信頼と疑惑
水曜日と木曜日って字が似てますよね……。
すみません。
見間違えてました。
いや、昨日も水曜日だったのでおかしい気はしてたんですけどね……次からは確認します。
「あつぅ~。汗だくだくだよ」
「そうですね。熱中症になったら大変ですから、水が欲しかったら何時でも言ってください」
「まだ大丈夫だから一区切り付いたら休憩しようか」
「はい、アルタさん」
今日は少し休憩を兼ねて、お小遣い稼ぎに薬草摘みに来ています。
この季節は魔物も徐々に減り始め、冬ほどではないですけど環境や気候も相まって冒険者の活動も収まってきます。
ですが、夏は植物が豊富に育ちますから、お小遣い稼ぎにはもってこいです。
「水浴びしたいわね。日焼けもしちゃうし、肌がひりひりするわ」
「み・ず・あ・び! 女の子達が川で戯れる姿が……ッ! ……な、殴らないのですか?」
「は? 暑苦しいから黙ってて。それに水浴びは裸じゃないし」
「はうあっ!? は、裸……むふふ」
「何想像してんのよ、全くあんたは……。で、でも二人っきりなら。ももも勿論水着だけど」
アルタとリリ、レックスとレイア。
僕だけちょっと疎外感を覚えます。
僕にもお見合いの話がたくさん来てますけど、どれもフィノ姉様やシュン兄様、王国の発展に携わりたい人ばかりです。
政略結婚が嫌だとは口が裂けても言えませんけど、ローレ兄様も政略結婚のようで恋愛結婚(まだ婚約)で、ちょっと羨ましく思うんですよね。
フィノ姉様とシュン兄様を見ていると憎い反面、僕もあんな結婚や婚約が良いと思うんです。
「相手がいないので無理ですけど……フィノ姉様ぁ~、はうぅ~」
つい溜め息が。
フィノ姉様成分が欲しいです。
最近は心労も溜まりますし、何かスッキリしたいです。
「おい、シル。どんだけ薬草取ってんだ?」
「はい? ……ちょっと取り過ぎました」
「ちょっとどころじゃないだろ。ま、全部取ったわけじゃないからいいか」
胸元を煽りながら、レックスは隣に腰を下ろしました。
レイアはアルタ達の方に向かい、何やら楽しそうに話しています。
「やっぱフィノリア様と会えないのはきついか?」
「へ? いえ、そうじゃないとは言いませんけど」
「このシスコンめ。もう少しシュン先輩とも仲良くしろよな」
「よ、余計なお世話です! レックスこそ素直になればいいじゃないですか!」
「お、おまっ! ……はぁ~、シルよりはマシだろ」
うぐっ!
そう言われるとそうです。
冷静に考えれば僕のは単なる嫉妬で我儘ですから。
レックスも好きな女の子に素直になれない典型的な男の子、とシュン兄様は言ってました。
僕もその意見には同意します。
ある意味シュン兄様を王国に繋ぎ止めるのですから、フィノ姉様達は政略結婚といえなくもないです。
「じゃあ何に悩んでんだ?」
「それは……」
「アルタのことか? それともスティルのことか?」
両方っぽいな、とレックスに言われます。
そんなに顔に出やすいですか?
いえ、疲れているからです。
その辺の教育も受けてますから、シュン兄様には勝ってます。
「図星っぽいな」
「……はい」
「お前とは付き合いが長いから見抜けないわけがないだろ」
幼馴染ですからね。
ですが、断じてシュンに様のように顔には出ていない……です。
「フィノ姉様達がいないですから心細いというのはあります。ローレ兄様達にも注意されましたし、ここの所大きく情勢が動きましたから」
「シルは誰かに狙われているってことか?」
「分かりませんが、可能性は高いと思います」
相手のターゲットがシュン兄様だというのは確定しています。
実力面では手が出せないのなら、絡め手で来るのが定石です。
ですが、生半可な手段では力で薙ぎ払われ――フィノ姉様の提案みたいです――効果がありません。
ですから、ここは弱いところを狙うのが一番効果覿面なんです。
「レックスも聞いていると思いますが、王国を手薄にしたのもその一つです。城内には魔法特化のエルフ族や雷光の魔女がいます」
「ここは実力主義の入った魔法の強国だし、帝国は元々武力面で強いからな」
「残されたのが僕となるわけです。フィノ姉様のためなら何でもすることは筒抜けでしょうし、悲しませるようなことをしません。絶対に、です」
「よく分かってんな。あれだけ嫌い嫌いって言ってるのによ」
な、なんですとー!?
ば、馬鹿なんじゃないですか!?
「だだだ誰がシュン兄様を好きだと言いましたか! ちょ、ちょっとは頼りになる最強の兄様だと思ってますよ? でですが小指の先っぽぐらいです!」
「わ、分かったから落ち着け。アルタがこっち見てるぞ」
「あ、何でもないですよ」
危ない危ないです。
レックスにしてやられたのが納得できません。
ま、まあ、シュン兄様が負けることはないと思ってますよ?
フィノ姉様が信頼しているのですから僕が信頼しないわけにはいかないですからね。
「で、何をそこまで悩んでるんだ? 俺が見てもアルタは普通だと思うがなぁ」
両手に花でにこやかに薬草を詰んでいるアルタです。
その姿だけなら僕は何も思いません。
「僕だってアルタが通じてるとは思ってません」
「なら何故だ?」
「いくつか理由はありますけど、大きいのはスティルが齎す情報です」
出自、模擬戦、実力、通信とかです。
「だが、全部を信用するのも違うだろ? スティルの方だって怪しいと思うぜ?」
その通りです。
僕にここまで協力してくれるのはやり過ぎだと思いますし、アルタとは違った意味で勘繰るんです。
「情報の取捨選択と裏付けは大切です。ですが、どちらも何もなく、怪しさで言えばアルタが高いんです」
「だが、スティルもスティルで怪しさ満点だな」
「はい。全てタイミングが良すぎるんです。いくら時間がないといっても起こり過ぎです」
この数日であまり変わってない様で大きく変わっています。
特に僕の中の疑惑は膨れるばかりですよ。
「シュン先輩、じゃなくフィノリア様に連絡しないのか?」
初めの言葉は聞かなかったことにします。
「考えなかったわけじゃないですけど、今重要な任務の最中ですからね。この段階で手を煩わせるのはどうかと思うんです」
「シュン先輩ならことが起こってからでも対処できるしな」
「むむぅ……したくないですが同意です」
唸り声を上げたら盛大な溜め息を吐かれました。
気に食わないです。
「ちょっとぐらいシルからも近寄れよ。フィノリア様の恩人であるように、シルの恩人でもあるんだぞ」
「そ、そうですけど……」
「あーね。ここまでやって引っ込みがつかなくなったと」
……レックスのくせに、こういう時だけ敏いです。
「外野である俺がこれ以上言うわけにはいかねえけど、血の繋がった弟だったとしても醜いぞ」
「分かってます。……シュン兄様が優し過ぎるのも問題なんです」
あんな態度を取られたら何かムズムズして素直になれないんです。
僕が子供だからですか?
「はぁ、シルも好きな相手が出来ればわかるはずだ」
「フィノ姉様ですよ!」
「はぁ、それは姉弟愛だろ? 極度のシスコンだが……」
溜め息ばっかりついて。
幸せが逃げますよ。
「兎に角だな、俺も協力してやるから自分で決めるのは止めとけ。フィノリア様にかっこいい所とか褒めてもらいたいとか別にしてな」
「むぅ……失敗して怒られては元も子もありませんし、レックスは信頼してます」
「ありがとうよ。シュン先輩達がいない今危ない橋を渡る必要はない。一度学園長先生と連絡を取ってみるのもいいかもな」
「それが良いかも、です」
幸い夏休み中ですから、多少のことには目を瞑ってくれるはずです。
少し身分を使えばクロス王と話をすることも可能です。
ですが、それをすると僕が何かに気付いたとばらすことになりかねません。
「指導を名目に聞いてみますか」
「ま、それが無難な所だな。時間帯も考えてな」
そうと決まれば善は急げです。
放っておいて良い事ではないですし、帰ったら昼過ぎですから人の少なくなる日暮れが良いと思います。
アルタとスティルに捕まらないように行かないといけません。
昼食は適当な場所で済ませ、夕食は食堂で済ませます。
僕は気取られないように過ごし、レックスの協力を得てこっそりと抜け出しました。
今日は模擬戦闘をしてないですから、夜中のミーティングもありません。
「学園長先生はまだ……いますね」
学園長室の明かりが消えてません。
普段は王城へ行ったりしてますが、今日は運が良い事にこっちにいます。
もしかするとシュン兄様達がいないから学園に詰めているのかもしれないです。
「僕が気付いているように、皆も僕が狙われる可能性が高いと気付いているはずです」
薄暗くなった校舎の中を警戒して、学園長室まで向かいます。
この静けさが心臓の鼓動を早め、ひんやりとした汗が手や背中に掻きます。
怖いというより、もしかして……という疑心がそうさせるんです。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ、シリウリード君」
学園長室に入ると開口一番にそう言われました。
やっぱりそういうことなんです。
「安心しなさい。学園内は警戒態勢を敷いているから、ここに入って来た男も容易に侵入できないはずだ」
「やっぱり知っていたのですか」
手で促され、どう見てもシュン兄様お手製の高級ソファーに座ります。
周囲に目をやればいたる所にシュン兄様の魔道具が……中には違うのもありますけど。
「いやね、シュン君とは良く世間話をする仲なんだよ。このソファーは御両親を救ったお礼に貰ったんだ。私としては既にお礼を貰ってたんだが、律儀なものだね」
そう言って僕の前に紅茶……いえ、緑茶でしたっけ? を注いでくれます。
これと和菓子という組み合わせが僕は好きです。
シュン兄様の屋敷で食べるのも……シュシュシュン兄様の別荘も使わないと埃塗れになりますからね!
僕は学園に入る前までちょくちょく遊び、もといレックスやレイア、メイド達を連れて訪れていたんです。
感謝してほしいですよ!
「さて、シリウリード君は何を聞きに来たのかね?」
試されているのです?
どっちにしても聞くしかありません。
「僕が知りたいのは三つです。一つはその男について、もう一つはそれに伴った状況です。最後は友人となったアルタとスティルという生徒の素性? を教えてほしいと思っています」
「アルタ君とスティル君。確か、アルタ君は同じパーティーメンバーで、スティル君も交流があるようだね」
しっかり見ていてくれると思うと安心感が得られます。
「その前に、シュン君達には聞いていないのかね?」
「シュン兄様には……迷惑を掛けられません」
「ふむ……それはどうして?」
ここは素直に答えるべきです。
我儘を言って良い時と言ってはダメな時ぐらい弁えています。
「シュン兄様達は獣人族の所へ会談に行っています。知っての通りシュン兄様はすぐに帰って来れますけど、このぐらいで頼っていてはもしもの時に足を引っ張りかねないと思っています」
フィノ姉様に褒めてもらいたいのも本当です。
シュン兄様に迷惑をかけて、その結果フィノ姉様の手を煩わせてはいけないですからね。
「なるほどなるほど」
「助けてほしいとは言いません。守られるべき王族ですけど、この状況下なら黙っているべきではないと判断しました。対処できる範囲での情報を教えてほしいです」
僕にはレックスがいます。
レイアも信頼できますし、リリだって大丈夫なはずです。
仮に二人共的だったとしても、情報さえあれば堪えることが出来ると思うんです。
「ですが、その男や今の状況が分かってないと気づいた時には大変なことになっているかもしれないです。それだけはフィノ姉様、もとい皆に迷惑をかけてしまいます」
つい本音が出てしまいました。
「細かい個人情報まで入らないですから、せめて僕が今持っている情報の裏付け……ともし戦うことになった場合の対応も話しておきたいです」
「シリウリード君は敵が侵入していると思っているのだね?」
「はい、高い確率で思っています。アルタとスティル、どっちかがそうで、僕からシュン兄様を狙っているのだと思います」
僕が捕えられてシュン兄様に迷惑をかけることだけはしたくないです。
これはプライドのような物ですけど、嫌なんです。
「……よろしい、私が知っている範囲で教えよう」
「ありがとうございます、学園長先生!」
大体二時間ほどかかりました。
学園長先生は聞いていた通り話すのが好きみたいで、よく話が脱線したからです。
フィノ姉様やシュン兄様の事、魔法の事やパーティー内の事、料理は何が美味しいとか、チーズケーキとチョコレートケーキのどっちが美味しいかで言い合ったりしました。
気付いた時には外は太陽が完全に隠れ、そろそろ帰らなければ怪しまれてしまいます。
「年を取るといけないね。つい長話してしまう」
「いえ、貴重な話が聞けて良かったです」
それは本当のことです。
ただ、学園長先生が年を取るといってもまだ三十代ぐらいにしか見えません。
学園長先生はエルフ族ですから、七百歳を超えたあたりで小さくなるはずなんですけど……一体何歳なんでしょう。
「老婆心ながら忠告させてもらうよ」
立ち上がり、扉に手を掛けた背中に声を掛けられました。
「何でもかんでも一人でしないように。君は君だ。誰とは言わないが、君が良く知っている人も一人でしようとはしてないのではないかね? 私が与えた情報を元に仲間とよく話し合いなさい」
十中八九シュン兄様です。
強さを過信するな、仲間や味方の絆を信頼しなさい、一人で動かないって忠告だと分かります。
何より僕はシュン兄様じゃないってことを強く言われた気がします。
「……はい、僕は僕です。最近、僕が大したことないってことを改めて知りましたから大丈夫です。先輩達に感謝します」
僕は本心から言い返し、一礼して扉を閉めました。
「ははは、兄弟とは仲良くするんだよ」
最後にそう聞こえましたけど、きっと空耳です。
シュン兄様退いた世界では夜中も明るいそうですけど、帰り道は薄暗くドキドキして落ち着きません。
怖いというより、林間学校の肝試しというのが後を引いているんです。
フィノ姉様は肝試しとかで悲鳴を上げるような人ではなく、逆に面白がるような人です。
聞いた話では、態と、悲鳴を上げて、シュン兄様に、抱き着いたと聞きました。
羨ましくもイラッとする光景ですよ!
隣に僕がいたらと思って仕方ありません!
「ま、まあ、僕は怖くてレックス達に……でも悲鳴は上げてません!」
……僕は誰に言っているんでしょうか。
一応明るくするために生活魔法で照明を出し、寮まで最短距離で進みます。
断じて怖いとかじゃなく、早く皆の元に戻らないといけないからです。
魔力感知で敵が来ないかも探り、学園内だとしても夜道に気を付けて濾したことはありません。
「怖くないです、怖くないです、フィノ姉様に嫌われることと比べれば……考えたくもないです! …ん?」
魔力感知の精度と範囲を広げたその時、寮の近くの木陰で見知った反応を感じ取りました。
土魔法の魔力反応が強く、大人しくも強い魔力反応です。
これは――アルタしかいないです。
「って、アルタが何故です?」
僕は好奇心……いえ、スティルからの情報を思い出し、気配と魔力を消して少しずつ近づきます。
『――そろそろ動きますよ。時間をかけるほど対処されるでしょうし』
この声はやっぱりアルタです。
何か光る手のひらサイズの道具に喋っています。
通信の魔道具に間違いありません。
『ふむ。その様子だと相手も気付いているということか……』
魔道具から厳つい感じの男性の声が響きます。
密談……それも何か企んでいるような……です。
『王子の様子はどうだ?』
『そちらも問題ないですね。ちょっと疑われていますが、その方がやりやすいかもしれません』
どういうことです!?
やっぱりアルタが……。
『判断を間違えるなよ。主より齎された数少ない情報なのだ。絶対に任務を成功させよ』
『心得ていますよ』
主?
神のことですか?
もしそうだとしたら……。
「――っ!?」
「誰だ!」
拙いです!
動揺して気付かれてしまいました。
咄嗟に不得意ですが闇魔法で陰に溶け込み、気配を断って寮の中に転がり逃げます。
後ろから普段とは違うスピードで追いかけてくるアルタに危機感と得体の知れない恐怖を抱き、僕は半ば確信のような物を得ました。
――少なくともアルタは普段力を抑えている、です。
「……逃げられたか」
ぎりぎりで寮の中の人込みの中に入り込めました。
最後に振り返った時のアルタの鬼気迫るような顔が忘れられません。
これでシリウリード側を一段落とし、シュン側に移ります。




