4 サン=ラシアン
「よし、ここがラヴァ州役人の宿舎だよ」
白銀三路の混雑を抜けだした後は、餌に駆けよる小動物よりも速かった。軽快にギャリバーを滑らせ、三日月街の南西、満月湖のほとりにある目的地の建物までたどりついた。
「立派な作りだろ、一般人は入れないんだぞ」
ショーンは胸をはり、自らの特権と恩恵を誇示してみせた。
「凄いねー、予約とか連絡とかは入れてあるの?」
「いや、ぜんぜん!」
ショーンはふんぞり返り、自信たっぷりに答えてみせた。
ラヴァ州議会役員専用クレイト市宿舎、その名も『サン=ラシアン』。
州議会堂から10分ほど離れた場所にある。濃いブルーを基調とし、窓枠や隅石は白で縁どられた、瀟洒で豪華な建物だ。五階からなり、宿舎の部屋からは満月湖を臨めるようになっている。
一見ホテルのような佇まいだが、州の役人——いや “上級” 役人しか泊まれない施設である。
玄関のドア上には、ラヴァ州を表した銅板プレートが掲げられ、向かって左には20代目の州議会長、ラヴォクトラ氏の胸像が建物全体を守っている。
『なぜ初代でなく20代目なんですか?』
皇暦4567年の1月、正式なアルバとなり、手続きのためにクレイト市へ泊まりにきたショーンが、宿舎館長である跳牛族のベン・トムフォードに質問した。
『ホホホ、ショーン様、ラヴァ州の創立はあまりに昔の出来事でして、ハッキリとした記録が残っていないのです。20代目の州議会長ラヴォクトラ様は元書記官の出でして、四角塔に記録保管庫を作らせた最初の人物なのですね!』
『へー、古すぎて初期の記録がないのはサウザス学校で習いましたけど、ちゃんと記録されたのは20代目からなんだ……』
『そうですな、ショーン様のこれからのご活躍も、記録保管庫にしかと刻まれるでしょう!』
アルバの地位を手にしたとはいえ、まだ何者でもない青二才に対し、様づけをして上級役人として扱ってくれるトムフォード館長に、ショーンは尊敬の念を抱いた。それから3年後——
「おやおや、ショーン・ターナー様! お久しぶりですね。ご名声は宿舎『サン=ラシアン』まで鳴り響いておりますよ!」
以前となんら変わることなく(少しあごヒゲが伸びたくらいか)、館長はサウザスのアルバ、ショーン・ターナーを出迎えてくれた。
「改めまして、ワタクシ、『サン=ラシアン』館長を務めますベン・トムフォードと申します。このたびは宿舎をご利用くださり、ありがとうございます」
館長は細く優しい目に、白いヒゲを震わせた。
彼は典型的な跳牛族らしい体型で、上半身はスラリと高く痩せ型だったが、尻と腿はプリっと丸く太く、ガッチリしている。
一見、燕尾服のコートを着ているが、腰に大量のベルトバッグを提げており、燕尾服の裾のように見えた部分は、実はエプロンのようだった。
「クレイトまでの長旅、お疲れさまでございます。お連れ様もはじめまして」
館長は、ガラが悪く生意気そうな女にも、巨大なトンカチを所持する不審な女にも、麗しきレディとして丁重に挨拶してくれた。
「お久しぶりです。トムフォード館長。この3人とギャリバーで、しばらく滞在できないでしょうか。部屋は空いてますか?」
「ええ、もちろん! 次の州会議が6月にありますが、それまででしたらお泊りできますよ」
州会議はラヴァ州全土から地区長および上級役人たちが、ここクレイトに集まる会議だ。3ヶ月に一度開かれ、その時『サン=ラシアン』は全室埋まってしまう。
「そこまでは居ないと思うから大丈夫だよ。早めに解決してみせる」
ショーンはいつもより2倍、胸を張って答えた。事情の疎そうな館長へ、己を有能げに誇示しているショーンに対し、女性陣は呆れた白い目を向けていた。
「4階のお部屋をご用意しましょう。ギャリバー様には地下車庫を。ではこちらへ」
トムフォードは、跳牛族の引き締まった脚をくるりと回し、館内へ誘導した。
「わー、満月湖がきれーい!」
「ふーん、部屋は二手に分かれてんのね。さっすが上級役人サマのお部屋ねぇ〜」
通されたのは『407号室 -黄金の静謐-』。広々とした窓から満月湖がザブザブと小さな波を立てている。内装も湖と同じ青で統一され、家具や小物にはレモンイエローの差し色が使われていた。
4人用の部屋で、ベッドルームは2対2で分かれている。片方は付き人用でかなり狭かったが、フェアニスは別部屋を持てたことに満足して羽を広げた。
「すごいね、バーにキッチンにデスクに暖炉まである! お金持ちって感じ」
「ねえここ、ほんとにタダで泊まれるの?」
無邪気にはしゃぐ紅葉の横で、フェアニスは疑心暗鬼の目をしていた。
「部屋代だけはタダだけど、飲食代と清掃代、消耗品とかは請求されるんだ。なるべく部屋を汚さないでくれ。バーも使っちゃダメ!」
ガッカリと肩を落とす紅葉の後ろから、文句の声を浴びせられる。
「何ぁにそれ、つまんなぁい。そーゆーの全部ひっくるめて部屋代っていうんじゃないの?」
「ホテルじゃないんだ。あくまで役人宿舎なんだからしょうがないだろ! でもあれこれ手配してくれるし、仕事で使う施設なんだよ!」
珍しくショーンが吠えて、この場を黙らせた。
紅葉がのんびりと窓辺のソファから満月湖を——漁船や観光船が蒸気をあげ、カラフルな旗をはためかせて、ゆったりと運航している——見つめ、フェアニスは自室のベッドで羽繕いをしている間。ショーンはトムフォード館長に、仕事の手配をお願いしていた。
「アルバ統括長フランシス・エクセルシアへ謁見の要請と、クレイト地区の詳細な地図、それと明日のクレイト劇場の舞台チケットを用意して欲しい」
「ホホホ、観劇チケットは3枚ご用意でよろしいでしょうか?」
「高いよな……いや2枚で良い」
「承知しました」
コッコッコッと軽快に靴音をたてて、館長が部屋を出ていった。
「舞台を観にいくのってエメリック・ガッセルのことを調査するからなの? たしか舞台建築家だっけ」
「ああ、ガッセル家のことを捜査するなら、舞台のほうも一度は知っておかないと」
「……聞いたわよ。フェアニスの分のチケットは無いのねー、へーそう、別に最初から行きたくないけどおぉおおお」
付き人室のドアが閉じられていたので油断したが、ばっちり聞き耳を立てられていた。
カチカチカチカチと、それから30分ほど恨みがましく口嘴を鳴らされ、美しい湖畔を背景に、耳障りな時を過ごした。




