1 揺れる大地、動く運命
【Secret】秘密
[意味]
・秘密
・機密、ないしょ、隠し事、秘伝
・人目につかないよう隠された
[補足]
ラテン語「secernere(分けはなされた、隔離された)」に由来する。元の「secernere」の意味は『他と分けた場所に置く』というニュアンスであったが、他と分けられ、隔てられることによって、徐々にそれは私的なもの、内密なものという意味に変化してゆき、最終的には隠匿するもの、隠されたものといった、『秘すべき存在』へと変貌した。
ノア地区には2つの都市がある。
岩盤の上に栄えた工業都市、そして岩盤の下に作られた秘密都市だ。
秘密の都市はゴブレッティ家が建設に関わり、その設計図がトレモロに収められていた。
長年、隠匿されてきた都市を開ける鍵は……サウザスに存在している?
「っ……そうか、きっとあれが……」
【サウザスの秘宝】
勃興者ブライアン・ハリーハウゼンが【Fsの組織】から奪い、部下のリッチモンド家が代々守り継ぎ、組織の一員であるユビキタス・ストゥルソンが奪おうとし、オーガスタス・リッチモンド町長は、上級帝国魔術師であるショーンの父、スティーブン・ターナーに委託した——
今まで考えないようにしていた【サウザスの秘宝】。まさかここで存在をチラつかせてくるとは思わなかった。父スティーブンはおそらく帝都に住所があるだろうが、どこぞの州を放浪していてもおかしくはない。連絡は——取りたくない。
詳細はあまり明かしたくなかったが、今まで情報を提供してくれた時計技師ダンデに対し、その報いとして開示した。
「僕、その『大いなる力』とやらに心あたりがあります」
「ホウ、どこにある」
「とあるアルバが持っているはずです。身につけてるか隠してるかは分かりません」
「アルバ、なるほどねぇ、あれか! 魔術道具ってやつかい」
ククク、と皺だらけの人差し指が突きでる。
「オレぁ、個人的なことを言えば、地下都市なんざどうでもいいんだ。恩人のエメリック氏も3年前に死んじまったし、ノアのこたぁノアの連中で何とかすればいい。ま、カディールは今まで注ぎこんだ分を取り戻してえから、継続させたがってるがな。まあ魔術関連なら、オレたちがちょっかいできる領分じゃあねェけどなぁ……」
ダンデ、いやカーヴィン・ソフラバーはググッと背を丸めて吐き出した。70歳の老人がだんだん疲れてきたのを感じる。夜の長話もそろそろ限界だ。
「キアーヌシュさんが亡くなった原因はご存知でしょうか?」
最後にこれだけ聞いて帰るつもりだった。
「ボス、事件の犯人について号外がでました!」
ゴトン、ゴトン……時が静かに過ぎていく。
覆われた厚いベールの中、モルグ神に祈りを捧げるための毛布に包まれたかのようだった。赤ちゃんの揺りかごのような揺れを感じ、ノアは深い眠りから覚めた。
「んん……どこだ、ここ」
ガタゴト、ゴトゴト……荷馬車のようだ。どうやらあの逃避行のあと、そのまま積荷用の木箱のなかで眠ってしまったらしい。
「コンベイでも行くのか?」
門の警備員の会話を思い出して呟いた。コンベイへ数日出張する……わずかに残っている記憶のかけらだ。
「違う、クレイトに向かってる☆」
ランは暗闇の箱のなかで、即座にノアに返答した。
「なんで分かんだよ」
ノアも不機嫌そうに言い返した。いまが何時かも分からない、夜の闇よりも漆黒だ。方角なんて当然わかるすべもない。
「んー☆ 実はねえ、仲間と離れると分かるの。相手がどこにいるのか背中越しにじんわりと感じる。すごいでしょお、アタシの秘密だよー。そんで、別の仲間がいるところも分かんの。星の煌めきを感じるのよ、いくつかの☆ だから向かう先は州都、クレイト」
ラン・ブッシュは暗闇で、キシシと肩を震わせながら笑っていた。
「……星のきらめきって、どうせまた犯罪者だろ」
ノアは思いきり鼻に皺を寄せて、ランに聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で悪口を放った。
『ラン・ブッシュ』
そういえば、彼女の名を覚えたことにノアは気づいた。凶悪な笑い顔も、恐ろしく強靭な肉体も、キンキンした耳障りの声も、ちゃんと覚えている。
ノアはなぜかそのことに少し安心し、再びラヴァ州の大地に眠りについた。
コトン。小石が転げ落ちる音がした。
フェアニスリーリーリッチは、静かに肉食獣の気配が去っていくのを胸に感じた。目の前には、アルバ様とキンバリー社の副社長とやらが、延々と終わらない会話をくり広げている。
「…………チッ」
結局、あの子はノアの地から去ってしまった。フェアニスは軽く舌打ちし、それでもこの場は黙っていた。今はこいつの動向を見てみよう。大事な真鍮眼鏡を盗まれた、まぬけな帝国魔術師の動向を。
「ボス、事件の犯人についての号外です!」
「見してみろ」
「は、ぼくにも見せてくださいっ!」
ショーン・ターナーはうわずった声をあげて前のめりになり、カーヴィン・ソフラバーの肩越しに号外記事を追っている。
(はぁー、こいつは “アレ” を教えるに足る人物かしらねぇ……)
フェアニスは顔をしかめて瞳を閉じ、最後の一手をうかがっていた。




