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5 人造マナ

 ランとノアの大脱走のせいで、岩盤と下界の狭間にある通行所では、厳しく検問がかけられていた。職質され、言い訳をし、どうにか賄賂をわたして融通をこいねがい、通常の2倍の料金でギャリバーを地面へ下ろしてもらい、なんとかノア都市を離れることが可能になった。

 皇暦4570年4月1日、風曜日。ショーン御一行は、ノアに別れを告げ、クレイトへ歩を進めることとなった。


「はー、ずっと背中にへばりついてなきゃいけないワケぇ? 座席もういっこ作ってちょうだいよ」

 なぜか、成り行きで冒険をともにすることになったフェアニスリーリーリッチが、ずっと文句をぶーたれている。

「うるさいなあ、お荷物のくせに。あんたギャリバーの運転はできるわけ?」

「できるわよぉ、もちろん。警察学校のときに生徒全員、習わされたもの。大型車輌だって転がせるんだから。ただ免許をもってないだけで」

 運転が代われることを見こんでいた紅葉は、雷神のごとく怒鳴っていたが、運転すらできないショーンは、ひたすら耐えて黙っていた。

 ライトアップされた夜の巨大岩盤を背に、州街道の荒野をしばらく走り……遠くの大地に、州都・クレイトの夜景が見えてきた。


「もう宿代もないし、今夜はここで野宿しようか」

「分かった。あんた、テントくらい張ってよね」

 フェアニスが仏頂面でテントをカチャカチャ組みたて、紅葉が火を起こし焚き火を作る間に、ショーンは……

「お疲れさま。桜菜(おうな)茶だよ。ファンロン州では4月のはじまりに飲むお茶なんだって」

 ティーセットで3人分のお茶を立て、夜空の星のもとふるまった。カップの中には、緑花色のお茶のほか、桜の形をした焼き麩がパラパラと浮かんでいる。

「スッキリしてて美味しい。お惣菜たべてるみたい」

「ふーん、良い香りね。フェアニスに味は分かんないけどさ」

 バソリス・ランタンの火を黄色に灯した。キャンプ用のギャリバー【ニーナ号】とともに過ごす、初めてのキャンプの夜だった。

「じゃあ、飲み終わったら、寝床の準備しようか」

「——待って」

 フェアニスが差し止めた。カチカチと口嘴で茶碗を鳴らす。

「あんたたちにウチらの秘密を教えてやるわよ。まあ大富豪殺しは半分ほど真相を知れたってことで、これはツケだからね」

 少々不穏な物言いだったが、約束の情報を伝えてくれるようだった。



「人造マナって知ってる?」

 彼女はティースプーンを、ショーンの顔の前に出した。

「…………人造、いいや……」

 夜風が服の隙間に吹きこんだ、焚き火がパチパチと鳴っている。

「知らなくても、どういう代物かは想像つくでしょ。人工的につくられたマナよ。とある研究所で、実験、開発、製造していた。ある時【Fausts(ファウストゥス)の組織】が、人造マナの研究成果を奪い、研究所を壊滅させたの」


 ショーンと紅葉は言葉をうしない、飲みかけの桜菜茶のカップをただ握っていた。

「ほ……本当に作ってたのか? 成功していたのか、その人造マナは……」

「ええ。製造してたわよ。まあ完全な成功じゃないけどね。まだまだ実験段階で、巷間に出せるような状態じゃなかった」

「どういうこと?」

「人造マナは、我々に含まれている天然のマナとは違う。注入することで、肉体機能や呪術強化を行えるけど、同時に重大な欠点をもたらす」

「欠点ってなんだよ!」

 人間の心情とは裏腹に、焚き火は同じ強さの炎をゆらめかせている。

「いろいろよ。体の一部が欠損したり、脳の一部機能を失ったり、凶暴化したり、肥大化したり、発話不能、視力や聴力が消えたりね」

「————!」

 紅葉は声を失って下を向いた。

(欠点…………自分の謎の角、いつまでも幼く生えてこない。尻尾だってかなり小さい。10歳以前の記憶もない。まさか……それの……せい?)

 異変に気づいたショーンは、一瞬、紅葉のほうを振り返り、すぐにフェアニスに大声で詰め寄った。


「そ、それはどこで作ってたんだ! 帝都か?」

「エリートのアルバ様は知らないだろうけど、魔術学校に落ちた人が、一番よく行く高等学校って、どこだか知ってるぅ?」

「えっ……いや、け、警察学校とか」

 そんな訳がない。元警察学校のフェアニスリーリーリッチは、侮蔑的な視線を投げつけた。

「ったく、大ハズレ。ヒントはルオーヌ州、ポントワ・ローラ山が見えるとこ」

「ルオーヌ州? そんな詳しくないけど、僕が知ってる学校なら……」


 古ビブリオ高等学校——

 ルオーヌ州の切りたった崖の上、ポントワ・ローラ山の麓に、古代から存在している学校だ。図書館長イシュマシュクルや、マジリコ通販の販売員である白猫のロンゾが通っていた、本や出版関係に携わるための専門学校。


「……確かにビブリオなら、普通の学校より魔術書に恵まれてるだろうし、マジリコ通販の書店員もいるけど」

「ええ。そもそも【人造マナ】という発想自体、アルバになり得るほどのマナが多い人物から出てこない発想でしょ。だって天然のマナを伸ばすことを考えれば良いし。だから魔術学校の人からは生まれなかった」

「じゃあ、【Fsの組織】は古ビブリオ高等学校から生まれたっていうのか?!」

「はぁ、フス? だーから違うって、ぜんぜん別の組織よ。つーか組織でもない、同好会ね」

 蒼い羽が夜風に吹かれて、1枚、1枚抜けていった。

「それは最初、古ビブリオ学校の魔術同好会から始まったらしいの。でも大人になっても研究を続ける者もいた、やがて本格的に団体を立ちあげ、研究所がつくられた」



「それが【ピュグマリオンの会】。人造マナ、《ガラテナ》を作るための会よ」



 フェアニスリーリーリッチから告げられた事実により、

 紅葉の意識は急激に遠のいていった。

(人造マナ……ガラテナ……Fsの組織が奪った……人工の、マナ)


 幻惑に堕ちてゆく紅葉をおいて、ショーンとフェアニスの会話は続いていく。

「フェアニス、君はその会とどういう関係なんだ。ビブリオ学校には通ってないわけだろ、魔術師を目指してたって感じにも見えないし……」

「ふん。両親がこのいかがわしぃ~会に所属してたの、ってか会長と副会長。でも大した記憶はない。フェアニスが5歳のときに2人とも亡くなったから」

「まさか、マドカ……マドゥルカマレインも会の関係者なのか?」

 ショーンの中では、彼女はまだまだマドカ・サイモンであり、知らされたルオーヌ風の本名はどうも慣れない。

「そうよ、ひい爺さんの代から会にいた。家族ぐるみで研究に熱心だったけど、誰もビブリオには通ってないの。後から聞いた話だと、人造マナを実用化して金儲けしたかったみたい。うまくいけばギャリバーみたいに巨額の利益が叶いそうだもんね。叶わなかったけどさ」

「……ラン・ブッシュは?」

「ランはFaustu……【Fsの組織】だっけ、に小さい時から居たみたい。そんである日、戦利品である人造マナを注入された。【ピュグマリオンの会】から奪ってきたばかりの《ガラテナ》をね…………」

 フェアニスの声が遠くに聞こえる。

 紅葉は焚き火のほのおに手を掲げ、焦がすほど近くに両手を掲げた。

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