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試験当日

 打ち合わせをした翌日。僕は集合場所にて、依頼人の商人であるバリスさん、デリトさん、ハイリさんと話をしている。僕の他にセリアさん以外がそろっている。セリアさんは寝坊したようで準備中らしい。あと三十分あるから大丈夫だろう。


「では、シロ君はこの依頼が終わった後に王都へ行くのですね?」

「ああ、そうだ。友人に頼み事をされたんでな」


 僕は今、王都についていろいろと聞いている。バリスさん達は王都にいたことがあるようで、この街で仕入れたこと以外のことを知ることが出来た。

 まず王都では……というより王国内で派閥があり、その派閥が何やら企んでいる噂があるようだ。その噂自体はよくわかっていないようだが、おそらく第三王女のことだろう。

 次に、今回の闘技大会は第三王女のお披露目以外に帝国の婚約者が来るようだ。その婚約者は帝国の第四皇子らしいのだが、その王子について良い噂を聞かないようだ。百年前の戦争を起こした皇帝の子孫だという。何やら企んでいるのではないかと噂されているみたいだ。

 最後に王都には米の料理を出す店があるようだ。これを聞いたときは思いっきり口調が戻ってしまっていた。だって米だよ? しょうがないじゃん。


「セリアさんは来ましたか? あと十分しかありませんよ」


 キャリーさんが声をかけてきた。


「いえ、まだ来ません」

「いつも……こうだから」


 いつものことのようで全く焦っていないようなシルルさんとフルンさん。


「リーダーが遅れるってどういうことだ」

「そうだな。我々にも影響が出てくる」


 この二人は少し怒っているようだ。


「間に合ったー!」


 街の中からセリアが叫びながら飛び出してきた。

 うるさいな……。近所迷惑だから叫んでくるのはやめなさい。


「セリアさん、あなたはリーダーなのですよ。減点一です」

「そんな~」


 セリアがその場で崩れ落ちた。

 自業自得なので誰も声をかけようとしない。


「セリアさん立ちなさい。依頼人に挨拶をして、すぐに出発します」

「はい」


 セリアはすぐに立ち上がり、依頼人に挨拶を済ませ僕達は出発する。

 バリスさん達は遅れてきたセリアのことを見て驚き、彼女がリーダーと聞いて少し不安になったようだ。




 出発前にひと騒動あったがその後は何事もなく順調にソドムまで行っている。途中に何度か魔物と戦闘になったが大半がスライムやゴブリンなどの低ランク級だった。

 スライムの見た目は半透明の青色でブニョブニョしていて体の中に核となる石がある。物理攻撃がほとんど聞かないため、火魔法かスライムの核を砕くことで倒すことが出来る。


 馬車が二つあり空いたスペースは自由に使ってもいいことになっている。そのため、護衛を二人交代として常に四人が馬車の外を歩いて警護をしている。今は僕とフルンさんを除いたメンバーが行っている。分け方は模擬戦をした者同士となった。

 キャリーさんは馬車に乗っているが戦闘などには参加しないので、扱いが商人と同じような感じになっている。


 そして僕は今、フルンさんに魔法を教えている最中だ。

 なぜそうなったかというと僕とフルンさんが休憩に入った時、僕が洗浄魔法を使っているのがばれたからだ。ばれてもいい魔法だったのでとりあえず、休憩中は教えることにしたんだ。


「洗浄魔法は体の汚れ以外にも服、武器や防具等にも効果がある」

「それがあれば手入れが楽になる。……それに、女性には必須魔法だと思う」

「手入れは楽になるが、ひどい汚れにはそれ相応の魔力を必要とする。あと、病気や怪我には効かない」

「わかった。で、使い方は?」


 フルンさんは教えてほしいと迫って来る。

 ちょっ、近いよ。教えてあげるからそんなに迫ってこないで。


「この魔法には汚れが何か、どういったものか、どうしたらとれるかを考えることが大切だ」

「詠唱はないの?」

「俺は使っていない。どのような詠唱がいいかは自分が考えた方がいい。例えば『水よ、汚れを落とせ クリーン』とかな」

「おおー」


 今僕は休憩前に倒したゴブリンの返り血を綺麗にした。白いコートに少しだけついていた赤い斑点が、僕が魔法を唱えた瞬間、分解されるように消え去っていった。それを見たフルンさんが感嘆の声を上げる。


「でもこれ、水魔法なの?」

「いや違う。この魔法には属性がない。分類するなら無魔法になるだろう。無魔法には詠唱がないものが多いからな。わかりやすいだろ? 洗うには水がいるから」

「……そうね。わかりやすい」


 今、間があったけど何かあったかな? 綺麗にするには水がいるからわかりやすいと思ったんだけどな……。


「『水よ、汚れを落とせ! クリーン』……? 『クリーン』……『クリーン』……『きれいにして』……できた」


 何度か試してできたようだ。詠唱の鍵となる言葉はイメージによって変わるので、その人によっては変わる場合がある。フルンさんはお願い? したようだ。

 どのようなイメージをしたのだろうか。お願いしていたということは……家事が苦手なのだろうか。さっきも間があったし……。


「フルンのイメージは……人にしてもらった?」

「……なぜわかったの?」

「……いや、なんとなく」

「あやしい」


 さすがに、思ったことをそのまま言えない。


「怒らないから、答えて」

「本当に怒らないか?」

「怒らない」

「……家事が出来ないのだろう」

「……フン」


 フランさんはそっぽを向いてしまった。

 やっぱり怒ったか。……いや、怒ってはいないか、拗ねただけだな。


「あらあら、フランちゃん。ばれてしまったわね」


 僕達の会話を聞いていたのか馬車の隣で歩いていたシルルさんが覗いて話しかけてきた。

 どうやら、本当に家事ができないみたいだ。


「シロ君、この魔法は便利ね。聞こえてきたから使っちゃったけどよかった?」


 シルルさんがすまなさそうに聞いてくる。


「別にかまわない。攻撃魔法ではないからな」

「ありがとう。私たちのパーティーは家事ができる人が私しかいなくて困っていたの。これで家事が半分は減ると思うわ」


 急にシルルさんがパーティー事情を話し始めてきた。

 そこまで困っていたのか。まあ、三人分の家事をすれば相当疲れるな。僕も前世で……。考えるのはよそう。

 隣にいるフルンを見ると俯いていた。

 え、どうしよう。何か気の利いたことを……。


「フルンちゃん。今度からは手伝ってくれるわね。一緒にしましょう」

「……わかった」


 シルルさんの『一緒にしましょう』の一言で俯いていた頭を上げ、元気になった。

 そっか、シルルさんはパーティー内のお母さん的立場なのか。


「おーい、そろそろ昼休憩にするってよ」


 前の方からダンさんが昼休憩のことを教えに来てくれる。

 もうそんな時間になったのか。この世界には小型の時計がないため、時間が分かりにくい。

 馬車が止められ、商人さん達は馬に水や食べ物を食べさせて、何やら緑色の固形物やゼリーの様な固形物を食べている。あれは、何だ? 食べ物なのか? と思いながら他の人の食事を見てみると、皆違いはあれど、同じようなものを食べている。

 よくわからない食べ物だが、僕は持っていないのでよくわからない。ヒュードさんに貰った携帯食に似ている気がするが、バンジさんにおいしくないと言われ処分した気がする。

 その代わり、食事を有料で作ってもらったから収納袋の中にたくさん入っている。と、いうか食糧だらけになっているだろうから、今度整理をしないといけない。時間が経たないからつい忘れてしまうんだよね。


 そんなことより、今は昼食を食べよう。まずはバンジさん特製サンドイッチにしよう。このサンドイッチには旨味亭系列の特製ソースが使ってあるんだ。特製ソースには僕が教えたマヨネーズが使われていて、濃厚なのにあっさりした何とも言えない甘辛い味がする。

 パンも僕が教えたように食パンにしてくれている。食パンを作るのはとても時間が掛かった。パンの型の大きさや型の強度とかとにかく大変だったんだ。

 座りやすそうな岩に座り、サンドイッチを食べ始まる。外の食パンはカリッと焼いてある。内側はフワフワしていて、タレが十分に染み込んでおいしい。挟んである具はベーコン、レタス、トマトだ。いわゆる、BLTサンド。

 二つ目のサンドイッチを食べようとして、近くで食べていたフルンさんがこちらを物欲しそうに見ていることに気が付いた。

 

「……食べるか?」

「うん」


 食べたそうにこちらを見ていたので、一つ上げることにする。他にもたくさんあるから少々減っても気にしない。


「……おいしい」

「そうだろう。特別に作ってもらったからな」

「うん。でもこれ、どこに持っていたの?」

「この袋の中にいれていた」

「袋? ……もしかして、収納袋?」


 フルンさんは腰にある収納袋を見て、驚くように言ってきた。

 珍しいものなのかな? 師匠と僕以外に、持っていた人を見たことがなかったけ……。便利だからって言われたから、誰でも持っているものだと思っていたなぁ。


「そうだ。……珍しいのか?」

「とても高価なもの。少なくとも大金貨五枚はする」


 え? 収納袋ってそんなに高いの! 僕はそんなものをタダでもらっていたのか! ……今度、師匠達にあったらお礼を言っておこう……。


「それにしても、こんなにおいしいものが護衛中に食べられるなんて思わなかった」


 フルンさんがサンドイッチを食べながらしみじみと言った。


「そんなに携帯食はまずいのか?」

「シロ、あんた食べたことないの? これ、まずいってもんじゃないわよ」

「そうですね。あくまでも、携帯食ですから味は二の次なんです」


 セリアとシルルさんが話に加わってきた。


「シロ、ちょっと食べてみる?」


 フルンさんはそう言って、持って来ていた携帯食を千切って、僕の口の近くまで運んできた。

 まずいとわかっているこれを、食べろと……僕に拒否権はないのですね。


「……いただく」


 一口サイズに千切ってあった携帯食を口の中に入れられると、何とも言えないような触感と味が口の中いっぱいに広がってきた。

 まず固い。噛んでも噛み砕けない。次に来るのが苦味。野菜の苦味ではなく、薬草や薬の様な苦味が広がってくる。そして、鼻から抜ける匂いは臭い。

 ……これは食べ物じゃない。僕は認めない、認めたくない、認めることが出来ない。


「シロ、アンタもわかったでしょ。このまずさが」

「ああ、これはもう二度と食べたくない」

「なのにアンタだけ、おいしそうなものを食べて」

「こちらまでいい匂いが漂ってきました」

「そうか、それはすまなかった」


 僕がそう言うと少しだけ残念そうな顔をされた。やっぱりサンドイッチを食べたいのかな? 僕もあれを我慢しろって言われたら嫌だし……。一人だけ食べてるっていうのも気が引けてくるな……。


「……食べるか?」


 僕は結局、フルンさんと同じ質問を二人にした。


「いいの! じゃ、遠慮なくいただきまーす」

「シロ君、ありがとうございます。私もいただきますね」


 先ほどとは打って変って、嬉しそうにサンドイッチを取っていった。


「おいしい~」

「このソース? がとてもおいしいです」


 二人共バンジさん特製サンドイッチを食べて、おいしいと絶賛してくれる。

 フフフ、恐れ入ったか。帰ったらバンジさんにお礼を言わなくては。


「シロ君、これはどこで買ったものですか? よろしければ教えてもらいたいのですが……」

「このサンドイッチは売り物ではない。懇意の宿の親父さんに作ってもらったものなんだ」

「そうなんですか……。どこの宿屋ですか?」

「“街の旨味亭”だ」

「“街の旨味亭”ですか!」


 三人が驚愕の顔をしている。

 え? また何かあるの! 師匠達はいったい何者なんだ?


「えっと、何か?」

「あんた知らないの? あそこの親父さんは気難しい人だって有名なのよ」

「『料理を食べさせる奴は俺が決める』と、いつも言われています」

「死ぬまでに一度は食べてみたい料理がたくさんある」

「……そうだったのか。知らなかった」

「知らずに作ってもらっていたわけ? シロ、アンタいったい何者よ」


 収納袋に旨味亭との懇意、素性を隠しているから何者扱いされてしまった。僕は何者でもない。ただの一般冒険者だ。……たぶん。


「……他の人に食べさせてくる」


 僕はそう言って“サイネリア”の三人から離れる。

 これは逃げたんじゃない、戦略的撤退をしたんだ。断じて答えられないから逃げたんじゃない。


 “サイネリア”から戦力的撤退をし、サンドイッチを皆に配り絶賛をしてもらってから三十分ほどが経った。


「そろそろ、出発しましょう」


 セリアが皆に出発の声をかけ、準備を促す。

 すぐに準備を整えて、馬車の近くまで行く。これからは馬車の警護の交代となるからだ。


「みんな準備できたわね。バリスさん達もよろしいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「それじゃあ、ソドムの向けて出発しましょう」




 午後も午前と同じように何度か魔物の襲撃があったが、何事もなく進んでいる。

 だんだんと草木が減り、荒野が近くなってきたようだ。ここからは魔物の出現種類が変わり、遭遇率も上がって来る。

 ソドムの街はこの荒野を越えた先にある。そこまで行けば依頼終了となり、試験に一段落つくことになる。

 陽が沈み、夜が更け始め、辺りが薄暗くなってくる。

 今日はこの辺りで野宿をすることになるだろう。

 僕はそう思い魔力感知を狭めようとした瞬間に、大きな複数の反応がこちらに向かってきているのに気が付いた。


「皆、警戒しろ! 東から何か大きな反応が複数、近づいてきている!」

「本当か! それが何かわかるか?」


 僕の警戒の指示で商人さん達は心配になりながら身を寄せ合い、いつでも逃げられる準備をしている。キャリーさん以外の皆は馬車と商人さん達を守るように囲んで周囲を警戒する。僕も身体強化をする。

 ダンさんが大盾で商人を守るように立ち、近づいてくる魔物の事を聞いてくる。


 魔力の反応は今まで出てきた魔物の中で一番大きい。この魔力の形は人型で、ゴブリンの反応に似ているが、ゴブリンよりも大きいので違うだろう。最初はゴブジェネかと思ったが、あいつにしては小さすぎる。そうなると、まだ見たことがないがオーガという魔物になるだろう。

 オーガはゴブリンを大きくしたような体に暗いオレンジ色の尖った髪が生えているのが特徴だ。


「魔力は人型をしているがゴブリンよりも大きい。たぶんオーガだろう」

「複数と言ったな、大体何匹かわかるか?」


 次に魔力を練り始めたロイさんが聞いてくる。


「最低でも……三体だ。他の魔物の反応は感知できない」

「わかった」

「あとどのくらいかわかる?」


 フルンさんも魔力を煉りながら聞く。


「この速度だと……あと十分ってところだ」


 皆が聞きたい事を聞き終えると何も話さなくなった。聞こえてくるのは風の吹く音と草木の擦れる音だけだ。誰かが唾を飲み込んだ音が時たま聞こえてくる。


「来た!」

「ガアアァァァーッ」


 およそ五百メートル先に雄叫びを上げながら近づいてくるオーガが三体、視認できるようになった。


「フルンは広域魔法の準備を、ロイはいつでも魔法を撃てる準備、その他は攻撃準備よ!」


 セリアの指示が飛び、フルンさんとロイさんが詠唱を始める。その他の者はいつでも飛び出せるような態勢を取る。

 僕達の隊列は前衛にセリアとダンさん、中衛に僕とシルルさん、後衛にフルンさんとロイさんとなる。


「『広大な大地よ、硬き雨を降らし、敵を穿て! ロックレイン』」


 残り五十メートル程になったところでフルンさんが模擬戦で使った岩の雨を降らせる魔法を発動させる。

 オーガ達の上から次々に子供サイズの岩が落とされる。オーガ達は気が付いて避けようとするが、一番手前にいたオーガが間に合わず、その大きな巨体に岩の雨が深々と突き刺さっていく。


「ガ、グガガ、ガグゥ……」


 この魔法で一体を仕留めたようだ。残り二体となった。


「はあぁぁぁー」

「おりゃああぁぁー」


 セリアさんとダンさんが近くにいたオーガに攻撃を加えていく。ダンさんが注意を引き、セリアが死角へと入り込み攻撃する。

 オーガはどうにかしようと腕を振り回したり、大きな棍棒で薙ぎ払ったりしているが、どうにもできずにその体に傷を増やしていく。少しずつ体の動きが鈍りだし、膝から地へ倒れてしまった。



「『清き水よ、蒼き槍となり、我が敵を撃ち貫け! ――』」


 ロイさんが詠唱をしている間に僕はオーガの注意を引き、ロイさんへ向かわないようにしている。

 オーガへ近づくと詠唱破棄で魔法を放つ。


「『ファイアーボール』」


 オーガの顔目掛けて火球が飛び、オーガは手に持っている棍棒で打ち払う。その隙に剣を抜き放って軽く魔力を通し、オーガが棍棒を持っている手の手首を切り落とす。少し硬いが身体強化と剣に魔力を通しているので、オーガの手首はすんなりと切れる。


「『――ウォータースピアー』」


 手首を落として後ろへ下がると同時に、ロイさんの魔法が完成した。水の槍は手首を切られた痛みで仰け反ったオーガの身体に突き刺さり、五十センチほどの穴をあけた。水の槍が普通の水へと戻り、穴からは一気に血が噴き出してきた。


 これでオーガ三体を倒し終わった。

 戦闘音で気づいたものがいるかもしれないと思い、魔力感知で周囲を調べたが特に反応はなかった。

 僕は剣に付いたオーガの血を拭き、鞘に戻しながらみんなの元へと戻る。


「シロ、助かったぜ」

「そうね。シロが早めに気づいてくれたおかげね」

「よく感知できたな」

「……助かった」

「ありがとうございます。シロ君」


 助かったと口々に言ってくる。後半の三人は僕の魔力感知の範囲の広さに驚いているようだ。

 僕の魔力範囲は大体一キロメートルで、全力を出せば二キロメートル行くかどうかぐらいだ。

 荒野のように視界を遮るものが少ない場所では魔力感知はそれほど重要視しされないが、森や草原など魔物が隠れやすい場所では重要となってくる。荒野でも重要視されないだけで重要であることには変わりない。鳥型の魔物や擬態型などの魔物を見分けるには魔力感知か気配察知しかないからだ。


「ここに居ては血の匂いにつられて魔物が寄ってくるかもしれないわ。血を水で流して、もう少し先に行って今日は休憩にしましょう。皆、いいわね」


 すぐさまセリアさんが指示を出し、ロイさんが水魔法を使ってオーガの血を洗い流している。

 オーガの死体は僕の収納袋に入れてある。ガラリアに戻った時に換金して分けるそうだ。これまで倒してきた魔物は、換金する箇所がないため食べるもの以外は放置してきた。


 僕はこういったことをしたことがなかったからとても勉強になる。森で過ごしていた時は野宿をすることがほとんどなかったし、したとしても師匠がほとんどしていたからな。



「今日はここで進むのをやめましょう。これ以上は暗くて危ないわ」


 オーガを倒したところから数十分進んだところで、今日はこれ以上進むのをやめる。夜は視界が悪く、魔物の動きも活発化するため基本的には動かないらしい。


「それでは各自別れて準備をしよう」

「俺とロイは小枝か何か燃えるものを探してくるぜ」

「そうだな。夕食を頼んでもいいか?」

「ええ、いいですよ。薪の方は頼みました」


 薪の調達や朝夕の食事は自分たちで準備していくみたいだな。僕は料理作りを手伝おう。


「シルルさん、俺も手伝う」

「手伝ってくれるのですか? シロ君は何を持って来ていますか?」


 シルルさんは僕の手伝う発言を聞いて嬉しそうにになる。


「何でもある。肉に野菜、果物、香辛料と調味料、調理器具も何でもある。調理されたものも持っている」

「……収納袋を持っていたのでしたね。それでは、スープ作りをお願いします。私はラビーの肉で何か作ります」

「わかった」


 スープ作りか……。明日もあるから具の多いものがいいだろう。ラビーの肉を使うと言っていたな。肉は抑えて野菜を中心にしよう。あとは果物もいくつか出すとしよう。


 そう決めると収納袋から調理器具と少量の肉、野菜、香辛料などを出す。

 初歩の水魔法で水を出し野菜を洗う。大鍋にも同じように魔法で水を入れておく。洗い終わった野菜を適度な大きさに切り、鍋に入れて蓋をする。そのまま火魔法で沸騰させるまで火にかける。その間、切り分けた肉に香辛料を付け軽く揉む。沸騰してきたら、味付けした肉を入れる。軽く混ぜ、味の確認をしながら、香辛料とラージさんと作ったコンソメらしきものを入れて味を調える。野菜が柔らかくなり、味が染み込むまで煮込み続ける。

 次にアプルの実を取り出し、皮を剥いて薄く切っていく。その際、実の中心にある種を取り除く。フライパンに油をひく(バターが見つからないからしょうがない)。火魔法にかけ適度に熱くなったら、切り分けたアプルを並べていく。いい匂いがしてきたら軽く揺すって、蜂蜜を掛ける。火魔法を消し、あとは大皿に盛り付けて完成。スープの方もよさそうなので火魔法を消す。

 スープの大鍋と大皿を皆が集まる場所に持っていく。

 いい匂いがする。我ながら言い出来栄えだ。

 外で食事を作るのはいつ振りだろうか? 少なくともひと月はしてないな。


「シロ君できたのですね。おいしそうな匂いがします」

「おいしそう。……早く食べたい」

「おいしそうな匂いがするからって、おいしいとは限らないわ」


 匂いにつられて“サイネリア”の皆さんがこちらに来たようだ。シルルさんの手にはラビーの串焼きが何本もあるようだ。

 セリアとフルンさんは寝る所の準備や警戒をしていてくれたようだ。

 セリアは何様のつもりだ。おいしいに決まっているじゃないか。しっかり味見もしたしね。


「シロくんが作られたのですか?」


 キャリーさんが歩きながら来た。


「シロ君、その料理器具は初めて見るものだね。どこで買ったんだい?」


 バリスさん達は僕の使っている料理器具に興味があるようだ。さすが商人、見る目があるな。


「これはガラリアの街にいる、鍛冶師ドリムさんの師匠であるガンドさんに頼んで作ってもらったものです」

「あのドリムさんの師匠の作品なのか……」


 バリスさん達は見るからに残念そうな顔をしている。

 まあ、そうだよな。ガンドさんがどこにいるか知らないもんな……。教えるわけにもいかないし。


「シロ君はドリムさんとも知り合いのようですね」

「さらにその師匠も……」

「シロ、ほんとアンタって何者よ」


 三人が何か言っているが気にしない。気にしたら負けの様な気がする……。


「おお、いい匂いがするな」

「薪を拾ってきた」


 ダンさんとロイさんが薪拾いを終え、帰ってきたようだ。これで全員そろったようだな。


「シロ、お前料理上手だな」

「これはうまい。今までに食べたことがないくらいだ」

「シロ君に任せて正解でした」

「なぜか……敗北感」

「シロのくせにやるじゃない」


 皆が僕とシルルさんが作った料理を食べ、口々に絶賛する。

 やっぱり、料理を作っておいしそうに食べてもらえると嬉しくなるな。朝は何を作ろうかな?


 皆がおいしく食べ終えた後は、もう辺りは暗くなっていた。急いで食器や器具を洗い、焚火の場所へ行く。そこではフルンさんが寝ずに待っていた。

 なぜかというと、最初に夜番をすることになったからだ。僕はまだ子供だということで最初になった。あとはロイさんとシルルさん、セリアとダンさんとなり、剣士と魔法使いという組み合わせになった。


 フルンさんの近くへと座り、焚火にあたる。気温が一定と言っても、夜は寒くなる。特に今は荒野にいるから風も吹き抜けでちょっと肌寒い感じだ。


「シロ君……どうしてそんなに強いの?」


 フルンさんが聞いてきた。


「どういう意味?」

「シロ君は私に勝った。まだ十一歳なのに……それに剣まで使える」

「……偶々だとは思わないのか?」


 フルンさんは僕の質問に首を振る。


「うんうん、思わない。私は魔法使い……同じ魔法使いの力量ぐらいわかる」


 フルンさんはそこで一旦区切り、顔を上げ僕の方を見ながら続ける。


「でも、シロ君はわからない。底が見えない。それはロイも同じことを感じてると思う」


 フルンさんは目を外し、焚火の方を見直す。

 どう答えるべきかな……。フルンさんは強くなりたいから聞くのか、僕の強さを知りたいから聞きたいのか、で変わるよね……。


「……私の魔力量は上限になったから、もう増やせない。あとは工夫をするしかなかった」


 フルンさんはぽつぽつと呟くように言った。

 魔力量の限界か、師匠が言っていたな。

 成人する頃には魔力量が限界にくるって。


「その工夫した魔法もシロ君には負けた。オリジナル魔法も作っていた。魔力感知範囲も広かった。……シロ君は……どうやって強くなったの?」


 フルンさんが絞り出す。

 フルンさんは強くなりたいみたいだな。だけど、どうやって強くなったかを話すわけにはいかない。そこを話すには地球の考えが入っているからなぁ。師匠にもむやみに教えるなと言われているし……。

 フルンさんは練習をたくさんしたでは納得しないだろうな……。さて、なんて答えたらいいか……。


「俺が強くなった方法は言えない。師匠に止められている」

「……そう」

「だけど、知りたいことを教えることはできるかもしれない」

「え?」


 フルンさんは下に向けていた顔を上げ、僕の方を向く。


「例えば、単体魔法が知りたいとか、煉り上げ方、魔力消費の抑え方とか……な」


 それぐらいなら師匠も知っていたし、教えても大丈夫だろう。


「いいの? 止められてるんじゃないの?」

「それぐらいならいい。許可も出ている」


 フルンさんは何かと闘っているようだ。

 今の僕は十一歳だからな……。教わるのに抵抗があるのかもしれない。


「わかった。シロ君、教えてくれる?」

「ああ、わかった。……それで、何を知りたい」

「私は魔法を教えてもらいたい。シロ君が教えてもいいと思ったものならどれでもいいから」

「魔法、ね。僕が教えられるのは火魔法だけだ」

「それでいい。私も火魔法が使えるから」


 教えるものは広域魔法にしよう。フルンさん自身、広域魔法が得意なようだしな。この短い時間だと一つか二つがやっとだろう。


 僕はこうして、フルンさんに魔法を教えることになった。


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