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襲撃

 峡谷を抜け、森(林道)へと出た。

 峡谷を抜けた林道は、思っていたよりも広く、馬車が二台分はゆうに通れるほどの幅がある。


 峡谷よりも慎重に進んでいる。なぜなら、森の中で夜間を過ごさなければならないからだ。

 魔力感知により魔物を感知することはできるが、不意の襲撃となるとあたりは暗いうえに、木々で身動きが取れないからだ。

 さらに、峡谷での話し合いが尾を引いているのだ。


「今日はここまでにしましょう。これ以上進むのは危険だと判断するわ」


 峡谷を抜けて、大体五時間は経っただろう。今の時刻は十九時頃だ。辺りは暗く、完全に陽が沈んでいる。空を見渡せば、雲一つない暗い世界の中に煌く光が点々と輝き放ち、その中で一際輝いている丸い月が見える。


 セリアの指示に従い、僕はすぐに夕飯の支度に移る。

 今日は無難に普通のスープと元気の出る肉料理にしておく。手早く料理を作り終え、皆が帰って来るのを待つ。

 少しすると“サイネリア”の三人が集合し、その後すぐにバリスさん達が来る。最後にダンさんとロイさんが薪を拾い集めて、夕食を食べ始める。


「シロの飯も明日で最後かぁ……」

「そうだな。シロ、俺達とパーティーを組んでほしいが無理なのだろう?」

「ああ、暫くはソロでやるつもりだからな」


 この二日間で二人から何度も、一緒に組まないかと誘いを受けている。

 一緒に組んでもいいんだが、シロの状態だと組むに組めないからなぁ。行ってもいいんだが、ここまで来たら言い辛くなってきちゃったんだよね……。


「気が向いたら声をかけさせてもらう。すまんな」

「いや、いいんだ。こちらこそ無理を言ってすまない」

「そうだぜ。気が向いたら組んでくれるんだろう? なら、それでいいぜ」


 僕がビッグホーンを瞬殺したのを見て、二人からの勧誘が少しだけ激しくなったんだよなぁ。まあ、仕方のないことだと思うけど。


「それにしてもさ、シロ。あんた何でそんなに強いわけ?」

「セリアちゃん、それはマナー違反よ」

「シルルは気にならないわけ? 私は気になるんだけど。フルンもそうだよね」

「シロ君、私の知らない魔法を使った。あれはオリジナル魔法だと思う」

「そうだな。剣術も嗜んでいる程度ではないだろう? 嗜んだ程度ではオーガの手首を切れんと思うぞ」


 僕のことを皆知りたいようだ。

 皆が僕の方を向き、耳を澄ませているようだ。


「そうだな……。全てを話すわけにはいかないが、ある程度なら話してもいいだろう」

「そうこなくっちゃ」

「シロ君、いいのですか?」

「ああ、構わない。――俺には師匠がいる。その師匠と出会ったのはファチナ森の中だ。俺は気づいた時にはその森に捨てられていて、彷徨っていたところを師匠に保護されたんだ」

「シロ君は孤児だったのですか。辛い事を聞いてしまい、すいませんでした」

「いや、構わない。もうどうでもいいことだしな。その後、師匠に保護されていた六年間、修業をしてもらったんだ。師匠からは魔法と剣術を教えてもらった。師匠は魔法使いだったが、剣術の方もそこいらの剣士より強かったんだ。師匠からは『剣は身を守るため、魔法が使えなかった時のためにある』と、何度も言われた」

「その師匠はどんな人なんだ?」

「師匠か? そうだな、名前等は言えないが人柄ぐらいならいいだろう。師匠は料理が下手だったな。どんなものでも先に来るのが、『焼く』の二文字だった。俺が作り始めるまでは、毎日のように肉の丸焼きが出てくる。味も肉の味しかしない。ただ単に焼いただけ、それほど料理が出来ていなかったな」

「フルンちゃん、料理を頑張りましょう」

「…………うん」


 シルルさんとフルンさんの間で、料理教室が開かれるようだな。料理はできて損はない、この世界だとできない方が苦労するしな。


「あとは、魔法がすごいな。何度も模擬戦をしたんだが、師匠の下を離れるまで一回も勝てなかった」

「それほどまでにすごいのか……」

「でも、それほど強いなら私達も知っている人なんじゃないの?」

「皆知っているだろうが、師匠は隠れ住んでいるため教えるわけにはいかない。たとえ、師匠のことが分かっても、会いに行くことはできないだろう。あの森を踏破するにはAランクパーティー以上の実力がいるだろうからな」

「それほどまでか……」


 丁度ここで夕食も食べ終わり、僕は片づけをするためにこの場を離れる。皆は僕が去った後に何か話しているようだが、気にしなくてもいいだろう。


 今日の警備時にもフルンさんに魔法の指導をする。夜間は昨日と同じく、魔物に奇襲されることなく過ごすことが出来た。




 夜が明け、今日で護衛三日目最後の日となる。

 何事もなく進むことが出来れば、今日中にソドムへと着くことが出来るだろう。


 昨日のようなことが起きれば、こちらの体力が持たずにやられてしまう可能性が高い。僕は大丈夫だが、他の五人がかなり疲れているように見える。

 Cランクの依頼といえど、あそこまで疲労することはまずありえない。確実にビッグホーンとの戦闘が、原因になっている。


 昨日よりも早めに出発し、早くソドムへ向かうことになった。

 道中、魔力感知を今まで以上に回数を増やし、すぐに感知できるようにしている。

 魔力感知でも魔力は減るが、僕の場合はそうでもない。魔力の回復量は個人差があるが、僕の場合瞑想のおかげで回復量が多い。魔力感知の減り具合よりも、回復量の方が勝っているため、減るよりも増えている。


「このままだと、昼過ぎには着くことが出来るな」

「そうね。昨日はあんなことがあったから不安だったけど、今日は何も起きそうにないわね」

「魔物の襲撃が一度もないのは不思議に思いますが、こんなこともあり得ることでしょうし」

「魔物に会うよりも……会わない方が楽でいい」


 皆は一度も魔物と遭遇せず楽だと談笑しているが、僕はそう思わない。

 僕は昨日よりも範囲を広げ一キロ範囲でしているが、魔力感知に一回も引っかからない。これはどう考えてもおかしい。何か起きようとしているのかもしれない。

 だが、このことを今伝えるのはまずいだろう。

 皆の昨日の戦闘の疲労もそうだが、依頼人であるバリスさん達も相当疲労が溜まっているだろう。

 肉体だけの疲労ならば大分とれているだろうが、精神的な疲労は街に着くまで、溜まる一方だからな。


 街に着くまでは黙っていよう。街に着けば、そのあたりの情報も得られるかもしれない。

 そのあたりの判断は、キャリーさんに相談してみた方がいいよな。


 予定通り昼過ぎになると、ソドムの街が見えるようになってきた。

 ソドムの街はガラリアの街と比べると小さく感じる。ガラリアは強固な外壁が見えていたが、ソドムには外壁はあるがそれほど強固には見えない。


「あと、三十分もすればソドムへ着くわ。それまで頑張りましょう」


 セリアが空元気に見えるが、皆に発破をかける。

 この街にも入る前に検査があるのかな? ガラリアにはあったけど、ファチナ村にはなかったからな。


「少しいいか? 俺はガラリアの街にしか行ったことがないからよく知らないのだが、門のところで検査はあるんだよな?」

「シロ、本気で言っているのか?」

「ああ、本気だ。俺は森の近くの村とガラリアにしか行ったことがない。村では検査なんてなかったからな。街にはどこにでもあるものなのか?」

「大概の街に入るには検査がある。村はその規模によって警備兵がいるだろう。あとは、村の方針によっては検査がないところもある」

「ソドムには検査があるということだな」

「まあ、そうなる」

「街に着いた後はどうするんだ?」

「街に着いた後は依頼人であるバリスさん達に依頼完了証明書を貰い、冒険者ギルドへと向かう。そこで、依頼の達成と報酬を貰うのだが、今回は試験官であるキャリーさんの指示を仰ぐことになるだろう」


 そうなのか。僕は一度も護衛の依頼を受けたことがなかったからわからなかった。流れは討伐依頼などと同じなんだな。




 僕達は無事にソドムへと着くことが出来た。

 門の近くで検査を受け、バリスさん達と共に中に入って行く。

 中はガラリアと同じで真っ直ぐ行けば大通りがあり、買い物客や商売人、冒険者が多く行き来している。

 バリスさん達と別れ、僕達は冒険者ギルドへと向かっている。その間にキャリーさんが今後のことを話すようだ。


「ギルドで依頼の報告をした後、一旦集まることとします。場所は会議室を借りましょう。そこで、詳しいことを話そうと思います」


 冒険者ギルドはガラリアと同じような造りだった。ここも同じように扉がない。


「こんにちは。どのようなご用件でしょうか?」

「護衛の依頼の報告と素材を売りに来ました。この六人です」

「かしこまりました。では、依頼の報告からお願いします。ギルドカードと依頼完了証明書を提出してください」


 言われた通りにギルドカードと依頼完了証明書を提出する。

 受付嬢は受け取ったカードを機械に差し込み、証明書を見て確認に移る。


「はい、これで依頼完了となります。報酬は中金貨一枚となります。お確かめください」


 中金貨一枚を受け取る。


「素材は何の素材でしょうか?」

「オーガ三体とビッグホーン三体、あとはラビーの毛皮になります」

「……オーガとビッグホーンですか? それはどこにありますか?」

「この収納袋に入っている」


 僕はそう言って腰に下げた袋を持ち上げる。


「わかりました。それでは、解体場の方へ持っていってください」

「わかった」


 僕達は通路を通り、解体場へと行く。


「この台の上へ出してください」


 ガラリアの解体場にある台と同じ台の上に、オーガ三体とビッグホーン三体、その他に売れそうなものを出していく。


「これで全部だ」


 オーガの死体とビッグホーンの死体を出す。

 オーガの状態はまだいいが、ビッグホーンの状態は穴が開いていたり、体が潰れ真っ二つになっているから査定額が低くなるだろうな。


「……このオーガの身体には穴が開いているので、安くなります。こちらは手首がありませんが、大丈夫です。……ビッグホーン三体共状態がよくないので安くなります」


 受付嬢はそう言って、他の物の査定へと移る。


「……終わりました。全部でオーガ中金貨一枚、ビッグホーン中金貨一枚と小金貨三枚、毛皮や肉は小金貨一枚、合計で中金貨二枚と小金貨四枚となります。お確かめください」


 セリアが受付嬢からお金を受け取り、中の金額を確かめる。

 全部で中金貨三枚と小金貨四枚になるのか。六人で分けると……小金貨四枚余るな。


「あの~、ちょっといいですか?」


 僕が考え事をしていると受付嬢が声をかけてきた。


「何ですか?」

「オーガはまだわかるのですが……ビッグホーンはどのようにして倒したのでしょうか?」


まっ、当然の疑問だな。二体のビッグホーンのお腹は風穴が開き、もう一体は体が潰れ、真っ二つになっているんだからな。

 セリアがチラッとこちらを見たので、首を横に振っておく。


「倒し方を言うわけにはいきません。魔法を使ったということしか、教えるわけにはいきません」

「……わかりました」


 受付嬢は本当に諦めたのか分からないが、とりあえずは諦めたくれたようだ。


「報酬は山分けにして、残りは皆で使っちゃいましょう。それでいいわね」


 皆頷く。誰も文句はないようだ。


 解体場からギルド内へ戻り、ロンジスタさんが待っている二階の会議室へと行く。

 通路を進んでいくと会議室と書いてある扉があるので、その部屋へ入る。


「報告は終わりましたか?」

「はい、終わりました」

「では、話をするので近くに座ってください」


 そう言われたので、僕達はキャリーさんの近くの椅子に座る。


「今後についてですが、ソドムで一泊してからガラリアへ帰ろうと思います。通常は休憩したのちに帰るのですが、疲れているでしょうから今回は特別処置とします。宿はこちらで手配しますから、心配しなくていいですよ」

「マジですか!」

「ええ、本当ですよ」


 ダンさんが「よっしゃーっ」と言ってはしゃいでいる。

 お金にでも困っているのだろうか?


「ダンさん、静かに。集合は明日の朝九時です。場所は今日入ってきた門の前にします。わからないことはありますか? ……ないようですね。夕方五時頃にもう一度、ここに集まってください。報酬については好きに使って下さって構いません。それでは、解散とします。……シロくんはちょっと残って下さい」

「はい」

「シロ、下で待っているから終わったら声をかけてちょうだい」

「わかった」


 僕以外の五人が会議室から出て行く。

 最後の一人が出て扉を閉めると、ロンジスタさんが話しかけてきた。


「シュンくん、今回の依頼ご苦労様でした」

「いえ、それほどでもありませんでした。僕よりも五人の方が疲れているでしょうから。僕は魔力切れを起こしていない分楽ですね」

「そうですか。……今日の護衛中ずっと何かを言いたそうでしたが、何を言いたかったのですか?」

「気づいていたんですね。後で話そうと思っていたんですが、今話しますね。キャリーさんは魔力感知や似たようなことが出来ますか?」

「私は魔力感知が使えますが、シロくんほど広くありませんね。大体五百メートルでしょう」

「そうですか。僕は護衛中ずっと魔力感知をしていました。大体一キロ範囲といったところです」

「それがどうしたというのですか」

「それなのに、魔力感知には魔物が一度も引っかかりませんでした」

「それは森の中も含めてですね?」

「はい、自分たちを中心とした、半径一キロ範囲に反応がありませんでした」

「それは異常があるかもしれませんね。……魔物がどこかに集まっている可能性があります……」

「魔物騒動もそのための準備かもしれません」

「……そういうことですか。第三者が上位魔物を操り、下位魔物を支配させ、襲ってくるかもしれないと言いたいのですね?」

「はい」


 僕が今まで遭遇してきた魔物や報告にあった魔物達は、戦力を集めるためにしていたのではないか。

 戦力を集めきった魔物達はどこかに集まり、襲撃の時を待っているのだろう。

 いつ魔物が攻めてくるのかはわからないが、この辺りの魔物がいないとなると、魔物が攻め込んでくるのも時間の問題となる。


「上位魔物が発見された場所はわかりますか?」

「あれからギルマス達上層部と話し合い、調査をしたのでわかっています。確か、ファチナ森林、ガラリア付近の森、平原、荒野あとは王都周辺だな」

「そこの中で、魔物が減った地域はわかりますか?」

「それはわかりません。減ると何かあるのですか?」

「いえ、減った地域に何かあるのではなく、減らない地域に何かあるんです」

「減らない地域? ……まさか、その地方に魔物が集まっているというのですか!」

「確認してみないことにはわかりません」

「ちょっと待っていてください。ここのギルドにも調査結果が来ているはずですから、それを聞いてきます」


 キャリーさんはすぐに会議室を出て行った。

 今思ったけど、こういうことって聞いてもよかったのかな? 普通は極秘扱いになるもんじゃないの?


「お待たせしました」


 僕が考え事をしているとキャリーさんが帰ってきた。


「いえ、そんなに待っていません。それよりも、それは僕が聞いてもいいのですか?」

「はい、大丈夫ですよ。仮に魔物の襲撃があるとすれば、シロくんには戦ってもらわないといけませんから」

「わかりました」


 まあ、襲撃が起きて、見過ごすなんてことは僕には出来ないな。前世の教訓で、見捨てられる苦しみを知っているし、助けを呼ばなかった・助けてもらえなかった痛みを知っている。

 助けを求められたらできるだけ助けよう。


「調査結果によると……ガラリア付近の魔物が減っていません。それとガラリアから王都へ行く道も、魔物があまり減っていないようです」

「では、他の地域では大なり小なり減っていると」

「ええ、ソドムではここ最近、魔物の討伐依頼が減ってきているそうです。王都周辺も同様ですね」

「魔物の襲撃が起こりそうですね」

「魔物の襲撃が起こりそうなのはガラリアということに……」

「いえ、最悪の場合、王都という可能性もあります」

「そうですね。ガラリアは通過点に過ぎないということですね」

「どちらの場合でもガラリアが危険であることには変わりありません。ですが、襲撃が本当に起こるとは限りませんが……」

「わかりました。『魔物の襲撃の可能性あり、周辺を調査せよ』と各ギルドへ通達しましょう。それと、上層部で話を止めるように言っておきます」

「それは、ガラリア以外にも魔物の被害があるかもしれないからですね?」

「それと、もしそうなったとき、救援を早く呼ぶためです」

「わかりました」

「シュンくん、わかっていると思いますが誰にも言わないで下さいね」

「はい、わかっています」


 僕はそう言って会議室を後にする。




 会議室を出て、一階の皆が待っているところまで行く。皆はわかりやすいところにいてくれたのですぐに合流することが出来た。


「待たせてすまない」

「いや、そんなに待っていないから大丈夫だ」


 僕の謝罪をロイさんが気にするなと受け流してくれる。


「シロ、何の話だったの?」


 やはり聞かれたか。無難に子供だからとでも言っておくか。


「俺の身を心配してくれて、声をかけてくれただけだ。まだ、俺は子供だからな」

「ふーん、そうなんだ」


 あまり信用されていないようだな。


「まあいいや。これ、シロの分ね」


 セリアはそう言って小金貨六枚を差し出してきた。

 残りの小金貨四枚をみんなで使うということだな。小金貨四枚は四十万ぐらいになるのから丁度いいぐらいだろう。


「わかった」

「で、残りの小金貨四枚でパーッと打ち上げでもしましょう」

「まだ、合格かわからないのにか?」

「そんなこたあどうでもいいんだよ、シロ。一つ何かをやり遂げたってことで祝うんだからよ」

「そうだ」

「シロ君、それでいいですよね」

「ああ、わかった」




 僕達はギルドから出て、集合時間の五時前まで食堂へ入り、三時間ほど飲み食いしていた。


 五時前になったところで食堂を後にし、冒険者ギルドへと行く。

店の外は陽が沈み、蒼く澄み渡っていた空が黄色から朱へとグラデーションを描く空へ変えていた。

 大通りには昼過ぎよりも人が溢れかえり、活気に満ちている。夕食を食べに行く人、夕飯の買い物をする主婦等いろんな人と声が聞こえてくる。


 大通りにある、冒険者ギルドの中は冒険者でいっぱいになっていた。

 入ってすぐにある左側の飲食店では、何人かの冒険者達が飲み食いをして盛り上がっている。その中に酔っている人は見当たらない。

 それもそのはず、冒険者ギルドにはアルコールの類のものを、一切を置いていないからだ。酔った勢いで依頼を受け怪我をする、ギルド内で争いごとを起こされるのを防ぐためだ。あとは、飲むなら酒場に行けということだろう。

 二階も一階と大して変わらず、喧騒に包まれている。


 ギルド内で少し待っていると、二階からキャリーさんが下りてきた。


「待たせしました。あなた方が泊まる宿の名前は“赤熊の宿”というところとなります。場所はこのギルドの向かいですね」


 外を見てみると確かに、赤熊の宿と書かれた看板が見える。

 この街には旨味亭はないのかな?


「昼にも言いましたが、宿代はこちらで払っておきました。これから行って、十分にこの三日間の疲れをとりなさい。明日からはまた三日間の移動となりますからね」

「明日はどのように帰るのですか?」

「明日はギルドの馬車を使います。明日の朝までには準備をしておくから心配しないで大丈夫ですよ」

「わかりました」

「他にはないですね? ……それでは、明日の朝九時に入ってきた門に集合です。寝坊したものは置いて行きますから気を付けてください」

「ぐっ、はい」


 キャリーさんはセリアの方を見て言う。

 セリアは前科があるから仕方がないと思うぞ。


 話が終わり、ギルドの前にある赤熊の宿に入る。

 外見は木製の造りで、所々汚れていたりしているが目を凝らさなければ目立つものではない。清潔感のあるいい宿屋に見える。

 中に入ってすぐに見えたものは、体長三メートルはあると思えるレッドベアーの剥製だった。おそらくこれが宿の名前の由来になったのだろう。

 その右奥には食事をしている泊り客や食べに来た人がいる。ギルドほどではないが結構騒いでいる。中には冒険者らしきものが見える。手に持っているものはジョッキなので、酒を飲みに来たのだろう。


「赤熊の宿へいらっしゃい。泊まりか? それとも食事か?」


 宿の中を見ていると左から男性の声が聞こえてきた。

 振り向くと四十代と思われる男の人がカウンターを挟んで立っていた。


「泊まりにきたわ。ギルドからお金が払われているはずだけど……」

「ああ、アンタらのことか。本人か確認するから、身分を証明するものを出してくれ」


 僕達はギルドカードを出して、男性に渡す。


「……聞いていた名前と一致するな。部屋は二階の五と八の三人部屋が二つだ。……これが鍵な。無くすなよ」

「わかった」

「食事は朝食のみだな。朝六時からしているから、いつでも食べに来い」


 男性は言い終わると奥の方へ消えていった。


「とりあえず、今日はここで解散しましょう。はい、これ男子組の鍵ね」


 セリアは八と書かれた鍵をダンさんに渡し、シルルさんとフルンさんの二人を連れて、二階へと上がっていった。


「俺達も行くか」

「そうだな。早く休もう」

「わかった」


 僕達も二階へと上がり、鍵に書かれた番号と同じ番号の部屋へと入る。

 部屋の中は必要最低限の物しか置かれていない。


「思っていたよりも広いな」

「そうか? 三人部屋だとこんなものだと思うが」

「シロはずっと一人部屋だったからだろう。……ダン、寝るのはいいが装備品の整備をしてからにしろ」

「おお、忘れてたぜ。ロイ、ありがとな」


 寝ようとしていたダンさんはロイさんに注意されて、起き上がる。


「シロはしなくていいのか?」


 装備の整備をしているダンさん達を眺めて突っ立っていると、ダンさんが不思議に思って聞いてきた。


「ああ、俺は魔法で綺麗にしてあるからな。さすがに、剣の整備はちゃんといているがな」

「初日に話していた魔法のことか。確か……洗浄魔法といったか」

「ああ、そうだ。ロイ、よかったら教えようか?」

「いいのか?」

「ああ、教えて困るものじゃない。それに“サイネリア”に教えて、こちらに教えないのは気分が悪いしな」

「助かる」


 ロイさんはすぐにコツを掴み使えるようになった。ダンさんは魔法が使えないので、羨ましそうに見ていたところをロイさんが気付き、ダンさんの分にも洗浄魔法を使ってあげていた。

 それにしても、なぜダンさんは魔法が使えないんだろう? ロンジスタさんも使えないって言っていたな。適性がなくても使っていけば、使えるようになるはずなんだけどな……。今度調べてみよう。


 装備品の整備と明日の準備が終わった後は、三人で軽く話してすぐに眠った。




 ヮ~、ヵッ ヵッ


「……んー、ぅん」


 煩いな、何の音だ?

 耳を澄ませ、聞こえてきた音を捉えようとする。


 ワァー、カン カン


 外が騒がしいようだ。それと、何やら金属同士を打ち合わせたような音が聞こえる。


「ロイ、ダン」


 横のベッドで熟睡している二人の身体を揺さぶって起こす。


「ん~、なんだ、シロ。……まだ暗いじゃないか。まだ寝とけ」


 先に起きたダンさんが窓の外が暗いのを見て、もう一度眠りに就こうとするがロイさんが止める。


「いや、待て、ダン。外の音をよく聞け」

「ん? なんだっていうんだ」

「外で何か起きているようなんだ。金属を打ち鳴らすような音が聞こえるんだが……」

「それは本当か!」

「ああ」


 寝ようとしていたダンさんが飛び起きた。


 ワァー、カァーン、カァーン


「シロ、この音は警報だ! すぐに準備をしてギルドへ向かうぞ」

「私は女性三人を起こしてくる」


 ダンさんは部屋の隅に置いていた鎧と大盾を身に着け始め、ロイさんはすぐにローブと杖を持つと“サイネリア”の三人を起こしに行った。


「警報? 何か起きたというのか?」

「ああ、そうだろう。警報が起きるときは戦時中か襲撃時のみだ。今は戦時中じゃないから魔物が攻め込んできたのだろう」

「わかった」


 次第に音が大きくなり始め、人々の悲鳴や怒号がはっきりと聞こえてくるようになってきた。

 クソっ、やはり襲撃が起こったか。まだ、時間があると思ったんだが……。

 収納袋から剣と杖を取り出し、すぐに装備をする。


「準備できたか!」

「おう!」

「ああ」


 ロイさんの後ろには“サイネリア”の三にが見える。準備が速かったのでロイさんが起こしに行ったときには、すでに準備をはじめていたのだろう。


 準備が整うと赤熊の宿を出て、ギルドに入って行く。

 ギルド内は冒険者で溢れかえっている状態だった。血の気の多い冒険者たちが集まっていることだけあって、怒声と質問の嵐が吹いている。緊急時のことだけあって暴力沙汰にはなっていない。


「静まれー!」


 僕達がギルドの中に入ると同時に二階から大きな声がギルド内に響き渡った。騒がしくしていたものは止まり、話していたものはピタリ、と静かになる。皆、声の主の方を向いていく。

 そこには六十は過ぎたであろう老人が立っていた。その横にはキャリーさんもいる。


「儂はソドム支部のギルドマスター、バーグン・ドラハムじゃ」


 静まり返った冒険者達を、ゆっくりと端から端まで見渡すバーグンさん。

 バーグンさんは身長百七十センチぐらいで禿た頭と長く生えそろった白いひげを蓄えている。体つきはローブで隠れているためわからないが、強者の気を纏っているから相当強いのだろう。


「この王都周辺は危機に陥っておる。魔物の集団が王都に向かって迫ってきておるからじゃ。調査によるとゴブリンキング、オーガキング、ブラッドウルフ等上位の魔物を筆頭に、この周辺の魔物を引き連れて来ているのが確認された。魔物の集団はガラリア、ソドム、カンテ、セリオルの街に分かれて、およそ三千体が進行中じゃ。あと三時間ほどでこの街に到達するじゃろう。この魔物の集団を引き連れているのは姿からしてSランクの魔物、ベヒーモスじゃ」


 バーグンさんは報告書を読み上げながら言う。

 Sランク級か……。ガラリアにも来ているんだよな。たぶんガラリアの方が進行してくる魔物の数が多いだろうな。


「ベヒーモスは地属性の魔物じゃ。十メートルの巨体と地魔法を使う。二足歩行の魔物でそれほど速くは動かぬが、その力は地を揺るがすと言われておる。全身を鋼のような筋肉で覆われ、並大抵の攻撃はすべて弾かれてしまうじゃろう」


 周りで息をのむ人や悲鳴を上げるものがいるが、バーグンさんはそのまま続ける。


「ここ最近、魔物が見られなくなっていたのはこの侵攻をするためだったのじゃろう。この街に向かってくる魔物三千に対して、我々の戦力はおよそ五百。王国の騎士団が駆けつけてくるじゃろうが、あてにしてはならん! なぜなら、騎士団のほとんどがガラリアへと出発したからじゃ」

『なぜっ!』


 周りの冒険者たちは怒りの声を上げるが、バーグンさんは気にせずに続きを話す。


「ガラリアに向かってきている魔物の数は、およそ二万。他の三つの街の七倍は向かってきておるからなんじゃ。もしかすれば、それ以上にいる可能性もある。地平線の向こうまで魔物の大群が見え、数を数えきれなかったんじゃ」


 二万! 

 マジかっ!

 しかも、それ以上いるかもしれないだと。このままではガラリアが墜ちて仕舞う可能性が高いな。


「騎士団の他にも王都にいる冒険者が駆けつけてくれとるはずじゃ。その冒険者が来るまでこの街で足止めするんじゃ。恐らく、多くの命が散っていくじゃろう! だが、我々は負けてはならん! 我々が負ければ街の住民が死ぬ! 王都の住人が死ぬ! そんなことになっては王国が滅んでしまう! 魔物どもにそんなことをさせてたまるか! 儂はさせたくない! お主達はどうじゃ! この街を守り抜きたいか! 住民のため、街のために命を捨てる覚悟があるか! 非難する者達の時間を稼ぐ気があるか!」

『……オオオオォォォォーッ!』


 バーグンさんの話が終わると、静寂の後にギルドを震わすほどの雄叫びが響き渡る。誰もがやる気と気迫を纏い、大声を上げている。


「やってやろうじゃねえか!」

「そうだな。ガラリアも心配だが、持ち堪えてくれるだろう」

「そうね。早く片付けて、ガラリアへ駆けつければいいだけだしね」

「はい。たったの三千です。一人六体倒せばすぐに終わります」

「そう……私の魔法で殲滅する」


 ガラリアから来た五人はソドムを守ろうとやる気に満ち溢れている。


「これはギルドからの緊急依頼となります。報酬は小金貨一枚を前報酬とし、依頼達成後に中金貨五枚とします。また、貢献度の度合いにより報酬は加算されます。魔物の素材も通常より高額で買い取らせてもらいますので、討伐証と一緒に掲示してください。それでは、やる気のある人はこの水晶に触ってください。触った人は依頼の受理がされます」


 キャリーさんが水晶を掲げながら言った。他にも同じような水晶がたくさんある。冒険者達は我先にと水晶に触っていく。


「受理した者から外に出て待機じゃ。その後、隊分けを行うぞ」


 できたものは走りながらギルドから出て行く。

 なんだか、魔物と闘う前から怪我をしそうだな。もう少ししてからいこう。


「シロくん」


 皆が終わるまで待っていようと座っていると、後ろから声をかけてくる人がいた。


「ん? キャリーさん。何か用か?」

「ちょっと付いて来てください。話したいことがあります」

「いいぞ」


 僕はキャリーさんの後を付いて、二階の会議室へ行く。


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