5 深追いしない、報告する
「そんでえ、どーすんのぉコレカラ。フェアニスは外に出るけどぉ〜。あ、一応、約束の時間には時計塔に行くから。来るわよね?」
フェアニスリーリーリッチは乾麺のような髪をちりちりとかきむしり、アパートの銅鍵をチャラチャラさせた。紅葉はいったん時計を確認し、どの道を進むべきか考えた。フェアニスについていくか、花火を追うべきか、それともコウモリ店員か……
「私、ショーンの元へ帰るよ」
深追いしない。報告する。
事件を解決するよりも、ひょっとしたら大事なことかもしれない。仲間は2人、ロビー・マームもいれて3人しかいない。関係者は次々増えていく一方だというのに。
紅葉の指が、とつぜん黒く、凍化していった。
「…………ッ‼︎」
そうだ、相手はルドモンド大陸全土にわたる、アルバに関係する地下組織。しかも、他の犯罪組織とも協力関係にあると思われる。どう考えたって、2人きりで追いかけて殲滅できる規模じゃない。
「何よぅ、急に。人生の身の振り方でもミスったわけえ? ちなみにフェアニスはつい4日前に選択をミスったわ。ゴミ配達の曜日を間違えて出したら、掃除人から自宅の窓にゴミを投げられた時にこう思ったの。鳥民族らしく屋上に住んどきゃあよかったって、ギャャッハッハ」
フェアニスがケラケラと笑い、その動きにあわせて、紅葉の黒化した指はカタカタと鳴っていた。
(いや、落ちついて。何も2人だけで旅してるわけじゃない。ショーンにはアルバ統括長フランシス様という強力な庇護がある。それに州警察だっているじゃない。オーガスタス町長や、ヴィーナス町長も応援してくれてる。ゲアハルト都市長だって……! そう、全然2人ぼっちじゃない……だから安心すべきだよ、そうだよ)
紅葉は心を落ちつかせながらフゥーファーと息を吸って吐き、精神を整えた。
フェアニスはその間、バサバサと翼をつくろい、とびでた羽毛をぶちぶち引っこぬき、香水瓶と酒瓶がころがるドレッサーから、ダマになった黒い睫毛液を塗布していた。
「アンタも塗るう? タバサのビューティーサロンの試供品だよ。半分使われてたのをゴミ捨て場で拾ったヤツ」
「いい!」
フェアニスの睫毛が黒々となるのと同時に、紅葉の指から黒が消え、ピンクオレンジの色に戻っていた。
「私はショーンのところに帰る。そのビューティーサロンにいるはずなの。あんたも一緒に来る?」
「死んでもイヤ。また夜9時に会いましょ、んじゃあね〜」
2人は0.1%の友情を築き、その場で別れた。
「……はー、ひとまず命が無事にそろってよかったよ」
3月29日銀曜日、夜8時前。
ノア都市長宅のゲストルームに帰還した3人は、サウザス民らしく火の神ルーマ・リー・クレアに今日の生還と感謝の祈りを捧げた。
「僕らだけじゃだけじゃありませんよ。A-27型【ニーナ号】も全身修理されてピッカピカです」
ロビー・マームは、駐車場にいるニーナのかわりに、えっへんと胸を張った。
「修理ってどういうこと? 修繕費はどこから出たの!」
夕方のカラーカ・ヴァゴン代ですっからかんの紅葉は、すっとんきょうな声をあげてロビーにせまった。ロビーが懐から出したとは1ドミーも信じていない。
「問題ありませんよ。なにせ、ルドモンド大陸一の大金持ちから全額だして頂いたものですからね」
彼はひょうひょうと自分のカール髪を巻きながら、時計技師ダンデ・ライトボルトとの相対を伝えた。
「ダンデ・ライトボルト——あの方は時計技師の前に一流のギャリバー職人でもある。ニーナ号を手際よく修繕してみせ、ギャリバーの創業の歴史にくわしく、ギャリバー店員とも懇意にしている。生まれはノア地区出身ではなく、歳は70前後、そして照袋鼠族。そう……彼の正体はずばりギャリバー発明家にして創業者『ソフラバー三兄弟』の誰かです!」
ロビー・マームは唇をすぼめ、彼が突き止めた “真実” を、無知なる若者たちへ告げた。
「そうなの? 本当に? だってソフラバー兄弟は帝都にお住まいで、今もバリバリ新作のギャリバーを発表してんだよ。アイドルデュオ『デッカー』とのコマーシャルソングや、『ギャリバーチョコ』みたいな新形態の事業もバンバン出してるし、ラヴァ州のノア地区で時計技師をやってるなんて信じられないよ。本当にご本人なの? ご親戚とかじゃない?」
ギャリバーマニヤの紅葉は淡々と知識で問いつめた。
「……僕の顔を見つめても困るよ、ロビー」
ショーンは両手と尻尾を振って、いったん空気を切った。
「紅葉はダンデさんに会って、顔を確認しなかったのか? この中じゃ一番ソフラバーについて詳しいだろ」
「ううん、会ってない……。途中でショーンが気がかりになって、ロビーに全部任せてきちゃった。ひとめだけでも会っておけばよかったかも」
紅葉はアゴをトントン叩きながら、自分の選択を悔いつつ、本屋で買ったギャリバーカタログの116ページ目を差しだした。
それには3人の青年——いや、1人の青年と2人の少年といったほうが正しいか。カメラが世に出回りはじめた頃の、荒く、黒墨がかった写真だったが、当時の生き生きした笑顔と活気は、色褪せずに現像されていた。
「……へえ……これがソフラバー3兄弟か!」
顔の分別はつきづらいが、だれが長兄で、真ん中で、末っ子なのか——その性格や関係性は、一人っ子のショーンでもなんとなくうかがいしれた。
「ああコレですか。ギャリバーの免許をとる時、講師から輪転機よりもしつこく頭に擦りこまれましたよ」
ロビー・マームは、じっくりと3兄弟の若き日の写真を見つめ、
「やっぱりダンデは……長兄、カーヴィン・ソフラバーに似ているように思いますねえ……。ま、顔も見てない人には分からないでしょうけど」
ロビー・マームと紅葉の間に、一気に険悪の火花が飛びちる。
「ま、ま、まあまあ。2人ともよくやってくれたよ。ダンデ技師がキアーヌシュと近しい関係なのは明らかだし、これから解き明かしていこうじゃないか! そう、みんなで!」
慈悲ぶかいアルバ様のお言葉が、いさかう2人の心に入り、愛と優しさを伝えてゆく。
「ところで、ショーンさん、あなた眼鏡はどうしたんですか?」
「そうだよ、ショーン。【真鍮眼鏡】は?」
……忘れてた。
ショーンは何も引っかかりのない、つるつるの自分の丸顔を触り、夜空に打ちあがる花火のような、閃光音で悲鳴をあげた。




