5 北と南が一度出会えば二度と離れることはない。
いつしか、一同はジーンマイセの丘を降りていた。
コンベイとグラニテの間に立つ、標識の傍を通りすぎる。
グラニテの標識がオリーブグリーン、コンベイの標識はクリームイエロー色だ。
ここからいよいよラヴァ州の中央地帯・コンベイ地区に入っていく。
ショーンが唇を真一文に閉じ、レモン水でモグモグと口をゆすぐ間、ペーターは右耳をひくひくと動かし、警護官の件でブツブツ考え事をしていた。
突然、《ビッビーッ》と、オールディスから無線が入り、クレイト市警が予定通り、こちらへ向かっていると伝えてきた。
このまま順調にいけば、コンベイ町の手前で、両者が落ち合える。
「……まあ、警護官については引き渡し後、サウザスへ戻ってブーリン警部に相談するっす」
「このままUターンして帰るのか?」
「ええ。ジブンたちはこのギャリバーで帰りますけど、ショーンさんはコンベイから鉄道で帰るっすか?」
「えっ……そうだな、列車で帰りたいけど、あ、そういや紅葉……っ」
紅葉は真後ろから追いかけていた。まっすぐな瞳で、小さな黄色いギャリバーに乗って。眉ひとつ動かさず、ピンと背筋を伸ばし、黒髪をなびかせて追っている。
「問題ないっス。列車にギャリバーも載せられますよ。コンベイで護衛もつけるっす。ちゃんと、おふたりで帰れますよ」
「……うん」
ラヴァ州では珍しく黄土色をしたコンベイの大地は、伝統的に風が強く吹いている。強風のせいで、そこかしこの岩土に流紋が刻まれているほどだ。おかげで吹きっさらしのギャリバー内にも、ビュービューと風や砂埃が吹き込んでくる。
「…………ウ、ゲッホごほ!」
紅葉を見るため後ろを向いたショーンも、砂粒が思いきり口に入ってしまった。
慌ててペーター刑事に脇に寄せてもらい、レモン水で漱いで吐いた。
「ゲホっ……はー」
水筒を鞄にしまい、改めて唇を拭った。
鬱蒼としたルクウィドの森が、手に届きそうなほど街道と近い。
曲がりうねった木の枝々が、上空に見えている。
あと1時間も走れば、コンベイの街へ着く。
その時だった。
【北と南が一度出会えば二度と離れることはない。 《ノーザンクロス》】
ショーンは聞き取れなかったが、ペーターの大きな鋭い耳は、正確にその呪文を捉えていた。ペーターは聞きとった瞬間、受け身を取った——が、遅かった。
囚人護送車隊の周りに、強烈な磁場が発生した。
「──ぐわあああああああッ!」
鉄という鉄が地面に張り付き、一個隊は速度のついたギャリバーから身を投げ出され、黄土色の地に勢いよく転がった。
「あァぐっ……!」
「痛えっ!」
トランシーバーをはじめとして、全身に防護用の鉄製品をつけた警官はもちろんのこと、ショーンも、羊角用のメットとリュカに貰ったナイフが、ぴったりと地面に張りついていた。
「く……っそ」
腰のベルトに下げた装飾ナイフが、釘で固定化されたように動かない。大事なお守りなのに。
(せめて、メットだけでも……!)
一方、ヘルメットは大部分が革で出来ていて、鉄具はちっちゃい鋲や金具のみ。
「はっ、はあっ……」
肩を上げれば少しは抵抗できそうだった。必死で指を首へと伸ばし、ベルトを引きちぎろうとしたが……頭をグッと動かすだけで、脳みその中身が津波のようにグルリとうねった。
「うアアあッ!」
頭を動かすとユラユラ地面が揺れた。地震、違う。平衡感覚を失っている。
「ハぁああっ……!」
「──ァガッ、ゴフ!」
他のみんなも、声にならない声を叫んでいた。
生きていて到底体験することのない強力な磁場が、護送隊を襲っている。
鉄を最低限しか身に付けてないショーンでさえ、こんなに苦しい。
防具や武器で全身覆われた警官たちの苦しみは想像がつかない。
こんな強力な呪文、人間相手に打っていい代物じゃない!
クラウディオは平気だろうか。紅葉は——紅葉は無事なのか?
地面に転がったショーンの目の前に、囚人護送車の様子が見えた。
まずい。
鎖を何重にも巻きつけているユビキタスの命が危ない。
——これは本当に彼の味方の仕業か⁉︎
地面を這う芋虫のようにもがき苦しんでいると、西の遠くに人影を見つけた。




