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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第54章【Pendulum】ペンデュラム
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4 なぜノアへお住まいに

「どこに行くんだよっ! ノアから出ていく気か!?」

「黙れッ★」

 ラン・ブッシュは、けたたましく叫ぶ掃除夫ノアの喉をグッとふさいで黙らせた。

 俊足呪文 《ヘルメスの翼》の効力は、岩盤の縁ギリギリまで保ち……ギャリバーなどの重荷物を運搬している巨大自動昇降機の天井に降り立った。

 多少の足音や振動は、ゴウン、ゴオンと、鋼鉄の轟音でかき消され、ショーンが来訪時に30ドミー払った昇降機の上に、無料で乗ることに成功した。

「…………っ」

 眼窩に広大なラヴァ州の地面が広がっている。

 普段は勇敢で向こうみずな掃除夫ノアは、この光景をみて無性に震えた。自身がなぜここにいるのか、分からなくなってきたからだ。はやく仕事に戻らなくては。せっかく得た職と家を失ってしまう。

 しかし、彼の背中はがっちりと爪で捕まれ、身動きがとれなかった。ゴウンゴウンという震えが口の中まで響き、心のふるえと同一化していた。一言も苦しい胸のうちを発することができないまま、自動昇降機はノア岩盤の底に到着した。

 彼にとっては、この地区を訪れて以来、初めての底だ。

 太陽より遠く、巨大な影にいるせいか、岩盤の表面部の都市よりも数度はだ寒く感じる。

「やあやあ、オッズボーンさん、ノア地区ひゃら脱出けい」

「ああ。コンベイに出張だ。薬品と骨董を買いつけなきゃならん」

「いいねぃ、おけぇーりは明後日くらいかヒ?」

「いーや、4日後だ。うまいもんでも食ってゆっくりしてくよ」

 ランと2人で伏せたまま、中のギャリバー客が降り、ノア地区の東検問所から走り去っていくのを確認し……

「おぅーい、しょこの合計体重135kgの不法侵入者。正体ぇバレてんぞッ、この積荷箱に入っとけ! ヒャッヒャッヒャっ」

 背蝙蝠族の黒ずくめの東門の警備員が、ニシシと歯茎をむき出しに笑った。


「ありがとーだよー☆」

 ランも口が裂けそうなほど笑い、ノアを麻袋のように担いでなめらかに跳躍した。およそ3メートルの巨大昇降機の天井から、ひとっ飛びで、輸送用の木箱の中へ潜りこんだ。

「おめー、検問所とグルだったのかよ……ほんとに悪いヤツだな」

 それが何を意味するか悟ったノアは、さらに寒気を感じてペンギンの羽を毛ばだたせた。

「なんだヒョ、その金パツマツ毛は。そういうシュミひゃっけか?」

「んふーん、連れてきちゃったぁ☆☆そのうち口封じしとくよ★」

「アッヒャャッ」

 ランが額に手をあててヘラヘラと笑う。コルク・ショットを打ち込まれた銃痕はもちろん、肩の下に刺さったナイフ痕も、通常の人体ならまだ出血してるはずの傷口は、どういうわけかすでに止まっていた。

「ういよっ、例のブツだひゃ」

 警備員は検問所門の棒の上から、クシャクシャの茶袋を懐から投げてよこした。

(……なんだろ)

 ランは無言で袋をあけた。中は見ためよりも厳重で、内側で紙袋が何重にも折りかさなっていた。

(宝石か……?)

 ノアもこっそり中身をのぞいた。

 くすみがかった金色の丸い眼鏡だった。ところどころに傷がある。中古品のようだ。細かい装飾がついていて高級そうだが、さほど高額には見えない。

 ただの中古の丸眼鏡を、凶悪犯ラン・ブッシュは宝物を見るように、瞳を輝かせて見つめていた。


挿絵(By みてみん)


 夜が間近に迫っている。

 帝国魔術師ショーン・ターナーは、古ビルの一角で、老人に対峙していた。

「4人……ソフラバー3兄弟とキアーヌシュ氏、ということですか?」

 【真鍮眼鏡】を掛けていない大きな猿の瞳は、実年齢よりも幼く見えがちだが、真剣な眼差しはきりりと細く、静かに問答を進めることで、アルバとしての威厳を保っていた。

「ああ、ギャリバーって名前はな、その4人で付けたんだよ。イカしてるだろう」

 ショーンの背中で、紅葉が息をのむのを感じる。

「それぞれ案を出しあってな。ガレー船とガリバー旅行記をモジッて付けた。まぁ、次男のカヤンは案だけブン投げて早々に引っこんだし、カーヴィンの奴ぁボロボロの体で寝こんでたから、ちゃんと名付けたのは三男のカディールだがな。兄弟のなかで一番しっかりした男だ。ふふふ……」

 カランカランと氷の音が響く。

 老人の瞳はいまだに飛行用ゴーグルで厚く隠されていたが、ショーンはこれを聞いて、彼が長男カーヴィン・ソフラバー本人であると本格的な確信に至った。

「弟さん方は帝都にお住まいなんですよね。なぜ、おふたりはノアに……?」

「ハ、それが約束だったのさ。もう40年近く前だ。ノアへの永久移住と引き換えに、ここのお偉がたに歯車と資金の援助してもらったのさ。あれがなきゃあ、今頃ギャリバーのギャの字も存在せず、会社は歴史の狭間に消えて、モヴァファギット川の藻くずになってただろうぜい」

「約束……それはノアへの移住だけですか。それとも『守り人』になることですか」

「フフフ。最初に約束したのはカーヴィンの野郎だ。あいつはノアという魔窟都市と契約をふんじまってね。だが、アイツも会社が育つまでは忙しい身だ。手が開いていて、大金が得られる人物に代わりにいってもらったのさ」

「——!」

 そうか、大富豪キアーヌシュ。ただの株主で、何かを成し遂げたとはいえない彼が『守り人』に抜擢された理由、カーヴィン・ソフラバーの代役だったからか……!


 納得したショーンは唾をのみこみ、

「の、ノア側が移住を打診したのは、金を得るためですか。それとも何かの秘密を知っていたんですか? シュタット州にいる時から……」

 【Fsの組織】は、ラヴァ州だけでなく、おそらくルドモンド大陸全土に仲間がいる。ラヴァから遠く離れたシュタット州のほうが、構成員が多い可能性だってある。

「秘密だぁ? んなもん知るワケねえだろ。学のねえ工場夫にゃ、でかい岩盤の上で歯車を作ってることしか知らんぜよ。後から聞かされたのさ。スーツの似合う伊達男、エメリック・ガッセル様にな」

「——エメリック・ガッセル?」


『は、初めまして……オリバー・ガッセルです』

『ぼ、ぼくは……クレイト出身です……クレイトのガッセル家でお世話になって』

『ガッセル家?』

『代々建築家を営んでまして……5代目のラインハルトから枝分かれした、ゴブレッティの分家です』

『いいえ、ここは舞台芸術で有名なエメリック・ガッセルの設計したビルですのよ、お客様』


「ガッセルって、あのゴブレッティの分家ですか、建築家の? クレイト地区に住んでるはずじゃ……」

「んあっ、そうだ。確かにエメリックの自宅はクレイト地区にある。だがノアの夜会(サロン)にもしょっちゅう出入りしててな、花火ともそこで会った。彼がノアの財界の連中との仲を取りもった……契約のあれこれも手引されたよ」

 時計技師ダンデは、グラス内のジン酒を飲み干し、氷をカラカラ鳴らした。老人の顔が赤い。

「えー、どこまで言ったけか……」

 あまり飲ませたくなかったショーンは、サイドデスクの酒瓶をみずから酌することで量を調整した。

「それでエメリック・ガッセルの斡旋で結んだ、移住の目的はなんだったんでしょうか」

 水のように透明なジンが氷に沿ってくるくる回る。

(トレモロから盗まれたゴブレッティの設計図……花火が持ってたノアの地底都市図……全部ガッセル家が後ろで手を引いてたのか!)

 ショーンの心臓も、熱い酒を飲みこんだかのようにドクドク鳴った。

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