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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第13章【Wall lock】ウォール・ロック
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1 朝露と野菜売り

【Wall lock】ウォール・ロック


[意味]

・ルドモンドの警察組織において、要人の身辺警護を専門とする警護官のこと。


[補足]

要人の傍らに立ち、警護する様子を「Wall clock(柱時計)」に見立て、そこへ「lock(鍵)」とかけたルドモンド警察の用語である。公的な要人警護は様々な名称があり、例えば米国では「Secret Service」、日本では「Security Police」と呼ばれている。軍や警察など各国によって担当する行政機関は異なるが、ルドモンドでは警察組織が担当している。





 3月10日風曜日、朝7時半。

 冷たい朝露が、ネムノキの葉からぽたりとこぼれ落ちた。

「ハァイ、ダーリン。いつものよ〜」

 レストラン『ボティッチェリ』の玄関口に、野菜卸のソーシャが瑞々しい青果の詰まったカゴを下ろした。

「見てみて〜。人参、玉ねぎ、赤カブ、パースニップ、ふふ、セロリもあるよー」

「ご苦労だソーシャ。うむ、今日も色艶がいい」

「でしょう、ふふ」

 オーナーのジャンが収穫物をざっと確認し、ソーシャは、パチンとウインクを送った。ジャンは彼女のウインクに一瞥もくれず、領収書の束を受けとり、算盤をパチパチ弾きはじめた。普段、真っ先に食材をチェックしに来るシェフのピエトロは、なぜかキッチンの奥でゴソゴソしている。


「……ねえ、ぶっちゃけ昨日の晩どうだったの。無事だった? 州警察が来てるって、みんな心配だったんだからァ」

 ソーシャは気分良くカウンターに頬杖をつき、算盤を弾くジャンの横顔を下から見上げた。

「問題ない。そもそもウチは何もしてないからな」

「そおなのォ? じゃあなんで警察がレストランに来たのよ〜。ガサ入れってヤツじゃないの」

「知らん。2階から地下室まで全て調べられた……何も出てこなかったようだが。フン、最後は逃げるように出ていったよ、何だったのかね」

 弾き出された数字を、金軸のペンで伝票紙にシュッと書き留め、ジャンが軽く鼻で笑った。ソーシャは胸いっぱい大げさに感嘆してみせ、長いまつ毛をパチパチさせる。


「ンマァ〜お気の毒。じゃあ今朝は寝不足でしょ?」

「それが兄弟まとめて地下のワイン蔵で待機させられてね、おかげですぐに熟睡してやったさ」

「あら、うふふっ——どうりで首にお酒の香りが残ってる」

 鼻をヒクヒクさせたソーシャが、カウンターへと身を乗り上げ、ジャンの耳元で囁くように声を潜めた。

「ねぇ……ご近所のウワサじゃね…」

「何の話だ」

「ふふっ……ここの甲冑サンが、町長の尻尾を切ったんじゃないか……って」

「——ッ、そんなはずない‼︎」

 バン! 

 とジャンが両手で強くカウンターを叩き、ソーシャは腰を抜かして転げ落ちた。


「あれは警察が当日に調べているんだ! 何の血痕も指紋もなかった、関係あるはずがない!」

「ワッ、ごめん、ごめんよッ……あたしはただ、冗談で…!」

「それをいつまでもゴソゴソガサゴソと! 勝手に斧を持っていくわ、何がアルバの調査だ! 警官しか来なかったぞ!」

「わわ、わかってる。ご近所の勝手なウワサだってば……!」

「犯人はユビキタスだ! 朝早くに護送されていったじゃないか! うちはまったく問題ない!」

「————ジャン、問題だ!」



 ピエトロが奥から出てきた。

 顔を真っ赤にし肩をいきらせたジャンと対照的に、ピエトロは顔面蒼白で、肩をカタカタ震わせている。

「どうした、兄さん。そんな顔をして」

「包丁が1本消えている…………み、店でいちばん、大きいのだ」

 店でいちばん、大きな包丁。

 骨まで絶てる、肉切り包丁。

 町長の事件が起きてから今日で3日目。

 レストラン『ボティッチェリ』の朝は、最悪な形で始まった。

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