2 鍛冶屋一家の夕食
「……ねえ、なんでこのシチュー、美味しい匂いがしないのかしら?」
フレヤが不満そうに、シチューの皿をかき回していた。
「ショーンが呪文に失敗したんだって、昨日言ったろ」
リュカがなんでもないように、ズズーッと汁をすすった。
あれから、《消臭呪文》が抜けないまま、鍛冶屋トールの1日が経った。
昨日は休日ということもあり、一家は中央通りのレストラン『ボティッチェリ』にてディナーを取った。今夜は自宅で、リュカがこしらえたタマネギシチューとアップルパイを食べている。
「お兄ちゃん、明日になれば匂いは戻るって言ったじゃない」
「まだ『明日中』だぞ」
「ふざけないで!」
フレヤはバン! と大きく机を叩いた。シチューはフレヤの大好物だが、香りがなければドロドロの小麦粉を溶かしたような味しかしない。
「……ショーン君は結局何をしにきたんだ?」
オスカーが、樫の木のように大きな手で、黒糖パンを小さくちぎった。父はいつも喋りだしがゆっくりだ。
「さあ、何しに来たんだろうな。なんか来てすぐに帰っちまった」
「なんだそれっ、バカじゃん!」
ボルツがバンバン机を叩き、母親のエマが「やめなさい!」と暴れん坊の両手を握った。
「もう……ショーンちゃんが、遊びに来てくれてたのなら上に言って……久しぶりだったのよ……もー暴れない……」
「ちょーちょーが死んだっ、チョーチョーが死んだ!」
「ボルツ、黙りなさいッ!」
先割れスプーンをカンカン鳴らして騒ぐ弟に、フレヤがやれやれと両手を振って溜め息をついた。
「ボルツは町長が何か分かってないのよ。きっとチョウチョだと思ってるの」
「へえ、フレヤは町長を知ってるのか?」
銀のナイフでアップルパイを切り分け、妹に渡しながらリュカが訊いた。
「もちろん知ってるわ! えーと、サウザスで一番偉い人!……そうよね?」
彼女は小首を傾げ、歳の離れた兄のリュカに確認した。
「……エマ、あれから何か続報はあったか?」
「いいえオスカー! お昼の号外が出たっきり、夕方のは大したことは載ってないわ。州警察は何をしてるのかしら」
「………捜査が難航してるんだろう…………容疑者が多すぎる」
「号外って?」
「まーやだ、リュカったら見てないの?」
「朝刊だけしか」
「ちゃんと読んでおきなさい」と険しい顔をした母エマが、今日の新聞をまとめてリュカに手渡した。
食後にクルミコーヒーをいただく父親の横で、
「お兄ちゃんてば、ほんとうに世の中のことに疎いんだから!」
とフレヤが無邪気にアップルパイを頬張っている。
リュカはサボテンビールを飲みながら、順に読んでいき……
10年前の事件の記事に、ギュッと眉間に皺を寄せた。
3月8日午後8時。市場から出前が届いた。
皆で新聞が積まれた机を囲み、黙々とヌードルをすすった。
「……ちょっと辛いわね。スパイス効きすぎ」
「そうかい? これが美味しいんじゃないか」
モイラはクールな見た目と違い、意外とピリ辛が苦手らしい。
「紅葉ちゃんは大丈夫かい?」
「はい、大体なんでも食べられます」
「雑食なのか?」
「……たぶん」
草食のショーンは、あまりお肉が食べられない。だが、紅葉は雑食のリュカと同程度に、ご飯はなんでも食べられた。
アーサーはさっきから紅葉のツノをじっと見てる気がする。
紙パックに入ったヌードルを食べ終わり、事務員のナタリーに片付けてもらった。
こうして食事を共にしても、緊張感が和らぐことはない。
さて……とアーサーが、オットマン付き社長椅子に、悠然と足を組んで座った。ジョゼフは自分の革張り社長椅子を、恨めしそうにジッと見ている。
「さあ、事件の真相に迫ろう」




