4 都市への道は近くて遠い
「こちら、クレイト市のアルフォンス卿からの弔電のご連絡ですよ。花束に焼き菓子。ああ、これはオックス西部の地区長からですね、干したクルミとイチジクジャムをどっさりと。グレキス地区のリューシアン社もおみまいの品が届いております。なんと木琴、10台分!」
「んだーーーっ。大富豪への弔贈物を、都市長あてにおくーるなんてどうかしーてます!」
早朝、昼秘書と夜秘書がまじわる引きつぎ時刻。
都市長の秘書室には、大量の手紙と贈りものが届き、業務を圧迫していた。
夜秘書トルーキンはしばし居残り、仕分けを手伝い、昼秘書オーレリアンは憤怒の顔で手紙にペーパーナイフを入れていた。
「ふむ、異様な量ですね……。前任のゴットハルト様が亡くなられた時より反応が多いとは。州内はもとより州外からもこんなに」
長年務めた秘書ですら見慣れない名も多く、交流のない会社や企業からの手紙が多かった。
「あはーん。 どーせギャーリバーの経済力がお目あてでしょーよ。ルドモンド一の大企業のだぁーい株主の影響力ってことでしょーう。次の『守り人』が決まったらスンと引きますよ。これは予言でーす」
「次代の……誰になると思いますか? ふさわしい人物は」
次代の『守り人』——
このトピックは、すでに巷間で噂されていた。
今のノア都市に、塔に孤独に篭れる人材がいるんだろうか? いやいや、酔狂な人物が州外から現れるかもしれないぞ。首を吊った直後に住める人間なぞいるだろうか? しかも成功者である必要がある、誰でも良いわけじゃない……等々。
「さ! はやーめに任命しないといけないでしょーね。ああもう、全てリストに入れて、お返しの準備をして……人手がぜーんぜん足りませーん、誰か、誰かーっ」
秘書オーレリアンは、背中のピンク色のペリカン羽をバタつかせ、役場4階にいる実務課の応援を呼んだ。
ぽちゃん、ぽちゃんと水音が響く。
雨がザッとふった時、洞窟に隠れる獣のような心地を感じた。
「ノア岩盤の上では地下水が使えん。普段いかに雨水を溜めて、浄水するかが重要なんじゃい。古代より畜水技術にチカラを入れた結果、ラヴァ州はもちろん他州にも運用技術が広がっちぇ、ファンロン州の大規模農場にも技術の一部が使われちょる……」
「へー」
当初はイヤイヤだったベゴ爺さんも、本来のおしゃべり好きな調子を取りもどし、列の先頭でアルバ様相手に蘊蓄を披露していた。
ノアの地下水道は、ずっと水平が続くわけではなく、緩やかな坂や急勾配の階段も途中ではさむ。(大工事が完了した暁には真っ平になるという話だが、はたして皇暦4000年代のうちに終わるのだろうか?)
地上ならさほど労せず着く『時計塔』への道のりも、遠まわりに迂回する必要があった。
残りの一行もトボトボと後方を歩いていたが……我慢できず、フェアニスリーリーリッチが紅葉の腕をつっつき、話しかけた。
「ねえ、昨日ツケてた子たちはどうしたの?」
都市長のお子様、ジークハルトとベルゼコワ兄妹のことだ。
「事件が解決したらお土産話をタップリするからって、解放してもらったよ。今は寝てるんじゃないかな、夜行性だし」
「ふーん、解決ねえ、見込みはあんの?」
「…………」
この事件、何をもって解決というのだろう。
そもそも自分たちが追っていたのは、ゴブレッティの設計図【Noah】と、盗難犯ラン・ブッシュの行方だ。
大富豪キアーヌシュの死は、たまたま起きただけに過ぎない。
仮に、今から時計塔の地下に潜って、運よく地下都市を見つけられたら、死の真相は解かなくても良くなってしまう。
「フェアニス……あんたとの約束、叶えられないかもしれないよ」
「あっそ! じゃあ、このクロスボウにあんた達の無能っぷりを永遠に刻印してあげる」
「お好きにどうぞ。あんたにクロスボウ返してやったでしょ。もし大富豪の謎が解けなくても、【鋼鉄の大槌】は返してよ」
「はぁ!?」
この提案は、紅葉の独断ではなく、昨夜ショーンと話しあって決めたことだ。
『もういいよ、フェアニスのことは。マドカ……本名、マドゥルカマレインだっけ? に、会ったときに聞けばいい。ルオーヌ州の知り合いみたいだし、マドカならすんなり教えてくれるって』
「ぬあーっ! 卑怯者——ッ」
フェアニス・リーリーリッチは、思わぬ情報に被弾し、翼を羽ばたかせた。
「古巣の女に依存する気? 卑怯よ卑怯!」
「誰がナニを非難してんのよ、これ以上騒いだら、羽むしって丸焼きにしてやるからッ‼︎」
地下水道に血が流れるまで、あと5秒。
「なんじゃなんじゃい! 急にケンカするでない」
「女性同士、仲がよろしいですねえ」
ベゴ爺さんがうろたえ、ロビー・マームがにこやかに笑う。女のケンカに男が介入するのは最も愚かな行為だと知るショーンは、まるっと無視して前を歩いた。
「ひょっとして——あれが時計塔のハッチじゃありませんか?」
流血沙汰になる目前で、なんとか現場に到着した。
ノア都市の根幹『時計塔』の真下は、地下水道もまた大動脈の根っことなっており、天井が広くとられ、大小数々のパイプが合流し、少し離れたところに局員の詰所もあった。
そしてハッチには警察が囲ったであろう、簡易的な鉄フェンス……数日前に地上の塔で見たときと違い、警備の者は誰もいない。
「この辺に地下都市への道があるはずだ。探してみよう!」
全員で手分けし、地下都市に繋がるような入り口がないか、パイプ周りや詰所の奥まで這いつくばって調べたが——当然、ジョバンニ爺さんが数年かけて見つからなかったものが数分で発見できるはずもなく、ロビー、フェアニス、ベゴ爺さんはすぐにやる気を失い、詰所のパイプ椅子で涼んでいた。
「だっる、勝手にやってちょーだい。てゆーか呪文でパパッと解決しなよ、アルバ様」
「どうする、ショーン、《グングニル》でもぶっぱなす?」
「できるかっ!!」
大地呪文【神の槍 《グングニル》】——別名・光るモグラ。掘削にはもってこいだが、ここでぶっ放したら警察にお縄になるだろう。
「はー、これで気がすんだっぺ。ちょっちょと帰ったほうがええ。誰かに見っかっちったら、わいの退職金が減っちまう!」
ベゴ爺さんはやれやれと懐からイチジクブランデー入りのヒップフラスコを取り出し、グイッと煽った。
ショーンは静かに目を閉じ、両手を天にむけて軽く広げた。水の神イホラとおなじ姿勢をとり、ある呪文を唱えた。
【コウモリは波を発して空を飛び、イルカは波を飛ばして海を泳ぐ。 《エコー・ダイブ》】




