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2 デズのもとへさようなら

「うぐわあっ!」

「ねえ、人のカラダをまさぐるのって楽しい★? 楽しい、ねえ?★☆★」

「ま、まざぐっでなん……グふッ!」

 掃除夫ノアの喉は、激昂した雷豹族の足の裏によって圧し潰され、情けない蛙の声をあげていた。

「楽しいに決まってるよねえ〜☆★★☆☆! だって、アタシが今たのしいもん☆☆☆ ギャハハハアッ☆☆★」

 大陸で最恐の肉食動物は、喉の奥から雄叫びをあげるように快笑し、ノアの雁首を持ちあげ、窓を開け、ベランダに出て、ノアの体をベランダの柵の向こう側へとぶら下げた。

「ンまっ、待った!……なんかカン違いしてるって!……ほんと、違う、ちがうって‼︎」

 ノアは必死にもがいて抵抗し、抗弁しようとしたが、ランの血管が浮きでた腕は、ノア地区に住むほとんどの男より力強く、地上に打ちあげられた小魚のもがきと同様、無為でムダな行為であった。

「じゃあねー、親切なペンギンちゃん! さようなら★」

 親切な掃除夫ノアは、気まぐれで危険な犯罪人ラン・ブッシュによって、あっというまに高層アパートの下へ突き落とされた。





「花火様、こいつの眼鏡を……」

「待って、危ないわ!」

 サロンの店員が、ショーンの間抜け面から眼鏡を取ろうとしたところ、花火が制した。

「アルバの【真鍮眼鏡】は素手で持つと、とっても重たいんですって。ルドモンド大陸で最も重たい石より何より……とにかく危険なのよ、素手だとね」

 花火はシーツとタオルで、自分の素手をグルグルに巻いて、ショーンの【真鍮眼鏡】のツルを慎重に挟みこんだ。

「よし、重さを感じないわ。カバンを開けたままにして。そっと、そっとよ……ふふっ、これでいいわ」

 花火はタオル越しにショーンの【真鍮眼鏡】をつかみ、自分のバッグに眼鏡を落とし……我が物にした喜びで、ニヤリと皺を寄せた。

「こいつをどう致しますか、花火様」

「そおねぇ、刺激が強すぎてバテちゃったことにしましょう。寝ている間に、何者かが忍びこんでオイタをされてしまった……フフ、これでいいわ」

 大女優は、軽犯罪をおかす気はあっても、重犯罪に手をだす気はないようだ。

「ありがとう、貴女たち。小遣いよ」

 花火は右手から宝石つきの指輪を引きぬき、店員たちに渡して帰らせた。

「じゃあね、可愛らしいあたしのファンさん♪」

 そしてゆっくりサロンの一室を閉め……肌をツヤツヤさせて帰宅していった。

 南国風のアーチ状のドアが閉ざされた、数分後——

「——ったく、何なんだよあの婆あ! なんで【真鍮眼鏡】を奪ったんだ!」

 ショーンはむくりと起き上がり、頬を蒸気させたまま憤慨した。



【眠りとは時間の支配なり。 《インソムニア》】



 不眠呪文 《インソムニア》。

 人生の大半を過眠に悩まされた呪術師エルダー・ダーリンゲンが考案した、不眠状態になれる呪文である。エルダーは一日12時間を眠って過ごしており、なかなか研究が進まず、ようやく研究が成功したのは晩年になってからであった。

 《インソムニア》をひとたびかけると、脳と体が覚醒し、睡眠薬を飲もうとも眠ることができなくなる。もちろん多用は禁物だ。仕事前や運転前などに、数時間分だけ使うのがいいだろう。数時間後に発動するようあらかじめ唱えて眠れば、目覚まし時計代わりにもなる。

 この呪文は非常に便利だったが——物議を醸した。エルダーが最初に考案したものは、「他人にも」不眠呪文をかけることができたからだ。

 この画期的な呪文は【星の魔術大綱】に一度収録されたものの、次の版ですぐに外されてしまった。しかし研究熱心な過眠魔術師が、絶対に入れるべきだと主張し、議会はおおいに紛糾した。

 エルダーは老体に鞭打ち、自分に不眠呪文 《インソムニア》をかけ続け、呪文内容を再考した。そして、研究の末「術者自身にのみ」不眠呪文をかけられるよう改良に成功し、他人にも掛けられる当初の呪文は、禁術行きとなった。

 彼の家に、改良版が収録された【星の魔術大綱】が届けられた翌日、彼は亡くなったという。眠ることに抗うように、目を大きく開けながら。



 ショーンはさすがに二度おなじ轍は踏まず、気を失わないよう対策していた。この不眠呪文は、眠気防止になるだけでなく気絶防止にもなる——程度によるが。

「あーもう、尻尾がぜんぜん動かないや。いったい何を塗り込んだんだろ……クソッ」

 神経を失い、芯が抜けてフニャフニャになった自分の尻尾を持ちあげつつ、サロンの部屋から慎重に出た。

(どうしよう、花火を追うべきか、サロンを調べるか……。花火はまだそんなに遠くに行ってないはずだし、【真鍮眼鏡】を取り返したい。でもこのサロンから一度でたら、二度と入れない気がするぞ……!)

 大切なアルバの証【真鍮眼鏡】——この眼鏡は、拡大鏡に望遠鏡など、各種機能のほか、マナの計算機の役割を果たしている。無いと少々心許ないが、脳内計算をがんばれば呪文を打てない訳ではない。もし紛失しても再発行が可能だ。

 一方、ビューティーサロンは花火の計らいでようやく入店できた場所だ。大富豪秘書キューカンバーや、ノア警察ビネージュ警部が通っており、事件と関係していそうな、妙にきな臭い気配もする。当初ここへ来た目的も、サロンを調査することだった。

「い……やっでも、花火のほうが絶対あやしいだろ! 【真鍮眼鏡】を盗んだ理由を問い詰めなきゃ!」

 サロンの捜査はいったん諦め、やはりここは花火を追うことにした。

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