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3 冥界で己の咎を悔いろ。

 クラウディオの左人差し指から、勢いよく呪文が放たれた。

 眩く輝く、黄色い閃光が、弾道のように猛スピードで大地をひた走る。

 光はまっすぐ男の右肩へズドンと届き、そのまま左腰まで貫いた。

「さぁ、こちらに来るがいい! ハハーン!」

 マント男はあらがう間もなく大地に倒れ、クラウディオの元へ勢いよく、着物ごと引きずられていった。

(こんな遠距離を……あの呪文で!)

 ショーンは驚き、自分の真鍮眼鏡くらい丸くあんぐりと口を広げた。



 磁力牽引呪文 《マグネス》。

 この呪文は、己の人差し指を、羊飼いマグネスの杖の先端に見立てる呪文だ。

 指から黄色い光を飛ばし、光が吸着した相手を磁化させて、自分の元へ引っぱり寄せる効果をもつ。

 昔ショーンが授業で習った時は、ものさし程度の至近距離から、ボタンを磁石に変化させて引っぱった。こんな遠距離で人ひとり引っぱれるような代物では決してなかった。もし同じ条件を再現したら、あっという間にマナが枯渇するだろう。

 ──だがこの状況。

 仮面の男が磁場発生呪文 《ノーザンクロス》で、強大な磁場を作り出した。これが発生している今だからこそ、クラウディオは、この距離と重量の牽引呪文を、大量のマナを消費することなく成功させたのだった。


「ハァーッ、ハッハッハ! 相手の力をも利用する!——どうかね貴君? 自ら生み出した磁力に苦しむがいい!」

 男は地面をズルズル引きずられ、マントとズボンをさらにズタボロにしながら、着々とこちらへ近づいていた。

 クラウディオは腰に手をあて豪快に笑いながら、奴を待ち構えている。

 普通は真っ先に外れそうな木の葉の仮面と三角帽子は、強力に貼り付いているのか、いまだ敵の顔をしっかりと覆い隠していた。



「グゥ……く……ョーンさんっ、ブジっすか……?」

 仮面の男に意識を集中させていたショーンは、ペーター刑事のもがく声を捉えてハッとなった。地面に突き刺さるギャリバーの向こう側から、荒い息が聞こえる。

「ペーター!……ちょっと待っててくれ!」

 周囲の警官たちは、全身に仕込んだ鉄製品のせいで、未だに地面に貼りつき動けない。磁場の影響も大きいためか、苦しむ声があちこちから響いている。軽装の自分がなんとかしなくちゃ。

 ショーンは、どうにかしてメットやベルトを脱げないかと体をまさぐり……カサッ、と小さな感触が布の奥で引っ掛かった。

(ペーターから貰った葉っぱ…………!)

 これで何か変わるだろうか。

 急いで口元へ持っていき、ガリっと囓った。


 ズドッ、と一気に血脈が巡る。全身の血管が一気に膨張し、指先まで真っ赤に腫れ上がった。強靭なパワーが爪の先までガツンと行き渡り、そのままメットの鉄金具を引きちぎった。

「っおりゃあ——ッ!!」

 ヘルメットを吹っ飛ばし、上半身が自由になった。勢いのまま腰の布ベルトも引きちぎり、ナイフを地面に置き土産して立ちあがる。ドクドクドクドク。血流が普段より何倍も速く体内を循環している。磁場の影響も感じない。嵐の海に揺られていたような脳内が、完全に凪いだようにクリアになった。 


「あーっハハハッハハ、今ならなんでもできるぞお〜っ!!!!」


 ショーンは、両手を振りあげて高笑いした。眼球が凄い勢いでグリグリと廻っている。今まで白紙だった、脳内の【星の魔術大綱】に文字と数字が次々と舞い戻ってきた。脳内でぺらぺらページをめくり……これだ。この呪文にしよう。体勢を立て直し、マナを体の必要な箇所へ行き渡らせた。右手が青白く光る。紅葉と警官に使われた失神呪文だ。



「────辞めたまえ! 辞めるんだショーン!!」

 クラウディオが珍しく、まともな口調で叫んでいる。

 仮面の男が、体を引きずられながらも身を起こした。

「……ダメっすぅ!」

 心配そうなペーターの声は、ショーンの耳には届かなかった。

 自分が “良きこと” をしていると完全に思い込んだまま、ズバンと失神呪文を男に飛ばした。


【いずれ安定へ向かうっ! 《ラディクル》】


 青白い光が、ショーンの腕から放たれて荒野を走った。

 マント男とは、現在200メートルほど離れている。

 この距離と角度ならバッチリ当たる。

 ショーンは勝利を確信した。

「やったー‼︎」


 ──だが、呪文が放たれることを事前に察した男は、左手の人差し指、中指、薬指をグッと広げて、指で三角の形をすでに作っていた。



【冥界で己の咎を悔いろ。 《ゴルゴーンの娘》】



 黒くまばゆい光が3本指から溢れ、空中に、大きな黒い三角形が現れた。


挿絵(By みてみん)


「…あれは……っ」

 クラウディオが珍しく狼狽した声を漏らした。

「ん?」

 ショーンの眼球はなおもグルグル廻っている。

 彼が飛ばした青白い光は、黒い三角形の真ん中にぶち当たり、そのままの大きさと角度で——しかし速さだけは加速し、跳ね返った。


「──えっ」

 失神呪文の青白い光は、大地を猛スピードで元に戻り、唖然としているショーンの胸にドンッ、と勢いよく突き刺さった。

「……ぉン……さんっ!」

 友情が芽生えたばかりの警官の嘆きが、コンベイの大地にかき消されて散っていく。

(……あんな、黒い、さんかく呪文……【星の魔術大綱】にあったっけ…………)

 ショーンは胸に閃光が当たり、失神するまで0.13秒の間に浮かんだ疑問を、解けないまま気を失った。

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