ぎくしゃく
頑張って訓練をしたからといって、数日で実感できるほど強くなるわけではありません。
それでも頑張って努力し、僕ならフィノ姉様に認められて褒められるぐらい、という目標を見据えて日進月歩するんです。
アルさん達に言われたこと、僕達が気付いたこと、反省点を踏まえて夕食後にミーティングします。
ミーティングで試したいこと、明日はこの作戦で、アルさん達の弱点や苦手なこと、掛け声などを決めます。
個人の課題とチームの課題。
それが達成できているかの報告も行い、翌日アルさん達に評価してもらうんです。
「お? 今日の相手はお前か!」
「はい! 今日は数の利を生かし頑張らせていただくっす!」
「なら、来い!」
模擬戦開始早々アルさんが笑みを浮かべて突っ込んできます。
そこを双剣を持ったレックスが立ち塞がり、出来る限り後衛である僕とリリに攻撃が加えられない位置に陣取りました。
「レックス、そのまま防衛です!」
攻撃ではなく防衛に回ればレックスでも多少時間を稼げます。
アルさんが突っ込んでくるのは、林間学校でのトーナメントや先日の模擬戦で高確率であると確信しました。
というより、シュン兄様がそのように指導したのです。
今はナイスだと言っておきましょう。
それが分かっていれば対処できます。
「『氷雨』!」
その一瞬の硬直の間に魔力を練り上げ、僕が全体へ広域魔法を放ちます。
僕は確かに防御の役割ですが、魔力の練り上げから魔法の発動は得意な方ですから、防御の役割がいらない始めに相手のバランスを崩すのです。
シュン兄様やフィノ姉様にはかないませんが、この場なら一番だと思います。
「任せてください! 『魔法障壁』! レン君はアルタさんを、シャルさんは二人の援護をしてください!」
『了解(分かったわ)!』
一日の長がありますから、クラーラさんを信頼して慌てることなく対処し、次の行動に移ります。
ですが、その点も織り込み済みです。
流石に広域魔法を放ってすぐに他の魔法、というような常人離れしたことは出来ません。
フィノ姉様は出来ますから僕もいずれその領域に行きますけど。
「アルタさん! 『脚力上昇』! 『水属性上昇』!」
「考えたわね。でも、私は水魔法だけじゃないのよ! 『風刃』!」
「そう来ると思いました! 『砂塵』!」
「『水霧』!」
僕が対処しなくとも、アルタの魔法で見えない刃を見えるようにして避けることはできます。
レンさんが対処できるとも話し合いに出ていたので慌てることはありません。
が、これでレンさんとアルタがぶつかることになりました。
ですが、やっぱりアルタは魔法が得意ではないです。
レックスよりはいいですけど、こっちまで砂の被害が……。
「おら! 一撃が軽いぞ! もっと全体を使って攻撃しろ!」
「お、っす! だが……ヘールプ!」
そろそろレックスが限界のようです。
「僕が行きます。リリはクラーラさんに気を付けながらアルタの援護を」
「分かりました」
「アルタなら大丈夫なはずです」
本気のアルさんならレックスは十秒持つか怪しい所があります。
ですが、これは訓練という名の模擬戦ですから、それも利用しないといけません。
アルタに関しても剣技なら負けないと思います。
そこの所は信頼といいますか、一応信じてますから。
「お、シリウリードも来たか!」
「はい! 『水の領域』!」
「これで少し楽になる、か!」
アルさんは僕の介入に笑みを深めます。
アルさんの得意な魔法は火属性ですから、水の空間を一時的に作り出し効果を弱めます。
「それだとレックスの攻撃も弱まるぞ?」
アルさんの言う通りです。
ですが、レックスは――
「アル先輩。俺は魔法が得意じゃないっす」
「どういうことだ?」
「それは……こういうことっすよ! 『風の剣』!」
「風か!」
そういうことです。
それに風は火によって強くなります。
ですから、レックスの魔法技量でも少し方向性を変えれば、
「くっ、あっつ!」
「どうっすか? これなら容易に打ち込めないっすよね?」
「くそ~、考えたな。レックス、シリウリード」
アルさんの拳に纏った火が跳ね返り、アルさん自身にダメージを与えるのです。
拳に纏っている状態の火はアルさんの魔力で作られているので駄目ですが、レックスの風魔法とぶつかった火はアルさんの制御下から離れるのでダメージを与えられます。
レックスは風の方向をアルさんの方に向けるだけで良いですから、多少の熱さは僕の広げている『水の領域』で対処可能です。
「アルタ君は僕より強いですね」
「レン先輩も強いですよ」
「先輩として負けられませんね!」
二人とも軽く会話していますが、激しい金属音が聞こえます。
レンさんとアルタはタイプが似ていますが、アルタの方が純粋な剣技なら上だと意見が一致していたのですが……。
これはアルタが……先日のことで疑心暗鬼です。
今はこの模擬戦に集中するべきです!
「リリさん、余所見はいけませんよ?」
「『水球』! うっ!?」
二人を支援する形で、クラーラさんとリリは魔法合戦を行っています。
リリとクラーラさんの支援がこの戦いの肝になります。
「清き水よ、刃となれ、『流水刃』!」
「『水壁』! 風よ、『風球』!」
「うぐ……これは少しきついかも」
「シ、『障壁』! アルタさん!?」
「アルタさんは左側が不得手のように見えます!」
「了解!」
やっぱり魔法の技量はシュン兄様の影響が強く出ています。
悪いことじゃないですけど、イラつくのは仕方ないと思います。
フィノ姉様と一緒にいる所を見てイラつくのみしたかないと思います。
「私を忘れてはダメよ? あまり得意じゃないけど……母なる大地よ、浮かび上がれ、『大地浮遊』!」
得意なのは水魔法と聞いていましたが、やっぱり他の属性も使えましたか。
こうまで難しいのはシュン兄様のせいです!
僕達はその分吸収できるのでいいんですけど!
シャルさんが浮かせた大地はそれほど大きくないですが、拮抗したレックスとアルさんの対決が中断します。
「っと、俺は下がらせてもらうぜ」
「ま、待つっす!」
はっ!
シャルさんが笑ってる!
「レックス、追い掛けてはいけません!」
「遅いわよ! 砕けなさい、ハァッ!」
浮かび上がらせた大地の塊に、魔力を籠めた強力な鞭の一撃を加えました。
大地は浮遊する力を失い、僕が放った氷の雨と同じ、土の雨となってレックスに降り注ぎます。
「やべ!? シル!」
「流石に連続で強力な魔法は放てないけど、これぐらいの応用は出来るのよ」
シャルさんのスッキリした顔はアルさんがやられそうになったからでしょうか?
今はどうでも良い事です。
「く、間に合いません!」
魔法を中断し全力でレックスの防御に回りますが、僅差でレックスに土の雨が降ってしまいます。
が、僕達にもう一人仲間がいるのを、シャルさん達も忘れてはいけません。
「準備できたわ! 『炎爆矢』! 連射よ!」
数分間集中して魔力を練り上げたレイアの矢の雨です。
本当なら槍が良かったんですが、流石にそれは難しいのでやめました。
まずはレックスの頭上の土の塊を粉砕し、レックスはぎりぎり回避に成功しました。
次に地面を穿ちながら鞭を振り抜いた格好でいるシャルさんを狙います。
そこに突っ込む人影が。
「シャル!」
「ちょ!? もっと丁寧に運んでよ!」
「『魔法障壁!」
アルさんです。
アルさんの動きは素早く、硬直して動けないシャルさんを荷物を持つかのように抱え、突き刺さり爆発する矢の乱れ内から回避します。
流石の僕もそれはないと思いますが、流石アルさんです。
シュン兄様ならお姫様抱っこですか?
似合っているのが憎らしいです!
お姫様にフィノ姉様を想像する僕もなんなんですか!
「ああーっ! そんなに密着したら! うおっ!?」
「手が滑ったわ」
こんな時まで夫婦漫才を……。
ですが、このままだったら行けます!
これでレックスと僕がフリーになり、魔力を練り上げレイアの連射が止まると同時に仕掛ける作戦です。
アルタがレンさんに手こずったのは計算外でしたが、実践は作戦通りに行かないものとよく言われます。
引き止めてくれているだけでも――
「アルタ君、クラーラの言う通り左側が死角になりやすいよ! 『水縛』!」
「しまっ!? リリさん!」
「アルタさん! ウォーター――」
「こういう時の為に無詠唱も必要だよ?」
「きゃあ!」
リリ!?
アルタは何をしているんですか!
僕は慌てて魔法の標的をレンさんに変更しますが、何時までもアルさん達が障壁に護られているわけがありませんでした。
「余所見はダメだって言っただろ! レックスもすぐにカバーに回れ! 『フレイナックル』!」
「ぐは!」
レックスは思いっ切り腹部に炎の鉄拳を食らい、痛みに崩れ落ちます。
「くっ! アルタの拘束を先に」
「シル、ごめんなさい。魔力が、持たないわ……」
そして、タイミング悪くレイアの放つ爆発する矢が途切れ、魔力切れしかけているシャルさんが鞭を振う姿が見えました。
どうにかその攻撃を魔力を通した剣で弾きましたが、おかげで魔法を使う魔力を使ってしまいリリの援護が間に合いません。
「レイア! どうしたら――」
「迷っちゃダメだぜ? 特にお前はリーダーだろ」
「く、あっ!?」
冷静に、それは僕達が念頭に置いておくべきことでした。
忘れた時点で負けだったんですね。
そこで僕達のパーティーは崩れ、結局いいところまでいった感じで終わってしまいました。
模擬戦を終えた後は反省会です。
闘技場のおかげで肉体のダメージはないですが、一応直撃を受けたレックスや僕に回復魔法を使い、アルさん達の魔力が回復するまで行います。
「……負けちゃいました」
「そうだね。ま、気を取り直して前向きに行こうよ、皆」
勝つ気ではありましたが、勝てるとは思っていなかったのでそこまでではありません。
それでも沈鬱といったところです。
「すまん! 余所見はいけないってわかってたんだが……つい見ちゃうんだよなぁ」
「戦闘中に変なこと言うのもやめなさいよね。魔力を余計に使っちゃったじゃない」
「いや、それはどうだろうか?」
レックスの課題はそこです。
「私もクラーラ先輩に注意されました。牽制と支援を両立させるのも難しいですね」
「僕も全体を見ていればよかったです。作戦通りに行かないと分かっていても、その通りに進めようとして失敗しましたから」
焦らないことと状況に適応することです。
皆頷いてしまったと反省します。
「確かに外から見ても焦っていたのがまるわかりでした」
『でした』
「開始から中盤までは作戦通り、といったところなのでしょう」
「はい。僕とリリの支援でレックスとアルタが足止めし、その間にレイアが魔力を練って強力な魔法を放つ。その後は総力戦となっていましたけど、作戦通りに行くのは難しいです」
スティル達も外から見て同じ感想のようです。
「特にアルタ殿が失敗したのが拙かったですな」
「うっ、それを言われると……面目ない」
自分でも敗因だと分かっているのでしょう。
ただ、アルタがあんな失敗するとは思えないです。
「アルタなら倒せる……までもいかないものの、足止めぐらいは、と思ってたんですけど」
「流石に先輩に勝つのは無理だよ。剣技は勝ってたと思うけど、魔法運用や先読み、純粋な地力は負けてたと思う」
「左側、とクラーラ先輩とウォークレン先輩は言っておられましたな」
そこを突かれて足を止められたんですよね。
仕方ないことなんでしょうけど、釈然としません。
「避けられなかったんですか?」
「う、うん。言い訳になるけど、左側は得意じゃないからどうしても反応が遅れるんだ。レン先輩は相手の隙を突くのが上手いからね」
「私も支援が間に合わなかったので、アルタさんだけのせいではありません」
そう言われるとそうなんですけど、
「私にはアルタ殿の動きが日頃より悪く見えたのですが……どこか体調でも悪いのですかな?」
そうでもあるんですよね。
「いや、体調不良っていうわけじゃないよ。ただ、最近夜更かししててね。魔法は知識も必要だからさ」
「そうよね。私も肌に悪いと分かってるけど、新しい魔法を覚えようと思ったら夜が一番なのよ」
「単にルームメイトと駄弁ってるだけだろ……何でもないっす」
そうなんでしょうか?
スティルの方を向けば、そうかもしれないと頷かれます。
まだ魔法大国に入って来た謎の男、そして目撃したというアルタの通信姿。
「そういうことは言ってください。戦闘に支障が出るじゃないですか」
「あー、ごめん」
「全くです。アルタを信頼しているっていうのに、しっかりしてくださいよ」
「おい、シル。ちょっと言い過ぎじゃねえか?」
む?
「そうだぞ、シリウリード」
「アルさん……そんな気はなかったんですけど」
ちょっとアルタに対して言い過ぎだったです。
ですが、こうまでくると自分で言っておいて信頼なんて……ですね。
「負けた後は仕方ない所もあるわ。私達だってそうだものね」
「シュン様やフィノリア様はあの様子ですから失敗自体自分でカバーしちゃいます」
「僕達は喧嘩まではいかなかったですけど、良く言い合いもしましたね」
そう言われると心が軽くなります。
僕だって好きでアルタを疑っているわけじゃないですもん。
ただ、フィノ姉様がいないですから……勿論シュン兄様もいてくれた方が……。
「言い合っての信頼もある。だがな、言い合うだけじゃだめだ」
「……はい。アルタ、言い過ぎました」
「いや、俺も言うようにするよ。模擬戦でも真剣勝負だからね」
一応アルタと謝り合って手打ちにします。
こういうときにシュン兄様みたいに心が読めれば……ですが、あれはあれで苦痛だと聞きます。
とりあえず、目先のことを片付けるのが先決です。
「よし! 休憩も十分だ。今度はシリウリード達がしっかり見てやるんだぞ」
この時の判断が僕の将来を決めることになりました。




