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5 みんなで学ぶ、時計塔のれきし

 3月29日地曜日、時刻は皆でランチをむさぼる昼1時7分。

 紅葉が急いでシュナイダー家の屋敷へ戻ってくると、ロビーが食堂で鶏肉のカツレツと赤蕪サラダのランチを頂いていた。

「おや、思ったよりお早いお帰りですね」

 ガラス張りの食堂にはおだやかな陽光が差していたが、屋敷の主人たちは眠りにつき、静かな時が経過している。

「うん、近くにいたから。ねえ、ショーンはなんでビューティーサロンにいったの、急に美容に目覚めたとか?」

「大富豪秘書キューカンバーの身辺調査のためですよ、彼も美容男子でね。紅葉さんこそ、今までどこ行ってたんですか」

「私は、どこかに『時計塔』の設計図があるか調べてたの」

 紅葉は、布バッグをバタッと無造作に置き、ロビー・マームのはす向かいに腰かけた。


「最初は、役場の大工事室に問い合わせたんだけど、応じられませんって。それで仕方なく、木工所『レイクウッド社』に聞いてみることにしたの。ちょうど円形広場に大工事のテントが来てたでしょ、そこへ行ったの」

「へえ」

 紅葉はロビーに説明しながら、メイドが運んできた鶏肉のカツレツを7.9秒でムシャムシャ食べ終え、瓜とセロリのブイヨンスープをたった3口で飲み干した。

「運良く、トレモロのときに顔見知りになった職人さんもいて、詳しい話を聞けたんだけど——『時計塔』の設計図自体は存在しているらしいの。でも時計を動かしている機構部分が重大な秘密だから、都市のどこかに隠匿されてて部外者には非公開みたい」

「なるほど、まあそれはそうでしょうね」

「うん。で、設計図はなかったけど、代わりに重要な資料をもらえたよ」

「ほほう」

 紅葉は、小さな本を布バッグから取りだし、ロビーに見せた。子供用の絵本だった。

「『みんなで学ぶノア都市3 時計塔のれきし』……ですか」

 ロビーは大きな手でページをめくり、星白犀族の歴史博士ポルツと、助手の少女リルによる学習絵本を、太い声で読みあげた。



【時計塔は、3500年前、ノアの都市ができたときに、さいしょに目印としてつくられた高い塔でした。】


歴史博士ポルツ「最初は4階だてくらいの高さの塔だったそうじゃ。このときはまだ時計は発明されてなかったぞい」


【塔には鐘がとりつけられ、ご飯どきには鐘が鳴り、みんなでお昼休憩をとります。ノアの都市が少しずつはってんしていきました。】


博士の助手リル「ノアの都市は時計塔を中心に、放射状に発展していったのよ。岩盤の上に作られたから、木材を運ぶだけでもひとくろう!」


【2500年前、戦争がぼっぱつしはじめました。塔を高くして、敵のらいしゅうにそなえます】


博士「大きな戦争が起こるたびに、塔を高くたかく建設しなおしたのじゃ。約1000年かけて現在の高さになったぞい」


【塔はノアを守るかなめであり、ラヴァ州をまもる要所でもありました。軍人コロンバス・ブリッジは、塔にすみこみ、指揮をとりました】


助手「このときから、時計塔に住む人たちを『守り人』と呼ぶようになったの! 守り人はノアだけでなくラヴァ州のまもる人でもあったのよ」


【約1000年のときが経ち、ようやく戦争が終わります。戦争が終わったあとも、かんれいとして誰かが『守り人』として塔に住みつづけ、ノアの平和を祈るようになりました】


博士「『守り人』は塔に1人で住むから大変なんじゃ。家族や従者と住むのはナシになっておる」


【文明が発展していくにつれ、塔に本格的な機械時計をどうにゅうする案がでました。当時のノア都市長ニコラウス・シュナイダーは、設計士である親友のゴブレッティに相談し、計画を立て始めます】


助手「このときまで、簡単な歯車時計しかなかったの。今みたいに正確な時間は計れなかったわ」


【都市長は、本格的な時計塔作りに力をいれました。腕のいい職人をしょうへいしていくうちに、やがてノアの都市は歯車職人でにぎわいました」


博士「ここから、歯車づくりと時計づくりはノアの一大産業になっていったのじゃ」


【時計塔は、一番重要な機構づくりから、文字盤のデザイン、塔の立て替えまで、最初の計画から完成までに約250年もかかりました。皇歴4240年、ようやく現在の姿の時計塔が完成したのです」


博士「複雑な機構をつくるため、何年も何代にもわたって設計図を書き直し、計画を練り直したそうじゃ。長かったのう……!」


【時計塔は、東西南北にある4つの大きな時計盤と、8つの鐘が、1つの機関部でつながり、正確な時を都市民に告げています】


助手「時計は歯車だけのちからで動いているのよ! 動力がいらないなんて不思議よね」


【そして時計塔に住む『守り人』もまた、多くの偉人が住み、発明や発展にこうけんしました。タクソス・エクセルシアは天文学者として、時計塔の頂上で星を観察しました】


助手「時計塔のてっぺんはラヴァ州で一番高いところにあったの。さぞかしたくさん星が見えるでしょうね!」


【そんな感じで、『時計塔』はいまもノアの中心部に建ち、ノアの市民に時を告げ、ノアの平和をまもっています】


博士「みんなも、時と歴史を大切にするんじゃぞ〜」

助手「みんなで守ろう、ノアの平和!」



「なるほど、やー勉強になりましたね」

 ロビーは食後のクルミを噛みしめながら、絵本を読み終えた。

「うん、『時計塔』に時計がついたのって、だいぶ後だったんだね。ゴブレッティも関与してる……どのゴブレッティか分からないけど」

「ま、隠匿といっても、時計技師たちの事務所にはさすがに設計図もあるでしょう。場所は4区です。自宅も4区に」

 ロビーは胸ポケットから、サウザスの間者からもらった住所の書きつけを、紅葉に手渡した。紅葉はじっくり読んで記憶し、畳んで胸元の花刺繍の布裏に忍ばせた。

「技師の事務所……きっとここも部外者は簡単に入れないよね、ダンデさんにも会えるかどうか……」

「事情はよく分かりませんが、ダンデ氏がこちらに積極的に情報を渡してきた御仁なのなら、快く協力してくれるでしょう。ただ人目のつかない所で接触した方がいいですね」

「…………うん、じゃあまずは自宅のほうに行ってみようか」

 食後のコーンコーヒーを険しい顔ですすりながら、紅葉はしばし考えこんだ。

「――で、ショーンはどこにいるんだっけ?」

「タバサのビューティーサロンですよ、2区にある」

「まったく、まだ帰らないなんて、全身コースでも受けてるのかな?」

 紅葉がトランシーバー『エルク』の電波を飛ばしたが、『ムース』は応答しなかった。

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