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2 彼らはクレイトに行った

───────────────

《号外》 皇暦4570年03月30日 (水)20時35分発行


【大富豪怪死事件に新たな進展が!】

 キアーヌシュ・ラフマニー氏 (腰猿族、77歳)が、時計塔の天井付近にて謎の死を遂げた事件において、新たなる容疑者が浮上した。ノア警察は同日14時20分に、以下の2名をそれぞれ指名手配した。

■ラン・ブッシュ (雷豹族、21歳、住所不定無職)

 時計塔放火および器物損壊罪の疑い

■ノア (銀片吟族、24歳、清掃業、※ダコタ州出身、本名)

 キアーヌシュの自殺幇助の疑い

───────────────


「……ノア……清掃業」

「なんだ、知り合いか?」

『ノアに住んでからチョビっと経つけど、そんな法律は知らねえな』

 ニシシと笑う顔が浮かびあがる。彼の口角、金色の長いまつ毛も、ふと浮かぶ物憂げな表情も。あの日も、次の日も、その次の日も、毎回会うたびに彼はどことなく不思議そうな、掴みどころのない顔をしていた。その顔がいま、号外紙面にハッキリと写っている。

「ウソだろ……なんでノアさんが。しかも自殺幇助だって? めちゃくちゃだ!」

「ほほう、奴っこさんは健忘症モチのようだ。短期記憶ができねぇとさ。清掃会社の上司がインタビューで語ってる」

 狼狽するショーンの横で、老人は冷静にゴーグル越しに記事を読む。

(たしかに、他人の顔と名前が覚えられないと言っていた……まさか病名がつくほどだったとのか……)


「ふむふむ、『同日16時、7区付近にて、両名の身柄を確保するも、抵抗され逃走。東方面に逃げ、現在も行方不明。目撃者は最寄りの警察署へ通報するように。注意・犯人は呪術を使うためご注意されたし!』……と。ったく、逃がしてるじゃねえか」

「2人で一緒に逃走したってことですか、ノアさんまで!」

「東方面っつーと、コンベイにでも行ったか?」

「——違うわ」

 壁の一部となっていたフェアニスリーリーリッチが、不意に尻尾を挟んできた。


「コンベイはフェイク、彼らはクレイトに行った」


 彼女は自分のひとさし指をクレイトへ——西へ指した。


挿絵(By みてみん)


 それは妙に確信的で、やはり友人なだけあって、何らかの事情を知っているのだろうか。

「っ、分かった、フェアニス。あとで詳しく話を聞かせてくれ!」

「…………フン、花火の電撃移住に、容疑者である掃除夫の検挙。ノア役所はもう捜査させる気がねえな。警察も金を積まなきゃこれ以上は動かねえ」

 号外の一面に大々的に写ってるのは、物々しい事件に似つかわしくない、夜会ドレス姿の若かりし花火の写真だった。

「キンバリー社の皆さんは本当に信じてらっしゃるんですか? ノアが犯人だと……」

「まさか。ソイツの出入りはここでも監視していた。時間的に到底ムリさ、滞在時間は約10分。かろうじてあり得るとすれば協力だ。ぶらぶらした球のシッポをつかんで引っぱるくらいだな」

 塔の2層目の下段にある真円球。引っぱって10分で戻ることは可能だろうか?

「あのう、ノアさんって滑空ができるんです。手のひらをピンと広げてこう、グライダーのように」

 裏にいた紅葉が尻尾を挟んできた。

「私、ノアさんのアパートで、彼が50mほどの高さから空を飛んでいくところを見ました。他のペンギン族ができるのかは分かりませんが……」

 にわかには信じがたい情報だった。

「なるほど。1層目の螺旋階段を急いで上がって、真円球を引っぱる。そして階段じゃないところを滑空して降りれば……状況は辻褄が合うのかねえ?」


 ショーンはあごを叩いて推理を始めた。時刻はすでに22時を回り、職員たちは交代で休憩を取り始めている。

 ロビーまで壁にもたれ、フェアニスは膝を丸めてこっくり船を漕いでいる。

「待って。協力者だとして、誰がキアーヌシュさんを殺したの。まさか本当に……自殺幇助?」

 紅葉が頭を抱えた。結局はそこに行き着く。

「キンバリー社では心当たりがあるんですか? その、どちらかの」

 ショーンは言葉を濁しつつ、カーヴィン・ソフラバーにたずねた。

「フン——あの人ぁな、てめえで死を選ぶにしても、他人を巻きこむような真似は絶対にしねェよ。絶対にだ」

 老人はここで初めてゴーグルを取って、力強くショーンに伝えた。彼の瞳の深く刻まれた皺からは、怒りと誇り、そしてはてしない悲しみが感じられた。


 ショーンはカーヴィン・ソフラバーの素顔に直面し、後ろによろめいた。ギャリバー誌の古い写真にいた、いかにも長男という感じのしっかりした大男だ。紅葉も目を見開き「本人だ……」と呟いていた。

「この掃除夫と知り合いかい。いつ出会った、どんなヤツだ」

 カーヴィンは己の素性など意に介さず、ノアの素性を聞いてきた。

「はい……この土地に初めてきた日に、ギャリバーを盗まれそうなところを助けてもらったんです」

 掃除夫ノアの人物像を、慎重に思い出しながら伝えた。

「僕が知る彼は——あくまで数日間での接触ですが、善悪の分別がつき、ものの正しい見方ができる人物です。ただ、ちゃっかりした一面もあるので、お金で頼まれたらやるかもしれません」

「罪に関わると知らずに吹き込まれたら、ってことかい。真円球を引っぱるだけならあり得るかもな」

(短期記憶の障害は職場にも知られている。きっと利用されたんだ……!)

「問題は、誰に利用されたか……ですよね」

 当日なにが起きたか、だいぶ状況が絞られてきたが、結局それが誰なのか、見つけなければ意味がない。

「みんな知りてェとこだが、無理だな。これは」

 カーヴィンの口から出てきた言葉は、意外なものであった。


「な、なんでですか!」

(貴方はルドモンド大陸でいま一番権力と金を持っているのに、そんな簡単にあきらめないでくれよ……!)

 ショーンは怒りをはらんだ感情で叫んだ。

「あきらかに周りの動きが早い。隠蔽しにかかっている、上ぐるみでな。はじめからそのつもりだったんだ。一人の他州出身の青年に罪を着せ、精神疾患があるとして」

 ぞわぞわと尻尾の付け根に悪寒が走った。

「上……うえって要するに……ノア地区の都市長ゲアハルト・シュナイダー氏じゃないですか」

(彼の自宅に僕らの荷物がある。それにゲアハルトはうちの病院長、ヴィクトル・ハリーハウゼンの旧友で……ああ、そういえばユビキタスもヴィクトル先生の親友だったな……ひょっとして、2人はグル?)

 ショーンの脳内に爺さんたちの顔が次々と浮かんでは、グルグルと回っていく。

 カーヴィンの爺さんは「顔色悪ぃな、大丈夫か?」と目尻の皺を深めてくれた。

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