1 三者凡進
【Engine】エンジン
[意味]
・エンジン、機関部、機関装置
・動力源、原動力
[補足]
ラテン語「ingenium (生来の才能)」に由来する。en- (中に)、gine (生む)の意であり、「genious (創造的な天才)」とも起原が通づる言葉である。才能から生み出された知の結晶がエンジンであり、エンジンを開発した者はみな創造的な天才である。
「ねぇ、マイク……来週は一緒にクレイトの満月湖に行って星を観ながらとろけあわない? 良いスポットを知ってるの、あぁ、あたしのカラダのことじゃないのよ、クランベリー漬けのラム酒ちゃん」
「良い提案だね、アニー。でもごめんよ、来週はちょうどコンベイ地区に出張なんだ。代わりに君に似合う香水を選んで買っていくとしよう。ぼくの愛しいクリームサンドちゃ……ギャアアファ!」
ドガラガッシャアアアッ、と尻尾の数センチ先のところへ、クリーム色の鋼鉄が突っこんで来た。
「おっと、失敬、すみません。あなた方のデートの邪魔をするつもりは無かったんですよ」
民家の赤いレンガ壁に、思いっきりギャリバーをめり込ませたロビーは、危うく轢くところだったカップルに対し、運転席から降りて爽やかに詫びを述べた。
「ッタク、あーりゃまー、こりゃまたずいぶんド派手に行ったもんだぜぇ」
あたま一個分スレスレで破壊をまねがれた民家のドアが開き、家主がおったまげの顔で、事故現場を見つめていた。
「く~まったく。A-27号、初期型、色はレモンデイジー。その子は雄大な自然を軽走し、湖のほとりで星を観るために産み出されたキャンピング用のギャリバーだぜい。こんなせせこましい都市の隙間を走らせるモンじゃないぞう、ニーナちゃんは」
飛行艇乗りのような分厚いゴーグルをかけた家主は、原型を失ったフロントカバーを見ずとも、正確に型番を言い当てた。
「おや、どなたかと思えば、おととい塔にいらっしゃった時計技師のダンデさんじゃないですか。偶然ですね」
ロビー・マームは改めて身分を名乗り、挨拶し、ダンデに自分の名刺を渡した。
「ハハッ、誰かと思えば、あのアルバ様の付き人さんかい。偶然だねぃ。ま、ウチに入んな、修理のヤツらも呼ぶからよ」
寛大な家主、時計技師のダンデ・ラインボルトは、加害者を賓客として和やかに歓待し、家の中へ招き入れた。
その場で硬直していた岩牛族のカップル、マイクとアニーは、しばし抱き合い……昼3時の鐘が鳴ると同時に、納得できぬ様子で尻尾を振りつつ、その場を去った。
ハァ、ハッ、ハッハッ
ギャリバーを手放し、歩兵の身になった紅葉は『サロンは2区のカラーカ・ヴァゴン駅のすぐ傍にある』という情報だけを頼りに、ヴァゴンの線路を目指して、メサナ4区内を爆走していた。
4区は工業地帯であり、特殊な形状の工場が多く、道路の高低差もまた激しい。眺めるだけなら起伏に富んで面白い街だが、徒歩で移動するには息が上がった。
「ようやく線路が見えた……駅……駅はどこ!」
凹凸した岩盤の上に凸凹に作られたノア都市に対し、大地とまっすぐ平行になるよう敷かれた籠列車の線路は、乱雑に生えた建物群の間を、ぴんと張りつめたピアノの弦のごとく、どこまでもまっすぐ存在している。線路に近づきつつ斜め方向に駆けているうちに、巨大トマトを模したかたちの4区の駅が見えてきた。
「駅……あれだ! どうしよう、ヴァゴンに乗った方が早いかな、あんまりお金ないんだけど!」
《ガーン、ガラーン、ガララーン♪》
ノアの時計塔の鐘の音が、地区の中心部に響きわたった。
紅葉の今いる位置から、そうとう遠くに建っているはずだが、さすがノアのシンボル『時計塔』、文字盤までしっかりと視認できる。
「午後3時……やっぱ、この時間でも連絡つかないのはマズイよ、ショーン!」
応答のないトランシーバー【エルク】を片手に叫んだ。
カラーカ・ヴァゴンの料金は40ドミー。15分乗るだけの乗り物としては高額だったが、ショーンの命がかかっているならケチケチはしてられない。
紅葉はトマト色の駅に飛びこみ、財布を取りだし、駅員に1枚の名刺を——都市長の昼秘書オーレリアン・エップボーンの名刺をサッと見せた。
「すみません! 都市長さんに、運賃をツケってできます⁉︎」
「…痛っ★」
とある雷豹族がひとり、目を覚ました。
けして綺麗とは言いがたかったが、シーツと枕が存在する人並みのベッドに寝かされ、怪我した箇所には無器用ながらもグルグルと包帯が巻かれている。医療機関ではないだろう。何せ、ビュービューと風が直当たりしているし、だがキャンプ地というわけでもなさそうだ。酒とタバコの臭気が漂っているし、黴と漆喰の匂いが鼻腔の奥を突いてくる。
酔狂な親切人にでも介抱されたか。だが、自分が気を失ったのは時計塔内だったはずだ。民間人にヒョイと介抱されるような状況ではなかった。かといって誘拐されたとも言いがたい……。
崩壊しかけの部屋の窓からは、まっさおな青空が見えていた。手が届きそうなほど雲が近い。鳥たちが耳元で叫んだかのような高い鳴き声をあげて、仲間たちと飛んでゆく。
「っ異ッツう……★」
極少量を毎日摂取することで、アルカロイド毒には多少の耐性をつけたつもりだったが、さすがに2本分喰らうと想定していなかった。硫酸の煙の中で、あのアルバが止血呪文 《サングイン》をかけなければ死んでいたか……? 口内で苦々しく犬歯を立てた。
左右の肩口は粗雑な包帯が巻かれている。歯を食いしばりながら、皮膚に密着た血まみれの包帯を取ってみると、フランケンシュタインのように、不器用に縫いあげた、まばらな糸の跡があった。
「何コレぇ……ぜったいに医者じゃ…グッ、ないじゃん☆★……警察関係者でもない感じい★」
部屋の主はまだ不在のようだ。マルタリーグの英雄ゴン=チャロスのポスターが貼ってあった。若い男の部屋だろうか……?
「おーっと、目が覚めたか! 元気そうじゃん!」
部屋の主が帰宅してきた。
モップをしょった、20代前半の男性の、ペンギン族の掃除夫だった。
「やーよかった、こないだの子より重症だったから死んだかと思っ——グワッ」
その人物は一瞬のうちにベッドから飛び降り、
自分を助けてくれた親切な掃除夫の喉元へつめ寄り、
雷豹族の俊美かつ敏捷な脚技を繰りだし、
「フザケンナ★★ 男なんて大嫌いなんだよ★★★
指一本も触れんじゃねえ!!
死ねッ★★」
発狂して叫んだ。




