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一難去ってまた一難

「『パラライズウェイブ』!」

『ぐあっ!?』


 四方八方から百を超える獣人が襲い掛かり、一拍空いて悲鳴がつんざいた。

 咄嗟に魔法を放ったからだ。


 結界魔法を取り込んだ、僕を中心に麻痺させる衝撃を放つ魔法。

 警報結界などもこれに分類される。


 獣人族は肉体は強いけど、アスカさんの様な一部を除いてほとんど魔法に対する耐性が低い。

 そして、見た所簡素な装備と武器を持っているようだけど、魔道具や耐性の装備を持っていることはなく、自ら衝撃に突っ込み舞台の上でピクピク動いている。


「あ、が……な、に……」


 あ、ごめん。

 近くにいたハクロウまで効果範囲に入ってた。

 で、でも、咄嗟だったから仕方ないし? 別に体に害があるわけじゃないし?

 逆に痛みが消えて良かったんじゃないかな? かな?


 ……すぐに治療するから待ってて。


「『フィノ』!」

「『ダークウォール』!」


 心配して風魔法で声を届ければ、フィノも咄嗟に使いやすい闇魔法の壁を発動させた。


 闇の壁は遮断する効果があって使い処が難しいけど、貴賓席に飛んできたのは魔法や矢だったから間違っていない。

 遮断だけでなく闇は魔法を吸収し、フィノはそれを反射させることもできるからだ。

 矢は流石に無理だけど。


「おのれぇ……グルゥゥウアアアアアアアアアアッ!」


 そして、全ての音を打ち消し、獣人じゃない僕達までビクつくバルドゥルさんの咆哮が轟いた。


 一瞬の静寂。

 その静けさは両者の動きを止め、


「俺の屈強な獣人兵よ! 我が息子、ハクロウを陥れた不届き者共を捕えよ!」


 それを齎した張本人が怒りを込めた大声で命令を下した。


『う、うおおおおおおおおおおお!』


 僕とフィノの魔法、バルドゥルさんの威嚇によって奇襲の効果も打ち消され、内容は違うけど暴動のために待機していた大人数の兵士が動き出した。

 それでも兵士の中に敵味方が入り混じり、大混乱に陥っている。


 フィノの方をちらりと……フローリアさん達がいれば大丈夫だ。

 心配だけど、今は襲い掛かってくる相手と原因の解明を優先。

 と言っても、相手は簡単に予想つくけど。


 ――邪神の集団。


 閉鎖的で結界に護られているエルフ族なら分かるけど、開放的で自然だけが護りである獣人族の中に手が入っていないわけがない。

 よく見れば族長の半数が争っているし、バルドゥルさん達上位三人がこっち側っぽいのは僥倖だね。


「すぐに治療するから動かないで!」

「ぐ、あ……あ、の、と」


 痺れと負傷で動けないのに、治療しようとする僕に何かしようとする。

 もしかして、ハクロウもあっち側?

 いや、さっき襲い掛かって来た奴の話からすると可能性は低いか。


 先に骨の位置を直して、診察の魔法で損傷具合の確認。

 血管に入った小さい骨を水魔法で取り出し、血管、筋肉、神経と、状態を確認しながら治療を施していく。


 もう一度言うけど、麻痺させて正解だった。

 死ぬレベルじゃないけど、意識があるのはおかしい状態で、動く度に激痛が走っていたはずだ。


 僕がやったんだけどさ。


 これも獣人の生命力とハクロウのアスカさんに対する意地だったと恐れ入るところがある。

 僕だってフィノの為なら神にも手を上げる覚悟があるよ!

 まさにそうだし。


「愛しき民よ、家族よ、狼狽えるな! お前達は武を掲げる誇り高き獣人族であろう!」

「カアアッ! 獣王様、私は東へ向かいます!」

「ゴアアッ! ならば北へ向かいましょうぞ!」

「ならば兵は北へ迎え! 民は散らばらず兵と共に北へ移動せよ! カアアッ!」


 象であるカムラさんは砂地の多い東方面に、亀であるカムロさんは海側の北方面へ向かっていく。


 ここ西側にはほぼビスティアに住む全員が集まっていて、広い場があっても万を超える為避難が難しい。

 どうにかバルドゥルさんの指示で持ち堪えているけど、すぐにけが人が続出する。


 魔闘技大会の時と同じように見えて、内部に未確認・未確定の敵が多数いる状況では難しく、あの時は魔物を使ってくれたから対処もし易かった。

 今回の敵は獣人だから、服装も同じで判断できない。


「『スリープウェイブ』! 『リフレクション』! 『バインド』! 『クリエイト・ストーンゴーレム』! 襲い掛かる敵を殲滅しろ!」


 続けて四つの魔法を発動させた。


 麻痺に麻痺を重ねると人体に影響が出るかと思って睡魔を。

 飛んできた魔法を反射、その一瞬に拘束をして舞台の上に一纏めにする。


 最後に舞台の石板が揺れ動き、通常より硬く作られた石のゴーレム軍が四方に散った。

 逃げる者を襲う者を襲い、戦う兵士を助太刀し、避難する道を作り上げる。


 これで避難が少しはしやすくなったと思うけど、所詮はゴーレムだし、今は命令を下すことも出来ない。

 一応司令塔がいるけど、冷静に対処されると砕かれるだろうね。


「ぐっ、がふっ……。あ、あの時と同じだな……シロ」


 と、粗方の治療が終わって、全体の治療に移行し麻痺が解け始めたハクロウが言う。


 って、あの時?

 あの時というと魔闘技大会しかないけど……ん?


「まだ、思い出さないのかッ……。俺は、ハク……そう名乗って、出場していた、ごほっ」

「ハク……?」

「ああ。あの時も、敵の襲撃を受け、お前は治療しただろ」


 そう言えばそんなこともあったっけ。


「あれ? でも、治療したのってバーリスじゃなかった? ハク、ハク?」

「くぐっ、忘却の彼方にあるというのは、それはそれで清々しい。当時から、歯牙にもかけない実力だったのだろうな」


 と、お前の雷魔法はきつかった、と自虐的な笑みを浮かべた。


 魔闘技大会……襲撃……治療……偽者……戦闘して、圧倒的でもって雷、まほ、う……!

 あ、思い出した!


「やっと思い出したのか。全面的に俺が悪いが、かなり傷付いたぞ」


 ハクロウはまだ痛むのか顔を歪めながら立ち上がり、折れた大剣を見て舌打ちすると鎧を脱ぎ始めた。


 てか、僕は何故思い出さなかったんだろう?

 あれだけ記憶に残りそうなものだったのにね。

 言い訳はしないけど、まああれだね、ハクロウレベルの敵たくさんいたってこと。


「まあいい。おかげで目が覚めたからな」

「そう、今度から自分の力でやってよ」

「調子いいな、おい!」


 思った通り根は良い人って感じだ。

 ただ、直情的で、身体が先に動いて、今回は裏目に出たけど手段を選ばない、武の象徴たる獣王としてはいい感じになれると思う。


 それを支えるのが周りの上役や族長だからね。

 ま、それもこの騒ぎを抑えてからだ。


「どうする?」

「ふん、知れたこと。俺もこのまま参戦する。俺を裏切った奴は許さん!」

「そうか……なら『クリエイト・ウエポン』。切れ味はないけどこれを使って」


 形状は近づけたけど、鍛冶とかできないから見た目通りの大剣型棍棒でしかない。

 それでも切ろうと思えば切れるし、重量があるから大丈夫なはずだ。

 ハクロウは力があるから逆に切れ味があると問題かもしれないしね。


 大剣は……ドワンさん達にお願いして作ってもらうよ。


「そういうことなら使わせてもらう。ただ、ひとこと言わせてもらうと」

「……何?」

「あれはないだろ!? 親父もアスカもグルか!? グルなのかっ!? 何故、皆の前で愛を叫ばねばならんのだッ!」


 ……ツッコミたいけど、愛は叫んでなかったよね?

 許嫁って言って、まあ皆は態度から分かってただろうけど。

 そうなると愛を叫んでるようなものか。


「でも、そうでもしないと気づかなかったでしょ? 騙してたわけだし、因果応報だよ」

「ぐ……し、仕方ねえか。はあ……これからどう顔を合わせろってんだよ」


 えー?

 思い出に残る告白になったし、結婚したらもっと恥ずかしいこととかすると思うよ?

 僕だってあの劇のキスシーンとかは滅茶苦茶恥ずかしかったもん。


 そう思うと、何処までも似ているような気がしてならない。


「そんなことよりも、頼むよ」

「ああ、好きにはさせん。――オラァ! 兵士共、聞けぇッ! 俺が言うのもあれだが……裏切者共に手を抜いてんじゃねえ! そいつらは俺達を、家族を裏切ったんだぞ!」


 ハクロウは大剣を振り回し、飛び掛かってきた獣人を薙ぎ払った。


「裏切った者にはどうするんだ? 俺みたいに恥を掻かせるんだろうがッ! さっさとふんじばって服従のポーズを取らせろ!」

『お、おおおおおおおおおおおお!』


 よく分からないけど、士気が上がったようで何より。


 それにしても服従のポーズって……動物がお腹見せる奴?

 ハクロウがしたら、プッ、笑ったら失礼だね。


「シロ、てんめぇ……あとで殴らせろ!」


 ……さあて、フィノの所に行こうかな。




 敵の数は多いというより、奇襲の影響で雪崩込んでいる状態。

 所謂混戦状態という奴だね。


 西側の山と舞台方面は集まった獣人が多く、近くの森や空に少数の魔物が見えるけど、住民が北へ移動し始めた頃には魔物はほとんど消えていた。


 まあ、僕が空の魔物を消し去ったからなんだけど……他の方面、特に海側である北は厄介らしい。

 海の魔物は大概強く大型で、水棲の獣人も数が少なく、カムロさんも手一杯のようだ。


 それでも水辺の戦いには慣れていて時間の問題だ。

 東方面の荒野は広いこともあってこちらも問題ない。


「粗方終わったようですね」

「ああ、そのようだな。まずはいきなりの襲撃と治療、本当に助かった。礼を言わせてくれ」


 バルドゥルさんは軽く頭を下げて、身体に一日をアスカさんに魔法で取り除いてもらう。


 血生臭い戦いじゃなかったのはまだ良かったといったところかな。

 でも、死者が出る少なくない被害があって、この戦いにいろいろと思う所が出来た。


「やはりこれは邪神が関係していると思われますか?」


 と、治療を行っていたフィノの問い。


「それしか無かろう。ハクロウの様子から察するにこのことは知らないと見える。隠し頃は出来ん性格で、大物の馬鹿ではあるが物の判断は出来るのでな。今回の騒動は以前から計画され時を覗っていたと見える」

「確かに計画性はあったようですね」

「うむ。シュン殿がいるのも好機と見たのだろう。実力を見余っていたようだが」

「ですが、あの戦いを見て決行するというのも……」


 うん、フィノの言う通り躊躇というのが見えなかった。

 馬鹿だから、と言われれば妙に納得してしまう所があるけど、皆がっていうのもおかしいだろう。


「邪神は力を与えるのですよね? 計画性があっても被害が大きすぎます」


 力を与えられても僕からしたらさほどじゃないけど、振り返ればかなり被害が大きく、怪我人も多数いる。


「ふむ、全員が全員本心から裏切ったとは思えないということか」


 どういうこと?

 んー、ハクロウみたいに騙されてるってこと?


「それもあるけど、分かりやすく言えば洗脳とか暗示。それなら族長達を気取られなかったのも分かるし、今までこっそり暗躍できたのも分かる」

「そっか、それで恐怖も感じずに襲いかかってきたのか」

「そうと決まったわけではないが、可能性は十分に高い。生き残った奴を捕え尋問するとしよう」

「私が幻術で手伝います」


 アスカさんの幻術の腕なら僕より上だと思うし、アスカさんなら上手くやってくれるはずだ。


 情報を得次第僕達に教えてくれるって。

 このことに関しては僕の方でもメディさん達に聞いておいた方が良いかもしれない。

 あっちからいろいろと情報を教えるのは抵触するかもだけど、僕から聞いてみるっていうのはぎりぎりセーフかもしれないからね。


 丁度、伝達と避難誘導をしていたフローリアさん達が戻って来た。


「フィノリア様、シュン様! ご無事でしたか!」

「フローリア! 私達は大丈夫」

「皆無事だね? ガノンは……うん、大丈夫そうだ」


 また何かヘマしたんだろう。

 頭から血を流してるけど特に問題はなさそうだ。


「どうやら襲撃は此処だけのようで、どこかで情報が漏れていたのだと思われます。応援は少し遅れるようですが、ソドム方面の人員を寄越すそうです」

「それは助かる。生憎このありさまなのでな」


 辺りを見渡し、言い得ない表情を作ったバルドゥルさん。

 残った族長達も傷を負い、消え去った者達に怒りをぶつけて良いのか苦い顔になっている。


「ハクロウ様、やっと着きましたぜ!」

「お、おう……ぐふっ」

「ハ、ハクロウ様!? し、しっかりしてください!」

「ち、治療はーん!」


 そして、派閥の一部と一緒にハクロウが帰って来てぶっ倒れた。

 気絶しているだけだったようで、駆け付けた治療班は安堵の息を吐き運んでいく。

 傍に寄り添い涙を流す人たちを見てると本当に慕われているのが分かる。


 そんなハクロウを裏切るのはやっぱり何かあると思える。


 それと、バルドゥルさんの目が嬉しく誇らしげなのを見過ごさなかった。

 アスカさんも涙を流して安堵の笑みを浮かべている。。


「情報は族長達から漏れていたと思う。僕達が来るのは極秘状態だったからね」

「あ、途中追跡してきた反応があったじゃない。盗賊かと思ってたけど、あれも仲間だったんじゃないかな?」


 確かに。

 僕達が来る時間帯とか人数とか教えていたんだろう。


 知り合ったヴァロムさん達は上空にいるし、裏切ったと言っていいのか撤退したから残っている人達は大丈夫な筈だ。

 今戦っているのは呼び出された魔物や引き寄せられた魔物達。


「ここにきてやられたって気がするよ……」

「気にしたらダメだよ。お兄様から事前に襲撃があるかもしれないって教えてもらっていただけ早い対応が出来た。そう思わないと」

「そう、だね。敵味方が明らかになった。その手口もね」


 裏切ったのなら対処はまだ簡単だけど、洗脳だったら殺すわけにもいかないし、そんな心を踏みにじるやり方を平気ですると思うからね。

 現に僕はそれをされたからここにいるようなものだもん。

 だから絶対に許さない。


「うむ。シュン殿のおかげで被害は最小限に抑えられたであろう」

「シュン殿を狙ったおかげで全体への集中が無く、民も速やかに避難できました」

「もしかするとビスティアを落とす戦力だったやもしれぬ」

「そう考えれば最善の結果と申せましょう」


 そうだね。

 僕は落ち込めないし、落ち込むのなら……いや、勝って皆笑顔にならないと。


「民よ、兵よ、全ての獣人達よ! 思うところはあるかもしれんが、今は生き残ったことを喜び、早急に立て直すことへ意識を向けてくれ!」


 さっきまで和気藹々と、緊張を混ぜて楽しんでいた隣の奴が裏切者だった。

 それだけで心に重く圧し掛かる者があって、中には親しい者が死んだ人もいる。


 バルドゥルさんはそんな人達に励ましの声を張り上げた。


「そして、ビスティアを救ってくれたSSランカー『幻影の白狐』ことシロ……いや、シュリアル王国の大英雄シュン! そして婚約者にして王女のフィノリア殿下! 俺はここにシュリアル王国と手を結ぶことを告げる! 強いては俺達に喧嘩を売った邪神に対抗するため、世界(かぞく)を守り戦う戦争に参加宣言をする! いうなれば『世界大連合(ファミリア)』に加入する!」


 勝手に名付けられたけど、良いかもしれない!

 それに僕の素性もばらすいいタイミングだし、皆の士気も家族という表現で上がった。

 フィノと顔を合わせて頷き笑い合った。


『おおおおおおおおおおおおおお!』


 一拍空いて轟く大咆哮。

 空気を震わせ、感じていた魔物達の反応が一斉にビスティアから離れていく。


「おおお、やったねえええ!」

「うん、やったねええ!」


 僕達も手を取り合い、つられて大きな声で喜ぶ。


 これで僕達の役目はほとんど終わった。

 後は応援が来るまで復興の手伝いと怪我人の治療、そして尋問の情報を得ないといけない。

 もしかすると襲撃があるかもしれないし、協力に関してもまだ詰めないといけないからしばらくここにいることになると思う。


「よし! 力ある巨人よ、大地の化身よ、クリエイト――」


 早速、土人形を作り出そうとしたその時、僕と繋がっていた魔力が途切れた。

 この魔力の先は――シリウリード君!?


「どうしたの? シュン君」


 そして、フィノの声に被さり鳴り響いた通信の魔道具。


『シルが、シルが攫われました!』


 その声はシリウリード君ではなく、一度剣を交えたことのある男の子の声だった。

 もう一波乱あるようだ。


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