を開く。


「まず、俺の魔力が少なく感じるのは、この仮面とコートの能力のせいだ。能力は全隠蔽能力だ。俺の魔力だけじゃない、力、気配、姿など全部を覆い隠してくれる」


 この『白尾の狐』の仮面とコートの付属能力は隠蔽能力だった。魔力を通せば、着ている者のあらゆることを隠蔽してくれるのだ。

 魔力を注ぐ量によってその効果が上がる。やろうと思えば、自分の姿を消すこともできる。

 僕が使っていたのは、この姿を見てもおかしく思わないようにすること。魔力を隠し、魔力感知などで調べられても、シュンとは違う魔力反応を示すようにすること。漏れ出す魔力を抑え、吸収し、耐久性を上げてくれる。

 着た人達の中で効果が出なかったのは、込める魔力が足りなかったからだ。少なすぎると効果が出ても全くわからない。

 他にも能力がありそうに思うんだが、まだわかっていない。


「だから、俺の魔力を少なく感じるんだ」


 この能力に気付いたのはこれを着た時だ。普通はこの姿について聞いてくるはずなのに、僕が日ごろから着ているような感じで話しかけてくる。まるで、この姿がおかしくないといったような感じだった。

 念のために脱いでこのコートはどんな感じか聞いてみると、珍しいだの、なんだいそれといったような感じだった。


「では、脱いで本当の魔力を見せてください」

「それはできない。姿を見せないことが条件だからだ」

「いいじゃないですか。姿を見せることに何かあるのですか?」

「おい、落ち着け」


 青い人が止めに入るが、魔法使いの人は食い下がってくる。


「しつこい。俺は目立ちたくないんだ。俺は自由でいたい、名声が欲しいわけではない」


 僕はこの世界で自由に生きるって決めたんだ。その邪魔になるようなことはしたくない。


「では、どうすると? これは訓練ではないのですよ? あと三十分もすれば魔物が見えてくるのですよ?」

「そんなに熱くなるんじゃない。シロ、お前の力を皆に示すことはできるかのう?」


 バーグンさんが出来るよなと聞いてくる。


「ああ、できるとも」

「では、やってみて見せてください。生半可なものでは誰も納得しませんよ?」


 魔法使いは僕を挑発するように言ってくる。


「そうだな。ここで攻撃魔法を撃つわけにはいかないから……補助魔法にしよう。――聞け! ここに集まる全ての者に補助魔法をかける。効果は全能力上昇、状態異常耐性だ。『人、全てを司る生命の神よ、我が呼びかけに応えよ、「あなたは一体……んむっ」我求めるは神の祝福、神々しくも儚い光よ、等しく力の根源へ導き、神の息吹を与えよ! オール・アビリティアライズ』」


 僕が唱え終ると全身に高めていた魔力が一気に抜ける感覚が訪れた。

 久しぶりにこの感覚がする。森にいたとき振りだ。


 天から光り輝く光のベールが現れ、ここに集まる全ての者を包み込む。包まれた者は全員、心地よさに目を閉じ祝福されていく。


『オオオオォォォォォーッ!』


 光が消えると辺りは夜の暗さを取り戻し、先ほどの光景が嘘のように思える。しかし、魔法にかかった全ての者が漲る力に興奮し、雄叫びを上げていく。


 僕は詠唱の最中に口を挟もうとして、青い人に取り押さえられた魔法使いに振り返りながら問う。


「これでどうだ?」


 目を丸くして口をパクパクしている。

 金魚みたいだな。


「シロ、これはすごいのう。これはどのくらい続くんじゃ?」


 バーグンさんが手を握ったり、体の感触を確かめながら聞いてきた。


「最低でも三時間は続くだろう。効果が切れるときは、徐々に力が抜けていく感覚がするからわかるはずだ」

「わかった。お主達、聞こえたか!」

『オオォォーッ』


 バーグンさんの呼びかけに反応する。


「では、作戦内容の続きに戻る。シロが行使する魔法は大規模広域殲滅魔法。その魔法が殲滅作戦開始の合図となる。属性は風と氷の合成魔法で、効果が及ぶ範囲すべてを凍り付かせる吹雪を起こすものじゃ。その後、シロが単独でベヒーモスと相対し、それを撃破する手筈と載っておる。お主達は凍り付いていない魔物の殲滅となる。何か聞きたいことはあるかのう」


 ロンジスタさんが見渡しながら言う。


「効果範囲はどのくらいになる」


 精鋭部隊の中にいた人が聞いてくる。


「効果範囲は俺の視界に映る範囲となる。俺の後ろにいれば、まず効果は及ばない。魔物の拡散状況によるが、最低でも千体は倒せるだろう」


 僕が質問に答える。

 「千体……」、「これならいけるぜ」等の声が聞こえてくる。


「魔法がすごいのはわかったのですが、シロ君がベヒーモスを倒せるのですか?」


 神官の男が聞いてきた。


「シロはのう、少なくとも傷を負うことなく一人で、ウォーコングやゴブジェネを倒すことが出来る。戦闘能力もそれなりに高いはずじゃ」

「わかりました」


 バーグンさんの返答を聞き、神官は引き下がる。


「……他はないようじゃな。魔物がここに到着するまであと、十五分。シロの魔法で力が漲っておるな。お前達! 準備はいいかッ!」

『オオオォォォォーッ!』


 ガンッ、ガンッ


 大声を出しながら武器を振り上げ、盾や鎧に当て打ち鳴らす。静まり返っていた街の外に冒険者達の声が響き渡る。


 ウオオオオォォォォォォン


 魔物が攻めてくるであろう、方向から魔物達の声が聞こえ始めてきた。暗く姿が見えないが、魔力感知にはすごい数の反応がある。その中でも一番奥にいる魔物は別格のようだ。

 感じる魔力が桁外れに高い。恐らく、こいつがベヒーモスで間違いないだろう。

 あと、八分といったところか。


 僕は準備をするために街を背にして、歩きはじめる。

 その途中、ダンさん達が後を追いかけ話しかけてきた。


「シロ、お前こんなに強かったのか」

「黙っていて悪かったな」

「気にするんじゃねえ。お前がいなかったら、俺達は峡谷で死んでいたかもしれねえからな」


 僕は足を止め振り返ると、ダンさんがおどけたように言ってきた。

 確かにそうかもしれないけど、危険な目にあったんだよ。


「確かに、危険な目に遭い、死にそうになったわ。あなたが先に言っていれば、安心できていたと思う」

「ですが、シロ君にはシロ君の事情があったのですよね。それを私達は強制できません。冒険者は自由なのですから」

「それに、力量が測れなかった私達の落ち度でもある。シロ君が気にすることはない」


 皆は気にするなと言いながら、近づいて肩や頭を軽く小突いたりしてくる。


「皆、ありがとう」


 泣きそうになりながら、僕は頭を下げながら言った。


「おうよ! シロ、ぶちかましてこい」

「私達は私達にできることをする」

「シロはシロの役目を果たしなさい」

「シロ君、こちらは任せてください」

「生きて帰って来て」


 五人はそれぞれ笑顔で激励を言い、見送ってくれる。


「お前達も死ぬんじゃないぞ」


 僕は再び振り返り、まだ見えない魔物の群れに向かって歩き始める。

 皆、ありがとう。


 ここを早く片付けて、ガラリアへ行こう。

 ソドムの人達もガラリアの人達も誰も死なせない。

 僕が全力で相手をしてやる。

 ……覚悟しろ、魔物共。


『目覚めるは太古の化身共、身に纏うは凍える白き衣、触れし者の魂をも凍らせる』


 僕は歩みながら先ほどと同じように全身に魔力を煉り上げる。魔力が高まり始め、魔力が可視化する。僕の周りは白い陽炎が出来ているだろう。

 右手を真横にゆっくりと持ち上げる。型と水平になったところで止め、手のひらを上に返す。


『――触れること能わず、見ること能わず、姿なき一陣の風は何処へも駆ける』


 今度は左手を同じように持ち上げ、手のひらを上にする。そこで歩みを止め、さらに集中していく。

 想像するは全てを凍て付かせる極寒の吹雪。存在する全ての命と呼吸を止める。絶対の世界。


 ガアアアアァァァァァッ


 可視化した魔力が辺りを照らし、近づいて来ていた魔物共の姿を明らかにさせる。

 あと一分もすれば魔物共は僕のところへと到達し、僕の命を刈り取れるだろう。

 だが、そうはさせない。


『――白き世界へ変える氷と世界に破滅を呼ぶ風よ、荒ぶる氷雪により白銀に染められし世界は、滅びを呼ぶ地獄の風にて終焉を迎える、全ての者の時を止め命を刈り取れ! ニブロスディスメイン』


 魔物が目と鼻の先となった時、僕は詠唱を詠み終り両の手のひらを魔物共の中心へ翳し、煉り高め続けた魔力を魔法へと変換する。両手から透き通る光が視えるもの全てに広がり、僕の眼前を覆い尽くしていく。右手は青色を、左手は緑色の神々しい光を放ち続けている。

 魔物共のいる場所は凍える吹雪が荒れ狂い、氷の世界へと閉じ込めていく。閉じ込められた全てのものは、滅びを呼ぶ風に当てられ、その命を刈り取り、粉々の氷の砂に変えていく。

 魔物だけでなく、植物や土、岩等姿あるもの全てを凍らせ、その命を死へと誘っていく。


『ニブロスディスメイン』


 極寒と暗黒の世界に吹き荒れる死の風は、その場で生きるものを許さない、死の領域。


 込める魔力量によっては拡散範囲を変えることもできるが、この魔法は危なすぎて使えない。人に使ってしまうと誰も抗うことが出来ないだろう。

 この魔法に耐えるには込められた魔力よりも多い魔力の防御や結界か強い耐性を持ってないといけない。それか、相反する魔法を使うしかない。


 暗い夜の帳の中、青と緑の光が照らし徐々に白い世界が広がっていくのが分かる。白くなった範囲にいるものは全滅いてるだろう。

 後ろにいる冒険者達からは息を飲む気配や絶句、驚愕が伝わって来る。

 しっかりこの後は動いてくださいよ。


 両手から光がなくなり始めてきた。

 そろそろ、魔法が放ち終わってしまうな。

 これまでに倒せた魔物はおよそ、千三百体だろう。半分以下には出来なかったが、どうにかできるところまでにはなっただろう。

 魔力感知で確かめてみると低ランクの魔物の中には、動きを止めるものや逃げる者達が確認できる。冒険者達が戦う頃には半分以下になっているだろう。


(こちら、シュン。バーグンさん、聞こえますか?)


 打ち合わせ通り、魔法を放ち終わる前ぐらいになったので、バーグンさんに念話を送る。

 バーグンさんとキャリーさんには念話を使えることを伝えていた。バーグンさんは心底驚いていたが、キャリーさんはそれほど驚いていなかった。馬車の中で僕が詳しく話していたのを聞いて、使えるのではないかと思っていたらしい。


(おう、聞こえるぞ。聞いて想像した以上の魔法じゃな。半分ほど殺ったんじゃないかのう)


 バーグンさんはフォフォフォと、笑いながらそんなことを言ってくれる。

 いつもと変わんないや。

 強き力は怯えられるかもしれないと思っていたけど、そうじゃない人もいるんだな。


(あと数秒で魔法を放ち終わります。バーグンさん、後を頼みます)

(こっちは任せとくんじゃ! シュン坊、気を付けるんじゃぞ)

(はい!)


 バーグンさんからの返答を聞き、念話を切る。


 僕は自分が凍らせた白い世界の中へ入って行く。

 氷の砂を踏みしめる度にジャリ、シャク等といった音と感触が伝わって来る。

魔力と魔法の光がなくなり、辺りは薄暗い夜に戻ってしまったが、僕には関係ない。僕の魔力感知には死んでいない魔物共の反応が感知できている。

 ここから数キロ先に行ったところに大きな魔力反応がある。こいつとこの周りにいる反応は止まることなく、前へ進んでいる。

 こいつらはあの魔法に怯えなかった。恐らく、ベヒーモスとAランクの魔物だろう。

 僕はそれを感知すると一気に走り出す。全身の身体強化と左手に魔力を煉り上げはじめる。右手は背中の剣を抜き放ち、魔力を通す。

 ベヒーモスに到達する前に何体かの魔物と交戦しないといけないか。


 白い世界は肌寒く、体の体温を下げてしまうが、先ほどの魔法と気分の高まりによって、下がることはない。

 後方からはバーグンさんの発破や冒険者達の呼応する声が、轟いて聞こえてくる。

 どうやら、士気を高めることに成功したようだ。

 これで安心して、ベヒーモスと相対することが出来る。


 バーグンさん、あとは任せます。

 ダンさん、ロイさん、セリア、シルルさん、フルンさん、皆、死なないでください。


 僕はスピードを上げ、一体目の魔物へ向けて剣を振り下す。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「では、やってみて見せてください。生半可なものでは誰も納得しませんよ?」 魔法使いは僕を挑発するように言ってくる。 あなたに納得してもらう必要はない。くらい言って欲しかった。
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