神々再び
今回はここまでにします。
僕は冒険者ギルドを出て大通りを歩いている。
決闘をしている間に大通りは朝とは違い、活気付き始めていた。冒険者が活動を始め、お店の人は客引きをしている。
「今日もおいしそうな匂いがする。帰りに寄ってみるか」
何があるのか見ながら中央広場に向けて歩いていくと、目移りして人とぶつかりそうになったりするがきれいに避けて進んでいく。
中には、舌打ちをする者や明らかに自分からぶつかってくる者もいた。
たかりや難癖をつける人がいるんだな。治安は良さそうなのにいるところにはいるもんなんだな……。
暫くすると人が少なくなり静かになり始めた。
出店はなくなり客が減っていく。大通りの終わりが近づいてきたようだ。目の前には小さめの噴水があり、その噴水を中心に円形状に広場が広がっている。大通りにあった建物は赤みがかったレンガ造りのものが多かったが、ここでは白を基調にしたきれいで清潔感を感じる建物が多いようだ。地面も石畳となり歩きやすようになっている。その中でも一番目を引くのが真っ白い壁と大きめのドアや窓付きの建物である。上の方にある黄金色の鐘は太陽の光を反射している。大きさの違いがあるが似たような建物が三つある。
あれが教会だな。一番大きい建物が世界教の教会だってターニャさんが言っていたはず。
どれが一番大きいかな……。右側のは一番小さいから違うよね。真ん中のは……白いんだけどなんだかお金がかかっていそうだな。それに左側の方が少しだけ大きいかな……?
一番大きそうな教会の前では、白色の簡素な修道服を着た女性が箒を両手に掃除をしていた。
よし、あの人に聞いてみよう。間違ってたら教えてもらえばいいしね。
近づいて修道服を着た女性に話しかける。
「すみません。ここは世界教の教会であっていますか?」
「はい、ここが世界教の教会で間違いありませんよ。祈りに来られたのですか?」
女性は笑顔で言う。
世界教の教会であっていたようだ。
「はい、祈りにやってきました。入っても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。入って右側の部屋に神の像を祀った聖堂があります。そこでお祈りしてください」
「これはありがとうございます」
場所を教えてくれたのでお礼を言って、右側にある聖堂へ行く。
聖堂の中は縦長のドーム状になっていて、長椅子が中央を通れるように綺麗な並びで置かれている。奥にある祭壇には四、五メートル程の神像が置かれ、背後には白いベールをかぶって、両手を軽く広げている美しい女性の絵が造られているステンドグラスがある。ここで祈ればいいらしい。
誰もいないようだから早く済ませてここを出よう。
僕は祭壇に近づいて長椅子にちょこんと座ると、目を瞑りメディさん達のことを思い浮かべてお祈りをする。
しばらくすると空気が変わった感覚と懐かしい気配を感じた。目を開けようか迷っていると声を掛けられた。
「シュンさん、お久しぶりです」
聞き覚えのある優しい声が聞こえてきた。
目を開けるとそこは久しぶりに見る白い空間だった。僕が死後、初めて来たところだ。
「ロトルさん、お久しぶりです」
優しい声の主はロトルさんだった。
「シュンさん、お元気そうで何よりです。いつもあなたのことを見ていましたよ」
ロトルさんは楽しそうに笑って言う。
「見ていたんですか……」
「ええ、見ていましたよ。メディもミクトも見ていました。この六年間であなたは大分変ったようですね。私はいい変化だと思います」
「それは……ありがとうございます」
ロトルさんが優しく褒めてくれる。照れ臭くなって目を上空へ逸らしてしまう。
「ロトルさんは夢で僕を呼びましたか?」
照れ臭いのを隠すために話題を変える。
「ふふふ、そうですよ。まだ聞き取り難かったかもしれませんが、シュンさんをお呼びしたのは私です」
「僕に何か用でもあるんですか?」
「はい、今回お呼びしたのはシュンさんに頼みたいことがあるからです」
「頼みたいこと、ですか」
頼み事か……。何か起きたのかな?
「シュンさんに頼みたいことは私ではなくミクトなのですが、まだここに現れることが出来ないみたいなので私が代理として伝えることとなりました」
現れることが出来ない? どういう意味だ? この前はメディさんも入れて三人いたのに……。
「それはですね。あそことここは似ているようで違うからです。簡単に言いますと、あそこは神々の神界でここはシュンさんの神界ということです」
「僕の世界……ですか。それとミクトさんが現れることが出来ないと関係あるのですか?」
「シュンさんに会うためにはシュンさんの信仰が必要です。この世界の広さは魂の大きさで決まります」
「信仰と魂の大きさですか?」
「はい、信仰の方はこの状態を維持してもらえれば大丈夫です。魂がまだ完全に治りきっていません。この大きさでも私が現れるのがやっとでした。ミクトは私よりも力が大きいため現れることが出来ませんでした」
そうだったのか……。まだ完全に魂は戻っていなかったんだな。未だに逃げようとしてしまうのがいけないのだろうか。
「魂は大分元に戻ってきました。このままいければあと、数か月もすれば元に戻るでしょうからミクトだけでなくメディにも会えますよ」
あと数か月で戻るのか。……数か月で現れるぐらいの大きさになる?
「それは一気に大きくなるんですね」
「いえ、そうではありません。私が現れることが出来たのは足し算ではなく、神の大きさ(器)が収まっているからです。例えば、シュンさんの許容量が九十だとします。そして私の力の大きさが八十五、ミクトが九十五、メディが百としましょう。この場合、九十以下の力の大きさの神はいくらでも現れることが出来ます。反対にそれ以上の数値の神は現れることが出来ません」
なるほど……。
個々の力が僕の魂の大きさより大きいものは現れることが出来ないってことだな。つまり、高さ制限の様なものか。
「その認識でいいと思います。ミクトが現れるにはあと少しです。メディはもうしばらくは掛かるでしょう」
「それでミクトさんの頼みとは何ですか?」
「はい、『俺の加護を授けた者を救ってほしい。場所はシュリアル王国の首都だ』とのことです。その人物は黒髪なのですぐにわかると思います」
「……もうちょっと詳しく教えてほしいんですけど」
黒髪だけって何……。黒髪の人は少なかったけどいないわけではないからな……。
「すみません。私もよくわからないのです。『行けば分かる』としか聞いていないものですから」
ロトルさんは申し訳なさそうに言った。
仕方がないか……行けば分かるのだろうからとりあえず行ってみるか。
「それは今すぐに行かないといけませんか?」
「いえ、今すぐではありません。少なくとも半年以内に行けば大丈夫だと思います。ミクトはそこまで急いでいなかったようですから」
「そうなんですか。ではまず情報を集めるとします。何かわかるかもしれないですから」
「ではシュンさん、頼みましたよ」
「はい、任せてください」
「それでは次に「ちょっと待って」会えるのを楽しみにしていますね」
何か声が聞こえてきたけど、ロトルさんは完全に無視しましたね。
「ちょっと、ちょっと待ってよ、ロトルぅ。この子がシュン君なんだよね、ね」
何もないところから身長百四十センチぐらいの薄い赤色の髪をしたテンションの高い少女が現れた。
なんだこのヒトは。いやにテンションが高いぞ。
「はぁー、あなたは出て来ないでと言ったはずです」
ロトルさんが一気に疲れたように言う。
「むぅー、いいじゃない。あなた達だけずるいー。私だって加護を授けたんだからいいじゃない」
ぶー、ぶーと頬をパンパンに膨らませて我儘を言っている少女。
加護を授けた? じゃあこのヒトが運命神?
「あ、そうよ。私が運命神よ。名前はフレイヒルっていうの。フレイって気軽に呼んでね」
赤髪の少女もといフレイさんは自己紹介をしてくる。
「僕はシュンといいます」
「知ってるよ。三人が見ているのを知って私も交ぜてもらったから」
満面の笑みで言ってきた。
なんだこのヒトは……テンションが高すぎる。
「フレイ、少し落ち着きなさい。シュンさんが戸惑っています」
「え? ごめんね、シュンくーん」
そう言って僕の頭をなでなでする。
今までに会ったことのないタイプのヒトだな。
「落ち着きなさいと言っているのです。フレイ?」
ロトルさんの声には怒りの感情が入っている。
「ごめん、ごめんなさい」
フレイさんは平伏して言った。
……なんて変わり身の早さなんだ。
「それで、何をしに来たのですか? こんなことをしに来ただけではないのでしょ?」
「そうそう、シュン君、ミクトの言う人物を助けると良いことが起きるでしょう。その後どうするかは君次第です。これ以上は言いません」
パッと起き上がり人差し指を立てて言ってくる。言い切ると目を閉じそっぽを向いた。
何か良いことが起きる? 何が起きるんだろう。様子を見る限り本当にこれ以上は言う気がないようだ。
「悪いことではないのなら成り行きに任せようと思います」
「それでいいよ。でも、決断は慎重に!」
そう言い残してフレイさんは消えてしまった。
「仕方ない子ですね……。シュンさん騒がしくてすみません。一応あれでも運命の神なので、あの子がシュンさんに何かが起きるというのなら起きるのでしょうから信じてあげてください」
そう言ってお願いしてくる。
「わかりました」
「そうですか。……そろそろ時間のようなのでここまでにしましょう。次に会えるのを楽しみにしています」
ロトルさんがそう言うと感覚が消え、辺りは白い空間から聖堂の中へと変わっていた。
なんだか不思議な感覚だな……。
陽の位置が変わっていない。あまり時間が経っていないようだな。
さて、ギルドに初依頼を受けに行きますか。それから首都について調べないといけないな。
僕は教会を出てすぐに大通りへと歩いていく。
さっき朝食を食べたばかりだけど軽めなものだったし、決闘もしたからお腹減ったなぁ。ここまで来る時に見た出店で何か買っていこうっと。
串焼きに汁物、野菜の炒め物おいしそうなものがたくさんあるなぁ。どれにしようか迷ってしまう。昨日は串焼きを買ったんだったな。……今日はあっさりした物にしようかなっと。
お、これなんかどうだ。
「おばちゃん、これ何?」
そこには焼いた丸いパンの間に肉と野菜を詰めて挟んだようなものだった。ハンバーガーに近いかもしれない。
「いらっしゃい。これはバーグっていうんだ。肉をミンチにして焼き、新鮮な野菜とピリッとしたソースを挟んだものさ」
「これ一つください」
「一つだね。鉄貨五枚だよ」
「……はい」
鉄貨五枚をおばちゃんに渡し、出来立てのバーグを貰う。
早速齧り付いてみると味が違うハンバーグの様なものだった。ピリッとしたソースが良いアクセントになっていておいしく食べることが出来た。
食べ終わった頃ギルドに着いた。
ギルドの中はそれなりに人がいて酒を飲んでいる者やパーティー交渉をしている者、将又講習を受けている新人もいる。昨日とは違い賑わっていた。
「依頼を受けるにはクエストボードから紙を取ってくればよかったんだよね」
ギルドに入ってすぐにEランクの依頼を見に行く。
何かいいのはないかな? ロロを出してあげたいんだけどな……。
そうなるとやっぱり外の依頼だよね。
…………お、これなんかいいんじゃないかな。
ヒルルク草を十束採取して来てください、報酬は鉄貨二枚その後五束に毎に石貨七枚渡します、ね。
ヒルルク草は回復増強液、所謂ポーションとなる原材料だ。
この草は森にも生えていたのでどのようなものかわかっているからできるな。
この依頼を剥がしターニャさんのところへ持っていく。ターニャさん以外のところも開いているけどおいで、おいでをしているから行くしかないだろう。
「シュン君、来てくれたのね」
「はい、教会の用も終わりましたから。……この依頼をします」
そう言って依頼書を渡す。
「ヒルルク草採取ね。どこに生えているかわかってる?」
「僕にはロロがいるので大丈夫です」
ヒルルク草の匂いはロロが覚えているはずだ。ロロは覚えた匂いを忘れないので助かっている。
「ろろ? ロロって何?」
小首を傾げて言った。
「あれ? 言ってませんでしたっけ。僕の召喚獣です。森で怪我をしていたところを助けたら懐かれちゃったんで契約したんです。種族はシルバーウルフなんです」
最後の種族だけは耳元に顔を近づけて言った。
「っ、そうなんだ。召喚魔法も使えたんだね。このギルドにも召喚魔法を使う人がいるから街中に呼んでも大丈夫なのよ。その代わり、召喚獣だってわかるように申請書とタグを付けてね」
一瞬息を飲み、その後は普通に話し出す。
プロ意識が高いんだな、ターニャさんは。
それにしても、召喚獣は外に出してよかったのか。
「これが申請書ね。名前と召喚獣の名前、あとは召喚獣が危害を加えたら私が責任を取りますっていうところにサインをして。あと、銀貨一枚かかるけど持ってる?」
「持ってます」
そう言って紙を差し出してくる。
これを書けばロロを街中に出しておけるのか。書くしかないな。今は窮屈な思いをさせてしまっていることだし……。
銀貨一枚と書いた申請書をターニャさんに渡す。
「召喚獣を出してみて。タグの大きさが分からないから。……安心して、シルバーウルフはこの辺では出ないから知っている人は少ないわ」
最後に僕だけが聞こえるように付け足す。
まあ、子供だからウルフと間違われるだけだろうな。
「『召喚、ロロ』」
ぼんっ
という音と共に僕の腕の中にロロが出現する。何人かがこちらを見て「召喚魔法か!」と、言っていたが出てきたのがウルフに見えたようですぐに興味を無くしたようだ。
あ~、いつ抱いてもこの毛並みは柔らかくて気持ちいい。すべすべで肌触りがすごくいいんだ。
「かわいいわね、まだ子供だったのね。……タグの大きさはこれくらいかしら。狼だから首輪で大丈夫よね」
ターニャさんからタグ付きの首輪を受け取りロロの首に付けてやる。付けた瞬間に首輪の大きさが変わりロロの首にフィットする。
おお、縮んだ。
「驚いた? その首輪は大きさに合わせて丁度いいようになる魔法をかけてあるの」
うふふ、と笑い聞いてきた。
「はい、驚きました。こんな魔法もあるんですね」
とても感慨深い魔法だ。
「で、依頼の方なんだけどヒルルク草と似たポルルク草を間違って採ってこないようにね」
「はい、わかってます」
ポルルク草は毒があり間違って食べると下痢、腹痛、嘔吐等の複数の症状に罹ってしまう。
それも使い方次第では解毒薬になるらしい。
「ならいいわ。生えているところの森には魔物が出るから気を付けて行ってね」
「はい、気を付けます」
僕は手を振りながらギルドを後にする。
街をロロと一緒に出てヒルルク草を探しに行く。早く見つけて、ロロと一時遊ぼうと思っている。
「ロロ、ヒルルク草のところに案内してくれる?」
「くんっ」
ロロは僕の言葉を聞いてすぐに走り出した。僕も急いでロロの後を追う。
三十分ほどして十束すべて集め終え、あとは納品するだけとなった。
「よし、ロロ。森の方まで行ってみよう」
森の方まで行ってロロの狩りに付き合うことにする。亜空間にも食べ物が置いてあるけど、やっぱり生で狩りをさせた方がロロのためにもいいだろう。
「グウーッ! ガーッ!」
ロロが呻り魔物に飛び掛かる。
ロロが相手にしているのはラビーというウサギのような魔物でランクはEだ。逃げるか体当たりしかしてこないので楽に倒せるため、低ランク冒険者の稼ぎの一つとなる魔物である。弱い魔物だが肉は柔らかく臭みのないいい肉でもある。
「キュっ、きゅ~」
ロロがまた仕留めたようだ。
これで七匹目だ。二匹は皮を剥いだ後にロロがそのまま食べ、残りは氷魔法で冷凍し収納袋に入れて保管してある。凍らせるのは宿に帰って分けようと思うからだ。
時間の経たない収納袋はとても使い勝手のいい魔道具なのだ。
僕には時空魔法があるのでいらない気もするが、今回のような小さい食材や依頼品等は収納袋に入れるようにしている。他の装備品等は時空魔法の亜空間に入れてある。
「く~ん、キャウン」
「ん? ロロ、もういいのか?」
「ウォン」
ロロは満足したみたいで僕の足にすり寄ってきて返事をした。
「『ウォッシュ』」
ロロの口や体に付着した血を洗浄魔法で綺麗にする。
「さて、そろそろ帰ろうかな。……ロロ? どうしたの?」
「グウゥーッ」
森の方に何かいるのか? 魔力感知の範囲を広げる。
――っ、こいつはレッドベアーか! こっちに気付いているようだな。
「ロロ、今日の夕飯は熊肉だ」
「ガウッ」
ロロが喜んだように吠える。
その声が聞こえたのかレッドベアーの近付いてくる速度が上がる。
僕は身体強化と右手に魔力を煉り上げ、ロロも身体強化と前足の爪に風魔法を纏わせて殺傷度を上げる。
高位魔物であるシルバーウルフには魔力が多くあり、魔法を覚えることが出来る。ロロの知能が高いため僕はできるだけ魔法と技術を教えてやるつもりだ。今のところ使えるのは身体強化と初歩の風魔法だけだ。
ガサガサ、バキバキッという音が耳に届き始め僕達の前にレッドベアーが姿を現す。
レッドベアーはランクCの魔物で三メートルを超える巨体だ。普通の熊と比べても一回り大きく狂暴で力が強い。巨体に似合わない速度で動くためCランク認定なのだ。ソロ冒険者の間では“ソロの試練”と言われている魔物だ。
「ガッゥ!」
姿を現すと同時に横からロロがレッドベアーの顔を目掛けて前足を振り下ろす。
「グルァ、ガアァーッ」
レッドベアーは不意打ちを受けロロを標的に定める。僕はその瞬間に走り出し、地魔法を発動させる。
「『ロックバインド』」
ロロに攻撃された痛みで立ち上がったところを土で拘束する。
レッドベアーは暴れて土の拘束を壊そうとするが魔力で強化され硬くなった土は壊れようとしない。今の硬さは鉄と同じぐらいの硬度があるだろう。
「ガウッ!」
ロロが背後からレッドベアーの首筋に噛み付く。僕は力を練り上げ再度地魔法を発動させる。
「『ロックショット』」
岩の弾丸が高速で僕の手から打ち出される。狙いはお腹だ。頭だとロロに当たるかもしれないからね。
「ガウァ、グッ」
レッドベアーのお腹に的中し、レッドベアーの体が九の字に折れ地に倒れる。ロロは当たる瞬間に避けていたようだ。レッドベアーはもう瀕死の状態だ。最後に身体強化をした拳でレッドベアーの首の骨を殴り折る。
「(ボキッ)、ガァッ!」
骨の折れる鈍い音が聞こえ、その後レッドベアーの最後の声が喉から出てくる。
「ふぅー、終わったようだな。これは換金すればいいのかな? 熊って確か薬にもなるんだっけ。……よくわからないからこのまま持って帰ってターニャさんに見てもらおう。――ロロ、帰るよ」
「きゃん」
レッドベアーを収納袋に入れガラリアに向けて帰還する。
ちなみにレッドベアーをどのようにして収納袋に入れたかというと、収納袋は口を開いて『これを入れたい』と思って触ると入ってしまうんだ。
なんて便利で摩訶不思議な袋なんだろうか……。
街の前の門番さんにギルドカードとロロのタグを見せ街の中に入り、そのままギルドへ向かう。途中、昨日の串焼きを二本購入しロロと分けて食べる。
ギルドに着き中に入って今日の報告をしに行く。
「ターニャさん終わりました。……はい、依頼品のヒルルク草の束、十束」
そう言って僕は収納袋から採取したヒルルク草を目の前に出す。
「お帰りなさい。思っていたよりも遅かったのね。……確かに十束あるわね。はい、鉄貨二枚、これで初依頼終了よ」
ターニャさんから初依頼の終了と報酬の鉄貨二枚を受け取る。
「それと倒した魔物の素材があるんですけど……どうしたらいいですか?」
ターニャさんにラビーの皮を見せながら聞く。
「ラビーを倒したのね。そうね、数を教えてくれる?」
他にもレッドベアーというCランクの魔物もあるんだがね。
「他にもあるんでちょっとここには出せないんですけど……」
最後の方は声が小さくなってしまった。
「他にもあるの? 何を倒したの?」
ターニャさんは気になるのか身を乗り出して聞いてくる。
ターニャさん近いです。
「えっと、大きな声では言えないんですけど……レッドベアーなんです」
「っ、シュン君は目立ちたくないって言ってるけどそんなことをしていたら目立っちゃうよ? こっちに来て解体場があるから」
……忘れてた。でも、襲われたら倒すしかないよね。ロロもやる気満々だったし。
僕とロロはターニャさんの後をつけて解体場へと行く。
解体場は訓練場の半分ほどの広さで金属製の大きい台がいくつも設置されていた。床は溝が張り巡らされており、そちらに向けて斜めになっているようだ。これは血を溜めないようにするためだろう。
「じゃ、この上に出しちゃって」
ターニャさんはこちらに振り向いて言う。
「わかりました。……『出ろ』」
ズンッ
落ちる音が聞こえ台の上には先ほど倒したレッドベアーの死体が横たわっている。
「シュン君、よく倒せたね。前に見たものより少し大きい感じがするよ」
レッドベアーを見たことがなかったので大きさが今一分からなかったみたいだ。やっぱり、魔物について調べないといけないな。
「毛皮はどこも破れてないし、内臓もそこまで損傷してないみたいね。この状態なら金額を上乗せするね」
「肉はこちらで使うので半分残してください。その他は全部売ります」
「わかったわ。ちょっと待ってて」
ターニャさんは奥の部屋に行き解体師さんを連れてくる。三十代ぐらいの男の人で肉屋のような白い服と白い腰エプロン? をしている。
「君がレッドベアーを狩ったんだって、すごいね」
「シュン君、安心してね。この人に任せておけば大丈夫だから」
ターニャさんは僕を安心させるように言う。
この人は誰だろう。服装からして解体する人だよね。
「シュン君っていうのかい? 僕はビスマっていうんだ。よろしくな」
ビスマと名乗った男は僕を見てにかっと笑った。
「僕はシュンです。よろしくお願いします」
「シュン君、事情は聞いたよ。今度からこういうことがあったら、僕に伝えてくれれば解体して査定してあげるからね」
おお、この人がしてくれるのか。襲われても逃げなくていいんだな。倒してもこれで安心だな。
「ありがとうございます。肉を半分残してください。残りは全部売ります」
ターニャさんに伝えたことをビルマさんにもう一度伝える。
「了解した」
短く答え、すぐに解体していく。
十分後にはほとんどが解体し終わりあとは肉を分けるだけになった。
解体するの速いな……。十分ぐらいしかかかってないや。
「はい、この肉がシュン君の分だよ。大体大人六、七人分かな」
うん、そのぐらいありそうだね。この肉は“街の旨味亭”に持って帰って料理してもらう予定なのだ。
台の上に切り分けられたレッドベアーの肉を収納袋へ入れて、残りを換金してもらうためにターニャさんとロロと一緒に受付に戻る。
「今回はレッドベアーの依頼を受けていないため討伐報酬は出ません。換金額は中金貨四枚と小金貨五枚です。素材の状態が良いので通常取引の額に上乗せしています。金額をお確かめください」
ターニャさんは貨幣を渡しながら言った。
四百五十万になるのか。報酬抜きのCランクの魔物にしては高いほうに分類されるが、レッドベアーは滋養にも薬にもなるので高値で取引されるそうだ。
普通のCランクの魔物は報酬込みで平均中金貨三枚前後になる。
「ターニャさん、この近くに魔物の本や国についての本を置いているところはありますか?」
図書館の様なものがないか聞いてみる。
「それならギルドの資料室に置いてあると思うよ。資料室は誰でも入ることが出来るから、言ってくれれば入室許可を上げるわ。……シュン君は違うところへ行っちゃうの?」
ターニャさんが寂びそうな顔をしている。違う場所へ行くと思っているのかな? 先に伝えていたほうがいいかもしれないな。
「半年以内に王都まで行くことになりました。そのために調べておこうかと思ったんです」
「そうなんだ……昨日会ったばかりだけど寂しくなるね。シュン君、行く前になったら伝えてね」
「はい、伝えに来ますよ」
ミクトさんの頼みが終わればここに帰ってきてもいいと思う。まだ一日しかいないけど住みやすくていい街だからな。
「資料室は訓練場に行く通路に入る前の横にある部屋になります」
「わかりました」
ターニャさんとの話を終え、すぐに蔵書室へ向かう。
「失礼しまーす」
と、言って入ってみるが中には誰もいなかった。
部屋の中は意外に広く、本がたくさん置いてあった。古い本から最新の本まで取り揃えてあり、調べ物をするのに最適に思える。
習得のための本や歴史書、人名帳等いろんな本があり、どれにすればいいのかよくわからない。
魔物の本と王都についての本っと……。
「……これかな」
僕が見つけたのは『魔物の全てを見透かす図鑑 これで君も魔物マスターだ』という長ったらしい分厚い図鑑だ。
早速取り出して読んでみることにする。
本の中には魔物の生態、特徴、特技等が懇切丁寧に書いてあった。これを全部覚えることが出来たら、魔物マスターに絶対なれると思わせる量があった。
ある程度読み終わったところで次に、王都についての本を探そうとして王都については本ではなく、人に聞いた方がいいかもしれないと思いつき資料室から出ることにした。
「ターニャさん、ありがとうございました」
「どういたしまして。目的の本は見つかった?」
「見つかりました。それで何ですが、ターニャさんは王都について何か知りませんか?」
「王都? そうね……王都は治安が良くて娯楽都市って呼ばれることが多いわ。闘技場やカジノが有名ね。もうじきその闘技場で闘技大会が開かれるはずよ」
「闘技大会ですか?」
「四年に一度の大会で世界中の強者が集まる大会のことなの。上位入賞者には賞金と賞品が出るはずよ」
闘技大会ね……。頼み事とは関係なさそうだな。
助ける人物は何か悪いことに陥ってるんだよね……たぶん。
「他に何かないですか? こう、よくない噂みたいなことです」
「よくない噂? ……闘技大会は第三王女様の世間への初お披露目も兼て、開かれるそうで『その日に何か起きるのでは?』って噂があるの」
「何かとは何かわかりますか?」
「詳しくは知らないけど疎ましいとか特別だとかいろんな噂を聞くけどよくわからないの」
すまなさそうに言ってくる。
「でも、なんでそんなこと聞くの?」
「王都に行って巻き込まれるのは嫌ですからね」
僕はそう言ってこの話を終わらせる。
「ではターニャさん今日はこの辺で失礼します」
「シュン君、また今度ね」
僕はギルドを出てターニャさんに聞いた話をまとめる。
近いうちに第三王女様の初お披露目を兼ねた大会があり、その日に何かが起きるかもしれないというわけか……。そして、第三王女様はよく思われていないかもしれないと。
ふむ、第三王女様が助ける人物かもしれないな。……姿が分かればよりはっきりとするんだが……誰も見たことないのでは仕方がないか。
僕は遅めの昼食をとり宿へ帰ることにした。
中ではバネッサさんが掃除をしていて、入ってきた僕に気が付いたようで挨拶をしてきた。
「シュン君、お帰り」
「バネッサさん、ただいまです。ここは召喚獣が一緒でも大丈夫ですか?」
足元にいるロロを持ち上げて聞いてみる。
「ああ、危害さえ与えなければ大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
ロロに「よかったね」と囁きながら撫でる。
「その子の食事はどうするんだい?」
「食事は持ってるんで大丈夫です」
「わかった」
今は時間があるから旦那さんに顔合わせとレッドベアーの肉を持って行こうかな。
「えっと、旦那さんはいますか?」
「ああ、厨房にいるよ。入っておいで」
バネッサさんはそう言って厨房に案内してくれる。
厨房の中には体つきのいい四十代後半ぐらいの男性が夕飯の下処理をしていた。
「あんた、噂のシュン君を連れてきたよ」
バネッサさんは僕の背中を押して前に出す。
おっと、こけるところだった。
「僕がシュンです」
「おう、俺はバンジだ。お前さんのことはラージさんから手紙で頼まれている。ここに居る間は任せてくれ」
「よろしくお願いします」
「こっちもよろしくな」
なんだか、ラージさんに似ている人だ。
「じゃ、あとは頼んだよ」
「おう」
バネッサさんは表の方へ戻る。
「バンジさん、僕のことをどんな風に聞いているんですか?」
「そうだなー、俺の知らない料理を知っているだのこの方法があったかとか料理のことがほとんどだな」
ま、そうだよな。ここは料理兼宿屋だもんな。
「でもな、料理の仕方については全く書かれていなかった」
「そうなんですか?」
「ああ、修業時代もそうだったが、見て聞いて味わって覚えろだったからな」
そうなのか……。僕はお互いにあーだ、こーだと言いながら作っていたから、よくわかんないや。
「どんな料理かは文章でなんとなくわかったんだが、味や形はな……全くわからんかった。ま、本人が来てくれたからその問題も解決だな」
教えるって言ったからいいんですけどね。この人は教えてもらう気満々だ。
「今日はもう仕込みを始めちまったから今日は教えてもらうのはなしな。すまねえな」
少しだけすまなさそうにバンジさんは言った。
「いえ、大丈夫です。今日はレッドベアーの肉をお裾分けにきたんです」
「レッドベアーの肉だぁ! それは本当か!」
バンジさんは目を見開きものすごい形相で聞いてきた。
「は、はい、本当です」
僕はそう言って収納袋からレッドベアーの肉を少しだけ取り出す。
「おお、本当にレッドベアーの肉だ。……シュン、お前さんが倒したのか?」
「はい、僕とロロで倒しました」
「そりゃースゲーな。強いとは聞いてたがここまで強いとは思わなかったぜ」
バンドさんは興奮して僕のことを褒めてくれる。
「この肉で今日来た人たちに何か作ってあげてください」
「おう、まかせろ! 肉はこの台の上に置いといてくれ。とびっきりの物を作ってやる!」
バンジさんのテンションがマックスになり、「おおおーッ」とか吠えて料理をしている。途中、バネッサさんに「うるさい!」と一喝されて静かになった。
その日の夕飯はレッドベアーの甘辛煮が追加され店の中はおおいに盛り上がった。
次の投稿は九日の午後ぐらいにします。




