先輩達との模擬戦
「俺達は人に教えられるほど強いわけじゃないが、シュンの奴にも一応頼まれてるし、やぶさかではない。可愛い後輩の頼みを無碍にする先輩というのも器が小さいだろうしな」
「何格好つけてるのよ。あんたもしたくてうずうずしてるじゃない」
「ちょ、ばすらすなよ! あ、ごほん! ってことでな。まずは戦ってみようぜ」
アルさんとシャルさんの漫才? に僕達は笑みを浮かべます。
この二人がフィノ姉様の最初の友達で、今では大親友といっても良いほどの仲です。
シュン兄様は……ぐぬぬ、それらを越えた彼氏です。
というか、やっぱりシュン兄様は頼んでたんですね。
お節介と言いますか、感謝しないこともないです。
「アルさん、シャルさん、落ち着いてください。えー、シリウリード様達は準備できていますか?」
「しっかり準備運動するのは大切ですからね。怪我させてはシュン様達に申し訳ないですから」
「筋肉痛は放っておくのが良いですけど、肉離れは回復魔法でも治し難いですから」
クラーラさんとレンさんはどこかよそよそしいです。
フィノ姉様相手でも様付けですから仕方ないですけど、やっぱり難しいですよね。
「準備運動はばっちりっす! 今日はよろしくお願いします! クラーラ先輩はいつみてもげぽらっ!」
「見境無しの犬はどこにいる! ほほほ、駄犬がとんだ粗相を」
「い、いえ、私なんて皆さんに比べたら……」
謙遜するクラーラさんの顔は赤いです。
「フィノリア様と比べてはダメですよ。クラーラ先輩は結構人気あるんですよ?」
「ええ!? わ、私がですか!?」
「そうですよ! 儚げで護って上げたくなるってです! 先輩の支援や回復魔法は凄いですから聖女と呼ぶ人もいるほどです!」
「わ、私には……そのー……」
レイアはタイプが違うのにクラーラさんを尊敬していますからね。
勿論シャルさんのことも尊敬していると思います。
ただ、レイアとシャルさんは少し似てますから、真逆のようなお淑やかなクラーラさんが羨ましいんです。
レックスはレイアが好きで信用しているからあんな態度なんですけどね。
様子を見る限りレンさんと、ですか?
フィノ姉様とシュン兄様がピンク色のオーラを出すからです。
「飛び入りとなりますが、スティルと申します。今日はよろしくお願いする」
『よろしくお願いする』
スティル達も林間学校で顔合わせはしています。
「ああ、胸を貸してやるぞ。シュンから指導した方が自分の出来ていないところも分かると聞いたしな」
「ありがたい。先輩方を倒す勢いで頑張らせていただきます」
「おう! 俺達を倒せるのならやってみやがれ!」
アルさんはレックスに似ていますが、どこか頼もしいって感じです。
フィノ姉様が言うにはここぞ、という時に緊張してポカするらしいですが、これでは期待できません。
いえ、それで勝てて……善戦出来ても意味ないです。
勿論やるからには勝つ勢いでやります。
死ぬことはないですし。
「時間は有限です。早速始めましょう」
アルさん達、僕達、スティル達の三パーティー。
二つが戦っている間に一つが休む、というやり方を取ります。
僕達が意識するのは今朝話し合った欠点の克服です。
今は僕達とアルさん達が戦います。
場所は闘技場を借り、事故が起きても良いように対処します。
これも来年を見据えた戦力強化の為です。
生徒達のほとんどは知らないことですが、薄々上が慌ただしくしているのに気付いているのでしょう。
強くなろうとしている生徒が多くいます。
「おらァ! 『バーニング』!」
アルさんの得意技、拳に魔法を纏わせ威力と付与効果を与える魔法。
フィノ姉様が言うにはかなり威力があり、近距離攻撃という欠点がありますが消費魔力が少なくて済むそうです。
シュン兄様の纏いと同じ感じですが、武器のことをそこまで考えなくてもいいので簡単ではあります。
「させないです! 『水流壁』!」
「アルタさん! 『脚力上昇』! 『筋力上昇』!」
「ありがとう、リリさん!」
威力が高い魔法でも反対属性をぶつければ相殺されてしまいます。
それでも全てを相殺することは出来ず、僕の方へ突っ込んできたアルさんを支援を受けたアルタが横から飛び蹴りを放ち吹き飛ばしました。
が、そこに飛び込んでくる一筋の撓る軌跡。
「全体を見て動かなきゃダメよ! 『水鞭』!」
「ぐっ!」
「アルタ!? 『火球』!」
シャルさんが放った撓る水の鞭を、咄嗟にアルタは剣で防ごうとしました。
ですが、その鞭は魔法で防ぐべきだったのでしょう、剣をすり抜け吹き飛ばされます。
追撃をどうにかレイアの火の球が防ぎましたが、その時にはアルさん達は次の行動に移していました。
「余所見はいけません!」
「レックスさん、『障壁』! 『水球』!」
「サンキュー! 『炎の剣』!」
気が散ってしまうのもレックスの弱点です。
そこを補うのが僕やリリの役目でもあり、役割を全うすることが第一です。
なのですが、アルタが危機に陥ってから焦りが出始め、皆引き摺られている気がします。
ですが、その焦りを抑えるのは難しいです。
そうこうしている間にアルさん達は次の行動に打って出ていました。
「『治癒』! アルさん、レックスさんを! シリウリード様が魔法を放ちます! シャルさん、防いでください! レン君は交替してリリさんを!」
「おう! 俺と同じような感じだな!」
「アル先輩にはかないません、よ!」
ばれてました!
焦った気持ちも合わさり、無理矢理魔力を練り上げ不慣れな風魔法を放ちます。
が、攻撃が得意なシャルさんの魔法をぶつけられて相殺……いえ、シャルさん自体が鞭で攻撃してくるので僕が負けています。
クラーラさんの普段とは違うはっきりとした声に三人が自分の判断を加えて動きます。
心が通っているような、お互いの配置や動きで連携しているのだと思います。
やはりフィノ姉様の親友で仲間なだけでもありますね。
結局ほとんど手傷を与えることなく負けてしまいました。
「お前達はどこが悪いか理解できてるか?」
アルさんがドリンクを飲みながら、片手で汗を拭き取り訊ねてきました。
「シリウリード、様は――」
「様付けしなくていいです。フィノ姉様達に付けてないですからね」
「そっか。ごほん、シリウリードは俺の攻撃と移動を水の壁で防ごうとしただろ?」
護るならウォール系の魔法だと思います。
咄嗟に出やすいんです。
「使いやすいのは分かるが、あの場合『水球』の方が良いだろう」
「……アル先輩が突っ込めばすり抜けられるからですね?」
「それだけじゃないわ。水の壁は奥が見えるけど視界が隠れるのは間違いない。だから、助けに入ったアルタ君だっけ? が、隙を突かれて攻撃されるのよ」
考えて戦闘するということですか……。
甘えるつもりはないですけど、そこは実戦経験が一番です。
僕達には一番足りてないと思いますし。
「では、僕は視界が晴れる単体魔法でアルさんを止めるか、自分が避けるのが良いということですね。アルタも助けに入った後隙を作らないようにするとか」
「そういうこった」
「ですが、避けた後も立ち止まってはいけませんし、避ける時も周囲に目を配っておかなければいけません」
避けた時が一番気を抜いてしまうからですね。
「それと水の鞭を剣で受けるのはお勧めしないわ。水は透過してしまうから、防ぐなら魔法を上回る魔力で切り伏せるか、避けるなりするしかないわね」
「そうなると私が『火球』で消そうとしたのも間違いですか?」
「シュン様なら動きながらできるでしょうが、普通はウィップ系の魔法は術者を攻撃すると消えてしまいます。ですから、あそこは鞭を攻撃するのではなく、術者を攻撃した方がいいです」
「なるほどです」
規格外の人の話は置いておき、状況に応じた判断が必要ということです。
「魔法の特性を理解していないと難しいってことだな」
「レックスの『炎の剣』だったか? あれは俺のと似ているが、もっと剣と魔法を一体化させた方がいい。ただ、剣の耐久度を考えるとシュンに相談した方がいいかもな」
シュン兄様曰く、あれは纏いとは別の魔法だと言います。
纏いというのは武器と魔法を両立させたもので、シュン兄様が火魔法の纏いを使ってもレックスの様に剣から火は噴き出しません。
言葉通り剣に炎を纏い薄らと赤色になり、切れ味が上がって傷口を焼き焦します。
シュン兄様が最も使のは風や雷で、速度や切れ味を極限まで上げた金属をゼリーのように切る剣です。
「余所見もしてはいけません。一瞬の隙が命運を分ける時が多くありますからね」
「アルタが吹き飛ばされて焦ったというか……」
そこを一番反省するところです。
強い相手と戦うことが多くなればなるほどアルタの負担も大きくなり、今回みたいなことが多く起きると思います。
「お前達のパーティーの主力はアルタだろう。この場でなら俺だ。だが、俺がアルタの蹴りで吹き飛ばされても、三人は何事も無く動いていただろ?」
「信頼とかあるかもしれないけど、自分の役割を全うするのが一番大切よ。貴方達の方が一人多いというのも利用しないと」
二人の言葉が胸に響きました。
信頼……確かにしていません。
いえ、してはいますけど、アルタに関してはどうするべきなのかという不安定な気持ちがあります。
レックスとは付き合いも長いですから、なんとなくそれを察しているのかもしれません。
「その時に大切になってくるのが私のような後衛で全体を見ている立場です。リリさんが私と同じみたいですね」
「はい。クラーラ先輩の指示は的確で、すぐやられてしまいました」
「は、恥ずかしいです。焦るのは仕方ないですが、私達は視野を狭くしてはいけません」
「分かりました」
やっぱりクラーラさんは凄いです。
流石フィノ姉様もパーティーメンバーですよ。
それを教えたシュン兄様を尊敬しないこともないですけど。
ちょ、ちょっとだけです!
「他にもいろいろとあるが、こんなところだな。連携に関してはまだ組んで半年も経ってないんだからこれからだ」
「最初の頃は何度もシュンにやられてたわ。相手をしっかり見ることと仲間の動きも考える。臨機応変さも大切よ」
アルさんとシャルさんがそう締め括りました。
少し休憩して、次にスティルの所があるさん達と戦い、同じように指摘を受けています。
スティルはアルタと似ていますが、魔法もそれなりに使えたはずです。
確か水と地の二属性と風が少し使えたはずで、仲間の三人は魔法が回復も含めて使えます。
連携も顔見知りのようで僕達より良く、実力なら負けていませんが、連携による攻撃で差があまりない気もします。
その間に僕達は先ほど言われた指摘を復唱して、次の戦闘で一つでもうまくできるようにするのが第一歩です。
まずはどんな状況になっても焦らない。
次に怪我を負ったらリリが回復し、間に合わなかったら僕が守りに入るか、牽制します。
アルタ達三人は出来る限り攻撃を突破させず、レックスとアルタが連携し、レイアが補うといった感じです。
弓に関してはクラーラさんが試しで少しだけ使ったことがあるということで、今は杖を使っていますが触りの部分だけレイアが後日教わることになっています。
これがフィノ姉様がいたらまた変わるのでしょうが、仕方ないです。
シュン兄様はフィノ姉様に付いてますから、邪魔しない限りいても構いません。
べ、別にシュン兄様の指導が嫌だというわけじゃないですよ?
だ、だって、シュン兄様やり過ぎたり、とんでもないことをする人ですからね。
監視しておかないといけないんです。
スティル達が終わった後は、少し休憩してから僕達と戦います。
アルさん達に外から戦闘を分析してもらうんです。
「シリウリード達はもっと親睦するべきだな。仲間のやりたいことを察知できるのが一番だが、まずは声に出してどう動きたいのか、から始めるのが良いだろう」
「僕達も初めはそうでしたからね。後はレイアさんが弓を使いたいと言っているように、他の武器も使えた方がいいでしょう。近距離は良いですが、遠距離が魔法しかない状況だと苦労しますから」
アルさん達の分析に脱帽です。
これもシュン兄様と関わって得た産物なのでしょう。
抜けているように見えて、戦闘面や分析面では誰にも負けないと思っています。
それ以外はフィノ姉様に迷惑をかけて……放っておけないですよ、全く。
「はぁ、ふぅ……体力も付けないと、ですね」
「そうだね。同等ならまだしも、実力差のある先輩達と戦ってその辺が浮き彫りになったみたいだ」
「技術の差もだな。連携云々の前に、俺達の基礎能力も上げないといけないと思った。それにしてもクラーラ先輩達がうごぐほっ!」
「ほほほ、申し訳ありません。運動後で滾っているようで、ちゃんと躾けておきます」
「そ、そか」
アルさんがどうにか引き攣った笑みで返します。
アルさんもシャルさんに怒られたりしますけど、レックスとは違います。
「スティル様達の連携には熟練を感じる所があります」
「でも、決定打となる攻撃力がないわね。あと、連携が読みやすいっていうのも欠点かもしれないわ」
スティル達もスティル達で指摘を受けます。
「なるほど……教科書通りはいけない、ということですな」
「ま、そういうことね。攻撃に関してはあっちと同じで基礎能力を上げる所から始めた方がいいわ。三人もスティル君に頼りっきりじゃなくて三人の攻撃っていうのもいいかもね」
『なるほどです』
何も連携は行動だけではないということです。
此処だけの話ですけど、シュン兄様とフィノ姉様は合わせ技の開発をしています。
相性の問題があるようで、お互いの絆が試されるとフィノ姉様から嬉しそうに聞かされました。
ぐくくぅ~……!
ぼ、僕だってフィノ姉様と使えるようになります!
今はシュン兄様に譲るだけなんですからね!
林間学校が終わって久々に充実した日だった気がします。
フィノ姉様がいないのはすっごく残念ですけど。
今頃シュン兄様と食べて寝てるのでしょうね。
うらやま……じゃなく、過ちが起きないか心配ですよ。
それにシュン兄様、のではなく、フィノ姉様の作るご飯が食べられないのも凄く残念です。
「ま、まあ、シュン兄様の作るデザートぐらいは認めても良いですけど」
特にチーズケーキは良いです。
しっとり濃厚な味。
レモンも良いですけどね。
「シリウリード様、お時間よろしいですかな?」
ス、スキップし始める所でした……。
セーフ……ですよね?
「はい、なんですか?」
「あー、いえ、少々思ったことがあるのでお伝えしようかと思ったしだいでして、私の考え過ぎかもしれません」
伝えて僕が疑心暗鬼になるのが申し訳ないといったところですか。
今もそうなんですけど、いろいろと疑問が尽きないんです。
こうなる前に相談するべきだったんでしょうね。
「一応聞いておきます」
親身になってくれるのは有難いことですし。
「分かりました。一つはアルタ殿がシャルリーヌ先輩が放った水魔法を剣で防いだことです」
一つって、いくつかあるってことですか……。
僕の呆れのような感情に気付かず、スティルは指を立てて言います。
「どこかおかしかったですか?」
「アルタ殿なら避けるぐらいしたと思います。体勢から避けるのは難しくとも、魔力を練り剣で振り払うぐらい、と私は思いますな」
そう言われればアルタらしくない感じでしたけど、判断ミスぐらいします。
「それにその直線状にはシリウリード様がいました」
「そう、ですけど……それに気づいていたから前衛として僕を護ったんじゃないですか? 援護はあると分かっていたでしょうし」
僕よりアルタの方が身体能力は高いですし、あの時は補助魔法で多少なり防御力も上がっていたと思います。
身体強化も使っていたはずです。
「それもそうですな」
「他は何ですか?」
「こちらは訓練とは関係ないのですが、アルタ殿は何やら魔道具を使い話をしているようなのです」
魔道具で話……遠方と通信ですか。
「それだけでおかしいというのは……」
「流石にプライバシーまで侵害する気はありません。ですが、通信の魔道具といえばかなり高価です。こういっては何ですが、伯爵家が購入し渡すものか、と」
スティル自身も手が出せないといいます。
僕の場合はシュン兄様が趣味で作っている所がありますからね。
それもイヤリングという超小型の奴です。
僕も持ってますけど、イヤリングは似合わないので部屋に置いてます。
一人部屋ですから、思う存分夜中フィノ姉様と話せるんです。
シュン兄様が出た時は複雑ですけど。
「私でも手が出せる範囲の魔道具となると抱えるほどの大きさになります。距離もそこまでないでしょう」
「アルタは小さいのを使っていたということですか?」
「はい、手のひらサイズといったところですな」
シュン兄様の作品ではないです。
そもそも作った物を放置することはないですし、通信の魔道具等は悪用しやすいという理由で売りにも出しません。
「それに、私が会話を聞いたのは偶々夜遅く学園に戻ってきた外です。アルタ殿は人のいない木陰に隠れていたので怪しいと思ったのですよ」
「確かに怪しいです……」
「聞こえた会話に『作戦』、『追跡』、『監視』等といったワードと、シリウリード様の名があった気がします。呼び捨てだったところも気にかかりますが、アルタ殿は呼び捨てだったですかな?」
「え? う~ん……君付けだった気がします」
呼び捨てするのはレックスだったはずです。
そんなところにタイミングよく(良すぎる気もします)探してたというばかりにアルタがやってきました。
「あ、こんなところにいたんだね。シル君、スティル君、皆待ってるよ」
やっぱり君付けです。
「アルさん達も待たせてました。すぐに行きます」
「先輩を待たせてはいけませんな」
何はともあれ、皆と一緒にいれば今のところ安全でしょう。




