5 岩盤、音波、座標
【コウモリは波を発して空を飛び、イルカは波を飛ばして海を泳ぐ。 《エコー・ダイブ》】
音波呪文 《エコー・ダイブ》。
発明したのは、背蝙蝠族の呪術家ジャス・ビュー・ライ。彼は人生の大半を洞窟で過ごし、自民族が持つ特殊能力、反響定位 (エコーロケーション)を可能にする呪文を完成させた。
反響定位とは、物体に音波をあて、その反響を感じとることで、ものの位置を把握する方法だ。コウモリは2万から10万ヘルツ、イルカは17万ヘルツもの高い周波数の超音波を発し、獲物を捕獲できるという。
(余談だが、彼はこの呪文を作ったとき、なぜイルカまで文言に入れるんだと、同胞の背蝙蝠族らに抗議された。彼はコウモリだけでは文言が短くなり、失敗し続けたせいだと後に語っている)
およそ20000ほどのマナがショーンの体内から発され、ソナーの役目を果たそうと地下水道の壁へ散っていった。
「…ふー……」
ショーンは己の身体を、夜の海のように深く青くかがやかせ、しばし呪文に集中していた。頬からぽたぽたと汗の雫が落ち、両指は必死に震えを抑えながら振動している。
この呪文 《エコー・ダイブ》が真に画期的だった点は、コウモリやイルカのような高周波による反響定位のみならず、音波の高さを低く抑えることで、壁や岩を貫通し、特定できるようになる点にあった。
しかし低周波には、多量のマナと高度な操作を要する。波がこまかく繊細で、微細なものをキャッチしやすい高周波と違い、低周波は波長が長いぶん空間に広がりやすく、解像度は著しく落ちる上、貫通によるノイズが入るのもいただけない。
「……ハッ、ハアッ……」
ガクガクと不随意に両手の指が鳴り、そのたびに【マナの集中】が削がれた。失敗したら1からやり直しだが、とてもじゃないが再度マナを消費できない。
「………………っ、っぐ!」
エコー・ダイブに必要なマナは “たった” 20000ではない。短い波長で探知するごとに、解像度を高める為のマナ、ノイズを除去する用のマナまでが、ショーンの体から食われてく。
『真鍮眼鏡なしで打たなきゃならないから、ちゃんと計算しとかなきゃな』
ショーンは昨晩、調査に必要な呪文をあらかじめ【星の魔術大綱】で予習していた。マナ消費を効率化できるよう、レポート紙が真っ黒になるまで、数式を書き続けていた。
紅葉は左手を胸にあて、熱心に見守っていた。治癒以外の呪文で、こんなに長時間、同一の呪文を紡ぎ続けているショーンを見るのは久々だった。
頼りになる仲間たちも、ショーンを静かに見守っていた。フェアニスは面倒くさそうに膝をつき、ロビーは深いあくびをし、ベゴ爺さんはチロチロと酒を舐めている。
「…………っ、もみじっ、図をみせて!」
ショーンは苦悶の表情で叫び、例の図本を求めた。紅葉はあわてて布バッグから取りだし、ページを開く。
(光の道がこの図のとおりの太さなら、町の数区画くらいある。エコーダイブを広げても見つからないほど広いのか?)
ショーンは最初にノア都市に来た日のことを、ギャリバーとともに自動昇降機に乗り、ノア岩盤の上へのぼったことを思いだしていた。
(現実的にヒトが使うなら、あの自動昇降機くらいの大きさくらいが妥当じゃないか? なのになぜ見つからない!)
「クッ……どこだぁッ!」
「ベゴさん、通路はどこにあると思います?」
ロビー・マームは優雅に足をくんで、両目を閉じつつ、隣のベゴ爺さんに質問した。
「さあちのぅ、便所やしゃわー室のパイプが通っちょるから、そん近くにないのは確かだっぺ」
爺さんは、枯れた長い指を曲げ、ハッチから3メートルほど離れた距離にある、2本の下水、浄水パイプをさした。時計塔の水場は台所をふくめて、すべて塔の東側に集中している。
「なるほど。僕が秘密の道をつくるなら、『時計塔』の真下に作ると思いますね」
「へー、根拠はぁ~?」
興味なさそうなわりに、シッカリ聞き耳を立てていたフェアニスが、髪を掻きあげながら声をあげた。
「その図は地下都市というより、戦時中の食糧保管庫のように思えます。庶民がかんたんに入れる場所には作れない。ならば時計塔の直下、塔内部に入口を限定したほうが安全でしょう」
「…………っ」
それぐらい、ショーンも先ほどから見当はついている。だがいくら塔の真下付近を探しても、《エコー・ダイブ》に引っかからないのだ。
(すでに埋め立てられてるのか?……いや、だったら下に伸ばそう! さすがに何千メートルも埋まってるとは考えづらい)
ショーンは両手をひっくりかえし、岩盤内部に散らばったマナを、下へ下へとさげていった。宙に散布されたマナが、静かに、しかし重力よりも早く下へとさがっていく。
(…………………たのむ……)
エコー用のマナは、ソナー用の低周波を発するごとに、青白く点滅して硬い岩盤内を通過していく。
(見つかってくれ…………!)
あたりが幻想と静寂に包まれる間にも、操作用のマナは容赦なく体内から消えていった。
エコーを1メートル下げるごとに、多量の時と活力が、ネズミにがりがり喰われていく。
ショーンは手のひらにびっしょり脂汗をかきながら、
ゆっくり、コトコト、都市役場で乗った自動エレベーターを思い出していた。
エレベーターガールがにっこり笑って、鈴を鳴らす。
『下へ参ります♪』
チン、と金属音が脳で鳴り——
反響している箇所が見つかった。
「————あった!」
たしかに反響がかえってきた。マナの移動を停止させ、瞬時にその場に固定化させた。
「あったの!?」
紅葉が髪を揺らして叫んだ。塔の中心部かつ、1階の床面積よりやや小さめな、謎の空洞がたしかに存在していた。
「くそっ!」
だがまずい、思ったよりかなり下方にあった。簡単にマナを投影できる【真鍮眼鏡】が手元にないので、ぼんやりとしか位置が分からない。
ショーンは急いでサッチェル鞄をたぐり寄せ、【星の魔術大綱】をめくり、マナの位置を正確に知れる呪文を、大声で唱えた。
【君の居場所は3つの数字で答えられる! 《カルテシアン・コール》】
空間位置を最初に数字であらわした数学者、ルネ・デカルト。
彼のラテン語名、カルテシウスから名付けられた座標呪文 《カルテシアン・コール》によって……
ついに正確な場所を探りあてた。




