1 魔法の粉は、砂鉄に似ている
【Iron sand】砂鉄
[意味]
・砂状の鉄鉱石。
・磁鉄鉱、赤鉄鉱、チタン鉄鉱などが風化により母岩からはがれ、砂状に分離したもの。川や扇状地によく堆積している。
・磁石にくっつく砂状の鉄。
[補足]
日本では鉄鉱石があまり産出せず、砂鉄のほうが豊富に採れたため、砂鉄と木炭を原料とする「たたら製鉄」が盛んに行われたが、他の国では、砂鉄が製鉄に使われた例は数少ない。砂鉄は磁鉄鉱 (magnetite)を含むことが多く、磁石にくっつきやすいが、主成分が石英や火山岩のものもあり、必ずしも磁性が高いわけではない。そのため、理科の磁界実験でよく使われるのは、砂鉄 (iron sand)より、鉄や鋼をけずってできた鉄粉 (iron filings)のほうが多い。また、マグネティックの語源となった、羊飼いマグネスが見つけた「鉄にくっつく不思議な石」の正体は、砂鉄ではなく、磁鉄鉱(magnetite)が強力な自然エネルギーによって磁石化した、天然磁石(lodestone)と云われている。
クレイト地区。
ラヴァの州都であり、州でもっとも文化と経済が発達したはじまりの土地。
クレイト市は直径10kmの巨大な円形の窪みのなか、青い満月湖を中心に、三日月のかたちの都市が形成され、活発な賑わいを見せている。都市の外、つまり窪みの周囲にはぽつぽつと小さな村があり、農民や貧民、州外を行き来している貿易商などが暮らしている。
クレイト市にはショーンの直属の上司であるアルバ統括長、フランシス・エクセルシアが暮らしているほか、
ノア事件の真相をにぎる建築家、エメリック・ガッセルが生前に住んでいた場所であり、
事件の容疑者であるラン・ブッシュと掃除夫ノアが逃げこんだ先でもある。
ショーン一行は熱い信念を持って、キャンプでの起床後、すみやかに支度を済ませ、クレイトへ出立した——ということもなく、
「ダメだ……信じられないくらい腹へった……」
「昨日の昼から口にしたの、お麩だけだもん。当然だよ」
「ねーフェアニスの分は!」
「喚かれても無いものはないよ、肉食用の缶詰なんて」
ショーンと紅葉は、サウザス市場であらかじめ買いこんでいた野菜と煮豆スープの缶を開けていたが、気高き蒼鷲族たるフェアニスリーリーリッチの口に合うものではなかった。
「ったく、使えない奴らねぇ!」
彼女は憤怒の声をあげ、銀のクロスボウを太腿から取りだし、のどかに空を横切っていた、野鳥の群れめがけて射抜いた。
ビィウウウウンッ!
銀色の光線が、州街道の空を縦に斬る。
「——野バトか、まあいいでしょ」
空中に羽を散らして、灰色の塊が落下してゆく。
フェアニスは陽気に口嘴をカチカチ鳴らし、哀れな獲物をサクサクと血抜きし、慣れた手つきでハラワタを掻っさばいた。
今日は4月1日風曜日、太陽が元気いっぱい地球を照らす朝9時半。実にキャンプ日和の陽気であった。
ノアからクレイトにかけての土地は、黄土色のコンベイの地や、赤土のサウザス地区とは違い、緑がおおく草原や池もぽつぽつ見られる。ショーンは缶詰のスープを飲みながら、そのへんの白ツメクサを一口かじり、フェアニスリーリーリッチは草を赤い血と灰色の羽で汚していた。
「なあ、フェアニス。まだまだ聞きたいことが、たくさんあるんだけど……」
「んアー、食事のジャマしないでちょうだい、金をくれるなら聞いてやってもいいわ。1分につき10ドミーでどう」
ショーンは財布から硬貨をチャラリと取りだし、フェアニスの右手に渡した。
「昨日、ラン・ブッシュの居場所が何となく分かるって言ってたじゃないか。あれは人造マナ、《ガラテナ》の影響なのか?」
「ちょっとぉ、0.5ドミー硬貨じゃないのよコレ!」
野バトの内臓を毟りながら、フェアニスは拳をぶん回す。
「チッ、まあいいわ、何となくわかんの。ザラッとね。ザラッと。この方角にいるなとか、この地区にいるなってくらい。ただそんなに精度はよくない。居場所を特定できるほどじゃない、クレイトにいるとは感じるけどね」
フェアニスは遠くに見えるクレイト市の全景を、手のひらでザっと差し示した。だがまだピンと来ていないショーンは、怪訝な顔をしたままだ。
「それは何か呪文を使ってるのか? それとも何もしなくても存在が分かるのか? ラン・ブッシュだけ?」
アルバが人探しをする場合、専用の呪文を使うか、【真鍮眼鏡】越しに探すしかない。けれど彼女が証言してる内容は、まるで他人の居場所が気配だけで知れるかのようだ。
「あーもう面倒くさいな。一から説明してやるしかないワケ?」
フェアニスリーリーリッチは鳩の首元を口嘴にひっかけ、ブチィーっとスジ肉をついばんだ。
「ほら、マナは砂鉄に似てるっていうじゃない」
砂鉄——おもに磁鉄鉱 (黒い鉄の酸化鉱物)が風雨によって砂の粒になったもの。かつて羊飼いマグネスが発見した天然磁石も、この磁鉄鉱によるものだ。
『マナがどういう形状か、幼児に分かりやすく説明するとしたら、磁石にくっつく砂のような存在であると答えるだろう』
これは【星の魔術大綱】の冒頭に載っている、最初の編纂者アディーレ・エクセルシアによる一節だ。マナが砂鉄に似ていることは、魔術の世界では最初に、そして再三、目にする言葉である。マナが多量に含まれる人間ほど、『体内に砂が流れる感覚』をより強く感じられ、呪文の詠唱は、この砂の流れを微細にコントロールし行ってゆく。だが、マナが少ない大多数のルドモンド人は、こうした砂の流れすら、感じとれることはほとんどない。
『魔術師を志す読者諸君へ、この一節を読んでなお、砂の存在を感じられない者は、残念ながらアルバを目指すのは諦めたほうがよい……』
編纂者アディーレはそう諭している。
「砂鉄……人造マナも、砂の流れる感覚がちゃんとあるってことか」
「そー、ザラザラと動くの。まあ、アルバ様がどれほどの量を感じてるかは知らないけどさ」
「僕は、両足の先から、ふくらはぎくらいまで……かな、今のところね」
故郷のサウザスに居た頃より、マナの量はどんどん増えていた。
「ふーん、ま、多いじゃん。フェアニスはね、片手のひらくらいよ」
「意外とあるんじゃないか。一般人にしてはかなり多いほうだよ」
魔術学校の入学前のショーンが、そのくらいの量だった。もしかしたら、ラン・ブッシュもこれくらいかもしれない。
「で、人造マナは人造マナに反応する。一定の範囲内にいる、《ガラテナ》をもった誰かさんが、呪文を発したとき、命の危機に陥ったとき、ひどい精神状態や興奮状態になったとき——激しく “反応する” の ……呼応すると言った方が分かりやすいかしら」
昨日の夕方、ラン・ブッシュが警察から逃走していた時間帯、フェアニスの “反応” がもっとも激しかったのがその時だった。大いなる衝動と混乱が、遠距離にいるフェアニスの心までも揺り動かした。
「反応っていうのは、その人物がいる方向に、人造マナが移動するのか? 本当の砂鉄みたいに」
ショーンはまだ戸惑っていた。それは天然のマナにはない感覚だった。他のアルバがどんな大呪文を打っても、自分のマナがそれに反応することはない。
「そーね、そんな感じ。ザラリと体内の砂がいっきに動く感覚があンのよ、勝手に。ある程度、遠くにいても反応するけど、そんなに細かくは分からない。通常の精神状態なら反応も薄いし。一応うっすらとは動くけどね」
「へえ……だとすると人造マナのほうが、より砂鉄には近いってことか……」
紅葉は、盛り上がってゆく2人の会話に、まったくついて行けずに焚き火の前で佇んでいた。




