4 Down&Up
『皆の衆、ついにこの日が来たな、ルドモンド警察に携帯が許された唯一の銃【Cork-shot】の訓練を始める! まずは点検と分解結合からだ、心して臨むように』
皇歴4565年、秋。ラヴァ州クレイト警察学校にて、いよいよ銃の訓練が始まった。渡されたのは長銃と短銃の2種類だ。
エミリア・ワンダーベルは教官の指示どおり、慣れない手つきで部品を外していく。
『っと、スライドを引いて、ピン押して……これで合ってる?』
うまく銃身が動かず、ガタガタ肘を震わすだけだった。
『フェアニス、なんか銃の感触ニガテかも~』
エミリアの隣席のフェアニスリーリーリッチは、下着でも脱がすかのように軽やかに分解していき、バラバラの部品を机にぶちまけた。
『ラぁーン、できたぁー? エミリアを見てやってよ、もたつきまくってんのよ、この子』
離れた教室の角にぽつんと座るラン・ブッシュは、分解結合なぞそっちのけで銃弾をほじくり、ゴム弾から露出させた『ルドモンド大陸でもっとも重たい鉱物』より重たく感じる物質——
すなわち【真鍮眼鏡】の原料を凝視していた。
「アアアーーー★★‼︎」
雷刃のような轟きが、バウプレス5区の一帯に響きわたった。
ビネージュ警部は薔薇が刻印された双眼鏡をかちゃりと掛け、
「掃除夫ノアの左脇腹に1発。住所不明無職ラン・ブッシュの右脚部に1発、右肩口に2発、」
双眼鏡ごしに観察する合間に、自らのリボルバー銃の撃鉄を起こし、銃声をタァーンと空へ響かせた。
「そして右の臀部に1発、と……あなたたち、お見事よッ」
警部はねぎらいの言葉を部下に伝えたが、依然として現場は気を抜けぬ空気を纏っていた。
大富豪不審死事件の容疑者2名は、車道の真ん中に血まみれで立ち尽くしていた。
掃除夫ノアはコルク・ショットの重みに耐えかね失神している。これは無理らしからぬ状態であった。荷馬車級のおもりを体にぶら下げるようなものだ。常人なら数発で気を失うか気が狂う。
「……はぁー、はー……」
しかし、住所不定無職ラン・ブッシュはこの状況下でもなお、ノアを抱えて直立していた。むろん無事ではない。肩をガクガクと鳴らし、口元もおぼつかずに震えている。また、ここまでの道中であまりに血を流したため、貧血を起こし蒼白い顔に変化していた。
「さあ、ここまでよ。大人しく投降なさい」
「…………はっ、はガッ★……」
孤立無援のランは薄ら笑いを浮かべ、口内に溜まった血をブシュッと吐きだした。
「あなたたちには黙秘権があるわ。弁護士に相談し、取り調べに同行してもらう権利もある……」
ビネージュ警部はすでに被疑者の権利を告知しはじめていた。
「黙、もくひ権……フ、フフフ★」
ランの髪と毛並みは地に逆らうように天に総立ち、その眼光は稲妻の予兆のようにバチバチと瞳孔内で瞬いていた。尋常ならざるランの様相に、ノア警察の面々はいまだ近づけないでいた。
「ガハッ、知ってるぅ?……アルバの持つ【真鍮眼鏡】における物質Gの平均含有量は13.7グラム……グフッ……対して【Cork-shot】の銃弾に含まれるブツは、たったの0.07グラムに過ぎないッ……アバッハッハハ★★」
ランの周りだけ天候が曇天になった。一斉に時を告げる鐘が鳴る。
ただいまの時刻は皇暦4565年03月30日、16:00。
ガラァアアアアン、グワアァアアアアン……!
「うわっ」
午後4時の鐘が『時計塔』から発せられた。強烈な音波がびりびりと体の髄まで揺らした。
音にひときわ敏感な民族の刑事たちは、耳を覆うように体を屈めて苦痛をやり過ごしている。羊猿族のショーンも、羊の円環角に音波がぐるぐる反響し、めまいを起こしそうになった。
「やっぱり、音の発生源はここですね。8つの鐘はこの層の間に格納されてるに違いませんよ」
耳の小っちゃな土栗鼠族のロビー・マームは、直立不動のまま冷静に指摘した。
「あ、ああ……この中に生きた人間が潜んでるとは到底思えないけど……」
居たとしたら鼓膜がとうに破れきってることだろう。
「アルバ様、内部構造がどうなってるか分かりませんか?」
「ショーンさん、さっさと呪文で調べてくださいよ。役所に調査許可をお願いしてたらあと1週間は待たされますよ!」
左右のマッチョに急かされ、ショーンは肩を振るわせた。
(くそ……音波……こうなりゃまた《エコー・ダイブ》を使うしかないか!)
気が進まなかったが、他に手段が思いつかなかった。音波呪文 《エコー・ダイブ》が真鍮眼鏡なしで使えるのは、操作用マナを通じて物の位置をつかめるからだ。当然、【真鍮眼鏡】に投影できる呪文よりも、マナは著しく消費する。
遠くにいる紅葉をまっすぐに見つめた。目と目があい、彼女は拳をかたく握ってゆっくり頷く。
「——みなさん、いったん上に登ってください。これから呪文を打ちますから、早く!」
2層と3層の間に滞留していた人員をすべて3層に上がらせた。空間をからっぽにし、呪文の精度を高めるためだ。
自身も上にあがり、まっすぐ下へ向かって呪文をかけた。
【コウモリは波を発して空を飛び、イルカは波を飛ばして海を泳ぐ! 《エコー・ダイブ》】
ショーンは再び海の色にかがやいて発光し、体内からマナを放出していった。その速度は、180度ひっくり返した砂時計の流砂よりも、容赦のない速度であった。
完全に人が消えた2層に対し、1層にはまだベゴ爺さんたちが数人残っていた。
「おい、どしちゃったんじゃ、嬢ちゃん!」
フェアニスリーリーリッチは椅子の上でガタガタ震え、蒼鷲の翼の羽先をピーンと張っていた。
「…………ラン!」
彼女の翠金色の眼球はギラギラひかり、時計塔の壁を突きぬけて、遠くとおくを見つめていた。
「だァーからそれくらいの量、とっくに体内にいれて慣らしてるってこと★★★舐めないで!!!」
ラン・ブッシュの体内に混入した物質Gは計0.28グラム、【真鍮眼鏡】までは耐えられぬ彼女でも、容易に我慢できる程度の重さであった。
「ギャハハッハ☆☆☆さようなら!」
ランは両脚部に力を溜め、再び上へと跳躍した。それは高度27メートル、鳥にも負けぬ高さであった。




