6 時が経てば思い出す
「ハイっ。こちら記事デスよ〜!」
どすん! と机の柱が鳴った。見るだけで重量を感じる。
当時の記事は、紅葉もまだ直接見たことがない。ここに事件の全容が書かれているのか……。
事務員ナタリーと社長ジョゼフは楽しそうに束を分けて、テーブル端から日付順に載せていった。せっかく紅葉のために持ってきた物だが……彼女は直視できずにいた。
(これが……当時の………………っ!)
空のコーヒーカップが震える。脂汗が額から垂れた。
一番左端にある、事件当日の記事がどうしても見れない。
視線を逸らしたちょうど真ん中に、ユビキタス先生の大きな写真がデカデカと載っていた。いったい何の記事だろう。日付は皇暦4560年12月05日。
「……こ…これは?」
「え、ああ、町長選の結果よ。先々代のカルマ町長から引き継いだの。事件の2ヶ月後ね」
モイラは赤く塗った長い爪で、10年前当時のユビキタスの写真を示した。
よく読むと、第44代の町長選の記事だった。
得票数はユビキタスが圧倒して当選している。
「町長交代で、カルマとユビキタス、両者の長尺インタビューを載せてるんだけど、2人とも事件のことに触れてるわ。ま、治安に気をつけなさいってだけだけど」
紅葉より年若らしきナタリーが、「事件当時って、ユビキタス町長じゃなかったんデスね」と呟いていた。
「紅葉さんは……先々代のカルマ町長のことは覚えてるかしら?」
「いいえ、お名前だけしか……」
カルマ町長には、直接会ったことはない。正確にいうと、彼は紅葉を直接見たかもしれないが、紅葉が意識を取り戻したとき、既に高齢で亡くなっていた。
「でも……ユビキタス先生とは色々お話ししました。そう、町長になってからも」
「町長になってから? 待って。あなた、彼から直接、学校で教えを受けてないわよね」
「えっ、はい……」
紅葉は事件後、1年間近くまともな意識がなかった。
意識を取り戻してからも、体がうまく動かず半年ほどリハビリに費やした。サウザス学校へ入学できたのは、それからだ。便宜上ショーンと同年齢として扱われ、12歳の春から14歳の冬まで通い、卒業した。
それはユビキタスが町長を務めた4年間と、まるまる時期が被っている。
「ならどうして彼を、先生って呼んでるの?」
「ショ……友人が、『ユビキタス先生』って呼んでたからです。それに先生が町長だった時も、何度も学校へ来て、町や政治の講和をしてくださいました」
「なるほどね。その時、個人的にお話はした?」
「……はい」
多忙だったのに、月に一度は、学校に顔を出してくれたユビキタス。先生はとても人気で、みな直接お話したがっていたのに、直接の教え子じゃない紅葉とも、何度も対話してくれた。
「……入院中も、先生は何度もお見舞いに来て下さったそうです。私は気を失ってて、全然覚えてないんですけど」
「当時の取材によると、事件以前の記憶も無くなってたのよね。……あれから思い出したことはある?」
「えっ」
モイラの言葉にハッとした。
いまの今まで、自分が事故の衝撃で、記憶を一切思い出せないのは当たり前だと思っていた。
──でも、『時が経てば思い出す』という可能性もあるのだ。
どうしてその可能性に気づかなかったんだろう──
くたびれたワイドパンツを引っ張る。
「え、えっと、挨拶の仕方とか、食器の持ち方とかは……目が覚めた時も分かってました。でも自分の家族とか、苗字とか、住んでた場所とか……民族とかも、分かりません」
動揺しながら答えた。自分でも何を言っているか解っていない。
「──正式な民族学者に見せたのかい?」
困惑する紅葉の、すぐ後ろに立っていた、鮮やかな赤髪の男が声をかけてきた。




