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全ての終わり

 迷宮都市バラクへ、ロロとエアリに乗って超特急で向かった僕とフィノ。

 到着した頃には遠目からでも分かるほど迷宮から波のように魔物が溢れ、街は大混乱に陥っていた。

 それでも大結界の効力で魔物の動きは緩慢となり、邪神の集団の数が減っていたために崩壊までは至っていない。


「ウォオオオォン!」

「クルルァァァァ!」


 シルバーウルフの枠からはみ出たロロとグリフォンと同じレベルの実力者エアロスの咆哮に、群がっていた魔物達が動きを止めた。

 新手かと動きを止めたファミリアの兵士達もいたけど、殆どが目の前の敵の隙を見逃さずに動く。


 溢れ出る魔物も大柄な大人が横に三人、縦に二人ぐらいの入り口からしか出てこない。

 手こずってしまう上級の迷宮以外はバリケードを作り上手い具合に対処してもいるようだ。


 迷宮から魔物が、というのは予め有り得そうだと対策をしていた。

 迷宮都市バラクは冒険者の街、高ランクの冒険者が数多くいて、ファミリアからは実力者である魔族を中心に固めて派遣。

 それに、お守りを持つ武装した一般人なら初級の迷宮上層の魔物ぐらい倒すことが可能で、魔物を倒しても消えるから物資には出来ないけど、避難所や物資保管の場所と出来る。


 それでもこれほどとは思っていなかったから今の状況に陥っているんだ。


 持ち堪えているもう一つの理由。

 それは少し前に派遣された部隊が僕やポムポムちゃん達を除けば最高の攻撃力を誇る魔族主体の精鋭部隊、バリアル達竜魔族が率いる部隊だからだ。


 竜化や獣化を使える竜魔族、竜人族、獣魔族、獣人族が上級の迷宮から出てくる魔物を屠り、バリアルやバーリス達が神級迷宮から出てくる魔物を足止め、仲間達が仕留めていく。

 そうやってバラクは持ち堪えていたんだ。


「フィノ」

「うん! 「『落とし穴』!」」

「「「「「ギャ? グオオオオン!?」」」」」


 上空で止まった僕達は、魔力を温存しながら最大の支援をするために、神級迷宮の塔の周りの大地を幅四メートル、深さ三メートルほど陥没させた。

 神の力が籠る塔には干渉できないけど、地面は別だから。


「何が起きたか分からんが、ブレスだ!」

「「「「「スゥー……カァァァッ!」」」」」


 誰かが指示を飛ばし、竜魔族達が一瞬息を吸って溜め大地を揺るがすブレスを放った。

 流石にバリアルほどの規模はないようだけど、それでも高ランクの魔物を簡単に消し飛ばす。


 火、水、風、地の四種類に加え、特殊な血筋の竜魔族からは雷、氷、光や闇といったものまで。


「残りは入り口に向かって総攻撃だ!」

「我らの獣人の武を見せつける時! 『祖先の力・呼砲』ぁぁォオオオ!」

「竜魔族に負けるなッ! カァァァッ!」


 祖先の血を覚醒させる獣化しないと、体への負担が高すぎて使えない技。

 ブレスみたいに口から吐く、力を溜めて両手から放つ、使い方は人それぞれで、その威力はブレスに匹敵するエネルギーの塊だ。

 一説には、魔力も使っているけど、そのほとんどは闘気や生命力で、獣化しないと使えないのはそれらの力を増幅させるためでもあるとか。


「やはりお前だったか、シュン」


 上空にいる僕達に気付いたバリアルが、娘のバーリスを伴って声をかけてきた。


 体中傷だらけの状態で、どれだけ激戦だったのか分かるってものだ。

 フィノはバーリスに収納袋に入れていた物資を渡す。

 僕は魔道具を使って周囲に回復魔法を施してからバリアルの方を向いた。


「手こずってたみたいだからね」

「助かった、素直に感謝しよう。フィノリア殿も感謝する」


 軽く頭を下げて、お互いに本題に入る。


「通信が来たと思うけど、この上に現況の邪神レヴィアがいると思って間違いない」

「邪神の集団が現れ始めた頃から迷宮の様子がおかしくなったらしく、俺が到着した頃には街中で多くの魔物が暴れていた。シュンが分身体とやらを倒した頃から激しさが増した。間違いないだろう」


 塔を登らせないようにするためなんだろう。

 でも、僕達がメディさん達と話しをしたことを察知して、結界が消えることも気付くだろうから、それに合わせて上空から魔物が襲い掛かって来るはずだ。


「今の一撃で塔の入り口の封鎖も行った。魔物が溢れれば出てくるだろうが、これで戦力を割ける」

「私達竜魔族がシュン達の道を作ってやる。大船、いや、ドラゴンの背に乗ったつもりでいろ!」


 胸をドンと拳で叩くバーリス。

 僕とフィノが乗ってるのは狼と鳥だけどね。


「クゥーン?」

「クルゥ?」

「うん、私達を上まで連れて行ってね」


 フィノはエアリの首を撫でて優しい笑みを浮かべた。


 エアリは普通に飛んで、ロロには塔を駆け登ってもらう。

 僕達が飛行魔法で飛んでもいいんだけど、魔法神イシュルさんのお墨付きがある作戦でも出来る限り魔力は温存しておきたい。

 初の試みだからどれだけ魔力を使うか分からないからだ。


 ロロとエアリにも参加してもらう。

 そのために今までの戦いには参加させず体力を温存してもらったんだ。

 特に、エアリはこの半年間先輩のロロに負けないって頑張った。

 今もやる気に満ちた、フィノを絶対に護るって目と魔力が語ってるよ。


『シュン、こちらの準備は整ったわ』


 隊列の編成と治療を行っていると、僕とフィノの脳内にメディさんの声が響いた。


『いつでも結界を消せる。でも、結界から上は強力な魔物、いえ、邪神の気配が充満しているわ。絶対に加護の力を切っちゃダメよ』

「ええ、分かってます。ビシバシと刺さる敵意と殺気が肌に伝わってきますから」


 上を見れば結界で遮られひしめき合う魔物の群が見える。

 天まで届くような高さの塔の周りに黒いドーナツが見えるんだ。

 視覚の魔力強化に加護の力も加えると、邪神の気配が濃密に渦巻く黒い渦が見える。


「神からか」

「上空は邪神の領域となっているようだ。お守りがあっても無意味。だから、ブレスを放った後はすぐ撤退してほしい」

「ぐむぅ、着いて行きたいのは山々だが仕方あるまい。感じるに、突撃してくる魔物は強力な個体ばかり」

「バーリスさん達にはそちらをお願いします。塔の魔物は封鎖したとしても何時破れるか分かりませんし、まだ上級以下の迷宮から数多く溢れ出ていますから」


 下級迷宮で氾濫が起きようが対処は可能だ。

 でも、中に避難した人達がいるからそれも対処しないといけない。

 ほとんどは強くてもゴブリン程度の初心者の迷宮に避難しているから大丈夫だとは思うけど。


『結界から頂上まではそう遠くないわ。彼等のブレスなら突破できるはずよ』

「邪神は頂上にいるんですね?」

「途中にいるかもしれないんだね」

『間違いなく頂上にいる。途中の階層に隠れるのは自尊心が許さないはずよ。それは逃げるということだもの』


 はっきりとメディさんは断言した。

 僕やメディさん達から逃げるってこと。

 自分こそが世界を統べるとか言ってたし、頂上じゃないと上がいるってことにもなるか。


 うん、愚門な質問だったかも。


「ここまできて間違えたら大変なことになっちゃう。だから、シュン君の疑念は大切だったんだよ」

「そうだよね。よし! 本当に最後の戦いだ。再度気を引き締めて世界の平和を勝ち取ろう!」

『おう!』


 全員の準備が整い、いよいよ突撃することになった。


 僕達はブレスが一番強く当たる距離まで近づく。

 その距離からは強化しなくても魔物が結界を破ろうとしているのが見える。

 上から悍ましいほどの圧力を感じて、誰もが息を呑み覚悟を決めた。


「お前達、準備は良いな!」

「良いに決まってる!」


 怖気づく心を、バリアルの発破が払拭、バーリスが強く返す。


 ブレスを放つ隊列を組んだ三十人ほどの竜魔族。

 少しでも集中力を上げるために静かに意識を整え、先ほどよりも深く強く天まで届く力を蓄える。

 狙うは広範囲型ではなく、一点集中型の中央突破のレーザーのようなブレスだ。


「シュンと戦うために考えた高威力技だったんだがな」


 目が合った僕とフィノは苦笑して頷き、体をブレスの熱で焼けないように魔力障壁で覆った。

 ロロとエアリも首を撫でれば風魔法で障壁を張り、いつでも突撃できると四肢を踏ん張る。


 通常のブレスと違い、バリアル達の体内でブレスが圧縮されていくのが分かった。

 強化された喉に溜め込んで、皆の口から焼き焦す光が漏れる。

 力が重なり合って周囲を熱気が包み、空間を歪ませたその時。


『結界解除!』

「今だ!」

「「「「「カァァァァァーッ!」」」」」


 メディさん、僕、バリアル達の声が重なり、強烈なエネルギーの塊が放たれた。

 そして、一斉に地上へ向けて落下を始める魔物達を一瞬で焼き消す。

 消し炭にしたんだ。


「くはッ、行け……シュン! 魔王様への忠誠を弄んだ外道に目に物を、俺の怒りを託した!」

「フィノリアも、私達の思いが負けないと思い知らせてやれ! 竜魔族を、地上に生きる者を侮るなとな!」


 人族だとか、魔族だとか関係なく、バリアル達は強い意志を僕達に託した。

 すれ違いざまに伸ばされた手にハイタッチ――あっという間に胡麻のような大きさになっちゃった。


 地上でも今のは見えていただろう。

 遥か上空までファミリアの震える叫びが聞こえてくる。


 これこそ僕が、僕達が望んだ光景だ。

 それだけを見ると邪神レヴィアに感謝したいぐらい。

 でも、世界にしてきたことは許されない、許すことは到底できない!


 ぽっかりと空いた魔物の穴をロロとエアリは風を切って駆け抜けた。

 僕とフィノはロロとエアリが昇ることだけに意識を集中できるように、留めようと手を伸ばす魔物を切り伏せる。


「これで終わる……終わらせることができる」

「シュン君……そうだね。終わらせる、んだね」


 今は手こそ繋げないけど、それよりも強固で温かい、切っても切れない絆が繋がっていた。


 それを改めて実感して、僕は見えてきた肌を刺す悍ましい不気味な気配が漂う黒い渦の頂上を睨み付ける。


「あそこに元凶がいる。僕にしたことも許せない、でもフィノにしたことが何よりも許せない。複雑な気分だけどね」

「ふふ、なら感謝してあげようよ。出会うことになった『ありがとう』を」

「はは、それは良いね。そうしよう」


 大ダメージとなるであろう感謝の気持ちを、怒りの笑顔を浮かべてありったけぶつけてやる。

 強力な一撃よりも、強大な魔法よりも、負の感情で狂った奴には違った意味で発狂もののはず。

 ウジ虫と呼びながらも殺せずしっぺ返しをした僕が言うんだ。

 何よりも心のダメージになるはずだ。


 そして、ロロとエアリは黒い空間へ突っ込み、僕達は加護の力に包まれた。

 最後の一足で頂上を飛び越え、眼下に広がる光景を見て目を見張ることになる。


「酷い……」


 思わずフィノが口に手を当てて言うほど。

 僕も想像以上の光景に力が入る。


『ォオオォォオォオオェ』


 視界に映るのは地獄のような光景。

 黒い靄に囚われ這い出ようと足掻く人の形をした何か。

 怨嗟の声が心を締め付け、目を背けたくなる。

 もう戻ることの出来ない状態となった人達から不気味なオーラが立ち昇り、それを吸収してドックン! と鼓動する化物が中央に鎮座していた。


 分身体の邪神レヴィアとは似ても似つかない、これが闇に囚われた末路なんだ……と思える光景だ。


『……虫ケラ共。自分カラ墓場ヘ、飛ンデ来ルトハ……正シク虫ケラヨ!』


 肉のスライムの様な塊と化している邪神レヴィアと思しき物体から、何重にも重なって聞こえる声が響いた。

 怒りや殺意が乗った未だ自分が勝つと、どうしようもなくなっても僕達を見下す。


『至高ノ我ヲ、ココマデ追イ詰メルトハ、ナ。シカシ、所詮虫ケラ。古ビタ神共、力ゴト食ラッテクレル!』

「お前如きがメディさん達に勝てるわけがない! ここまで出来たのはルールがあったからに過ぎない!」

『ホザケッ! 神ニ抗ウ虫ケラガ! スグニ消シ去ッテクレル!』


 邪神レヴィアは嘲笑いながら怒気を膨らませ、黒い靄を剣山のように変えて飛ばして来た。


「きたよ!」

「……『聖光神壁』」


 フィノの信頼の声に、僕は落ち着いて何人も通さない聖なる壁を発動させた。

 ガツガツン、と針が激しくぼんやりと白い障壁とぶつかる。

 全てを意識しないと


「く、重い……ッ!」


 分身体と比べるまでも無く強い!

 どうにか障壁をずらして正面だけは避けてるけど、一撃が当たるごとに魔力ががりがり削れていく。


「私がやる!」


 フィノは分身体に食らわせた『聖浄焔』を放った。

 黒い靄を浄化の炎が飲み込み塵に変え、囚われた人は身体を焼き尽くされ魂が抜けていくように天へ帰っていく。


『ォ、オオォ……ア、タタィ』

『コレデ、ネムェル……』

『アリ、ガト……ァァ』


 途中で僕達の周りに留まって何かを告げていく。

 微かに漏れる感謝の言葉に胸がキュッと痛くなった。

 安らかになってほしいと願いもある。


『ククク、クハハハ、ソノテイド、神ニ勝トウトハ……笑ワセテクレル!』


 でも、邪神レヴィアには微々たるダメージでしかない。

 それどころか本体にダメージを与えられず、黒海と化している黒い靄はフィノの浄化の炎を包み込んで消してしまった。


「効いてない……!」


 フィノの悔しむ声。


『貴様ヲ殺シタ後ハ、愛シキ肩ヲ……ァァ! 神共ニ復讐ダッ! マズハ忌マワシキ貴様、此処デ貫カレ、死ネェェェ!』


 焦りを感じ取った邪神レヴィアは嘲笑う。


「回避ッ!」


 止めきれないと判断した僕は、ロロとエアリに指示を飛ばして上空へ回避。

 折れ曲がって追って来る鋭く速い針を瞬時に展開した障壁で軌道をずらし、フィノの浄化の炎で焼き尽くす。


『フハハハ、ナンダ? ソレハ! 無駄ナ抵抗ハ止セ。厭ラシイ虫ケラガ、何時マデ我ヲ見下シテイル! 神ノ怒リヲ身ニ受ケヨ!』


 くそっ、明らかな差がある。

 加護の力を使えばダメージは与えられる。

 でも、想定よりも微々たる程度で、すぐに回復してしまう。

 この絶望感はかなり心に来る……。


「シュン君……私にもっと力があったら」

「違う! 惑わされたら駄目だ、フィノ!」


 心にある絶望ごと、フィノの絶望も払拭するように声を出した。

 邪神レヴィアがそれを聞いて何か言ってきても、それこそあいつの手口なんだ。


「弱気になってた。ごめんね、シュン君」

「ううん、僕はフィノのために、フィノは僕の為に、でしょ? 頼むよ、フィノ」

「うん! 邪神に……私達の出会いの神様に感謝してあげなくちゃ!」


 その意気だ、フィノ!


 だから、諦めるわけにはいかない!

 僕達に任された、ううん……世界の命運と皆の思いを託されたんだから!

 こんな自分勝手な奴に負けたらダメなんだ!


「僕達を嘗めるなァァァ! お前の方が悔い改めろッ、腐った肉の塊がァッ! 連続『裁きの光(ジャッジメント)』ォォォッ!」


 フィノに絶望を再び与えたこいつに、怒りに任せた神聖魔法を無差別に叩き込む。

 がりがりと減る魔力をイヤリングの魔力で補う。

 反動で肉体が軋む音が聞こえても、守りたいものの為に僕はやる!


 暗い世界に極太の光が差し込み、身動きの取れない邪神レヴィア改め堕肉を貫いた。


『ォ、オオォォッ!?』


 負けるわけにはいかない、負けられないんだッ!

 自分を律せず、ルールも守れず、自分勝手なこいつに!


「お前は僕達が倒す! 上司に会いたければ、お前も永久の牢獄に入ってしまえ!」


 先ほどとは打って変わって黒い靄を全力で防御に回し吠える堕肉。


「フィノ!」

「うん、これならいける!」


 背負っている物が違うってよく言う。

 自分勝手に振る舞い世界に迷惑をかける屑野郎と、その世界を救おうとする英雄。


 自分で言うのは恥ずかしいけど、僕は英雄なんだ。


「これが……大英雄の力だ! 堕肉ぅぅっ!」

『ダ、堕肉、ダトォォォ!? ォオアオオォァアァァアオアァォ! モウ許サヌ! 神ヲ愚弄シタ罪、死ヨリモ重イ!』


 分身体が本当の姿だとしたら言われたことがないであろう罵声に怒り狂い魔法を弾き飛ばし、不気味な雄叫びに乗って再び針を繰り出して来た。

 障壁を張ろうとして止める。

 ロロとエアリが自分達が絶対に躱すって闘気を滾らせているからだ。


 僕とフィノは頷いて回避を全部任せる。

 ロロとエアリなら絶対にやってくれるって信じてるから。


「お前は、何故僕が英雄と呼ばれるか分かる? 勇者じゃなくて!」


 高速戦闘が繰り広げられる中、僕は唐突にそう訊ねた。


『貴様ニ、勇気ガ無イカラニ決マッテオロウ! 前世デ虐メラレシ異界ノ者ヨ!』


 ロロに下へ行くよう指示を飛ばし、人ならざる者達が取り込まれる黒海に小規模の神聖魔法を幾つも展開して雨のように降り注ぐ。


 僕のことを誰も勇者だとは呼ばない。

 確かに、邪神が言うように僕に勇気がないから勇者と呼ばないんだろうね。

 でも、それは大した理由じゃない。

 人から見たら強大な敵に立ち向かう勇気ある人だと見えるんだから。


「その僕にやられる堕肉が何を言う! それでも僕のことを勇者だとは絶対に呼ばない。何故か分かる?」

『煩イッ! サッサトクタバレ、虫ケラガァァッ! タダデハ、殺サン!』

「言っていることが矛盾しているぞ、堕肉!」

『マダ言ウカァァ!』


 憤怒のオーラを滾らせ、黒海から苦痛の声と共にポコンと丸い塊が浮かび上がる。

 宛ら、水の中に浮かぶ泡の如く。

 その黒い球体はいきなり弾け、


「ロロ!」

「ウォン!」


 躱しきれず僕とロロに無数の赤い筋を生まれる。

 でも痛みはない。

 逆に、その痛みが生きている活力に変わる。

 心を奪う闇の声も痛みが、お守りから届く皆の思いが打ち消す。


「英雄とは、何かを成し遂げた者に与えられる称号だ。裏を返せば勝つことを望まれる存在ということだ! 負けることが出来ない! 絶望的な相手でも勝たないといけない最強の存在ということだ!」


 だから、誰も僕のことを勇者だとは言わないし、僕自身勇気があるとは口が裂けても言えないから思わない。

 というより思えない。

 フィノの方が勇気が何倍もあるよ。


 上空にいるフィノを見て微かに笑って思う。


『我ニ勝ツ? 笑エヌ冗談ダ。貴様ノヨウナカスガ、英雄ダト? 誰モカラ嫌ワレタオ前ガ? 貴様ノ居場所ハ何処ニモナイ!』


 邪神は僕の過去をほじくるように言ってくる。

 だけど、それはもう吹っ切ったことだ。

 それにさ、また囚われたらフィノに嫌われちゃう。


「大体、それをやったのはお前じゃないか! お前の頭の悪いアホ上司がいけないんだ! 堕肉の上司だから腐肉か!」

『ギザマァァ……言ッテ良イ事ト悪イ事ノ、区別モ付カナイカァァァッ!』

「ははは! 似非神のくせに笑わせないでよ。やって良い事の区別も付かないのか? いや、つかないのか、堕肉だから」

『ソノ口ヲ閉ザセッ!』

「嫌だね! 虫けらである僕達にここまでやられるんだよ。お前の上司もアホだから幽閉されるんだよ」


 今度は僕が嘲笑って言ってやった。

 何かスカッとするものがあるね。

 言っても気持ち悪いから普段悪口なんて言わないけど、堕肉には言っても全く心が痛まない。


「ロロ、ダウンバースト!」

「ウォ、オォォン!」


 黒海の蠢きに下からの全体攻撃だと察し、緊急上昇と攻撃も出来る指示をロロに出す。

 ダウンバーストは高高度ということもあって、黒い靄は凍える風に一瞬凍り付いた。

 その一瞬を僕は見逃さず、浄化の光を照らす。


『虫ケラ風情ガ……! ツケアガルノモ大概ニシロ!』


 大きく力を削がれた堕肉は赤い目を怪しく光らせる。

 僕はそんな堕肉に心の底から笑みを浮かべてやった。


「――僕達は感謝してるよ」


 今僕の中にあるのは皆の思いを代弁する激しい昂り、フィノを苦しめた元凶に対する強い憤怒、そして――


『ナ、ニ?』

「僕をここに呼んでフィノと出会わせてくれたのは他でもないお前だから……堕肉レヴィア」


 この世界に来れたこと、皆と触れ合えたこと、分かりあえたこと、親友と呼べる友達が出来たこと、馬鹿なことをして騒げること、何よりフィノと会えたことに感謝してる。

 この気持ちがあるからこそさっさとくたばれって思う。


「そっちが好き勝手やるなら僕達だって好き勝手やる! 人で遊ぶな、堕肉如きが! 僕達はお前の人形じゃない! 駒でもない! お前に僕達で遊ぶ権利なんてないんだよ!」


 フィノと会えた感謝とやられた怒り。

 そっちがそう来るなら、僕だって我がままにしてやる。

 その権利があると思うんだ。

 相手は世界どころか神の間で犯罪者なわけだしさ。


 そう思うのが一番僕らしいって僕が思うもん。

 何故かたくさんの人に同意されて気がした。


『フン! 貴様等ハ人形ッ! 神ニヨッテ作ラレタ人形、スギンノダ! 我ガ、有効的ニ使ッテヤル、感謝シテホシイグライダァァ! 抗オウトスル意志ヲ持ツコトコソ罪ト知レ!』


 邪神は埒が明かないと思ったのか、全方向から攻撃を食らわせてきた。

 ロロはそれを本能で感じ取り、完全に包囲される前に風を蹴って回避する。

 躱しきれない針を結界で防御するも一撃が重く、数も多く、赤い雫が鎧やロロの白銀の毛を染める。


「お前の人形になるのは御免だね。メディさん達とは比べるまでもない。あ、いや……僕達は神の玩具じゃない!」


 た、確かに僕達は神に作られた存在なのかもしれない。

 少なくとも僕やアルセフィールでは神が人間を作った。

 だからと言って、神の玩具じゃないんだ!

 ましてや僕達を作ってもいない、人の不幸を糧に笑う肉神の玩具になるものか!


『人形ノクセニホザクナ。貴様等ハ黙ッテ、我ニ遊バレテオレバイイノダ!』

「人形だったとしても、ちゃんと遊べないお前は赤ん坊以下だ。人形と正しく遊べないお前は僕達に倒される運命なんだ!」


 再び『裁きの光(ジャッジメント)』を食らわせる。

 神々が作った神聖魔法は多大なダメージを与え、無数の針は軌道を変えあらぬ所へ突き刺さった。


 僕は息荒く、温かい思いが流れて来るお守りを握りしめる。


『神ニ人形ガ勝ツ、奇跡ガ起キルトデモ? 我ノ力ヲ侮ルナ、虫ケラガ! 見エ透イタ挑発モ、悪足掻キニシカ聞コエン』

「なら、さっさと潰せばいい。僕達は虫なんでしょ? 至高なる神の力もたかが知れていそうだ!」


 怪しい赤い光が僕を貫く。

 視界が一瞬ぐらつき、反射的に加護の力を引き上げた。

 どうやら精神攻撃に近い、黒い靄を使った攻撃みたいだ。


「グルァアアア!」

「そんな攻撃が何度も通じるか!」


 握りしめたお守りのおかげだ。

 僕は十分時間が稼げたことに微かに安堵の笑みを浮かべ、お守りに加護の力と魔力を込める。


「奇跡? 違うね! 全く違う! 僕達は掴み取ったんだ!」

『ナラバ、掴ミ取ラセナケレバ良イダケダ!』

「ここまで来て威勢が良いね。自称至高の神のくせに、自分がここまで追い詰められていることに気付けないの? あ、肉だから無理か」


 僕は思いつくままに揚げ足を取る。

 自分でも本当に何を言っているのか分かってない。

 それでも僕は口を閉ざさず、意識を僕の方へ奪い続ける。


『自称ダト、成リ上ガリダト、肉ダト……ヨブナァァァッ!』

「何度だって呼んでやる! 怒るってことは認めているってことだろ! ハッ、自分で肉とか認めていれば世話ないね」


 堕肉のオーラはさらに黒く染まる。

 人ならざる者となった人達の悲鳴に、僕は拳を強く握りしめる。

 出来れば解放してあげたい。

 でも、僕の力じゃ無理だ。


「だから、もう少し我慢して……」

「クゥ……」


 悲しく鳴くロロの首を撫で、僕は全てを押し込み堕肉を見下す。


『ホザケッ! 楽ニ、死ネルト思ウナ!』

「もう怒ってるし、僕に何度死ねと言ってるんだ? 殺せないってことはそういうことでしょ」

『……マルデ、我ノ方ガ、劣ッテイルヨウナ言イ方ダナ』


 聞き間違いか、と堕肉は僕達を捕えようと攻撃を続けながら言った。

 だから僕は、堕肉に肯定する満面の笑みを浮かべてやる。


『我ガ、貴様ニ劣ッテイル、ダト? 絶望的ナ、差ヲ、理解出来ナイノカ! 逃ゲテイルダケノ、羽虫ガ!』

「その羽虫を捕えられていないから言ってるのに気付け、ぶよぶよの堕肉!」

『糞ガァァァァァッ!』


 僕達より下だというと、先ほどの比ではない憤怒を滾らせる。

 自分より上のはずのメディさん達をも全てを見下して、面白楽しく遊んでいた(にんぎょう)に反撃されて怒らないわけがないんだ。


 挑発に乗らないと言っているけど、狂った堕肉は自分がどうなっているか分かってないし、上で起きていることも見えていない。

 どうして僕だけが相手をしてると思ってるんだ。


「認めたくないだけだろ?」


 努めて諭すように言った。


『ナ、ニ?』


 邪神は聞き取れなかったのか、短く返した。


 それならと、ロロに指示を飛ばして中央に鎮座する蠢く物体に近づく。

 そして、出来る限り見下すような嘲笑を浮かべて、


「自分の方が劣っていることをだ! 肉! 駄肉! 屑肉! 焼いても食えない粗大ごみ!」

『キ、サマアアアアアアアアアア! 我ニ、コノ、我ニイイイイイイクゥゥゥゥ!?』

「あの分身体はなんだ? 全然姿が違うじゃないか! お前に言い寄られていたと思うと吐き気を覚える! お前みたいな肉スライムは焼却処分されてしまえ! あ、燃やすと変な臭いが出るかも。どっからどう見ても臭そうだしね」


 そう、鼻を摘まんで見下ろしてから吐き捨ててやった。

 すると、邪神の動きはピタリと止まる。


「それが今ある結果だ! 醜い姿になり果て、虫けらと蔑む人間に負けた」

『負ケテハイナイ! 抗エテ、イルカラト調子ニ乗ルナ!』

「なら、虫けらにここまで追い詰められているお前は何だというんだ? あ、そ言えば、メディさん達から上司を捕まえて牢獄にいると何度も聞くけど、堕肉のことは何も聞かないなぁ。それってさぁ――」


 ――お前も人形だったんじゃないの? 見捨てられポイ捨てされた人形だったんだ。


 精一杯の笑みを浮かべて、堕肉の心を抉るように言った。

 堕肉相手とはいえ、少し自分があいつ達と重なって気持ち悪くなる。


『……』


 プルプルと振動し始め、本当に吐き気を催して来た。

 これが普通のスライムなら可愛いとかになる。

 目の前の奴は、言い方は悪いけど凄く太った人がプルプル震えてる感じ。


『……モウ、ヨイ』


 堕肉は静かに呟いた。

 何時でも対処できるように残った魔力を練り上げ、最後のぶつかり合いに備える。


『モウヨイワッ! 慈悲ヲ与エレバツケアガリオッテ……』


 振動が世界へ伝わり、星を揺るがし始めた。

 それは天変地異と呼ぶのがふさわしい現象。

 壊れることのない塔が揺れ動き、細かい罅が入る。


『コノ星ゴト、消エテナクナレェェ!』


 堕肉の身体が膨れ上がり、自らを中心に爆発を起こす気だ。

 僕は焦ることなく、冷静に加護の力を加えた特殊な魔力を天へ昇らせる。

 それが今できる一番の対処方法、いや、これを終わらせる近道だからだ。


 僕は無言で膨らむ堕肉を見る。


 意に沿わない僕達を殺して頂点に立つ。

 そうなればメディさん達が星ごと消滅させるだろうけど。

 だって、神のルールは世界を壊さない為にある。

 世界が終わってしまえば壊さないわけにはいかない。


 結局、姿を現した時点で詰んでたんだ……邪神レヴィア。

 それにさ、自分で死亡フラグも立ててたし。


 憐れむような思いを浮かべ、やっと終わらせることができる、と首にかけていた輝くお守りの紐を引き千切って、上空に向けて放り投げた。


「確かに僕じゃ、フィノの力があってもお前を消滅させることはできないみたいだ。出来れば僕の手で倒したかったんだけどね」


 肩を竦めて僕は言う。

 傍に準備を終えたフィノも戻ってきて、疲れた様子を見せる笑みを浮かべた。


「準備万端、いつでも発動できるよ」


 僕は労いに頭をひと撫で――上空に描かれた魔法陣を見た。


『フハ、フハハハハ! 御粗末ナ魔法陣ダナ! ソノヨウナモノデ、我ヲ倒セルト? 笑止!』


 分かってないね、何にもわかってない。

 何のために僕一人でお前の注意を引いたと思ってるんだ。

 フィノに怪我をさせない為?

 信じてるんだからそんわけないじゃん。


 冥府神ミクトランの加護の力を加えたフィノの魔力で描かれた魔法陣は、僕の生命神ロトルデンスの加護の力が加わる魔力に呼応して輝きを増し、黒い空間に虹色の光を照らす。


「あの魔法陣が完成した時点でお前は詰んでるんだよ! はなから神を倒せるとは思っていない!」

『何ガ言イタイノダ? 狂イデモシタカ』

「分からないの? 神を倒せないのなら倒せる人物に頼めばいい。例えば――同じ神、とか」


 狂っているのはお前だ、というセリフを飲み込み、空になるまで魔力を注ぎきる。


「神のルール? それは神が動くことを禁じるルールでしかない! でも、人間が神を召喚すれば話は別だ!」

『神ヲ召喚スルダト? 虫ケラニ、ソノヨウナコトガ出来ルモノカ!』

「出来るんだよ! 神と既知にあり、言葉を交わし、約束をした、神が創った身体を持つ加護持ちの僕なら!」


 そう、メディさん達とやり取りを行った僕なら……。


 崩れそうになる身体をフィノに支えてもらい、目を見開き魔法陣を発動させた。


「願うは神々の召喚、破壊と創造の神メディに従う二柱の神。世界の生と死を司る魂を刈る死神冥府神ミクトラン、豊かな世界を護るアルセフィールの管理神生命神ロトルデンス」


 魔力を溜め込んでいたイヤリングの魔力も空になる。

 フィノの魔力も、イヤリングの魔力も空。

 失敗は許されない。


「我、メディの加護を持つシュンの願いを聞き入れたまえ」


 メディの加護はここで役に立つんだ。

 失礼な言い方だけど。


 魔法陣の輝きが増し、光は形となっていく。


『今更何ヲシヨウト関係ナイワッ! 消シ去レ!』


 堕肉は危機感を募らせたのだろう、虚勢と分かる声だ。


 詠唱と魔力が完全に混じり、光は二つの塊に集束。

 それも収まり、最後に一際大きな柱となって降り注ぐ。


 ――神之召喚。


『消エロ、消エロ、全テ消エテシマエェェ!』


 堕肉の身体が急激に縮み、凄まじいエネルギーが放出される。

 そのエネルギーは空気を振動させ、神の塔も破壊してしまうのではないかという威力。

 堕肉も尋常ではないダメージを負うだろうけど、神の肉体が消滅するとは思えない。


 僕に勝つために負の感情を得る世界が必要だっただけで、爆発で吹き飛ばすことが出来ればどうでも良いのだろう。

 その後のことも狂っているから考えていない。


 そして、急激に膨張したその時、


「させねえよ」

「ええ、させません」


 ――世界が止まった。


 漆黒に変わった光柱から白く長い腕が突き出され、その手にある大鎌によって爆発を食い止められたのだ。

 淡い緑色の光柱からも綺麗な手が突き出され、破滅を齎す堕肉の身動きが止まる。


 二柱の神による最上位の力の行使が行われたのだ。


「手伝ったとはいえ召喚を成功させるとはな、後は任せろ」

「ええ、召喚された今、世界を壊さない範囲において力を行使できます」


 そっと振り返り労いの笑みを浮かべる二人。

 すぐにその笑みは憤怒と冷酷な冷たさに変わる。

 何もできず見ているだけだった、自分達の不甲斐なさに嘆いていたからの怒りだ。


『グ、クッ……シバラ、タ、神ド、モガ』


 堕肉は身動きが取れず、肉を振わせることも出来ない。

 動く目だけが怪しく二人を射抜く。


「効くかそんなもん。成り上がり風情が上級神を嘗めるなッ!」


 ゴウッとミクトさんの腕の一振りで黒い靄が掻き消え、怪しい光りも強制的に目を閉ざされた。


「おイタをした子には説教が必要ですね。最高神メディも相当御怒りです。まずは自分がしでかしたことを理解しなさい」


 冷たい笑みを浮かべるロトルさんが指を鳴らすと、地面から植物が生え堕肉を張り付けにした。

 どうやら堕肉が持つ負の力を吸収して制の力に逆転、その力を養分にして育つ植物のようだ。

 一種の拷問植物と見た。


『グォオオォォオオオッ!?』


 みるみる堕肉は元の身体と思しきものへ戻っていく。

 分身体に似てはいる人型に戻り、射殺せそうな殺気が僕を貫いた。

 だから、反射的に動いてしまう。


「今更足掻いても無駄だ。この結果はお前自身が招いたんだ。皆の絶望を知れ、いや、絶望だと力になるからやっぱり感謝かな?」

「シュン君、不謹慎だよ、メッ」


 ま、もう絶望とか吸収できないだろうけど。


『虫ケラ、ニ、クミスル、神共メ……。人形、ゴトキト、対等ナドォォォォ!?』

「黙れ、成り上がり風情が。無駄口を叩ける状況か? お前が今しなければならないのは後悔だろ? 世界を、星々を滅茶苦茶にした報いを受けろ」


 死神らしく大鎌で堕肉の下がっている頭を持ち上げるミクトさん。

 堕肉は睨むけど、睨み返され目を逸らす。


「まあいい。後悔も、反省も、懺悔も、これから愛しき上司と一緒にさせてやる。唯一の慈悲だと思うんだな」

『……』


 堕肉とは比にならない狂気に似た何かを感じるミクトさんの言葉。


「ただし、力は全てアルセフィールの為に絞り尽くさせてもらいます。神は地獄にはいけませんから、永久の牢獄の中で反省なさい!」


 ロトルさんは堕肉に近づき、指を突き付け神の権威を剥奪。

 ついでに植物の蔓で全身を雁字搦めにして、植物を強固な鎖に変えた。

 鎖はアルセフィールに突き刺さり、周囲と同化する。


『――!』


 堕肉の声にならない悲鳴。

 微動だにしない鎖が擦れ、その不快音は堕肉の力を奪う。

 僕達には良い音色にしか聞こえず、それが力となってアルセフィールに満ちていく。


「ついでに俺の権限でお前が殺した死者達の嘆きを聞かせてやる。力になるんだろう? ま、力を失った今無理だろうがな」


 今一分からないけど、かなり苦痛を与えられるようだ。


 堕肉の背中に生えていな不気味な黒い翼が粒子になって消えた。

 感じていた神々しい神の気配も消え失せ、力自体も無くなったみたい。

 どうやら天使でもなくなって、ただの罪人となったんだろう。

 僕達とそう変わらない状態ってことだ。


「終わったんだね。呆気ないっていうか、私達の手で倒せなかったのが悔しいよ」


 ミクトさんとロトルさんのやり取りに安堵したフィノは魔力回復のゼリーの飲みながら言う。


「はは、そうだね。やっぱり神は強い。だから僕達は崇め信じるんだ。神はその信仰を糧に力を増やして、僕達や世界に恩恵を与えてくれる」


 そのために神のルールもある。


 二人は僕達の方へ振り返り、申し訳ない表情を浮かべる。


「言いたいことは分かります。でも、これしか方法はなかったんですから気にしないでください」

「というより、神様達に謝られると反応に困るのが人間です」


 フィノの言う通りだ。

 僕は別なのかもしれないけど……黙ってよう。

 何故かフィノも僕の心を読めるので、三人は苦笑を浮かべた。


「そうか」


 ミクトさんは短く返す。


「それに、僕達が倒せるとは思ってないでしょうからね」

「ミクトラン様達が処理してくださった方が安心できるというものです」


 これが終わった後は世界教を通じて顛末と謝罪? があるだろうからね。


「俺達に出来るのはこいつとその上司の管理だ。二度と外に出さないと約束する」

「アルセフィールの荒れた大地は数年で戻るようにします。邪神レヴィアに囚われた者達の魂は浄化し、来世で幸せになれるよう輪廻に返します」

「すでにお守りを通じてメディ達が力を行使しているだろうがな」


 ミクトさんが上を向くのにつられて向けば、塔の上空を覆っていた黒い世界が掻き消え、空にぽっかりと穴が空き青が見え始めていた。

 世界に力も満ちているのが感じ取れる。

 やっと平和を掴み取れたのだと、安堵に身体の力が抜けそうになった。


『コンナ、コンナ結末ガ、許セルモノカッ! ヤメ……テクレっ! 我ハ終ワラヌ……! コワ、壊レル! 必ズ、蘇リ、嫌、ダ……。苦シ、メ、ァァアァ、嘆ケ……滅ブゥゥゥっ!? 死、ニタク、ナイっ!』


 怨霊が纏わり付いて不気味な声を上げ、堕肉は支離滅裂に叫ぶ。

 死ぬことはない、死ねないのだから。

 発狂することも、心が壊れることも、何もできず只々永久の地獄を味わうんだ。


「死にはしねえよ。……もういいだろう。これ以上の顕現も世界の悪影響となる。シュン、それからフィノ」

『はい』

「俺達に代わりよくやってくれた。神々を代表して感謝の言葉を送らせてもらう」


 ミクトさんは大鎌で空間を開き、禍々しい気配が漂う中に泣き叫ぶ堕肉を放り込んだ。


「残りの人生はゆっくり過ごしなさい。シュンさんのことですから騒動の多い人生になるかもしれませんが、もう闇は訪れないことでしょう」

「……そういうことを言わないでください」

「ふふふ、フィノリアさんはシュンさんと仲良くお願いしますね」

「はい、シュン君と添い遂げます」


 ちょっと頬が熱くなった。


 そして、ミクトさんとロトルさんの身体が薄くなり、光の柱も魔法陣も消滅する。


『世界に加護を、人間達に祝福を、輝く未来に恩恵を……。お二人の未来が幸せであることを願う』


 そう言い残して消え去った。


「ふぅ……少し休憩してから帰ろっか。ロロ達も疲れてるだろうし、魔力も回復しないと危ないからさ」

「二人っきりは久しぶりだからゆっくりしたいだけでしょ?」

「そうともいう」


 世界も、家族も、友達も、知り合いも、フィノも護れたんだと涙が出てきた。

 フィノもそれを見て笑い涙を流す。

 ロロとエアリはお互いに寄り添い、そっと目を閉じた。


 それから暫くして再起動した塔が輝き、僕達も王国へ邪神レヴィアを倒したと決戦を終了させる吉報を届けに戻るのだった。




 魔大陸のどこかにある荒野。

 そこでは異形の姿となった天魔族の長メフィストとその配下達、それらを誇りを払うかの如く蹴散らす氷の化身の魔王ポムポムちゃんがいた。


「どうやら邪神は倒されたようですね。流石はシュンさんとフィノさんです」


 幾度と身体を再生させていたメフィストの反応からポムポムちゃんは察した。


「な、何故そんな力が……! 貴様は何だ! 何故神を超える力が……化け物め!」


 抗えないほどの実力差。

 メフィスト達は死ねないことを随分前に後悔していた。

 いや、ポムポムちゃんが態と殺さなかったことに気付いていた。


 荒野は極寒の大地へ変貌し、灰色の雲からしんしんと雪が降る。

 異形となった天魔族は皆氷像へ変えられ、命だけがただそこにある状態。


「化け物、ですか? ふふふ、久しぶりに言われました。ですが、私は力があるだけの化け物です。本当の化け物は貴方のような姿の屑を言うのではないでしょうか?」


 ポムポムちゃんはいつもと変わらない笑みを浮かべる。


 メフィストは凍り付いたように動けない。

 動いても無駄だと心が折れているからだ。


「大体ですねぇ、私は貴方達が邪神によって生み出された駒だと知っていました。突如現れましたからね、貴方達天魔族とやらは」

「ど、どういう――」

「ま、どうでも良いんですよ、そんなことは」


 ポムポムちゃんは静かに空へ飛び、くるりと一回転して腰に手を当て前かがみになる。


「人族を攻めようが、暗躍しようが、邪神の手先であってもです」

「知っていたぎゃあああああ!」


 挙動も無くメフィストの身体に氷が突き刺さった。


「私にとって楽しければいいんです。美味しい物が食べられればそれでいいんですよ。ですが、貴方達はやり過ぎました。お菓子(私)の怒りを買ったんですよ」


 どこからともなくドーナツを取り出し、ぱくりと齧り付く。

 再びメフィストの悲鳴が上がった。

 今度は下半身が凍り付き砕け散ったのだ。


 しかし、ポムポムちゃんの力と残った邪神の力で再生する。


「約五千年前、当時の魔王は強く、いくら聖剣を持つ異世界の勇者でも勝てるとは思えませんでした。神の加護を幾つも貰っていたのだから当然です。貴方達も暗躍していたでしょう? ……黙って聞きなさい」

「――!」


 喉が凍り付き、真面に呼吸さえも出来なくされる。


「私はどちらが勝っても良かったんです。神の力を得ようが神には勝てないのですから。邪魔をしない限り放置しておく予定でした」


 暗に自分は神であると言っているように聞こえる発言。

 しかし、ポムポムちゃんは神ではない。

 メディ達やシュンが神の気配に気づかないはずがないからだ。

 それに実力も隠し、周囲に嘘をついていたことにもなる。

 だが、勇者のことについて詳しいことも納得できる。


 一体彼女は何者なのだろうか。


「それが変わったのは勇者から飴を貰ったからです。あれは幸せの味でした。砂糖の塊なのに世界が広がる不思議な味。これはついて行かなくては、と思いましたね。まあ、勇者が面白かったのもありますが」


 満面の笑みを浮かべポムポムちゃんは身体を起こして手を掲げる。


「私が魔王となった理由は美味しい物を食べたいがため。何時まで経っても争いを止めず、全くと言っていいほど発展もしない。我慢できなかったんです。勇者の世界では千年もあればかなり文明が発達するそうですよ」


 五千年経っても全く変わらなず歴史を繰り返す愚かさに嘆き、すぐに笑みへ変わる。


「そこで、私は気付いたんです。邪魔者は潰し、自分で作り上げればいいと。ただ、魔族は不器用な者ばかり。私も作り出すのは苦手とします。この戦乱は嬉しい限りですよ。――それを潰そうと……私が何かをすれば邪魔をするお菓子に群がるアリやゴキブリ共が!」


 憤怒のオーラが立ち昇り、極寒の大地を灼熱の大地へ変貌させる。

 すぐに怒りは収まり、再び極寒の大地となる。


「二百年前に一番の邪魔者である傀儡の魔王を潰しました。次に反乱分子を。美味しい物を作れる者達を優遇し、活気溢れる魔都を築きました。それでも邪魔をするゴキブリ達。力に従わない魔族らしくない貴方達のことです。これは面倒でも大元である神を滅ぼさないといけない、そう思ったところにバリアルを使った出兵が起きました」

「ぜぇ、ぜぇ、全て、全て知った上で放置していたというのか! ぎゃああああ!」

「圧倒的な力で罠を食い破る、シュンさんの考えは正しいです」


 煩いとも言わず、再生したメフィストを氷に閉じ込めた。


「そこでシュンさんのことを知りました。料理の報告を聞き、すぐに勇者と同じ出身だと気付きましたね。それから十年も経たないうちに私と出会い、彼は勇者以上に美味しい物を私へ齎してくれました。特に、ドーナツやケーキは格別です。フィノさんともお友達になれましたし嬉しい限りです」


 残ったドーナツを口へ放り込み、蕩ける頬を両手で挟む。


「これは協力した方が良い! と私は思いましたね。それは大成功でした。邪魔者をこうして一掃できますし、つまらない平和もシュンさんがいれば刺激で溢れるはず。何より美味しい物が増えるのは良い事です。こう見えても、一応魔族の未来を案じているんですよ? 魔王としては」


 これからが楽しみだとクスリと笑う。

 メフィストは命以外全てを氷に閉ざされ、周囲の氷像と同じとなった。


 そこへ黒い翼を広げる女性――サテラが訪れる。


「終わったようですね」

「ええ、面倒でした。これなら最初から潰しておけばよかったですかね」

「ですが、それではシュンさんがこの世界に来なかったでしょう。結果オーライなのでは?」

「あ、それもそうですね。さて、報告がてらに王国へ行って美味しい物を食べるとしましょう。まだ技術は拙いですから」


 ぽんと手を打ち、不思議なポムポムちゃんとサテラは極寒の大地となった荒野を後にするのだった。


次で終わります。

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