2 天文学者の『守り人』
その人物は肖像画ではなく、版画に描かれた住民であった。
丸い大窓から天体望遠鏡をのぞいている。床までとどく長いヒゲに、天まで届くとんがり帽子、魔術師らしいローブをまとい、巻鹿族の長い角が生えている。
天文学者であり呪術家、タクソス・エクセルシア。
アルバ統括長フランシスの直系先祖にあたり、一族全体としてみると、ラヴァ州クレイト地区に根づく傍系だ。故郷のアルバを調べようという魔術学校の課題で、教科書『歴代ラヴァ州の帝国魔術師』に版画とそっくりな姿が載っていた記憶がある。
「歴代の『守り人』にもアルバ様は何人かいらっしゃいますが、彼はもっとも名が知られてる人物だと聞いております。ご存知で?」
階段でつい止まっていたら、バルバロク警部補に問われた。
「はい。エクセルシア家は、魔術師のなかでいちばん有名な一族ですので……彼はクレイト出身だと聞いていますが、ノア地区に越してたんですか」
彼は忘れもしない、木の葉の仮面の男が放ったあの呪文——磁場発生呪文 《ノーザンクロス》、磁場反発呪文 《サザンクロス》を考案した人物だ。
「——タクソスですって!?」
ロビーが階段で急にふりかえり、ショーンの鼻へしたたかに腕がぶつかった。(【真鍮眼鏡】がまだあったら吹っとんでいったことだろう)
「うぇっぷ!」
「その人が今回の手がかりですよ、見てください」
アルバ様の大事なお鼻がひん曲がるのもかまわず、ロビーは例の絵本を広げてみせた。
【そして時計塔に住む『守り人』もまた、多くの偉人が住み、発明や発展にこうけんしました。タクソス・エクセルシアは天文学者として、時計塔の頂上で星を観察しました】
タクソス・エクセルシアが窓辺から望遠鏡を覗いてる挿絵だった。
「天文学者だし、これがどうし……」
「大事なのはこの背景です。この望遠鏡の窓は、塔のもっとも天辺、尖塔に作られた丸窓でしょう。しかし、この床は尖塔部にとても近い位置にある。まるで幻の第4層目があったかのように……」
物置と水場がある第1層、時計盤と心臓機構がある第2層、守り人の住まいである第3層。さらに尖塔にも階層が——?
「じゃあ、昔はそこに床があったんじゃないか。タクソスが天体観察のために特別に作らせたとか」
大富豪キアーヌシュだって、壁沿いに本棚を作らせていた。1代限り、特別なつくりの構造物があってもおかしくない。
「タクソス専用ではなく、まだ現存するとしたら?」
立ち止まっていたロビーが再び歩きはじめた。2層目の階段へ進んでいく。
(現存する——『呪文が使えないと発見できない』ってそういうことか⁉︎)
バルバロク警部補の、焦げそうなほど熱い視線を背中に感じながら、重大な責任を負ったショーンは、無言でキュッと猿の尻尾を、自身の体に巻きつけた。
真っ赤な色のコウモリジュースが、ポタポタと石畳を流れていた。
ザクロ色の濃い赤色へ、さらに炭を混ぜたような黒い実際の血が、ぽたぽたと滴りおちていく。
「ふふふ☆」
火を綺麗に焚きあげた後の灰のように白い肌をした雷豹族は、顔が裂けそうなほどの笑みを浮かべていた。
「だ、大丈夫か……?……まだ血が」
「フン、気安く話しかけないで★」
彼女はプイ、と明後日のほうを向いた。
助けたら殺そうとしてくるし、こっちが困ってたら救ってくれるし、礼をつたえれば無碍にする。まったく気まぐれなネコさんだ。
「……まだ血が出てんぞ。家に帰れるか、ここから近いのかい」
掃除夫ノアはめげずに話しかけた。生来の調子を取り戻そうとしていた。
「家ーえなんか無〜いしぃ☆ そこらへんに丸まって寝るわよ、豹なんだからさっ」
きめ細やかな長い尻尾をくねらせる。美しい高級都市ノアでは、浮浪生活者は検挙対象のはずだ。
「はハッ。じゃあしばらく……ウチくるかい」
無性に寂しさを覚えていた。血を滴らせた殺人猫でも、そばに居てほしかった。
「☆——ぁ゙」
彼女が声を発するのすら面倒そうに返答した。その時——
「あーんなたたちっ。銀片吟族・清掃員ノアと、雷豹族の無職ラン・ブーッシュ! 『大富豪キアーヌシュ時計塔変死事件』関与の容疑で逮捕するーーッ!」
白薔薇の香水をあたりに振りまき、犬豹族のボンデージ姿の女性が、警察車輌のギャリバーに乗って、爆音の拡声器で7区の道を爆走してきた。
「えっ……オレも?」
「★チ——ッ」
盛大に舌打ちしたラン・ブッシュは、膝をついたままの掃除夫ノアをいそいで担ぎ、大地を蹴って、ノア都市のビル群を跳翔した。
「ちょちょちょ、おい、なんでオレも連れてくんだよ!」
「ウルサーイ★こうなったら一蓮托生だよ」
「オレはやましいことなんてねえって、お前とは違う人間だって!」
「キャハハ☆★アンタが大富豪殺しのハンニンなのぉ? やるじゃん」
「知らねぇよ、何かの間違いだっつーの!」
担がれたノアは抵抗して宙をもがいたが、ものすごい力で攫むランにまったく抵抗できなかった。両肩から滲むランの血が、掃除夫のツナギを赤く濡らす。
「待ちなすぁーい! 逃亡罪は禁錮1年と罰金600ドミーの加算よッ。飛翔班、追いかけて」
ノア警察の飛翔班——複数の鳥民族と背蝙蝠族による5名が、凶悪犯罪の容疑者らを追いかけ、飛びたっていった。
「地上班は二手に分かれてッ! 半分は飛翔班の支援、半分は掃除夫の自宅へ、オン・フォンセ!!」
警察車輌用ギャリバーD-04型【DIジョー】の座席の上に立ちながら指示だししていた。
「さあ気合いいれてちょうだい、久々の大捕物よーっ」
ノア警察のヴェルヌ・ビネージュ警部。彼女は外の現場が合ってるようだ。
ショーンとロビー、警察一同は、『時計塔』の中央部である2層目に突入した。
歩いても歩いても視界に入ってくる心臓機構は、カチリ、カチリ、と動力も持たずに、歯車の噛みあわせだけで時を刻む。金属同士がかち合う音を耳にするたびショーンはそわそわと腕を揉み、紅葉は周囲を警戒しながら列の後尾に陣取っていた。
「犯人が隠れてる場所とは、ここですか」
バルバロク警部補がショーンの背後から、最前列のロビーへ鋭く問う。
「ええ。厳密にいえば2層目の天井と3層目の床、その合間の部分です。ここは1ー2層目と比べてかなり分厚く作られている。居住部に音漏れしないよう配慮だと思っていたのですが、どうも違うようで、中には鐘が仕込まれてるらしいですね」
ロビーは小走りに階段を駆け登り、天井と床の間の部分へと潜っていった。
「どこかに点検口があるはずです。階段沿いの壁には見あたらないようだ……。詳細を知る人は居ませんかかね」
「そもそも警察は『時計塔』の設計図を持ってないんですか」
ショーンが疑問に思いたずねると、
「ありますよ、一応。鐘の在り処など存在しない設計図がね」
警部補が設計図を持ってこさせ、その場で広げて皆で確認した。確かに細かい寸法や敷地面積などは載っているが、肝心の2-3層目のあいだは黒く塗りつぶされていた。
時計塔はノア都市の重要機密事項とのことだったが、警察も例外ではないらしい。
(なるほど……ゲアハルト都市長との連携がイマイチなはずだ)
ショーンは何となく納得して、尻尾を振った。




