各地6
シュリアル王国
数百メートル上空で繰り広げられる戦闘の衝撃が幾度と襲う。
「神よ……」
大結界は防ぎきるがビリビリと不安な音を立て、地響きが隠れる者達に不安を与える。
彼等はほのかに光るお守りを両手に包んで祈り抗っていた。
早く終わってくれ。
どうなってしまうんだ。
怖いよぅ。
……お願い。
下を向き、そう、するほかない。
力の無い弱い者達は隠れ終わりを待つしかないのだ。
少しの不安が恐怖に繋がり、恐怖は時間が経つにつれ膨れ上がる。
そんな中、痺れを切らし怒鳴る声が響いた。
悪い方ではなく、良い方向で。
「震えている奴は立て! 立って、何でもいいからするんだよ!」
「そ、そんなこと言われても、なぁ……」
「祈るだけじゃ駄目だ! 縮こまっていたらダメなんだろ? なら、無力な俺達の為に戦ってくれている奴等の為に出来ることをするべきだ!」
とある男は立ち上がり、賛同する者を引き連れて自分達に出来ることを考え外に向かった。
避難している者達は知っている。
邪神の集団の力の糧が、ファミリアの力の礎が、自分達も戦力になっているのだと。
男達は祈っているだけが我慢できなかった。
数時間に渡って起きる地鳴り、地震、戦闘音、雄叫び、情報。
じっとしているからこそ不安や恐怖を沸かせていると気付いたのだ。
抗う為に、戦ってくれているファミリアの為に、もっと力になる為に、出来ることを考える。
無力な自分達でも出来ることは絶対にあるのだから。
「退いてくれ! 兵士さんよぉ、俺達にもできることがあるだろ?」
「……それは出来ない。心苦しいが、街には魔物が入り込んでいると」
「それは分かってる。だが、俺達は何も戦おうってんじゃない」
爪が食い込むほど拳を握りしめた兵士に、男は肩を竦めてクールに笑った。
頬に傷がある凶悪な顔なのだが、惚れた女性がちらほらいたとかいないとか。
「ああ、そいつの言う通り。私は“安らぎの旨味停”亭主ドレブル。戦闘の腕はからっきしでも、料理の腕は誰にも負けない自信がある。それに、皆さんそろそろお腹が空いている頃でしょう?」
気弱そうな男の言葉に反応、いや、旨味停の単語に強い反応を示す。
やはり旨味亭系列は王国内で絶大な人気と知名度があるようだ。
「準備している料理も一度温め直した方が良い。人は何かを食べると幸せになる。それが美味しければ尚更だ」
ドレブルは一緒にいた女将さんのレーベルと娘のレンカを抱きしめ笑う。
「俺も腕はないが料理人だ! こんな見た目でもな、ガハハ!」
「ぼ、僕もやりましょう! シュン様には人生を変えてもらった音があるし……返せるときに返さないと。あ、『ラ・エール』の店長セドリックです!」
「では、私達は給仕を行いましょう」
「簡単な手当や荷運び、子供や老人の世話とか、いろいろやれることはある! あんた等だって何かしたいんだろ!」
兵士達は自分達の判断で決められることではない、と上へ確認を取る。
彼等もまた兵士として見守るだけの状況に我慢できなかったのだ。
その許可は案外早く出た。
各地で同じように奮い立つ者がおり、その報告が届いていたからだ。
こうしてお守りから流れる光は強くなり、外で戦うファミリアの更なる力となった。
「こほっ、しぶといねぇ」
異形となった発明家と相対するアルカナは、口元から垂れる血を拭き取り苦しそうに口角を上げる。
魔導書の強力な魔法も数を失い、魔道具で底上げしていた魔力も底を尽きかけ。
戦うのは自分の好みじゃないんだけど、と心の中で思う。
『進化した私に対して良くここまで凌いだなぁ、アルカナ』
発明家の声は幾つも重なり、アルカナを下に見る不気味な笑いが含まれる。
「進化だって? ハン、笑わせてくれるじゃないか。それが悪い方向なら退化というんじゃないのかい?」
苦しさを振り払うように高笑いを上げる。
アルカナも発明家に負けていない、いや、認められないと鋭い目だ。
『負け惜しみか。他人の発明を信じられない気持ちは愉快なほどわかるぞ! 私も何度と味わったからなぁ。他人の様子は蜜の味だが!』
「フッ、お前の作る物に負け惜しみなんて塵一つも思わない。同類と見ないでほしいね」
『なんだと!?』
情緒不安定な発明家の怒りの魔力を微風の如く受け流し、迫り来る黒い靄をお守りの力を増幅させて防ぐ。
加護を持たないアルカナだが、シュンの話を聞き、加護を研究し、祈りの力を増幅させる道具を作っていた。
「人に迷惑をかける、世界を破壊する、非人道的……どれもやってはならないこと。お前が認められないのは当然なのさ」
『ダマレェェ! 私は認められている! 認められないのは嫉妬しているからだ! 人が死んで何が悪い! 私を認めない奴等は死んで当然なんだよ!』
人間でもなくなった発明家。
筋肉は蠢き取り込まれた魔物や人間が苦しみの顔を出す。
火に強い焦げない皮膚、切断に強い弾力のある肉質、折れない鋼並の骨。
死角を無くす複数の目と全てを捉える複眼、空間も察知する。
気丈な笑みを浮かべるアルカナの瞳は冷たく怒りしか宿っていない。
「手段を間違えるんじゃない! 私は絶対に、お前の発明を認めない! シュンも眉を顰めて否定する!」
『シュンシュンシュン! そいつの名をオオォォォ、クチニスルナアアアアア!』
丁度お守りから流れ込む力が増幅。
アルカナの放った風の弾丸が音速を越え、黒い靄を突き抜け発明家の腹部に大穴を穿つ。
『効かん効かんキカンワァァアァアアアハハハハァ!』
発明家の勝利に歪んだ表情を見ても、頭は冷静にアルカナは考えを纏める。
どうやったらキメラ以上に手強いこいつを倒せるのか、と。
「図星を突かれたから怒っているのだろう? お前も自分で認めているのさ」
『黙れだまれダマレェェェ!』
未知の魔法を見ても、アルカナの変人な心が全く揺れない。
逆に怒りの様なものが沸々と込み上げていた。
再生に邪神の力を使っているのは分かっている。
邪神の力は神の力で消し去れる。
「無能だと認めちまいな。屑だと、ゴミだと、不要な人間だと。お前は不要なんだと」
『ァアアァァアアァアアアアァアアァァアアッ!』
圧力の増える発明家の猛攻を、頭は冷静に避ける。
特に黒い靄はお守りの力が増幅しても危険極まりなく、攻守共に厄介だった。
ああもう鬱陶しい!
私はしたいことをする、したくない事をしない、研究一筋なのだよ!
「大体目の前に、ね……闇に囚われるわけない」
闇の声は確かにアルカナに対する闇の声。
だが、闇の声の言っていることは発明家に跳ね返っていた。
こいつを吹き飛ばせるほどの神の力が宿る物はないか。
魔導書や私自身は?
いや、それでは駄目だ。
あの靄が本当に邪魔!
「邪神様とやらは認めてくれたのかい?』
『黙れェェェ!』
「認められたとしても本当にお前なのかい? 搾取されるだけの捨て駒……それ以下の存在、私はそう思うね」
『モォ……ジネエエエ!』
その時、拳を振り上げた発明家に白い雷が奔る。
離れた場所でデュラハンキメラと戦っている雷光の魔法使いアリアリスの攻撃だ。
「アルカナ、早く倒してくれ!」
まだ余裕のあるアリアリスの声。
デュラハンキメラはその巨体故に高速で動くアリアリスを捉えきれない。
アリアリスも高速再生をするデュラハンキメラに決定打を与え切れていない。
「来るぞ! 防御!」
地上では襲い掛かる余波をファミリアの兵士達が盾を作り出し食い止める。
強烈な魔法の爆撃も防ぐ大結界だが、流石にデュラハンキメラの一撃は防げそうになかった。
「『雷破』!」
大結界へ届く一撃を、雷の衝撃波が軌道をずらす。
その余波をファミリアの兵士達が防ぎきる。
「あー、すまない」
アルカナはその様子を見てそう呟いた。
王都四方からも土煙が上空へ舞うのが視認できる。
アルカナは決して遊んでいるわけではない。
しかし、自分が倒しきれないから戦闘が続く、と少し罪悪感を覚えた。
「私にも普通の人間の心が……いや、少し闇に捉われているな。いかんいかん」
『ナニヲゴチャゴチャト、イッテイルゥウゥウウ!』
「もう、これしかないか……想定外の使い方は好みではないが、ほれ」
焼けただれた腕を高速で治した発明家に、アルカナは懐から光を取り出し放り投げた。
それは神のレリーフが彫られたお守り。
更に輝きは増し、アルカナに迫る靄を塵に変え、発明家の額に直撃。
その瞬間光が迸り、発明家を包み込む靄を消し去った。
それでも止まらない発明家の拳が迫る。
「大体研究者が肉弾戦? それこそ終わりだと気付くべきだった……っと」
轟音が鳴り響く。
問答無用に殴りつけた発明家の拳が当たったのだ。
が、投げられ独りでにページがめくれ浮かぶ魔導書によって防がれた。
『アルギャアアアアアアアアア!』
響き渡る悲鳴。
魔導書はとあるページで止まる。
神のレリーフを組み込んだ魔方陣が描かれたページ。
切り札が発動したのだ。
「これでどうだい、アリア!」
アルカナが振り向く――が、既にアリアリスの準備は整っていた。
デュラハンキメラと発明家が重なる地点で魔力を練り上げる。
腰溜めに構えた両手が青白くバチバチと放電。
魔法にする前段階で物質化を起こしていた。
放り投げられた剣がゆっくり回転しながら落ち、それは宛らカウントダウンに等しい。
『サ、サセルガアアアアアア!』
危機感を最大にした発明家とデュラハンキメラの叫びが重なった。
発明家は魔導書を破壊、デュラハンキメラは治り切っていない腕を振り下ろす。
だが、間に合わない。
剣は目の前へ到達。
剣先が向いた瞬間、柄に両手が突き出される。
「遅いぞ、アルカナ! 我が雷よ、天まで届け、光速の弾丸よ、天を突き破れ、『超電磁砲』!」
溜めに溜められた魔力は魔法に、魔法は電磁となり、突かれた剣は加速。
発動した時にはデュラハンキメラのコアを破壊し、発明家の上半身を吹き飛ばし、更には丁度移動した邪神レヴィアの腕に突き刺さった。
「止めを刺せ! シュン!」
これは起こるべくして起こった現象だった。
「見苦しいからとっとと消えろ」
まだ回復しようとする発明家に目を向けることなく、アルカナは収納袋から取り出した聖水を振りかけ消滅させた。
弱り切り抵抗することが出来なかったのだ。
発明家の死亡により四方を襲っていた巨大キメラのコアの機能が停止。
通信によって死亡が伝えられ、四方を護っていたロンジスタ達高ランク冒険者の手によって打ち倒された。
それを皮切りに各地のキメラが動きを止め、ファミリア側に吉報が届き始める。
ジュリダス帝国のアシュラ蹂躙劇。
ガーラン魔法大国の煉獄討伐。
ドミアス聖王国の剣聖参戦。
魔都バラクブルムの先代魔王浄化。
フェアルフローデンのダークエルフ捕縛。
ビスティアの元族長瓦解。
邪神レヴィアの断末魔は世界に響き渡り、やっと救えたのだと誰もが安堵を零した。
が、残った邪神の集団や魔物の群は一向に止まらない。
それどころか魔物ははしから増えていく。
「どういうことだ? 邪神は倒したのではないのか」
総本部で眉を顰めたローレレイクが蟀谷を揉みながら呟く。
「邪神が操っていたわけではなかったということでは?」
「うむ~、別の問題があるということか。若しくは、そのまま暴れているとか」
「いや、あり得ぬであろう! あってはならん!」
「そうでしょう! 現にあの黒い気配は消えていないではないですか。現実から目をそらしてはなりません」
各地からも邪神の集団の動きに変化無し、と報告が入る。
このままでも問題なく対処は可能。
しかし、水を差されたように困惑が広がっているという。
「あれが邪神ではなかった、とか」
考えても言わないようにしていたことを誰かが言った。
シーンと場が凍り付き、一斉に視線が下がる。
ローレレイクは一層蟀谷を揉み、大きなため息をつく。
ビクリと面々は身体を揺らす。
恐る恐る顔を上げ、ローレレイクを見た。
その時、ドアが開き人が入ってきた。
邪神レヴィアを倒したシュンとフィノだ。
いや、倒したはずの。
「戻って――」
ローレレイクは二人に尋ねようと声をかけたが、シュンの真剣と焦りが浮かぶ顔を見て口をつぐむ。
「まだ終わっていません! これから邪神レヴィア本体を叩きに行きます! それまでは終わりではないと通知してください!」
もう少し続きます。




