6 Under&Up
深く深く、深層意識が海に潜ってゆく。
ポォオオン、ポォオオオンと、海の波のなかで音の波が響き、金属の塊に当たって反響している。
ポワァアン、ポワァアアンと、あちこちに点在する塊により、小さな反響音が各所に発生していた。
(鐘が8個……確かにそれぐらいの数はあるみたいだ)
今日2回目の音波呪文は、打つのに慣れたせいか、初回よりも高精度で検知できていた。
内部の鐘はドーナツ状に配置されてるようだった。塔の3層目の床は直径10メートルほど。中心から5メートル離れた円状に、等間隔に配置されていた。
しかし、鐘と鐘を支える梁や柱以外の『なにか』は発見できなかった。
(まずい、ドアらしき場所が見つからない……一体どこから出入りするんだ……!)
もし見つからなければ、時計技師のダンデに聞けばいい。だがここで帝国魔術師として沽券を見せつけないと、ノア警察に対して立場がない。この場にいないビネージュ警部へのわだかまりを溶かしたくもあった。
(時計機構まで降れば何かわかるかも……とにかく下へ、もっと下へ……!)
ショーンは音波呪文 《エコー・ダイブ》のマナをどんどん降下させていった。藍より濃い青色の光がぱちぱちと体のまわりを点滅している。
ここ数戦の死闘により、故郷にいた頃よりはるかに保有量が増大していたショーンでも、いよいよマナの枯渇が見えていた。
(ショーン……ちょっと呪文が長い気が……何をそんなに調べてるんだろう)
同じく3階にいる紅葉は、少し離れてショーンの様子を見守っていた。
地下都市の調査のときは、そもそもトンネルの場所がはっきりしてなかったから、長時間、呪文を唱えていた理由は分かる。でも今回は、時計塔2層3層の間という、厚さ2メートルも満たない場所を調べているだけなのに。
青い光は床全体に広がり、海の波際の図書館をおもわせる幻想的な風景が広がっていた。
(これがショーンの体内から漏れているマナなら……かなり消費してるはずだよ……!)
呪文を普段、目にすることのない警察陣は、疑問を感じることなく真剣に見守るか、あるいは美しい光の輝きに魅入っている。
故郷サウザスの同胞ロビー・マームだけが、首をひねり疑問符の顔を浮かべていた。
ショーンは床の中心部に立ち、下を向いてぶつぶつと呪文を唱えており、周囲の人間たちは少々離れた壁沿いに集っている。
周囲を見まわし終えた紅葉は、ふと上を向いた。
(あそこが……キアーヌシュさんが亡くなった場所?)
時計塔の3層は、床から尖塔まで高い吹き抜けとなっており、円柱と尖頂部の間には、手すりのような円状の鉄棒がぐるりと取り付けられていた。
「……あんな上からロープが吊り下がってたんだ……」
初めて現場を目撃した紅葉は、ボソリと言葉に出した。
——10年前、私もこんな風に吊り下がっていたんだろうか……
その瞬間、氷の悪寒が紅葉のからだを突き刺し、心を凍らせていった。
「っ……」
(——イヤだ! こんなトラウマなんかで、いちいち震えていらんない!)
紅葉はその場でなんとか奮起し、膝をつきそうになるのを踏みとどまった。下になった目線を上に起こそうとした瞬間、とある箇所に気づいた。
(あれ……絨毯?)
大きな円形の絨毯だった。
時計塔の床の中央に敷かれており、キアーヌシュのベッドや書斎机が載っている。
(この大きさ、このままずーっと下層に下がっていくと……ひょっとして……地下都市のトンネルに行きつくんじゃ……)
紅葉の脳内に、時計塔のてっぺんから、巨大岩盤の下まで続く、巨大な筒状のトンネルの図が浮かんできた。
(くそっ、時計機構まで到達したけど、何も見つからない……!)
音波発生マナは2層目の中段まで到達し、心臓機構部を調査していたが、生命体や出入り口、そのほか事件の手がかりになるようなものは、いまだに発見できていなかった。
音波マナ自体は、既存物質に直接的な影響を与えないよう、あらかじめ設計されているが、時計盤を大事にしているノア都市民に見られたら激怒される可能性が高いくらいには、青くぴかぴかと点灯している。
「……いかがですか、アルバ様」
バルバロク警部補がおそるおそる進捗を尋ねてきた。
青き光は塔の窓から漏れでており、一部の目ざとい通行人には気づかれていた。
「……………………」
ショーンは陸に打ち上げられた魚のようにパクパクと口を動かす。
「ちょっと、ショーンさんにうかつに声を掛けないでくださいよ。魔術師はとくだんの集中力が必要なんですからね」
ロビー・マームはバルバロク警部補を牽制しつつ、ショーンに近づいて右肩を抱いた。
「ショーンさん、この絵本によると、天文学者の魔術師が尖塔の窓から望遠鏡をのぞいてます。尖塔まで床がせりあがるってことですよ。何とか見つかりませんか、そのカラクリが」
珍しく焦りはじめたロビーが、小声で急かしてきた。大口を叩いて、強引に立ちいり許可をもらった以上、発見できなければ、ショーン御一行、ひいては裏にいるサウザス町長の立場がない。
紅葉もまた、そっと左肩に近づき耳打ちした。
「ねえ、ショーン。この絨毯をめくってみようよ……! 絨毯の大きさが、ちょうど尖塔の底面積に近い気がする。それで尖塔の床をずーっと真下に降りた先が、地下都市のトンネルにあたるんじゃないかな?」
「だぁーーっ、2人とも呪文中に話しかけるのはやめてくれ!!」
どちらも極めて大事な情報だったが、左右から急にまくし立てられたショーンは、《マナの集中》が乱れてうろたえた。
青い光は、いよいよ2層の底部——時計機構の真下に吊り下がる真円球にまで達していた。
「ああん、もうサイアクよぉ、遺書にアタシの処遇のことが書いてないだなんてッ! 服代もサロン代ももう払えなくなるじゃないの、この先どう生きていけばいいのよぅ」
「それは、ズビーッ。亡くなった大富豪のズビーッ! 意向は知らされて、ズビッ、なかったってことです?」
同時刻、コントラフォーケ2区のノア警察署にて。
鼻炎刑事のデタ・モルガンが、大富豪秘書であり九官鳥族のキューイ・キューカンバーに、通算3度目の取り調べを行っていた。
「そりゃそうでしょー、タダの雇い主だもの。でもあんだけ生活の面倒みてやってたんだから、ちょっとはベンギを図ってくれても良くなーい」
「ええと、ズビッ。そもそもあなたが雇われたきっかけは? 元は服屋の店員で、秘書の経歴はないよう、ズビッ、ですが」
モルガン刑事は、書類に鼻水を飛ばしながら質問した。
「さー、鳥族をご希望だったのヨ。飛べる民族をね。理由は知らないけどォー。鳥族の候補者何十人かキンバリー社と面接して、受かったのがアタシってワケ」
キューイ・キューカンバーは爪をヤスリにかけ、気だるそうに尋問に答えた。
「そーいや結局、飛ぶことを頼まれたことはなかったわね。アレってば何だったのかしらん」




