結婚式
堕肉もとい邪神レヴィア率いる邪神の集団の世界侵略。
世界と人類の命運をかけた大決戦からニ年の月日が経った。
――神と人、黄昏の時間ラグナロク。
人々はそう呼ぶようになり、歴史や伝承に綴られ、歌や戒めとして後世まで残ることだろう。
あの後、王国に戻って各地に終戦の勝利宣言の勝鬨と戦後処理を行ったんだ。
早めに意思統一しないといけないってことで、決戦の大々的な発表が必要になったわけ。
自国だけの戦争なら場所やイメージから付ければいいんだけど、こうも大規模になると世界戦争とかでは収まり切らないから話し合うことになった。
そこで僕が分身体に放った『真の愛は不滅』が良いんじゃないかってなってね。
うん、恥ずかし!
こほん、それはさておき、今日もシュリアル王国は元気な声と活気で溢れていた。
各所から混じって職人達の怒声や道具を振う音が聞こえ、メイン通りでは昼時ということもあって多くの主婦が商人達と戦っている。
まあ、この賑わいはちょっと違う理由があるんだからだけど。
大結界のおかげでさほど大きな被害はなく、国としての復興はどこも既に終わってたりする。
黒い靄に侵された大地や踏み荒らされた自然の回復は、負担をかけてしまう魔法よりも時間をかけてじっくり戻していく方が良いと世界会議で決めた。
そもそも黒い靄を浄化するには加護の力が必須だからってのもある。
侵された者達は世界教のシルヴィアさんとシンシアさん、そしてシルを中心に治療を行い、未だに各地を彷徨っている者をレーダーを使って見つけ天へ召している最中だ。
こっちは聖水とかがあれば対処可能で、各地の巡行と様子見や話し合いを兼ねてシルが同行してる。
仲が良い婚約者だしね。
……勝手に決めたから負い目があるんだけどね、相性が良くてほんと良かった。
活性化した魔物の殆どが正常に戻ったことで散らばるように逃げ、その時に少なくないダメージが出たという。
森とかの自然が傷付いたことよりも、無人となった村や町が壊滅したことだ。
まあ、予想は出来ていたからね。
約半年間、村や小規模な町から避難していた者達の支援を行い、その間に冒険者や軍が環境整備・確認を調査しつつ討伐作戦が決行されたんだ。
予算は割いていたし、物資の保管もして、倒した魔物の素材が山の様にあるから、長期に渡る精神疲労以外問題なかったかな。
あと、魔物の生息範囲や種類が変わったことで暮らせなくなった危険地域が出てしまっている。
開発も兼て少しずつ間引いたりしているのが現状だ。
一番被害が無かったのは魔都バラクブルムらしい。
吸血鬼のスペンサーさんや一つ目巨人のボゴイさん達戦争を生き抜いた屈強な人達が多くいて、増援もそれなりの人達ばかりだった。
魔物が強いと言っても日頃から相手をしてるわけで、キメラも他の所と同じとなれば納得も出来る。
ただ、ポムポムちゃんは相当すごかったみたいだね。
ま、既に魔族と貿易や交流も行われてるし、敵対することよりも友好を維持することを考える方が賢明だ。
冒険者なんて魔族とパーティーを組んで下級のドラゴンを倒したとか話を聞いたよ。
他種族からはエルフ族とダークエルフ族のように獣人族と獣魔族の見分けがつかなくて、知らないうちに組んでたって話もよく聞くね。
ハクロウとギュンターは喧嘩するほど仲が良いというし、アスカさんがいれば問題も起きない。
っていうか、お互いに認めていることを認めたくなくて、お互いに負けず嫌いな上に能力が同じだから日々競争をして復興とかの手伝いや周囲を巻き込んで騒いでるとか。
フェアルフローデンも森の被害はかなり出てしまったようだけど、ダークエルフ族と協力することでほとんど復元したと師匠から聞いた。
師匠やアルカナさん達も一旦故郷に帰って復興の手伝いをしていたんだ。
最近はそれに目途が付いてダークエルフ族の子供も含めて王国に交流のため訪れている。
授与式についてはかなり揉めたね。
何百万、いや何千万人って規模だから誰を、という問題よりも、どれだけ、という多すぎて困ったんだ。
此処で役立ったのが基本的に各国が防衛をする、と決めていたことだ。
だから、邪神レヴィアを倒した僕やフィノ、他国で貢献したシル達や幹部を倒したSSランクの皆、各国の代表とかは映像の魔道具を急ピッチで量産して世界的に行った。
それ以外は各国が英雄の称号を与えたり、支給した装備をそのまま褒賞にしたらしいね。
二年経っても各国が依然衰えているのは変わらない。
盗賊は出現するし、物価は高騰するし、魔物の被害は絶えず、喧嘩等の争い事も後を絶たない。
それをどうにかするのがローレ義兄さん達なんだけどね。
僕?
そんなことできると思う?
僕は力を使って魔物を狩ったり、迷宮に潜って物資を手に入れたり、戦争の気配が出たら仲裁に向かって、便利で安価な道具を作っていたほうが何十倍も貢献できるよ。
因みに、フィノは僕の助手ね。
平和になるからって化粧品や服を作って僕を嬉しくさせてくれてる。
勿論、それだけじゃないよ。
ま、ここ二カ月ほどはそれもほとんど行ってない。
何故かって?
それは、数日後に僕とフィノ主役の一大イベントが開かれるからだ。
世界を救った大英雄の結婚式っていうね。
自分でそういうとあれな気分になるんだけど、とうとうフィノとの結婚式をやるんだ。
嬉しくも不安で、心が幸せ成分で満たされてる。
最近賑やかなのはこれが理由だ。
「ああ、緊張するなぁ」
「気持ちはわかるけどじっとしてよ」
「でも、一生の思い出になる結婚式なんだよ? 失敗したらと思ったら……」
サーと顔色を悪くする僕はうろうろと部屋の中を動き、立ち止まってはキョロキョロして、椅子に座っては貧乏ゆすりをしていた。
「いい加減にしないと怒るよ」
「うぐぅ!?」
鬱陶しいから隣に座ってメッと怒り、ソファーを叩く呆れたフィノに、僕は大きく身体を揺らす。
事実、このようなことを一週間ほど前から毎日、それこそ毎時のようにしているのだ。
うん、自分でも女々しく思う。
でも、強敵と戦うとか、世界を救うとかとは違うんだ!
それがわか……堂々とするフィノは凄いなぁ。
流石は王族ってところ?
「はいはい、そんな目で見てもダメ。死ぬわけじゃないんだからしゃきっとしてよね」
「で、でも、失敗したら……死にたくなると思う!」
「もう! グジグジとシュン君らしくない!」
プイッとそっぽを向かれ、慌てて隣に座りフィノの御機嫌を取ることになる。
ぐむむ、でもでも、結婚式の前って緊張するもんじゃないの?
「ちょっと前までは嬉々と結婚式の準備とか、嬉しそうに話してたのに……。ま、そこもシュン君っぽいと思えばぽいけど」
最後の方はよく聞き取れなかったけど、御機嫌取りは成功したようだ。
あたっ!
と思ったら、顔に出てたようで頬を抓られちゃった。
目を逸らして笑うしかないね、あはは。
情けない所を見せる僕が駄目駄目なんだけど……はぁ~。
「いやね、本番が近づくとさ、こう……そわそわするんだから仕方ないじゃん!」
と、僕は勢い良く立ち上がる。
「大人しく出来ない子はこう、だよ」
そして、膝裏を殴られ――所謂膝カックンをされ、一瞬の浮遊を味わうとソファーの上へ投げられ、ぽふっと頭が居心地のいい場所へフィットした。
視界が横向きに頭を優しく撫でられ、甘く良い匂いが鼻孔を擽る。
あ、膝枕だ、と数秒経ってから理解し、自然と落ち着いて頬が綻ぶ。
「本当に子供みたいだよ」
風魔法やらを使ったのだろう、フィノもくすくすと笑い、僕の少し硬い髪を解す様に撫でる。
「いいんだよ。十六歳は子供だもん」
「地球なら、でしょ?」
「そうとも言うね」
膝枕とかあまりしないけど、これは良いものだね。
特に愛する相手にされるっていうのは。
そう思うと余計にぐへへって思っちゃう。
流石に我慢するけどフィノはわかってそうだ。
「やっと落ち着いた?」
「うん、ごめんね。最近は切羽詰まることもないから気が抜けちゃって」
魔物が出たとか、光神教の残党がとか、技術的な話とかはあっても、緊急事態ってのは数か月の間起きてないんだ。
これも平和になったからだろうね。
「そう? 私としては素のシュン君だって思うよ。楽しそうで私も楽しくなるもん」
まだ誕生日の来ていないフィノは十五歳。
それでも女の子だから成長は僕よりも早く、笑った顔は僕まで笑顔にしてくれるほど。
例えるならどの宝石よりも価値があり、世界に一つしかない極上の絵だ。
出る所は出た少し背の高い美少女で、黒髪も僕好みに伸ばしてくれてる。
最近はダイエット? いや違うね、(僕に好かれる)最高の身体を作る為に努力してる姿を良く見る。
そしてよく食べる。
僕には勿体ないと思いながらも、僕しか駄目だとも思うわけで。
「何か失礼なこと考えてない?」
「そんなことないよ。セクハラ発言になるけど、女になったっていうか、男と女みたいな感じ?」
「分からないこともないけど……私以外に言っちゃダメだからね」
今度は軽く頬を抓られた。
「学園も卒業? して半年経つんだね。シャル達はどうしてるかな」
今の季節は夏と秋の変わり目。
気温の変化が緩やかな王国ではそこまで季節に意識が向くわけじゃないけど、今はポカポカと温かい気持ちの良い日々と言える。
卒業式自体はあったんだけど、周囲がそれどころじゃなくてかなり短かったんだよね。
中には来れなかった子も多くいて、通知を送って卒業にしたりもした。
「皆忙しいだろうからね。アルとシャルは功績から爵位を貰ったそうだし、レンとクラーラは学園の教師になるとか?」
「うん。教わったことを自分達が伝えたいって言ってたよ」
「それは嬉しい限りだね。これからは外に出かけるのも手続きがいるだろうから」
仰向けに体位を変え、こちらを見るフィノの柔らかい頬を撫でる。
世界を救った弊害とでも言うべきか、成人したことも加えて僕達は無暗に他国どころか外へ出ることが出来なくなった。
悪い意味じゃなくて良い意味で、だけどね。
分かりやすい例えだと、超有名人が変装もせずにその辺を歩いていると、ファンとか多くの人に群がられる感じかな?
特に、俳優とかと比べて僕達は世界の救世主なわけで、加えて黒髪とかなかなかいないからさ。
容姿もそのまま伝わってるし、世界で放送した授与式で姿も殆どの人が見てるからね。
警護の問題よりも、その場所の治安や経済とかの問題だ。
だから、報告さえしておけば歓迎式を開いて活性に繋がるんだ。
これからはふ、夫婦としてそう言った方面で世間に顔を出すっていうの?
うん、そんなわけ。
だからさ、王国が忙しそうなのはそんな理由があるからで、緊張するのも当然と言えるし、この結婚式は大切なんだよ。
「知り合いには招待状を送ったから来てくれると思うよ。転移もあるし、遅くまで話していいんじゃないかな」
そういうとフィノは柔らかく笑った。
のんびり寛いでいるところへ、邪魔ごほん……ノックもせずに誰かが入ってきた。
「二人とも、ドレスが完成したと報告が……っと、これは失礼」
「あらあら? タイミングが悪かったかしら」
入ってきたのはローレ義兄さんとローレライ義姉さん。
二人は膝枕されている状態を見て、グフフという形容が的を射ている笑みを浮かべる。
どこにでもいるようなおじさんとおばさんだ。
その後に続いて義父さんと義母さんも現れ、僕とフィノは羞恥心に頬を揃って赤くした。
「そのままの体勢でもよかったのだがな」
「い、いえ、それよりも、ドレスが完成したということですけど」
誤魔化した、と視線を集めようが話題を変える僕。
フィノは恥ずかしそうだけど、ドレスが完成した嬉しさが勝ってそうだ。
「ああ、先ほど『アロマ』から完成品が届いた。後は着飾るだけだな」
「仮縫い状態でもかなり美しかったのだけれど、装飾が付くとまた……はぁ、私も着てみたかったわ」
ローレライ義姉さんは頬に手を当て、王妃の前に一人の乙女として呟いた。
それは義母さんも同じようでうんうんと頷いている。
「フィノに似合うであろうな。シュンは見ていないのであったな?」
「ええ、本番を楽しみにしてます」
ウェディングドレスを着たフィノ、妄想だけで身悶えするほど興奮する。
きっと女神、そんな言葉が似合うんだろうね。
ウェディングドレスと言えば白! 黒髪だから余計に栄えると思うんだ。
白と少し縁があるね。
「緊張しているかと思えばそうでもなかったようね。私も若い頃は膝枕をしたわ」
「うむ、お前達の前では気恥ずかしいのだが、あれは執務疲れが良く取れる。ローレもローレライにしてもらっているのを知っておるぞ」
その言葉にふっと向けば、ローレ義兄さんはそっと目を逸らして恥ずかしそうに頬を掻く。
「私達からしても戯れることができる、というのは嬉しい事なの。分かるでしょう、フィノ」
「はい、甘えてくれている感じがして愛おしく感じます」
「そうよね。特にシュンはそんなことしなさそうだから余計にね」
くっ、凄く恥ずかしい!
これじゃ膝枕なんてできない!
でも、あれほど柔らかく包んでくれる枕なんて……うがー!
それから数日。
いよいよ結婚式本番が来た。
いや~、もう緊張やら興奮やら不安やらで心臓バクバクだよ。
朝起きてから何度トイレに行ったことか。
「シャキッとしろ、義弟よ。フィノに愛想を尽かされるぞ」
「そ、それは! ……はい、ここまで来たら覚悟を決めますよ」
国王としての身なりを整え新しい軍服に着替えているローレ義兄さんは、僕の背中を強めに叩いてクツクツと笑う。
僕はそう言われては不安になっているわけにはいかない。
「まあ、気持ちはわからないこともない。参加する者は四大国の王に各国の重鎮、格ギルドのトップ、各種族の族長クラス、SSランクは皆参加。バラクブルムからは魔王自らと各長も参加するのだからな」
「前代未聞とはこのことよ」
そこへ参加してきた義父さん。
フィノと義母さんは別の部屋でおめかし中だ。
「これからは国だけでなく、多くの種族との交流が増える。そこには魔族も含まれ、お前はそれらの縁を作った希望なのだ」
「うぐぅ、そう言われるとまた緊張してくる……とりあえず、頑張ります」
グッと背を逸らし、目を見開いた。
これが普通の結婚式ならまだ『あー、緊張するなぁ』で終わるんだ。
王族の、しかも知らない人がいないレベルの人物がする結婚式だからね。
招待されてくる人も名の知れた人ばかりだし、式場は新たに建設された世界教の教会で、一般客は入れないけど豪華な馬車に乗って回るから後で見れるんだ。
なんかね、緊張とかっていうより僕の知ってる結婚式とかけ離れてるからさ、違った意味で不安とか大きいんだよ。
「ハハハ! 結婚式と言っても歩くこと、喋る文句、順番さえ間違わなけ……いや、笑顔が一番大切だな」
「ローレの言う通りだ。それにな――」
大きく笑うローレ義兄さんに同意し、義父さんは真剣な顔で僕の肩に手を置いた。
「失敗しても堂々としていればいい。今回の結婚式は故郷の手順も取り入れたのであろう? ならば、多少の間違いはそういうものだと思われる」
そ、そうだよね、そう思えば楽かも。
「そして、シュンの失敗は慣例化するということだ」
「ちょ!?」
「ハハハ、何度も言うが普通に構えていればいい。結婚式は失敗の許されない儀式ではないのだからな。失敗も思い出に残って良いと私は思う」
そう言い残して義父さんとローレ義兄さんは先に会場の方へ向かって行った。
部屋に残ったのは、新郎である僕と介添人のフォロン達。
気分が落ち着く様に温かい紅茶入れてもらい、一息ついたところに新しい客が来た。
「こ、ここで間違ってないよな? お、いたいた、シュン!」
アルだ。
「僕場違い感が半端ないよぉ」
「レン先輩、大丈夫っすよ、俺達は英雄扱い何で。そもそも招待されたんっすから」
「レックス様は気を抜き過ぎだと思うけど」
レンとレックスも入ってきて、最後にアルタ。
シャル達はフィノの方にいるんだろう。
ツンデレさんシルからは、既にお祝いの言葉を貰っててね。
今は会場の方でシンシアさんの相手をしてるんじゃないかな?
二人には結婚式の手伝いも頼んでるからね。
「お久しぶりです、シュンさん。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう。来年はアルタかな?」
「さあ、それは分かりません」
華麗に躱された。
因みに、挨拶は殆ど済ませていて、アル達が最後だ。
ポムポムちゃんはおめでとうの一言で、後は一緒にお菓子を食べてた。
多分、ウェディングケーキとか結婚式の料理が目当てなんだろう。
「緊張してるって聞いていたから弄ってやろうと思ったんだけどなぁ。いつものシュンとそう変わらないじゃないか」
つまらんと言いたげに肩を竦めからっと笑うアルに、僕も自然な笑みが浮かぶ。
「そりゃあ、ねぇ」
「まあ、そうでしょうね」
「だと思います」
「そうっすね」
アルをじっと見つめ、皆を見れば同意の言葉が飛ぶ。
「な、なんだよ」
「いやね、緊張の代名詞であるアルさんがしっかりしてると思ったらね。ほっとしたよ」
「うをい! 他人の結婚式で緊張するかッ! 座ってるだけだろ」
頬を若干染めそっぽを向くアルに、再び笑いが響く。
「シュン様はフィノ様を見ていないのですよね?」
「うん、ドレス自体は見たというか、僕とフィノが注文して作ってもらったから知ってるんだけどね」
僕の着ているグレーの軍服タキシードもそうだ。
質素過ぎたから装飾品がごちゃごちゃついてるけど、フィノの純白ウェディングドレスに合うようデザインされてる。
「じゃ、何も言わない方が良いっすね。一言いうなら……パネェっす。天使っす」
「そんなに? いや、フィノならそれ以上のはずだよ。それこそ女神だ」
「あはは、シュンさんらしいですね」
「思わずドキッとするよな。まあ、シャルには似合わないと思ったが」
「そうっすか? う~ん、あのドレスが似合わない人はいないっすよ。レイアに白はちょっとと思わなくも……ブルル!」
二人とも思っただけにした方が良いよ。
言った瞬間に怒られ、どつぼに嵌まるだけだから。
それにさ、ウェディングドレスを着ることは女性の夢っていうぐらいだし。
この結婚式を機にウェディングドレスが大流行する予感。
「シュン様、そろそろ時間となります。皆様方も会場へ向かった方がよろしいかと」
そうこう話している間に時間となったようだ。
「色々と変わった結婚式になると思うけど、楽しんで? 欲しい」
「なんだそれ? ま、楽しみにしておくわ」
最後にもう一度チェックを行い、フォロン達と共に会場へ向かった。
結婚式は膨大なお金がかかる為、裕福層でもない限り平民が行うことは殆どない。
教会で簡単な祝福を得るとか、両親に報告して祝ってもらうとかが一般的。
これからは分からないけど、戸籍の把握が完璧じゃないから届け出というシステムもなく、一応教会で祝福とかをしたら帳簿に記入はしておくみたいだけどね。
で、貴族階級の結婚式は爵位によって規模が異なるけど、国への報告、周囲への招待、届け出は必要だね。
貴族は外聞や世間体を気にする生き物だから大切なことなんだ。
あと、結婚式の規模や招待できる人脈、料理の美味しさや物珍しさ、ドレスだってそうだし、何か一つが今後に酷く影響することだってある。
中が悪くても誘わないといけないこともあって、過去に結婚式をぶち壊された家庭もあったとか。
流石にそれは下級貴族とかで、上級貴族がやるとお偉いさん達の目に付くからしない。
王族の結婚式は教会が一般的だね。
あとはどこか国の歴史的な場所とか、城の前とか、兎に角国の威信が分かるところ。
僕達の場合は無難な場所ということで教会となる。
お互いに加護持ちだからってのもあるね。
新たに建築した大きな教会。
僕達のことを視野に入れているから少し変わった作りにもなってたりする。
「すー……はー……よし」
歴史を感じる年代物のエルフ族から贈られた樹から作った大きな扉を前に深く深呼吸し、新たな戦場へ爆発しそうな心臓を抑え込む。
『えー、大変長らくお待たせいたしました。世界の守護者神殺しの大英雄シュン・フォン・ロードベル侯爵と、愛によって幾つもの奇跡を起こした黒髪の愛姫、両者の準備が終わったとのことです』
扉の奥から拡張された進行役の声が届く。
二つ名に関しては両手でも数えられないからスルーだ。
英雄夫婦だとか、愛の象徴だとか、使徒だとか様々だからね。
進行役が声を弾ませて軽い談笑を混ぜた紹介を行う。
もう二つ名だけで変な緊張が増えてお腹いっぱい。
でも、帰るなんてできない、行くっきゃない!
『それでは、まずは新郎の入場です!』
一度頬を叩いて気合を入れ直し、音を立てて開く扉を潜って内部へ――爆発もかくやという拍手と歓声が轟いた。
思わず足を止め、それではだめだと、ローレ義兄さんに言われた、目を瞬かせて微笑みを浮かべる。
すると、再び爆発的な歓声、てか結婚式パーティーみたいだ。
これなら緊張も解れるってものだね。
僕は皆の背後を通り、中央通路まで歩いて止まる。
『流石英雄です! その堂々たる姿、目に焼き付いて惚れ惚れしますね! 続いて新婦のにゅーじょーです!』
フィノが着飾って待機する、反対側の同じ扉がゆっくりと開く。
そして――息を呑むほど綺麗な少女、いや、薄い布のベールで顔を隠した黒髪の美女が、ドレスの裾を持つ介添人を引き連れて歩いてきた。
思わずどころではなく、招待された観客もまた揃って息を呑んで静寂が訪れた。
ちらっと義父さん達を見れば笑って涙を流して寄り添っている。
ローレ義兄さんはローレライさんと寄り添って微笑み、檀上付近で待機するシルは百面相をしてシンシアさんに微笑まれている。
アル達は彫像と化していたりして、美女を山ほど見たであろうクロスさん達重鎮の男も、美意識の高い貴族や嫉妬深い女も揃って固まった。
ポムポムちゃんは……お、何時もよりニコニコ度が増している。
そんなにフィノは綺麗で、言いうならメディさん達と同じって感じだ。
「綺麗……うん、綺麗と言うほかないよ、フィノ。女神だ」
辿り着き若干上目使いで見て来るフィノに、ドキッ! 僕はどもりながらそう返す言葉しか思い浮かばなかった。
フィノはその言葉で全てを感じ取ったのか恥かしそうに微笑み、
「女神なんて、メディ様達に失礼じゃないかな? こほん、シュン君も、うん、格好良いよ。普段の何千倍、何万倍も」
「む、それは普段が格好良くないと?」
「そんなことないけど……もう」
そんなやり取りが新鮮で、ドッキンドッキンと心臓が破裂しそう。
はにかむようにムッと少し眉を顰めたフィノを改めて見る。
けばけばしい化粧ではなく、フィノという極上の素材を活かす、この日のために開発をした新しい化粧品を使っている。
桜の花から作った口紅や香水、装飾品は少なめにドレスの華やかさを活かし、こちらもフィノという素材を前面に押し出した、主役であるフィノが輝く逸品だ。
あーもう! さっきから綺麗って言葉しか思い浮かばない。
いかん、綺麗過ぎてまともに考えることも出来ない。
でも、フィノから目を離すことも出来ない。
「シュン君、いこ」
「う、うん」
差し出されたフィノの手を掬うように持ち、二人で中央の道バージンロードをゆっくり歩む。
流石に和風の結婚式をすることは出来なくて、洋風の結婚式を取り入れた。
着飾っている服装、入場の形、参列もそうだ。
この後に控えているウェディングケーキの入刀もしたことがない世界初の試みだ。
もう一つ、初の試みがあって、それがまた緊張させるんだよ。
フィノもそれを知っているから、ね。
なにせ、今まで一度もしたことがない、したかった、だけど恥ずかしいやら何やらで出来なかった『あれ』だから。
「ほう……この教会にマッチした素晴らしいものだ。我が国でも取り入れてみようか」
「平和な世の中になるのでいいかもしれませぬ。鎧姿は武威を示す意味がありますからな」
聖王国のフェルナンドさんとバランさんの感嘆の声が籠った感想。
「はー、見違えたな! あれがシュンだとよ! いやー、男前だ!」
「クロス様、少し静かにお願いします。ここは酒屋ではありませんよ?」
「いやいや、結婚式なんだから別に良くね? ララもフィノのドレスを見て心が弾んでんだろ」
何時ものやり取りを行うクロスさんとララさん。
二人は結婚してるけど、ウェディングドレスを着て写真を撮るかもしれないね。
いや、撮るだろうね。
「これが英雄の結婚式か、良い物が見れた」
「シュビーツが悔しがるでしょう」
「ならば、あ奴の結婚式を同じようにしてやればよい」
と、ダグラスさんとレムエストルさんは頷き、治安活動で来れなかったシュビーツさんのことを話し合っていた。
他に人からも祝福や感想が口々に漏れ聞こえている。
通常は静かなもんなんだけど、騒がしくなるほど凄いってことなんだ。
「お二人とも最高の新郎新婦ね」
介添人が左右に割いて離れ、一歩ずつ壇上に上がると、牧師役とでも言えば良いのか、誓いと祝福をしてくれる世界教教皇シルヴィアさんが小声で褒めた。
そして、大きなパイプ式のオルガンの演奏が奏でられ、拍手が音を潜めていく。
曲は王国の結婚式や祝いの席でよく使われる愛を題目にしたものだ。
教会の上に備え付けられた大きな鐘が鳴り響き、外に集まっている人々からの歓声や拍手の音が内部まで響いている。
「ごほん、今日という日を首を長くして待った。集まってくれた者達も同じ気持ちであると喜ばしく思う」
曲が流れている間に義父さん達からの祝福の言葉が送られる。
今日はディルトレイさんが協力して各国の出席者を送ってくれて、普通はあり得ない招待者が参加してる。
そんな人達全員から祝福の言葉を送られる、前代未聞の結婚式。
全員が数分しか話さない手短さも前代未聞だろう。
「――最後にこの言葉を送らせてもらう。二人とも結婚おめでとう。シュン、フィノを大切にな。フィノ、シュンと幸せにな」
最後にローレ義兄さんが締め括り、拍手の爆発が起きる。
「それでは、続いてアルセフィールの守護神、ラグナロクにおいて我らを勝利へと導いてくださった神へ報告をする宣言をしていただきます」
僕のせいなんだけどさ、思わず吹き出しそうになった。
ラグナロクって世界の終焉とか終末でしょ?
真の愛は不滅って、無関係っぽくはないけどさ。
なんかね、うん……やっちまったなぁ、って思う。
後悔先に立たずとはこのことだ。
そんなことを知らないフィノはニコニコと笑みを浮かべ、皆は背後で見守り、シルヴィアさんは続ける。
「汝シュン・フォン・ロードベルは、フィノリア・ローゼライ・ハンドラ・ジュダリアを妻とし、大切に思い、感謝し、尊敬し、お互いに寄り添い合える、誰もが羨み目標とする仲睦まじい夫婦となることを誓いますか?」
な、何だそれは……!
でも答えは決まっている。
「誓います」
シルヴィアさんは即答した僕に満足そうに頷いた。
「汝フィノリア・ローゼライ・ハンドラ・ジュダリアは、シュン・フォン・ロードベルを夫とし、大切に思い、感謝し、尊敬し、お互いに寄り添い合える、誰もが羨み目標とする仲睦まじい夫婦となることを誓いますか?」
「はい、誓います」
良い切ったフィノにも同じように頷く。
『続いて指輪の交換をお願いします』
これは今までにないやり取りだ。
ただ、結婚式とかイメージでしかやり取りを知らないので、小さい箱に入った指輪をポケットから取りだして、箱をシルに手渡す。
「指輪交換……良いかもです」
と、シルの呟きに嬉しく思った。
僕が選んだのは、夜空で輝く星々のような細かい輝きを内部に持つ黒い指輪だ。
帝国で守護獣のレコンを治療した時にもらった『黒真珠』を魔力で磨き、本来持つ力を引き出した逸品だ。
しかも素材が一番良い奴だったから、黒でもその輝きは宝石に負けず、ガンドさんに作ってもらった白金のシンプルな輪がより惹き立てる。
「フィノ」
ブーケをシンシアさんに外してもらい、フィノは手袋を渡してから左手を僕へ向ける。
僕は差し出された左手をそっと持ち薬指にはめた。
軽く左手を持ち上げ皆に見せるように微笑み、今度はフィノがお揃いの指輪を僕の左薬指にはめる。
その瞬間、周囲の時が止まる。
『あ~、この時を待ちに待ったわ』
そして、聞き覚えのある、祝福が欲しいと思っていた女性の声が上から降り注いだ。
「メディさん!」
『俺達もいるぞ』
ミクトさんにロトルさん、フレイさん、イシュルさん、クレアストルさんもいる。
でも、流石に声だけのようだ。
『言いたいことは後で言うわ。だから、今は手短に――』
僕達の狼狽えをよそにメディさん達は声を揃え、
『『『『『『結婚、おめでとう! 二人の未来に光あれ!』』』』』』
周囲の時も戻り、教会の外も内も神秘的な輝きの祝福の光に包まれた。
『あーこれが言いたかったのよね。何年と生きてきたけど結婚の祝福とか数えるぐらいしかしたことなくて。しかも、私創造神でしょ? 結婚って赤ちゃんを作るじゃない? そうそう、私の加護は安産とか、繁栄とか、言うなれば子だくさんとかそんな力もあるみたいよ。貴方達が貴方達である限り私は見護ってあげる早く赤ちゃんが見たいわ』
……嬉しいような嬉しくないような。
思わずフィノと顔を合わせてに苦笑を浮かべるしかなかった。
ま、これがメディさんクオリティだよね。
『おおおおおおおおおお!』
今のやり取りを知らない皆は「流石は神子様方の結婚!」「神々もこのご結婚を認められておるのだ!」「なんて素晴らしい結婚式なの……」「浮気は出来んな」等々……。
ちょっと不謹慎? な発言もあるけど大いにソウダ。
ま、フィノを放って浮気とかないね。
それにしても赤ちゃんかぁ。
お金も家もあるしたくさん欲しいかも。
でも、ありがちな馬鹿な子にはしたくない。
あとあと、周囲の思惑も邪魔だ。
どこか小島でも買い取ってゆっくり過ごすってのはどうだろう?
「こほん……シュン君」
「フィノもそう思うよね? ……あ」
またやっちゃったみたいだ。
でも、周囲はそれどころじゃなかったみたいで近くにいるシルヴィアさんやシル達にしか聞かれてなかったのは良かった、ほっ。
シルヴィアさんに微笑まれたフィノは顔が真っ赤で、シルは僕を赤い顔で睨み、シンシアさんはシルを見て微笑み、どこか共感できると頷く義父さん達はグフフな顔をしている。
『注目をお願いします! それでは、最後に誓いの言葉をお互いに守っていくために、愛を確かめる誓いのキスをお願いしまーす!』
そのセリフに周囲は再び固まる。
今度は興味津々という意味で。
多分傍から見た僕とフィノの顔は真っ赤なんだろう。
それでも僕は勇気を出してフィノの方を向き、フィノも俯いていた瞳を上に向け――
唇と唇が数秒間、とても長く感じるほど触れ合った。
「今を持って夫婦となります。新たな門出にもう一度祝福を! 皆さんは盛大な拍手をお願いいたします!」
色々とやり残したこと、登場させるのを忘れていた存在、もう少しうまく展開できなかったのか、といろいろありますが、これで一旦終わりとなります。
前にも言いましたが、この小説で勉強することがたくさんできました。
今私が感じているのは達成感、満足感、そして完結できてよかっという安堵です。
何を言うべきか分かりませんが、一言いうなら、最後まで読んでいただきありがとうございました。
次の小説を書くまでしばらく時間がかかると思いますが、これからもよろしくお願いいたします。




