邪神の力
先週は治療した親知らずの痛みが再発し、全く書く気になりませんでした。
数日前に親知らずを抜いたのですが、抜いたら抜いたで頬の肉を噛んでしまい最悪な気分です。
はぁー……。
「良くやったシュン。そして、すまない」
死神の格好のミクトさんが謝罪を口にした。
ここには運命神のフレイさんもいて、同様に申し訳なさそうだ。
「いえ、今回は教訓になりました。どこか一人で出来ると慢心していたみたいですし」
「いや、お前はよくやってくれている。俺達神々の方が情けないぐらいだ」
「仕方ないです。ほとんど手が出せないんですから」
シルに説教したけど、あれは自分に言っているようなところもあったからね。
あれぐらいの妨害はないようなものだけど、魔力を回線として使う繊細な道具は邪魔されて当然だし、加護の力ももっと研究していたほうが良かったんだ。
「そうはいうけど、加護を使えるようになるには信仰心が大切なの」
「シュンの場合、俺達を直に知っているから、とも言えるがな。加護も多く、加護自体の力も強い」
ってことは、僕が思った通り加護は魔法とかに混ぜて使えるってことかな?
「混ぜるというより、加護を通じて私達の力が流れ込む、といった感じね」
「あの時感じた力は皆さんのものだったんですね」
「そうだ。元々シュンの魔法には流れていたんだが、気付き意識したことでよりはっきりと表れたわけだ」
「使った魔法が神聖な魔法っていうのも影響してるわ」
それも思った通りだ。
邪神は元天使だから成り上がったと聞いたけど、それでも堕ちたら、分かりやすく言えば堕天したら闇になるってことだろう。
「まあ、神の力であることに変わりないがな」
だから厄介なんだよね。
でも、僕も有効打を与えられる兆しが見えてきたってことになる。
「迷惑かけるが、邪神と戦うようになったら確実にお前が相手をするしかない」
それは分かり切っていたことだ。
煉獄との戦いで少なくない怖さとか脅威とか覚えたけど、逆に僕がやるしかないとも思った。
怖いけど、加護持ち以外がぶつかったらと思うとぞっとする。
「私達も加護を与えられればいいのだけど、与え過ぎは世界に影響を及ぼしちゃうの。それって神の間接的な戦いになっちゃうでしょ?」
確かに、フレイさんの言う通りだ。
加護を持つ同士がぶつかり合って、煉獄と僕みたいに力を引き出すのなら許容範囲内なんだろう。
でも、何千何万という人数に与えて戦争を起こしたら、それは神の軍団とでも言う存在同士のぶつかり合いになる。
「神話の戦いのような感じですね」
「まさしくその通りだ」
「シュンくんは嫌かもしれないけど、フィノちゃんも同じことができるはずよ。同じ力が出せるとは思わないけど、シュンくんが教えてあげれば良いわ」
ナイスアイデア、とでも言いたげに微笑んで手を打った。
それを考えないこともなかったけど、フィノには安全な所で待っていてほしい。
でも、一緒に戦ってくれた方が安心するところもある。
「それはそうと、ミクトさんはそれを見越してフィノに加護を与えたんですか? それだったら凄いんですけど……」
と、聞いてみたら、一瞬身体を震わせて目を彷徨わせたミクトさん。
「そ、そう思うか?」
「えっとね。あの世界で黒髪は珍しいでしょ? 後はミクトの気まぐれね」
なんとなくそんな感じがしてた。
フィノには黙っておこう。
「ご、ごほん! 早速だが、シュンの聞きたいことについて答えよう」
誤魔化した……。
多分、僕とフレイさんの心は一致したと思う。
目が合って同時にミクトさんを見たしね。
「まず邪神のいる場所な」
誤魔化されたことにして、ミクトさんの真剣さに僕も佇まいを正す。
フレイさんは笑ってるけど。
「前にも言ったことがあると思うが、邪神は必ずアルセフィールにいる。そして、今回の争いで場所が搾り込めた」
「力をびびっと感じたからね」
「煉獄があれだけの力を使ったのが想定外だった、ということですか」
力を貸せばばれて当然だし、それをするほど煉獄が必要だとは思えなくて、ばれると分かってする時期でもない。
気絶する闘いだったけど、僕が負ける確率は少なかった。
いや、もう慢心はしないからどんな相手でも対策を練っておこう。
この戦いは負けられないから自重も無しだ。
この時、ローレ義兄さん達の背筋に冷たい何かがぶるっときたとか何とか。
「それは大切ね。その煉獄が力を使ったのが想定外だったのもあるんでしょうけど、もう力の制御とか理性がなくなってきているのかもね」
「あれだけ不気味だったらなんとなくわかります。煉獄も異形になっちゃいましたし」
「加護の与えすぎも影響しているはずよ。加護って私達の力が繋がることでもあるから、少なくない影響が出てくるのよ」
フレイさんは僕の胸に指を当て、自分の胸に持っていく。
つい目が行くけど、咄嗟にミクトさんへ向け……笑われた。
仕方ないじゃないか!
フィノに怒られたくないもん!
「くはは、尻に敷かれているな」
「くっ……」
ぼ、僕はまだ大丈夫なはずだ。
「それは邪神が加護を与えた相手が煉獄みたいな相手だから余計に黒くなったってことですよね?」
「誤魔化したな?」
ぐ、今度は僕か……絶対さっきの仕返しだ。
「アハハ、その通りよ。シュンくんがフィノちゃんを愛する、運命を切り開く、そういった思いや行動や力が私の糧になって影響を及ぼすわけ」
「俺だって冥府の神だが死者にもいろいろといるし、濁った仕事ばかりしていると堕ちてしまう可能性があるが、俺の仕事は生死全般だからそうでもない」
「しかも負の感情って連鎖しやすいでしょう? 殴られたら殴り返す、罵声を浴びせられたら言い返す、恨みは恨みを買うしね。断ち切ることは難しいのよ」
フィノやシルは凄いってことだね。
シルは僕を恨んでいてもおかしくないのに、あれだけ優しい子だもん。
姉が大好きなツンデレってところもなんか可愛いよね。
「で、絞り込んだは良いが、まだ決定的になるとは言えん。ロトルが今も調べてくれているが、如何せん管理している世界はアルセフィールだけじゃないからな」
そっか、そうだった。
ミクトさん達は分からないけど、地球もその一つだもんね。
「メディの奴はいつものサボりで仕事漬けだ」
「でも、今回はメディが見ていたからよりはっきりと力が貸せたんだけどね」
「はい、感謝しています、と伝えてください」
仕事をしないのはどうかと思うけど、そこが人間臭くて親しみやすいっていうか、感謝しかないね。
「それで、邪神の居場所はどこまで絞れたのですか?」
「邪神はエルファレン――お前達の大陸のどこかにいる」
と、ミクトさんが自信満々に指を立てて言うけど、エルファレンってかなり広いんですけど……。
そう思ったら、少し睨まれてしまった。
「だが、広いのは広い。それでも一つの大陸に絞り込んだんだからな」
「それに邪神が隠れられる場所は限られているでしょ? 力の制御が出来なくなっているのに私達が感知できないってことは、それを妨害できる場所にいるってこと」
確かにその通りだけど、そんな場所ってあるのかな?
「それなりにあるぞ」
「あるんですか?」
まさかのあるだった。
「例えば、世界を作った時の副作用で生まれた神物。俺達と同等の力を持つし、全てを把握しているわけじゃない。探索し過ぎればそれはルールに抵触してしまう恐れがあるからな」
「自分達で見つけてほしいっていうのもあるけどね。後は結界を張るとか、冬眠するとか有り得るね」
介入できないのを逆手にとって潜伏するってことか。
「次に邪神について分かったことを教えておこう」
「あれは加護の影響による洗脳でしょうか? それとも邪神が?」
少なくとも邪神がとんでもないことをしでかしたのは分かってる。
力の性質もなんとなくわかったし、その対応も今後の課題で、今は敵か味方か調べるのが急務と言える。
「あれはさっきも言ったけど、邪神が加護を与えた者の影響を受けるように、逆もまたあるってわけ」
「では、加護をどうにかしないと戻せないと?」
「いや、加護自体が不利益を及ぼすことはまずない。効果的に不利益でも、死に至らしめるものは加護ではなく呪いだ」
確かに。
なら、呪いの可能性が……いや、そうじゃないから力の相互関係が出てるんだ。
「呪いだったとしてもだ。その力が影響しているのは間違いない。それなら、そうとやり様はいくらでもある」
「僕が思ったのは加護を消すより封印や反射、若しくは邪神より強い力で守ること、です」
「ま、その辺りが妥当だろう」
人の身で神の力を凌駕することはできない。
それが出来たら苦労しないね。
加護の力を使う時、神様側も意識なりしないといけない。
そして、力を使うから当然神様も力を小指の先もないかもだけど、消耗していく。
当然加護を持つ者全てに影響を及ぼそうと思ったら至難の業で、塵も積もれば山となるレベルで力が減る。
それでも微量なのかもしれないけど、こっちのガードに対抗してまでしようとは思わないはずだ。
「それはシュンと戦う時に消耗することを意味するからな。加護のことを知った今、お前は邪神にとって脅威となった」
「私達は同じ性質だから褒められるし、より近い存在になったから嬉しいよ。でも、邪神にとっては真逆な存在だからね」
「堕ちたらとことん堕ちて行くものなんですね」
僕も気を付けないといけないね。
でも、ミクトさん達と同じ存在に近づくってことは、僕も神みたいな存在になってきてるってこと?
だったら嫌だなぁ。
フィノも一緒だったら構わないけど……やっぱり、人は人で終わらないといけないと思う。
「そんなに心配しなくてもいいよ。神になりたくなければならないで良いんだから」
「あ、そうなんですか。……って、なれることは否定しないんですね」
そこでノーリアクションだと余計に怖いんですけど!
特にその微笑み!
「で、防ぐ方法だけど」
今度はフレイさんが誤魔化した。
「こほん、シュンくん!」
「は、はい!」
「シュンくんには苦労を掛けるけど、私達の力を封じ込めた神具を作るのが手っ取り早いと思う。触った者を判別し、該当したら守護する道具」
それは僕も考えていたことだ。
ビスティアと魔法大国の襲撃で公にすることになるだろうから、敵味方を確認するためだと言えば大丈夫なはず。
「それよりも、シュン、お前は邪神の加護や力がどんなものだったか覚えているだろう?」
「はい、あれは忘れられないですね。僕の武具はミクトさん達のおかげで浄化されましたけど、あの草原だった地帯にはまだ残っていて、今は結界で封鎖しています」
僕が気付いたんじゃなくて、忙しいであろうロトルさんから封鎖してほしいっていう神託? がきて、急遽結界で覆うことにしたんだ。
事情もクロスさん達に説明して、あの光景をほとんどの人が見てるから納得してくれた。
世界教の人にも手伝ってもらって監視中だ。
ミクトさん達の力を使った特殊な結界で、良くやったと頷いて褒めてくれた。
「ならば、邪神の力の一部も使い、共鳴して音が鳴るなり、判別できるようにすればいい。接触では気付かれるだろうし、抜けがある恐れがある」
「あー確かにね……。ミクトのくせに」
「一言多いわ! ったく……でだが、皆が皆煉獄とやらと同じレベルの加護とも考えにくい。教会が作る聖水を降りかけるだけで洗脳は解けるだろう」
フレイさんは相変わらずだ。
でも、ミクトさんが、と思ったのは内緒だ。
聞こえてるんだろうけど。
「……ま、ロトルに聞いたんだがな」
今、ぼそっと何か言ったよね?
「でも、邪神の力を使うとあっちにもばれるんじゃないの?」
「ばれたからと言って今更だろ? 推測通り崩壊し始めているのなら小さい力を見つけられるとも思えん。それでも危険というのなら俺達の力でもいいが、神具作りはシュンでも困難を極めるぞ?」
やっぱりそうだったのか……。
分かりやすいのは聖剣とかだもんね。
逆に考えれば神を傷つけられるってことだし、世界に影響することだからミクトさん達に手伝ってもらうことも出来ない。
「先に邪神の加護、いや、匂いや気配レベルだな、を取り去る道具と聖水を作らないといけない。神具を作る時間はその後だ」
「ミクトの言うレベルの力を除去するぐらいなら、シュンくんが使った魔法を水に当てて聖水を作れば良いと思うよ。それで駄目だったら直に神聖な魔法を施すぐらいね」
「地帯には広範囲に渡って神聖な魔法を使えばいいってことですね」
かなり疲れるけど、加護を使いこなすにはいい方法だね。
神聖な魔法には元から神の力が入っているってわかっているわけだし、これから会うことになる聖王国と世界教に協力してもらおう。
幸いアルタがいるわけだしね。
「纏めると、邪神の気配を探知する道具、力を打ち消す聖水、強ければ魔法で対処し、邪神についてはエルファレンのどこかにいる、ってことですね?」
「そうだ。加護は思いや意志の力だ。今の心を忘れず励め」
ミクトさんなりの助言と励ましだ。
「邪神は元天使だから私達のように権能は持ってないはずよ。でも、天使の役目は守護だから戦闘に特化していて、仕えていた神の力も持っているはず」
「厄介な能力を持っているわけではないが、接触には気を付けなくてはならない。王女にも教えてやれ」
さっきはああ言ったけど、フィノと一緒に戦うことになるはずだ。
そうでなくとも使い方は教えておくべきだね。
「そろそろ時間だな」
最後に、と付け足すミクトさん。
「邪神の名はレヴィア。こいつと同じく運命を司るが、その力は遠く及ばずシュンにしたように一人に及ぼすのが精々だ。思い出させて悪いが――」
「いえ、もう気にしていません。こともないですけど、恨みというか、今起きている事柄の責任はとらせます。取らせたいですね。こっちに来れたことは感謝しますけど」
運命を捻じ曲げられていたから不幸だったと知った時は腹が立ったし、何で僕が……って目の前が真っ暗になった。
でも、それまではそれが普通なんだと思ってたし、こっちの世界は楽しいからね。
あっちは悪夢だったんだと思えば、別段思い出もないしいいかもって思う。
「くくく、お前らしい。だが、何度も言うが気を付けろよ。神は信仰を糧にするんだからな」
「信仰は思いや意志の塊だからね。邪神なんてじゃーくな奴に力でも、心でも負けたらダメだからね!」
シリアス感が台無しだけど、心が軽くなる。
「それと頻繁に教会に顔を出すようにしてくれ。何か起きた時知らせてやる」
「助かります。先の件もありがとうございました」
「ああ、伝えておこう」
加護についてもいろいろと聞きたいしね。
「聖王国はちょっと問題が起きるかもしれないけど、悪いことはないから気にしないで。詳しいことはアルタって子に聞けばわかると思う」
「アルタに、ですか? よく分からないですけど、聞いてみます」
そこで僕の意識は消え、教会の中に戻っていた。




