噂の中身
シュリアル王国からビスティアまでやって来た。
数時間前にビスティアの森に入って、丁度迎えの獣人達と鉢合わせしたところ。
ガノンが言っていた通り、臭いか何かで察知したんだろうね。
エルフ族の時とは違うけど、出迎えはビスティア第一警備隊の隊長ヴァロムさん達五人。
ヴァロムさんは大きな体と黒い翼が特徴の鷲の鳥獣人で、第一警備隊は主に空から集落を守り、治安を維持しているとのこと。
仲間四人も鳥獣人か、小柄な栗鼠……じゃなくてムササビ、かな?
多分背中に乗って手伝ったりするんだろうね。
鳥獣人だと降り難い木々の密集地帯でも容易に降りられるしさ。
てか、鳥の獣人だから臭いじゃなくて目だろうね。
鷹じゃないけど、鳥は人間よりも目が良いはずだもん。
「あのガノンが王族を護る騎士になっているとは……こんな重要な任務のお供とは、世も末ではないだろうか」
「な、なんだよ……。俺だって強くなってんだぜ? 集落にいた頃の俺とは一味違うからな」
「ほほう、それは楽しみだ」
聞いていた通り知り合いのようだ。
「ガノン、調子に乗って負けたら笑い者になるよ?」
「ちょっ!?」
「ふふふ、シュン君の言うとおり」
「フィノリア様まで! くっ、皆して俺を~……お前等だって変わらないくせによぉ」
やっぱりガノンはこうじゃないとね。
ロビソンも似たようなものだけど。
「ふむ、少し変わったな。前はもう少し短絡的だっただろに」
ヴァロムさんは毛の生えた柔らかそうな顎を擦り真面目な顔で言った。
因みにヴァロムさんは完全な獣型で、ガノンは半分ってところかな。
獣型といっても二足歩行できる人間がベースで、獣人族の固有技の獣化を使うとほぼ獣型に変わる。
かなり鍛錬しないとできないらしく、僕は見たことない。
獣魔族も獣化できる。
「前までのガノンは短絡的だったのですか? 私はよく知らないもので」
僕もちょっと知りたいかも。
それに気づいてか、仲間がガノンの口を押さえている。
「短絡的とは少し違うのですが、単純思考だったのですよ。獲物を見つけたら向かう、喧嘩を売られたら買う、酒を飲んだら陽気になると言った感じでです」
「ああ、温泉に行ったら女風呂を覗こうとするとかね。確かにその通りだよ」
「ふぁーッ!?」
大丈夫、僕は止めた側だから。
エルフ族の警備とお世話に就いてるロビソン達を除けば、あの時のメンバーが全員揃ってるから白い目を向けられる。
僕がやったんだけど、ちょっと悪かったかも。
「そんなことしたのか……」
「ふはっ! し、しとらん! 未遂だ未遂!」
「未遂であろうと実行しようとしたのなら同じだ! 馬鹿者!」
結局正座で説教されただけだし、罰は軽かったんだよね。
僕達よりもガノンのことをしっかり知ってるだろうし、フローリアさん達もそうでもなかった……わけないか。
今のフローリアさんは恋人がいるっていうし。
「前言撤回だな。いくら強くなろうと、中身が伴っていないのでは最悪だ」
「さ、最悪はないだろ……酷い、皆して……」
「とまあ、ガノンはビスティアにいた頃から本能に従っていたのです」
「それでもガノンはしっかりやってくれていますから、不満らしい不満はありません」
フィノは心の底からそう思っている。
僕もそうだし、ガノンは悪い人じゃないから憎んだりすることはないね。
「申し訳ありません。そして、ありがとうございます」
「いえ、こちらもいろいろと迷惑かけてますし、お互い様ですよ。ね、シュン君」
「え? そ、そうかなぁ?」
ガノンがジト目を向けて来る。
ガノンのくせに……僕にひやりとさせるとは。
僕とフィノはロロに跨り、フローリアさん達は亜空間で過ごしてもらった馬、ヴァロムさん達は上空を飛び森の道を進んでいく。
この道を整備しないのは獣人族にとっては邪魔じゃなく、僕達で言う城壁の役割になるからだ。
魔物達も自分のテリトリーから出ることが殆どない習性を持つらしく、この道を進んでいればほとんど襲撃されることはないんだって。
それでもビスティアまで三十分ほどかかるらしく、その間にビスティア内で起きている騒動について詳しく聞くことにした。
「獣王バルドゥル様、上役、族長達の意見はほぼ一致し、邪神の集団ですか? その集団に対し、徹底抗戦することが決まっています。王国からの書状も概ね了解するとのことです」
概ねってことはそういうことだけど、そこを話し合うためにも僕達は行くんだよね。
「人族の国々だけでなく、エルフ族やドワーフ族、聞けば魔族も……流石に危機がどれだけのものか分かります。いえ、本能に従う獣人族だからこそ、世界に流れている不穏な空気を察知するのです」
「失礼な言い方ですけど、動物の本能……とか、第六感のような感じですね」
フィノに横腹を突っつかれ、軽く睨まれちゃった。
でも、他の言い方が見つからなかったんだから仕方ないじゃん。
「ははは、その言い方で構いません。我々は我々の特徴に誇りを持っていますので」
「ヴァロムさんは空を飛べて目が良いとかでしょうか?」
フィノが僕をフォローするつもりで訪ねてくれた。
フィノに感謝だよ。
「よくご存じで。鳥型の獣人はエルフ族ほどではありませんが、弓や風魔法を得意とします。槍を持った攻撃も簡単に想像がつくことでしょう」
「空から猛スピードでの突撃ってことですね」
「ええ、その通りです。そこの虎は力だけでなく、戦闘技能が高く巨体でありながら素早く動きます。生まれながらの戦闘種族ということです」
「虎はねえだろ!」
まさに動物の如く吠えるガノンは無視して、自分の血や種族に誇りを持つのは良い事だね。
それは大きな力にもなるだろうし。
対して人族は平均的だから他者より強い力を持ったら驕る人が多いんだ。
僕も気を付けよう。
「力に溺れることは我々でもあります。獣魔族ほど力に酔う傾向はありませんが、若い者ほど部族の中でその特徴が濃ければ濃いほど有頂天になるのは変わりません」
「そうですか……ガノンもそうだったんだね」
「くっ、言い返せない自分がいる……。ですが、今は違います!」
違ってもらわないと困るよ。
ま、その辺僕達は信用してるし、ガノンはちょっと馬鹿だけど、馬鹿な行動をする時というのを弁えてる。
フローリアさんの教育の賜物だね。
「その結果が今回の偽者騒ぎとなります」
ヴァロムさんは少し申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
僕のことを知ってるんだろうね。
「いえ、その責任の一端は僕にもあります。その偽者はどのような感じなのですか?」
「そう言って頂けると助かります」
ヴァロムさんはもう一度頭を下げた。
「偽者の名前はハクロウ。ハクロウ・ザナベル様と言い、獣王バルドゥル様のご子息となります」
……へ?
思わず僕の腰に手を回すフィノと目を合わせちゃった。
良い匂いと柔らかさ……くすぐったいから脇腹を撫でないで、ってその名前どっかで聞いたことがある。
「ご子息ってことは王子ってことですか?」
「いえ、獣王というのは武の象徴でして、フィノリア様方が存じているような王とは意味合いが異なります。ビスティアを統治し最終決定を下すのも獣王ですが、各部族や政治面を話し運営するのは上役や各族長達なのです。勿論獣王も話し合いに参加しますが、分かりやすく言えば軍部の頂点でしょうか」
なるほどね。
種ごとに特徴も異なるってことだから、そこを踏まえて考えるとなると各族長が話し合った方がいいってことだ。
で、種族としての頂点を決めて、戦う時に前で率いるって感じなんだろう。
獣魔族とそっくりだ。
「ですから、王子とは少し違います。王の息子で王子というのならそうでしょうが、王子としての特権はそれほどありません」
「そもそも獣王は力だけでなるものではないんですよ。王国で行う魔闘技大会のようなもので優劣を決めますが、大会の出場者は各部族の長や上役が選ぶんです。俺が言うのもおかしいですが、馬鹿がなったらだめですからね」
いや、ガノンが言うと頷けるよ。
フローリアさん達も小さく頷いてるから気持ちは同じだ。
自分で言ったのに頷かれてショック受けてる虎がいた。
「では、ハクロウという獣王のご子息が偽者騒動の張本人だと?」
「ええ、そうなります」
話し合いはフィノ主導で進む。
僕が首を突っ込んでもあまり良い事が無く、話しがとびとびでややこしくなるからだ。
情けないとか関係ないね。
僕は出来ないことまでしようとは思わないし、そのためのフィノやフローリアさん達で、皆と協力して先の良い未来を掴もうとしてるんだから。
何故こんなこと思ったかというと、シリウリード君と通信してたフィノがそれらしいことを話してたからね。
シリウリード君の様子からあっちも不穏になり始めているらしくてね。
一応協力者がいるから大丈夫だと思うけど、帰れる準備だけはしておかないと。
そのためにもこっちを速く済ませるべきだ。
「ハクロウ様が帰って来たのは約一年前となります。ビスティアはそれなりに情報が集まるので、散らばっている獣人達からも二年前の大会の様子を聞いております。偽者騒動のこともです」
そんなこともあったねぇ。
最近は僕の偽者とか出なくなってたし、一部の貴族達には根回しをするために素性を話してるから、偽者が出てもすぐ捕まって出なくなったんだ。
「それでも本物かどうかわからなかったのですか?」
「ええ、恥ずかしながら……」
あの後箝口令を敷いたし、僕の素性を知っている獣人族も少ない。
一年前と言ったらガノン達と会ってても、帝国に行く前だからシロであることまで伝えてなかった。
邪神のことについてもそこまでじゃなくて、あれは帝国に帰ってからだから周囲に協力を促す感じでもなかった。
獣王達の耳に正しい情報が一年前は伝わらなかったってことだ。
「二年前、新たなSSランカーが現れたという情報が入り、すぐに調査しました。しかし、ギルドに干渉することは出来ず、足を辿っても魔物騒動から現れ、ギルドが唯一提示してくれたのが名前や不干渉であることのみ」
「当時は師匠の言いつけを出来る限り守ろうとしてたもので……」
「こうなるとは誰もわかってなかったよ」
フィノの優しさが嬉しいよ。
言い訳じゃないけど、SSランカーは国を滅ぼせる戦力で、国やギルドも上から言うことは出来ないところもあるんだ。
機嫌を損ねて暴れられたら止められないからね。
勿論僕はそんなことしないし、師匠も今はそれどころ……いやいや、元から喧嘩を売られなかったらしない優しい人だ。
「その後大会以降話を聞かず、シュン殿が同じ師の弟子であり、いろいろな物を作っている情報が手に入りました。疑惑程度ですが、シュン殿がそうではないか、と憶測が出ていました」
ヴァロムさんは喉を鳴らし、苦笑? を浮かべてそう言った。
「ですから、ハクロウ様が帰省され、SSランカーだと自慢された時は心底驚き、同時に疑心も同じくらい生まれました」
「そう、でしょうね……。ギルドの方から否定されなかったのですか?」
思わずそう言ったフィノに僕も同感だ。
「ビスティアと王国は距離がありますから、ギルド同士でも詳しい情報が来てなかったのです。容姿も白、狐、魔法が強く、すばしっこい、等といった断片的なものでして……ギルド側も隠蔽したのでしょう?」
「そう言えば……すみません」
「あ、いえ、そこは良いのです。理由に納得いきますので」
ロンジスタさんに今度お土産を持って謝罪に行こう。
多分迷惑を掛けちゃっただろうし。
いや、かけたんだろう。
久しぶりにターニャさん――
「痛い!」
「違う女の子のこと考えなかった?」
「考えてないよ? ガラリアのギルドマスターにちょっとお礼を、ね」
何故わかったんだろう?
「では、ギルドカードはどうなのです? ご子息はSランク以上の魔物を単独で討伐出来るほどの実力が?」
なるほど。
そこは確かに疑問だ。
「ギルドカードは紛失したとか。再発行はお金がかかるからしない、一応仮初のカードはあるからと。ハクロウ様の実力は確かに高いので、それなりに信じた者がいたのです。魔法も獣人族にしては技術があったものでして……」
「すっかり騙されたと」
「面目次第もありません」
僕の情報もある程度仕入れたんだろうね。
そこまで僕と同じなんだからさ。
「僕としては偽者が悪事を働いていないのなら特にないけど……」
「駄目だよ。どうであれ、本物を偽ったのは罪になるの。それが有名人で、シロが裏だと考えたら伯爵当主はさほど関係ないけど、それでもシュン君の名誉に泥を被せる行為だもん」
「シュン様、もし偽者が良い行いをしても、その後起きることが良い事だとは限りません。人を助けた、無償ならいいでしょうがお金を貰ってしまったら考えずとも分かりますよね?」
「……ということのようです」
僕がお金を貰って解決するとか思われて、話しが捻じれたりするんだよね。
もしかすると、どっちが本物とかで争いが起きる。
今はその一歩手前まで来ているかもしれないってことか。
「ご自身の息子であり、情報通りの獣人がいれば知らない方がおかしいため、獣王様は信じてなかったのです」
「周りは違い、中には族長も、ですか」
「その通りです。シュン様のことを王国から知らされた時はすでに遅く、ハクロウ様は派閥を作り、鎮圧しようにも暴動が起きかねないところまで来ていたのです。一応、情報は獣王様方の所で止められています」
……絶句だよ。
偽者だって本人が一番分かってるだろうに、そこまで出来る神経が凄い。
「シュン様シュン様、ですから馬鹿なんですって」
「……なるほど」
納得しちゃったよ!?
「ま、まあ、詳しいことは理解しました。そうなると……僕が正体を明かす、というのは油を注ぎますね」
「ですから、御迷惑でしょうが獣王様方と会談された後、お手数ですが大衆の前でぶちのめしてやってください」
……。
「え? 良いの? 王子じゃなくても、それなりにあれなんだよね?」
「あれですが、古くから馬鹿に飲ませるポーションはないと言います。あれほどの大物になりますと、ドラゴンの前で寝るようなもので、死んでも治りません。後はシュン殿が了承してくださるかどうかだけなのです」
「え? 獣王達は?」
「許可しています。というより、獣王様の提案です。『負けて当たり前と思われておる俺より、十四歳となるシュン殿がコテンパンにした方が良い』とのことです」
……絶句だよ。
フィノもそこまでとは思ってなかったみたいで、言葉を失くしてる。
うん、これは王子じゃないや。
「打算として、獣人族全体にシュン様の力を見せつける、という意味もあります。圧倒的な力を見せつけてしまえば、獣王様方の裁可がすんなり通るということです」
「……獣魔族の時も同じような感じだった気がする」
「……確かに」
今度はもう少し上手くやろう。
被害も出せないだろうからね。
「本能的に察知している今の段階では、やはり何に怯えているのか恐怖が強く、ハクロウ様もその本能に抗おうとされているのかもしれません」
ヴァロムさんが庇う。
ハクロウという人の人柄はそこまで悪くないんだろうね。
言うなら愛すべき馬鹿的な感じじゃないかな。
「分からない、未知っていうのは怖いだろうからね。力がないのなら怯えてしまうのは当然か」
「力があったら気丈に振る舞おうとするよね。プライドかな?」
多分空気もピリピリしてるんだろう。
それを解消するためにもお祭りのようなことをして、僕が言うのも恥ずかしいけど、圧倒的な力を見せつけ安心させる。
獣王達と仲良くしたりすることで結束力を見せて、負けることはないってやる気も出させる、のかな?
「そうそう、ヴァロムさん」
「何でしょう」
「そのハクロウっていう人は僕が変装した姿と同じなんですか? 白い狐の様な姿ですけど」
ハクロウって聞いたら白い狼なんだけどね。
フィノ達もそう言えば、って顔でヴァロムさんを見る。
「いえ、名前の通り狼人であられます。首や背中の体毛、手足や尻尾の先が白く、それを見て名付けられたと記憶しています」
僕と同じだから白い狐とばかり思ってたけど、違ったみたいだ。
「え? なら、何故シュン君と間違えたのでしょうか? 狐だというのは誰もが知っているはずです」
しかも幻獣の毛で作った一級品だ。
全部終わったら会い……フラグになりそうだから言うの止めとこ。
「我々も思ったのですが、着ている鎧が狐の印象を受けるものでして。情報も少し捩じれ、服ではなく装備品の類と伝わっていたのです」
「それは……」
「それは済んだことですので、ハクロウ様にお仕置き、もといビスティアの団結の為にもハクロウ様をよろしくお願いします」
それ、結局図に乗ってるハクロウを倒して目を覚まさせろって言ってるよね。
再びシュンが戦いますが、今回は今までの戦いと趣向を変えました。
少し難しいのでおかしいかもしれませんけど……よろしくお願いします。




