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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第48章【Actress】女優(ノアの大富豪の怪異 ③大富豪の秘密編)
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5 この友情に名前はない

『ふいー、時計塔、これで目に見える範囲は消火できたかな?』

 掃除夫ノアは、周囲をひととおり放水して手を止めた。

 火炎瓶から燃え広がった炎は、時計塔そばの街路樹や屋台を盛大に焦がしたものの、周囲の主要建物には引火せず、最悪の事態を免れた。

『黒い煙もおさまったようだな、だがまだマスクは外さない方がいいぞ』

 水道局員の爺さんが、ノアの斜め後ろから忠告してくる。謎の黒煙は、放水したことで霧散したものの、時計塔まわりの道と壁を黒く染めあげ、不気味な病原菌のように残留していた。

『炎も煙も、時計塔のナカにまで広がってねーといいけど。まだ警察は中にいんのかな?』

『時計盤の秒針はまだキッチリ動いてる……上方は大丈夫だろう。1階はもしかしたら多少焦げてるかもしれんが』

 ノアが目線を下に手のヒレをペチペチさせる一方で、水道局員の爺さんは冷静に上を向き、自分の懐中時計と見比べながら状況を確認した。大時計盤は午後5時45分の針を指している。

 時計塔は、ふだん常駐している警備員が居なくなり、正面玄関のドアは閉ざされ、時が止まったように沈黙していた。


『なあ……中に入ったほうがいいと思うかい?』

『どうせ鍵は閉まってる。あとは役人が対応するだろう。それに黒煙跡の近くに寄らないほうがいい、まだ毒性が残っているかもしれない』

『ん、そうだな……了解、っと』

 2人は時計塔からいったん離れ、長いホースをシュルシュルと巻き戻し、水道栓近くで片づけを始めた。

『はー、オレってば今日は昼からここの当番だったんだ。午後6時に終わる予定だった。一体どうすりゃいいだろう、給料でると思うかい?』

『さあてな。ここの連中は、イゴ金塊みたいな形の岩盤に住んでるくせに、金払いは煮だしすぎた緑山茶より渋いヤツばかりだ』

『ハハハ、言うねえ、違いねえや!』

 ここが火事現場でなかったらタバコを一服していただろう。ガスマスク越しに2人は笑い、しばし世間話で時を共にした。


『まーったく、金持ちの街だって聞いてたのに、どうも貧乏人じゃ生きづらくてよ、空気も薄いし大変だよなあ』

『もしや、別のとこの生まれかい。ペンギン族はこの辺りじゃ珍しい』

『おう、海沿いの港町から来たんだ。爺さんも流れもんかい』

『まあな。オレはラヴァ州内からだから、そこまで違いはないがね。海から来たんじゃ、さぞや高低差で風邪をひくだろう』

『そうだなあ、までも空に近いから鳥になった気分は味わえる、かな。元からペンギンも鳥なんだけどよ、へっへっへ』

 掃除夫ノアは笑ってホース箱をペチペチ叩き、爺さんはふっと瞳を細めた。

 40近く年の離れた男たちは、ほどよい距離感で会話を楽しみ——

『フ……じゃあな、楽しかったよ青年。ノアでがんばれよ』

『おう、助けてくれてありがとな! えーと、水道局の爺さん!』

 そうして互いに名前も聞かぬまま、友情を深めて別れた。




 朱犬族の銀行員エドウィン・リバレッヂは、コツコツコツと石畳を鳴らし、3区の裏路地を進んでいく。紅葉も、靴音を立てぬよう息を殺し、気配を消して後を追った。

(思いだすなぁ······サウザスでアーサーさんを追ってたときを)

 サウザス事件のあの時、所在不明な新聞記者アーサーを探すため、 市場で飲んだくれてたマドカと、マルセルくんに協力してもらったことをふと思い出した。

(結局、マルセルくんの嗅覚で居場所が分かったんだっけ……。砂犬族の嗅覚ってホントすごい……待って)

 目の前にいるエドウィンも、同じ犬族——朱犬族だ。

 厭な事実に気づいてしまい。紅葉は足を止め全身すくみあがった。

 彼はこちらの匂いに気づくだろうか。服は昨日から変えたし、傷口もショーンが治癒呪文をかけてくれたから、もうほとんど閉じている。

(でも私自体の匂いを覚えられてたら気づかれるかも……私そんな臭うかな?)

 紅葉が脇道で腕の臭いを嗅いでる間に、『峯月楼』に着いてしまった。

 磨かれた銀白石の建物に、黒の窓枠、紫紺の月の文様が入ったドア。ドアの左右に赤紫の房結びが垂れ下がり、房結びの上の布地には花火の刺繍が描かれている。ドアの横に掲げられた銀の筆文字看板はごく小さい。道の脇からちょいと覗いただけでは、店名だと認識できないほどだ。

 知る人ぞ知るお忍びレストランに、銀行員エドウィンは数回ノックし、店員の返事を待つことなく、ひとりで勝手に中へ入っていった。

(鍵はかかってないみたい。ど······どうしよう!)

 新聞記者アーサーを追跡していた時に侵入したのは、馴染みの店『鍛冶屋トール』だったし、たとえ見つかっても許してもらえただろう。しかし、ここはノア地区、『峯月楼』……もし警察沙汰になってしまったら、ショーンの立場まで危うくなる。

 どうする、入るか、入るまいか!?

 エドウィンが中に入ってから、約10分が経過した。

 紅葉は、リュカに以前もらった革手袋をつけ、

 意を決して、店の扉に手をかけた。


「すみませーん。小豆冰餅(あずきびんもち)ってまだ売ってますか? ボスに買ってきてくれって頼まれましてー」


 女スパイ紅葉がとった大胆な行動——すなわち善良な客のフリをすることだった。

 レストランの店内はガランとしており、店員の姿は見当たらない。

 3月28日火曜日、時刻は午後4時7分。

 不法侵入に成功した。

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