6 ショーン・ターナーの1週間・3回目
「……ランが強化人間だというのは分かった。フェアニス、君はどうなんだ、人造マナを投与されてるのか?」
「ええ、もちろん。でも投与の方法がちょっち違う。鳥の民族は卵で生まれてくるでしょ、フェアニスはタマゴの時点で、《ガラテナ》を注入されたの。だから一応、体内に人造マナは存在するけど、たいして劇的な効果はなかった。そのぶん欠点もないけどね」
「ご、ご両親が子供に実験したってことか?」
「ふん、鳥民族の命なんて軽いもんよ。孵化器の自動化が進んだせいで、卵の時点で廃棄されるコがほとんどだから」
哺乳類の民族はみな母の胎内で育つが、鳥民族だけは卵生で産まれてくる。卵は、生まれたての赤んぼうの頭と同じくらいの大きさで、実際の鳥と同様、尿道と産道が一緒になった総排泄腔から産み落とされる。
昔の鳥民族は、妊娠しない代わりに、昼夜の温度管理や定期的な転卵など、卵を産んだあとの孵化作業が大変であったが、機械による自動孵化器が開発されて以降、すべての作業が劇的に楽になった。
発明されてしばらくは、鳥民族はみなこの発明を喜び、いさんで孵化し育てていたが、当然のことながら鳥民族の人口が激増してしまい、帝都政府からも問題視され、現在の産卵・孵化数は厳密に管理されている。
(人造マナ……フェアニスの中にもあるんだ。ラン・ブッシュにも……ほかの人には?)
紅葉は背中をまるめ、暗い顔でぶつぶつ呟いていた。
「ジョバンニ……だっけ、アーサー記者のお父さん、そことの関係はどうなんだ? 君が地下水道で一緒にいたって、紅葉から聞いたぞ」
「んー? あいつはジャーナリストね。組織を追ううちに、ルオーヌ州の襲撃事件のことを突きとめ、【ピュグマリオンの会】の残党……フェアニスたちと接触してきたの、どちらもノアで調査するってんで、情報交換してたってわけ。あの人にも裏に仲間がいるみたいよ」
夜の風がザワザワと騒ぎ、ルクウィドの森を鳴らしている。
「彼にも仲間がいるのか、いったい誰だ? あ、それとエミリア刑事のことも……!」
「ヤダヤダ、これ以上は明日にして。もう寝る、おやすみ」
フェアニスは鳥民族の卵くらい大きなあくびをし、蒼鷲の羽で体を包み、テントの端っこで寝入ってしまった。
「ったく」
ショーンは、《セレンディピティ》の子育て呪文で、残った茶渋をカップから取りのぞき、自身もテントの中へ……フェアニスと反対方向の端っこへ横になった。
「紅葉も寝よう」
「うん、私は……ちょっとラジオを聞いてからにするよ」
トランシーバー『エルク』のラジオをひねる。この時間は、静かなヴァイオリンの調べが響いていた。
ギャリバーのニーナ号、彼女もまたとっくに眠りについており、紅葉はラジオを最低限の音量に落とし、エンジンガスのススを拭き、土埃を落とした。フェアニスとショーンの間に、ぽっかりとあいた空間、今はそこに入るのが怖かった。
人造マナ——《ガラテナ》、そんなの本当に、自分の体内に存在するんだろうか。
(21歳のフェアニスが、5歳のときにピュグマリオンの会が襲撃されて、研究が奪われた。ランの体にもガラテナは存在する……発見された時、およそ10歳だった私の体にも、人造マナが流れていておかしくはない……)
自身の頬に冷や汗が流れた。ルクウィドの森の木々と枝葉が、一層ザワザワと鳴っている。
『やっほー、午前2時をお送りするよー、みんな、ドライブしてるー?』
『今日から4月。私たちのスィート・スウィング・ソングでお出かけしよう♫』
ズチャ・ズチャと転がるようなデッカーのCM曲が、ラジオから流れてきた。
紅葉は焚き火の前でそれを聞き……曲が終わった後、ラジオを消し、テントへと入った。
「おやすみ、紅葉」
ショーンはまだ起きていた。目を閉じながら紅葉へ声をかける。
「テントの寝心地はどう? ショーン、はじめてのキャンプ体験は」
「最悪だよ、明日には背中がチョコレートの板になっているかも」
「ふふふ、ギャリバーチョコよりも脆そうだね」
狭いテントの中、3人で横になっていると、巣穴でくっついて眠る小動物の家族のようだ。
「ねえショーン、私のなかに……人造マナ、ガラテナはあると思う?」
フェアニスの弁が正しいなら、謎の怪力も、記憶がないことも、幼い角もすべて解決する。
「分からない。確かに可能性は高いけど、禁術のなかには長期にわたって人体に影響を与えるものもあるからさ」
「ふふ……、どっちにしろ呪われてるってことじゃん」
慰めにならないショーンの言葉に、つい紅葉は笑ってしまった。
(怪力という恩恵はあるんだし、あまり悪いように考えちゃダメだよね)
ショーンは瞳を閉じたまま、自分の尻尾をかるく動かし、紅葉のことを寝かしつけた。
「早く寝ようよ、明日はクレイトだし大忙しだ」
「まずはフランシス様に面会するの?」
「今までの報告と新しい【真鍮眼鏡】を注文して、オリバー・ガッセルの捜査を始めて、ジョバンニさんのことも調べられたら……」
ショーン・ターナーは森曜日の深夜にノアに着いた。
金曜日に都市長と面会し、
銀曜日に大富豪の死を目撃した。
火曜日に地下都市の存在を知り、
地曜日に真鍮眼鏡を盗まれ、
水曜日にダンデからすべての真相を聞いた。
——そして風曜日、クレイトへ向かうことにした。
「ノアって、また来ることになるのかな」
「分からない。でも、何かあるはずだ。あの地下都市には……」
今はまだ、力が足りなかった。
クレイトで経験を積んで、力をつけて——
次に来たときは、必ず真実を見つけてみせる。
55章 ノア編終了




