6 So What's the Core?
夕飯時刻のサウザス役場は、すこし遅れて出勤してくる夜行性民族、役場を利用しにきた夜行性民族、残業を終えて退勤していく昼行性民族、仕事おわりに用事を済ませにきた昼行性民族の利用客によって、一日のなかで最もごったがえす時間帯だ。
都市長秘書のオーレリアン・エップボーンは、極彩色のピンク色の羽根をたたみ、人がいきかう廊下を器用にすりぬけ、階下へとくだっていた。途中、階段脇にあるゴミ箱に『新・守り人就任!』の号外を捨て、そのまま帰路をたどっていた。
「あのぅ……ちょっといいですか?」
いよいよ核心的なことを聞く前に、紅葉がなぜか口を挟んできた。
「私たち、少し前までトレモロ地区にいたんです。トレモロでは20数年前、ゴブレッティ家とレイクウッド社が、『ノアの大工事』に参加するかで大揉めしたそうなんです。これは何か関係ありますか?」
トレモロ図書館で、ゴブレッティ家の歴史を調べたときに仕入れた情報だった。ノアの捜査に没頭して忘れがちだったが、この件はトレモロの事情も密接に関係している。
「ある——。というのも、ノア役所はそれこそ50年も前から、ガッセル家の主導で大工事の計画を内々に進めていたんだぜい。だが進めるうちに、ゴブレッティ家の持つ【秘蔵の設計図】とやらが必要なことが分かった。エメリック・ガッセルは、ゴブレッティ家を計画に引きいれ、その設計図を入手するよう内々に指示していたのさ」
「……、なるほど!」
もしこの場にオリバー・ガッセル設計士、いや、ロイ・ゴブレッティがいたら大きな衝撃をうけて崩れ落ちるだろうか。ショーンは興奮し、紅葉は怪訝な表情を浮かべていた。
「僕たち、その【秘蔵の設計図】に心当たりがあります……! 長い間、トレモロに隠匿されていたんですが、最近とある人物によって盗まれました。僕たち、その設計図を追ってノアにやって来たんです。今あの【設計図】はノアに——キアーヌシュ氏の手元にあるんじゃないんですか?」
トレモロ図書館の地下倉庫にて長年隠され、赤い布張りのケースが空っぽにくぼんでいた。
ケースに記載されたタイトルは、【Noah】。
ショーンはあらん限りの強さで拳をにぎり、腹に力をこめてカーヴィン・ソフラバーに質問した。これこそが大富豪キアーヌシュに直接、どうしても聞きたかったことだった。
「いや、オレは知らん——まだこの世に存在するのか?」
ショーンは握った拳を宙に振り、自身の膝を思いきり叩いた。
一度、これまでの情報をまとめてみよう。
約50年前からガッセル家の主導で『ノアの大工事』の計画が進んでいた。
40年前、カーヴィンは自身の会社のために、ノアの移住契約を結んだ。
25年前、離婚した花火が、ノア地区へと引っ越してきた。
24年前、ゴブレッティ家がノアの大工事に誘われ、トレモロで内紛が起きた。
17年前、大富豪キアーヌシュもノアへ移住。『守り人』へ就任し、工事の調査が本格的に始まった。
そして8年前、キューカンバーが秘書となり、時計技師ダンデがノア地区へやってきた。大工事の調査がようやく終わり、着工の目処がたった——
「8年前に調査が終わったってことは、結局【秘蔵の設計図】が無くても大丈夫だったんですか?」
ショーンはくたびれた尻尾を左右に振りながら質問した。
「一部あたってんぜ。キアーヌシュが時計塔の『守り人』になったことで、時計塔内の調査が気兼ねなく行えるようになったのさ。キンバリー社が帝都で勧誘してきた優秀な測量士、地質学者、建築家を雇えたのも大きいな。まぁ、カディールは激怒していたが」
「あぁ、なるほど、技術の進歩ですか……」
そこに至るまでに相当な金がかかっていそうだが、キンバリー社に1ドミーも還元されてなさそうだ。秘密の地下都市とやらに財宝が詰まっていれば良いのだが。
「でも一部、間違ってるってことですよね、それはどういう……?」
紅葉も話に参加してきた。
紅葉がひそかに所持している花火の図本は、おそらくゴブレッティの設計図【Noah】とは別物だろう。全体が暗号で書かれていたし、描かれた都市も図鑑の挿絵に近く、プロの建築家による設計図とはまったく違う。
(暗号……組織の人間がよく使っている……図本のほうは組織の所有物ってことか……?)
「うむ、お前さんたちは、真円球をイジれば時計塔の床が持ちあがり、地下都市の入り口が開くという、ごりっぱな推理を披露していただろう。あれは一部正しく、一部は間違っている。地底都市への階段はそんなカンタンなこっちゃ靡いてくれねえ」
「…………っ、ノア役人とキンバリー社はその秘密を明かしたんですか!?」
ショーンと紅葉は、空腹を怒りに変えて、前のめりになっていたが、フェアニスリーリーリッチは腹を盛大にきゅるきゅる鳴らし、床にもたれかかっていた。ロビー・マームはさすがに付き人らしく不動で立っていたが、数日前の傷はまだ癒えておらず、目からは光が消えていた。
「うーむ、判明したというか、何というかだな。まず、あの地下都市が作られた歴史を考えてみるに、千年戦争の最中に建設が始まっている。地質学者によると、ラヴァでの戦争が激化する前、皇暦2200年代頃から作られ始めたんじゃないかという話だ」
ここで周りの社員からシュタット州産の李瓜茶が運ばれてきた。ショーン一行にもお情けで茶碗が振る舞われる。ロビーやフェアニスは空腹を満たすべく、フルーツの香りのする高級茶をズズッと美味そうにすすっていたが、お茶好きのショーンと紅葉は喉を通る気分ではなく、これを口にしなかった。
「千年戦争……ですか、そのための予備都市だとお考えで?」
この予想はショーンの見立てと少々異なっていたのだが、微妙な違和感を指摘できぬまま、老人の話はずんずん進む。
「ああ。時は皇歴2649年、クレイトの都市は敵軍の執拗な攻撃により陥落し、州都はノアへと移動した。逃げ場のないノア岩盤の上で、軍と住民たちは敵の砲弾がふりそそぐ中、執念で持ちこたえた。 敵軍の増員支援が尽きるまで岩盤でのガマンは続き、100年以上持ちこたえ、皇暦2827年、ついにラヴァの住民はクレイトの地を奪い返したのであった……!」
もう夜9時を回っていた。ラジオの歴史番組でも聴いているかのようだ。
「んで、こっからが肝心なんだが、ノア岩盤の地形は砲撃によって大きく変わった。特に皇暦2799年冬に起きたリュービ・タレース将軍による流星砲撃が顕著だった。南方をボコボコにして隕石崩れの大穴を各所に開けたが、北方の焼き尽くしまでには及ばず、ラヴァの民の滅亡は防げたものの、地下都市への入り口はこの地形変動によって閉ざされた——というのが専門家センセイたちが尻尾を突き合わせて出した答えだ」
「なるほど」
しかし音波呪文 《エコー・ダイブ》にて判明したトンネル自体はそこまで深くない。工事に使うような大型の機械で、根気よく掘ればなんとかなりそうだが——
「しかしエメリック・ガッセルの見解は違った。ゴブレッティの秘密の設計図と、あともう一つ、大いなる力が必要だとな、ガハハハハッ!」
「……大いなるちから……?」
羊の角がじくじく震え、猿の尻尾がゆらりと揺れる。
ふと、ショーンの胸に浮かびあがるものがあった。
我が故郷の勃興者、
ブライアン・ハリーハウゼンが組織から盗んだという【サウザスの秘宝】だ。




