2 ランとフェアニスとエミリアと
(反応……なんて、したことないよ。そもそも砂の流れすら感じたこと……ないし)
昨晩、それを聞いた時には、自分にも流れていると思った人造マナ。そんなものはやっぱり無いのだろうか。
「つーわけでね、他人の人造マナに反応しちゃうのは、《ガラテナ》の利点でもあり、大きな欠点でもあったの。ママはその反応を取りのぞく研究をしてた。ヒトの性行為中にイチイチ反応しちゃったら大変じゃん?」
それは大問題だ。
「でも研究は成功しないまま、お母さんは亡くなられた——もしかして【Fsの組織】もこの欠点をかかえたまま使っているのか?」
それならラン・ブッシュ側にもフェアニスの存在が分かってしまう。
「んー、ただ、フェアニスくらい広範囲に分かるのはだいぶ珍しい事例みたいよ。蒼鷲族サマの効果かしらねえ、キャハハハハ」
彼女は鳩の臓物を引きちぎってケラケラ笑った。
「たいてーの人はせいぜい2、300メートルの距離までらしいの。フェアニスは数キロメートルは反応できんの、凄くない?」
得意げに翼をはためかせていたところ、紅葉が尻尾を突っこんできた。
「あの……私も反応するか調べてほしい」
テントでの会話を思いだし、ショーンは猿の尻尾をピンと張った。
「えっ、やだなに、あんたもガラテナ入ってんの?」
「……可能性としてはあるんだ、紅葉は子供の頃の記憶もないし、もしかしたら【組織】の関係者かもしれなくて……」
話の詳細が進むにつれて、その可能性はかなり低くなってしまった。けれど、なら、この小さな光る角の正体は何なのだろう。紅葉は精一杯、自分のマナ——前にショーンの母から『マナがゼロ』だと言われたし、自分でも存在を感じたことはないが——を動かし、感情を高ぶらせてみた。薄桃色の芙蓉の花飾りで覆われた角が、左右ともに点滅して赤々と光ってる。
「はぁ〜? わっかんない、ピクリとも感じないんですけどぉー。つーか、あんたにガラテナ感じたこと一回もないから、バカじゃないのッ?」
フェアニスリーリーリッチは余計な二言三言四言を追加し、紅葉に告げた。
紅葉は蒼い顔を震わせながら【鋼鉄の大槌】を手にとり、憎い女を処刑せんとばかりに追いかけ始めた。
「こンのクソ鳥ーーーっ、焼き鳥にしてやる!」
結局、女同士のケンカになって草っぱらを駆けまわる様子を、ショーンとニーナ号は呆れながら見守っていた……。
クレイトまでの州街道は、黒色の大地にトネリコ、ニレ、ヤナギの木々がまばらに育ち、爽やかな4月の新緑が感じられる。
「とにかく、聞きたいことは分かったからいいかげん出発しよう、もう10時だ」
「待って! そういえばエミリア刑事との仲はどうだったの?」
フェアニスリーリーリッチの謎が多すぎて、なかなか旅が始まらない。
「あー、エミリアねー。良いこよ、うん」
ギャリバーチョコよりも薄味の答えが返ってきた。
「あんた達も会ったんだから、何となく分かるでしょ〜。出会った当初からあのままよ」
「トレモロ地区の町長の娘なのは知ってたの? 知ってて近づいたの?」
紅葉がきつい眉で問い詰める。
「はー、学校側が入学のときに寮を決めたのよ。3人部屋。トラブルがなきゃ卒業するまで一緒に過ごす。陰謀論はやめてよね」
深いため息で呆れながら、フェアニスはテントを片付けている。紅葉はあやうく納得しそうになったが……
「嘘だな——エミリアはともかく、組織の関係者がたまたま同室になる訳ない。どうせランが入学前に改竄したんだろ」
ショーン・ターナーは静かに異を唱え、草の大地に立っていた。
ラン・ブッシュの特技は、偽造と改竄。エミリア刑事が教えてくれたことだ。
「だんだん分かってきたよ。組織の一員であるランと、組織と敵対する会に属する君が、なぜ協力してるのか——」
ようやくベールに隠れていた、人間関係の全貌が見えてきた。
「人造マナ、《ガラテナ》を研究するためなんだろ。欠点を取り除いて、より強く改良するため……。今のランは【真鍮眼鏡】を掛けられる実力じゃない。でもガラテナを強化すれば、眼鏡を扱えて、アルバに匹敵する実力がつくかもしれない。それにフェアニス、君も【ピュグマリオンの会】を復活させ、ご両親の研究を続けることができる! だからそうなんだろ?」
これは自分でも素晴らしい推理だった。フェアニスは感心して胸中を告げるであろう。
「はぁ〜? 知ったような口きかないで、気色わるっ」
返ってきたのは女の得意武器、『生理的にムリ』で、ショーンはあえなく撃墜された。
「ほぉーんと、アルバ様だからって高慢ちきで偉そうに。組織のことも会のことも、聞きかじったばかりの浅っさい知識でしょー。ろくに何も知らないくせに!」
「…………そ、そこまで言わなくても」
涙目になるショーンに対し、紅葉はそっと背中を向けた。
「てゆーか、フェアニス自身は人生でいーっかいも【ピュグマリオンの会】なんて入ったことないし、復活させる気も断じて無ぁいから! 勘違いしないでよね」
クレイト市に到着するまで、ギャリバーであと40分ほどの距離。
なだらかな大地に草花が生い茂る、風光明媚な自然のなか、ショーン、紅葉、フェアニスの3名は、針金を噛んだようなギスギスとした表情でドライブしていた。
「何よこれ、泥棒でも入った……?」
「トンカチもった変な女が荒らしていったよ、たぶんそー」
病院から退院し、およそ10日ぶりに自宅のアパート『マリワナナ』に帰宅したトレモロ警察の刑事、エミリア・ワンダーベルの室内は、机とクローゼットはひっくり返され、引き出しとチェストはすべて開きっぱなし、凄惨な事故現場となっていた。
「あンの馬鹿……」
「ほんで、この荷物はどこにおけばいーし、床?」
アパートの管理人ジェラジョーは、エミリア刑事が不在のあいだ、郵便物を保管してくれていた。機能不全に陥った机に置くのをあきらめ、床に投げ捨てようとしたが、
「待って、椅子を起こすから……痛ッてて」
エミリアは神殿の火事で負った、火傷の痕をうずかせた。大病院の治療のほか、アルバの治癒呪文を受けたとは言え、まだ彼女の皮膚には厳重に包帯が巻かれており、痛みの深さを思わせた。
「ほらよ。ほいジャ、ご愁傷ー」
管理人ジェラジョーは、椅子に荷物をどさっと置いて——いくつかの封筒は、椅子の面積に入りきらず、ヒラリハラリと床を舞ったが、もちろん置き直してあげることはせず——自分の仕事を終えた彼女は、ピンクの三つ編みと黒いシマシマの尻尾を揺らし、階下へと去っていった。
「ありがと……はー……」
ジクジクと痛みが走る。由緒ただしき町長の娘は、体裁を取るのをあきらめ、埃まみれの床にどかっと座りこみ、郵便物の荷ほどきを開始した。町内会から清掃のお知らせ、役所から税金の催促、ジョンブリアン菓子店の新作ケーキ……ゴミ箱へ直行してゆく封筒に混じって、見慣れない手紙が混じっていた。
くしゃくしゃの茶色い古紙に、ワインレッドの刻印。
「 R 」
それを見たエミリア・ワンダーベルは唇をすぼめ、しばし思案のあと、おもむろに紙ナイフをつかんだ。
「ねー、ここすごく揺れるし、熱いし、パイプは煙いし、吹っ飛ばされそうになるんですけどぉー」
紅葉のいる運転席の、すぐ後ろに括られた荷物袋に張りついているフェアニスが、不満の声をあらわにした。
「そんなこと言っても、運転席の後ろを増やすのは構造的にムリだよ。サイドカーを2人乗り用に変えるしか」
「ええ、フェアニスと隣同士で座れってのか? 絶対イヤだ!」
「フェアニスだってヤーよ!」
「うるさいなあ、じゃあ我慢して!」
ニーナ号だけが軽快なリズムでひた走る。目指すはラヴァ州の青い宝石、クレイト地区——




