シルとアルタの戦い
「シル君、遅くなってごめん。すぐに治療するから」
「アルタ……」
僕と一緒に降りたアルタがシリウリード君……シルの傍に駆け寄り回復魔法をかける。
魔法は使われてないみたいだけど、殴られて血だらけでも見た目ほどのダメージはないようだ。
それでもやったことは許せるものじゃない。
シルが初めて僕に心を開いてくれた。
本心で助けてほしいと言ってくれた。
フィノのことも認めてあげるって。
ツンデレだったけど。
それが嬉しくて、余計に許せない。
フィノが関わっているからとかじゃなく、血は繋がっていなくても大切な弟で、僕の一部なんだ。
シルが流した涙はもう忘れない。
「計画通り。でも、遅かったから少し王子様と遊ばせてもらった。つまらなかったがね」
「……黙れ」
「ふふっ、この半年間ずっと煩わしく、腹立たしく、お前達を見ていて憎らしかった。俺は全てを壊す! 壊されたのだから俺にも権利がある!」
「僕は黙れと言っている。お前はシルにやられる予定だが、僕にやってほしいのか?」
「――っ!?」
だから、こいつ等には地獄を見せる。
今の僕は前世も含めて感じたことがないほど憤っている。
前までなら恐怖や不安で逃げていたかもしれない。
でも、今は違う。
命に代えても、いや、全てに変えても一緒に生き続けたい生涯のパートナーやシル達家族、師匠やアル達仲間、僕の力で守るべき人達がいる。
力があるからそう思うのかもしれないけど、力が無くても護りたいと思う。
「だから、僕はお前達を許さない。壊された? それは違う。壊される原因を作った奴が悪い。壊された原因を作ったのだから報いを受けて当然。結局はお前が弱いという証明にしかならない」
僕は極力被害が出ないよう取り調べをしたし、そうなるようお願いした。
それでも処刑を免れられなかったというのは自業自得だ。
僕達に逆切れして、剰えシルに心の傷を負わせる必要はない。
自己満足にも値しない行為だ。
「自業自得、だと……? それをお前が言うかッ!」
お前さえいなければ、僕もそう思う。
でも、そうなるようにしたのはお前達が力を借りている邪神だろうに。
邪神が、その上司が僕に何もしなければ、僕は地球で幸せな人生を歩めていたかもしれないし、この世界も平和だった。
だけどね、僕はそんな邪神に感謝もしている。
そうじゃないとフィノに出会えなかったし、フィノももしかすると魔法が使えないままだったかもしれないからね。
まあ、フィノの根本的な原因は半分違うけど。
「僕だから言うよ。喧嘩を売って、買ったのは僕なんだから。お前の言うことは強い者は何をしても良いってことだ」
壊されたから自分も壊す。
それは同じ意味だ。
「今降伏するというのなら痛い目を見るだけで許そう」
「ぐっ、これほどの魔力……!」
籠った殺気ごと全て魔力で吹き飛ばす。
視線は大剣を持つぎらついた眼の大男、煉獄という名のSSランク冒険者から離さない。
いや、もう冒険者じゃなく、SS級国際手配犯でいいや。
「抗うというのなら……地獄を見せてやる!」
噴き出す魔力に狂気な笑みを深める煉獄はさすがSSランクだ。
後退るスティルじゃなくて……アルティスだったっけ? は僕の敵じゃないね。
目だけは威勢がいいみたいだけど。
「シュンさん、アルティスは俺が」
「うん、分かってるよ。邪神の加護で強くなっているから気を付けて」
「はい」
そこへ見覚えのある生徒三人が到着した。
「やっと来たか」
『申し訳ありません』
「ふん、だがタイミングは良い。これで形勢逆転だ」
人が増えたぐらいで勝てると思われるほど、か。
シルを舐めないで貰いたいね。
あれぐらいならいてもいなくても変わらないから僕がやってもいいけど、真剣な視線を向けて来るシルがいる。
「僕が戦います。戦わせてください!」
「シル君……。俺からもお願いします!」
や、別に断ることはないよ。
此処にいたら必然的に戦わないと巻き込まれるしさ。
収納袋から予備の剣を取り出し手渡す。
「怪我はしても良い。でも、死ぬことだけは許さないよ」
「分かってます。シュン兄様こそ」
「あいつらには負けていませんから大丈夫です。本気を出すので負けるなんてあり得ません」
竜の威を借りたってやつね。
僕としてはこの作戦を考えたやつに一番腹が立っているけど、そいつはシルに怪我を負わせた張本人みたいだから借りを返したいだろう。
シルも男だからね。
「クックックハハハッ! この俺に地獄を見せる、そう言ったのはお前が初めてだ! その魔力、強い眼、殺気、どれも俺の本能を刺激する! そんな奴を殺すのが楽しくてやめらんねぇ!」
だから、僕は狂った奴の相手をしよう。
「殺せるものなら殺してみろ! じゃ、二人とも任せたよ」
シュン兄様はそう言って姿を消しました。
この転移も作戦の内で、シュン兄様に魔力を使わせるためだったんだと思います。
「負けられないです」
「そうだね。シュンさんに任せられちゃったからね」
「はい……ちゃいますよ! フィノ姉様、そうフィノ姉様に褒めてもらうためです!」
何ですか、そのシュン兄様が可哀想だという顔は!
あ、あああの人は心配しなくてもサクッと倒して帰って来てくれます。
心配いらないんです!
「そういうことなら絶対に負けられないね。前は俺が、シル君は全体を見ながら援護を頼むよ」
「その含んだセリフは何ですか! ったくです。それでいいですけど、終わったらアルタのことを聞かせてもらいます」
「俺の事? いや、そんな目をしなくても分かってるから。でも、近いうちに分かると思うけど」
また、それですよ。
アルタが何処からか派遣されたのは分かったんですけど、一体どこの誰が僕の護衛にしたんでしょうか?
そもそも襲撃と言うかそれがあると知っている人物って誰ですか。
シュン兄様は何となくわかっているようですから……神様?
「来るよ!」
今はそんなことよりも、目の前の敵を倒すことが先です!
それに今ならアルタを信頼できます。
「二対四、それにお前達のことはよく分かっている。俺達に勝てるとは甘く見過ぎだと分からせてやる!」
『分からせてやる!』
「王子様を叩きのめし、あの憎らしい英雄様の前に引き摺り投げてやれッ!」
『はい!』
三人が同じ動きでアルティスの周りを囲み、いつもより練度の高い動きと力を見せます。
多分、これが邪神の加護の力で、洗脳が関わっているんでしょう。
「風よ、水よ、『風水の加護』。リリほどではないですけど、戦いやすくなるはずです」
「ありがとう。――シル君には手出しさせないよ? 俺を倒してから行くんだね!」
まるで一度言ってみたかった、という顔をしてます。
そういうのはリリに言ってあげた方が良いです。
絶対。
全身から魔力を噴き出し、いつもの剣を片手に突っ込みました。
僕は全体が見える位置に下がり、アルティスを警戒しながら援護魔法を放ちます。
ここは六人で戦うには少し狭い酒場。
ですけど、それは相手も同じ、逆に人数の少ない僕達には有利に働きます。
「『水弾』! アルタ、『風刃』!」
「はああっ!」
僕は全体が見える位置取りで動き、アルタが真正面だけに集中できるよう牽制すればいいんです。
そして、訓練通り冷静さを忘れません。
相手が冷静さを欠いているの尚更です。
水の弾丸を右手から放ち、隠れた物影の箱ごと吹き飛ばします。
アルタが飛んだ隙に左手を薙ぎ払い椅子や机が砕け散りました。
「チッ、だが条件は変わらない! お前達、やってしまえ!」
『はい!』
物がなくなればアルタが動きやすくなります。
アルタはレックスと違いスピード重視の剣士、分かりやすく言えば移動や回避能力に長けた手数で押すタイプです。
ですから、床に落ちた残骸に足を取られるヘマはしません。
「うわっ!」
「タイミングずれたぞ!」
「うぎゃ!」
対して相手は連携を取られれば厄介ですけど、三人とも個人として見ると能力は低い方に分類されます。
加えて個人の能力が異なりますから、残骸に足や意識が取られ、躱そうとしたりすることでタイミングがずれるんです。
「『水球』!」
僕も援護しているので余計に連携を滅茶苦茶に出来ます。
アルティスがいくら何かしようも、本気を出すアルタを無視できず、魔法に集中できる僕に魔法で勝てる技量はアルティスにありません。
「隙有り!」
こけた隙を見逃さず、魔力で強化した剣で切りつけるアルタ。
しっかりと強化して援護の魔法にも対処する、これはアルさん達から言われたことです。
着弾した後は無理ですけど、魔法ならば魔力で断ち切ることが出来ます。
その間に僕は余所見をするアルティスの隙を付きます。
「余所見は駄目だと教わったでしょう! 『氷弾』!」
「猪口才なぁぁあ! 『炎盾』!」
魔法の腕なら負けません。
僕はシュン兄様じゃなくて、フィノ姉様の弟子なんですから!
負けられません!
炎に対する氷の相性は最悪といっても良いですが、僕の氷が普通の炎に一瞬でとかされるとは思えません。
魔力を多めに込めることで強化、回転を加えて貫通力を上げ、同じ個所に連続でぶち当てます。
「ぐふっ! 流石は弟なだけはある、か……。だが、このぐらいで勝てると思うな!」
威力は落ちても氷の弾丸がいくつか盾を貫通し、アルティスに顔をゆがめる程度のダメージは与えたようです。
解除された炎が飛び散り、周囲に燃え移りました。
それは制御が碌に出来ていなかった理由にもなります。
だから、アルタは気にせず動けます。
「馬鹿者! 何をしている!」
『申し訳ありません!』
やられたことに一瞬怯むも、すぐに立て直せるのは信頼関係という奴です。
「シル君、まだ確かなことは分からないけど、シュンさんも言っていたように洗脳されているのかもしれない。ダメージが思うように現れていないからね」
僕の傍までいったん下がったアルタ。
細かい傷に回復魔法をサッと施し、再度支援魔法をかけておきます。
魔力が減っても、此処で全力を出さなくてどうするんですか。
魔力は遮断するみたいですけど、外の音までは遮断できないみたいで、先ほどよりも静かになってきています。
ここでアルティス達を逃す方が拙いということです。
「ですけど、洗脳されているようには見えません」
「僕もそう思うよ。だけど、ビスティアでは急に裏切ったように見えた、とシュンさんは言っていた。アルティスがどう思っているのか定かではないけど、感情を増幅させられているとも思えるね」
「確かに極端すぎますからね」
ということは捕縛ですか……厄介ですよ、全く。
それでも殺すわけにはいきません。
いろいろと聞きたいですし、半年間は一緒にいた仲間ですから。
シュン兄様やフィノ姉様ならきっとそうします。
「アルティスが厄介だ。連携される前に一人ずつ捕縛しよう」
「それが良さそうです」
相手に聞こえないよう素早くやり取りを行います。
アルティスに思う所はありますけど、ここはアルさん達に言われたように視野を大きく見ることに意識を向けます。
連携に磨きがかかっているのはいらないことをしたと悔やみます。
ですけど、よく見れば個々の能力はさほど上達していません。
恨んでいるようですから、忠告をほとんど聞かなかったということです。
それでも上達できたということは、才能があったということなのに惜しいことです。
「俺が前に出る! お前達は援護しろ!」
『はい!』
「王子様にも気を付けろよ!」
剣を持ち飛び込んでくるアルティスに、アルタも再び剣を構え相対します。
剣の腕ではアルタに軍配が上がり、持っている剣はお互いに名剣で、アルタが有利です。
僕の剣もよく見ればドワーフ族が作ったかなりの業物のようです。
「『岩球』!」
「『水の束縛』!」
「『魔法障壁』!」
それを補う三人の攻撃と支援です。
こちらにもアルタの支援を送らせる魔法が飛び、先ほどよりもアルタに意識が割かれてしまいます。
やはり三人はアルティスの支援をした方がパーティーとしてあっているということです。
「『氷の拘束』!」
「『岩弾』!」
隙を付いて氷で閉じ込めようとしましたが、やはり完全に動きを封じる前に砕かれてしまいました。
じり貧になると魔力切れでどちらが先に倒れるか分かりません。
歯を食いしばると治りかけていた傷口が開き口の中に鉄の味が広がりました。
そこで焦り始めていることに気付き、再度深呼吸をして落ち着きを取り戻します。
「すぅー、はぁー」
効果範囲の高い魔法を使おうとすると邪魔が入りますし、三人がいつも僕を死角が無いよう見張っているので難しいです。
三人の連携を崩すとしたらアルタに一瞬時間を作ってもらうしかありません。
僕にシュン兄様程の魔力操作能力はないです。
フィノ姉様みたいな破壊力もありません。
アルさん達の様に視野の広い行動も一日やそこらで出来たら苦労しません。
僕は己惚れていた、そう、一カ月も経っていないのに人が変われるわけがないです。
「それでも、僕はシュン兄様を認めたんです! こんなところで躓いていたらいつまでも子供のままです! 護られる側はもう御免なんですよ!」
シュン兄様がやる様に左右の手に魔力を練り、並列で魔法を放とうとしてもぶっつけ本番で出来るものではなかったです。
失敗失敗です。
アルタが心配するようにこちらを向き、僕は大丈夫だと首を横に振ります。
指示を出せば気付かれる、だからアルタにはアルティスをどうにかしてもらわないといけないんです。
「邪魔をするなぁッ、どこぞの狗が! 俺には力がある! とっとと地面に這いつくばれぇぇ!」
「確かに力はある。でも、俺には……俺とシル君には勝てないよ。そんな紛い物の力に負けるわけがない!」
「ほざけッ!」
アルティスの身体から黒い霧のような物が出て、三人に干渉して生き物のように蠢き始めました。
あれこそが力の根源、邪神の加護という奴ですか。
「やはり力を隠していたか……」
アルタは思っていた以上に腕が立つほか、地魔法以外にも火や水、光といった魔法を使います。
それでも魔法自体は得意ではない様で、近距離で効果を持つ魔法が多いようです。
お互いに魔力で強化した剣を弾き、僕と三人の魔法がぶつかり合います。
その爆風の中を再び二人は突っ込み、アルティスの悔やんだ顔が笑みに変わりました。
「だが、強くなっただけだ!」
「ア――」
その笑みにアルタの弱点を思い出し、咄嗟に魔法を消し振り返ろうとして気付きました。
アルタの顔にも笑みが浮かんでいることに、です。
それもシュン兄様が何かを企む時や、フィノ姉様がシュン兄様を怒る時と同じ奴です。
僕の一瞬の隙を突いて三人の魔法が右から襲いかかり、アルタがそれを捌き視線をやった瞬間――アルティスの顔が勝利に染まり、
「決まったぁぁッ! 死ねええぇ!」
「予想通りの行動助かるよ。君も教科書通りは駄目だと教わったでしょ?」
「なッ、がはうあっ!?」
驚愕に、憤怒に、痛みに変わり、剣を叩き折られ吹き飛ばされました。
『アルティス様!?』
「シル君!」
呼ばなくても分かっています。
そのための笑みだったんでしょうからね。
「凍える氷よ、全てを閉ざせ、絶対零度の空間に……」
流石に周りのことまで考えると、距離のあるアルティスまでは無理です。
ですけど、固まっている三人ぐらいなら!
「『氷棺』!」
『ぐああ! つ、つめ――』
「閉じ込められるんですよ……ぐっ」
これで魔力は尽きました。
でも、あの氷はいくら力が強くても壊せないほどの魔力を込めてやりました。
邪神の加護があろうと暫くは無理な筈です。
「お前達! くそ、クソが! 何もかも持っている王子がぁ……俺の全てを奪った輩がッ! ふざけるなよぉぉぉぉ!」
「動きが鈍っているよ、アルティス」
「アルタァァァァーッ、貴様ぁぁぁッ! 『黒炎剣』!」
「『光水剣』!」
冷静さを欠いたアルティスは大きくなった隙を突かれ、聳える氷の塊に頭を打ち付け気絶しました。
この後聞くことがあるので死んではいません。
「僕から言わせれば勘違いも甚だしいです。張本人の邪神から力を貰っているくせに……」
「これも洗脳の影響かな? 支離滅裂というか、思ったことをそのまま言っているような感じだ。やっぱり感情を増幅させでもしているのか……」
ですから、僕は謝らないですし、同情もしません。
「さて、少し休憩してアルさん達と合流するとしようか」
「はい」
遠くから聞こえる激しい戦闘音に耳を傾けるも、僕は一切心配していませんでした。
これが信頼関係という奴なんでしょう。
も、勿論! シュン兄様はそのー、えっとー、あれです!
負けたらフィノ姉様との仲を考え直さないといけないからです!
次回はシュンの激闘です。




