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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第13章【Wall lock】ウォール・ロック
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6 北と南が一度離れれば二度と出会うことはない。

「っ……!」

 ルクウィドの森から出てきたと思わしき、怪しい人影。

 この距離じゃ、小さなマッチほどの大きさしかない。

 ショーンは脳味噌と眼球の揺れに耐えながら、真鍮眼鏡を望遠レンズに変えた。

 

 ——ハッキリ見えた、あいつだ!

 端をちぎり尽くしたマントに、裾が刻まれたぼろぼろのズボン。

 修行僧のような黒い装束を、全身に纏っている。

 顔は緑——いや木の葉だ。

 何種類もの葉っぱを、何十枚も重ねてできた木の葉の面だ。

 性別は分からないが背は高め。肩幅と体つきから男に見えた。

 三角のフードが妙に高い。有角か。それとも、大きな耳か。


「…………はぁっ、はあ……っ」

 冷や汗が止まらない。額の汗が眼鏡にかかった。

 ショーンがあらかじめ想定していた人物像とは全然違った。アルバの組織なら、魔術師らしいローブ姿とか、もしくは警官みたいに締まったスーツを着てると思っていた。こんな……森の妖怪のような魔物のような、モジャモジャした……これが先生の仲間?



 奴がこちらにゆったり歩き、右手をあげた。ショーンは恐怖で動けなかった。ただ眼鏡の先から細部を観察することしかできない。

 彼の手は——長い、スラリとした指だった。黒の指なし手袋を着けている。指先は、植物の汁でも染み込ませたように茶色く変色していた。

 不気味な木の葉のお面の下から、わずかに見える顎が動く。ショーンの耳では、呪文の文言など聞きとれやしないが、眼鏡に映る呪文動作と光の色で、何を唱えたか予想がついた。



【北と南が一度離れれば二度と出会うことはない。 《サザンクロス》】



 強力な磁石と磁石が、バツン! と反発するように、黒の囚人護送車だけが、地上からパーンと宙に放たれた。

「——あぁあ、ああああああっ……!」

 やはり反対呪文だった。

 車体が、ルクウィドの森より高く上がった。あの中には警官ひとりと、ユビキタスが乗っている。このまま奴が呪文を解けば、恐ろしい勢いで落下する。

「だめ、だめだめダメダメ……」

 ————やめて、死んじゃう。

 ショーンの瞳から涙が流れた。

 学校で、校長が、ジーンマイセを語る様子が、ぱたぱたと映画の銀幕のように点滅した。


挿絵(By みてみん)


 ゆらゆらと重い護送車が、磁気の力だけで重力に抗っている。

 仮面の男がまたひとつ呪文を唱えた。

 淡い月光色が、黒いマントの裏で光り輝く。

 不安定に宙を漂っていた黒い車体は、その光に引き寄せられるかのように、スーッと降下していった。

「ハッ、はあッ…………」

 ショーンは唇の端から泡を吹いた。

 囚人護送車が、静かに、仮面の男の元へ不時着していく。


 ……ユビキタスは、助かったのか…………?


 護送隊の周囲には、なおも強烈な磁場が発生しており、ショーンは視線を動かすだけで精一杯だったが、仮面男の周りには磁力の影響はないようだ。

 車が地面に着いた瞬間、護送車内にいた警官が、運転席から飛び出した!

 警官はそのまま、謎の男に向かって走り出し——だが、もちろん即座に、男の右腕から呪文が放たれ——気を失い、その場へ倒れてしまった。

「あう……うぐッ! くそっ……」

 ショーンは悔しさで唾液をコポコポ垂らしながら、パクパクと地面に打ち上げられた魚のように口を動かした。まだ立てない。動けない。せめてヘルメットだけでも外さなければ。



 一方、仮面の男は、警官の体をまさぐり、車の鍵を探していた。

 ほどなく懐から見つけ出し、囚人護送車の後部扉を開けた。

 そこには白と黒の拘束服を身につけたユビキタス——目も口も耳も、五感のほとんどが縛られ、大きな二本の犀の角だけが、布の端から見えていた——が、ベルトと鎖で厳重に固定されて座っていた。

 特に手足と首を繋いだ鉄の鎖は、車内のあちこちから金具で留められ、一箇所に何本もぶら下がっている。

 これには仮面の男も、怯んで肩を固まらせた。

 その刹那。


「————うがあぁアアアアあああッッ!」


 紅葉が、部隊の最後方から、大斧を地面に引きずり、吠えながら謎の男の方へ駆けていった。

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