魔王の登場と休憩と敵意
「ほ、本当にこの少女が魔王だと言うのかね?」
俄かには信じられない、と知らなかった人達全員が目を白黒させて僕を見る。
でも、背後に控えている夢魔族の女性がサテラさんだと、冒険者ギルドのグランドマスターのお爺ちゃんが認めたから嘘じゃない。
魔王だし、もっとおどろどろとした相手を想像していたんだろうね。
「はい、間違いなくこの方が現魔王様です。魔力は僕より上なので、純粋な魔法対決になると分が悪いですね」
こういうのは言わない方が良いのか、僕としては安心してほしいから言ったんだけど……失敗したかな?
「そのことについては我々も認める。強さに関しては、魔王は我々と違い強い者がなる、魔族のルールだと思って頂きたい。この解釈で間違っていないかね?」
と、ローレ義兄さんが騒がしくなる前に被せた。
『はい。私は殺し合う趣味は持ち合わせていません。出来れば仲良くしたいと思っていますよ。痛いのは嫌ですからね』
ポムポムちゃんはマイペースにころころと表情を変えながら答える。
背後に控えるサテラさんの苦労に同情するよ。
『歴代最強の魔王陛下が代替わりすることはあり得ないことかと思いますので、先にお互いの在り方について決めておきましょう』
「うむ、これからの対処にもかかわる重要な部分であろう。皆もそれでよろしいな?」
皆が戸惑っている間に、打ち合わせ通りに事を進めていく。
『まず魔族の方針ですが、基本的に魔王陛下の意思の下に決定します。現在シュン様方から授かった情報を元に改革が進み、二百年前の様な戦争はまず起きないとお考え下さい』
「言葉では安心できまい。かといって安心できる方法もない」
『お互いにその通りですので、そこは魔王陛下とシュン様が抑止力として立つしかないかと思われます。よって、エルファレンとガレンシアの大陸間不可侵条約を結ぶのが宜しいかと』
条約自体本当に守られるのか信じられないものだ。
でも、今はそれを信じるしかない。
不可侵条約っていうのはお互いに侵略しません、それ以外だったら可能な約束の事。
通常国同士が結ぶもので、A国がB国と結んで、その間にA国はC国と戦争するとして、C国がB国に支援を求めてもB国は支援してはいけない。
間接的な侵略行為だと見られるからだ。
今回の場合、大陸間で結ぶからスケールが大きくなるだけだけど、魔族が侵略して来たら全員で戦い、こっちの国か種族が攻めたら支援しないで見守るってこと。
まあ、中身については後程決めるってところだね。
「不可侵条約を結んでおけばよかろう」
「そうだな。今はそのことよりも邪神の対抗策を練る方が先決だ」
「人類の存続がかかっているのですから」
何か言いたそうにしていた者達は口をつぐんだ。
口を挟んでもさっきみたいに封殺されると考えたんだろう。
根回しっていうの? すっごく大切だと思った。
「これで分かって頂けたと思いますが、この会議の意味は邪神対抗だけでなく、今後の未来の在り方にも関わってくると重々承知してください。その上で続けます」
「御苦労だった。次に決めなければならないことは対抗策だ」
先も言ったように加護の力で作った魔道具、同じく聖水で対処は出来る。
でも、攻めてきた時の対抗策はこれから決めないとってわけ。
「基本自国のことは自国で決める。だが、通信の魔道具を用いて国家間、種族間の繋がりを強化し、何時でも支援できるよう備えようと考えている」
「魔法大国襲撃では通信の魔道具が妨害されたため、妨害・傍受に備えた魔道具の開発を行っています。支援ですが、流石に転移させるのは無理なので、各ギルドと協力し高速輸送とポーション等の手配・製作準備をしています」
召喚獣や竜騎士もいるし、冒険者ギルドはドラゴンを飼っている所もあって、商業ギルドは独自のルートで運び込める。
世界教や治療関係のギルドには、ポーションの作り方や素材の栽培を行いエリザベスさんに頼んで収納袋をたくさん作ってもらってる。
『私達も準備を行っています。魔大陸の素材は豊富ですから集め次第送りますね』
「ありがとうございます。収納袋等はその時に」
久しぶりに会ったけどとってもきもちわ……変わってない様子だったよ。
兄、じゃなくて姉のキャサリンさんも手伝ってくれるとか。
素材は冒険者もだけど、学園の皆の実力上げの為に魔物を狩って、その素材を送り届けてる。
「せや。実際になってみんと分からんけども、その準備をしとる」
「冒険者も各地に派遣しておるよ。ここ最近魔物の動きが活発になり、闇ギルドの連中が身を引き始めたのも関係しておろう」
「過去の手口から魔物を使うことが推測できる。邪神の加護も脅威だが、そちらにも目を光らせていただきたい」
普段の動きと違う動きをするものは要チェック。
大規模魔物侵攻時に使われた魔物に念話を送れる青い宝石の魔道具。
魔闘技大会時は空の魔石から魔物を召喚して、影で暗躍していた者達。
帝国や王国以外にも手を伸ばし、あれだけ強力な呪いも今思えば魔法使いでもない人が使えるとは思えない。
『魔大陸は距離的問題が大きいです。戦力としては頼って頂きたいですが、支援については得手不得手が極端になります。身内の離脱者も多いですからね』
「いや、そこは問題にしていない。少なからずどこの国からも出ているのだ」
「然り。問題は魔族との折り合いだ。こう言っては何だが、肩を並べて戦えるだろうか?」
そこが一番の問題だ。
「王国は一度魔族と会っておるからな。シュンの影響もあってそこまで委縮することは無かろう」
くほっ!?
自覚してるから何も言えない。
『選別中ですが、そちらに向かう者は貴方方の指揮下に入る指示を出すつもりでいます』
「ほう、即ち我らの命令を聞くということか?」
『勿論無理難題は困ります。それこそ死に追いやった、と後々の遺恨になりかねないのは分かっていることでしょう。別動隊、若しくは魔物相手にぶつけてください』
『基本的に殲滅と言っておけばいいです。お馬鹿ばかりなので』
魔物の脅威の中で暮らす魔族を魔物にぶつけるのが一番だ。
魔物も強くなっているのかもしれないけど、それでも魔大陸とどっこいレベルだと思う。
ポムポムちゃんの良い方はちょっとどうかと思うけど、ギュンターやバーリスのことを思い出すと納得してしまう。
こっちに来る魔族はバリアルを総隊長に、エルフ族にはダークエルフ族、獣人族には獣魔族と相性というか勝手が同じ種族を置くことにしているそうだ。
あっちはポムポムちゃんを頂点にサテラさんが補佐、スペンサーさんやボゴイさんが戦力としているそうだ。
「どこから攻めて来るのか分からないのなら国民は防衛可能な街に移動させておくべきだ」
「食料は魔物で賄えるだろうが、それだけでは無理だ。後のことも考え多めに保管せねば」
「街との通信手段もいる。その前に内部調査も必要か」
「戦っている間に洗脳されたらどうする? お守りとやらで完全に防げるだろうか?」
やっと皆が前向きに揃って歩み出した。
「これからの洗脳については考えがあります。シルヴィア様」
「はい、こちらになります。探すのに苦労しましたが、間違いなく古くから伝わる物です」
皆が見えるように円卓中央に置かれたのは台座、鏡、杖、短剣、冠の五つだ。
簡素でありながらどこか得体の知れない気配を持つことに誰もが気付き、困惑が広がる。
「これらは一体……」
『それは神器ですね。二百十数年ほど前に見たことがあります。壊れましたけど』
そんな呟きにポムポムちゃんが即答した。
壊したって何よ!?
「魔王陛下の仰る通り、これらは世界教に保管されていた神器です」
『じ、神器!?』
「と申しましても、これらは儀礼用でして、祝いに使われていたようです。が、どのような効果があるのか分かりません。悪い事は起きないはずですから、此度の使用も兼ねております」
そう、僕がお願いしていたのはメディさん達が与えたという神器の数々だ。
その中でも特に問題の無い、条件に一致した物を選んで持ってきてもらった。
勿論加護の力で作った特別な収納袋に入れてね。
そうしないと教会の中は封印の間のような物があるから感知されないみたいだけど、移動の最中に襲われて取られるかもしれないからね。
「光神教が持っていた勇者の遺物や聖剣の類は残念ながら敵の手に渡っているでしょう」
「ふむ……。聞きたいことがいくつかあるが、これらで洗脳が防げるというのかね? もしや皆に神器を配るとか言わないだろうな」
と、冗談を口にするフェルナンドさんが代表して聞いてきたから、僕は苦笑して安心させるように首を横に振った。
「流石にそれは。ですが、似たようなことをします。皆さん、ここを見てください」
流石に数十人も囲む円卓は広すぎる。
だから、見てくださいとか言いながら、魔闘技大会の表彰で使った『投影』魔法を使って拡大する。
「何やら紋章があるな。大樹……と花……それから太陽か」
『それは神々の紋章ですね。魔族には神器と呼べるものは存在しませんが、勇者の武具に似たような紋章があったと聞きます』
台座の中央や王冠の額には円形のレリーフがあり、似たような絵柄が彫られている。
流石のドワーフでも唸るような出来のものだ。
「ポムポム魔王様の言う通りこれはアルセフィールの管理神であり、生命を司る女神ロトルデンスさ、まの紋章となります」
「こほん」
危なかった……さん付けするところだった。
フィノに呆れられちゃったよ。
「何となく話が見えてきたぞ。シュン殿はこの紋章を皆に身に付けさせようというのだな?」
「はい、その通りです」
これについては確認を取って許可を得てる。
僕が加護の力を使ってメディさん達の力を引き出していいのなら、神器に使われているロトルさんの紋章を使い、間接的に力を行使できるようにしても良いってね。
「だが、そのようなことが可能なのか? 神々の気に触れでもしたら」
「そんなことはありません。既に許可は得ています」
『ふごっ!?』
「まあ、悪用できないように事が済み次第消滅することが条件ですが」
『私達の様な信仰しない者にもですか?』
「サテラさんの疑問は杞憂です。神々は誰かの守護神ではなく世界の守護神ですから、この世界に住まう全ての者が対象となります」
使えるとか思ったんだろうけど悪用はさせない。
「やはり、シュン様は神々と対面できておられる……。これは何としてでも……」
「シリウリード様とはどのような方なのでしょうか? お会いできる日を楽しみにしております」
ごめん……シル。
で、でも案外相性は良いと思うんだよね、うん!
「それは仕方あるまい。身に着けただけで効果があるのか?」
「いえ、まずドワンさん達や細かい作業が得意な人達に同じレリーフ、若しくは染め物等を作ってもらいます。それらを教会の祈りの間に置き、神々から祝福をしていただこうと考えています」
「ここまでくると有難味が減ってくる気がするがイタッ!」
他にも思った人がいると思うけど、それを言えるのはクロスさんだけだと思う。
「祝福と言っても僕達加護持ちが神々と繋がっているように、紋章を通じて庇護を得るといった感じです」
「分かりました。ですが、それだけでは話が旨すぎる気がします」
シンシアさんの鋭い指摘に、ハッとする面々。
「はい、それだけで得られるほど神々の祝福は安くありません」
「では、どうしろと?」
「それは簡単な話です。信仰心を忘れないこと、仲間を思うこと、勝利を諦めないこと、神の存在を信じることで保ちます」
僕は簡単に言ってみせるけど、かなり難しい事だ。
信仰心はまだしも生き物は必ず恐怖するし、目に見えない物は信じないし、勝利を諦めるなっていうのは戦局による。
『魔族は魔王信仰なのですが、そのぐらいなら魔族でも可能かもしれません』
「まあ、神様は世界教の教えの通り色々な方がいます。冥府神や武術神や魔法神や愛と運命の女神もいますし、精霊神、酒と鍛冶神、海神もいることでしょう」
というと、誰もかれもが眼の色というか、何か気配が変わった。
反応するだろうとは思ってたけど、ここまでとはね。
何か安心したよ。
「冥府神のミクトラン様と運命神のフレイヒル様には感謝しないと」
そうだよね。
フィノと僕の関係は神様達のおかげだもん。
「邪神は傘下の者に与えた加護から得る感情や信仰心を糧にしています。加護を与え過ぎ、負の感情を取り込み過ぎたがために狂い始めているとのことです」
「逆の感情で弱らせるということか」
「恐怖するなとは言えません。ですから、僕達は考えて動かないといけないんです」
これで話のほとんどが終わったことになる。
これからは国同士で話し合って細々としたことを決めていく。
僕の役割は情報共有と魔族の存在と対処までだからね。
後は椅子に座って一緒に戦うことになる人を……ん?
「ねえ、フィノ」
「何? 変なこと言わないでね」
「酷っ! ……あの人、僕を睨んでない?」
フィノは僕と同じ方向を向いて、僕にしかわからないように膝を一回叩いた。
「確かに睨んでるね。でも、目付きが悪いとかじゃないの?」
「でも、会議が始まる前にも睨まれてたんだよね」
「知らない人なんでしょ?」
「うん、会ったことはないはずだよ」
見覚えのない魔力波長だからね。
じっと見ていたら余計に目付きが悪くなった。
そのまま目を逸らされて、横目にキッと睨まれる。
「敵意はあるけど殺意はない。力量はフィノとどっこいで、属性はかなり豊富みたいだよ。純粋な攻撃タイプの魔法使いだね」
「シュン君のえっち。女の子の隠し事を赤裸々にしちゃいけないんだよ?」
「だ、大丈夫、同調は使ってないから」
冗談だと笑ってるところを見ると分かるけど、心臓に悪いからやめてほしい。
でも、フィノの口からえっちとか言われるのって……何か良い。
昼が過ぎて一旦会議は中断となった。
会議室は一旦片づけを行うから皆退室して、野外の庭に移動する。
そこでは料理人が実際に調理をしていて、少しでもお祭り気分を味わってもらおうと考えて用意したんだ。
学園祭とかを除けば、あっちでもこっちでもお祭りに参加するのは初めてだからね。
まあ、買ってきたのを食べさせるわけにはいかないからここで調理するんだけど、目の前で作られたら美味しさも勿論の事、毒とかも気にしなくて済むでしょ。
皆同じもの食べるんだし、毒見させれば結局は同じなんだもん。
「目の前で調理してくれるから安心するよね」
「こんなこと初めてだけど何か良いよ。お祭りにも行ってみたいけど」
「会議が終わった後もお祭りは続くから一緒に行けばいいよ。その頃にはシルも一段落ついているだろうから、皆を誘ってさ」
「そうだね。皆も言いたいことがあるかもしれないし、良い機会かもしれない」
シルが言うには一言文句が言いたいとか何とか。
「久しぶりに祭り気分を味わえる。王位に就いてからそれどころではなかったからな」
「ええ、今年は行けると良いわ」
義父さんと義母さんも顔を出して、談笑している。
「あ、これ美味しいですね。こっちのも良いですよ。サテラ、持ち帰って作らせましょう」
「分かりましたので落ち着いてください。名前を言ってはばれます」
「いや、ばれておると思うぞ」
許可出してるし、一応魔道具で変装しているから大丈夫だとは思う。
会議の場に全員がいたわけじゃないし、紛れてしまえば問題ない。
問題は大ありかもしれないけど、魔族だけ仲間はずれってのもね。
「シュン、ちょっといいか?」
舌鼓を打ちながら、少しハラハラとポムポムちゃん達を見ている所に、クロスさん達がやって来た。
「はい、良いですよ」
その背後にはララさんが控えていて、隣にやっぱり目付きが鋭い女性がいた。
「先日はお世話になりました。変わらずシュン様と仲がよろしいようですね。そのドレスは新作ですか?」
「そうです。今は暑い夏ですから通気性の良い薄手の生地に切り込みを入れ、下にひんやり糸で作った服を着ています」
「清涼感のある青と白、夏を感じさせる薄い柄も良いですね。私のメイド服も似たようにできるでしょうか?」
「この柄は南国イメージって言ってました。メイド服も出来ると思いますよ」
女性特有の服の会話をするフィノとララさん。
ついでに服の宣伝もされて、涼しいドレスに興味が出たのかわらわらと集まって来る。
「ごほん。内密に頼むが、夜に盛り上がるメイド服とかないか?」
「え? ない事もないですけど……ガーターベルトとか水着に近い奴とかですけど」
「おっほ! ……シュン、頼んだ。いくらでも払うから早めにな。くれぐれもばれないでくれ」
どんだけメイドが好きなんだ?
でも、フィノがと思えば分からないこともないね。
フィノとララさんの訝しんだ視線に、二人して爽やかな笑みを返す。
「陛下、ご紹介を」
と、強めの口調で引き戻された。
「ああ、すまなかったな。シュン、こいつはフェルメラだ。うちの魔法顧問にしてSSランクの一人四源の大魔法使いデトレスの弟子だ。一応四年ほど前から王宮魔法使い筆頭でな、俺の護衛も兼ねている」
「紹介に与りました、フェルメラ・エクスタリアです。シュン様には飛躍的な魔法の発展に感謝しております。師デトレスも一言感謝を口にされておりました」
目付きが悪かったのは勘違いだったのかも。
いや、敵意は感じてたんだっけ?
「僕はシュン・フォン・ロードベルです。シュンと呼んでください。魔法の発展と言われても僕はしたいようにした結果、としか言えません」
と、僕はいつものように返したんだけど、フェルメラさんには挑発したように聞こえたらしい。
つくづく僕は厄介事? に巻き込まれ、巻き起こすみたい。




