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決闘

戦闘は良くなった気が……でもないかも。


2015/3/15 ここまで誤字脱字を修正しました。

      これ以降はまだ修正しきれていないのでシュンの年齢が変わっていま      す。すぐに修正するのでご了承ください。

 ここはどこだ?

 何もない。白くて広い空間だ。

 ――だけど寂しくない。包まれてもいるかのような温かさを感じる、心地いいところだ。


『……ュン、聞こえ……すか』


 何かが僕を呼んでる。

 どこかで聞いたことのある声だ。

 だけど、声が小さくてよくわからない。


『いつ……教会に……ください。会って話し……があり……』


 教会? 会って話したいこと?


(もっと大きな声で言って、小さくてよく聞こえないよ)


 あなたは誰? どこかで会ったことがある?


『それで……。会えるの……しています』



 コン、コン


 ドアをノックする音が聞こえ、僕は目を覚ます。

 誰だったんだ? 

 聞いたことのある声だった。


 窓の外を見ると陽が沈み、辺りは薄暗くなりはじめていた。宿の下からは笑い声やカチャカチャと鳴り響く食器が音色を奏でている。


 誰か来た? 何かあったかな……そういえば夕食を呼びに来てくれるって言ってたような……。


「シュンさん、起きてますか? 夕食の時間になりましたよ」

「――っ。は、はい。起きました! すぐに行きます」


 若い女性の声がした。バネッサさんの声ではない。

 従業員の人かな?

 少し硬いベッドから飛び起き、ドアに向かって急ぐ。

 ドアを開けると二十代前半であろう女性がいた。

 女性は僕に尋ねてくる。


「君がシュンさんね」

「そうです」

「私はバネラっていうの。よろしくね」


 バネラさんっていうのか、この人は。


「こちらこそよろしくお願いいします」


 そう言って軽く頭を下げる。

 姿勢を戻し、夕食を食べに行こうとすると頭を撫でられた。


「ルフルちゃんに聞いてた通りね。シュン君はかわいいわね」


 撫でるのに満足したのかバネラさんは踵を返して一階に降りていく。

 撫でられても悪い気はしないけど不意打ちはやめてほしい。

 それにしてもルフルさんと知り合いなのか。親父さんが弟子だったなら知っていてもおかしくはないかな?

 バネラさんを追いかけて一階へ行く。


 一階ではいろんな人が食べに来ていた。冒険者や街の人、外から来た人もいるだろうか。人族以外にいろんな種族がいる。

 笑い声や話し声はたまた怒鳴り声など、大騒ぎをしている。歌声なんかも聞こえる。

 そんな人たちの注文が飛び交い、店員さん達が忙しく動き回っている。


「やっと来たのかい」


 後ろから声がした。バネッサさんの声だ。


「さあ、こっちのテーブルにおいで。食事を持ってくるから座って待ってな」


 そう言ってバネッサさんは僕の手を引き、空いているテーブルに座らせると厨房の方へと消えていく。

 何が出てくるのか楽しみだな。


「はい、お待たせ。レッドベアーのステーキとマッシュポアーのシチュー、新鮮なサラダにふわふわパンだよ」


 テーブルの上に次々と置かれていく。どれもこれもおいしそうで食欲をそそる。


「いただきます」


 まずはステーキに齧り付いてみる。肉質は柔らかく肉汁がこれでもかと出てくる。特製の甘辛いソースが合っていてとてもおいしい。シチューは白いスープの中に丸い肉と人参や玉ねぎ等の野菜が溶け込み濃厚な味がする。野菜も新鮮でシャキシャキしていて触感が気持ちいい。パンを千切った断面は真っ白で、指を押すとふわふわで綿のような感触がある。ほんのりと甘い味が口の中に広がってくる。

 量が多かったがどれもおいしく平らげることができた。


「ふーっ、ご馳走様でした」


 空になった食器を前に手を合わせお礼を言う。


「お、全て食べてくれたようだね。美味しかったかい?」

「はい、とてもおいしかったです」

「それはよかった。―旦那に伝えたら『今度会いたい』っていうもんだから、時間ができたら会ってやってくれないかい?」


 バネッサさんがお願いしてくる。

 ここに来た時のことを言っているんだろうな。


「いいですよ。しばらくは冒険者のランクを上げるので時間がありませんが、時間が取れるようになったら会いに行かせてもらいます」

「わかったよ。空いた時間が取れたら、厨房に顔を出してやってくれ。頼んだよ」


 バネッサさんはそう言って次の仕事へ移った。




 部屋に戻り、ベッドの上で横になって先ほどの夢のことを思い出していた。


(あの白い空間は何処かに似ているんだよね……。…………あ、そうか。メディさん達とあった場所に似ているんだ。そうすると……あの声の感じはロトルさんだな。僕にお願いがあるような感じだった。明日ギルドに行ったらターニャさんに教会がないか聞いてみよう)


 考えがまとまり明日の行動が決定したからなのか、いつの間にか眠ってしまった。

 戦闘をしたり旅の疲れが出てしまったことも原因だろう。




 次の日、朝早く目を覚ました僕は朝食を軽く取り冒険者ギルドへ急ぐ。

 朝の街中は空気がひんやりとしていて少し肌寒いくらいだ。出店を出す人達が準備をしたり、冒険者がちらほらいるだけで、昨日の昼間とは違い静かで落ち着きがあるように見える。


 ガルドさんから貰ったミスリルの剣を背負い、師匠から貰った杖を腰に差す。服装はエリザベスさんから貰った収納袋に入っていた黒いコートと黒い手袋をしている。どちらも魔法が掛かっていてコートは魔力に反応して防御力が増し、手袋は魔法が通しやすいようになっている。下はファチナの森で出てくる魔物の皮で作った軽装の鎧とズボン、ブーツを履いている。これはガルドさん作だ。


 ギルドに恐る恐る近づいていく。

 昨日のこともあるので、あの怒鳴った人に見付かると何をされるかわかったものではない。

 このギルドには扉が設置されていないので、入口の隅からこっそり中を覗く。


(どうやらいないみたいだな)


「シュン君」


 中から僕を呼ぶ声が聞こえる。この声はターニャさんだ。

 朝早くから受付をしているのか。大変だな。


「おはようございます。ターニャさん」


 ギルドの中に入り元気よく挨拶をする。


「おはよう、シュン君。朝から元気ね」


 ターニャさんは笑顔で返してくれる。

 その笑顔は癒されます。


「今日はどうしたの? 依頼でも受けに来たの?」

「いえ、今日は聞きたいことがあったので来ました」

「聞きたいこと?」

「はい、この街に世界教の教会はありますか?」


 昨日聞こうと思っていたことだ。


「世界教の教会? この街の中央広場にあるわよ。教会の建物がいくつかあるけど、世界教の教会は大きいからすぐにわかると思うよ。でもまだこの時間だと開いてないはずよ」


 街の中央にあるのか。でも困ったな、まだ開いてないのか。……時間もあるし街を見て回るのもいいかもしれないな。

 この世界の宗教はどの神を信仰してもいいので基本的に自由になっている。僕が信仰するのは世界神教だ。他にも光の神を祀る教会等がある。


「わかりました。開くまで街の中を見て回ろうと思います。その後に依頼を受けにまた来ます」

「じゃ、待ってるね」

「……昨日の人達はどうなりましたか?」


 怖いけどやっぱり気になっちゃうんだよね。


「昨日の人達? ああ、ゴルドさん達のことね。あのあとはね、大暴れしちゃって大変だったの。数人がかりで取り押さえて何とか収まったんだけど、備品がいくつか壊れちゃっててゴルドさん達はその請求をされてたわね」


 相当怒っているみたいだぞ。どうしよう……。


「それは……相当怒ってますよね?」

「そうね、怒ってると思うわよ」

「ど、どうしたらいいですか?」

「う~ん、謝っても許してもらえないわよね。力を誇示してしまえば何もないんだけど……」


 ターニャさんがぼそぼそと何かを言っていたのが聞こえた。


「力を誇示とはどういう意味ですか?」

「聞こえちゃった? 決闘をして優劣を決めるってことよ」


 決闘というシステムがあったのか……。

 戦えば勝てると思うけど……森の魔物より弱いよね……。魔力もそんなに高くなかったしな。

 ターニャさんと解決方法を探っていると入口の方からあの声が聞こえてきた。


「てめぇ、また、ターニャさんと話してやがんな」


 この方へ顔を向けると昨日の冒険者たちがギルドに入ってくるところだった。

 やばいよ、見つかっちゃった、ど、どどど、どうしよう……。


「昨日も逃げやがって、この腰抜け野郎が!」

「お前みたいなチビが来るとこじゃねえんだ!」

「まあ、待て、お前ら。俺にいい考えがある」

「ああん、なんだ、言ってみろ」


 怒鳴り散らしながらこちらに近づいてこようとする。

 すると、その中の一人が彼らを止め何かを話し合うようだ。

 今のうちに逃げようかな、などと思ってしまうが迷惑をかけてしまったことを思い出し、逃げるのをやめる。

 話し合いが終わったみたいだ。

 ゴルドとかいう冒険者達三人は下卑た薄ら笑いを浮かべ、再度話しかけてくる。


「おい、小僧。てめえに冒険者の極意ってもんを教えてやるよ」

「魔法が使えるって言っていたな。俺が教えてやるよ」

「俺は身の程ってもんを教えてやる。クククッ」

「表へ出な」


 こいつらの顔や言動は過去のあいつらを思い出してしまう……。

 でも僕は変わったんだ。もうこんな奴らには負けない。実力も勝っている……はず。

 僕が決意を固めようとしていると僕の隣を通っていく気配がした。


「ゴルドさん、いい加減にしてください! 相手は子供なんですよ」


 ターニャさんだ。

 ターニャさんは僕のために怒ってくれている。


「ターニャさんは黙っていてくれ。こいつにお灸をすえてやるだけだからよ」


 ゴルドはそう言ってターニャさんを脇へ強く押しやった。


「きゃっ」


 強く押されたターニャさんは体勢を崩し、悲鳴を上げて倒れてしまう。


 プチン


 僕の中で何かが切れた。

 ターニャさんに怖い思いをさせたな……。

 僕はお前たちを許さない。


「いいだろう。相手になってやる」


 僕の口からは想像できないほど低く、怒りの含んだ声が出てきた。

 それを聞いたゴルド達は一斉に怒りだし鳴り散らしだした。


「はっ、何言ってんだてめえはよ! 登録したてのガキが相手になってやるだあ? 調子に乗んなよ!」

「……相手の力量が分からないほどここの冒険者は弱いのか?」


 僕は挑発を挑発で返す。

 ゴルドたちは顔を真っ赤にし、額には青筋ができている。


「いい度胸じゃねえかっ! 決闘だっ! 俺達、ドラゴン・ロアが相手になってやる!」


 ゴルドは唾をまき散らしながら吠える。仲間たちも怒り心頭のようで僕に殺意を向けてくる。

 は? ドラゴン・ロア? 龍の咆哮だと……。


「お前らなんかに龍の咆哮はやり過ぎだ。負け犬の遠吠え……アンダードッグなんかが似合ってるんじゃないか?」


 上を見ながらそう言って僕は薄ら笑いを浮かべてゴルド達を見る。

 僕がそう言った瞬間にドゴンッ! という破壊音とともに何やら崩れる音が聞こえてきた。そこにはゴルドが巨大なハンマーを片手に横の壁を破壊していた姿があった。


「てめえは殺す。絶対に」


 もうゴルドは言葉にもならない様子だ。

 このぐらい怒らせれば倒しやすいだろうな。

 何が起きてもいいように片手を背中の剣に持っていき、もう片方の手に魔力を煉り溜める。

 お互いに一触即発の状態にある。周りにひんやりとした冷たい緊張が走る。

 ゴルドが動こうとした瞬間に二階から威圧感のある声が轟く。


「待てぇっ! 何をしておるか! バカ者どもが! ギルド内での私闘・決闘は禁止であることを忘れたのか!」


 声がした二階に目を向けるとそこにはスキンヘッドの大男がいた。

 年齢は五十前後で禿た頭には切り傷や火傷の跡がある。周囲を威圧する目と気配で今にも起きそうな戦闘を止めていた。


「またお前たちか。何回やったら気が済むんだ……」


 大男は二階から降りてきて開口一番にそう言った。

 この大男は誰だ? 筋肉もすごいが魔力もそれなりに高いぞ。


「こっちの坊主は誰だ?」


 大男はこっちをちらりと見て周囲のギルド員に聞いた。


「こちらはシュン君です。昨日冒険者になったばかりのFランク冒険者です」


 答えたのはターニャさんだ。

 僕達が会話をしているうちにこちらに来たようだ。

 よかった、怪我はないようだ。


「そうか。……原因はなんだ?」


 大男はじっくり僕を見た後目を戻し、原因を問いただす。


「原因は昨日のことの延長です。シュン君がギルドに来て私と話しているところをアン……ドラゴン・ロアの方々が来て、からかい始めました。見かねた私が仲裁に入りましたがゴルドさんに押され、倒れたところでシュン君が怒りだし挑発をし始め、決闘をするということになりました」


 ターニャさんが再び答える。

 聞いてみると僕は相当怒っていたみたいだな。

 ……少し冷静になるか。

 …………ターニャさん、アンダードッグって言いかけましたね。


「……。ご苦労だった、ターニャ。あとは任せなさい」


 大男は先ほどまでとは違った口調と雰囲気でターニャさんに下がっていいと言った。


「お前ら、人が集まりだしたから訓練場まで来い。話はそれからだ」


 大男は「ついて来い」とギルドの奥の通路の方へと行く。

 僕も行こうとするとターニャさんが話しかけてくる。


「シュン君、大丈夫なの? ドラゴン・ロアの人達はパーティーランクCだよ。特にゴルドって奴はあの巨大なハンマーでレッドベアーの巨体を浮かすほどなんだよ」


 ターニャさんは心配そうだ。

 ふむ、遂に『さん』がなくなったか。……しかも奴呼ばわりになっている。

 レッドベアーは確かDランクの魔物だったな。

 レッドベアーを浮かすぐらいか……粉砕はできないみたいだな。なら、大丈夫だろう。


「心配いらないよ、ターニャさん。僕は強いですから」

「本当? 本当なの? はっきり言うけど強そうには見えないよ?」


 僕は安心させるために言ってみたが逆に不安にさせてしまったみたいだ。

 強そうに見えないのは身長がないからだい……。

 ちょっといじけてしまう。


 僕達が細い通路を通り訓練場に入る。

 訓練場は縦二十メートル、横三十メートルぐらいの大きさだ。床は土で覆われ、硬く踏みしめられている。

 この広さなら思いっきりできそうだ。


「で、決闘をするだと? シュンとかいう坊主、ルールは知っているのか?」


 大男が振り返り僕に聞いてくる。

 そんなもん知らないに決まっている。


「いえ、知りません」

「だろうな」


 ……じゃ聞くなよ。


「――まず、決闘は自己責任だ。骨が折れようと死のうがギルドも国も誰も関与しない。次に勝ったものは負けた者の所持品を貰うことができる。装備品やお金、マジックアイテムなどもそうだ。三つめは決闘方法だ。今回のような多対一の場合、一人ずつやるか複数でやるか決められる。他にパーティー同士の集団戦や一対一等がある。最後に勝敗についてだが基本参ったと言えば終わるがどうなるかわからん。相手によるからな」


 大男は僕に懇切丁寧にわかりやすく教えてくれた。

 大人数でやるか、一人ずつやるかのどちらか、か……。

 この後は教会に行かないといけないから、一気にやった方がいいだろうな。

ゴルド達を見れば、決闘に慣れているのかすぐに隅に行き準備を始めている。


「で、坊主。本当にやるのか? お前がどのくらいの力量なのか読めない。弱いのか強いのか、な」


 この人は僕の力量が分かっているようだな。

 僕は今、魔力を抑え闘志も出していない。でも、長年の勘が何かを伝えているようだな。


「僕は強いのか分かりません。師匠には一度も勝ったことがありませんから」


 僕は確かに一回も師匠に勝ったことがない。

 戦闘経験の差でどうしても負けてしまう。


「師匠がどのくらいか知らんがアンダードッグを舐めない方がいい。力だけならBランクに近いからな」


 僕にしか聞こえないように耳元でこっそり言った。

 あんたも聞いてたのかよ! アンダードッグをどれだけ気に入ったんだ! 誰かに負けたことでもあるのかな?


「おい、いつまで待たせる気だ! 今更やめるって言ってもおせえぜ!」

「早くしやがれ!」

「待ちくたびれたぞ!」


 アンダードッグの面々は僕が決闘のルールに臆したのだろうと思って、言いたいことを言ってくる。


「ちょっと待ってろ! すぐに準備をする」


 そう言って隅に準備をしに行こうとして大男に頼みをしようと思いつく。


「あの、ちょっといいですか?」

「ん? なんだ? もうやめることはできんぞ。受理しちまったからな」

「いえ、そうではありません。この決闘を誰にも見せないようにしてもらいたいんです」


 僕は大男に言う。

 今僕の技量を見せれば何が起きるかわからない。隠せるものはできるだけ隠しておかないといけない。

 師匠も言っていた。

 『できるだけ隠し通せ。目立ちすぎると身動きがとりにくくなるぞ』って。あれは経験からだと思う。


「なぜだ。なぜ隠そうとする。隠せばまた今回のようなことが起きるかもしれんぞ」


 大男は僕の願いの真意を知りたいように聞いてくる。


「目立ちたくないからです。僕は目立つため、もてはやされるために冒険者になったわけではありません。生きる為になったんです。だから、お願いしたんです。……それに、僕の魔法をおいそれと見せるわけにはいきません。師匠との約束もありますし……」


 僕がそういうと大男は目を瞑り、一言「わかった」と呟いた。


「今回の決闘は見学禁止だ。野次馬は帰れ。それと緘口令を引く。――わかったな」


 大男のセリフを聞いて集まっていた野次馬は不平の声を上げるが、最後の一言で一斉に静まり一人残らず訓練場から出て行く。

 訓練場に残ったのは僕とターニャさん、大男にアンダードッグの面々の今回の当事者だけだ。


「ありがとうございます」


 僕はお願いを聞いてくれた大男にお礼を言う。


 僕はアンダードッグとは反対の隅へと行き、準備を始める。

 背中の剣と杖、服装はいいとしているものは……特にないな。


 僕が準備を終え、中央へ行くと大男が聞いてくる。


「両方、準備はいいな?」


 僕は頷く。相手も同様に頷く。


「……それでは、始めッ!」


 開始の合図と同時にゴルドはハンマーを片手に突っ込んでくる。僕との距離は十メートルほどだ。残りの二人は魔法使いが杖を持ち、魔力を煉り上げはじめ、盗賊風のやつが短剣を両手にゴルドの後ろに入り、完全に僕から見えないように隠れる。

 僕は体全体に魔力を込め身体強化を始める。と同時に両手に魔力を煉り上げる。

 ゴルドとの距離が縮み、残り五メートルとなる。


「どうした! 怖気づいたのか! ハアァーッ!」


 ガルドが目の前に到達し、ハンマーを振り下ろしてくる。

 僕は身体強化により増した脚力で思いっきり地を蹴り、そこから姿を消す。


 ズガアァァァーン!


 ハンマーを振り下ろした音が訓練場内に響き渡る。

 僕はゴルドの横に移動し、後ろにいた盗賊風の男に向け煉り上げた魔力を魔法に変え発動させる。


「『エアリアルバースト』ッ!」


 魔法が発動し盗賊風の男に大気の弾丸が横から当たり爆発する。そのまま男は壁まで猛烈な勢いで吹っ飛び体を強かに打ち付け、退場となる。余波でゴルドは前方に吹っ飛び顔からダイブする。ゴルドが吹っ飛ぶのを見るとすぐに魔法使いの方へ視線を向ける。

 魔法使いの男は詠唱を開始し始めていた。


「『我、求めるは紅蓮の炎、赤く燃え盛る炎の槍となりて、敵を貫き燃やせ! ファイアースピア』!」


 魔法使いの男の頭上から三メートルほどの巨大な炎の槍が出現する。そのまま男は両手を僕の方へと振り下ろす。僕はもう片方の手に煉り上げていた魔力を相反する魔法へと変え発動させる。


「これでどうだ!」

「『ウォータースピア』!」


 手を上に挙げ、炎の槍と同じサイズの水の槍を作り出す。そのまま向かってくる炎の槍に手を振り下ろして、水の槍をぶつけてやる。火と水では水の方が勝つに決まっている。魔力の煉りも全く違う。僕の魔法が打ち負けるはずがない。槍はぶつかりジュッっという音と共に水の槍が炎の槍を貫通しそのまま男に向かっていく。男は一瞬顔を驚愕に染める。そのまま水の槍が当たりずぶ濡れになる。

 ガルドが起き上がり、潰れた鼻から血を出しながらハンマーを振りかぶって駆けてくる。右手で剣を背中から抜き放ち、魔力を通していく。


(ガンドさんが言っていた通りだ。魔力が馴染むように通っていく)


 そのまま剣を斜め下に移動させガルドに向けて走り出す。

 ガルドは剣を抜き近づいてくるとは思っていなかったのか呆気にとられるが、すぐに口角を上げ笑みを作る。ガルドがハンマーを最初と同じように振りを下してくるのを半歩横に移動し、ガルドの懐へ飛び込む。体捌き(右足を軸に左回転する)を使い剣を思いっきり下からハンマーの柄に向けて斬り上げる。斬り上げると同時に剣に溜めた魔力を纏わせ切れ味を数段階上げる。


 キッ スンッ


 金属同士が一瞬ぶつかる音が聞こえ、その後剣が擦れる音がした。少ししてドンッという音がしてハンマーの先が地面に落ちる。

 ガルドの下がった頭の後頭部に向けて死なない程度に、上から剣の柄を叩き落とす。


 ドガンッ


 という音とがして地面に小さいクレーターを作る。濡れただけの魔法使いを見れば、また詠唱を始めているので瞬時に魔力を煉り上げ雷魔法を放つ。


「『我、求めるは蒼空なる水、蒼き飛沫となりて、敵を穿て! ウォーター『サンダーショット』』ッぐあ」


 僕の手から放たれた電気の筋が、一瞬にして男に届き感電させる。

 最後の魔法は『ウォータースプラッシュ』。水の細かい弾丸が飛んでくる魔法だ。当たれば痛いだろう。



「ふぅーっ、終わったな」


 僕は地面に倒れているアンダードッグの面々を見やり、一息つく。

 静かだな。……やっぱり怖がられてるのかな。


「勝負あったようだな」


 大男が満足そうに近づいてくる。


「シュン君、無事? 怪我はない?」


 ターニャさんが駆け寄ってきて怪我をしていないか確認をする。

 なんだか、師匠を見ているような気がする……。


「怪我もないようだな。……それにしてもアンダードッグを相手に瞬殺とはな。恐れ入った」


 そう言って僕の頭を強く撫でまわす。

 痛いっ、痛いよ!


「……僕のことが怖くないんですか?」


 僕は気になったことを聞いてみる。

 二人は呆気にとられるが大男は豪快に笑い、ターニャさんは笑顔になる。


「そんなわけないだろう。強いことに怖がることはない。ギルドマスターとしては大歓迎だ。それにSSランクの者達はもっと強いぞ」

「そうね、怖がるなんてことはないわ。安心して」


 二人は何を言っているんだというような感じで言ってくる。

 って、あんたギルドマスターだったんかいっ!


「あなたはギルドマスターだったんですか」

「言ってなかったか。俺の名前はロンジスタ・ベルホーヌ。ここ、冒険者ガラリア支部のギルドマスターだ」

「昔はSランクの冒険者でもあられたんですよ」


 Sランク……か。今も強そうに感じるな……。


「これから、よろしくお願いします」

「おう、よろしくな」

「よろしくお願いしますね」


 決闘は和やかな会話で終わる。




「それにしても、複数魔法に身体強化・能力、剣の技量もある。Fランクにしておくのは惜しい逸材だな。……C、Bランク辺りになる気はないか?」


 ロンジスタさんがランクを上げないか聞いてくる。

 う~ん、どうしよう。一気に上げると目立っちゃうよね……。せめてEランクがいいよね。僕のことを知っている人は少ないわけだし……。


「ありません。Eランクでいいです。外の魔物を狩りに行けるのならそれでいいです」


 ロンジスタさんは見るからに落胆してしまった。

 そんなに上げてほしいのかな?


「……仕方ないか。今日の決闘により、シュンのランクをEランクとする。おめでとう」

「シュン君、おめでとうございます」


 ロンジスタさんとターニャさんが祝ってくれる。


「ありがとうございます。ロンジスタさん、ターニャさん」


 これで僕も今日からEランクか……。とりあえずギルドに慣れるまでいろんな依頼をこなそう。


「本当は実力のあるものが低ランクにいるのは世間体に関わるのだが……仕方あるまい。見た者もいないわけだしな。早く上げてくれよ、シュン」


 未練がましくロンジスタさんが言う。


「シュン君ならすぐに上がりますよ」


 ターニャさんが笑顔で言う。

 すぐすぐ上がるかな? 同ランクが十個でしょ、それに試験もあるんだよね。すぐには上がれないんじゃないかな?


「それにしてもシュン、これほどまでに技量があるのに師匠には勝てないのか? 師匠はどんな人物なんだ? 俺でもシュンに勝てるか怪しいものだぞ」


 ロンジスタさんが師匠のことが気になったのか師匠について聞いてくる。

 師匠か……食事が作れなくて、心配性で、いろんな人と知り合いなんだよね。


「そうですね。私も気になります。シュン君はまだ十一歳なんだよね。まだ幼いのにこんなに強いなんて……」


 ターニャさんは師匠のことと僕の強さを知りたいみたいだ。

 強さは師匠もだけどメディさん達もだからいうわけにはいかないな。


「師匠のことですか? そうですねー、強くて、心配性で、物知りなんです。すごい人たちと知り合いなんですよ。鍛冶師や魔道具製作師、料理人とかですね。女性なんですけどとても凛々しい人です。……あと何かあったような気がするんですけど……あ、そうだ、雷光の魔法使いって二つ名がありました」


 そうだった、そうだった。雷光って言われてたんだった。師匠の魔法はすごくてきれいだったな。


「シュン! それは本当のことか!」

「本当なの? シュン君。嘘はついてないよね?」


 ロンジスタさんが僕の両肩を鷲掴みし前後に大きく揺らす。ターニャさんも僕に詰め寄る。

 うん? 僕、何か言った? 嘘なんてついてないよ。


「わかってないのか。師匠が雷光の魔法使いだって言うことは本当なのか?」

「はい、そうですよ。村の皆もそう言ってましたし……」


 揺さぶられているので声がつっかえながら出る。

 気持ち悪くなってきた。もう揺さぶらないで。


「あ、わりい。大丈夫か、シュン」


 気が付いたロンジスタさんがばつの悪そうに聞いてくる。


「少し気持ち悪いですけど大丈夫です。…師匠のことがどうかしたんですか?」

「お前は知らんのか。雷光の魔法使いといえばこの国唯一のSSランク冒険者ではないか。他にも救国の英雄、電雷の悪魔とか言われているんだぞ」


 え? えええぇぇぇぇぇぇぇーっ!

 師匠がSSランクの冒険者だってー! そんな話聞いてないよ……。

 確かにっ、強かったし、何でも知っていたし。でも、でもSSランクなんて思わないじゃん、普通。それにあなたは過去に何をしたんですかーッ!


「雷光の魔法使いはわかりますが、英雄やら悪魔とは何をしたんですか?」

「救国の英雄が付いたのは百年前の国土侵略を防いだ時だな。電雷の悪魔は敵には容赦しないから付いたものだ」

「天からは雷が降り注ぎ、地には光速(目にも止まらない)で斬り抜き走り去る。敵対した者はいつの間にか死んでいる。――ですからね」



 何でも百年前のジュリダス帝国皇帝が世界制覇の野望にかられ、国土侵略をしてきたそうだ。当時のシュリアル王国は国力が低く、あっという間に侵略されるだろうと周囲の国々から言われていた。騎士団と冒険者、国民から募った市民兵の混合軍を編成して抵抗していたようだが、予想と同じく徐々に侵攻されていった。事態が急変したのは戦場の士気が落ち、人々が絶望の色を濃くしていたその時だった。


 エルフの少女が戦場のど真ん中に雷と共に現れたそうだ。


 天から降り注ぐ雷の雨で遠距離の敵を焼き焦がし、彼女は一振りの剣を持ち、目にも留まらぬ速さで斬り抜けていく。そのおかげで敵は混乱の渦に巻き込まれ瓦解していった。

 その後、士気も回復し盛り返すことに成功して侵略を阻止できたそうだ。その時に救国の英雄が付いたそうだ。人々は讃えようと探し出したが見つからなかった。


 戦後、彼女は冒険者登録をしてすぐに頭角を見せ始めSランクとなった。すぐに彼女のことが救国の英雄だと王国が知ることとなり、彼女の周囲は騒がしくなってしまう。自由を愛し静かに暮らしたかった彼女は姿を消してしまったそうだ。噂を聞いては兵を出していたそうだが、皆が返り討ちに合いどうにもならなかったそうだ。その後、ギルドは彼女のことをSSランクに認定した。



「師匠はすごい人だったんですね」


 そんな経歴があったから目立つと身動きが取れないって言っていたのか。

僕の魔法を見たり、行動を見てよく言っていたな。


「彼女の弟子ならその強さに納得だ。……それで今、彼女はどこにいるんだ?」

「師匠はファチナ森林の中に住んでいます」

「ファチナ森林に住んでいるのか……。シュンもあの森から来たのか? あの森は推定ランクB以上がゴロゴロいているところだぞ」


 あの森、そんなにランク高かったの?


「師匠は平均Cランクだと言ってましたけど……」

「それは昔の話だ。冒険者が寄り付かなくなり、魔物が狂暴化し始めたのだ」

「たとえCランクでも危険な森ですよ」


 師匠は何年間あの森に棲んでいるんだろうか。

 それにしても、魔物のランクの強さが今一分からない。試験の時に遭遇したウォーコングも詳しいことを聞いてなかったな。後で調べてみようかな……。




「これで今回の争いごとは終わりだな。シュン、この後どうするんだ。依頼でも受けるのか?」

「いえ、この後は教会に行ってきます。少し用があるので……。その後に依頼を受けに戻って来ると思います」

「お、そうか」


 ロンジスタさんはあまり興味がないようだ。

 外を見れば陽が昇っているようだ。教会はさすがに開いているだろう。

 教会に行こうと訓練場を出ようとして地面に倒れているアンダードッグを思い出した。


「この人達はどうなるんですか?」

「こいつらのことは任せろ。後始末は俺達の仕事だ」


 では、お任せしよう。

 教会は中央広場にあるんだったな。


「では、お先に失礼します」

「おう、また今度な」

「お待ちしています」


 僕は軽く礼を言って冒険者ギルドを後にする。


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